えりすデスマスク ~予告編~

デスマスク~♪デスマスク~♪生きてるのにデスマスク~♪
意味のわからない始まりでごめんなさいっ☆

え~先日、デスマスクを作りにお友達のHALたんの家にお邪魔して来ました!・・・(続きは探偵ファイルで)

「SMAPがちっとも揃わない!」フジ『SMAP×SMAP』1カ月ぶり放送も、また休止へ……年内打ち切りか!?

<p> 解散・分裂騒動がいまだくすぶっているSMAPが、11日放送の『SMAP×SMAP』(フジテレビ系)に出演。この日は、モデルのミランダ・カーをゲストに迎えた「ビストロ・スマップ」や、布袋寅泰とセッションを繰り広げたライブコーナーなどを放送。“5人のSMAP”がテレビに登場したのは、実に1カ月ぶりとなる。</p> <p>「ファンから『やっと5人が揃った!』と喜びの声が上がる一方で、『メンバー間の空気</p>
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「絶対メンタルえぐられる」! キスマイ&JUMPのコラボ企画予告にJUMPファンが悲鳴

 Hey!Say!JUMPの冠番組『いただきハイジャンプ』(フジテレビ系)と、Kis-My-Ft2の冠番組『キスマイBUSAIKU!?』(同)のコラボレーション企画が、7月23日~24日放送の『FNS27時間テレビフェスティバル!』(同)で予定 されていることが、先日発表された。今までほとんどテレビでの共演がなかった2組がコラボレーションするとあってファンの期待が高まっていたが、11日に放送された『キスマイBUSAIKU!?』の予告動画を見たJUMPファンが驚愕。すでに「見たくない」という叫び声が上がっている。

 11日の放送では、「男の一大事 どっちがカッコいいか対決」と題し、「ガチンコ水泳リレー対決」「スタジオで生シチュエーション対決」と、2つの対決が行われることを発表。スタジオでは北山宏光が「なんか知らないけど伊野尾(慧)には負けたくないね」と敵意をむき出しにしており、横尾渉も「舞祭組4人が山田(涼介)くんに勝ったらすごいよ」と、かなり気合が入っている様子だ。

25年連続連ドラ主演の観月ありさ、もう民放からの主演オファーは絶望的?

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ライジングプロダクションオフィシャルサイトより
 女優の観月ありさが、NHK BSプレミアムで9月4日にスタートする『隠れ菊』で、25年連続で連続ドラマの主演を務めることがわかった。  同作は、第9回柴田錬三郎賞を受賞した作家・故連城三紀彦さんの同名小説が原作。平凡な主婦(観月)が突然、離婚を突きつけられ、元夫やその愛人と仕事のパートナーとして働きながら、老舗旅館の女将として生き抜く波瀾万丈のストーリー。観月の主演作では初めて、不倫がドラマの主要テーマのひとつになるという。  観月といえば、昨年3月に建築関連会社社長・青山光司氏と結婚。ドラマとは正反対の円満ぶりだそうで、「ドラマのような不倫は起きてほしくないし、考えただけでぞっとしますね」とコメントしている。 「確か、昨年の24作連続の際の報道では『自身の持つギネス記録更新』と書かれていたが、今回はどこの記事にも書かれていなかった。事務所が箔をつけるために、“ギネス偽装”をしていた可能性が高い。今回のドラマはNHK BSプレミアムで、視聴率はまったく関係ない。それだけに、観月の記録達成のためだけに放送されると思われても仕方ない」(放送担当記者)  観月といえば、連ドラの代表作は、映画化もされた『ナースのお仕事』(フジテレビ系)シリーズ、続編も放送された『斉藤さん』(日本テレビ系)ぐらい。14年放送の『夜のせんせい』(TBS系)、昨年放送の『出入禁止の女〜事件記者クロガネ〜』(テレビ朝日系)の全話平均視聴率はいずれも6%台で、『出入禁止』に至っては、通常1クール3カ月の放送が、2カ月に短縮されて終了するという不名誉な結末を迎えてしまった。 「テレ朝、TBSで連続して主演ドラマがコケただけに、視聴率が低迷するフジは『ナース』、日テレは『斉藤さん』の続編や特別編以外のオファーはしないだろう。しかし、観月本人はいろんな役にチャレンジしたくて“冒険”しているが、スタイルが良すぎて時代劇にはまず合わない。おまけに、脇役で出ても主役を食ってしまう存在感。なかなか起用が難しいが、事務所としては、安室奈美恵が抜けた穴を少しでも観月で埋めたいので、連ドラ主演記録を更新し続けて、少しでもほかの仕事につなげたいところなのでは」(芸能プロ関係者)  いずれにせよ、本人も事務所も、もはや地上波の主演だけにこだわっているわけではないようで、“大台”の30年連続達成も、なんとかなりそうな見通しだ。

フルマラソン後に騎上位? AV1,600本以上出演の大槻ひびきが挑んだ過酷なプロジェクトとは

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 去る5月8日、AV出演1,600本以上の人気女優、ひびやんこと大槻ひびきが女優人生をかけて、「マラソン未経験の大槻ひびきがフルマラソン42.195kmを走った後に騎乗位何回出来るか世界記録に挑戦!」という壮絶なプロジェクトに挑んだ。この模様がいよいよDVD化されるという。  当日はランニングコスチュームではなく、ブルマにポニーテールで登場。東京都庁を出発し、東京タワー、浅草を経て、東京ビッグサイトまで、気の遠くなる距離をファンやスタッフに励まされながらも15時間かけて完走したという大槻。フルマラソンをやり終えただけでもすごいことなのに、その後で、さらに騎上位までやってのけたというから驚きの女優根性だ。  CASでも生配信されたマラソンシーンに加え、本DVDではマラソン後の騎上位までを完全収録。果たして大槻は世界記録を達成することができたのだろうか?大槻を直撃して、今回のプロジェクトについて話を聞いてきた。 ──今回、フルマラソン後に騎上位という壮絶なプロジェクトに挑まれたわけですが、オファーをもらった時はどんな心境だったのですか? 大槻 うちのマネジャーさんがいつもより深刻な表情で今回のプロジェクトを持ってきて、「どうする?」って(笑)。いつもなら「仕事を選ぶな」とか、「何事も一生懸命頑張れ」っていうマネジャーさんで、わたしもそのつもりでずっと一緒にやってきたんですけど、さすがにこれは一瞬ためらいましたね。フルマラソンなんて走ったことありませんし、その後どういう体になって、騎上位が何回できるかなんて、想像もつかなかったので。 ──そもそもフルマラソンなんて、やったこともなかったんでしょう? 大槻 そうなんですよ。しかもわたし、運動がすごく苦手で……。学校のマラソン大会も毎回後ろのほうにいましたし、1キロですら走りきる自信がなかったほど。ジムも行ったことないし……。騎上位も、普通の騎上位でさえ、5分やるだけでも足パンパンになってしまって、疲労がすごいのに、マラソン後にできるだろうかって。だから「ちょっと考えさせてください」って言ったんです(笑)。 ──でも、オファーを結局受けた。 大槻 いろいろ考えて、やらないよりやるほうがわたしのためにもみなさんのためにも、新しいことが生まれる気がして……最終的にはその場で「やります!」って。
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──話が決まってからすぐにトレーニングを開始したと聞きました。 大槻 本番まで1カ月くらい猶予があったので、頑張って練習しました。生まれて初めてジムというものとも契約をいたしまして(笑)、わたし、こう見えて人見知りなので、本当はジムみたいに人が集ってくる場所は苦手なんですけど、そんなことももう言ってられないと思って決心して通いました。まわりで人が鍛えている中で初心者のわたしがトレーニングするのって、どうなんだろうって、最初はドキドキしちゃいましたけどね。 ──意外と人見知りなんですね。 大槻 人見知りですよ! 臆病なんです。“ビビる大槻”って言われていたこともあるんですよ(笑)。人前に出ることは昔から苦手。仕事だと思うと確かに割り切れたりもしますが、プライベートでは今でも無理です。学生時代も陰のほうにいる地味なタイプだったんです、わたし。今みたいにステージに立つとかも、当時の自分では考えられないことでした。みんなとわいわいするタイプでもなかったし。 ──ジムではランニングマシンがあったと思うのですが、走ってみて手ごたえはどうでしたか? 大槻 平均で5キロ、頑張ると8キロくらいだったかな。それくらいしかマシンで走れなくて、その何倍も走るんだってなったら、これは絶対無理だって思いましたよ(笑)。 ──普通そうですよね。3キロ走るのでもたいへんなのに。でも、ジムに通っていいこともたくさんあったのでは? 大槻 自分の体を良く知れたことかな。どのくらいで息が切れるとか、筋肉ついたな、痩せたな、太ったなというのもすぐわかりますし、日頃どれだけ健康を気にしていなかったかってこともよくわかりました(笑)。睡眠とかも、よくとれていない生活をしていたんです。 ──撮影が続いたりすると、女優さんは体調管理が大変ですね。 大槻 撮影は確かにいろんな面でハードなんです。AVを始めた頃は毎日筋肉痛。でも慣れてくると、自分にあった体位を見つけたり、工夫もできるようなりました。フェラものだと首とか頬の筋肉が、終わってからすごくたいへんなんです。騎上位ものだと足腰。気持ちいいので、その瞬間は舌や腰が自分から動いちゃうんですけど、終わってからがたいへん(笑)。腹筋を頑張って鍛えていた時期もありました。 ──時々休みを取ることも大切なんでしょうね。 大槻 でも不思議なんですけど、わたしの場合、普通の人とちょっと反対で、働いているときより、急に休みを取ったりしたときのほうが熱を出してしまったりするんです。「動いていないと死ぬ!」っていう魚みたいなところがあって(笑)。だから、仕事しているときは、なかなか体調がいいのか悪いのか気付きにくいですね。休むとわかるんです(笑)。
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──これまででAVは何本くらい出演されたんですか? 大槻 オムニバスとか、リニューアルされたものとか、そういうものも含めると1,600本以上リリースされているって聞いたことがあります。撮った本数とか詳しい数字はわからないです。1日に6本撮った日もあったりしたので。それを8年やっていますからね。もちろん1回で全部撮るわけではないし、フェラの日だけもあるんですけど。 ──マラソンとAVでは使う筋肉も随分違うのでは? 大槻 全く違いましたね。これまでと違うところが筋肉痛になるんです。これで実際、坂道とか走ったらどうなるんだろうって。 ──そうして実際、フルマラソンを走ってみて、どんな感想を持ちましたか? 大槻 路上じゃなくて歩道を走ったんですけど、10キロくらいは大丈夫でした。KMPの方たちも一緒に走ってくれたので心強くて、10キロまでは走っていても笑顔でした。でも、10キロを過ぎたあたりからは体の節々が徐々に痛くなって、スポーツブラのところが痛くなったり、筋肉痛が出たり、お腹もすいたりで、悪条件が重なって結構心が折れそうになりました(笑)。でも、そういうときにCASで見てくれていたファンの方が、「差し入れ持ってきたよ、一緒に走るよ」って現れて、前を走ってくださったり、本当にわたしが辛いときに、次々に天使が現れて……。思った以上にいろんな方が協力してくれたんです。メーカーの垣根を越えて他メーカーの方々や、お友達のエロ漫画家の方々も(笑)。みんな、応援に来てくれて、わたしの走る力につながりました。路上で倒れ込んだときに「ひびやん!」って声をかけられて、「この人たちのために走ろう!」って頑張れたんです。みなさんとの絆を再確認できた撮影になりました。 ──完走もしたんですよね。 大槻 しました! 最後、涙も出ました。いろんな人に無理って言われていたし、ここを完走しないと自分が変われないとも思っていたので、「やった、ゴール!」ってなったときは、泣いてしまって……。騎上位のことはすっかり忘れていました(笑)。そこがメインなのに! 泣いているところに監督が来て、「はい、じゃあ、騎上位行くよ」って。キャンピングカーが用意されていたので、そのキャンピングカーに光の速さで押し込まれ(笑)、そのままホテルで「は~れ~」って(笑)。 ──そんな状態で騎上位できたんですか? 大槻 できました! でも、詳しいことはDVDを見てのお楽しみです。
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――女優人生で一番過酷な撮影だったでしょう。 大槻 でもやってよかったですよ。フルマラソンは特に。完走できなかったら悔しい思いがあったかもしれないですけど。 ──マラソン直後のエッチってちなみにどんな気分だったんですか? 大槻 ランナーズハイってこういうことだなと思いました(笑)。走っている時からハイテンション。完走したあとは世界中の人を抱きしめたい気分になって、そこから連れ去られて、やっぱりハイテンション(笑)。 ──Mですね、大槻さん(笑)。 大槻 そうかもしれないです! 普段から辛い時は自分に「Mごっこだ」と言い聞かせてやっていたりするんです。逆境が大きければ大きいほど、負けず嫌いが出る感じの性格なので。 ──騎上位の相手は、もちろんプロの男優さんだったんですよね。 大槻 いつも一緒にやっている男優さんです。彼らもスタートからバイクでついてきてくれていたんです。給水ポイントで水を渡してくれたり。その男優さんにも感謝です。わたしがスムーズに騎上位ができるように、高めて待ってくださっていたんです。わたしが完走してお風呂に入るときも運んでくれたりだとか。仕事外の部分でも、いろいろ支えてくれました。 ──この作品ですが、「AV OPEN」に出すと聞きました。 大槻 そうです。こういう作品ですから、出すからにはもちろん1番目指そうって思っています。 ──ああいう場は誰かと比べられてしまう世界。参加するのがつらくなったりしませんか? 大槻 大丈夫です。負けないぞっていうより、自分らしさを大切にしたい、そんなふうに考えるようになってきたんです。以前は誰かみたいになりたいと考えていたりもしましたけど、今は「ひびやんだったらこうだよね」って言われるようなプレイを目指そうって。変化があったんです。自分の中で。 ──以前は比較されるのが辛かった? 大槻 辛かったです。デビューして最初の1、2年は、とにかくいろんな人と比べられて……例えば同期の女の子だったりとか……。自分の中の葛藤も大きかった時期でしたね。あの子のほうがかわいいとか、頑張っているとか、そういうちょっとしたことが耳に入るだけで泣いてしまったり……。わたし、潮吹きを習得したのも、そういうことがあってなんです。ライバルと言われている人たちに何かをして勝ちたいって。ただ、ライバル視していた人たちは仲間でもあり、友達でもあったりしたので、すごく助けてもらった部分もたくさんありました。その子たちと悩みを共有したりして励ましあうことも。わたしと同期の企画単体の子たちとの絆はすごく強いですよ。ともちん(友田彩也香)とかもそう。比べられつつも一緒に頑張ってきた仲間です。潮吹きに関しては、わたしだったらもっと飛距離を出せるかなって。言葉攻めもわたしらしい言葉攻めを追求したり(笑)。
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──大槻さんといえば演技力も大きな武器ですよね。ドラマものに出演されているとき感心することがあります。 大槻 お芝居もすごく好きなんです。最近だとサスペンスドラマとか映画を観て練習したりもします。 ──いろいろとジャンルがある中で、大槻さんの好きなジャンルってなんですか? 大槻 最近はまっているのはドキュメンタリー系。台本がないものって、自分次第で作品の良し悪しが決まる気がして。そういうものにはどんどん挑戦したいなって。この作品もそうです。自分がどう転がるかで作品が決まってくる。一番リアリティーが出るジャンルだと思うんです。 ──8年やると女優としての成長もすごく大きいのでは? 大槻 不思議なのは8年目の今になったほうが恥じらいの部分が大きくなったところです。デビューのときのほうが、パンチラも気にしないところがあったのに。ブラ紐でも興奮する人がいるんだとか、フェチな世界、いろんなことを知ってくると、全身が羞恥な部分に見えてきて……。最近は電車とかでもわたし、ブラ紐が出ていないかなって気にするようになりました(笑)。 ──このマラソンでエッチもそうですが、1,600本以上の出演の中で一通りのことは経験できたのでは 大槻 そうかもしれないです。でも、それで満足したくはないんです。わたし、バンジーとか、飛び降りる以外のことなら挑戦してみたいなって思っているんです。バンジーだけは1億円もらっても無理ですけど(笑)。童貞が好きなので、童貞さんを一杯募って、みんなの最初の女になるとか、そういうことはやったことがないのでやってみたいです。あとはお見合いをしてみたいです。いつかわたしが引退するときは、引退作はお見合いものにしようって決めているんです。わたしと引退後も付き合ってくださるような心の広い方を募って(笑)、体の相性も大切なので、ちょっと試してみて……みたいのをやってみたいなって。
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──なるほど。それでは最後に作品のPRを。 大槻 この作品はAV史上初の試みで、いろんな方を巻き込んで撮影をしました。AVに興味がない方でも楽しんでもらえる作品になっていると思います。笑いあり涙ありで、飽きずに見てもらえると思います。実際にわたしはマラソンを見るのも走るのも苦手。それがマラソンの素晴らしさに気付き、涙も流し、最後にはマラソンが大好きになっていました。映画を1本見るような気持ちで、ぜひ見てほしいです。マラソンに関しては他の女優さんたちにもぜひおすすめしていきたいって思います。42.195kmを走る間に、自分の知らなかった自分や、自分の知らなかったような感情とたくさん出会うことができます。この作品を見てそういった部分もチェックしてみてください! (取材・文=名鹿祥史) 大槻ひびき×KMPフルマラソン企画特設ページ https://www.km-produce.com/yanhibi-run/

フルマラソン後に騎上位? AV1,600本以上出演の大槻ひびきが挑んだ過酷なプロジェクトとは

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 去る5月8日、AV出演1,600本以上の人気女優、ひびやんこと大槻ひびきが女優人生をかけて、「マラソン未経験の大槻ひびきがフルマラソン42.195kmを走った後に騎乗位何回出来るか世界記録に挑戦!」という壮絶なプロジェクトに挑んだ。この模様がいよいよDVD化されるという。  当日はランニングコスチュームではなく、ブルマにポニーテールで登場。東京都庁を出発し、東京タワー、浅草を経て、東京ビッグサイトまで、気の遠くなる距離をファンやスタッフに励まされながらも15時間かけて完走したという大槻。フルマラソンをやり終えただけでもすごいことなのに、その後で、さらに騎上位までやってのけたというから驚きの女優根性だ。  CASでも生配信されたマラソンシーンに加え、本DVDではマラソン後の騎上位までを完全収録。果たして大槻は世界記録を達成することができたのだろうか?大槻を直撃して、今回のプロジェクトについて話を聞いてきた。 ──今回、フルマラソン後に騎上位という壮絶なプロジェクトに挑まれたわけですが、オファーをもらった時はどんな心境だったのですか? 大槻 うちのマネジャーさんがいつもより深刻な表情で今回のプロジェクトを持ってきて、「どうする?」って(笑)。いつもなら「仕事を選ぶな」とか、「何事も一生懸命頑張れ」っていうマネジャーさんで、わたしもそのつもりでずっと一緒にやってきたんですけど、さすがにこれは一瞬ためらいましたね。フルマラソンなんて走ったことありませんし、その後どういう体になって、騎上位が何回できるかなんて、想像もつかなかったので。 ──そもそもフルマラソンなんて、やったこともなかったんでしょう? 大槻 そうなんですよ。しかもわたし、運動がすごく苦手で……。学校のマラソン大会も毎回後ろのほうにいましたし、1キロですら走りきる自信がなかったほど。ジムも行ったことないし……。騎上位も、普通の騎上位でさえ、5分やるだけでも足パンパンになってしまって、疲労がすごいのに、マラソン後にできるだろうかって。だから「ちょっと考えさせてください」って言ったんです(笑)。 ──でも、オファーを結局受けた。 大槻 いろいろ考えて、やらないよりやるほうがわたしのためにもみなさんのためにも、新しいことが生まれる気がして……最終的にはその場で「やります!」って。
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──話が決まってからすぐにトレーニングを開始したと聞きました。 大槻 本番まで1カ月くらい猶予があったので、頑張って練習しました。生まれて初めてジムというものとも契約をいたしまして(笑)、わたし、こう見えて人見知りなので、本当はジムみたいに人が集ってくる場所は苦手なんですけど、そんなことももう言ってられないと思って決心して通いました。まわりで人が鍛えている中で初心者のわたしがトレーニングするのって、どうなんだろうって、最初はドキドキしちゃいましたけどね。 ──意外と人見知りなんですね。 大槻 人見知りですよ! 臆病なんです。“ビビる大槻”って言われていたこともあるんですよ(笑)。人前に出ることは昔から苦手。仕事だと思うと確かに割り切れたりもしますが、プライベートでは今でも無理です。学生時代も陰のほうにいる地味なタイプだったんです、わたし。今みたいにステージに立つとかも、当時の自分では考えられないことでした。みんなとわいわいするタイプでもなかったし。 ──ジムではランニングマシンがあったと思うのですが、走ってみて手ごたえはどうでしたか? 大槻 平均で5キロ、頑張ると8キロくらいだったかな。それくらいしかマシンで走れなくて、その何倍も走るんだってなったら、これは絶対無理だって思いましたよ(笑)。 ──普通そうですよね。3キロ走るのでもたいへんなのに。でも、ジムに通っていいこともたくさんあったのでは? 大槻 自分の体を良く知れたことかな。どのくらいで息が切れるとか、筋肉ついたな、痩せたな、太ったなというのもすぐわかりますし、日頃どれだけ健康を気にしていなかったかってこともよくわかりました(笑)。睡眠とかも、よくとれていない生活をしていたんです。 ──撮影が続いたりすると、女優さんは体調管理が大変ですね。 大槻 撮影は確かにいろんな面でハードなんです。AVを始めた頃は毎日筋肉痛。でも慣れてくると、自分にあった体位を見つけたり、工夫もできるようなりました。フェラものだと首とか頬の筋肉が、終わってからすごくたいへんなんです。騎上位ものだと足腰。気持ちいいので、その瞬間は舌や腰が自分から動いちゃうんですけど、終わってからがたいへん(笑)。腹筋を頑張って鍛えていた時期もありました。 ──時々休みを取ることも大切なんでしょうね。 大槻 でも不思議なんですけど、わたしの場合、普通の人とちょっと反対で、働いているときより、急に休みを取ったりしたときのほうが熱を出してしまったりするんです。「動いていないと死ぬ!」っていう魚みたいなところがあって(笑)。だから、仕事しているときは、なかなか体調がいいのか悪いのか気付きにくいですね。休むとわかるんです(笑)。
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──これまででAVは何本くらい出演されたんですか? 大槻 オムニバスとか、リニューアルされたものとか、そういうものも含めると1,600本以上リリースされているって聞いたことがあります。撮った本数とか詳しい数字はわからないです。1日に6本撮った日もあったりしたので。それを8年やっていますからね。もちろん1回で全部撮るわけではないし、フェラの日だけもあるんですけど。 ──マラソンとAVでは使う筋肉も随分違うのでは? 大槻 全く違いましたね。これまでと違うところが筋肉痛になるんです。これで実際、坂道とか走ったらどうなるんだろうって。 ──そうして実際、フルマラソンを走ってみて、どんな感想を持ちましたか? 大槻 路上じゃなくて歩道を走ったんですけど、10キロくらいは大丈夫でした。KMPの方たちも一緒に走ってくれたので心強くて、10キロまでは走っていても笑顔でした。でも、10キロを過ぎたあたりからは体の節々が徐々に痛くなって、スポーツブラのところが痛くなったり、筋肉痛が出たり、お腹もすいたりで、悪条件が重なって結構心が折れそうになりました(笑)。でも、そういうときにCASで見てくれていたファンの方が、「差し入れ持ってきたよ、一緒に走るよ」って現れて、前を走ってくださったり、本当にわたしが辛いときに、次々に天使が現れて……。思った以上にいろんな方が協力してくれたんです。メーカーの垣根を越えて他メーカーの方々や、お友達のエロ漫画家の方々も(笑)。みんな、応援に来てくれて、わたしの走る力につながりました。路上で倒れ込んだときに「ひびやん!」って声をかけられて、「この人たちのために走ろう!」って頑張れたんです。みなさんとの絆を再確認できた撮影になりました。 ──完走もしたんですよね。 大槻 しました! 最後、涙も出ました。いろんな人に無理って言われていたし、ここを完走しないと自分が変われないとも思っていたので、「やった、ゴール!」ってなったときは、泣いてしまって……。騎上位のことはすっかり忘れていました(笑)。そこがメインなのに! 泣いているところに監督が来て、「はい、じゃあ、騎上位行くよ」って。キャンピングカーが用意されていたので、そのキャンピングカーに光の速さで押し込まれ(笑)、そのままホテルで「は~れ~」って(笑)。 ──そんな状態で騎上位できたんですか? 大槻 できました! でも、詳しいことはDVDを見てのお楽しみです。
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――女優人生で一番過酷な撮影だったでしょう。 大槻 でもやってよかったですよ。フルマラソンは特に。完走できなかったら悔しい思いがあったかもしれないですけど。 ──マラソン直後のエッチってちなみにどんな気分だったんですか? 大槻 ランナーズハイってこういうことだなと思いました(笑)。走っている時からハイテンション。完走したあとは世界中の人を抱きしめたい気分になって、そこから連れ去られて、やっぱりハイテンション(笑)。 ──Mですね、大槻さん(笑)。 大槻 そうかもしれないです! 普段から辛い時は自分に「Mごっこだ」と言い聞かせてやっていたりするんです。逆境が大きければ大きいほど、負けず嫌いが出る感じの性格なので。 ──騎上位の相手は、もちろんプロの男優さんだったんですよね。 大槻 いつも一緒にやっている男優さんです。彼らもスタートからバイクでついてきてくれていたんです。給水ポイントで水を渡してくれたり。その男優さんにも感謝です。わたしがスムーズに騎上位ができるように、高めて待ってくださっていたんです。わたしが完走してお風呂に入るときも運んでくれたりだとか。仕事外の部分でも、いろいろ支えてくれました。 ──この作品ですが、「AV OPEN」に出すと聞きました。 大槻 そうです。こういう作品ですから、出すからにはもちろん1番目指そうって思っています。 ──ああいう場は誰かと比べられてしまう世界。参加するのがつらくなったりしませんか? 大槻 大丈夫です。負けないぞっていうより、自分らしさを大切にしたい、そんなふうに考えるようになってきたんです。以前は誰かみたいになりたいと考えていたりもしましたけど、今は「ひびやんだったらこうだよね」って言われるようなプレイを目指そうって。変化があったんです。自分の中で。 ──以前は比較されるのが辛かった? 大槻 辛かったです。デビューして最初の1、2年は、とにかくいろんな人と比べられて……例えば同期の女の子だったりとか……。自分の中の葛藤も大きかった時期でしたね。あの子のほうがかわいいとか、頑張っているとか、そういうちょっとしたことが耳に入るだけで泣いてしまったり……。わたし、潮吹きを習得したのも、そういうことがあってなんです。ライバルと言われている人たちに何かをして勝ちたいって。ただ、ライバル視していた人たちは仲間でもあり、友達でもあったりしたので、すごく助けてもらった部分もたくさんありました。その子たちと悩みを共有したりして励ましあうことも。わたしと同期の企画単体の子たちとの絆はすごく強いですよ。ともちん(友田彩也香)とかもそう。比べられつつも一緒に頑張ってきた仲間です。潮吹きに関しては、わたしだったらもっと飛距離を出せるかなって。言葉攻めもわたしらしい言葉攻めを追求したり(笑)。
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──大槻さんといえば演技力も大きな武器ですよね。ドラマものに出演されているとき感心することがあります。 大槻 お芝居もすごく好きなんです。最近だとサスペンスドラマとか映画を観て練習したりもします。 ──いろいろとジャンルがある中で、大槻さんの好きなジャンルってなんですか? 大槻 最近はまっているのはドキュメンタリー系。台本がないものって、自分次第で作品の良し悪しが決まる気がして。そういうものにはどんどん挑戦したいなって。この作品もそうです。自分がどう転がるかで作品が決まってくる。一番リアリティーが出るジャンルだと思うんです。 ──8年やると女優としての成長もすごく大きいのでは? 大槻 不思議なのは8年目の今になったほうが恥じらいの部分が大きくなったところです。デビューのときのほうが、パンチラも気にしないところがあったのに。ブラ紐でも興奮する人がいるんだとか、フェチな世界、いろんなことを知ってくると、全身が羞恥な部分に見えてきて……。最近は電車とかでもわたし、ブラ紐が出ていないかなって気にするようになりました(笑)。 ──このマラソンでエッチもそうですが、1,600本以上の出演の中で一通りのことは経験できたのでは 大槻 そうかもしれないです。でも、それで満足したくはないんです。わたし、バンジーとか、飛び降りる以外のことなら挑戦してみたいなって思っているんです。バンジーだけは1億円もらっても無理ですけど(笑)。童貞が好きなので、童貞さんを一杯募って、みんなの最初の女になるとか、そういうことはやったことがないのでやってみたいです。あとはお見合いをしてみたいです。いつかわたしが引退するときは、引退作はお見合いものにしようって決めているんです。わたしと引退後も付き合ってくださるような心の広い方を募って(笑)、体の相性も大切なので、ちょっと試してみて……みたいのをやってみたいなって。
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──なるほど。それでは最後に作品のPRを。 大槻 この作品はAV史上初の試みで、いろんな方を巻き込んで撮影をしました。AVに興味がない方でも楽しんでもらえる作品になっていると思います。笑いあり涙ありで、飽きずに見てもらえると思います。実際にわたしはマラソンを見るのも走るのも苦手。それがマラソンの素晴らしさに気付き、涙も流し、最後にはマラソンが大好きになっていました。映画を1本見るような気持ちで、ぜひ見てほしいです。マラソンに関しては他の女優さんたちにもぜひおすすめしていきたいって思います。42.195kmを走る間に、自分の知らなかった自分や、自分の知らなかったような感情とたくさん出会うことができます。この作品を見てそういった部分もチェックしてみてください! (取材・文=名鹿祥史) 大槻ひびき×KMPフルマラソン企画特設ページ https://www.km-produce.com/yanhibi-run/

嵐・二宮和也、伊藤綾子と佐々木希ブログが一致? ソファ・テーブル画像は“交際の証拠”か

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ロンブー・淳の嫁以上のタマに捕まったネ!

 7月7日発売の「女性セブン」(小学館)に、フリーアナウンサー・伊藤綾子と真剣交際していると報じられた嵐・二宮和也。伊藤は所属事務所の有料会員制ブログで、嵐や二宮を連想させるような内容をつづっていたことが波紋を呼んだが、今度は二宮の“元カノ”とされる佐々木希と伊藤のブログに共通点が発覚したと、ファンの間で騒がれているという。

 同誌によれば、2014年5月放送の『VS嵐』(フジテレビ系)で共演後、連絡先を交換したという二宮&伊藤。昨年夏頃から、主に伊藤が二宮の部屋を訪れるなど“自宅デート”を続けていたそうだが、伊藤のブログに嵐グッズのクッションやCDが写り込んだ写真が掲載されていたことが判明し、ファンは大きな衝撃に包まれた。

覚せい剤逮捕の高知東生がマンション物色?「玄関からリビングまで一直線じゃない部屋を……」

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 覚せい剤取締法違反などの容疑で元俳優の高知東生と愛人の元タレント・五十川敦子が逮捕された事件で、厚労省の麻薬取締部は2人の周辺人脈にも薬物使用者がいると見て、携帯電話の通話記録などを捜査しているという。  2人が現行犯逮捕されたのは横浜市内のラブホテルだったが、事件を追っている朝刊紙記者によると、「高知が昨年の秋ごろから、マンションを探していたという話をキャッチした」という。 「恐らく、ドラッグを一緒に楽しむための隠れ家みたいな感じだったのでは。ただ、不動産関係者によると、大物女優と結婚してエステ事業などを展開している実業家のわりに、予算は低めだったとか」(同)  高知は一説には、妻の高島礼子から財布のヒモを締めつけられていたという。今年5月、同じく横浜市内にエステサロン「エスクラ」をオープンしていたのだが、ある芸能関係者は「高知が知人に、嫁があまり事業資金を出してくれないとボヤいていた」そうだ。 「大金を渡すと、高知が飲み代などで散財してしまうことを高島はよく知っていて、事業を始めるに当たって、無駄に大きな金を渡さないようにしていたそうです」(同)  実際、高知は同エリアの複数の高級クラブの常連客だった。ホステスだった五十川ともそのうちのひとつで知り合っており、高島が高知の夜遊びに感づいていた可能性はあった。 「それこそ、エステ事業も嫁から金を引っ張る口実で、実際には本気で儲けようとしていなかったという話もある」と芸能関係者。  確かに、高知が代表取締役社長を務める株式会社ティービージェー、理事長を務める社団法人日本トータルビューティー協会のいずれも、逮捕直後に公式サイトを閉鎖した。きちんと活動実態があれば、代表が逮捕されたとしても業務自体が急にストップするようなことはないと思われ、高知は芸能界引退の理由としていた義父の介護どころか、商売のほうも付け焼き刃でやっていた疑いがある。  妻の高島は涙の記者会見で、夫との関係を「同志のように、親友のような気持ちでいたので、どちらかというと仲が良いと思っていた」と説明していたが、これは裏を返せば“愛し合う男女”ではなくなっていたということ。それだけに、夫がどこかで浮気していてもおかしくないと自覚していた印象があり、夫に好き勝手させないように金銭面の縛りをきつくしていた可能性はある。 「結婚当初は高島が『連絡がつかないことがあったら、夫にペナルティで罰金』など、ほほえましいエピソードを語っていましたが、結婚18年でそれはもっと強いプレッシャーになっていったのでは」と前出芸能関係者。  気になるのは、高知が探していたタイプのマンションが、玄関からリビングまで廊下が一直線ではないというのが条件だったということだ。 「もしや、いざ警察などに踏み込まれたときに、何かを隠すとか少々の時間稼ぎができることを想定してのもの、というわけではないでしょうが……」(同)  結局、マンションはあきらめ、ラブホテルで逢瀬を重ねていたのも、一定の場所にいないほうが捕まりにくいという薬物犯罪者のセオリーに沿ったものだったかもしれない……。 (文=ハイセーヤスダ/NEWSIDER Tokyo)

覚せい剤逮捕の高知東生がマンション物色?「玄関からリビングまで一直線じゃない部屋を……」

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 覚せい剤取締法違反などの容疑で元俳優の高知東生と愛人の元タレント・五十川敦子が逮捕された事件で、厚労省の麻薬取締部は2人の周辺人脈にも薬物使用者がいると見て、携帯電話の通話記録などを捜査しているという。  2人が現行犯逮捕されたのは横浜市内のラブホテルだったが、事件を追っている朝刊紙記者によると、「高知が昨年の秋ごろから、マンションを探していたという話をキャッチした」という。 「恐らく、ドラッグを一緒に楽しむための隠れ家みたいな感じだったのでは。ただ、不動産関係者によると、大物女優と結婚してエステ事業などを展開している実業家のわりに、予算は低めだったとか」(同)  高知は一説には、妻の高島礼子から財布のヒモを締めつけられていたという。今年5月、同じく横浜市内にエステサロン「エスクラ」をオープンしていたのだが、ある芸能関係者は「高知が知人に、嫁があまり事業資金を出してくれないとボヤいていた」そうだ。 「大金を渡すと、高知が飲み代などで散財してしまうことを高島はよく知っていて、事業を始めるに当たって、無駄に大きな金を渡さないようにしていたそうです」(同)  実際、高知は同エリアの複数の高級クラブの常連客だった。ホステスだった五十川ともそのうちのひとつで知り合っており、高島が高知の夜遊びに感づいていた可能性はあった。 「それこそ、エステ事業も嫁から金を引っ張る口実で、実際には本気で儲けようとしていなかったという話もある」と芸能関係者。  確かに、高知が代表取締役社長を務める株式会社ティービージェー、理事長を務める社団法人日本トータルビューティー協会のいずれも、逮捕直後に公式サイトを閉鎖した。きちんと活動実態があれば、代表が逮捕されたとしても業務自体が急にストップするようなことはないと思われ、高知は芸能界引退の理由としていた義父の介護どころか、商売のほうも付け焼き刃でやっていた疑いがある。  妻の高島は涙の記者会見で、夫との関係を「同志のように、親友のような気持ちでいたので、どちらかというと仲が良いと思っていた」と説明していたが、これは裏を返せば“愛し合う男女”ではなくなっていたということ。それだけに、夫がどこかで浮気していてもおかしくないと自覚していた印象があり、夫に好き勝手させないように金銭面の縛りをきつくしていた可能性はある。 「結婚当初は高島が『連絡がつかないことがあったら、夫にペナルティで罰金』など、ほほえましいエピソードを語っていましたが、結婚18年でそれはもっと強いプレッシャーになっていったのでは」と前出芸能関係者。  気になるのは、高知が探していたタイプのマンションが、玄関からリビングまで廊下が一直線ではないというのが条件だったということだ。 「もしや、いざ警察などに踏み込まれたときに、何かを隠すとか少々の時間稼ぎができることを想定してのもの、というわけではないでしょうが……」(同)  結局、マンションはあきらめ、ラブホテルで逢瀬を重ねていたのも、一定の場所にいないほうが捕まりにくいという薬物犯罪者のセオリーに沿ったものだったかもしれない……。 (文=ハイセーヤスダ/NEWSIDER Tokyo)

永六輔が自民の改憲草案を「ちゃんちゃらおかしい」と痛烈批判していた!“総理が改憲と言い出すのは憲法違反”とも

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TBSラジオ「六輔七転八倒九十分」番組サイトより
 永六輔氏が、先週の7月7日に逝去していたことが、きのう明らかになった。永といえば「上を向いて歩こう」「見上げてごらん夜の星を」「こんにちは赤ちゃん」の作詞など、戦後を代表するタレント、作詞家だが、戦争そして憲法について繰り返し語ってきたことでも知られる。  周知の通り、先日行われた参院選の結果、改憲勢力が3分の2議席を獲得した。それを受けて安倍首相は改憲について「今回の選挙の争点は改憲ではない」「今後、与野党で議論しながら慎重に進めていく」と語っているが、昨年の安保法制の時の国会運営を思い出してもわかる通り、議論すらまともに行わないまま数の暴力で強行に進めていくとみて間違いないだろう。  権力者によって憲法が蹂躙されようとしているいまだからこそ、あらためて永氏の憲法そして反戦への思いをあらためて振り返りたい。 「本来、一般市民は憲法なんて気にしなくてもいい、それが平和な世の中というものですよ。市民が『改憲ハンタ〜イ』なんてデモするのは、けっして平和な状況ではない。憲法はあくまで国の舵取りをする政治家や役人、つまり為政者を縛るための法律なんであって、国民は憲法に縁がなくても、幸せならそれでいいんですよ」(「現代」06年6月号/講談社)  市民が「改憲反対」なんてデモをしなくてはいけないような状況になること自体が、すでに異常事態である、と。まさに現在の状況を予見するような重要な指摘を、永は10年も前に語っていたのである。  憲法は為政者を縛るためのもの。昨年夏の安保法強行採決や今回の騙し討ち選挙によって破壊された立憲主義について、永はさらにこんな指摘もしている。それは、「9条を守る」ことは「99条を守ることだ」というものだ。 「憲法議論でいうとね。第9条ばかりに目がいきがちだけど、条文の最後のほうの第99条には、憲法をまとめるように、『天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ』とあるんですよ。この大事な99条にまで議論が及ばない」(「現代」05年8月号)  しかし、現在自民党が出している改憲草案では、この条文に「全て国民は、この憲法を尊重しなければならない」という文章が加えられ、本来為政者を縛るためにあるはずの憲法が国民を縛るものに変わっている。これは「憲法」の根幹を揺るがすような変化なのだが、選挙前にこの事実を伝えるマスコミはほとんどなかった。 「(99条は)憲法を変えてはいけないという条文です。天皇陛下といえども変えられない。それなのに国会議員が変えると言い出すのはおかしいでしょう」 「国民に義務を課すなんてちゃんちゃらおかしいですよ。憲法は国民を守るためのルール。それなのに99条を変えると言い出すなんて、政治家が憲法を勉強してこなかった証しです」(毎日新聞13年5月23日付夕刊)  自民党の改憲草案を「ちゃんちゃらおかしい」と批判。そもそも総理大臣や国会議員が憲法を変えると言い出すこと自体、憲法違反だとまで語っているのだ。  ただ、永氏は憲法を改正すること自体に反対とは言っていない。しかし、それは、日本を確実に戦争ができる国に変え、国民を縛る監視国家にしようとする自民党の考える改正とはまったく違う発想のものである。 「ぼくが前から言っているのは、9条だけを日本国憲法にすべきだということ。ほかは全部、他の法律に入れちゃえばいい」(『この国が好き』所収の鼎談より/文・鎌田實、絵・木内達朗、マガジンハウス)  永氏の考える日本国憲法は、たった一行だけ。「二度と飢えた子供の顔は見たくない」。これだけである。 「僕は憲法はこれでいいと思うんです。条文を書き連ねるんじゃなくて、この言葉の中に全部盛り込まれていると思う。戦争の問題、貧困の問題、教育・福祉の問題。僕は戦争が終わって、最初に選挙する時、興奮したし感動もしました。その感情がいまは無くなってしまった。だからもう一度元に戻して、『二度と飢えた子供の顔は見たくない』という、たった一行、世界でいちばん短い憲法にしたらどうかと思うんです」(「創」13年9・10月号/創出版)  永氏が「二度と飢えた子供の顔は見たくない」という一行を生み出した理由。それはもちろん、1933年生まれの彼自身が戦争を体験した世代だからだ。  永氏はこれまで、事あるごとに自分の戦争体験を語ってきた。それは、「中年御三家」の盟友であった小沢昭一や野坂昭如と変わらないし、他の戦争を体験した人々とも同様である。ただ、その戦争体験の「伝え方」に関し、永氏には反省があるようだ。  戦争を体験した世代の人々が先の戦争を語る際、強調されるのは当然のことながら家族や友人の死など、悲惨な出来事ばかりである。ただ、幸運にも戦争中そのような悲しい憂き目にはあわなかった人もいるし、また、終戦時にはまだまだ子どもで戦争の実態がいまいち分かっていなかったという世代もいる。  終戦時、国民学校の6年生だった永氏は、戦争体験について聞かれた際、「僕は戦争が面白かった」と答えている。東京大空襲の時も疎開先の長野から真っ赤に見えた東京の空を見て、「まるで夕焼けみたいに綺麗だった」とも感想を述べた。戦争体験としてはあまりに異質な感想だが、それが、終戦時12歳だった子どもの“実体験からの感想”だったのだ。 「子どもからすれば、自分の家さえ燃えなければ、火事というのは面白い。空襲もそんなものにすぎなかった。  親子関係だって、別れていくのが当たり前。  毎日、近所のお兄さんが出征していき、かわりに遺骨が帰ってくる。『だれそれが亡くなった、こんどは誰ん家が焼けた』、とそれが日常でした。  僕がもう少し大人だったのなら、戦争のすさまじさが分かったのだと思います。  三つ年上の野坂昭如さんは、軍需工場で働いているから、戦火を逃げ回った経験をお持ちです。小沢昭一さんは、飛行機に乗って突っ込んでいく準備をしているわけです。  でも僕は子供だったからそんな経験もない。だから戦争は面白かった。 (略)  大人になってから気が付きました。 『戦争が面白い』  そんな風に思っている子供がいたなんて、そんな子供時代をすごしていたなんて、なんと怖いことだろうと」(「小説宝石」05年8月号/光文社)  戦争がどれだけたくさんの悲しみを生み、そして自分の命すら脅かしてしまうものなのかを理解できぬまま軍国教育を受け続けると、このような感想を抱く子どもが生まれてしまう。永氏は実体験からその恐ろしさを伝えようとしているのである。  戦後の平和な時代になり、このような率直な感想を語る人は少ないが、これもまた、戦争の恐ろしさを十二分に伝える逸話である。だからこそ、戦争を体験した世代は、自分たちが本当に感じた「戦争」を後の世代に語り継いでいかなくてはならなかった。永氏はそのように感じていたようだ。 「体験といっても、ぼくらのような学童疎開した世代と、実際に戦争に行った人では『戦争』の意味が違うし、同じ昭和ひとケタでも、小沢昭一さんと野坂昭如さんと、そしてぼくの『戦中』『戦後』はまったく違う。(略)疎開世代でいえば、小沢さんも野坂さんも、ぼくもそれぞれ違う。それを「昭和ひとケタ」でくくってしまうところが釈然としないだけで。戦争体験といっても、ほんとに撃ったり、撃たれたり、戦地での経験を持っている人と、戦地へ行く手前の少年兵だった小沢昭一さんたちと、動員されて軍需工場で働いていた野坂昭如さんと、ぼくらみたいに、ただ疎開したというのが一緒になっているから、話はズレます」(前出「現代」05年8月号)  小沢昭一氏は2012年に亡くなり、野坂昭如氏も昨年12月に亡くなってしまった。「中年御三家」最後の一人だった永六輔氏も、もうこの世にはいない。戦争体験を語り継いでくれる人も年々減り続け、現在の日本は「戦争の本当の恐ろしさ」を理解している世代が次々と鬼籍に入りつつある。  日本国内から「戦争」への忌避感が急速に失われつつある。そして、70年ものあいだ、日本を戦争から守ってきた憲法が破壊されようとしている。いまいちど、永六輔氏の残してくれた言葉を肝に銘じておきたい。 (新田 樹)