
太田省一氏(左)とてれびのスキマこと戸部田誠氏(右)
日テレ『スッキリ!!』加藤浩次、フジ『ノンストップ!』設楽統、あるいは、日テレ『Going! Sports&News』上田晋也など、いまや芸人が情報番組やスポーツ番組の“顔”を務めることは珍しくなくなった。テレビだけではない。政治、文学、芸術などの分野においても、どこもかしこも芸人、芸人、芸人だらけ。一体、いつからこんなことになったんだっけ?
そんな芸人“最強”時代を、『中居正広という生き方』(青弓社)の著者である社会学者・太田省一氏が、戦後の日本人の深層心理と芸能史からひもとく『芸人最強社会ニッポン』(朝日新聞出版社)を上梓した。高度経済成長とともに育まれた「テレビ文化」と「芸人」の切っても切れない関係に、テレビっ子ライター・てれびのスキマが迫る!
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てれびのスキマ(以下、スキマ) 「どこもかしこも芸人だらけ!」という帯が、見事に現在のテレビを表していますが、『芸人最強社会ニッポン』では、「芸人万能社会」という言葉が重要なキーワードになっていますね。
太田省一(以下、太田) 歴史をさかのぼると、80年代のビートたけし、タモリ、明石家さんまの「お笑いBIG3」の登場がターニングポイントとなって、芸人は憧れの職業のひとつになっていきました。たけしさんたちが、お笑いが知的で誰にでもできるものではないということを啓蒙していった結果もあって、芸人が尊敬の対象となり、地位が上がっていった。
それが前提にあって、芸人がお笑いの分野に限らず、活躍し始めました。それまでも音楽や演技の分野に芸人が出ていくことはあったんですが、そういう場合、芸人をやめて、そちらの分野に行ってしまうことが多かった。だけど、たけしさん以降、芸人をベースにしたまま、他ジャンルに出ていくのが普通になりました。むしろ、芸人であるっていうことが、すごく価値を持つようになった。それが、90年代から現在に至る中で拡大していったように僕には見えたんですね。芸人であることや芸人が持っているスキルが、なんにでも応用できてしまう。それが「芸人万能社会」です。
スキマ かつては、芸人が他ジャンルに行くと「芸人のくせに」って言われてましたけど、今は当たり前すぎて、ギャグ以外でそんなこと言う人はいませんもんね。この本で、ちょっと意表を突かれたのは、日本が「笑いを中心にしたコミュニケーションを重視している社会」だという指摘です。言われてみれば確かにそうなんですが、とかく「日本人は真面目で勤勉」で、コミュニケーションは苦手と言われることが多いですよね。
太田 それは、今回強調しておきたかった部分ですね。戦後の歴史を大きく捉えつつ、芸人さんがどういうポジションにいたかを見ていくというのが、本書のコンセプトのひとつでした。「日本人は真面目で勤勉」というイメージは、直接的にはおそらく高度経済成長期に出来上がったものだと思うんです。戦争に負けて、そこからなんとか豊かな社会を作ろうと、国民が一致団結した。そのためには真面目に働くしかないし、実際にそれが豊かさとして自分に返ってきた。そのひとつがテレビです。高度経済成長が文化として何をもたらしたかといえば、やっぱりテレビなんです。そして、テレビからわれわれが受け取った一番大きなものが、「お笑い」だと思うんです。
スキマ 欽ちゃん(萩本欽一)や、ザ・ドリフターズですね。
太田 僕は1960年生まれですけど、彼らの登場で大きく変わったような感覚がありました。社会の真面目な雰囲気を感じつつ、実はテレビで不真面目なものばっかり見ていた(笑)。だから、僕らの世代が社会の中心になったとき、みんな不真面目というか、そういうものが好きな人たちばかりだったんです。僕らはずっと、「面白い人」になりたいと思っていた。人を笑わせられる人になりたいって感覚は、ごく自然なものでした。だから、「BIG3」が出てきたのは、時代的な必然だったんだと思います。
スキマ 「楽しくなければテレビじゃない」といった、おもしろ至上主義的な価値観は、テレビの中だけではなかったということですね。

太田 お笑いこそ至高、みたいな考え方は、世代的に染み付いていますね。でも今、その時代がある意味、ひと巡りしたというか、時代が変わりつつあることを、この本を書く中で感じました。世の中の雰囲気が、テレビに対して冷ややかになっている部分がありますよね。80年代くらいからテレビでやっていたバラエティ的なお笑いの世界は衰えていないけど、それを世間が一緒になって面白がる熱気がなくなってきましたよね。
スキマ そのことは、本書でも「内輪受け社会」という言葉を使って説明されていますが、かつては、世間がテレビの内輪に入り込んでいた。だから少々、ムチャをやっても許されていた。けれど、今は外側から常識的な目で判断され、ちょっとしたことでクレームなどにつながってしまっているように感じます。
太田 そうですね。内輪みたいなものがピークだったのは、フジテレビの『27時間テレビ』で、さんまさんの愛車破壊をやった頃だと思います。間違いなく、今やったら大バッシングでしょう。でも、当時僕らは、あれに熱狂したわけですよね。実際には参加していないわけですけど、一緒に見ているというだけで、参加している気分になった。
スキマ 自分がやっているわけでもないのに、なんだか誇らしくなったりしてましたよね(笑)。
太田 バブル崩壊以降、一致団結していたみんなが、一人ひとりになった感覚が強まったと思うんです。そうした中で、そういうものに乗れない人たちがたくさん出てきた。それはテレビとの関係だけではなく、人と人との関係もそうで、それまで総中流意識の中で、以心伝心で自然とコミュニケーションが成立するというのが日本の社会だったんです。けれど、90年代から現在に近づけば近づくほど、格差が広がり、コミュニケーションは自分で身に付け、鍛えなければいけないものになった。そうすると、芸人さんはそれまでとは別の意味で、ある種のお手本になっていく。過酷になっていく日本の社会の中で生きていくには、コミュニケーション力が必要不可欠になる。ふと、われわれの周囲を見渡したときに、それを一番うまくやっているのは芸人さんだったんです。
スキマ 確かに。言われてみればそうですね。象徴的な芸人って、誰ですか?
太田 一番わかりやすいところでいえば、ロンドンブーツ1号2号の田村淳さん。人を話術とかで動かしながら、自分の望むような結果に持っていけるような“コミュニケーションの達人”としての芸人という側面がクローズアップされだしたんです。それは、私たちの日常と近いところで芸人を捉えているっていうことですよね。
スキマ 太田さんは『中居正広という生き方』(青弓社)などを書かれている通り、アイドルにも深い造詣をお持ちですが、そうした芸人の側面は、SMAPのようなアイドルに関しても通ずる部分があるのではないですか?
太田 アイドルはまだ、ライブやコンサート、いわゆる「現場」の比重がすごく高いんですが、SMAPはその中でも別格だと思うんです。テレビにあそこまでフィットして、テレビの歴史を作ったという存在は、アイドルには今までいなかったし、これから出てくるのも難しいと思いますね。ある種、特殊なケースだと思います。
僕は、テレビの本質って「バラエティ」だと思うんですよ。つまり、いろんなジャンルがあるわけだけど、ジャンルがないジャンルっていうのがバラエティ。最終的に、なんでもありになっていくんです。なんでも受け入れるし、なんでもできるっていう楽しさがある。アイドルにしても芸人にしても、バラエティという、なんでもありな空間に入っていくことは必然で、SMAPがテレビを通じてそういう存在になっていったっていうのは、大げさにいえば、戦後日本における大衆的な娯楽とか文化の世界におけるひとつの完成形なんだと思います。

スキマ 僕がいま、すごく象徴的だと思うのは、女子高生を中心とした若い世代に、出川哲朗さんやNON STYLEの井上さん、トレンディエンジェルの斎藤さんとかが、すごく人気があることなんです。いわゆる「気持ち悪い」とか「ブサイク」とか見た目の部分でネガティブな評価を受けがちな人たちが、これほどまとまって支持されたことって、歴史的に見てもあまりないんじゃないかと思うんです。実際、出川さんなんかは、かつて女性たちには本当に嫌われていましたから。彼らに共通するのは、ブレないポジティブさですよね。
太田 「コミュ力が高い」「コミュ障」っていう言い方がありますけど、当然、コミュ力が高い人たちばかりじゃない。そういった人たちにとって、いまスキマさんが挙げた人たちは、救いになっている。女性から見ればネガティブに受け取られる特徴を持った人たちっていうのが、お笑いの中でポジティブな輝きを持つことがある。そういうことを、僕らは日々、目撃してるわけじゃないですか。それって、冷静に考えるとすごいことだと思うんですよね。彼らに人気があるのは、女子中高生たちが、空気を読むコミュニケーションばかりが重視される今の時代に、生きにくさを感じているからかもしれないですね。
スキマ さまざまなジャンルに芸人さんが進出し、支持されている一方で、芸人の本業ともいえる漫才やコントなどのネタがなかなかテレビではできない状況があります。これは、芸人さんたちにとって不幸な状況だと思いますか?
太田 テレビに関しては、芸人にとって不幸なのかそうじゃないのかっていうのは、難しいところだと思いますね。今、テレビでネタは世に出るきっかけのひとつになってしまって、それだけで生きていくのが難しいというのは不幸なことかもしれませんね。でも、「バラエティこそ、テレビだ」って考え方からいくと、ネタももちろん笑いのひとつなんですけど、それだけではない。テレビで何が面白いかっていうと、それまでの常識を壊すことだと思うんです。それは別に、ネタじゃなくてもいいわけですよ。
スキマ なるほど。では、このような「芸人万能社会」は、これからも続くと思いますか?
太田 芸人が巧みなコミュニケーションのお手本だけなら、長く続かない。けれど、コミュニケーションがうまくない人だってこんなに面白いし、魅力的じゃないかというのを示してくれるのも、今の芸人さんだと思うんですよね。また、『万年B組ヒムケン先生』(TBS系)のように、空気を読むとか気にせずに、そこに存在するだけでいいんだと肯定してくれるような番組もある。芸人は、あらゆる人のロールモデルになっていると思うんです。今回、『芸人最強社会ニッポン』とタイトルをつけましたけど、その「最強」というのは、単に勝ち負けの強者という意味ではなくて、芸人こそがわれわれにとって助けになってくれる、救いになってくれるような“強さ”を持っている存在だっていう意味合いもあるんです。テレビの持っていた自由さが、ここまでのバリエーション豊かな文化を可能にした。笑いは、生きた文化なんです。だから、これからもなくならないと思いますね。
●おおた・しょういち
1960年、富山県生まれ。東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得満期退学。テレビ、アイドル、歌謡曲、お笑いなど、ポピュラー文化の諸分野をテーマにしながら、戦後日本社会とメディアの関係に新たな光を当てるべく執筆活動を行っている。著書に『紅白歌合戦と日本人』『アイドル進化論-南沙織から初音ミク、AKB48まで-』(筑摩書房)、『社会は笑う・増補版-ボケとツッコミの人間関係-』『中居正広という生き方』(青弓社)など。
●てれびのスキマ(戸部田誠)
1978年、福島県生まれ。お笑い、格闘技、ドラマなどを愛するテレビっ子ライター。2015年にいわき市より上京。著作に『タモリ学』(イースト・プレス)、『有吉弘行のツイッターのフォロワーはなぜ300万人もいるのか』『コントに捧げた内村光良の怒り』(コアマガジン)、『1989年のテレビっ子』(双葉社)。当サイトにて「テレビ裏ガイド」を連載中。