“覚せい剤の資金源”否定の小倉智昭が恐れる私信流出「カツラの数と種類を……」

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 フジテレビの情報番組『とくダネ!』の小倉智昭キャスターが、覚せい剤取締法違反(所持)容疑で逮捕された庄司哲郎容疑者との関係について、釈明に追われている。  庄司容疑者は、1994年に映画『BE-BOP-HIGHSCHOOL』に出演したことがあるが、その後はあまり売れず、画家としての活動のほか、最近はオカルト雑誌「ムー」(学研プラス)などで宇宙人と交信したり、光線で負傷したなどというUFOとの遭遇談を語り、観測会を開いていた。 「週刊文春」(文藝春秋)では、この庄司容疑者が小倉キャスターに日ごろから経済援助を受けていて、逮捕当日にも「少なくない額」を渡されていたことで、結果的に薬物購入資金になった疑いがあると報じられたが、小倉キャスターは「庄司容疑者の絵を買っただけで、逮捕当日の金も、誕生日プレゼントとしてもらった絵の謝礼だった」としている。  誕生日プレゼントに対して金を払ったという説明自体には首をかしげざるを得ない部分もあるが、その後に続報として出たのが「資金源証拠メール」。同誌は、小倉キャスターが庄司容疑者に送った2013年2月のメールを掲載。ここには「過去の所得税、地方税、重加算税、延滞税など、多額の請求があなたに行きます」「その結果、あなたへの分を含め、およそ一億の納付請求の通知が届きました」などと書かれており、庄司容疑者に支援した額が大きかったため、国税庁の調査で問題になっているというニュアンスの内容だった。  このメールの内容が事実であれば、小倉キャスターが億単位の金を還流させていた疑惑にもなるため、一部では「麻薬ジャンキーを利用したマネーロンダリングか」という声も上がったが、小倉キャスターはこれを「作り話」と番組で釈明。「こう言えば庄司に伝わるかなと思って、そこのメールにはすべて作り事を書きました」と、ウソの話で支援をやめようとしたことを説明。ただ、私信が流出したことには「いやあ、驚きましたね」と冷や汗をかいている様子だった。  小倉キャスターが恐れるのは、おそらくその報道内容より、私信流出のほうだろう。というのも、業界内では、庄司容疑者が小倉キャスターのプライベートな話をマスコミに売っていたというウワサがささやかれているからだ。 「昨年、ある人物がネタ提供をしてきた」と証言するのは、週刊誌の契約ライター。 「その中身が、小倉さんのカツラに関することで、カツラの数と種類についての話。ハッキリ言って、くだらないものだったのでボツになりましたが、その人物は名前を名乗らず、『小倉さんにかわいがられている芸術家』と言っていたので、庄司容疑者だったんじゃないかと」(同)  小倉キャスターはカツラ着用者であることを隠してはおらず、数種類を使い分けていることも過去、明かしている話だ。ライターによると、ネタ提供者は「かなり金に困っている様子で『1万円でもいいから欲しい』と言っていた」という。 もしこれが庄司容疑者だったとすれば、先のメール流出と合わせて、恩人を売り飛ばしていたことになる。前出ライターは、小倉キャスターが「非常に面倒見のよい人物として知られている」という。 「ハッキリ言えば、支援してもらっていたのは、庄司容疑者だけじゃないんですよ。もっとたくさんの業界人が助けられています。実は私自身も、小倉さんの番組に出たとき『よかったら、別の仕事を紹介しようか』と言われたほどだったんですから」(同)  こうした話を聞けば、小倉キャスターが親しい知人らの仕事や金の心配をしていたことがうかがえるため、小倉本人の説明とつじつまは合う。そして、少なくとも「麻薬に使う金を助けていた」ということは考えにくいだろう。  ただ、その善意が逮捕やメール流出、タレコミといった、恩をあだで返すような形で踏みにじられていたとすれば、小倉キャスターは相当ショックを受けているはずだ。支援していた人が複数に及ぶなら、今後こうした事態がまた起きないことを願いたい。 (文=片岡亮/NEWSIDER Tokyo)

SMAP25周年、ファンが「都電貸し切り」「新聞ジャック」! “花摘み”効果で300万枚目前

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SMAPに続く社会的なスターは生まれるのでしょうか

 SMAPがCDデビュー25周年を迎えた9月9日、全国各地ではファンによって盛大なお祝いが行われた。東京新聞をはじめ、静岡新聞、北日本新聞といった地方紙では、個人のメッセージが掲載できる「伝言板」などにSMAPに関するメッセージがあふれ、日本全国が祝福ムードに包まれた。

 惜しまれつつも年内での解散が決定しているSMAP。記念日前日、8日放送のラジオ『稲垣吾郎のSTOP THE SMAP』(文化放送)や、当日に草なぎ剛がパーソナリティを務めた『おはようSMAP』(TOKYO FM)では、25周年について触れる内容はなく、番組内でデビュー曲「Can’t Stop!!‐LOVING‐」が流れたのみだった。

DMM、18歳未満が出演するイメージビデオ取扱い停止を発表──1本のイメージビデオを見ながら思うこと

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「DMM.com」プレスリリースより。
 私の手元に一本のイメージビデオがある。  タイトルは『Petit 蒼井優』(日本メディアサプライ)。言うまでもなく、女優・蒼井優の出演している作品である。発売は2001年。彼女が15歳のときに撮影されたものだ。  念のために言っておくが、「イメージビデオ」とはいっても、セクシーなシーンや衣装、もちろん水着姿などは一切ない。  制服や浴衣、メイド服など、当時の彼女の等身大の魅力を引き出すような衣装と、インタビュー風の彼女のひとり語りによって作られた約30分の作品だ。  当時からすでに完成された美少女であったが、今改めて見てみると、表情の作り方やどこか落ち着いた雰囲気など、将来日本を代表する女優になる片鱗のようなものを感じる。彼女の原点ともいえるような魅力を感じることができる名作だと思う。  9月7日、大手ビデオ・動画販売・配信サイトのDMMが、18歳未満のアイドルやタレントが出演するイメージビデオの取り扱いを停止するとの方針を発表した。  すでにAmazonではアイドルのイメージビデオに厳しい規制をかけていたが、比較的取り扱いに寛容であったDMMがこのような決定をしたことによって、同じような動きが業界全体に広がるのではないかと思われる。  決定に至った大きな要因は、ある国際人権NGOによって、子どもの人権侵害につながる作品、いわゆる「児童ポルノ」の販売に関する報告書が出されたことによるもの、とのことだ。しかし、個人的にはどうしても違和感が拭い去れない。  DMMの発表によれば、18歳未満の出演した作品は「たとえ性的な描写がない場合でも」取り扱わない、とある。  私がこれまで見てきた中でも、性的な描写がなく、出演者の魅力や愛らしさを存分に引き出した、良識あるイメージビデオはたくさんあった。  どこからどこまでが健全で、どこを越えると性的な描写になるのか。線引きは非常に曖昧だし、成人向けコンテンツを取り扱うDMMだからこそ、よりグレーゾーンを残したくないということなのだろうが、個々の作品を判断することなく全てを切り捨てなくてはいけないものなのだろうか。  私が懸念する点は3つある。  まず、少女を撮影した作品全てが悪であるような扱いをされることに対する悲しさだ。  たとえば、女優を目指していたり、モデルになりたい、CMに出たい、といった夢を抱いている少女にとって、その子の「今」を記録した映像作品というのは、重要なアピールツールとなりうる。 「こんな作品を出しています」と言って、テレビや映画関係者、何よりもファンになるかもしれない一般ユーザーに知らしめることができる。  そんな大切な作品を、「人権侵害」という名の下に、全て製作できなくなるとしたら、逆に少女たちの未来を狭めることになりはしないだろうか。  次に、少女の美しく、また頑張っている姿を見たいと願う大人たちの希望を奪い去ることになる点。  私も含めて、性的な意味は別にして、いわゆるジュニアアイドルのファンというのは絶対数いるのである。  そして、先にも挙げた通り、少女を扱ったイメージ作品で、名作と呼べるものもいくつもある。  そこには、単なる金銭を介した需要と供給といった以上の、お互いを励ましあうような関係が生まれてくる。私見で言わせてもらえば、その関係は実に美しいものだと思っている。そのひとつのメディアがなくなるのは、実に残念なことではないか。  最後に挙げられるのは、これが契機となって、さらに他の分野にまで規制が広がっていくことだ。  たとえば映画やドラマのDVDの中で、18歳未満の男女が恋をするシーンがあったとしよう。抱き合うこともあるかもしれないし、キスシーンもあるかもしれない。 「性欲を刺激する」などと言って、そんなところまで規制されることになったら、たまったものではない。中学校を舞台にした作品で、生徒が全員18歳以上が演じているなどというのは興ざめだ。青春映画も台無しである。  イメージビデオがダメで、映画やドラマならいい、という基準も曖昧だ。見ようによってはイメージビデオのようにも見える映画や、ドラマ仕立てのイメージビデオなどもある。  もっと言ってしまえば、水着姿で歌い踊るアイドルグループのPVは規制の対象になるのか。お腹を出した衣装を着た少女たちのライブビデオはどうかなど、文句をつけようと思えば、いくらでもできる。  それらを全て取り上げて、「グレーなものは全て排除する」というのは、ある意味とても危険なことのように思える。  そこで、思考や検討をやめてしまっては、本当に大切で価値のあるものまで失いかねないと感じるのだ。  では一体どうすればいいのか?  私は、一番大切なのは、出演している女の子の気持ち(将来的なものも含めて)だと思う。  本人が「この作品に出たい」という意思があれば、それを尊重すべきだ。  もちろん、18歳未満ではまだ大人としての判断ができない、という意見もあるだろう。それならば、本人の契約に加えて、親の承諾書を取ればよい。 「お金欲しさに娘を売り渡す親だっている。本人が後々後悔することになる」などとまで言われたら、もう何を信用していいかわからなくなるが、100歩譲ってそういう場合は、映像を撮るだけ撮っておいて、本人が18歳になった時に承諾を取り、それから発売したっていい。  このように、対策を考えたり、検討したりすることはいくらだってできるのである。闇雲に「規制規制」と言っているだけでは、文化なんて育っていかない。  大手が撤退したとはいえ、今なお、18歳未満のイメージビデオを販売している業者はあるだろう。  心ある販売店は、どうか、ひとつひとつの作品をチェックして、それが販売すべきものかどうか、判断してもらいたい。 「児童ポルノの恐れがある」「自分のところでは販売にふさわしくない」と判断されたものは、売らなければいいだけだ。  そして、我々ユーザー側も、本当に女の子が望み、彼女のためになるのはどんな作品で、それを守るためにはどうすればいいか、考えていくべきだろう。  蒼井優のビデオのラスト、彼女は暗い階段を駆け上がり、光の中へと走っていく。  そこで画面は変わり、セピア色の映像の中で彼女はナチュラルな表情を見せる。  そのシーンはまるで、彼女のその後の活躍を象徴しているかのようで、見ていてかすかな感動を覚える。  あの頃の彼女のように、夢を見る女の子たちが、光の中へと旅立って行って欲しい。そんなことを思いながら、ビデオを見終えた。 (文=プレヤード)

DMM、18歳未満が出演するイメージビデオ取扱い停止を発表──1本のイメージビデオを見ながら思うこと

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「DMM.com」プレスリリースより。
 私の手元に一本のイメージビデオがある。  タイトルは『Petit 蒼井優』(日本メディアサプライ)。言うまでもなく、女優・蒼井優の出演している作品である。発売は2001年。彼女が15歳のときに撮影されたものだ。  念のために言っておくが、「イメージビデオ」とはいっても、セクシーなシーンや衣装、もちろん水着姿などは一切ない。  制服や浴衣、メイド服など、当時の彼女の等身大の魅力を引き出すような衣装と、インタビュー風の彼女のひとり語りによって作られた約30分の作品だ。  当時からすでに完成された美少女であったが、今改めて見てみると、表情の作り方やどこか落ち着いた雰囲気など、将来日本を代表する女優になる片鱗のようなものを感じる。彼女の原点ともいえるような魅力を感じることができる名作だと思う。  9月7日、大手ビデオ・動画販売・配信サイトのDMMが、18歳未満のアイドルやタレントが出演するイメージビデオの取り扱いを停止するとの方針を発表した。  すでにAmazonではアイドルのイメージビデオに厳しい規制をかけていたが、比較的取り扱いに寛容であったDMMがこのような決定をしたことによって、同じような動きが業界全体に広がるのではないかと思われる。  決定に至った大きな要因は、ある国際人権NGOによって、子どもの人権侵害につながる作品、いわゆる「児童ポルノ」の販売に関する報告書が出されたことによるもの、とのことだ。しかし、個人的にはどうしても違和感が拭い去れない。  DMMの発表によれば、18歳未満の出演した作品は「たとえ性的な描写がない場合でも」取り扱わない、とある。  私がこれまで見てきた中でも、性的な描写がなく、出演者の魅力や愛らしさを存分に引き出した、良識あるイメージビデオはたくさんあった。  どこからどこまでが健全で、どこを越えると性的な描写になるのか。線引きは非常に曖昧だし、成人向けコンテンツを取り扱うDMMだからこそ、よりグレーゾーンを残したくないということなのだろうが、個々の作品を判断することなく全てを切り捨てなくてはいけないものなのだろうか。  私が懸念する点は3つある。  まず、少女を撮影した作品全てが悪であるような扱いをされることに対する悲しさだ。  たとえば、女優を目指していたり、モデルになりたい、CMに出たい、といった夢を抱いている少女にとって、その子の「今」を記録した映像作品というのは、重要なアピールツールとなりうる。 「こんな作品を出しています」と言って、テレビや映画関係者、何よりもファンになるかもしれない一般ユーザーに知らしめることができる。  そんな大切な作品を、「人権侵害」という名の下に、全て製作できなくなるとしたら、逆に少女たちの未来を狭めることになりはしないだろうか。  次に、少女の美しく、また頑張っている姿を見たいと願う大人たちの希望を奪い去ることになる点。  私も含めて、性的な意味は別にして、いわゆるジュニアアイドルのファンというのは絶対数いるのである。  そして、先にも挙げた通り、少女を扱ったイメージ作品で、名作と呼べるものもいくつもある。  そこには、単なる金銭を介した需要と供給といった以上の、お互いを励ましあうような関係が生まれてくる。私見で言わせてもらえば、その関係は実に美しいものだと思っている。そのひとつのメディアがなくなるのは、実に残念なことではないか。  最後に挙げられるのは、これが契機となって、さらに他の分野にまで規制が広がっていくことだ。  たとえば映画やドラマのDVDの中で、18歳未満の男女が恋をするシーンがあったとしよう。抱き合うこともあるかもしれないし、キスシーンもあるかもしれない。 「性欲を刺激する」などと言って、そんなところまで規制されることになったら、たまったものではない。中学校を舞台にした作品で、生徒が全員18歳以上が演じているなどというのは興ざめだ。青春映画も台無しである。  イメージビデオがダメで、映画やドラマならいい、という基準も曖昧だ。見ようによってはイメージビデオのようにも見える映画や、ドラマ仕立てのイメージビデオなどもある。  もっと言ってしまえば、水着姿で歌い踊るアイドルグループのPVは規制の対象になるのか。お腹を出した衣装を着た少女たちのライブビデオはどうかなど、文句をつけようと思えば、いくらでもできる。  それらを全て取り上げて、「グレーなものは全て排除する」というのは、ある意味とても危険なことのように思える。  そこで、思考や検討をやめてしまっては、本当に大切で価値のあるものまで失いかねないと感じるのだ。  では一体どうすればいいのか?  私は、一番大切なのは、出演している女の子の気持ち(将来的なものも含めて)だと思う。  本人が「この作品に出たい」という意思があれば、それを尊重すべきだ。  もちろん、18歳未満ではまだ大人としての判断ができない、という意見もあるだろう。それならば、本人の契約に加えて、親の承諾書を取ればよい。 「お金欲しさに娘を売り渡す親だっている。本人が後々後悔することになる」などとまで言われたら、もう何を信用していいかわからなくなるが、100歩譲ってそういう場合は、映像を撮るだけ撮っておいて、本人が18歳になった時に承諾を取り、それから発売したっていい。  このように、対策を考えたり、検討したりすることはいくらだってできるのである。闇雲に「規制規制」と言っているだけでは、文化なんて育っていかない。  大手が撤退したとはいえ、今なお、18歳未満のイメージビデオを販売している業者はあるだろう。  心ある販売店は、どうか、ひとつひとつの作品をチェックして、それが販売すべきものかどうか、判断してもらいたい。 「児童ポルノの恐れがある」「自分のところでは販売にふさわしくない」と判断されたものは、売らなければいいだけだ。  そして、我々ユーザー側も、本当に女の子が望み、彼女のためになるのはどんな作品で、それを守るためにはどうすればいいか、考えていくべきだろう。  蒼井優のビデオのラスト、彼女は暗い階段を駆け上がり、光の中へと走っていく。  そこで画面は変わり、セピア色の映像の中で彼女はナチュラルな表情を見せる。  そのシーンはまるで、彼女のその後の活躍を象徴しているかのようで、見ていてかすかな感動を覚える。  あの頃の彼女のように、夢を見る女の子たちが、光の中へと旅立って行って欲しい。そんなことを思いながら、ビデオを見終えた。 (文=プレヤード)