共働きなのに家事は全部「女の仕事」? 酒クサ夫には「離婚」を叩きつけてやる!!

【作品名】「離婚式」(前編) 【作者】青菜ぱせり『ご近所の悪いうわさ』

【作品紹介】大学のサークルで出会い結婚した私たちは、子どもが生まれてから、子育てでケンカばかり! ついに離婚を切り出したところ、同僚の「離婚式」に参加することになって!?

【サイゾーウーマンリコメンド】テレビでも盛んに取り上げられている離婚式ですが、「離婚式をやろう!」というポジティブパワーは、結婚式開催の比ではないものを感じてしまいます。割った指輪を入れるという「りこんガエル」なるカエルに溜まったパワーは凄まじそうです。

“消えた朝ドラヒロイン”、濡れ場&セクシー写真集で再起も……レビュー欄は「だまされた」!?

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村川絵梨オフィシャルサイトより

 NHK連続テレビ小説のヒロインに抜擢を受けた女優たち――その後の人生は明暗くっきりである。最近では、『まれ』(2015年前期)の土屋太鳳や、『あさが来た』(15年後期)の波瑠らがブレークを果たしたほか、現在放送中の『とと姉ちゃん』のヒロイン・高畑充希も、朝ドラ終了後、多くの主役級オファーが殺到しそうな気配だ。

 しかし一方で、朝ドラ後、伸び悩むヒロインが多いのも事実。その1人が、村川絵梨である。村川は01年から、アイドルユニット「ai☆ai」「なにわキッド」「BOYSTYLE」として活動し、04年11月公開の映画『ロード88 出会い路、四国へ』で女優&主演デビュー。そして05年後期の朝ドラ『風のハルカ』のオーディションに参加し、ヒロインに抜擢され、ドラマ初出演にして主演を務めた。

“ナッツ・リターン”大韓航空でまた不祥事! スタッフ間の伝達ミスで生後5カ月の乳児が死亡

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聯合ニュースより
 夏季休暇の混雑には、交通トラブルがつきもの。先日、日本ではANAが乗客の荷物を積みきらないままフライトを行い、到着後、各地で混乱が起きた。ANA側は「荷物を積載するための機材の故障が原因」と説明。フライトの遅延を避けるために、やむ得ない判断だったと釈明している。  一方、韓国でも、夏季休暇と関連した交通トラブルが数多く報じられている。中でも、取り返しのつかないミスで世間の批判にさらされているのが、大韓航空だ。  8月12日、韓国メディアが報じたところによると、リゾート地である済州島-清州空港間をフライトする大韓航空便に搭乗した生後5カ月の乳児が、着陸後に死亡するという事件が起きた。その一連の顛末は、航空会社側のミスとしか言えないようなものだった。  乳児の父親であるカンさんは、子どもの体調が悪化していることを理由に、着陸後、病院にすぐ搬送できるよう、航空会社側に救急車の手配を要請していた。搭乗直前はもちろん、着陸直前にも複数回にわたって客室乗務員に念を押したという。さらに搭乗前には、客室乗務員が病院に連絡するのを、直接その目で確認。必要書類にもサインしていた。  もちろん、航空会社側もすでに手配済みだとカンさんに返答していた。しかし、いざ到着してみると、救急車の姿はどこにもない。慌てたカンさんが地上スタッフに尋ねると「救急車を呼ぶんですか?」と、すっとぼけた答えが返ってきたそうだ。  最終的にカンさんと乳児は、空港で待っていた親戚の車に乗り、病院へ向かった。しかし、乳児は病院に到着する前に死亡してしまった。  航空会社側は「スタッフ間のコミュニケーションプロセスに齟齬があった(中略)救急車が待機していなかったのは、スタッフの完全なミス」と不手際を認めている。また、「遺族を訪ねて謝罪した」とコメント発表した。  正直、子どもを亡くした親の心情を考えると、謝られたところで許すことはできないだろう。何度もお願いしていたとなれば、その無念さはなおさらだろう。  まだまだ夏は続くが、韓国の例を見るに、海外旅行先でどんなトラブルが生まれるかわからない。大事が起きてからでは遅いので、旅行者としても準備をしっかりとしたいところだ。 (文=河鐘基)

高倉健が淹れたコーヒーは実は美味しくなかった!? 人格者ではない“昭和のスター”の人間くさい素顔

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“最後の映画スター”高倉健。これまであまり語られることがなかったが、海外からも様々な出演オファーが届いていたことが明らかになっていく。
 スクリーンの中のこの人に何度励まされたことだろう。この人の映画を観る度に、自分の抱えている悩みはとてもちっぽけなものに思えた。到底手が届かないスターとしての風格を備えながら、でも遠い親戚のような親しみやすさも感じさせた。この人がいなくなって、本当に淋しい。2014年11月10日に映画俳優・高倉健が亡くなって、もうすぐ2年になる。男女を問わず、誰もが憧れた“昭和の大スター”高倉健の魅力を検証した初のドキュメンタリー映画が『健さん』だ。『ブラック・レイン』(89)で共演したマイケル・ダグラス、長年にわたって手紙でのやりとりを重ねていたマーティン・スコセッシ監督、高倉健への憧れから『君よ憤怒の河を渉れ』(76)のオマージュ作を製作中のジョン・ウー監督ら海外のビッグネームたちに加え、実妹の森敏子さん、元付き人の西村泰治氏ら総勢20人以上がそれぞれの心の中に今も生きている高倉健について語っている。  本作を撮ったのはNY在住、写真家として活躍する日比遊一監督。俳優としてのキャリアも持つ日比監督は高倉健の大ファンだったが、生前の高倉健とは直接的な交流はなかった。言ってみれば本作は、海外在住歴の長いひとりの日本人クリエイターが、映画俳優・高倉健の中に失われつつある日本人像、日本人の美意識を見出し、その残像を追い求めたものとなっている。 日比遊一「僕が日本を出て、米国に渡ってもう30年になります。昭和から平成に変わる頃でした。ある意味、日本で暮らしている日本人以上に僕は日本人っぽいと思うことが多いんです(笑)。今の日本人は昭和の日本人の美しさを忘れかけているように、僕には思えるんです。昭和の日本人の美しさって、高倉健さんの美しさでもあるわけです。昭和を生きた男・高倉健さんのかっこよさを多くの人にきちんと伝えたいという想いから、この映画を撮ったんです」
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NYから帰国した日比遊一監督。「高倉健さんの俳優としての評価をきちんと伝えるものを残したかった」と語る。
 日比監督は名古屋出身の1964年生まれ。高倉健の代表作『昭和残侠伝』シリーズが始まったのが1965年だから、高倉健の人気が爆発した任侠映画の全盛期をリアルタイムで体感したわけではない。高校卒業後に上京し、新宿駅南口にあったヤクザ映画専門館「昭和館」などに通い、東京でひとり暮らしを始めた日比監督は唐獅子牡丹を背負った高倉健の姿に魅了されていった。 日比「高校まではずっとスポーツひと筋で過ごし、あまり映画は観たことなかった。それなのにTVドラマ『探偵物語』に主演していた松田優作さんに憧れて上京し、日活の俳優養成学校(日活芸術学院)に入ったんです。学校ではロバート・デ・ニーロ派とアル・パチーノ派に分かれて演技論が飛び交っていたけど、僕はちっとも理解できなかった(笑)。それでオールナイト上映をやっている映画館に通って、浴びるように映画を観ているうちに、高倉健さんが主演している任侠映画の大ファンになったんです。当時は新宿の昭和館の他にも、池袋や鶴見にも任侠映画を上映している映画館がありましたね」  松田優作への憧れも冷めることなく、日活の撮影所に松田優作が現われたと聞くと、「弟子にしてほしい」と本人に頼み込みに行った。このとき、弟子入りは断られたが、松田優作から掛けられた言葉が、日比監督の生涯を大きく変えることになる。 日比「優作さんに『俺がお前くらいの年齢なら、米国に渡っている』と言われ、その言葉を真に受けて、渡米したんです。若気の至りってやつですね(笑)。すぐには英語が話せなかったので苦労しました。そんなとき、日本から持ってきた高倉健さんの主演映画をビデオで見たり、健さんが書いた本を読むことで元気をもらっていたんです。健さんは僕にとってバイブルみたいな存在なんです」  この頃、日比さんが観ていた映画は、『昭和残侠伝』シリーズや『網走番外地』(65)に『冬の華』(78年)といった硬派な作品。映画の中で懸命に耐える健さんに励まされながら、日比監督は一本気な性格のまま米国で根を降ろすことに。 日比「俳優として渡米したものの、ハリウッドでもNYでもなかなか仕事はなく、日本と米国を行き来していました。『波止場』(54)や『エデンの東』(55)を撮ったエリア・カザン監督が第2回東京国際映画祭のゲストで来場していたことから、下手なりに懸命に自分の想いを綴った手紙を送ったところ、カザン監督はとても親切な人で、『米国に来たら訪ねて来い』と返事をくれたんです。それで本当にお邪魔して、3カ月間ほど自宅に居候させてもらい、いろんなことを学ばせてもらった。しかもアクターズ・スタジオの共同設立者ロバート・ルイスを紹介してもらい、彼に弟子入りして7年間ほどアクターズ・スタジオで勉強させてもらったんです。その間、デニス・ホッパーに僕が撮った写真を褒められたこともあって、写真も撮り続けていたら今では写真家としての稼ぎのほうが多くなりました(笑)。でも、写真はあくまでも映画を撮るための絵コンテの勉強のつもりで、自分からは写真家と名乗ったことはない。映画への憧れはずっと変わらず持ち続けたんです」
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マーティン・スコセッシ監督は高倉健と手紙を交わす仲だった。遠藤周作原作『Silence』への出演を打診していたことを打ち明ける。
■高倉健は本当は器用な俳優だった!  米国で山あり谷ありの人生を歩んできた日比監督。そんな日比監督は高倉健の佇まいの美しさだけでなく、日本人としてのブレのなさにも魅力を感じている。その一例としてハリウッド映画『ブラック・レイン』を挙げた。 日比「松田優作さんが出演していることもあって、『ブラック・レイン』の撮影現場には何度か足を運んだんです。遠くから見ていただけで、撮影が終わってから優作さんと少し話したりはできましたけどね。完成した『ブラック・レイン』には感激して、劇場で10回は観ましたね。健さんがソバをすするシーンがあるんですが、健さんはズルズルと音を立てながら食べるんです。日本人って外国人の前では『音を立てて麺類を食べるのは恥ずかしい』と思いがちだけど、健さんは『ソバは音を立てて食べるもんだよ』と日本人のスタイルを変えなかった。ハリウッド映画だからといって、変えてしまうと日本の文化のひとつがなくなってしまうわけです。健さんは日本人のスタイルを守り、日本人はかっこいいんだということを海外にも伝えていたように思うんです」  撮影現場の待ち時間は椅子に腰掛けることがなかったなど、高倉健の人格者としての逸話は有名だが、本作ではこれまであまり語られることのなかった意外な素顔を伝えている。東映時代の高倉健はいつも寝坊して、撮影現場に遅れて現われることが多かった。また同じく東映出身で共演する機会が多かった八名信夫は、高倉健が淹れたコーヒーを「美味しくなかった。ミルクや砂糖を入れようとすると怒られた」と打ち明ける。意外と疑り深い性格だったことも触れられる。 日比「マイケル・ムーア監督の突撃インタビューみたいなスタイルではないので、スキャンダルを暴くという狙いのものではありません。かといって健さんのことを聖人君子として語っても面白くない。健さんの意外な一面や人間くさいエピソードを盛り込んでいますが、それでも尚かつ健さんのことが好きになってしまうはずです。取材をしながら、健さんは自分が思っていた以上の高みにいた人だったんだなと感じさせられることが多々ありましたね」
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高倉健に憧れ続けたジョン・ウー監督。『ミッション:インポッシブル2』(00)のトム・クルーズは高倉健のイメージで演出した。
 写真家の立木義浩氏は「車を出た瞬間から高倉健を演じていた」と語る一方、降旗康男監督は「高倉健という看板を掲げていたが、『俺は小田剛一だ』という想いが彼の俳優としての成り立ちだったように思う」とコメントする。高倉健の海外でのマネージメントを担当していた阿部丈之氏は「俳優・高倉健と本名の小田剛一との二面を持ち、周りの人によって使い分けていた」と振り返る。様々な高倉健像が語られ、実に興味深い。 日比「『不器用ですから』というCMの影響で高倉健さんのことを不器用な人と思った人も少なくないようですが、健さんはとても器用な人です。不器用を演じられるほど器用だった。晩年は寡黙なキャラクターを演じることが多くなったけれど、『網走番外地』などはものすごい量の台詞をしゃべっています。あれだけの台詞をうまくコントロールしながら演技ができる俳優って、今の若手俳優ではそうそういない。ひとりの人間はいろんな面を持っているように、健さんも様々な面を持っていたと思います。そういうところも含めて、健さんは僕にとってのアイドル。憧れのアイドル(偶像)を持つのは、とてもいいことだと思うんです。アイドルに少しでも近づこうと頑張るわけじゃないですか。今はAKB48みたいに手の届くアイドルが人気なんでしょうけど、健さんは僕がどれだけ頑張っても手が届かない永遠のアイドルなんです。40歳の若さで亡くなった松田優作さんもそうだけど、昭和って時代にはこんなにかっこいい男たちが日本にはいたんだぞ、と若い人たちに伝えたいんです」  このドキュメンタリー映画を見終わった人は、きっとこう叫びたくなるだろう。「健さん!」と。高倉健は今もスクリーンの中に、そしてファンの心の中に生き続けている。 (取材・文=長野辰次/撮影=尾藤能暢)
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『健さん』 監督/日比遊一 出演/マイケル・ダグラス、ポール・シュレイダー、ヤン・デ・ボン、ユ・オソン、チューリン、ジョン・ウー、マーティン・スコセッシ、阿部丈之・真子、石山希哲・英代、今津勝幸、梅宮辰夫、遠藤努、老川祥一、川本三郎、佐々木隆之、澤島忠、関根忠郎、立木義浩、中野良子、西村泰治、降旗康男、森敏子、八名信夫、山下義明、山田洋次、中井貴一(語り) 配給/レスペ 8月20日(土)より渋谷シネパレス、新宿K’s cinemaほかロードショー (c)2016 Team“KEN SAN” http://respect-film.co.jp/kensan
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●ひび・ゆういち 1964年愛知県名古屋出身、NY在住。フォトグラファーとして活躍する一方、映画監督として写真家ロバート・フランクのドキュメンタリー『A Weekend with Mr. Frank』を製作。2013年には長編プロジェクト『ROAD KILL』がカンヌ映画祭アトリエ部門に米国代表として招待された。現在、コンスタンチン・スタニスラフスキーの“メソッド”を探るドキュメンタリー『Method or Madness ?』を製作中。

SMAP・香取慎吾、W杯番組は絶望的! 『おじゃMAP!!』も打ち切りでテレビから消える?

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慎吾飼い殺そうとは大したもんだわ~

 解散が決定したSMAPの香取慎吾が、テレビ朝日のサッカーW杯番組で日本代表応援団長を務めているにもかかわらず、出演が見送られる可能性が浮上している。

「W杯アジア最終予選の初戦は9月1日。香取は2005年から応援団長を務めており、本来ならばすでに出演が発表される時期ですが、開幕まで2週間を切った今も音沙汰なし。スポーツ紙報道によれば、テレ朝の関係者は『香取さんの出演についてはまだ発表できる段階にありません』と語っているそうですが、マスコミ関係者の間では『このまま出演しないのでは』との見方が強いです」(芸能プロ関係者)

SMAP・香取慎吾、W杯番組は絶望的! 『おじゃMAP!!』も打ち切りでテレビから消える?

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慎吾飼い殺そうとは大したもんだわ~

 解散が決定したSMAPの香取慎吾が、テレビ朝日のサッカーW杯番組で日本代表応援団長を務めているにもかかわらず、出演が見送られる可能性が浮上している。

「W杯アジア最終予選の初戦は9月1日。香取は2005年から応援団長を務めており、本来ならばすでに出演が発表される時期ですが、開幕まで2週間を切った今も音沙汰なし。スポーツ紙報道によれば、テレ朝の関係者は『香取さんの出演についてはまだ発表できる段階にありません』と語っているそうですが、マスコミ関係者の間では『このまま出演しないのでは』との見方が強いです」(芸能プロ関係者)

稲垣吾郎がラジオで解散に言及も、事務所から“口止め”か? 岡村隆史のリーク情報で深まる闇

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 大みそかに解散することを発表したSMAPの稲垣吾郎が、18日放送のラジオ番組『稲垣吾郎のSTOP THE SMAP』(文化放送、21時30分~)で、解散について言及。これに、ファンがガッカリしている。  14日、スポーツ紙が報じる形で、5人それぞれのコメントが発表されたSMAPだが、メンバーが肉声で語るのは今回が初。解散発表後に収録された約30秒間の音源が、冒頭に急きょ差し込まれ、内容は「すでに報道で皆さん、ご存じだとは思いますが、SMAPは解散という形をとらせていただくことになりました。ファンの皆様には突然の報告で驚かせてしまって、本当に申しわけございません。私、稲垣吾郎はこれからも頑張っていきますので、『STOP THE SMAP』も引き続きよろしくお願いいたします」というものだった。  これに、ネット上のファンからは、「原稿かよ」「吾郎ちゃんの言葉でしゃべって!」「ファンが聞きたいのは、こんな言葉じゃないよ」「メンバーが事務所に『何も言うな』と言われてるってことだけは、よくわかった」といった不満の声が相次いだ。  なお、19日放送の『木村拓哉のWhat's UP SMAP!』(TOKYO FM)では木村が、20日放送の『中居正広のSome girl'SMAP』(ニッポン放送)では中居が、そして21日放送の『SMAP POWER SPLASH』(bay fm)では草なぎ剛と香取慎吾が、解散に関し言及するという。 「彼らが報告の場に“会見”ではなく“ラジオ”を選んだ理由について、当初、メンバーが落ち着いて心情を明かせるから、とみられていたが、現実はそうではなかった。結局、メンバーはジャニーズ事務所が作ったシナリオに身を任せるしかないのでしょう。稲垣は、自分の言葉では一切、何も話させてもらえなかった」(芸能記者)  ただ、稲垣の心情の変化が垣間見えるような一幕も。いつも、冒頭で「SMAPの稲垣吾郎です」と挨拶していた稲垣が、この日は「稲垣吾郎です」と言うのみで、「SMAP」をつけなかった。 「深い意味はなかったのかもしれませんが、『SMAPの』と言わなかった稲垣に、ショックを受けているファンも。それほど、ファンはメンバーの言葉に注目している。19日以降、自分の言葉で解散を語るメンバーが出てくることに期待したい」(同)  そんな中、18日深夜のラジオ番組に出演したナインティナインの岡村隆史は、中居から1月に「命懸けでSMAPは守ります、こんなことでSMAPは終わらないよ」という趣旨の発言を受けていたことを報告。これに、ネット上のファンから「教えてくれた岡村さんに感謝」「私の知ってる中居くんだ。岡村さん、ありがとう」と感謝の言葉が相次ぐ一方で、「『命懸けでSMAPは守る』って、なんで中居くんが戦うの? 普通、事務所が守るもんじゃないの?」「メンバーの不和なんかじゃなくて、SMAPの外に敵がいたってことが、よくわかった」と深読みする声も。  稲垣吾郎が何も語らなかったことで、メンバーの口から真相が語られる可能性が薄れた今、岡村をはじめ共演者からのリーク情報が注目されそうだ。

介護現場でセクハラが多い理由 見て見ぬ振りをされた高齢者の性

<p> 2010年代に入ってから男性週刊誌が盛んにプッシュしている「死ぬまでセックス」特集には、高齢になっても性を楽しみたいという素直な願いや、若いころに満たされなかった欲求を充足させたいという思いや、自らの男性性への執着など、いろんな感情が渦巻いている。しかし、年齢を重ねたからといって、誰もが豊かなセックスライフを送れるとは限らない。健康体である保証はどこにもないし、受け入れてくれるパートナーが見つからないことも十分ありえる。</p>

介護現場でセクハラが多い理由 見て見ぬ振りをされた高齢者の性

<p> 2010年代に入ってから男性週刊誌が盛んにプッシュしている「死ぬまでセックス」特集には、高齢になっても性を楽しみたいという素直な願いや、若いころに満たされなかった欲求を充足させたいという思いや、自らの男性性への執着など、いろんな感情が渦巻いている。しかし、年齢を重ねたからといって、誰もが豊かなセックスライフを送れるとは限らない。健康体である保証はどこにもないし、受け入れてくれるパートナーが見つからないことも十分ありえる。</p>

「私は拓哉に裏切られた」SMAP元マネジャー・飯島氏、現在も漏らす恨み言の内容

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拓哉のバックにつくメリー&静香が闇すぎる

 SMAP分裂・解散騒動勃発時から、グループ内で唯一「ジャニーズ残留」を表明してきたと伝えられる木村拓哉は、すっかり世間で“裏切り者”扱いとなっている。ジャニーズ事務所の御用達メディアは、決してそうは伝えず、香取慎吾など木村を除くメンバーたちが解散を望んだと書き立てているが、SMAPに関わる重要な人物が、ハッキリと「木村が裏切った」と吐露しているようだ。その発言の主は、SMAP元チーフマネジャー・飯島三智だという。

「各メディアで報じられている通り、SMAPに分裂危機が訪れたのは昨年から。特に年末には、飯島氏の退社が決定的となり、ごく一部の関係者はグループの危機について勘付いていました。そしてその後、騒動が公になった1月からは、飯島氏とメリー喜多川副社長、そしてメンバー同士の確執などが報じられるようになりました」(テレビ局関係者)