『マイ・インターン』/ワーナー・ブラザース・ホームエンターテイメント
『ホリデイ』(2006)などをはじめ、さまざまなラブコメを手がけてきたナンシー・マイヤーズ監督が手がけた昨年公開の映画『マイ・インターン』。会社で上司からドヤされている働く女たちの涙腺をガバガバにした映画『プラダを着た悪魔』の続編的作品といわれ、日本でも話題になりましたよね! 今回は『マイ・インターン』のDVDをプレゼントにご用意しました。早速あらすじをチェックしていきましょう。
『マイ・インターン』/ワーナー・ブラザース・ホームエンターテイメント
『ホリデイ』(2006)などをはじめ、さまざまなラブコメを手がけてきたナンシー・マイヤーズ監督が手がけた昨年公開の映画『マイ・インターン』。会社で上司からドヤされている働く女たちの涙腺をガバガバにした映画『プラダを着た悪魔』の続編的作品といわれ、日本でも話題になりましたよね! 今回は『マイ・インターン』のDVDをプレゼントにご用意しました。早速あらすじをチェックしていきましょう。
2012年2月27日、オハイオ州シャードン高校のカフェテリアに10発の銃声が鳴り響いた。パニックと化した現場で逃げ惑う生徒達は、銃声が聴こえた方角を振り返り、目を疑った。そこには、内気でシャイなトーマス・T・J・レーン(当時17歳)が立っていたからだ。 「何であいつが……。すごくおとなしい奴だったんだ」 「彼がこんなことするなんて信じられない。人前で話すのも苦手な、シャイな子だったのに」 周囲の人間が口々に証言するトーマスの人物像は“影の薄い存在”であった。しかし彼はこの日から、「悪名高きスクール・シューター」として全米に名を馳せることとなる。細いペンではっきりと「KILLER」と書かれたTシャツを着ている。
幼い頃から両親による家庭内暴力を目の当たりにしていたトーマスは、その後祖父母に引き取られて育った。中学校時代は友人たちとスケートボードやバスケットボールも楽しんだが、高校に進学する頃には周囲との交流を絶ち始める。やがて1人で行動するようになった彼を、周囲は「何を考えているかわからない奴」と影口を叩くようになり、唯一の理解者であったガールフレンドさえ、彼のもとを去っていった。 「いつも寂しそうな目をしていたけど、特に変わった様子はなかった」。毎朝スクールバスで顔を合わせる友人たちは、彼を気に掛けることはなかった。そうして自ら孤立の道を選んだトーマスは、別れたガールフレンドに新しい恋人ができると、さらに少しずつ変化を遂げてゆく。それももちろん、決して良くはない方向に、だ。学校での彼とは別人のような、威圧的な姿を自撮りし、次々とフェイスブックに投稿するトーマス。その中には、体を鍛えあげ、上半身を誇らしげに見せつける姿もあった。詩のような文章を投稿し、最後には「みんな死ね」と綴った。 だが、周囲の人間は彼の存在と同じように、そうした発言を気に留める事をしなかった。誰も彼のことを気にかけなかった
犯行の日、彼はいつも通りスクールバスに乗って登校した。学校に着くと、同級生に会釈だけをして、何もしゃべらずにカフェテリアに向かう。それは、いつもの内気なトーマスの姿だった。 だがその直後、トーマスは所持していた拳銃を握りしめ、朝食を取っていたグループのテーブルに歩み寄り、10発を発砲。3人を射殺、3人にけが負わせたのだ。死亡した被害者の中には、元ガールフレンドの新しい恋人であった、男子生徒が含まれていた。 逮捕されたトーマスは、殺人・殺人未遂などの罪で起訴されたが、弁護側は、精神疾患の可能性を盾に、無罪を主張。しかし、逮捕から1年後、トーマスは突然罪を認め始めた。元ガールフレンドの恋人も被害者の中に
社会的孤立から犯行に走る、スクール・シューティングが頻発するアメリカでは、その犯行後、犯人の多くは自殺を遂げている。1999年に発生したコロンバイン高校銃乱射事件で、13人を射殺し24人に重軽傷を負わせたエリック・ハリスとディラン・クレボルドも校内で自殺を遂げているし、2007年のバージニア工科大学で32人を射殺したチョ・スンヒも、2012年に母親を殺害し、サンディフック小学校に押し入って26人を射殺したアダム・ランザも、最後には自ら命を絶っている。 そうした前例がありながら、今回、死者数が3人に留まり、すでに罪を認めているトーマスが歴史に残る「悪名高きスクール・シューター」と呼ばれるようになったのは、逮捕後の彼の行動にあった。 2013年3月19日、裁判所で量刑のための審問が行われたこの日、トーマスは水色のシャツを着て出廷。被告席に着席した彼は、おもむろにボタンを一つずつ外し始めた。そして、シャツの下に着ていた白いTシャツを露わにし、マジックで書かれた「KILLER」の文字を誇示したのだ。さらに、被害者の遺影を持った遺族が発言を始めると、トーマスは微笑みながら、遺族に向かって中指を立てながら呟いた。 「この手で引き金を引き、あんたらの息子を殺したんだ。これからは、その感触を思い出してマスターベーションをするよ」 裁判官は、仮釈放なしの終身刑を言い渡した。悪名高きスクール・シューター KILLERと名乗った少年
「KILLER」と書かれたTシャツを着て、遺族に向かって中指を立てるセンセーショナルな映像は、テレビ局にとって視聴率を上げる為の格好のネタとなった。スタジオではキャスター達が、彼の犯した愚行への批判を続けた。 だが繰り返しテレビで流されるトーマスの姿に批難が集中する一方で、一部の人間たちは彼を英雄視し始める。ネット上には、彼の画像を集めたファンサイトが開設され、ハートマークでコラージュされた彼の写真が投稿された。さらに、彼の名前を使ったハッシュタグで意見交換をし、中にはまるでロックバンドのTシャツを着るかのように、「KILLER」と書かれたTシャツを着る少女まで現れた。 獄中で一生を過ごすことになったトーマスは、そうした自分を取り巻く状況を知ってか知らずか、判決から2年後、収監されている刑務所から脱走を試み、失敗に終わっている。彼は事件から4年が経った現在も、被害者への謝罪、そして動機を語っていないままだ。 井川智太(いかわ・ともた) 1980年、東京生まれ。印刷会社勤務を経て、テレビ制作会社に転職。2011年よりニューヨークに移住し日系テレビ局でディレクターとして勤務。その傍らライターとしてアメリカの犯罪やインディペンデント・カルチャーを中心に多数執筆中。ネットのヒーローとなる犯罪者
2012年2月27日、オハイオ州シャードン高校のカフェテリアに10発の銃声が鳴り響いた。パニックと化した現場で逃げ惑う生徒達は、銃声が聴こえた方角を振り返り、目を疑った。そこには、内気でシャイなトーマス・T・J・レーン(当時17歳)が立っていたからだ。 「何であいつが……。すごくおとなしい奴だったんだ」 「彼がこんなことするなんて信じられない。人前で話すのも苦手な、シャイな子だったのに」 周囲の人間が口々に証言するトーマスの人物像は“影の薄い存在”であった。しかし彼はこの日から、「悪名高きスクール・シューター」として全米に名を馳せることとなる。細いペンではっきりと「KILLER」と書かれたTシャツを着ている。
幼い頃から両親による家庭内暴力を目の当たりにしていたトーマスは、その後祖父母に引き取られて育った。中学校時代は友人たちとスケートボードやバスケットボールも楽しんだが、高校に進学する頃には周囲との交流を絶ち始める。やがて1人で行動するようになった彼を、周囲は「何を考えているかわからない奴」と影口を叩くようになり、唯一の理解者であったガールフレンドさえ、彼のもとを去っていった。 「いつも寂しそうな目をしていたけど、特に変わった様子はなかった」。毎朝スクールバスで顔を合わせる友人たちは、彼を気に掛けることはなかった。そうして自ら孤立の道を選んだトーマスは、別れたガールフレンドに新しい恋人ができると、さらに少しずつ変化を遂げてゆく。それももちろん、決して良くはない方向に、だ。学校での彼とは別人のような、威圧的な姿を自撮りし、次々とフェイスブックに投稿するトーマス。その中には、体を鍛えあげ、上半身を誇らしげに見せつける姿もあった。詩のような文章を投稿し、最後には「みんな死ね」と綴った。 だが、周囲の人間は彼の存在と同じように、そうした発言を気に留める事をしなかった。誰も彼のことを気にかけなかった
犯行の日、彼はいつも通りスクールバスに乗って登校した。学校に着くと、同級生に会釈だけをして、何もしゃべらずにカフェテリアに向かう。それは、いつもの内気なトーマスの姿だった。 だがその直後、トーマスは所持していた拳銃を握りしめ、朝食を取っていたグループのテーブルに歩み寄り、10発を発砲。3人を射殺、3人にけが負わせたのだ。死亡した被害者の中には、元ガールフレンドの新しい恋人であった、男子生徒が含まれていた。 逮捕されたトーマスは、殺人・殺人未遂などの罪で起訴されたが、弁護側は、精神疾患の可能性を盾に、無罪を主張。しかし、逮捕から1年後、トーマスは突然罪を認め始めた。元ガールフレンドの恋人も被害者の中に
社会的孤立から犯行に走る、スクール・シューティングが頻発するアメリカでは、その犯行後、犯人の多くは自殺を遂げている。1999年に発生したコロンバイン高校銃乱射事件で、13人を射殺し24人に重軽傷を負わせたエリック・ハリスとディラン・クレボルドも校内で自殺を遂げているし、2007年のバージニア工科大学で32人を射殺したチョ・スンヒも、2012年に母親を殺害し、サンディフック小学校に押し入って26人を射殺したアダム・ランザも、最後には自ら命を絶っている。 そうした前例がありながら、今回、死者数が3人に留まり、すでに罪を認めているトーマスが歴史に残る「悪名高きスクール・シューター」と呼ばれるようになったのは、逮捕後の彼の行動にあった。 2013年3月19日、裁判所で量刑のための審問が行われたこの日、トーマスは水色のシャツを着て出廷。被告席に着席した彼は、おもむろにボタンを一つずつ外し始めた。そして、シャツの下に着ていた白いTシャツを露わにし、マジックで書かれた「KILLER」の文字を誇示したのだ。さらに、被害者の遺影を持った遺族が発言を始めると、トーマスは微笑みながら、遺族に向かって中指を立てながら呟いた。 「この手で引き金を引き、あんたらの息子を殺したんだ。これからは、その感触を思い出してマスターベーションをするよ」 裁判官は、仮釈放なしの終身刑を言い渡した。悪名高きスクール・シューター KILLERと名乗った少年
「KILLER」と書かれたTシャツを着て、遺族に向かって中指を立てるセンセーショナルな映像は、テレビ局にとって視聴率を上げる為の格好のネタとなった。スタジオではキャスター達が、彼の犯した愚行への批判を続けた。 だが繰り返しテレビで流されるトーマスの姿に批難が集中する一方で、一部の人間たちは彼を英雄視し始める。ネット上には、彼の画像を集めたファンサイトが開設され、ハートマークでコラージュされた彼の写真が投稿された。さらに、彼の名前を使ったハッシュタグで意見交換をし、中にはまるでロックバンドのTシャツを着るかのように、「KILLER」と書かれたTシャツを着る少女まで現れた。 獄中で一生を過ごすことになったトーマスは、そうした自分を取り巻く状況を知ってか知らずか、判決から2年後、収監されている刑務所から脱走を試み、失敗に終わっている。彼は事件から4年が経った現在も、被害者への謝罪、そして動機を語っていないままだ。 井川智太(いかわ・ともた) 1980年、東京生まれ。印刷会社勤務を経て、テレビ制作会社に転職。2011年よりニューヨークに移住し日系テレビ局でディレクターとして勤務。その傍らライターとしてアメリカの犯罪やインディペンデント・カルチャーを中心に多数執筆中。ネットのヒーローとなる犯罪者
舞台のうえで、こんなにも人生をさらす女性たちがいる。しかもその人生は、平凡とはほど遠いものである。米国サンフランシスコのアマチュア劇団「メデア・プロジェクト」は、HIV/AIDS陽性の女性と元受刑者の女性で構成されている。偏見のなかで日々を送り露骨な差別を受けている彼女らは、劇団に参加するまでは感情にフタをし、声を押し殺して生きてきた。そんな女性たちが自分自身と向き合い、その過去を言語化し、舞台上で声を上げるまでの軌跡を描いたドキュメント映画『トークバック 沈黙を破る女たち』が全国各地で上映され、じわじわと賛同者を増やしている。
8年もの年月をかけて同劇団を取材、撮影した監督の坂上香さんは、これを「変容」の映画だという。
坂上香さん(以下、坂上)「HIV感染に至るまでは日常的に虐待、売春、薬物中毒を体験し、感染を機に周囲の対応や環境が音を立てて変わっていく……彼女たちの人生はとても過酷なので、遠い世界のことのように感じる人もいるかもしれません。が、私は長らく日本の社会で生きづらさを感じてきました。その背景には失敗を許さず、他人と違うことについて過度に厳しい風潮があります。そんななかで、私は彼女たちの声をあげる姿に希望を見ました。失敗したり他人と違ったりという理由で排除され、社会からスティグマ(負の烙印)を与えられた人でも、変容し、よりよい人生を選ぶことができるんだ、と。私たちは誰もが多かれ少なかれつらい経験しながら、すごく我慢してこの社会を生きています。目を凝らせば、彼女たちと自分とを結ぶ線がきっと見えてきます」
◎傷が、ケアされていなかった
いまでこそ「生きづらい」という語をよく見聞きするが、坂上さんのなかでそれは長らく、名付けられない感情として存在していた。
坂上「私が10代のころは校内暴力が激しい時代で、中学2年生のときに上級生や同級生からリンチを受けました。私にとって学校は、暴力への恐怖と切り離せない場所でした。高校卒業後にアメリカの大学に進学しても、そのときの傷はずっと抱えたまま。何十年も経ってからようやく、私はリンチなどの暴力に傷ついただけでなく、それ以上に“なんのケアもされなかった”とに傷ついていたと気づきました。当時、学校に訴えても知らん顔されましたし、親も『どうしよう』とオロオロするだけ……。演劇で自己を表現したり、日記にうずまく感情を吐き出したりして、つらい時代をなんとか生き延びたのですが、もしあのとき話を聞いてくれる場所を知っていたり、誰か手を差し伸べてくれる人がひとりでもいれば、だいぶ救われていたと思います」
『トークバック』のHIV/AIDS陽性女性たちも、誰からもケアをされていなかった。適切な医療は受けられても、社会に一歩でも出れば差別や偏見が常につきまとう。坂上さんがアメリカでHIV/AIDSについて取材を始めたのは1993年ごろ。大人はもちろん、子どもの陽性者にまで多様なケアが用意されているのを見て、感動したという。
坂上「これだけの環境があるのだから近い将来、差別や偏見もなくなるだろうと楽観的に考えていました。その後、私は別のテーマを追ってこの問題からいったん離れたのですが、20年経って再びHIVに目を向けたとき、『何も変わっていないじゃないか!』と思わず叫びました。医療は進歩しているし制度上の変化もあるけど、特に女性に向けられるまなざしは変わっていませんでした。HIV/AIDSは健康問題であって、それ自体が罪ではありません。それなのに、彼女たちは声をあげることすら許されない。舞台に立ち、私たちからの取材を受け入れてくれる人でさえ、カメラの前で体験を語るとなると口が重くなります。彼女たちの希望で、インタビューはホテルの一室で行いました。私は自宅にうかがいたかったのですが、彼女らは身近な人にこそカミングアウトできていないんです。たとえばルームメイトとか。撮影隊が来ることで、病気のことを知られるのを恐れていました」
身近な人に受け入れてもらいた、けれど親(ちか)しい人に受け入れてもらえなかったときの打撃は大きい。映画では、家族から拒絶されたときの苦しい胸の内を明かす女性もいた。そうして、彼女らの自尊心は削がれていく。
◎自尊心の回復が、変容の鍵
坂上「映画に登場するHIV専門医は、どんなに最先端の医療処置を施しても彼女たちを救うには限界がある、と話してくれました。社会のなかで傷つけられ、人間としての尊厳を踏みにじられてきた彼女たちを救うには、医療だけでは足りません。HIV/AIDS陽性者のなかには、この病気によってもたらされる死を待つことなく、自殺でこの世を去る人がとても多いこともわかってます。自分を自分で傷つけるのは、自尊感情が欠落しているから。自尊心を回復させることが変容の鍵となると考えた彼が、HIV/AIDS陽性女性に『メデア・プロジェクト』への参加を提案したんです」
劇団に参加したからといって、すぐに舞台に上がるわけではない。まずは自分の過去を掘り下げて、舞台から発信したいこと、訴えかけたいこと、その表現方法を模索する。が、過酷な半生を言語化することはそれだけ痛みもともなう。
坂上「この先もずっと自身の過去を見ないまま、なかったことにして生きることは、彼女たちが抱える問題の解決にはつながりません。ここでは演劇の手法でそれが行われましたが、その時期や手法は人によって違うと思います。『トークバック』の前に製作したドキュメンタリー映画『ライファーズ 終身刑を超えて』では、米国で終身刑を宣告された男性受刑者たちの変容を追いました。彼らは犯罪者更生プログラムを受けるなかで、自分の過去を振り返り、必要に応じてそれを他の受刑者の前で語ります。そのプロセスを経ることではじめて、罪をどう償って今後どう生きるのかを考えられるようになるのです」
HIV/AIDS陽性者も受刑者も、なりたくてそうなった人はいない。貧困や虐待、性犯罪、薬物など社会のひずみを一身に受け、苛烈な人生以外の選択肢を持てなかった人たちを追ってきた坂上さんだが、現在製作中の最新作『プリズン・サークル』でもそれは変わらない。が、舞台は大きく変わり、日本の刑務所で取材を重ねている。
坂上「日本の刑務所では、受刑者たちは人として扱われていないといえます。もちろん例外はあるけれど、刑務官の眼差しからして、あきらかに人を見る目ではないことが多いのです。けれど、ある刑務所が『ライファーズ』で紹介した犯罪者更生プログラムを採用したと知り、まずは数日間見学させてもらいました。規律と管理が徹底した日本の刑務所では無理だと思い込んでいましたが、実際に見て驚きました。しっかりと機能していたのです。その後も講師として関わらせてもらい、可能性を感じました。そして、私はそれをとおして変容していく受刑者たちの姿を映像化したいと思ったのです……が、刑務所に提案したら、刑務所と法務省からは『前例がない』の一点張り! なかなか企画を動かせず、やっと撮影にこぎつけても制約が多くて苦労の連続でした」
坂上「といっても私は次作で日本の刑務所に関するもろもろの制度を批判したいわけではなく、『聞く』『語り合う』をテーマに据えています。撮影している受刑者のなかには、女性や弱者に暴力を振るった人もいます。被害者の視点で見ると許せないと思うこともあります。だからこそ、彼らは変わる必要があるのです。誤った価値観や行動を変える必要があるのです。でも、人はひとりでは変われません。能面のように無表情だった受刑者が、人の体験を聞き、自分の体験に耳を傾けてもらい、語り合うことで変容していく。その様子を映像で伝えていきます。これは刑務所内だけの問題ではありません。彼らを生み出したのも、彼らが帰っていくのも私たちの社会なのですから」
◎information
現在、坂上香織監督最新作『プリズン・サークル』では、制作支援のためのクラウドファンディングを募っています。撮影許可を得るまでに6年、刑務所内の撮影に2年、出所者や関連の撮影に5年を費やした意欲作を応援したい人は、こちらをチェック!
(三浦ゆえ)
――翌日にジャニーズアイドルが出演予定の番組情報をお届けします。見逃さないように、録画予約をお忘れなく!
※一部を除き、首都圏の放送情報を元に構成しています。
※番組編成、及び放送日時は変更になることがあります。最新情報は番組公式サイト等をご確認ください。
●SMAP
25:40~25:45 『ベビスマ』(フジテレビ系) ※放送回によって変動
【特番】
19:00~28:00 『リオ五輪 女子マラソンほか』(TBS系) 中居正広
●TOKIO
11:25~11:55 『男子ごはん』(テレビ東京) 国分太一
19:00~19:58 『ザ!鉄腕!DASH!!』(日本テレビ系)
こんなニュースなら嘘であってくれ
ジャニーズ事務所所属のアイドルグループ・SMAPが、明日14日に解散を発表することがわかった。当初より今月中に活動休止を発表する予定だったというが、直前になってグループの解散を選択したという。明日は全メディアがこぞって情報合戦を繰り広げる、歴史的な1日となってしまいそうだ。
<p>大富豪、億万長者、大資産家――「フォーブス」世界富豪ランキングの上位には、女たちの名も少なくない。彼女たちが手にした誰もが嫉妬すると成功と、醜聞のスキャンダルを紹介する。</p>
日本のどこかに“売春島”と呼ばれる島がある――。半ば都市伝説のようにささやかれるそれは、本当に存在するらしい。フォトジャーナリスト八木澤高明の『娼婦たちから見た日本』(角川書店)では、著者がその“売春島”をはじめとする色街の隆盛と没落を見つめ続けた10年間のルポ。横浜・黄金町、沖縄、はては海外タイなどの色街を訪ね、そこに生きる娼婦たちとのやり取りや色街の成り立ちなどをしたためている。 “売春島”こと三重県の渡鹿野島は、江戸時代以前より存在し、漁業で賑わう島だったという。江戸と大阪を結ぶ海路上にあることもあり、船乗りたちが風を待つために立ち寄ることが多かった。島の人々は、8人ほどが乗れる小舟「はしりがね」で停泊する帆船に近づいて、娼婦が男たちの相手をすることから、そのまま娼婦たちのことを「はしりがね」と呼んだそう。 島と対岸が船で埋まるほどの人の往来があったそうだが、明治になると、蒸気船が登場し、風を待つ必要がなくなった。娼婦たちは次第に姿を消していく。多い時は島に350人ほどいて、一晩で何百万と稼いだとされる渡鹿野島の娼婦は、現在は18人とされる。ほとんどがタイなどの東南アジアの女たちだ。彼女たちは、紛れもなく1970年代に現れた“じゃぱゆきさん”の名残だ。 明治末期、外貨獲得のために海外の娼館に売り飛ばされた日本の女性たちがいた。“からゆきさん”と呼ばれた彼女たちは、文字通り体を張って外貨を稼いだという。中には騙されて海を渡ったという話もあるが、日本が国際社会に進出していくにつれ、「国家の恥」としてないものとされ、忘れられていった。今現在、色街の街頭に立つ娼婦の多くは、“からゆきさん”の逆輸入版の“じゃぱゆきさん”たち。経済的理由や、祖国の家族を養うために、日本にやってきて身を挺して働く彼女たちの言葉には心を打たれるだろう。 八木澤が横浜・黄金町で出会ったタイ人女性は、父親の病気の治療費を稼ぐために日本に来たという。娼婦を「悪い仕事」と語る彼女は、黄金町の浄化とともにいなくなった。過去250軒ほどのちょんの間があった黄金町は、2005年の摘発により全店舗が営業停止に追い込まれ、現在アートの町として生まれ変わっている。 江戸時代、幕府公認の色街は吉原だけだったとされているが、当時の言葉で「岡場所」と呼ばれた裏風俗が東京に100カ所以上あったという。幕府はそれらを取り締まり潰していったが、形を変えて売買春は行われていった。本書では、10年代に流行したネットを介した売買春や「JKビジネス」にも触れている。秋葉原などで取り沙汰される「JKビジネス」は、今の世に対応した売春の姿だと言えるだろう。八木澤は「売春街をいくら取り締まったところで、またどこからか、むくむくと現れるものなのだ」と語る。 ほか、沖縄現地の風俗事情と米軍基地との関係性や、今はなき色街を歩いた著者だから知り得るルポを347ページにわたって収録。 摘発の強化によって消えた、1,000人を超えるとされる“じゃぱゆきさん”。彼女たちは、今どこで生きているのだろうか。『娼婦たちから見た日本』(角川書店)
国民的アイドルグループ「SMAP」が、いよいよ事実上の解散となりそうだ。 ジャニーズ事務所の最高権力者・メリー喜多川副社長と“SMAP育ての親”飯島三智氏の対立が表面化したのは、今年1月。リーダーの中居正広らは飯島氏と行動を共にしようとしたが、土壇場で木村拓哉がジャニーズ残留を宣言したことで、独立計画は頓挫した。 しかし、騒動は水面下でくすぶり続けていた。 中居ら独立画策組と木村との亀裂は修復不可能で、レギュラー番組『SMAP×SMAP』(フジテレビ系)の収録現場は、常にお通夜状態。過去の仲良し映像を繰り返し流すこともあった。 そんな中、ついに来るべきときが来てしまったようだ。事情を知る関係者の証言。 「SMAPが活動休止を発表し、事実上の解散になりそうだ。今回の震源地は中居ではなく、飯島氏を母のように慕っていた香取慎吾。騒動の落とし前で飯島氏が芸能界追放となったことが許せず、木村との関係は完全に終わっている。本人はジャニーズに固執しておらず、9月で契約を終了してフリーになるようだ」 すでに香取がその旨を周囲に報告しているという情報もある。ジャニーズの御用メディアは活動休止の理由を「冷却期間」とするだろうが、もはやSMAPは空中分解している。中居には中居の、香取には香取の、木村には木村の言い分がそれぞれあるようだが、現在は三者会談すら開くことができない状態だ。 1月の騒動の時はファンの声援がグループ存続を後押ししたが、その後のメンバー間のギクシャクを見ていたたまれなくなった人は多い。昨年まで絶対に考えられなかった「SMAP解散」が現実になろうとしている――。
<p> 毎年恒例、「an・an」(マガジンハウス)セックス特集の季節がやってまいりました。表紙と巻頭グラビアでセクシーな下着姿を披露しているのは、HKT48の指原莉乃さん。ジャニーズやイケメン俳優のヌード姿を毎年期待している皆さん、残念でしたね……。ちなみにインタビューを読んで得られるのは、「さっしーが初めてインポートランジェリーを身に着けた感想」や「さっしーの考える“オトナの色気”」など、ファン以外からしてみれば「正直どうでもいい」情報のみ。「an・an」セックス特集に掲載するなら、「これまでにした最高のセックス」や、せめて「理想のセックスシチュエーション」などについて赤裸々に語ってくれ~!</p>
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