夏休み明けは要注意!少年犯罪や非行をどう防ぐ?

8月23日、埼玉県東松山市の河川敷で井上翼さん(16)の遺体が見つかった。井上さんは暴行を受け、体が半分ほど埋められた状態で亡くなっていたという。この事件で埼玉県警東松山署は14~17歳までの少年5人(うち中学生は3人)を逮捕。5人は地元の非行少年グループのメンバーとその遊び仲間たちだった。井上さんもこの夏休みから彼らと行動をともにするようになり、知り合って数日後に諍いが起こって殺害された。都内で高校生の自立支援を行うNPO法人の男性によれば、「少年非行は夏休みに始まり、その後もズルズル続くことが多いです」。(続きは探偵ファイルで)
カテゴリー: 未分類 | タグ:

立ち技最強のムエタイはホントに強いのか?!

立ち技最強と言われる格闘技ムエタイ。だがしかし、本当にムエタイは強いのか? 本場タイのムエタイのジムで検証してみるにする。オオスミ「こーんーにーちーわー!ちょっと戦らせてくーださいっ!」
 オーナー「イイヨー!」 快諾でございます。っていうか軽いなオイ。とりあえず、僕の体を気遣って現役でなくトレーナーの人が私オオスミと戦ってくれることになりました。早速リングに上がり対戦です。ちなみに、俺スーツのまま なんかムエタイの衣装に着替えろとゴチャゴチャ言ってきましたが「やかましい!これが日本人の戦闘服だ!」といったら納得してくれたみたいです。エコノミックアニマル万歳! で、さっそくやってみたんですが・・・(続きは探偵ファイルで)

大野智、櫻井翔がブラジルで撮った「日本の人聞こえますかー」の動画をラジオで流す!

 8月5日~21日に数々の熱戦を繰り広げたリオデジャネイロオリンピック。日本テレビ系のメインキャスターとして、ブラジル・リオで取材を行った嵐・櫻井翔は、『ARASHI“Japonism Show”in ARENA』横浜アリーナ公演を終えたあとすぐに現地へと向かったよう。

 出発直前の10日に行われた横浜アリーナ公演のMCで櫻井は、お笑いコンビ「サバンナ」八木真澄のギャグ「ブラジルの人聞こえますかー」の逆バージョン、「日本の人聞こえますかー」で動画を撮影し、メンバーに送ると宣言。その後15日には、ジャニーズ公式携帯サイト「Johnny’s web」の櫻井の個人連載「オトノハ」で、「メンバーに送りました」と報告し、日本は深夜にもかかわらずメンバーから続々と返事がきたことに対して「…優しいよね、みんな。絶対聞こえてないよね」とつづっていた。

 嵐の“メンバー愛”あふれるエピソードだが、9月2日に放送された大野智がパーソナリティを務めるラジオ『ARASHI DISCOVERY』(FMヨコハマ)では、櫻井が実際に送った動画の音声が流された。

有吉との結婚報道「全否定」の夏目三久 では、『怒り新党』降板の裏に何があった?

<p> 先月24・25日の日刊スポーツ1面で、タレント有吉弘行との熱愛・妊娠・結婚が報じられていたフリーアナウンサー夏目三久が1日、スポーツニッポンの1面で、それらの事実を完全否定した。</p> <p> だが、今年3月にレギュラー番組の『マツコ&有吉の怒り新党』(テレビ朝日系)を降板したのは、有吉との交際が原因だったといわれる。</p> <p> あるテレビ関係者によると「交際の事実を知った夏目の所属事務所社長が激怒し、本人の意向に関係なく、番組の降板を局側に通達してきた」というのだ。</p>

カテゴリー: 未分類 | タグ:

みのもんたが『めちゃイケ』を潰す!? TBS『どうぶつ奇想天外!』復活特番はレギュラーへの布石か

mino0903.jpg
 1993年から2009年にかけて16年にわたり放送された人気番組『どうぶつ奇想天外!』(TBS系)が9月21日、3時間スペシャルで一夜限りの復活を遂げる。司会はもちろん、みのもんたである。みのは、昨年も同局の『学校へ行こう!』復活特番に出演している。 「みのは、2013年9月に次男が逮捕された不祥事を受けて、『朝ズバッ!』(同)を降板。その直前にも、女子アナウンサーに対するセクハラ騒動がありました。さらにこの番組は、かねてより強引な制作方針が問題視されており、複数の問題が積み重なり、降板に至ったといわれている。一時期は完全にテレビから抹殺されたかに見えていたみのですが、最近の活躍は目覚ましいですね」(業界関係者) 『どうぶつ奇想天外!』は、あるバラエティ番組との因縁がある。それが『めちゃ×2イケてるッ!』(フジテレビ系)である。 「『どうぶつ奇想天外!』と『めちゃイケ』は、土曜8時の裏番組として対決していました。この枠は、古くは『ドリフVSひょうきん族』の構図で、熾烈な視聴率戦争が行われてきた枠。当初は『どうぶつ』が圧倒的に有利でしたが、96年に『めちゃイケ』が始まると、若いパワーに徐々に押されていき、視聴率で苦戦するようになり、2000年には日曜8時に放送時間の変更を余儀なくされています」(同)  しかし、現在の立場は完全に逆転したといえるだろう。高畑裕太容疑者の逮捕で芸能人二世の犯罪がクローズアップされるも、みのはまったく意に介していない様子。一方で、かつて、エネルギーがみなぎっていた『めちゃイケ』は、素人レギュラーであった三中元克を実質的に強制卒業させ、感動推しの山本圭壱復帰企画を立ち上げるも、視聴率は惨敗。9月いっぱいでの打ち切り説もささやかれるほどだ。  フジテレビ凋落の一方で、TBSのみのは完全復活へ向けて着々と布石を打ちつつある。つまらないフジテレビを象徴する『めちゃイケ』にとどめを刺すのは、みのもんたなのかもしれない。 (文=平田宏利)

16歳で、すでに“性獣”だった! 高畑裕太容疑者に「いずれ性犯罪でお縄になりそうだった」証言

takahata0903.jpg
高畑淳子オフィシャルブログより
 先月23日、宿泊先のホテルの女性従業員に対する強姦致傷容疑で逮捕された、女優・高畑淳子の長男で俳優・高畑裕太容疑者。そんな裕太容疑者の非道すぎる“余罪”について、「アサヒ芸能」(徳間書店/9月8日号)が報じている。  同誌に対して、別の被害者女性の知人が、怒りの告発。それによると、裕太容疑者が16歳、高校1年生だった当時、母(以下、高畑)の楽屋に顔パスで出入りするように。高畑が現在も所属して役員を務める「劇団青年座」では付き人制度があり、看板女優だった高畑には2人の付き人がいたという。  被害者は、そのうち1人の20代前半の女性。高畑がいない時に楽屋を訪れた裕太容疑者は、いきなり女性をラブホテルに誘った。女性が断ろうとすると、「付き人辞めたいの?」と母の威光をかさに、脅しをかけてきたという。仕方なく女性がホテルに行くと、強引に性行為に及び、それに味を占めたのか、以降、たびたび楽屋に出入りし、女性に関係を迫ったというのだ。  あきれたのは高畑で、裕太容疑者と女性の関係が劇団内でうわさになると、事情も聞かず、「うちの裕太をたぶらかさないでください!」と、女性を叱責したというのだ。 「裕太容疑者は昔から性欲が強く、母親もそのことを懸念していたが、結局、何もできず野放しに。その結果、16歳の当時、すでに“性獣”に成長してしまっていた。NHK朝ドラで共演した清水富美加から、ほぼセクハラに当たる行為を暴露されるなど、芸能界入り後も性欲を抑えきれなかったようだ。高畑の謝罪会見で、裕太容疑者の性欲について聞いた記者に批判が殺到したが、性欲は今回の事件に大いに関係があっただけに、避けては通れない質問だった」(会見に出席した記者)  とりあえず、謝罪会見を乗り切り、主演舞台の降板も免れた高畑だが、今後、裕太容疑者を野放しにした、高すぎる代償を支払うことになりそうだという。 「裕太容疑者が所属している『石井光三オフィス』には、とても賠償金を払える資金力がない。同社はまだ裕太容疑者をクビにしていないが、高畑と金銭問題の補償について話し合いを詰めてから、処分を決定する模様。高畑は現在、都内の豪邸に暮らし、その近くにさらなる豪邸を建設中だが、ほかに都内に所有している家1軒も含め、計3軒のうち1~2軒を売りに出して、金銭問題にカタをつけることになるだろう」(芸能デスク)  裕太容疑者が16歳の時点で、高畑が何か手を打っていれば、世間を騒がせるような大事件を起こすのは防げたかもしれない。

SMAP、“ギャラ激減”でモチベーション低下!? 中居は年収5億円が「1億切るのでは」

2014mrs_end.jpg
せめて、せめて金だけはちゃんと払ってやって!!

 SMAP解散に際して、香取慎吾のメンタル不調が伝えられているが、他メンバーも別の理由で、激しくモチベーションが下がっているという。もともとは、元チーフマネジャー・飯島三智氏の管轄下にいたSMAPだが、同氏の退社に伴い、藤島ジュリー景子副社長のもとで活動をするように。そこでは、以前とはまったく別の待遇が待ち受けていたという。

「SMAPのギャラは、ジャニーズ事務所内では特例的に、ほぼ全てが歩合制だったんです。1月の『週刊新潮』(新潮社)報道では、中居正広が約5億円、木村が約3億円。また香取と草なぎ剛が約1~2億円、稲垣吾郎が1億弱と、全メンバーのおよその年収が掲載されました。各番組出演のギャラに加えて、コンサートのグッズなどによる収益は、頭割りで各メンバーに配分される。そのため、番組稼働が多い中居、ドラマやCMの単価が高い木村が、飛び抜けて高い金額になっています」(芸能プロ関係者)

尾崎豊の息子・尾崎裕哉が語る二世タレントの苦悩、そして人前で父親の歌を歌えるようになった理由

nisei_160902_top.jpg
尾崎裕哉『二世』(新潮社)
【本と雑誌のニュースサイトリテラより】  強姦致傷容疑で高畑裕太容疑者が逮捕され、現在、悪い意味で「二世タレント」に注目が集まっている。高畑容疑者の件では、母・高畑淳子の出演しているCMの放送を自粛する企業も現れるなど、本来は何の関係もないはずの親にも影響がおよんでいる。  二世タレントとして世に出るということは「何かをやらかせば家族にも迷惑がおよぶ」ということに関しての自覚と責任を伴うものであるわけだが、そういった部分に対して高畑容疑者はあまりにも自覚がなかったといえる。  ただ、多くの二世タレントは逆にその責任を重く考え過ぎて苦しむ。それは親が偉大であればあるほどその傾向が強くなるだろう。近年でその最たる例が、尾崎豊の息子でシンガーソングライターとして活動する尾崎裕哉だ。7月に放送された大型音楽特番『音楽の日』(TBS)で父の代表曲「I LOVE YOU」のカバーと自身のオリジナル曲「始まりの街」を披露したことでご存知の方も多いだろう。  つい先日、彼が出版した『二世』(新潮社)には、こんな一文が綴られている。 〈母に小さい頃言われた「自分の評価は、自分だけじゃなくて父親の印象にも繋がる」という言葉を思い出す。自分の評価が父親の名前に傷をつけかねないと、どこか萎縮していた〉  彼がミュージシャンとしていちばん最初に世に出たのは、2004年にリリースされた尾崎豊のトリビュートアルバム『"BLUE" A TRIBUTE TO YUTAKA OZAKI』でのこと。当時14歳だった彼は、Mr.Children、宇多田ヒカル、岡村靖幸、Cocco、斉藤和義といった錚々たるメンツが参加したこのアルバムに、尾崎豊を支え続けた音楽プロデューサー須藤晃の息子TOMI YOと結成したユニットCrouching Boysの一員として参加。再解釈し直した「15の夜」で英語のポエトリーリーディングを披露しているのだが、『二世』では当時の葛藤をこのように綴っている。 〈2004年に、尾崎豊トリビュートアルバム「BLUE」にポエトリーリーディングという形で参加したこともあって、街で歩いていると急に「尾崎の息子さんですか?」と訊かれることが多くなった。いくら訊かれても慣れることはなく、「父親のことを知られたら、みんな本当の自分を見てくれないかもしれない」という意識ばかりが強くなって、訊かれても聞き流したり、嘘をついたりした。初対面の人と会うときは必ず自分の身元を隠した。必要がなければずっと言わないままだ。いかに「普通の人間」として扱われるかにこだわっていたし、それを乱すものは受け入れられなかった〉  彼は5歳のときに母とともに日本を離れ、アメリカのボストンで育っている。そこでの生活は自分が早世した伝説的ミュージシャンの息子であるということを殊更に意識しなくても済むものであったという。しかし、高校入学を機に日本に帰国することになり、彼は自らのルーツと真っ正面から向き合わざるを得なくなってしまう。その当時の葛藤を彼はこう綴っている。 〈アメリカに住み、日本からの物理的な距離を保つことが、僕を尾崎裕哉でいさせてくれていた。日本に帰れば、いやがおうでも「尾崎豊の息子」になる。父親は誰もが知っている存在であり、母親が言うように「あなたのやること全てが尾崎豊の印象につながってしまう」のかもしれない。そんな環境で、僕は僕のままでいられるのだろうか〉  父と一緒に過ごすことのできた時間は少なかったが、父が残したレコードを聴いて育ったことも影響し、5歳のころから〈自分は父親の後を継いで、ミュージシャンになる〉と決めていた彼にとって、父と比べられることから逃げられない環境に身を置くことは、より切実な問題として彼の前に立ちふさがることになる。偉大な父の影を意識せざるを得ないような状況は、初めて人前で歌ったときから彼を苦しませ続けていた。 〈人前で父親の歌を初めて歌ったのは中学生のとき。一時帰国の折、親族とカラオケに行った。歌い終えると、みんなは驚いていた。「声がパパとそっくり!!」あまりにも似ていたらしく、母も動揺しているようだった。それから、カラオケに行くたびに母親から「パパの曲歌えないの?」と訊かれることが多くなった。やりすごしても繰り返しリクエストされるので、仕方なく父親の曲を入れた。「これからこういう機会も増えるだろうし......良い練習だと思おう」と自分に言い聞かせた。「尾崎豊の息子」として扱われ、そうふるまうことを求められるのは、日本に帰ってくると決めた時からわかっていたつもりだった〉  この頃に前述した『"BLUE" A TRIBUTE TO YUTAKA OZAKI』へ参加したり、その後の大学時代にはInterFMでラジオ番組『Between The Lines』を受けもったりと徐々に人前に出る機会が増えていくのだが、そこでぶつかった壁は想像以上に大きいものであった。 〈恐る恐るネット掲示板での書き込みをチェックした。予想通りだ。「七光り」「理想論」「バカ」という言葉が目立った。  永遠に続くかのような書き込みを読んでいると、身体中から血が抜かれていくような気分になった。手は冷たくなり、額や背中から冷や汗が吹き出ていた。自分のことをよく思っていない人たちがこんなにいるんだ......そのことがとても恐ろしかった。あらゆる誹謗中傷をまともに浴び、恥ずかしさに似た気持ちで頭がいっぱいだった。でも、「今の段階でそう言われてもしょうがない」と納得さえしていた。そういう意見が出てくることのほうが、むしろまともなのではないかとすら思えた。 (中略)  そう思ってはみても、僕はそれほど強くなかった〉  ただそれから数年が経ち、音楽活動を続けていくなかでだんだんと自分の置かれている状況を受け入れ、克服していく準備は出来つつあるようだ。彼は尾崎豊に関するイベントで歌を披露したときに思ったことを、このように綴っている。 〈僕にとって、一番大事だったのは、あの場所に来てくれた記者の人たちが、僕の歌をじっくり聴いていたこと。それは、僕の声が父親によく似た声だったから。僕も父親の声は素敵だと思うし、むしろ声が似ていると言われるのは、これ以上ない褒め言葉だ。父譲りの喉。僕自身も自分の声が好きだ。テクニックや歌唱力はまだまだかもしれないけれど、この声は、歌手としてのアイデンティティーの一つだ〉  とはいえ、二世であることを自然に受け入れる境地に至るまでにはかなり困難な道が待ち受けるようだ。もはや二世タレントのイメージもほとんどない寺島しのぶですら、つい先日の8月31日に行われた会見でこんなことを語っている。 「二世はいつまでも二世。親は変えられない。若いころは親を超えなければと思っていたが、仕事をするようになって受け入れられるようになった。緊張して手が震える時『この親から生まれたから、私はたぶんできる』とポジティブに考えられるようになったのは最近のこと」  尾崎裕哉が彼女のような考えができるようになるまでには、もう少し時間が必要なのかもしれない。  ちなみに余談だが、尾崎豊の死を巡り、裕哉の母・繁美氏と、祖父・健一氏および伯父・康氏に分かれて、週刊誌やテレビを巻き込んだ対立が起きたことを覚えている方も多いだろう。しかし、『二世』を読む限り、だいぶ前にこの争いはなくなっていたようだ。本書には2014年の23回忌の法事に父母両家の親族が集まり、仲睦まじく談笑する場面が描かれている。また、彼が14歳のころに祖父の前で歌を歌い「豊に声が似ているね」と言われたとの逸話も出てくる。  本人も本書のなかで〈この声は、歌手として自分のアイデンティティーの一つだ〉と綴っているが、その声を武器に父とは違う自分自身のキャリアを切り開いていけるか、それは彼自身にかかっている。 (新田 樹)

どのように日本のポップカルチャーは中国に影響を与えたのか? 『ギャグマンガ日和』の「給力」が記憶に新しい「動漫」文化の変遷

 広島市のJMSアステールプラザにて隔年で開催されている広島国際アニメーションフェスティバルでは毎回、1つの国をフィーチャーしたアニメーション特集が組まれている。第16回の今回は日本特集として27プログラムが組まれ、『火垂るの墓』『AKIRA』などが上映された。
hiro16china1.jpg
写真:JMSアステールプラザ
 広島では各賞を競うコンペティションが短編作品のみであることから、特集上映でも歴史的な価値が高い日本の短編や、過去に上映された日本の短編が多く取り上げられた。また通常、広島で上映される作品は日本国内よりも海外の作品が多いことから、いわゆる「アニメ(Anime)」よりも「アニメーション(Animation)」が多くなるのも特徴だ。  そうした状況もあり、最終日22日に実施された「日本のポップカルチャーと中国」は、講演で取り扱われる題材としては非常に珍しい講演となった。なお本稿における「アニメ」と「アニメーション」の使い分けは、講演者の発言に準拠している。  登壇したのは北京大学外国語学院准教授・古市雅子。「日本のアニメーションや世界のアニメーションの積み重ねがあった上で、現在また別のところで日本の消費文化としてのアニメーションが影響を与えていること、日本の商業アニメが中国でどのようにして受け入れられていったかをテーマに、視点を変えてお話させていただききたく思います」といったところから講演はスタート。  古市は「中国のマンガやアニメがどういう状況であったのか、というところからご紹介したいと思います」と、戦前の上海でアニメーション・マンガが活況を呈していたことを説明。「マンガは戦前の上海のものが有名で、輝かしい作品群が残っています。戦前の上海というと“東洋の真珠”と呼ばれ、日本よりも都市文化が発達していた場所ですので、マンガの専門雑誌が出版されてまして、風刺マンガが発展してたんですね」「これはアジア初の長編アニメーションです」と、1941年に制作されたアニメ『鉄扇公主』を紹介した。
hiro16china2.jpg
写真:古市雅子
「(戦前に、画期的な)こういった作品が育てられた国なんですけども、中国語に動画と漫画を合わせた『動漫』って言葉があります。ただこれは色んな定義がありまして、もともとは『ACG(アニメ・コミック・ゲーム)』と、ゲームも含めたサブカルチャー的なものの総称として使われています。逆に日本ではそういった言葉がないのでオタク文化と言うか、マンガ・アニメ・ゲームって羅列しないといけないですね」(古市) 「動漫」「ACG」といった単語が誕生したのには「文化大革命が終わってから、1980年に外国産アニメーション第1号として、白黒の『鉄腕アトム』が輸入され、中国中央電視台(CCTV)で放送されます。これは高倉健や山口百恵が主演の映画やドラマが輸入されたのとほぼ同時期です。その後『一休さん』『花の子ルンルン』『ジャングル大帝』とかが(中国に)入ってきます」といった経緯があるのだとか。 「ただこの当時は経済がこれから伸びていく時期だったので、テレビがまだ普及してなかったんですね。各家庭にテレビがあるわけではなく、職場の食堂だったりとか、持ってる人のところへ行ってみんなで観る時代だったので、こうした面白いアニメーションがあるらしいと聞いた人たちが、どういう風に受容していったかというと、『連環画』というマンガと絵本の間のような、手のひらサイズの本があるんです」(古市)
hiro16china3.jpg
写真:連環画
 古くは宋の時代からあったという「連環画」。「もともとは歴史的な物語や故事や教育的な内容を、1枚の絵の下に説明文をつけるというやり方で子供に読ませる媒体でした。80年代に全盛期を迎えるんですが、この『連環画』に日本のアニメが出てくるんですね。子供たちはこういうものを通して、日本のアニメに接していったのです」と古市。 「(体裁としては)なかにはテレビ画面をそのまま撮って説明をつけるものとか、『鉄腕アトム』のマンガを適当に切り取って、縦長のものを横長の小さな紙に切り取っていき、雑につなげているので話がつながらないところは、誰かが勝手に適当に描くという状況で作られていました」といった有様だったそうだが、「さらに手塚治虫本人がそれを見て『こんなんじゃ読者に申し訳ない』と、無償で自分が直した原稿を届けたというエピソードもありますが、本当かどうかは怪しい感じですね」(古市) 「そういう感じなので、表紙も誰が描いたか分からないし、題名を見てかろうじて何とか分かる感じです。こういう風に『連環画』を通して日本のアニメを見て、日本のアニメを自分たちの物語に取り込むようになっていきます。そして出てきたのがアニメを題材とした“創作連環画”とも呼べるもので、中国の作家さんたちが自由に日本のキャラクターを取り入れて、孫悟空と戦ってるものが一番多いんですけども、そういった物語が量産されます」(古市)  話題は徐々に80年代から90年代に移行。「TVシリーズ黄金期と言える時代がやってきます。現在CCTVは日本に限らず、外国製のアニメーションの放送時間を厳しく制限していますので、簡単に観られないんですが、90年代はまだキチンと輸入されて放送されていた時代でした」。その当時の若者は正規で『ドラゴンボール』『セーラームーン』『聖闘士星矢』などを見ていて、有名作はみんな知っている、という世代になるそうだ。
hiro16china4.jpg
写真:『トランスフォーマー』論争
 なかでも社会現象となったのは『トランスフォーマー』。「中国には日本版とアメリカ版が輸入されているんですが、一大ブームを巻き起こしました。色んなロボットのおもちゃが『トランスフォーマー』という名前で入ってくるので、2000年以降に情報が入ってくるようになると、『あれは“ガンダム”だったのか!』とか再認識をする事態になるくらい大流行したんですね」。2000年以降となると、もちろんネットの普及による影響も含まれる。 「1989年に『人民日報』で取り沙汰されるくらいになった時には、20名の全人代(全国人民代表大会)の常務委員が放送を中止すべきと申し入れていました。表向きにはどの記事も『思想的には荒唐無稽で、好戦的な内容である。若い世代の教育に宜しくない』と書かれているんですが、後半は『あまりに子供が高価なおもちゃを欲しがるもんだから親が大変な目に遭っている。中国のおもちゃ屋さんに全くお金が入ってこない。無料で外国のおもちゃの宣伝をするとは何事か。だから放送すべきでない』という論調になっていたので、資本主義のアニメが入ってきてどうこうというよりも、中国のおもちゃ産業が危ないんじゃないかと思わせるくらいの流行だったと思われます」(古市)  ちなみに「連環画」も当時の世相が反映されているようで、「アトムと孫悟空は、どっちが勝つ負けるではなく最後に友達になるものが多いんです」「『トランスフォーマー』も孫悟空と戦うんですが、何故か戦って負けて土下座をさせられるものが多かったりします」(古市)
1609_bilibili.jpg
画像:ビリビリ動画公式サイトより
「2000年以降のポップカルチャーの受容の場は、ネット上に移行していきます。それまでファンは『連環画』やおもちゃとか、路上で売ってる海賊版のようなものとか、ミニコミ誌とかを必死で収拾していたんですが、ネットで簡単に情報が入ってくるようになると、文化に大きな影響を与えてきます。『ニコニコ動画』も一時期は見れていたんですが、見れなくなったので、代替するものとして同じような『ビリビリ動画』(中国のBILIBILIチームが制作した動画サイト)ができて、(ファンは)弾幕を作りつつ見ています。『百度(バイドゥ)』の掲示板を利用して情報収集をしたり、日本語の分かる人が情報提供をしたりして、すぐに手に取れるようになっていったんですね」(古市)  ネットの普及に伴い「動漫」という言葉も次第に変化。「単にアニメ・コミック・ゲームという意味だけでなく、ネットカルチャー全てを含む認識になってきました。今使われている『動漫』という言葉は、ネットカルチャー・ポップカルチャー・サブカルチャー、場合によってはJ-POPやファッションだったりとかを含めた概念へと変化してきました」と、広がりを見せているようだ。 「こうした日本の影響がどういったところに現れているかというと、一番分かりやすいのが言葉なんですね。日本語と中国語で同じ漢字文化圏ではありますが、近代化の過程で中国は政治とか社会といった、(自国にない)西洋の概念を取り入れる際に日本語を輸入してきました。80年代に国交正常化して鄧小平が来日した時に、新幹線とか家電製品とかの消費文化の概念を日本語から輸入して、自分たちのものとしてきたんです」(古市)
hiro16china5.jpg
写真:日本のポップカルチャーに由来を持つネットスラング
 同時にネットスラングを通して、第3次日本語ブームともいうべき現象が起きているという。「例えば『ギャグマンガ日和』のファンが中国語に面白おかしく翻訳し、さらに好きな人たちが自分たちでアテレコしてファンに聞いてもらうという二次創作的な作品ブームが出てきます」。  古市は彼らが日本語を輸入するだけでなく、新しい言葉を作り出す動きにも注視している「(『ギャグ日』の)ファンが翻訳した言葉の中で、西遊記の回のアテレコは特に完成度が高く、たまたま使われた『給力(ゲイリー)』という言葉が(中国のネット上)一世を風靡してしまいました。『給力』は地方で使われている言葉で、全国的には全く有名では単語ではなく、日本語の意味としては『地味だなぁ』といった単語だったんですが、今では『給力』は良い意味で『ヤバイ』とかのニュアンスで、テレビの司会者とかも使いますし、『人民日報』の一面でも使われるくらいの力を持った単語になってしまいました。ネットスラングの6割ぐらいが日本のアニメ由来なんじゃないかなといった勢いがあります」(古市)  このほか古市は、中国で行われている同人誌即売会やコスプレイベントのほとんどが企業によって有料で企画されていることや、自身が籍をおく北京大学のファンサークルに1000人弱の会員数がいること、明治大学から2万冊ものマンガが寄贈され、マンガ図書館が学内にオープンしたことなどに触れて講演を終えた。 「ただこうした学生たちが日本のポップカルチャーが好きだから日本のことが好きかというと、それはまた別の問題だと思うんですね。それは当然で、日本でもK-POPや韓流ドラマが好きだと言っても、韓国が好きであるかは別の問題です。日本のことを好きになってもらうとかじゃなくても、アニメとか文化を中心に同じ記憶や価値観を持つ人たちがいるのは素晴らしいことだと思うんです」(古市) (取材・文/真狩祐志) ■広島国際アニメーションフェスティバル http://hiroanim.org/

イーストウッド最新作『ハドソン川の奇跡』、航空機不時着の瞬間をとらえた最新映像公開

【リアルサウンドより】  クリント・イーストウッド監督の最新作『ハドソン川の奇跡』より、最新映像となるTVスポットが公開された。  本作は、2009年に実際に起こった「ハドソン川の奇跡」と呼ばれる航空機事故をもとにしたヒューマンドラマ。パイロット歴40年のベテラン機長であるサリーが、乗員乗客155人の命を救ったことにより“惜しみない称賛”と“疑惑の目”を向けられる模様を描く。

『ハドソン川の奇跡』30秒TVスポット

 このたび公開されたTVスポットは、機内で緊急サイレンが鳴り響くシーンから始まり、サリー機長が「メーデー両エンジン停止」と緊急事態を管制塔に告げる模様や、航空機をハドソン川に着水させることを208秒で決断する様、乗員乗客155人が極限状態でパニックに陥る姿などが収められている。  メガホンを取ったイーストウッド監督は、21歳のときに乗っていた飛行機がレイズ岬沖に不時着する経験をしていたため「同じような状況を経験した者としては、パイロットならば、滑走路もない陸地へ向かうよりは、私も着水に賭けたんじゃないかと思う」とコメントした。また、サリー機長を演じるトム・ハンクスは「私はパイロットではないが、ハドソン川への着水が不可能だということは分かる」と話し、「サリーは自分が英雄だなんて決して言わないでしょう。彼が行ったことは英雄的行為だが、彼はその代償を払うことになるんだ」と語った。