“ミスフラッシュ2012”小松美咲、はだけて“アレ”が丸出しに!?「すごくセクシーです!」

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ミスフラッシュ2012グランプリのグラドル小松美咲が、4年ぶり4枚目のDVD『みさんぽ』(イーネット・フロンティア)を発売し、東京・秋葉原で記念のイベントを行った。  6月にバリで撮影したという本作。天候にも恵まれ、快適なロケだったという。詳しい内容についても聞いてみた。 ――内容を教えてください。 「大雑把に“2人でバリに来た”という設定なんですが(笑)、その場その場での雰囲気を大切にして撮影しました。ベッドのシーンも、私が実際に泊まった部屋で撮影しています!」
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――お気に入りのシーンは? 「水をかけるシーンは、私の素が出ていると思います。狙いは、きゃー! みたいなリアクションだったと思うんですが、実際の私は“中にオヤジがいる”と言われていて(笑)。オヤジ風の反応がチラッとでています(笑)」 ――セクシーだったシーンは? 「やっぱりベッドのシーンです。ピンクのYシャツをはだけていくんですが、露出度も雰囲気もかわいく撮れていてセクシーです。夕日のシーンは、露出はそれほどでもないですが、表情や雰囲気がすごくセクシーです!」  4年ぶりのDVDについては、スチールと違って動きが大変だったという。以前に比べて、グッと大人になったところを見てほしいとのこと。次作は、雪国で撮影したいとも語っていたが、一方で寒さは大の苦手。果たして次作はどうなるのか、期待して待ちたい。 小松美咲 オフィシャルブログ「Brilliant days」http://ameblo.jp/usatan2kumatan/

失踪した兄の行方は……Hey! Say! JUMP山田主演『カインとアベル』第4話放送! 11月7日(月)ジャニーズアイドル出演情報

――翌日にジャニーズアイドルが出演予定の番組情報をお届けします。見逃さないように、録画予約をお忘れなく!

※一部を除き、首都圏の放送情報を元に構成しています。
※番組編成、及び放送日時は変更になることがあります。最新情報は番組公式サイト等をご確認ください。

●SMAP

22:00~22:54 『SMAP×SMAP』(フジテレビ系)
24:10~24:55 『Momm!!』(TBS系) 中居正広

●TOKIO

5:50~ 8:00 『ZIP!』(日本テレビ系) 山口達也
8:00~ 9:55 『白熱ライブビビット』(TBS系) 国分太一
11:25~11:30 『国分太一のおさんぽジャパン』(フジテレビ系) 国分太一
18:55~19:25 『Rの法則』(NHK Eテレ) 山口達也
19:25~19:55 『テストの花道 ニューベンゼミ』(NHK Eテレ) 城島茂



女ひとり、家を買いたいと思ったらまず何を考えるべき? 人生どうなっても損をしないための基礎知識

 今まで多くの「家を買った」女性に取材して見えてきたのは、家に関して何が最適な選択であるかは、人や状況により千差万別だということ。家をとりまく社会的状況も刻一刻と変わっています。もちろんすでに家を買った方のリアルな声は、貴重。買ってしばらく経ったからこそ、見えてくることもあるでしょう。

 一方で、「今、家を買いたい」とリアルに考えている人は、どう行動し、何を悩んでいるのでしょうか。そこで、この連載の新しい展開として、今家を買いたいと考えている方にモニターとして参加していただき、その心の動きや選択、現在の住宅購入事情をリポートします。

 その新企画では、住宅コンサルティングの老舗、株式会社さくら事務所のコンサルタントがアドバイザーに! 購入時のお金のこと、家やマンションのつくりのこと、マンションの管理のこと、資産としての活用方法まで専門家に個別アドバイスをいただきます。

 現在モニター募集中ですので、ご興味のある方は、下記説明ページよりお申し込みください。あくまで購入のためのリサーチを追う企画ですので、最終的に購入に至る必要はありません。お気軽にどうぞ!

 今回は、株式会社さくら事務所の創業者であり、現会長の長嶋修さんに、女性が家を買うとき最初に知っておいた方がいいことをうかがいました。

◎さくら事務所・長嶋修さんに聞く!

【長嶋修さんプロフィール】
不動産デベロッパーで支店長を務めた後、1999年に業界初の個人向け不動産コンサルティング会社である、「不動産の達人 株式会社さくら事務所」を設立。現会長。また、住宅の安全性を測るホームインスペクション(住宅診断)の分野では、そのパイオニアとして、「NPO法人 日本ホームインスペクターズ協会」を設立するなどして、普及・発展に務めている。『マイホームはこうして選びなさい』(ダイヤモンド社)他、著書多数。

――ずばり、女性がひとりで家を買うことについて、どう思われますか。

長嶋「損得で言いますと大きくふたつの観点があり、ひとつは家賃とローンとの比較、そしてもうひとつは住宅の資産価値とローン残高との比較です。家賃とローンを比較すれば、家賃を払うのはもったいない。住宅ローンは今、金利も低いですし、払っていけば最終的にはローンがなくなり、家賃もなくなる。ですが、価値の落ちる住宅を買うのであれば、得だとも言い切れません。たとえば3,000万円のマンションを買って、将来1,000万、あるいは500万になったら、いざ売るときに損をします」

――前者の将来的に家賃がなくなるメリットは誰もが望むところ。後者に関して言えば、資産価値を考えると、ローンの残高よりも売値が安くなれば、売るときに損をするということですね。

長嶋「そうです。シングル女性の場合は、ライフスタイルの変動が大きい。結婚や転職があったときに身軽に動けないと、困りますよね。たとえば結婚して、パートナーと住むには手狭などの理由でほかに住居を求めるのであれば、購入した物件は売却するか賃貸に出すことになりますが、そのときに価値が下がっていて売れない、貸せないでは困ります。逆にいえば、資産価値の落ちない家を買えば、ライフスタイルが変化しても売ったり貸したりすれば、損しません」

――たとえば5年後に家が同じ価格で売れば、その5年間に払うはずだった賃貸家賃分、得をすることもあります。今は稀かもしれませんが、売値が買値を上回る可能性もあるでしょう。とはいえ、価値が落ちない住宅を選ぶのも難しいもの。選び方のポイントを教えて下さい。

長嶋「それがなかなか難しい。シンガポール国立大学の研究では、日本の住宅価格が2040年には平均で45%下がるとのこと。住宅価格なので、土地と建物に限定した話ですが目安にもなります。世界の先進国は皆同じような状況で、人口が頭打ちになって少子高齢化すると、若い人たちの社会保障などの負担率が高まるので、住宅価格も下がらざるを得ないのです」

――では、基本的に住宅の価格は下がるということですか?

長嶋「激しくケースバイケースになってくるんです。住宅の価格が45%下がるというのは、日本全国の平均の話。今後は価格の格差が開くでしょう。今、300くらいの自治体でコンパクトシティ化の政策が進んでいます」

◎一にも二にも三にもロケーション

 コンパクトシティとは、生活に必要な街の機能を中心地に集め、効率的で持続可能な都市を目指した都市政策のこと。市街地の範囲を思い切り縮めてしまって、その範囲だけは自治体が人口密度を維持すると宣言をするのです。

 具体的には、人々を中心地に集めるために、中心部の狭い範囲に街の機能を集約します。そうなると、ある程度人口が密集した都市部に住まないと、各種行政サービスが受けられなくなるのです。人々が利便性を求めて狭い地域に密集すれば、結果的に限られた地域の住宅の資産価値はキープされることになります。

――価値が落ちない家を買うには、コンパクトシティの内側、人口密集地に家を買う必要があるということですね。

長嶋「不動産って、一にも二にも三にもロケーションなんです。基本は駅前か駅周辺。駅から離れていても、若年層が流入するなどの状況が作られて、人口密度が維持できるところ、というのが前提ですね。買い手が求める“駅からの距離”が最近は年々短くなっていまして、5年くらい前は徒歩10分が許容範囲だったのですが、最近は7分なんです。だからマンションデベロッパー側も、用地を仕入れる際に徒歩7分を超えるとかなり慎重になってしまいます。今は最低7分くらいがポイントでしょうか」

――それは、購入できる地域がかなり限定されますね。そういう物件は高そうですし、日本全体の地価が下がるのであれば、少々不便を押しても将来、郊外の家を買えばよいのかなとも思ってしまいます。

長嶋「住む場所を極端に限定しなければ、これから不動産価格や賃料は、全体としては下がっていく傾向にあるので、価値が落ちるのを待って郊外の物件を終(つい)の住処にするのもアリかもしれません。今は相続対策で作ったマンションが空き家だらけになってしまって、新築の賃貸住宅が全然埋まらない現象があるくらいですから、住む場所にこだわらないんだったらそういう選択肢もあるでしょう。この街に住みたいとか、どうしてもこのマンションが欲しいとか、自分が家を買うことで、生きがいや仕事のがんばりに繋がる、などといったことがあれば、思い切って購入するとよいですね。何度も言いますが、価値の落ちない家ならリスクもないのですから」

◎自分に合った選択をするには?

――でも、住みたい場所、家、きっと家を買いたいと思っている人には、イメージがあると思います。たとえばコンパクトシティ化すると、それ以外の地域は過疎になったり、行政サービスが得られなくなったりするわけですよね? もちろん過疎の地域で幸せに生きる方法もあるとは思いますが、だったらそれを真剣に探って、納得して、郊外の家を買うという考えもあると思いますし。

長嶋「家は、資産ではありますが、他の金融商品とは違って、相場感だけでは語れない部分もあります。不動産は一物一価なので、個性のある売り主と個性のある買い主が話し合って価格を決めるものです。それを平均して『今の相場です』と言っているだけで。実は3,000万で売りに出ているものを10件並べたら、売り手のAさんは一銭も引かないと思っていて、Bさんは来月になったら50万下げようと思っているかもしれません。つまりは、状況や考え方は、売り手によってバラバラなんです。それは、買う人も同じですよね。ということで、個別の買い主にあった選択をし、個別の売り主に合った交渉をすることが大切だと思います」

――なるほど、「家を買いたい」企画でモニターさんひとりひとりに合った誌上コンサルティングをする意義は大きそうですね!

 次回は引き続きさくら事務所会長の長嶋修さんに、価値ある物件の見分け方について、お話をうかがいます。

(蜂谷智子)

女ひとり、家を買いたいと思ったらまず何を考えるべき? 人生どうなっても損をしないための基礎知識

 今まで多くの「家を買った」女性に取材して見えてきたのは、家に関して何が最適な選択であるかは、人や状況により千差万別だということ。家をとりまく社会的状況も刻一刻と変わっています。もちろんすでに家を買った方のリアルな声は、貴重。買ってしばらく経ったからこそ、見えてくることもあるでしょう。

 一方で、「今、家を買いたい」とリアルに考えている人は、どう行動し、何を悩んでいるのでしょうか。そこで、この連載の新しい展開として、今家を買いたいと考えている方にモニターとして参加していただき、その心の動きや選択、現在の住宅購入事情をリポートします。

 その新企画では、住宅コンサルティングの老舗、株式会社さくら事務所のコンサルタントがアドバイザーに! 購入時のお金のこと、家やマンションのつくりのこと、マンションの管理のこと、資産としての活用方法まで専門家に個別アドバイスをいただきます。

 現在モニター募集中ですので、ご興味のある方は、下記説明ページよりお申し込みください。あくまで購入のためのリサーチを追う企画ですので、最終的に購入に至る必要はありません。お気軽にどうぞ!

 今回は、株式会社さくら事務所の創業者であり、現会長の長嶋修さんに、女性が家を買うとき最初に知っておいた方がいいことをうかがいました。

◎さくら事務所・長嶋修さんに聞く!

【長嶋修さんプロフィール】
不動産デベロッパーで支店長を務めた後、1999年に業界初の個人向け不動産コンサルティング会社である、「不動産の達人 株式会社さくら事務所」を設立。現会長。また、住宅の安全性を測るホームインスペクション(住宅診断)の分野では、そのパイオニアとして、「NPO法人 日本ホームインスペクターズ協会」を設立するなどして、普及・発展に務めている。『マイホームはこうして選びなさい』(ダイヤモンド社)他、著書多数。

――ずばり、女性がひとりで家を買うことについて、どう思われますか。

長嶋「損得で言いますと大きくふたつの観点があり、ひとつは家賃とローンとの比較、そしてもうひとつは住宅の資産価値とローン残高との比較です。家賃とローンを比較すれば、家賃を払うのはもったいない。住宅ローンは今、金利も低いですし、払っていけば最終的にはローンがなくなり、家賃もなくなる。ですが、価値の落ちる住宅を買うのであれば、得だとも言い切れません。たとえば3,000万円のマンションを買って、将来1,000万、あるいは500万になったら、いざ売るときに損をします」

――前者の将来的に家賃がなくなるメリットは誰もが望むところ。後者に関して言えば、資産価値を考えると、ローンの残高よりも売値が安くなれば、売るときに損をするということですね。

長嶋「そうです。シングル女性の場合は、ライフスタイルの変動が大きい。結婚や転職があったときに身軽に動けないと、困りますよね。たとえば結婚して、パートナーと住むには手狭などの理由でほかに住居を求めるのであれば、購入した物件は売却するか賃貸に出すことになりますが、そのときに価値が下がっていて売れない、貸せないでは困ります。逆にいえば、資産価値の落ちない家を買えば、ライフスタイルが変化しても売ったり貸したりすれば、損しません」

――たとえば5年後に家が同じ価格で売れば、その5年間に払うはずだった賃貸家賃分、得をすることもあります。今は稀かもしれませんが、売値が買値を上回る可能性もあるでしょう。とはいえ、価値が落ちない住宅を選ぶのも難しいもの。選び方のポイントを教えて下さい。

長嶋「それがなかなか難しい。シンガポール国立大学の研究では、日本の住宅価格が2040年には平均で45%下がるとのこと。住宅価格なので、土地と建物に限定した話ですが目安にもなります。世界の先進国は皆同じような状況で、人口が頭打ちになって少子高齢化すると、若い人たちの社会保障などの負担率が高まるので、住宅価格も下がらざるを得ないのです」

――では、基本的に住宅の価格は下がるということですか?

長嶋「激しくケースバイケースになってくるんです。住宅の価格が45%下がるというのは、日本全国の平均の話。今後は価格の格差が開くでしょう。今、300くらいの自治体でコンパクトシティ化の政策が進んでいます」

◎一にも二にも三にもロケーション

 コンパクトシティとは、生活に必要な街の機能を中心地に集め、効率的で持続可能な都市を目指した都市政策のこと。市街地の範囲を思い切り縮めてしまって、その範囲だけは自治体が人口密度を維持すると宣言をするのです。

 具体的には、人々を中心地に集めるために、中心部の狭い範囲に街の機能を集約します。そうなると、ある程度人口が密集した都市部に住まないと、各種行政サービスが受けられなくなるのです。人々が利便性を求めて狭い地域に密集すれば、結果的に限られた地域の住宅の資産価値はキープされることになります。

――価値が落ちない家を買うには、コンパクトシティの内側、人口密集地に家を買う必要があるということですね。

長嶋「不動産って、一にも二にも三にもロケーションなんです。基本は駅前か駅周辺。駅から離れていても、若年層が流入するなどの状況が作られて、人口密度が維持できるところ、というのが前提ですね。買い手が求める“駅からの距離”が最近は年々短くなっていまして、5年くらい前は徒歩10分が許容範囲だったのですが、最近は7分なんです。だからマンションデベロッパー側も、用地を仕入れる際に徒歩7分を超えるとかなり慎重になってしまいます。今は最低7分くらいがポイントでしょうか」

――それは、購入できる地域がかなり限定されますね。そういう物件は高そうですし、日本全体の地価が下がるのであれば、少々不便を押しても将来、郊外の家を買えばよいのかなとも思ってしまいます。

長嶋「住む場所を極端に限定しなければ、これから不動産価格や賃料は、全体としては下がっていく傾向にあるので、価値が落ちるのを待って郊外の物件を終(つい)の住処にするのもアリかもしれません。今は相続対策で作ったマンションが空き家だらけになってしまって、新築の賃貸住宅が全然埋まらない現象があるくらいですから、住む場所にこだわらないんだったらそういう選択肢もあるでしょう。この街に住みたいとか、どうしてもこのマンションが欲しいとか、自分が家を買うことで、生きがいや仕事のがんばりに繋がる、などといったことがあれば、思い切って購入するとよいですね。何度も言いますが、価値の落ちない家ならリスクもないのですから」

◎自分に合った選択をするには?

――でも、住みたい場所、家、きっと家を買いたいと思っている人には、イメージがあると思います。たとえばコンパクトシティ化すると、それ以外の地域は過疎になったり、行政サービスが得られなくなったりするわけですよね? もちろん過疎の地域で幸せに生きる方法もあるとは思いますが、だったらそれを真剣に探って、納得して、郊外の家を買うという考えもあると思いますし。

長嶋「家は、資産ではありますが、他の金融商品とは違って、相場感だけでは語れない部分もあります。不動産は一物一価なので、個性のある売り主と個性のある買い主が話し合って価格を決めるものです。それを平均して『今の相場です』と言っているだけで。実は3,000万で売りに出ているものを10件並べたら、売り手のAさんは一銭も引かないと思っていて、Bさんは来月になったら50万下げようと思っているかもしれません。つまりは、状況や考え方は、売り手によってバラバラなんです。それは、買う人も同じですよね。ということで、個別の買い主にあった選択をし、個別の売り主に合った交渉をすることが大切だと思います」

――なるほど、「家を買いたい」企画でモニターさんひとりひとりに合った誌上コンサルティングをする意義は大きそうですね!

 次回は引き続きさくら事務所会長の長嶋修さんに、価値ある物件の見分け方について、お話をうかがいます。

(蜂谷智子)

【イケメン富豪File】元カノはマイリー・サイラス、金持ち二世俳優の“シュワちゃんJr”

<p> ロサンゼルスに生まれたパトリックのお父さまは、日本人に最も知られたハリウッド俳優にして元カリフォルニア州知事、アーノルド・シュワルツェネッガーである。ちなみに母親は有名なジャーナリストにして作家、アメリカ最古のメディア関連タイトルであるピーボディ賞を獲得したこともあるマリア・シュライバーだ。</p>

リア・ディゾン復活で思い出される、アメリカ時代の「獣姦」経験告白

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「週刊プレイボーイ」11/14号(集英社)
 10月31日発売の「週刊プレイボーイ」(集英社)の表紙&グラビアにリア・ディゾンが登場。30歳となった今も「グラビア界の黒船」と呼ばれた2006年当時とまったく変わらぬ美貌とスタイルを披露し、ネット上では賛辞の嵐となっている。 「8年ぶりとなる今回の復活は、『週プレ』創刊50周年記念によって実現しました。現在はラスベガス在住。ネバダ州立大学ラスベガス校で心理学を専攻し、カウンセラーを目指して勉強漬けの日々を送っているそうです」(出版関係者)  リア・ディゾンといえば、もとともはホームページの画像が「かわいすぎる」としてネットで拡散。SNSで交流していた日本のファンに後押しされて来日した。  しかし、それ以前にアメリカで活動していた際の「エロ仕事」が次々と発覚。そのたびに、週刊誌などで大々的に報じられたものだった。 「シースルー乳首や超ディープキス映像も発掘されましたが、極めつきは07年に日本でも発売された05年撮影の『リア・ディゾンin USA』です。そこに収録されているインタビューシーンで、彼女は衝撃的すぎる発言をしているんです」(週刊誌記者)  その発言が、これだ。 「エッチなのよ。いちばんイケナイことは……私は積極的な子だったのよ。ヤッたのは馬と……」  さらに、きっぱりとこう宣言する。 「馬とヤッた(I did horses)」 「ご丁寧に、日本語でテロップもかぶさっていました。あのスレンダーなカラダで馬を相手にしたとは、さすがは黒船の破壊力。ただ、『horses』には恋人以外という訳し方もあるらしく、その可能性もなくはないが、どちらにしても“ユルい下半身”なのは確定ですね(笑)」(前出記者)  08年に日本人スタイリストと結婚し、翌年女児を出産するも、10年に離婚しているリア・ディゾン。今回のグラビアで見せた完璧ボディがあれば、ウタマロ級の男を捕まえることなど朝飯前だろう。

リア・ディゾン復活で思い出される、アメリカ時代の「獣姦」経験告白

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「週刊プレイボーイ」11/14号(集英社)
 10月31日発売の「週刊プレイボーイ」(集英社)の表紙&グラビアにリア・ディゾンが登場。30歳となった今も「グラビア界の黒船」と呼ばれた2006年当時とまったく変わらぬ美貌とスタイルを披露し、ネット上では賛辞の嵐となっている。 「8年ぶりとなる今回の復活は、『週プレ』創刊50周年記念によって実現しました。現在はラスベガス在住。ネバダ州立大学ラスベガス校で心理学を専攻し、カウンセラーを目指して勉強漬けの日々を送っているそうです」(出版関係者)  リア・ディゾンといえば、もとともはホームページの画像が「かわいすぎる」としてネットで拡散。SNSで交流していた日本のファンに後押しされて来日した。  しかし、それ以前にアメリカで活動していた際の「エロ仕事」が次々と発覚。そのたびに、週刊誌などで大々的に報じられたものだった。 「シースルー乳首や超ディープキス映像も発掘されましたが、極めつきは07年に日本でも発売された05年撮影の『リア・ディゾンin USA』です。そこに収録されているインタビューシーンで、彼女は衝撃的すぎる発言をしているんです」(週刊誌記者)  その発言が、これだ。 「エッチなのよ。いちばんイケナイことは……私は積極的な子だったのよ。ヤッたのは馬と……」  さらに、きっぱりとこう宣言する。 「馬とヤッた(I did horses)」 「ご丁寧に、日本語でテロップもかぶさっていました。あのスレンダーなカラダで馬を相手にしたとは、さすがは黒船の破壊力。ただ、『horses』には恋人以外という訳し方もあるらしく、その可能性もなくはないが、どちらにしても“ユルい下半身”なのは確定ですね(笑)」(前出記者)  08年に日本人スタイリストと結婚し、翌年女児を出産するも、10年に離婚しているリア・ディゾン。今回のグラビアで見せた完璧ボディがあれば、ウタマロ級の男を捕まえることなど朝飯前だろう。

マルチアングルが浮かび上がらせる、歴史を動かした大事件の、もうひとつの“真実”『今だから、話す 6つの事件、その真相』

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『今だから、話す 6つの事件、その真相』(日経BP社)
 歴史に残る大事件は、繰り返しテレビで放送され、いつの間にか「世紀の瞬間」として、多くの人々が同じ映像を脳裏に焼き付けることとなる。阪神・淡路大震災であれば、横倒しになった高速道路、アメリカ同時多発テロであれば、飛行機がワールド・トレード・センターに突っ込む瞬間、そして、東日本大震災であれば、押し寄せる津波と、原子力発電所の爆発……といった具合に。  しかし、そんな大事件の中で、渦中にいた人々は、いったいどのような感情で、その様子を見守っていたのだろうか? そんな疑問をもとに立ち上げられた番組が、NHK-BSプレミアムで放送されている『アナザーストーリーズ 運命の分岐点』だ。そして、この番組で特に人気が高かった放送回を書籍としてまとめた『今だから、話す 6つの事件、その真相』が日経BP社より刊行された。本書には、プロデューサーを務める河瀬大作の視点から、この番組で取り上げられた6つの事件が記録されている。  1986年の「チェルノブイリ原発事故」、89年の「ベルリンの壁崩壊」、97年の「ダイアナ妃事故死」など、同時代を生きてきた人間にとって忘れることのできない大事件をひもとくと、そこには意外な真実が満ちあふれていた。  85年に起こった日航機墜落事故は、乗員乗客520人が死亡する、日本の航空史に刻まれる大惨事となった。31年も前の事故でありながら、墜落現場となった御巣鷹山に、破片となって散らばった航空機の姿をいまだに鮮明に覚えている人は多いだろう。『アナザーストーリーズ』では、これまで幾度も語られてきたこの事故を、さまざまな人々の視点から再び語り直している。  当時、上毛新聞のカメラマンを務めていた伊藤幸雄は、休暇中に事故の発生を知り、取るものも取りあえず、墜落現場に近いとされた群馬県上野村へ向かった。軽装だったものの、捜索隊の後を追って山道に分け入った伊藤。5時間もの間、道なき道を進み、墜落現場にたどり着いたその目に飛び込んできたのが、生存者を救助するヘリの姿だった。そんな大スクープを写真に捉えた彼は、4時間かけて下山し、翌日の朝刊に間に合わせるため、車を飛ばした。  一方、遺体の身元確認現場では、そのほとんどが、損傷が激しい部分遺体だった。遺族が衝撃を受けないように、日本赤十字社群馬県支部の春山典子らは、三角巾や包帯を使って傷を隠しながら遺体と対面させた。歯だけの遺体、頭皮だけの遺体などから、次々と肉親を確認していく遺族たち。ある男性は腹部の帝王切開の傷痕から、それが妻の遺体であることを見抜いた。「すごいんだな、家族って」と、春山は家族の深いつながりを実感したという。  彼らが語る言葉は、これまで多くの人が「知って」いたはずの日航機墜落事故とは、また異なった「真実」だった。  戦後生まれ初のアメリカ大統領となったビル・クリントンに不倫騒動が勃発したのは98年。大統領の不倫スクープは、その相手、モニカ・ルインスキーの名前と共に、世界中を駆けめぐった。この発端を作った人物が、出版エージェントを務めていたルシアン・ゴールドバーグだ。熱心な共和党支持者である彼女は、クリントンが「とにかく大嫌い」であり、「汚いネズミ」とまで罵っている。政治信条ではなく、生理的に彼のことを受けつけなかったようだ。そんな彼女のもとに、同じくクリントンを毛嫌いするホワイトハウス職員のリンダ・トリップから暴露本出版の話が舞い込んできた。カーペットにコーヒーのシミをつけ、ピザの空き箱を放置し、実習生と浮気をする……。そんな、大統領の醜聞は、その権威を失墜させるに十分と判断したゴールドバーグは、その情報をニューズウィークにリークする。当初、クリントンはこの疑惑を否定し、別の裁判で、ルインスキーとの不倫を問われながらも、その関係を否定していた。宣誓の上で証言台に立ちながら、虚偽の証言をしたのであれば、偽証罪にも問われかねないのに……。  しかし、ニューズウィークのみならず、ワシントン・ポストやそのほかの報道機関に疑惑を追及されたクリントンは、ついに観念して「不適切な関係」を認め、大統領としては131年ぶりとなる弾劾裁判にかけられることとなった。経済政策を評価されたクリントンは、「お咎めなし」という結果を勝ち取ったが、次の大統領選挙では共和党のジョージ・ブッシュに大統領の座を明け渡すこととなってしまった……。アメリカを揺るがした大スキャンダルは、蛇蝎のごとくクリントンを嫌う女性が、執念によって勝ち得たものだったのだ。  歴史に残る事件の周囲には、それに立ち会った人々が多数存在している。世間に広まった「決定的瞬間」だけではなく、その現場に居合わせた人々それぞれに真実があり、それぞれの思いを抱えながら暮らしている。そんな彼らの視点を、著者の河瀬は「マルチアングル」と表現し、別の角度から歴史を検証することの重要性をこう語る。 「正義は常に正義ではありません。視点が変われば、見える風景はがらりと変わります。こうした視点を持つことで、他人の痛みを知ることができ、無用な諍いを回避できるかもしれません」 「マルチアングル」を持つことで、歴史は多様な姿を浮かび上がらせる。河瀬をはじめ、『アナザーストーリーズ』の取材班は、丹念な取材によって、歴史の別の側面に光を当てているのだ。 (文=萩原雄太[かもめマシーン])

【磯部涼/川崎】在日コリアンラッパーが夢見る川崎の未来

日本有数の工業都市・川崎はさまざまな顔を持っている。ギラつく繁華街、多文化コミュニティ、ラップ・シーン――。俊鋭の音楽ライター・磯部涼が、その地の知られざる風景をレポートし、ひいては現代ニッポンのダークサイドとその中の光を描出するルポルタージュ。
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川崎区で生まれ育ったラッパーで実業家のFUNI。
「日本人/韓国人/フィリピン人/さまざまなルーツが/流れる/この街でオレらは/楽しく/生きてる」。21時、街灯も疎らな住宅街にある公園に足を踏み入れると、暗闇の中にぼうっと浮かぶ白い光が目に留まった。それは、東屋のテーブルに置かれたiPhoneの画面で、周りを少年たちが囲み、YouTubeから流れるビートに合わせてフリースタイル・ラップをしているのだった。すると、ひとりの男がサイファー(フリースタイルの円陣)に歩み寄り、言葉をつないだ。「フィリピン/コリアン/チャイニーズ/南米もいいぜ/ごちゃまぜ/人種ジャンクション……」。BPM90のビートに倍の速さでアプローチしていた少年たちの勢いに比べ、彼のラップはレイドバックしていたが、その言葉には説得力がある。「……集まる/この場所/長崎/じゃなくて川崎/ボム落とす/まるで原子爆弾/拡張してく頭/の中はサイコ/パス・ワードは0022/FUNI(フニ)/で踏み/区切り/誰だ、次」。促された少年のラップは、感化されたのだろう、先ほどよりも熱い。「言ってたな原子爆弾/ならオレらがここで元気出すか!」。ほかの少年たちが歓声を上げる。彼らは暗闇の中で、溜め込んだ気持ちを吐き出していた。

ヤクザに殴られる外国人を眺めて教会の屋上でサイファーをした

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川崎区の多文化地域・桜本にある在日大韓基督教会・川崎教会は、1947年に建てられて以降、
地元の在日コリアンの拠り所となってきた。
「この場所は、オレにとってシェルターだったんです。家にも学校にも居場所がないからここに来て、同じような子どもたちと遊びながら、良いことも、悪いことも覚えました。あと、ラップも」。郭正勲(カク・ジョンフン)――通称“FUNI(フニ)”は、灰色の空を見上げながら言う。視線をゆっくり下ろしていくと、煙を吐き出す工場群が、続いてのっぺりとした街並みが、そして、巨大な十字架の裏側が見えた。雨に濡れた梯子をおそるおそる登ってたどり着いたこの場所は、川崎区の多文化地域・桜本にある〈在日大韓基督教会・川崎教会〉の屋根の上だ。「家は厳しかったけど、『教会に行く』って言うと遊びに行けたんですよ。で、みんなでこっそりここでタバコを吸って。中2のときラップにハマってからは、サイファーもやってました。バビロンを眺めながら。すぐそこに不法滞在の外国人が隠れてるアパートがあって、ヤクザにボコられてる姿が見えたり」  FUNIは、83年、桜本に生まれた。4人兄妹の次男。祖父は日本統治時代の朝鮮からやって来たいわゆるオールドカマーで、父は日本生まれの2世。一方、母は結婚のために韓国から嫁いだニューカマーであるため、彼は自身を“2・5世”と称している。やがて、6歳になると1キロほど離れた南大師へと移住。家族はそこで鉄加工工場の経営を始めたが、生活は苦しかったという。「今年、自衛隊の船の部品をつくる仕事が入ってきて、ギリギリ、潰れるのを免れた。つい、『戦争があってよかった』ってホッとしちゃいましたよ。『戦争反対』とか言いたくても言えない。原発立地帯と同じ。子どもの頃から工場で働かされてましたけど、『絶対に継ぎたくない、もっとデカいディールがやりたい、この街を抜け出してやる』と思ってましたね」
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左:FUNIの父親が描いた絵。なぜ、工場を題材にするのかと訊くと、「この街で一番美しいから」という答えが。
右:休日の工場に佇む、FUNIの伯父と猫。
 しかし、地元は彼の人格形成に多大な影響を与えたようだ。「南大師に引っ越したら、桜本とそんなに離れていないのに、ガクンとプールが深くなるみたいに疎外感が強くなったんです。小学校で在日はオレひとりでしたし。で、週末になったら桜本の教会で在日の友達と会う。そのボーダーを行ったり来たりする感覚が自分にとって大きかったですね。当たり前だと思ってたことも、決して当たり前じゃないんだとわかった」。やがて、FUNIは川崎北部の高等学校に進学し、地元の特殊性をさらに思い知る。「この街って欲望がむき出しにされてるんで、子どもも大人になるのが早いんですよ。だから、北部に行って、『なんでみんなこんなに子どもなの?』ってビックリしましたね。勉強や部活のことばっかり考えてるのがカルチャーショックだった」  あるいは、FUNIが川崎の不良のしがらみに足を取られることがなかったのは、うんざりしていた地元の、大人たちのおかげでもあったのかもしれない。「川崎の大人って『ああはなりたくない』ってヤツらばっかりで。でも、みんな、結局、そういう大人になってしまう。そんな中でオレは侮れない大人と出会えたんですよね。両親の民族教育の厳しさは常軌を逸してたけど、今は感謝してるし、あと、教会で牧師先生に、キング牧師やマルコム・Xのような先達の存在を教えてもらったことも大きかった」。また、前述した通り、彼はその屋根の上でラップを知ったのだ。「川崎って罪深い街なんで、聖書がよく合うんですけど、それ以上にラップが合う。ナズや2パックの訳詞を読んだときに、国も世代も違うのに置かれてる状況とか考えてることが同じで、しかも、表現がカッコいいことに感動した。で、オレもリリックを書き始めたんです」

新宿のタワーマンションを離れ川崎に舞い戻ってきた理由

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川崎教会の屋上から眺める川崎区の風景。遠くに臨海部に建つ工場の煙が見える。
 02年、FUNIはラップ・デュオ“KP”を結成する。相方で、世田谷区成城に住んでいた李育鉄(リー・ユンチョル)ことリユンとは川崎教会が縁で出会ったばかりだったが、03年、ラップ・ブームと韓流の勢いに押されるように、KPはいきなりメジャー・デビューを果たす。「ただ、“コリアンラッパー・デビュー”って触れ込みには、そりゃないだろって感じでしたね。『せめて、在日コリアンラッパーだろ、オレらアンニョンハセヨって言われたらブチギレちゃうよ』って」。周囲の無理解に憤った彼らは、若い在日コリアンのリアリティを積極的に打ち出していくが、それによって、依頼される仕事には、NHK『ハングル講座』のレギュラーや、舞台『GO』の主演など、常にエスニシティが付きまとうことになってしまった。「メディアにラッパーではなく、在日の代表として登場させられるんですよね。いつも、『もっとラップを聴いてくれ』と思ってました」  一方、00年代初頭のラップ・ブームは早々と終わってしまったが、若いラッパーたちは才能を発揮する場所を自分たちでつくり、むしろ、そこからこそ、多くの名曲が生まれていった。「その盛り上がりはうらやましかったですよ。自分たちは下地をつくらずに世の中に出たんで、ヒップホップのうわべをなぞることになってしまった。だから、『シーンで名前を売るならやっぱりMCバトルだろう』ってことで大会に出て、それなりに成果を上げた。そのおかげで、『あ、KPのヤツってラップうまいんだ』って認知してもらえたと思う」。また、当時、川崎区からはA-THUG率いるSCARSが登場したほか、〈川崎教会〉にて牧師を務め、桜本のコミュニティ・センター〈ふれあい館〉も創設した李仁夏(イ・インハ)の孫息子のラッパー、INHAが評価を高めていた。FUNIは彼とプロデューサーのOCTOPODの3人でラップ・ユニット、MEWTANT HOMOSAPIENCEを結成、アルバムの制作を始めるが、そんな折、INHAはドロップアウトしてしまう。「オレとしてはそのアルバムが出れば、KPのセルアウト(売れ線)なイメージを脱却して、表現者としての地位を確立できると思ってたんですが……ヒップホップ・シーンとは、入口を間違えた分、何か常にうまくいかないなって感じがありましたね」  そして、彼が成功を果たしたのは、ラッパーとしてではなくビジネスマンとしてだった。14年、FUNIはタワーマンションの自宅から新宿の喧噪を見下ろしていた。4年前、KPの活動を休止すると同時に、友人2人と始めたIT関連企業は、社員80人を抱えるまでに成長。仕事は多忙を極めたが、それも、愛するフィアンセのためだからこそできることだった。「川崎で、日系ブラジル人の女の子と出会ったんです。『同じ移民の子だね』ってお互い惹かれ合って、『民族にこだわるなんて古い、在日コリアンと日系ブラジル人で子どもをつくって、新しい世代を切り開いていこう』と約束した。『金が必要だ。じゃあオレ、ビジネスやるよ』って。でも、がむしゃらにやってるうちに、いつの間にかいかにも日本人的な働き蟻になってたんです。で、14年の大みそか、『あんた、ラップやってたときのほうが輝いてた』ってフラれてしまう」。次の日、彼は会社を譲り渡すことを決める。「どこかで『人生こんなもんか、いちあがりだな』って高をくくってたんですよね。それが真っ白に。でも、彼女には感謝してます。あのままだったら、つまらない人生になってたと思う」。やがて、川崎どころか日本に嫌気が差したFUNIは、放浪の旅へと出発した。
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川崎教会の倉庫に置かれていたドラム・セット。
 しかし、現在、FUNIは川崎で、相変わらず忙しい日々を送っている。例えば、南大師の実家に拠点を置きながら行っている業務のひとつに、〈ノーベル・ライフ〉や〈電話居酒屋〉といった、悩みや愚痴を聞く電話サービスの運営がある。「アメリカで依然として人種差別が横行している一方、ブラック・ライヴス・マター(警官によるアフリカ系アメリカ人男性殺害事件に端を発する反差別運動)が盛り上がってるのを目の当たりにして。でも、日本は変わらないんだろうなと思ってたら、川崎でヘイト・スピーチに対してカウンターが起こったと知り、『川崎、すげぇじゃん!』と見直して、帰ってきたようなところがある。それで、オレが桜本の教会に救われたように、どこかで苦しんでる人のためのヴァーチャルなコミュニティがつくれないかと思ったんです」。FUNIは子どもの頃のように地元を外から見ることによって、改めてその可能性に気づいたのだ。  また、FUNIはラップも再開、川崎の子どもたちのために、同文化を使ったワークショップの準備を進めている。桜本・桜川公園のサイファーに顔を出した日は、その前に市立川崎高校で講演を行い、そこでも生徒を次々とステージに上げて、フリースタイルを交わした。あるいはFUNIは、子どもたちに、かつての自分の姿や、生まれてくるかもしれなかった自分の子どもの姿を重ね合わせているのではないか。「最近、INHAと連絡がついて、頓挫したアルバムを完成させたんです。MEWTANT HOMOSAPIENCEっていうのは、ミュータント・タートルズみたいに川崎の光化学スモッグを吸いすぎて進化しちゃった人間、って意味なんですね。川崎は日本の未来の姿だと思うんですよ。それは、東京が2020年に向けて目標として掲げるダイバーシティの課題でもある。だからこそ、オレも侮れない大人になって、キング牧師やマルコム・Xのように、未来を生きる子どもたちにオープンソースとして使ってもらえたらと」。10月20日より配信されるMEWTANT HOMOSAPIENCEのアルバムのタイトル、『KAWASAKI』の下敷きとなったのは、映画『未来世紀ブラジル(原題:BRAZIL)』だという。きっと、未来世紀カワサキでも子どもたちはサイファーを組んでいるのだろう。(つづく) (写真/細倉真弓) 【第一回】 【第二回】 【第三回】 【第四回】 【第五回】 【第六回】 【番外編】 【第七回】 【第八回】 【第九回】 磯部涼(いそべ・りょう) 1978年生まれ。音楽ライター。主にマイナー音楽や、それらと社会とのかかわりについて執筆。著書に『音楽が終わって、人生が始まる』(アスペクト)、 編著に『踊ってはいけない国、日本』(河出書房新社)、『新しい音楽とことば』(スペースシャワーネットワーク)などがある。