【嶽本野ばら】収入は電子書籍の印税「月100円」?家族に“媚びて”過ごす故郷・京都での日々

【サイゾーpremium】より>

――作家・嶽本野ばら氏が久しぶりの新刊を上梓する。これまで自らの言葉であえて語られることのなかった、秘められた思いとは?

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(写真/三浦太輔・go relax E more)

 2015年4月、所持していた危険ドラッグに麻薬成分が入っていたとして、作家・嶽本野ばらが逮捕された。過去には、『下妻物語』(小学館)や『ロリヰタ。』(新潮社)といった乙女心を追求した小説が女性ファンを中心に支持を集め、“乙女のカリスマ”とまで呼ばれた氏だが、07年にも大麻所持によって逮捕されており、薬物による逮捕は2度目のことだ。

 あれから1年5カ月――氏が書き下ろしエッセイ集『落花生』(小社刊)を刊行する。およそ30年ぶりに戻った故郷・京都での麻薬依存症治療、母・妹との同居生活、その中で味わった苦境が著書には綴られている。

「(15年に)逮捕された時は、全然蓄えがなくて。裁判費用や引っ越し代を払ったら無一文という状態で、京都に戻ったんですよ。昔だったら定期的に不労所得が入ってきてたんですけど、最近は電子書籍の印税で『月100円』とかですから(笑)。ほとんどないに等しい状況です」

 これまで『下妻物語』が映画化されるなど、ヒット作を生んできた氏だが、月にわずか数百円~数千円程度の印税しか見込めない現在、まともに生活するのは難しい。

「今は家族に養われている状態なので、食べることは食べられるけど、外に出かけるにもお金がかかっちゃうし、できることといったら作品を書くことくらい。薬物治療で通っている精神科病院に行くことが、唯一の楽しみみたいな生活です。しかも、これまで誰に対しても媚びなかった僕が、今は家族に媚びまくっていますからね。養われているという負い目があるし、母や妹が不機嫌にならないように、面白いことを言ってみたりして」

 1998年に作家デビューして以降、著作の売り上げは順調に伸びていたが、最初の逮捕によって潮目が変わったという。

「1度目の逮捕のあと、本の売り上げが一気に減っちゃったんです。だから2度目の時は、相当悲惨な状況になるのだろうと、覚悟してました。でも、意外と変わらなかったんですよね。昔は、自分の支持者がどれぐらいいるのかって、数字では見えなかったんですけど、今はSNSなんかでそれが見えてしまうじゃないですか。僕のツイッターのフォロワーが1万人ちょっとで、その中で作品をちゃんと読んでくれてる人って、2割くらいだと思うんです。きっとその2000人くらいが、すごく売れても、今のようになろうとも、常に僕のフォロワーでいてくれる数じゃないのかなって気がしてます。

 僕の作品って“はしか”みたいなもので、ある年代になったり、ある程度社会経験とかを経たら、醒めていく。通過点なんですよ」

 自身への評価は冷静。かと言って、残りの8000人を取り込もうと、“読者に”媚びたりはしない。今回上梓する『落花生』でも、文体も態度も、これまでの“野ばらイズム”が相変わらずだ。

「もともと僕は、フリーペーパーっていうインディーズな媒体から出てきて、そこでの連載(『それいぬ-正しい乙女になるために-』)を国書刊行会という、これまたインディーズのような出版社で単行本化し、小説デビュー(『ミシン』)もそれまで文芸の部署がなかった小学館からと、常にインディペンデントなところで始めてきました。そして今回は『サイゾー』という、これまたインディペンデントな新興勢力の出版社から復帰作を出します。今回のエッセイには、デビュー作の時のようなインパクトが必ずある。そもそもエッセイが書きたくて作家になったので、エッセイは僕にとって、小説よりも大事な文章表現の仕方なんです。内容も、装丁もかなり攻撃的なものになっているので、期待は裏切りませんよ」

 嶽本野ばらが戻ってくる。今回はどれほどの人がはしかにかかってしまうのか――かつてその洗礼を受け、通過儀礼を終えた者として、注目したいところである。

(文/高橋ダイスケ)

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嶽本野ばら(たけもと・のばら)
京都府生まれ。小説家・エッセイスト。 1998年に『それいぬ-正しい乙女になるために-』(国書刊行会、後に文春文庫)でエッセイストとして、2000年には『ミシン』(小学館)で小説家としてデビュー。代表作に、『下妻物語』(同)、『エミリー』(集英社)、『ロリヰタ。』(新潮社)など。

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グラドル大貫彩香「一番セクシーで、エロイ」!? びちょ濡れで“アレ”が……

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 グラビアアイドルの大貫彩香が、10枚目のDVD『オオヌキサヤカ!!』(エスデジタル)を発売し、東京・秋葉原で記念のイベントを行った。  5月に沖縄で撮影したという本作。男性を追いかけるというシリーズで、今回は、会社の先輩を追いかけて沖縄に行くOLの役だという。詳しい内容について聞いてみた。 「得意のスポーツのシーンはたっぷり入っています。自転車に乗って風を切ったり、びちょびちょになったり、温泉に行ったりもしています!」
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――セクシーだったシーンは? 「スーツの下に着ている黒い水着は、自分的には一番セクシーで、エロイ(笑)と思いました。着こなしがオトナっぽくてイイと思います!」 ――オススメのシーンは? 「廃墟でコスプレをしています! エヴァンゲリオンのキャラクター、綾波レイをイメージしているスーツです! 中は、もちろん小さな水着です(笑)」  今年はパチスロメーカー・HEIWAのイメージガールも務め、バラエティ番組にレギュラー出演するなど多忙。DeNAベイスターズのファンで「今日はベイスターズカラーの青い水着です。筒香さんを信じています!」と祈っていた。 大貫彩香 オフィシャルブログ「SAYAKA'sDAILY LIFE」http://ameblo.jp/ohnuki-sayaka/

『HiGH&LOW』は祭である ケンカに次ぐケンカに魅了され、ジェンダー的にももやもやしなかった理由

EXILEや三代目J Soul Brothersファンだけでなく、今まで彼らに興味のなかった層にまで届いているように見える映画『HiGH&LOW THE MOVIE』。2クールにわたってテレビで放送されていたドラマ『HiGH&LOW』(日本テレビ系)の続編です。

ホモソーシャルや男らしさについて考えてきた本連載にはうってつけの題材では! と思い、公開後かなり早くに見てきました。

本作は「山王連合会」「White Rascals」「鬼邪高校」「RUDE BOYS」「達磨一家」という5つのチームが緊張関係にあった「SWORD地区」が舞台になっています。物語は、RUDE BOYSの拠点である無名街で、突然大爆発が起こったことから始まります。爆発後、いまはなき最強のチーム「MUGEN」のリーダーであり、親友の龍也の死により、自暴自棄になって街から姿を消していた琥珀(AKIRA)が現れます。かつては「MUGEN」のメンバーとして共に過ごしてきたコブラ(岩田剛典)やヤマト(鈴木伸之)への琥珀の態度も豹変していまいました。そして、SWORD地区の支配を目論む海外組織「張城」や「MIGHTY WARRIORS」との関係を深めていたのです。実は、琥珀にはある思惑があり……というのが『HiGH&LOW THE MOVIE』のストーリーです。

◎『HiGH&LOW』は祭である

無名街で大爆発が起こり、RUDE BOYSのメンバーの“家族”たちが何人も亡くなったというセリフがあります。しかしこの映画では、ケンカや抗争ばかりが描かれているというのに、人の死を感じることがありません。もちろん、ドラマシリーズには亡くなった人もいるし、この作品でも琥珀の親友の龍也が亡くなったという回想エピソードは随所に出てくるのですが、この映画では、ケンカで人と殴り合った結果の死というものは描かれていないのです。

しかも、ケンカに次ぐケンカのシーンを見ても、あまり痛そうに見えない。ハマった人がリピーターになっていくのも、目を背けるような痛々しさがないというのが大きいのではないかと思います。

しかし、なぜ痛そうでないのか。それは、アクションが実に巧いということが関係あるでしょう。特に個人的には、リーダーのスモーキー(窪田正孝)率いるRUDE BOYSの乱闘シーンが顕著です。RUDE BOYSには、ピーという赤い髪の登場人物がいるのですが、ピーを演じるZENはアクロバティックな動きをするパルクールパフォーマーでもあります。彼が繰り広げるアクションの流れが非常にスムーズで、圧巻で、初めてみたときは「あの動きのすごい人は誰?」と衝撃を受けました。よく考えると、ZENに象徴される、ダンスのように美しいアクションが繰り広げられることで、ケンカのシーンを見ても、「痛い」というよりも「すごい」「きれい」「もう一回見たい……」となるのかもしれません。

その他のアクションシーンも、大人数が参加しているワンカットでの撮影は目を見張るものがあるのですが、「撮影現場での安全が確保された上でやっているんだろうな」という想像がなぜかできました。「暴力性を描くためには、生々しいアクションがいい」というときもありますが、魅せるアクションには準備や段取りが必要です。

これらの要素や、達磨一家の日向(林遣都)による「SWORDの祭は達磨通せやー」というセリフを考えていくうちに、この映画は「祭」なんだ、と思うようになりました。

◎男と女は、アイドルとファンの関係

以前、『ディストラクション・ベイビーズ』について書いたとき、松山市の三津浜で行われている祭のシーンについて言及しました。このシーンについてライターのヒナタカ氏は、シネマズ by 松竹の『柳楽優弥と菅田将暉が世界を挑発「ディストラクション・ベイビーズ」、地元出身者が豆知識を紹介!』という記事の中で、「けんか神輿が始まった理由には、農民と漁師の揉めごとが絶えなかったため、一年に一度だけ神輿をぶつけ合って豊穣を願う儀式をつくった、という説があります。いわばけんか神輿は、暴力を“社会的に許されているもの”に変換したものなのです」と指摘しています。

この指摘、まるで「SWORD地区」の面々と、「MIGHTY WARRIORS」「DOUBT」の抗争のようではありませんか!!! この抗争は、琥珀の目論見と関係していて、物語的には意味のあるものです。ただ、映画という社会的な枠組みの中で、LDHの面々や若手俳優たちが、安全性が確保され、ルールのある中で、体と体でぶつかり合う。これが、儀式でなくてなんなのでしょうか。

しかし、儀式となると、女性の立ち位置がどのように描かれるのかが気になるところです。高校野球は、本来は、他の協議と同じくスポーツの大会であるのに、こと甲子園とあると急に儀式的な要素が強まってしまい、女性マネージャーがグラウンドに入ったことや二万個のおにぎりを握ったことがニュースとなって物議をかもしました。

『HiGH&LOW THE MOVIE』では、喧嘩に女性が混じっていけないということはありません。「MIGHTY WARRIORS」のセイラ(大屋夏南)のように、身体能力に優れ、戦闘意欲のある女性は、戦いに加わることがなんの障壁もなくできます。かといって、セイラのように戦闘能力のある好戦的な女性ばかりとは限りません。そんな体力にも自信がないし、戦闘する意思のない女性たちには、おにぎりを作って帰りを待っているという選択肢も与えられていました。このケンカ祭りでは、女性たちが参加方法を自由に選択できるのです。私は、ピンクの特攻服を着た女性集団の「苺美瑠狂」(いちごみるくと読みます)のメンバーが、なんの心構えもトレーニングもなしに、抗争に無理やり飛び込む展開でなくて、心底安心しました。だって、彼女たちも「ケンカに加わるの、いやだなー」という空気を醸し出していたじゃないですか。

このおにぎりは、高校野球のマネージャーのおにぎりとどこか違うように思えます。なぜなら、「苺美瑠狂」の中の二人のメンバーは、橋の上から、アイドルのライブ会場に来たファンのように戦う男性たちを見ていました。つまり、「苺美瑠狂」は喧嘩三昧の集団を支える女性組織ではあるけれど、実は、戦う男たちのファンであり親衛隊、つまり私たち『HiGH&LOW』ファンと同じ部分もあると考えれば、あのおにぎりは、ファンからアイドルへの差し入れ、プレゼントともとれます。戦いにいく男たちを陰で支える女性といった、ジェンダー的なモヤモヤはその点においては個人的には薄まりました。

◎次の祭は10月8日から!

琥珀は、兄弟を傷つけてしまった責任は自分にあると感じて、自暴自棄になって暴れて殻に閉じこもってしまい、のちにまた兄弟(のような存在)の愛によって、目が覚めるという意味で、『アナと雪の女王』のエルサのように見えました。

この映画の最後には、「SWORD地区」の面々と、「MIGHTY WARRIORS」「DOUBT」の抗争は、琥珀が解き放たれ(まるでエルサのように)、正気に戻ったことによりあっけなく終結します。そして、朝もやの中、各々はすっきりしたいい顔で、家路に帰っていく。その姿を見ていると、社会的に許された中でルールに従って暴力性をぶつけあう「祭」の終わった後のように感じました。10月8日から始まる秋祭り(『HiGH&LOW THE RED RAIN』)がいまから楽しみです。
(西森路代)

『24時間テレビ』の羽生結弦のスケートを、あえて「感情」抜きで観てみると…

――女性向けメディアを中心に活躍するエッセイスト・高山真が、世にあふれる"アイドル"を考察する。超刺激的カルチャー論。
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羽生結弦「蒼い炎II-飛翔編-」(扶桑社)
 リオオリンピックが終わりました。以前この連載で書いたことがあるような気がしますが、私は採点競技が好きでして、夏のオリンピックでダントツに好きなのが体操です。今回のオリンピックでは観戦に熱が入りすぎ、そのあとしばらくグッタリしてしまったほど。特に男子の個人総合は、オリンピックに限定すれば、1996年アトランタの、李小双(中国)とアレクセイ・ネモフ(ロシア)の一騎打ちを超えるほどの戦いでした。いやあ、観てるだけであんなにグッタリするのですから、選手たちのメンタルったらバケモノです。内村航平の、「どんなときでも、両ひざがピッタリ閉じていて、かつ、つま先がそろっている」凄みと言ったら! で、そのグッタリのあと、かなりひどい夏風邪をひいてしまいまして。癌の治療中でもあるので、しばらくお休みの時間をいただいておりました。静養をメインにここ1カ月弱を過ごしていたものですから、その間に観たものは限られてしまうのですが(おかげで録画の容量はギリギリ…)、「これは生で観ないと」と思っていたものが、ひとつ。それは日本テレビの『24時間テレビ』内での、熊本の被災地に向けてのメッセージを込めた羽生結弦のスケートでした。  東日本大震災から現在にいたるまで、羽生結弦が寄付も含め本当に多くの献身的な活動をしていることは、私などよりも皆さんのほうがご存じでしょうから詳述は控えますが、それでもひとつだけ。こうした活動を震災の当事者が続けるということは、その記憶と向き合い続けること、その記憶から逃げないと決意していることを意味します。その一点だけでも、全面的な尊敬に値すると私は思っています。と言うかむしろ、「そこまで背負わなくてもいいの」「被災した人は、自分のことだけ考えるくらいでいいのよ」という気持ちのほうが強いくらいでして…。  そう思いつつ、私はあえて、今回のエッセイでは「羽生のスケートそのものの凄み」を書いてみたいな、と。 と言うのも、「羽生が、この滑りにどんな思いを込めたか」ということに関しては、私以上に羽生結弦のことを愛している人たちが、それぞれのやり方や言葉で受け取って、ご自分の胸に刻んでいることでしょうから。そういった方々の思いは、それぞれにオリジナルで、それぞれに大切なもの。そこに口を差しはさむようなマネは野暮というものです。なので、この連載において初めて羽生結弦のことを書いた時と同じように、テクニック的なことを中心に箇条書き形式でつづってみたいと思います。 ●スタートのひと蹴り(要するに、ほとんど助走なし)で、すぐにイナバウアーに入れる。そのイナバウアーが、どこにも力が入っていないように見えるのに、途中からスピードがグンと上がる。どんだけ正確にエッジに乗っているのか、ちょっと想像がつかない。 ●ドーナツスピンでエッジをつかんでいないほうの手が、きちんと音をとらえている。 ●ドーナツスピンをほどいてすぐに、反時計回り~時計回りのターンを入れる。 ●トリプルアクセルを、レイバックイナバウアーから続くステップを入れてから跳ぶ。これまでのどの競技会でも見せたことのないエントランスではないか、と。ジャンプ前のコネクティングステップのバリエーションの豊かさに改めて驚く。 ●羽生にとってナチュラルな回転方向ではない、時計回りのターンであっても、目を見張るほど精緻。そこからすぐにインサイドのイーグルへとつなげる滑らかさにため息が漏れる。 ●シットスピンの態勢でツイズル。そこからパンケーキポジションに移行する際、足元だけを見ていると、どこから上体の態勢が変わっていったのかわからないほど、トレースが一定。  …しみじみと、いいものを見せていただきました。で、私なりの「チケット代」として、熊本への寄付をしてみたり。「病気じゃなかったらねえ、医療費のこととか考えずに大盤振る舞いできるんだけど」とも思いましたが、ま、そこは人それぞれということで(最近ますます私は自分に甘いのです)。もちろん、これは「みんながみんな寄付すべき」と言っているわけではありませんので、誤解なさらないでいただきたいのですが。  そう言えば、あと2カ月もしないうちに本格的なフィギュアスケートのシーズン到来です。今年はオリンピックもあったので、私にとっては「空白期間」がとても短く感じられました。すべての選手の演技が、今から待ち遠しくてなりません。まずは私も、「すさまじい演技、熱い試合」を見てもグッタリしない程度には体力を回復させて、もう少し密に原稿書けるようになりませんとね。 高山真(たかやままこと) 男女に対する鋭い観察眼と考察を、愛情あふれる筆致で表現するエッセイスト。女性ファッション誌『Oggi』(小学館)で10年以上にわたって読者からのお悩みに答える長寿連載が、『恋愛がらみ。 ~不器用スパイラルからの脱出法、教えちゃうわ』(小学館)という題名で書籍化。人気コラムニスト、ジェーン・スー氏の「知的ゲイは悩める女の共有財産」との絶賛どおり、恋や人生に悩む多くの女性から熱烈な支持を集める。8月から月刊文芸誌『小説すばる』(集英社)でも連載スタート。

早稲田大卒KAT-TUN中丸『Qさま!!』で難問クイズに挑戦! 9月5日(月)ジャニーズアイドル出演情報

――翌日にジャニーズアイドルが出演予定の番組情報をお届けします。見逃さないように、録画予約をお忘れなく!

※一部を除き、首都圏の放送情報を元に構成しています。
※番組編成、及び放送日時は変更になることがあります。最新情報は番組公式サイト等をご確認ください。

●SMAP

22:00~22:54 『SMAP×SMAP』(フジテレビ系)
24:10~24:55 『Momm!!』(TBS系) 中居正広


●TOKIO

5:50~ 8:00 『ZIP!』(日本テレビ系) 山口達也
8:00~ 9:55 『白熱ライブビビット』(TBS系) 国分太一
11:25~11:30 『国分太一のおさんぽジャパン』(フジテレビ系) 国分太一
18:55~19:25 『Rの法則』(NHK Eテレ) 山口達也
19:25~19:55 『テストの花道 ニューベンゼミ』(NHK Eテレ) 城島茂

『HiGH&LOW』は祭である ケンカに次ぐケンカに魅了され、ジェンダー的にももやもやしなかった理由

EXILEや三代目J Soul Brothersファンだけでなく、今まで彼らに興味のなかった層にまで届いているように見える映画『HiGH&LOW THE MOVIE』。2クールにわたってテレビで放送されていたドラマ『HiGH&LOW』(日本テレビ系)の続編です。

ホモソーシャルや男らしさについて考えてきた本連載にはうってつけの題材では! と思い、公開後かなり早くに見てきました。

本作は「山王連合会」「White Rascals」「鬼邪高校」「RUDE BOYS」「達磨一家」という5つのチームが緊張関係にあった「SWORD地区」が舞台になっています。物語は、RUDE BOYSの拠点である無名街で、突然大爆発が起こったことから始まります。爆発後、いまはなき最強のチーム「MUGEN」のリーダーであり、親友の龍也の死により、自暴自棄になって街から姿を消していた琥珀(AKIRA)が現れます。かつては「MUGEN」のメンバーとして共に過ごしてきたコブラ(岩田剛典)やヤマト(鈴木伸之)への琥珀の態度も豹変していまいました。そして、SWORD地区の支配を目論む海外組織「張城」や「MIGHTY WARRIORS」との関係を深めていたのです。実は、琥珀にはある思惑があり……というのが『HiGH&LOW THE MOVIE』のストーリーです。

◎『HiGH&LOW』は祭である

無名街で大爆発が起こり、RUDE BOYSのメンバーの“家族”たちが何人も亡くなったというセリフがあります。しかしこの映画では、ケンカや抗争ばかりが描かれているというのに、人の死を感じることがありません。もちろん、ドラマシリーズには亡くなった人もいるし、この作品でも琥珀の親友の龍也が亡くなったという回想エピソードは随所に出てくるのですが、この映画では、ケンカで人と殴り合った結果の死というものは描かれていないのです。

しかも、ケンカに次ぐケンカのシーンを見ても、あまり痛そうに見えない。ハマった人がリピーターになっていくのも、目を背けるような痛々しさがないというのが大きいのではないかと思います。

しかし、なぜ痛そうでないのか。それは、アクションが実に巧いということが関係あるでしょう。特に個人的には、リーダーのスモーキー(窪田正孝)率いるRUDE BOYSの乱闘シーンが顕著です。RUDE BOYSには、ピーという赤い髪の登場人物がいるのですが、ピーを演じるZENはアクロバティックな動きをするパルクールパフォーマーでもあります。彼が繰り広げるアクションの流れが非常にスムーズで、圧巻で、初めてみたときは「あの動きのすごい人は誰?」と衝撃を受けました。よく考えると、ZENに象徴される、ダンスのように美しいアクションが繰り広げられることで、ケンカのシーンを見ても、「痛い」というよりも「すごい」「きれい」「もう一回見たい……」となるのかもしれません。

その他のアクションシーンも、大人数が参加しているワンカットでの撮影は目を見張るものがあるのですが、「撮影現場での安全が確保された上でやっているんだろうな」という想像がなぜかできました。「暴力性を描くためには、生々しいアクションがいい」というときもありますが、魅せるアクションには準備や段取りが必要です。

これらの要素や、達磨一家の日向(林遣都)による「SWORDの祭は達磨通せやー」というセリフを考えていくうちに、この映画は「祭」なんだ、と思うようになりました。

◎男と女は、アイドルとファンの関係

以前、『ディストラクション・ベイビーズ』について書いたとき、松山市の三津浜で行われている祭のシーンについて言及しました。このシーンについてライターのヒナタカ氏は、シネマズ by 松竹の『柳楽優弥と菅田将暉が世界を挑発「ディストラクション・ベイビーズ」、地元出身者が豆知識を紹介!』という記事の中で、「けんか神輿が始まった理由には、農民と漁師の揉めごとが絶えなかったため、一年に一度だけ神輿をぶつけ合って豊穣を願う儀式をつくった、という説があります。いわばけんか神輿は、暴力を“社会的に許されているもの”に変換したものなのです」と指摘しています。

この指摘、まるで「SWORD地区」の面々と、「MIGHTY WARRIORS」「DOUBT」の抗争のようではありませんか!!! この抗争は、琥珀の目論見と関係していて、物語的には意味のあるものです。ただ、映画という社会的な枠組みの中で、LDHの面々や若手俳優たちが、安全性が確保され、ルールのある中で、体と体でぶつかり合う。これが、儀式でなくてなんなのでしょうか。

しかし、儀式となると、女性の立ち位置がどのように描かれるのかが気になるところです。高校野球は、本来は、他の協議と同じくスポーツの大会であるのに、こと甲子園とあると急に儀式的な要素が強まってしまい、女性マネージャーがグラウンドに入ったことや二万個のおにぎりを握ったことがニュースとなって物議をかもしました。

『HiGH&LOW THE MOVIE』では、喧嘩に女性が混じっていけないということはありません。「MIGHTY WARRIORS」のセイラ(大屋夏南)のように、身体能力に優れ、戦闘意欲のある女性は、戦いに加わることがなんの障壁もなくできます。かといって、セイラのように戦闘能力のある好戦的な女性ばかりとは限りません。そんな体力にも自信がないし、戦闘する意思のない女性たちには、おにぎりを作って帰りを待っているという選択肢も与えられていました。このケンカ祭りでは、女性たちが参加方法を自由に選択できるのです。私は、ピンクの特攻服を着た女性集団の「苺美瑠狂」(いちごみるくと読みます)のメンバーが、なんの心構えもトレーニングもなしに、抗争に無理やり飛び込む展開でなくて、心底安心しました。だって、彼女たちも「ケンカに加わるの、いやだなー」という空気を醸し出していたじゃないですか。

このおにぎりは、高校野球のマネージャーのおにぎりとどこか違うように思えます。なぜなら、「苺美瑠狂」の中の二人のメンバーは、橋の上から、アイドルのライブ会場に来たファンのように戦う男性たちを見ていました。つまり、「苺美瑠狂」は喧嘩三昧の集団を支える女性組織ではあるけれど、実は、戦う男たちのファンであり親衛隊、つまり私たち『HiGH&LOW』ファンと同じ部分もあると考えれば、あのおにぎりは、ファンからアイドルへの差し入れ、プレゼントともとれます。戦いにいく男たちを陰で支える女性といった、ジェンダー的なモヤモヤはその点においては個人的には薄まりました。

◎次の祭は10月8日から!

琥珀は、兄弟を傷つけてしまった責任は自分にあると感じて、自暴自棄になって暴れて殻に閉じこもってしまい、のちにまた兄弟(のような存在)の愛によって、目が覚めるという意味で、『アナと雪の女王』のエルサのように見えました。

この映画の最後には、「SWORD地区」の面々と、「MIGHTY WARRIORS」「DOUBT」の抗争は、琥珀が解き放たれ(まるでエルサのように)、正気に戻ったことによりあっけなく終結します。そして、朝もやの中、各々はすっきりしたいい顔で、家路に帰っていく。その姿を見ていると、社会的に許された中でルールに従って暴力性をぶつけあう「祭」の終わった後のように感じました。10月8日から始まる秋祭り(『HiGH&LOW THE RED RAIN』)がいまから楽しみです。
(西森路代)

屈指の名作少女漫画『秘密-トップ・シークレット-』、作者が天才すぎたがゆえのある誤算

<p> 最近はいろんな場所に防犯カメラが設置されるようになった。そのため、昔よりもだいぶ犯罪が早期解決するようになったのではないだろうか。遺体が発見されたときも、その人が亡くなったときの映像がどこかに残っていたら、捜査はぐっと楽になるだろう。</p>

屈指の名作少女漫画『秘密-トップ・シークレット-』、作者が天才すぎたがゆえのある誤算

<p> 最近はいろんな場所に防犯カメラが設置されるようになった。そのため、昔よりもだいぶ犯罪が早期解決するようになったのではないだろうか。遺体が発見されたときも、その人が亡くなったときの映像がどこかに残っていたら、捜査はぐっと楽になるだろう。</p>

“ピンク映画の巨匠”が若松孝二、可愛かずみらと過ごした日々を語る『つわものどもが遊びのあと』

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ピンク映画50年の歴史を語る渡辺護監督。とりわけ若松孝二監督たちと競い合った黄金時代のエピソードは語りにも熱が入る。
“ピンク映画のクロサワ”と呼ばれた男がいた。ピンク映画とは1962年に歴史が始まったインディペンデント系の成人映画を指した呼び名だが、ピンク映画の黎明期にあたる1965年にデビューし、生涯200本以上ものピンク映画を撮り上げた渡辺護監督がその人である。ピンク映画全盛期には年間12本ペースで作品を量産し、連続暴行殺人魔・大久保清をモデルにした『日本セックス縦断 東日本篇』(71)は大久保逮捕の翌月に撮影され、大ヒットを記録した。美保純のデビュー作『制服処女のいたみ』(81)、可愛かずみのデビュー作『セーラー服色情飼育』(82)を撮ったのも渡辺監督だ。2013年12月、ピンク映画50周年記念作『色道四十八手 たからぶね』(14)の撮影直前に大腸がんで亡くなった渡辺監督だが、生前に自身の生涯とピンク映画の歴史を語っており、「渡辺護監督自伝的ドキュメンタリー」(全10部)として記録されている。中でも第2部『つわものどもが遊びのあと』は、『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』(08)など数多くの社会派作品を放った若松孝二をはじめとする奇才たちと競い合ったピンク映画の黄金期が語られ、見逃せない内容となっている。  第1部『糸の切れた凧』は渡辺監督の少年期から始まり、ピンク映画『あばずれ』(65)で監督デビューを果たすまでが語られたが、第2部『つわものどもが遊びのあと』で渡辺監督の口から飛び出す名前は錚々たる顔ぶれだ。『壁の中の秘事』(65)などの問題作で世間を騒がせた若松監督とはお互いに監督デビューする以前からの知り合いだった。センセーショナルな作風でいち早く注目を集めた若松監督に対し、渡辺監督は新劇出身らしい理論的な演出で、しかも男女の絡みもエロチックに撮ることから、次第に評価を高めていく。ほぼ同時期にデビューした若松監督と渡辺監督はライバルであり、ピンク映画というインディペンデントな製作現場で共に闘う同志でもあった。「若ちゃんと新宿で呑むと、『革命が成功したら、新宿御苑はナベさんにあげるよ』なんて言うんだよ。あいつは革命を何だと思ってるんだ(笑)」といった若松監督との交流が語られる。また、『トゥナイト』(テレビ朝日系)の風俗レポートで人気を博す山本晋也監督の作品はすべて“客観カット”で撮られていることに気づき、渡辺監督は大いに触発されたという。多忙を極めた向井寛監督からは、「ギャラは弾むから」と 内緒で監督代行を頼まれたことを明かす。  本作の配給を手掛けているのは、ピンク映画専門誌『PG』の編集人である林田義行氏。本作の資料的価値をこう語る。 林田「ピンク映画のほとんどはフィルムもスチールも処分されており、ビデオ化やDVD化されている作品はごく僅か。渡辺監督のデビュー作『あばずれ』も処分されていたと思われていたんですが、最近になって神戸映画資料館が発見したんです。ピンク映画は資料もほとんど残っていない状況なので、渡辺監督が語るピンク映画界の内情はとても貴重なもの。僕自身もピンク映画を見始めたのは80年代後半に入ってからなので、ピンク映画最盛期の熱気は体感していないんです。渡辺監督が若松監督たちと過ごした、ピンク映画がいちばん活気があった頃のエピソードの数々は感慨深いものがあります」
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演出中の渡辺監督。女優を美しく撮り、男女の絡みをエロチックに描くことで配給会社と観客からの信頼は厚かった。
『つわものどもが遊びのあと』の後編では、荒井晴彦、高橋伴明、小水一男(ガイラ)、滝田洋二郎ら若手の台頭が語られる。多士済済な才能を育んできたピンク映画だったが、80年代に入ると代々木忠監督によるアダルトビデオ作品が爆発的ヒットとなり、AV時代が到来。ピンク映画は徐々に衰退の道を辿ることになり、渡辺監督の製作ペースも落ちていく。そんな中で出会ったのが、82年に劇場公開された『セーラー服色情飼育』に主演することになる可愛かずみだった。デビュー前から周囲の人たちが立ち止まるほどの美少女だった可愛かずみに、渡辺監督はぞっこんだったことがその口調からうかがえる。可愛かずみには人を惹き付ける不思議な魅力があった。「脱ぐのはかまわないけど、男との絡みはいや」と撮影を拒んでいた可愛だが、「監督がモノをつくるときは狂気の世界。いい映画を撮ろうとは思わない、この子で撮るんだということしか考えない」という渡辺監督の熱情に寄り切られることになる。自分のもとを去ったかつての恋人との蜜月の日々を振り返るような、そんな哀歓の交じった表情を渡辺監督は浮かべる。  全10部という大長編のドキュメンタリーを1年がかりで撮り上げたのは、脚本家であり、『たからぶね』で渡辺監督が亡くなった後のバトンを受け継いで監督デビューを果たした井川耕一郎氏。渡辺監督との出会いと渡辺監督の自伝ドキュメンタリーを思い立った経緯についてこう語る。
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シナリオタイトルは『ロリータ』だった『セーラー服色情飼育』の台本。ところどころに、渡辺監督が記したスケッチやメモが残されている。
井川「1993年に亡くなった大和屋竺さん(『荒野のダッチワイフ』の監督、アニメ『ルパン3世』などの脚本家として有名)のシナリオ集を編纂した際に、大和屋さんと付き合いのあったピンク映画の監督たちを訪ね、そのときに渡辺さんにもお会いしたのが最初でした。その後、僕は脚本家になり、渡辺さんとも仕事をするようになるんですが、仕事がないときも渡辺さんの自宅にお邪魔して、いつも映画の話を楽しく聞いていたんです(笑)。『たからぶね』は当初は国映製作で2011年ごろに渡辺さんが撮るはずだったんですが、国映が製作本数を減らしたことから撮影延期となり、せっかくだからと渡辺さんにピンク映画の歴史を語ってもらうことにしたんです。渡辺さんのしゃべりは話芸と呼べるくらい達者だったことに加え、渡辺さんが独特の世界観を持っていたことも大きかったですね。渡辺さんの代表作『夜のひとで』(70)などの作品にも通じるんですが、どんなに楽しい時間もやがて終わるときがくるという悲哀が感じられるんです。そして、自分もその例外ではないと。しゃべりは軽妙ですが、物事をすごく冷静に見つめている人でした。そんな渡辺さんだからこそ、ピンク映画全体を客観 視して語ることができたんだと思うんです」  井川氏によると、渡辺監督にはピンク映画よりも予算が潤沢な日活ロマンポルノからのオファーもあったそうだが、自由度の高いピンク映画の現場を愛していた渡辺監督はこの話を断ったそうだ。メジャー作品とも一般映画とも異なる、インディペンデントな世界で輝きを放つ男たち女たちがいた。『つわものどもが遊びのあと』にはそんな彼らの残光が記録されている。 (文=長野辰次)
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渡辺護監督自伝的ドキュメンタリー 『つわものどもが遊びのあと 渡辺護が語るピンク映画史』 監督/井川耕一郎 撮影/松本岳大 録音/光地拓郎 製作・編集/北岡稔美 出演/渡辺護 前編は9月5日(月)~11(日)、後編は9月13日(火)~19日(月)、ラピュタ阿佐ヶ谷にてレイトショー上映 ※期間中に井川耕一郎監督とゲストによるトークショーあり  http://watanabemamoru-documentary.com

“ピンク映画の巨匠”が若松孝二、可愛かずみらと過ごした日々を語る『つわものどもが遊びのあと』

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ピンク映画50年の歴史を語る渡辺護監督。とりわけ若松孝二監督たちと競い合った黄金時代のエピソードは語りにも熱が入る。
“ピンク映画のクロサワ”と呼ばれた男がいた。ピンク映画とは1962年に歴史が始まったインディペンデント系の成人映画を指した呼び名だが、ピンク映画の黎明期にあたる1965年にデビューし、生涯200本以上ものピンク映画を撮り上げた渡辺護監督がその人である。ピンク映画全盛期には年間12本ペースで作品を量産し、連続暴行殺人魔・大久保清をモデルにした『日本セックス縦断 東日本篇』(71)は大久保逮捕の翌月に撮影され、大ヒットを記録した。美保純のデビュー作『制服処女のいたみ』(81)、可愛かずみのデビュー作『セーラー服色情飼育』(82)を撮ったのも渡辺監督だ。2013年12月、ピンク映画50周年記念作『色道四十八手 たからぶね』(14)の撮影直前に大腸がんで亡くなった渡辺監督だが、生前に自身の生涯とピンク映画の歴史を語っており、「渡辺護監督自伝的ドキュメンタリー」(全10部)として記録されている。中でも第2部『つわものどもが遊びのあと』は、『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』(08)など数多くの社会派作品を放った若松孝二をはじめとする奇才たちと競い合ったピンク映画の黄金期が語られ、見逃せない内容となっている。  第1部『糸の切れた凧』は渡辺監督の少年期から始まり、ピンク映画『あばずれ』(65)で監督デビューを果たすまでが語られたが、第2部『つわものどもが遊びのあと』で渡辺監督の口から飛び出す名前は錚々たる顔ぶれだ。『壁の中の秘事』(65)などの問題作で世間を騒がせた若松監督とはお互いに監督デビューする以前からの知り合いだった。センセーショナルな作風でいち早く注目を集めた若松監督に対し、渡辺監督は新劇出身らしい理論的な演出で、しかも男女の絡みもエロチックに撮ることから、次第に評価を高めていく。ほぼ同時期にデビューした若松監督と渡辺監督はライバルであり、ピンク映画というインディペンデントな製作現場で共に闘う同志でもあった。「若ちゃんと新宿で呑むと、『革命が成功したら、新宿御苑はナベさんにあげるよ』なんて言うんだよ。あいつは革命を何だと思ってるんだ(笑)」といった若松監督との交流が語られる。また、『トゥナイト』(テレビ朝日系)の風俗レポートで人気を博す山本晋也監督の作品はすべて“客観カット”で撮られていることに気づき、渡辺監督は大いに触発されたという。多忙を極めた向井寛監督からは、「ギャラは弾むから」と 内緒で監督代行を頼まれたことを明かす。  本作の配給を手掛けているのは、ピンク映画専門誌『PG』の編集人である林田義行氏。本作の資料的価値をこう語る。 林田「ピンク映画のほとんどはフィルムもスチールも処分されており、ビデオ化やDVD化されている作品はごく僅か。渡辺監督のデビュー作『あばずれ』も処分されていたと思われていたんですが、最近になって神戸映画資料館が発見したんです。ピンク映画は資料もほとんど残っていない状況なので、渡辺監督が語るピンク映画界の内情はとても貴重なもの。僕自身もピンク映画を見始めたのは80年代後半に入ってからなので、ピンク映画最盛期の熱気は体感していないんです。渡辺監督が若松監督たちと過ごした、ピンク映画がいちばん活気があった頃のエピソードの数々は感慨深いものがあります」
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演出中の渡辺監督。女優を美しく撮り、男女の絡みをエロチックに描くことで配給会社と観客からの信頼は厚かった。
『つわものどもが遊びのあと』の後編では、荒井晴彦、高橋伴明、小水一男(ガイラ)、滝田洋二郎ら若手の台頭が語られる。多士済済な才能を育んできたピンク映画だったが、80年代に入ると代々木忠監督によるアダルトビデオ作品が爆発的ヒットとなり、AV時代が到来。ピンク映画は徐々に衰退の道を辿ることになり、渡辺監督の製作ペースも落ちていく。そんな中で出会ったのが、82年に劇場公開された『セーラー服色情飼育』に主演することになる可愛かずみだった。デビュー前から周囲の人たちが立ち止まるほどの美少女だった可愛かずみに、渡辺監督はぞっこんだったことがその口調からうかがえる。可愛かずみには人を惹き付ける不思議な魅力があった。「脱ぐのはかまわないけど、男との絡みはいや」と撮影を拒んでいた可愛だが、「監督がモノをつくるときは狂気の世界。いい映画を撮ろうとは思わない、この子で撮るんだということしか考えない」という渡辺監督の熱情に寄り切られることになる。自分のもとを去ったかつての恋人との蜜月の日々を振り返るような、そんな哀歓の交じった表情を渡辺監督は浮かべる。  全10部という大長編のドキュメンタリーを1年がかりで撮り上げたのは、脚本家であり、『たからぶね』で渡辺監督が亡くなった後のバトンを受け継いで監督デビューを果たした井川耕一郎氏。渡辺監督との出会いと渡辺監督の自伝ドキュメンタリーを思い立った経緯についてこう語る。
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シナリオタイトルは『ロリータ』だった『セーラー服色情飼育』の台本。ところどころに、渡辺監督が記したスケッチやメモが残されている。
井川「1993年に亡くなった大和屋竺さん(『荒野のダッチワイフ』の監督、アニメ『ルパン3世』などの脚本家として有名)のシナリオ集を編纂した際に、大和屋さんと付き合いのあったピンク映画の監督たちを訪ね、そのときに渡辺さんにもお会いしたのが最初でした。その後、僕は脚本家になり、渡辺さんとも仕事をするようになるんですが、仕事がないときも渡辺さんの自宅にお邪魔して、いつも映画の話を楽しく聞いていたんです(笑)。『たからぶね』は当初は国映製作で2011年ごろに渡辺さんが撮るはずだったんですが、国映が製作本数を減らしたことから撮影延期となり、せっかくだからと渡辺さんにピンク映画の歴史を語ってもらうことにしたんです。渡辺さんのしゃべりは話芸と呼べるくらい達者だったことに加え、渡辺さんが独特の世界観を持っていたことも大きかったですね。渡辺さんの代表作『夜のひとで』(70)などの作品にも通じるんですが、どんなに楽しい時間もやがて終わるときがくるという悲哀が感じられるんです。そして、自分もその例外ではないと。しゃべりは軽妙ですが、物事をすごく冷静に見つめている人でした。そんな渡辺さんだからこそ、ピンク映画全体を客観 視して語ることができたんだと思うんです」  井川氏によると、渡辺監督にはピンク映画よりも予算が潤沢な日活ロマンポルノからのオファーもあったそうだが、自由度の高いピンク映画の現場を愛していた渡辺監督はこの話を断ったそうだ。メジャー作品とも一般映画とも異なる、インディペンデントな世界で輝きを放つ男たち女たちがいた。『つわものどもが遊びのあと』にはそんな彼らの残光が記録されている。 (文=長野辰次)
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渡辺護監督自伝的ドキュメンタリー 『つわものどもが遊びのあと 渡辺護が語るピンク映画史』 監督/井川耕一郎 撮影/松本岳大 録音/光地拓郎 製作・編集/北岡稔美 出演/渡辺護 前編は9月5日(月)~11(日)、後編は9月13日(火)~19日(月)、ラピュタ阿佐ヶ谷にてレイトショー上映 ※期間中に井川耕一郎監督とゲストによるトークショーあり  http://watanabemamoru-documentary.com