「SMAPファンの想念が渦巻いて、こっちに来る」松任谷由実、5人共演の反響を明かす

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中居くんはこれからも踊っていくって信じてるんだから!

 10月31日放送の『SMAP×SMAP』(フジテレビ系)でSMAPと共演した松任谷由実の発言が、SMAPファンの間で話題になっている。松任谷は歌のコーナー「S‐Live」で、名曲「守ってあげたい」と、ニューアルバム『宇宙図書館』(11月2日発売)に収録されている新曲「Smile for me」をSMAPとともに披露。メンバー一人ひとりに語りかけるように歌う姿がファンの感動を呼んだ。そんな収録時の裏話を、松任谷がTwitterやラジオ番組で明かしている。

 松任谷は『スマスマ』のオンエアー終了後、オフィシャルTwitterで「スマスマの収録に向かうレインボーブリッジの上で、たまらなく悲しくなった」と告白。メンバー個々に手紙を書いて楽屋に置いたことを明かし、「いつかSMAPとして、みんなが笑って会えるように、もっともっと大きなひとになって、思い出の欠片いっこもなくさないようにしてね」というメッセージをツイートした。

破局報道のマライア・キャリー、結局大富豪とは別れず…!?

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マライア・キャリーとジェームズ・パッカー
 歌手のマライア・キャリーが、先日破局が伝えられた婚約者のジェームズ・パッカーとの関係改善を試みているようだ。  昨夏、熱愛が報じられ、今年1月に婚約したマライアとジェームズ。世界の歌姫とオーストラリアの有名テレビ局やカジノなどを経営する推定個人資産およそ38億ドル(約4500億円)の億万長者との婚約は世界中のメディアで伝えられ、多くのファンが行く末を見守っていた。  しかし、約ひと月前にバカンス中のギリシャで大ゲンカ。以降、距離を置いていると言われ、このまま破局するのではないかとの一報が世界中を駆けめぐった。だが、このほどマライアの代理人が、「(ケンカの原因は)ウワサされているような浮気や散財などではありません。2人は関係の修復を試みています」と声明文を発表。今後については不明としながらも、話し合いを続けているという。  一方、マライアらの関係者は「すべて終わりました」と、修復の可能性がほとんどないと言わんばかりのコメントを出している。そもそもふたりに亀裂が入ったワケとは…。  14年に共通の知人である映画監督ブレット・ラトナーの紹介によって出会ったふたり。ブレットの映画『ヘラクレス』プレミア上映会でのことで、このときマライアは前夫のニック・キャノンとの離婚手続きを開始したばかりだった。しかしジェームズがマライアの大ファンだったこともあり、あっという間に意気投合。ジェームズの猛アタックにより、そのまま交際に発展した。  今年1月には、ジェームズがマライアに8億円とも言われる35カラットの巨大ダイヤの婚約指輪を贈ってプロポーズ。夏には超豪華ヨットでのバケーションなどがパパラッチされるなど、スーパーゴージャスなデートが目撃されていた。しかし、ギリシャ旅行で大ゲンカしたふたりには破局報道が続出した。  さまざまなメディアが挙げている破局の理由はいくつかある。中でも有力と言われているのが、マライアの散財グセだ。  ニューヨークポストの付録誌「Page Six」によると、マライアは「ディーヴァ・スタイルを貫き続けている珍しいタイプ。髪形とメイクに大金を払い、朝から優雅にシャンパンを飲む」「愛犬のスパ代に年間4万5000ドル(約470万円)を使っている」とのことで、そんな彼女にジェームズが嫌気をさしたのではないかと報じている。  また、マライアの浮気が原因だという声も大きい。相手は彼女のバックダンサーを務めるブライアン・タナカ。マライアより13歳年下のイケメンダンサーだ。以前からマライアは、ステージを共にする仲間とはプライベートでも親密な関係を築くと言われていた。それはブライアンも例外ではなかったのだが、ジェームズには特に気になる存在として映っていたようだ。アメリカの有名ゴシップサイト「TMZ」は、ブライアンがマライアにモーションをかけているとジェームズが疑っていたと伝えている。  現在、マライアは自身のリアリティ番組『マライアズ・ワールド』のことで頭がいっぱいだという報道も。この番組は12月4日にアメリカの芸能チャンネル『E!』で放送予定だが、果たしてふたりはそれまでに関係を修復できるのだろうか。

【実写映画レビュー】「精神的BL」要素アリな『デスノート Light up the NEW world』は、続編ではなく“二次創作”?

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『デスノート Light up the NEW world』公式サイトより。
『デスノート Light up the NEW world』は、2006年に前後編で公開された実写版『デスノート』『デスノート the Last name』の続編である(後述する原作コミックの続編ではない)。前作で犯罪のない社会を目指してデスノートを使い、世界中の犯罪者を粛清したキラこと夜神月(やがみ・ライト)が、世界的名探偵Lによって追い詰められ絶命してから10年後の話だ。  キラの遺志を継ぐため、世界に存在する6冊のデスノートを集めようとするサイバーテロリスト・紫苑優輝(菅田将暉)が行動を開始する。紫苑を追うのはデスノート対策本部特別チームの捜査官・三島創(東出昌大)と、Lの後継者である世界的名探偵・竜崎(池松壮亮)。ふたりは反目しながらも共同で捜査を進める。いっぽう紫苑は、かつて月を愛したデスノートの元所有者・弥海砂(あまね・みさ/戸田恵梨香)に接触するが……。  実は本作、続編というより壮大な二次創作と呼ぶにふさわしい。前作実写版を観てからでないと、話についていけないからだ。オリジナルに精通したファンにしかツボがわからない二次創作同人誌と性質は同じ。無論、ニワカは門前払いだ。よく知られた『デスノート』の基本設定は、「ノートに名前を書かれた者は死ぬ」「ノートの所有者にだけ死神が見える」だが、これでは全然足りない。最低でも「“死神の目”の効力」「名前はノートの切れ端に書いても有効」「デスノートの所有権を放棄すると、所有者はノートに関するすべての記憶が消える」程度は了解しておかないと、劇中で何が起こっているのか、登場人物たちが何を怖がっているのか、なぜそのような行動をとるのかが、ほとんど理解できないのだ。  一例を挙げよう。竜崎は自宅の電灯スイッチに自分が所有するデスノートの切れ端を常に貼り付けているが、これは竜崎が毎日出かける前にノートの所有権を放棄して記憶をなくし(デスノート所有者であることを自発的に忘れ)、帰宅してスイッチに手が触れるたびに、それを思い出すようにしているからである。  なぜそんな七面倒臭いことをするかというと、デスノートの所有者は“死神の目”を持つ別のノートの所有者に、所有者であることがバレてしまうからだ。……などと説明しても、『デスノート』という作品に触れたことがない人は、何のこっちゃだろう。劇中ではほんのわずか説明されるだけなので、初見で理解することは不可能。しかし終始こんな調子である。一見さん完全排除の映画と覚悟すべし。  だいたい、物語の大前提である「人間界で同時に存在していいデスノートは6冊まで」というルール自体、原作では文字情報としてチラッと登場したのみで、本編では使用されていない設定である。そんな誰も覚えていないマニアックな設定を掘り出して1本作ってしまうなんぞ、二次創作的態度以外の何物でもない。  本作を完全に満喫するためには、前作2本(合計4時間半弱)を視聴したうえで、できれば各種ルールが明文化されている原作コミック(集英社/全12巻、完読までの所要時間5~6時間目安)も、サブテキストとして読んでおく必要がある。そこまでコストをかければ、前作の韻を踏んだシーンでニヤけられるし、三島の過去が明らかになるスーパー大どんでん返しもきっちり理解できる。  ただし、意外なところで別の楽しみ方ができる点もぜひ強調しておきたい。実は本作、「精神的BL」と呼ぶべきか「バディ関係性萌え」と呼ぶべきか……「三島×竜崎」の絆描写が、香港ノワールばりに激アツなのだ。超絶論理バトルのダイナミズムを旨とする『デスノート』からすれば外道な見立てではあるが、さすがに無視することはできない。本作が「壮大な二次創作」たる第二の理由は、ここにある。  当初、三島と竜崎は捜査方法やポリシーでことごとく衝突する。しかし一部の観客はある瞬間から、この衝突はツンデレの「ツン」部分であり、実は心の底では惹かれあっているふたりの「プレイ」なのではないか? という疑念(妄想)にとらわれはじめる。その根拠は三島と竜崎のキャラクター配置だ。竜崎はLの後継者だが、三島も三島で紫苑とは“別の意味で”キラこと夜神月の遺志を継ぐ存在であることが明らかになる。そう、「三島×竜崎」≒「月×L」なのだ。  これが何を意味するのか。そもそも『デスノート』という作品は前作実写版も原作も、夜神月とLというふたりの天才が繰り広げる超ハイレベルな頭脳戦が最大の魅力だ。ふたりは容貌も性格も思想も対称的だが、「惹かれ合う天才同士」という構図には、ある種の芸術的官能が漂っていた。  原作では中盤でLが月に殺され、Lの後継者ニアが苦戦の末に月を葬るが、「月はLに直接とどめを刺してほしかった」というファンの声も少なくなかった。それゆえ、Lが月に勝利して終わる2006年の実写版は、原作と異なる結末にもかかわらず、特に女性ファンには好評だったという経緯がある。この「月とLの特別なつながり」というファン大好物のネタを、それぞれの魂を引き継いだイケメンふたりに再演させた壮大な二次創作こそが、本作というわけである。  バディ関係性萌え映画だと捉えれば、本作が終始貫くスタイリッシュで耽美的な画面タッチにも合点がいく。捜査本部や竜崎のマンションのインテリアは無機質・シンプル・モダン。どのシーンも終始モノトーン基調で、常に曇天下のように彩度を落とし気味。黒、白、銀、ペールグレーなどを基本色に、挿し色の真紅や荘厳なオレンジが印象的に挟まれる。まるでゴシックV系バンドのMVのような、あるいは格式ある舞台美術のような虚構性の高さ。三島のダークスーツ萌え、竜崎の重い前髪萌えもポイントが高い(何のポイントだ)。  終盤、傷を負い、ボロボロになりながら支え合って地下道を進む三島と竜崎の姿は、香港ノワールのギャング映画と見まごうほどに美しい。立場上、敵対すべきはずのふたりが、惹かれ合う人間同士として命を支え合っている。これ、もう恋人同士でよくないか? 「精神的BL」が決してオーバーな見立てでないことは、その直後にはっきりする。竜崎にデスノートを与えた女性型の死神アーマによる、ある決定的なセリフによって、「三島×竜崎」がまぎれもなく「カップル」であることが断定されるのだ。まさかの“公式”アナウンス。これには本当に驚いた。えーと、これなんの映画でしたっけ?  入口は超大ヒット作品のマニアックな設定をこねくり回した難解な二次創作。しかし出口は耽美でスタイリッシュな精神的BL――という驚愕の結末。副題の「NEW world(新しい世界)」の意味についてしばし考えさせられる、秋の夜長であった。 (文・稲田豊史)

サークルクラッシャー列伝 その4~童貞狩り、ネトゲ、過去のトラウマ

◎童貞ばかりの工学部で男遊びは楽勝? 同一のコミュニティで複数の色恋沙汰を起こし、人間関係を崩壊させる「サークルクラッシャー」。前回は、自己肯定感が低いがゆえに、“常に誰かから愛されている状態”を求める「承認欲求型」を紹介した。今回も引き続いて、著者が取材した実在する彼女たちのエピソードを紹介していく。次に紹介するパターンは、「狩猟型」とも呼べるサークルクラッシャーだ。 「彼氏がいたときに、浮気しなかったことはない」と語るのは、関西の女子大生・Aさん。極度の寂しがり屋で、彼氏がいない時間が耐えられないため、その時間を埋める男を常にキープしていた。そんな状態に対し、「私はモテる」という他人への優越感を抱くこともあった。 Aさんが進学したのは工学部。女性比率は極端に低く、キャンパスには男ばかりがウロウロしている。しかも、「工学部は、女性経験が少ない男が多い。ほとんど童貞」(Aさん)という。入学当初から同級生と交際を始めたが、「遊ぶならこの環境は、めっちゃ楽勝だと思った」。 交際していた彼氏は、周囲との関係を気にする性格で、仲良しグループ内でAさんと付き合っていることを大っぴらにしたがらなかった。この状況は、Aさんにとっても願ったり叶ったりである。立て続けに5人と肉体関係を持ち、彼氏と会えない時の暇つぶし、または授業ノートやレポートの写しを頼む要員として、女性経験が乏しい理系の男たちを手玉に取り始めた。ちなみに肉体関係を持った5人以外にも、Aさんに尽くす男たちは複数存在していた。 「アッシー君みたいなもの?」と聞いた筆者に、「そうそう。それです!」と明るい声で即答したAさんは、若いわりに古い言葉を知っているのか、それとも話を合わすコミュニケーション能力に長けているのか。いずれにしても男を小間使いのように使い倒し、なおかつ複数の男との関係が周囲や彼氏にバレることもなく、華の女子大生ライフを謳歌していたという。 そんな“完全犯罪”が崩れたのは、意外な出来事がきっかけだった。Aさんと彼氏が付き合っていることを知らないグループの女性が彼氏にモーションをかけ、それをAさんが「私の男に手を出すな」と咎めたのである。その言動が原因でAさんと彼氏との交際がおおっぴらになると、いたるところでほころびが生まれ、Aさんの所業は白日の下に晒されてしまった。 「自分が遊ぶのはいいけど、彼氏が遊ぶのは許せない」というAさんの理屈は筆者にはよく理解できないが、結局はAさんを止められるのは、Aさんしかいなかったということになる。Aさんによる自滅がなければ、Aさんの“狩猟”はさらに拡大していた可能性すらあるのだ。 ◎男5人とグループ通話しているその裏で…… 次に紹介するのは、高校生からの5年間、バイト先や通っていたライブハウス、趣味のサークル、ネトゲなど、行く先々でサークルクラッシャー化していたBさん(現在は20代の会社員)。 「もともとモテテク的なものに強い興味があり、女子高生になってお化粧を覚え、チヤホヤされはじめたのを自覚してからは、男が思い通りに動くのが面白くて仕方ありませんでした。モテテクや心理学本で勉強したことを実践すればするほど、男たちの好意が自分に向くことが快感だったんです。まるで、魔法使いになったような気分に浸っていました」(Bさん) たとえば、バイト先でのこと。三十路のコックから4つ上のチャラ男、同年代のスポーツマン、年下くんといった面々に、次々とアプローチをかけていった。具体的には自分の香水をふりかけたマフラーを貸したり、まかないを食べる時にあーんしてあげたり、「次のシフト◯◯さんのいる日にしようかな」と呟いたり、目が合ったら微笑んだり。文字にすると馬鹿みたいなことばかりだが、当事者の男たちにとっては、心が揺さぶられる経験だったのだろう。 しかし、Bさんは肉体関係どころか、指一つ触れさせることすらしなかった。さらに、「好き」といった直接的な言葉も避け、あくまで好意を匂わす程度に留めていたという。しかし、それでも4人は本気になってしまい、三十路のコックはストーカー化して、mixiで長文の恨み節メッセージを送ってきたのを最後に音信不通。チャラ男とスポーツマンはBさんを取り合う敵対関係になった挙句、職場から姿を消した。友達にからかわれながら初々しく電話で告白をしてきた年下くんも、フラれたショックでバイトを辞めてしまった。4人の若いスタッフを訳もわからず立て続けに失った店長は、首をかしげながら求人を出し続けていたという。 さらに、三十路のコックがストーカー化した際には、それをダシにして男からの同情心を集め、サークルの“姫”の地位を欲しいがままにしていた。「三十路コックがストーカー化した話を趣味サークルの男5人全員に相談し、『怖いから』という口実でSkypeのグループ通話をしている時も、裏では個別にそれぞれとチャットしていました。『全員に相談していると見せて、裏では俺と会話している』みたいな特別感を演出して、気を引いていました」(Bさん) ◎「力」があるなら、それを行使してみたくなるのは当たり前 Bさんは、心理学に興味があるというだけあり、自身の過去について詳細に分析してくれた。 「私の父は家に寄り付かない人で、幼い頃から愛されている実感が一切ありませんでした。そのせいで、誰かに好かれて安心したいという気持ちが、人より強かったように思います。そのうえで、『結局、誰も自分をわかってはくれない』と自己愛に浸っている部分もありました。今なら滑稽だと思いますが、その当時は愛も理解できない子どもで、ただ求められることが愛されることだと思っていました。男を思い通りに動かすことができると思ってからは、ある種の万能感のようなものを得てしまい、肥大化した自尊心で男を惹きつけては壊しの繰り返しでした。今の夫に出会ってから、サークルクラッシュ行為がぴたりと治ったのは、『この人に大切にされる自分でありたい』と思えるようになったからだと思います」(Bさん) 過去にトラウマを抱えたナイーブなBさんを「狩猟型」と呼ぶのは可哀想だと思うだろうか。しかし、Bさんは少なくとも自分が能動的に男を狩りに行ったということを自覚しており、また狩る力があるなら、その力を行使してみたくなるのは当たり前だと思っていた節がある。自己肯定感が低いがゆえに、“常に誰かから愛されている状態”を求める「承認欲求型」と重なる部分もあるが、行為による“結果”に対して確信犯的であることが決定的に異なる点だ。 自分の力に自覚的なサークルクラッシャー。クラッシュさせてしまうとわかっていても、その力を行使することを止めることができず、ついつい男を能動的に狩りに行ってしまうサークルクラッシャーのことを、筆者は「狩猟型」と名付けて、今後も研究していきたいと思う。 次回も引き続き、サークルクラシャーについて取り上げていく。 (宮崎智之)