
既婚者を悶絶させる官能サスペンス『ノック・ノック』。据え膳を美味しくいただいたキアヌ・リーブスはこの後、地獄の責苦を味わうはめに。
どんな男も簡単に墜ちてしまう魔法の言葉がある。密室空間で若い女性が甘く囁く「ここだけの秘密よ」というひと言だ。相手が秘密を守る確約はまるでないのに、男はあっさりとズボンとパンツを下ろしてしまう。男はどうしようもなく秘密という言葉に弱く、そして女はそんな秘密は守ろうとしない。かくして快楽と背中合わせの惨劇が訪れ、平和な家庭は次々と崩壊していく。キアヌ・リーブス主演のエロチックサスペンス『ノック・ノック』は、男なら誰もが隠し持っている潜在的欲望の扉をいとも簡単に開けてしまう。男が夢見る極上のファンタジーであり、同時に背筋が凍る現実味たっぷりなホラーでもある。
悪魔は天使のコスプレ姿で現われる。建築家のエヴァン(キアヌ・リーブス)は芸術家の妻・カレン(イグナシア・アラマンド)との間に2人の子どもに恵まれ、良き父・良き夫として平和に暮らしていた。妻と子どもたちがバカンスに出掛け、エヴァンは自宅での仕事を片付けてから合流する予定だった。そんな夜、玄関のドアをノックする音が聞こえてくる。ドアを開けると、そこに立っていたのは若い女性2人組。外はどしゃ降りで、2人は全身ぐっしょりズブ濡れ。シャツの下のブラジャーまで透けて見える。訪問販売や宗教の勧誘ではなさそうだ。「道に迷ってしまって」という2人を、エヴァンは親切に自宅に招き入れ、タオルを手渡す。金髪のベル(アナ・デ・アルマス)はロリータ好きには堪らないタイプ。もうひとりのジェネシス(ロレンツァ・イッツォ)は黒髪がとてもセクシーだ。タクシーを呼び、乾燥機で2人の洋服を乾かしている間、エヴァンはバスローブを羽織った美女2人から「全然オジサンに見えない」と言われてまんざらでもない。「ひとりぼっちで仕事していたの? 私たちが慰めてあげる」「男が望むものは何でもしてあげる主義よ」と言いながら、やたらボディタッチしてくる。
ここまでは大人の男の余裕を見せ、笑ってやり過ごしていたエヴァン。タクシーが到着したようなので、乾燥機の洋服を取り出しに行くと、2人の姿が見当たらない。美女たちは図々しくも浴室でシャワーを浴びていた。それでもエヴァンは紳士然として「ここに洋服を置くよ」と浴室のドアを開けると、もうそこは天国経由地獄行き深夜超特急の乗車口だった。生まれたままの姿のベルとジェネシスが妖しく微笑み、軟体動物のようにエヴァンに絡み付いてくる。「やめろ。俺は妻帯者なんだ」と抗っていたエヴァンだが、天使の姿をした悪魔はくだんの台詞を囁く。「私たちだけの秘密にするから」と。この魔法の言葉の効果はてきめん。『マトリックス』(99)や『ジョン・ウィック』(14)で無敵のヒーローを演じたキアヌ・リーブスは、全裸美女たちの肉弾攻撃にあっさり陥落してしまう。複雑に交じり合う3人の男女。洗練させたインテリアに彩られていたエヴァン宅は、たちまち罪深き肉欲パラダイスと化していく。

金髪の甘えっ子キャラのベル(アナ・デ・アルマス)とセクシー系のジェネシス(ロレンツァ・イッツォ)。お嬢さん、ブラが透けてるよ!
「たまには思いっきりハメを外してみたい」「若い女の子とエッチしてみたい」「一度くらい3Pを経験してみたい」。性欲過多な男ではなく、一般男性が隠し持つ潜在的欲望を、本作を撮ったイーライ・ロス監督は映画の中で代わりに叶えてみせる。だが、一般男性がそれらの願望を潜在意識の中に閉じ込めているのには理由がある。欲望を解き放った後に、何が待っているかが分かっているからだ。イーライ・ロス作品といえば、世間知らずのバックパッカーたちが旅先で甘い罠に掛かり、拷問責めに遭う『ホステル』(05)、環境保護を訴える大学生たちが密林に迷い込み、食人族に生け捕りにされてしまう『グリーン・インフェルノ』(15)と捕食者と被食者の関係を度々テーマにしてきた。本作はクリント・イーストウッドの元愛人として有名なソンドラ・ロック(今回、製作者としてクレジットされている!)が主演したB級サスペンス『メイクアップ 狂気の3P』(79)を現代的にリメイクしたもの。若い女性の誘惑から逃れられない男の悲喜劇を、ロス監督はとても楽しげに描いている。ちなみにジェネシス役を演じたロレンツァ・イッツォは『グリーン・インフェルノ』では清純な女子大生役で主演しており、ロス監督の新妻でもある。自分の愛妻を使って、男の哀しい性をあぶり出すあたり、ロス監督特有の倒錯ぶりを感じさせる。
美女たちとのめくるめく3P体験を済ませた翌朝、エヴァンはかつてなくすっきりと目覚め……とはいかない。ベルとジェネシスはキッチンで勝手に朝食を貪っていた。いつまで経っても家を出ようとせず、あろうことか妻カレンの芸術品にイタズラ描きまでしてしまう。天使のコスプレをしていた悪魔たちがその本性を見せ始めたのだ。エヴァンが「早く出ていけ!」と命じても、まるで動じない。しかも、「あんた、未成年者に手を出したんだよ。警察を呼んだら、あんたが刑務所行きになるよ」と脅す。エヴァンはなす術もなく、我が家を身も知らぬ赤の他人である女2人に乗っ取られてしまう。
かわいい顔をした悪魔、ジェネシスとベルとは一体何者なのだろうか。偶然、エヴァンの家を訪ねたのではなく、過去に何件もこの手の“セルフ美人局”を重ねているらしく、周到にリサーチした上でエヴァン宅を狙ったことが後に分かってくる。2人の過去が語られることはないが、幼い頃から家庭内で虐待され、大人の男や家庭そのものに対して憎しみを抱いていることがうかがえる。似たような境遇同士のジェネシスとベルは幸せそうな家庭を見つけては一軒一軒潰して回り、自分たちのトラウマを晴らそうとしている。家族に恵まれ、何ひとつ不満のない生活を送っていたエヴァンは、彼女たちの標的リストの中でとっておきの候補だったに違いない。

3人で楽しく遊んだ後には、さらに刺激的なお仕置きプレイが待っていた。火遊びのフルコースで、もうお腹いっぱいです……(泣)。
ファザコンのベルはエヴァンを相手に疑似近親相姦プレイを求め、ジェネシスはサディスティックにエヴァンを責め立てて興奮する。だが、そんな倒錯した性的嗜好以上に、2人はもっとややこしい神経回路の持ち主でもある。どんなに紳士づらした男も、ハニートラップに簡単にハマってしまうことを熟知しており、そんな男の人生と家庭を叩き壊してしまうことをゲーム感覚で楽しんでいる。でも、その一方で自分たちの罠に引っ掛からず、家庭をいちばん大事にする男に出会うことを願っている。幸せそうな家庭を潰して回る復讐鬼でありながら、いつか本当の“良き父”に出会い、自分たちが救済される日が来ることを待ち望んでいる。あまりにも自己矛盾した存在なのだ。そんな2人のために、オリジナル作『メイクアップ』とは異なるラストをロス監督は用意している。
天使の顔をした悪魔は、悪魔的な魅力を持った天使でもあった。ジェネシスとベルは、罪深き人間どもを審判するために地上へ送られてきた神の遣いなのかもしれない。天使のような笑顔を浮かべた美女たちが心のドアをノックしてきたら、あなたならどうする?
(文=長野辰次)

『ノック・ノック』
製作/イーライ・ロス、キアヌ・リーブス、ニコラス・ロペス、コリーン・キャンプ、ソンドラ・ロック
監督・脚本/イーライ・ロス
出演/キアヌ・リーブス、ロレンツァ・イッツォ、アナ・デ・アルマス、アーロン・バーンズ、イグナシア・アラマンド、ダン・ベイリー、ミーガン・ベイリー、コリーン・キャンプ、オットー
配給/東京テアトル R15 6月11日(土)よりヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国ロードショー
(c)2014 Camp Grey Productions LLC
http://knockknock-movie.jp

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