「ドS彼氏」は人間じゃない!? 何者でもないオンナノコの成長物語『GIRLS』

◎「男って本当に変な生き物!」

現在、日本の少女マンガや恋愛映画では「ドS彼氏」が人気なのだと言う。平凡で気弱なヒロインをいじめたり貶める言動をする美形の相手役が魅力的な男性として登場し、単なるモラハラとしかとれない言動を「好意を素直に見せられない不器用さ」として解釈しているようだ。ヒロインを「自分のモノ」だと言い切り、傲岸不遜に相手をふりまわす男になぜ少女たちは惹かれるのだろうか。

ゼロ年代に大ヒットした海外ドラマ『SEX AND THE CITY』(以下、『SATC』)は「何者かである」女性たちの物語だった。署名記事を新聞に連載しているコラムニストやハーバード・ロースクール出身の弁護士である彼女たちは住宅事情の悪いNYで広々としたアパートメントにひとり暮らしし、ハイブランドの服を日常着とする生活を実現している。そんな「生まれながらに(なぜって私たち視聴者は彼女たちがそれを獲得した過程を全く目にしていないのだから!)」多くを持った彼女たちを唯一悩ませるものは恋愛であり、ドラマの起伏を形作るのもそういった男たちとのあれこれである。

シリーズ開始時など、このドラマは、ボーイフレンドカタログと言わんがばかりに毎回毎回キャリーやその友人たちが様々な職業、個性の男性たちとデートしていた。そして初めは魅力たっぷりに見えても30分のドラマの終わりには彼らの本性を暴くオチが必ずついてその短い恋は終わる、いわば恋愛ショートショートといった体をとっていた。そう、この『SATC』に登場する女性はみな「何者かである」のに対して、男性たちはその内面がまるで見えない「他者」であるのだ。恋愛における数々の奇行を披露する彼らがなぜそんな男になったかにこのドラマはまるで興味を持っておらず、それはヒロインたちも同様だった。男がそれまでひた隠しにしていた秘密を知ったとたんドン引きしてサヨウナラだ。男って本当に変な生き物!

それは交際相手も同じである。このドラマにおける「いい男」の象徴、Mr.ビッグはまさに“内面の見えない男”で、むしろそれこそが男性的魅力であると描かれている。彼はパリに転勤になることもキャリーに相談せず、距離をおいたたった数カ月の間に出会ったばかりの他の女性と結婚してしまう。キャリーは振り回されながらも、心を開いて付き合ってくれる素朴な男エイダンでなく結局Mr.ビッグを選ぶ。なぜならこのドラマではそれこそが“男”だからだ。考えてみると、キャリーに冷たい仕打ちを繰り返すこのMr.ビッグこそが、「ドS彼氏」の典型であるかもしれない。冷酷さという鎧で自分の内面を見せない男に惹かれるのは少女たちに限らないのだ。

『SATC』はそれまでの男の物語で「女は怖い」「女は男とは別の生き物だ」と描かれていた女性像をそのままなぞって男を描いているにすぎない。相手の内面など分からないのだから理解し合うことなどそもそも彼女たちは求めていないのだ。むしろこちらに内面を見せてくる男は異性と思えなくなってくる。実際にドラマの中でも「ソウルメイトは女友だちなのだ、男はその時々の楽しみにすぎない」とのセリフが言われる。だからこそその相手の愛情を測るのが、「照明付きのシューズラックのある巨大なウォーク・イン・クローゼット付き高級アパートメントのプレゼント」になるのだ。すでに「何者かであった」はずのヒロインが男に望むものが「惜しみなく自分に金を使ってくれること」である映画版のラストを見て私は正直落胆した。

(注:これから『GIRLS』のネタバレに入ります。気になる方は本編をご覧になってからお読みください)

◎男性を人間として描いたリナ・ダナムの『GIRLS』

『SATC』から10年が経ち、同じHBO制作の新たな女性像を描くドラマが現在米国で大ヒットしている。現在シーズン5が放送されている『GIRLS』だ。ジャド・アパトーに見出され、脚本・演出・主演の三役をこなし20代という若さで初のドラマシリーズを大成功させたリナ・ダナムはまさに「何者かである」才女だ。この作品のメインキャラクターである作家志望で頑固者のハンナ、優等生で美人のマーニー、夢見がちな女性大生ショシャンナ、奔放でアーティスト肌の美女ジェッサの4人に共通するものは、いまだ何者でもなく、何者かになれそうでなれずにもがき続けていることだ。

ハンナはe-bookで本を出す企画が持ち上がるが頓挫、GQで雇われライターになっても、著名作家の登竜門である名門アイオワ大学院の創作コースに合格しても、そのチャンスを自ら手放して、現在は公立校の非常勤講師を務めている。マーニーは勤めていた画廊をリストラされ、くすぶりながらも昔からの夢であった歌手活動を始め、色男デジとデュオを組んで評価を受けるが、彼女持ちのデジの二番手にされてしまい釈然としない日々。ショションナはNY大に通う真面目な大学生であったのが、単位を落とし留年。仕事に何を求めるかわからないまま大企業狙いの就活で苦戦中。

中でも、若い女の、自分はまだ「何者でもない」苦しみを秀逸に表現していたのはジェッサのエピソードで、これを見て私はリナ・ダナムの才能を確信したのであった。ジェッサは高等遊民を気取って世界中を旅して廻り、その美貌と猫のような不遜な態度で男たちを翻弄する。大学の美術科を中退しているため就ける職はベビーシッターくらいだ。だがジェッサはそんな自分に引け目などまるで感じてないかのように自信満々に過激でやや的外れなご高説を周囲に垂れるのである。

その彼女がベビーシッター先の母親の前では様子がおかしい。妙にシュンとしておとなしく文字通り借りてきた猫のようになる。その母親は容姿こそ地味であるが、短編映画監督の仕事で成功し夫と二児の家族を養っている、まさに「何者かである」女性だった。あたかもその反動であるかのように、ほぼ無職であるその夫に対しては、ジェッサは余裕たっぷりの態度だ。彼が女としての自分に惹かれていることをよく知っており気があるそぶりをして楽しむが、彼が中年にもなって「何者にもなれない」苦しみをいざ吐露するとみじめな彼の姿に自分を見たような気持ちになりそれを受け止められない。

ジェッサにとって耐えられないことが起こったのはその後である。ジェッサと夫の関係を知った妻が、怒りをぶつけてくる代わりに、彼女を憐れむ目で見つめ「なぜ自分がトラブルを起こすか知ってる? 本当の自分から逃げているからよ。理想的な自分じゃなかったとしても、もっと真剣に生きれば変わるわ」と語りかけるのだ。その言葉を聞くジェッサの表情はまるで深く傷ついた少女のようだった。その直後、彼女は知り合って間もない、ダサめのしかし若くしてリッチな金融ディーラーと電撃結婚する。すでに「何者かである」女が「何者かになりたい」ともがく女に「そうなれなくても人生は生きる意味があるのよ?」と教え諭すことはひどく残酷な復讐だ。その敗北感を拭い去ろうとするかのようにジェッサはてっとり早く結婚を選んだ。「何者かになる」ほど特別な人間になれないのならば、誰かの特別な存在になることが容易い逃げ道であるからだ。

これは「何者かである」女たちばかりが出てくる『SATC』では決して描けない物語である。あの世界でこの構図は、“未婚女性と既婚女性の対立”としてしか捉えられないだろう。しかしリナ・ダナムが描いた「何者でもない/何者かである」という構図は性別を超えて起こりうるものだ。そしてこれは、男性を内面を持たない「他者」にしない、女性を何を考えているかわからない「別の生き物」にしない、人間としてお互いを分かり合える構図でもある。

リナ・ダナムが描く構図が性別を乗り越え、それぞれの性を「人間」として描いている証拠として、ジェッサとは全く違うタイプでありながら、同じ苦悩を抱えている男性登場人物を紹介しよう。

20代の登場人物が多くを占める中でいまだモラトリアム続行中のカフェの雇われ店長である30代男レイという人物がいる。彼は高い知性を持ちながら、世俗的なものをけなしまくり、いつまでも人生という舞台に乗り出そうとしない。ブルックリンで芸術家たちに囲まれることで満たされた自尊心を無傷のままでとっておこうとするこの男は、それゆえかまだすれていないショシャンナにも、どっぷりセックスに浸りあったマーニーにも真につきあうに値する男としては結局選ばれないのだ。

年を取って諦めることだけは得意になったレイは平気な顔をして日常を過ごしていたが、あるとき信号配置のミスが原因で頻繁に起こる家の前の交通渋滞を町議会に訴え、それをきっかけに行政に問題を感じ、町議会議員として立候補、見事当選を果たす。現実の自分に向き合うことを恐れ何も始めようとしなかった男が、自己に「変革」を希求しとうとう地に足がついた人生の第一歩を踏み出したのだ。

レイをショシャンナの“バービー人形の恋人・ケン”としてだけでなく、内面や未確定な可能性を持つゆえに成長もする「人間」として描いたリナ・ダナムは、まさに新世代の作家である。

◎「何者かである」ことよりも価値のあること

男性を「人間」とみるからこそ生まれる成長の可能性がある。

エキセントリックで身勝手でハンナを性欲の捌け口のように扱っていたかに見えた恋人のアダムが初めて内面を見せたのは、従来の女性ドラマではあまり見られなかった切り口だった。

友人たちには周知の事実だった、アダムが長年、断酒会に通っていることを知ったハンナは「なぜ(彼女であるはずの)私に大事なことを話してくれないの」と彼を責める。するとアダムは「お前が聞かないからだ! お前、俺のことは全然興味ないだろ! お前が興味あるのは、自分が俺にとってどんな存在であるかだけだ!」という意味のセリフを吐く。この時、「女にとって男は生まれついて『他者』であるわけではない、女が男を『他者』として扱うから男は『他者』になるにすぎない」という事実をリナ・ダナムはこちらに突き付けている。男だって内面を持っている。しかしこと恋愛になると女は男を映し鏡にして自分がどれだけ愛される価値のある人間かということばかりを覗こうとする。だから相手の人間性が見えてこないのだ。

それ以降、ドラマの中のアダムの人間性はがらりと変わる。別人ではないかというくらいハンナに向き合い、自分の意見を表明し、非常識な出来事には動揺する。だがこれはアダムというキャラクターが変化したのではなく、ハンナのアダムに対する見方が変わったことを示しているにすぎない。謎だらけのよくわからない男だったのが、自分を愛しているかいないか吟味するためのフィルターを外した途端、その内面が見て通せるようになったのだ。

冒頭で、なぜ「ドS彼氏」が人気なのだろうか、と書いた。逆説的ではあるが、凡俗さや迷い、逡巡といった普通の人間としての内面を見せず、相手を支配する強さのみ見せる男に少女たちが心惹かれるのは、彼の中に被支配という形で愛されている自分をうっとりと見つめるためなのではないだろうか。自分を特別な男に愛されるに値する存在だと考えるためには男の凡庸な内面などむしろ邪魔でしかない。

『GIRLS』の4人の女の子たちは今も何者かになろうともがいている最中だ。その取り組みはお世辞にも恰好のいいものではなく傍から見ていると紆余曲折が過ぎて彼女たちが何を求めて格闘しているのかわからなくなるほどだ。でもその過程で彼女たちは少しずつ人生を学んで行っている。ハンナがアダムとの恋愛を通して男を他者にしていたのは自分自身であったことを知ったように、マーニーは見かけ倒しの男デジといることで逆に自分ひとりの足で立つ経験を積んだ。ショシャンナは元彼レイの地道な選挙活動を見て就活の対象をベンチャー企業に変え、新天地東京で生活を始める。ジェッサは皆がパニックに陥る中、アダムの姉の出産トラブルを的確に解決しそこに自分の能力を見出す。

最終的に彼女たちが「何者かになれる」かどうかはまだわからない。しかしたとえその終着点が彼女たちの心に描いていたものそのままでなくても、その過程で見るであろう様々な風景はきっと人生を生きるに値するものだ。少女たちよ、あきらめずもがくのだ。もがきながら見る風景は空虚な他人の心の中に映る自分の姿よりも広大で豊かで、その中には思ってもみなかった多くの発見があるに違いない。『GIRLS』を見ていると、その時手に入れたものは「何者かである」ことよりももっと価値ある何かなのだと思える。
(パプリカ)

SMAP・木村拓哉、熊本地震炊き出しにも「世界一カッコ悪い」の声 “裏切りの代償”は根深く……

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木村拓哉
 12日、熊本地震の被災者を支援するために石原プロモーションが行う炊き出しに、SMAPの木村拓哉、TOKIOの長瀬智也、V6の岡田准一が参加した。ジャニーズ勢による熊本地震のボランティア活動としては、同じSMAPの中居正広と香取慎吾に次ぐものだが、世間の称賛を浴びた中居らに比べ、今回の木村たちの活動はイマイチの評価なのだ。 「それも致し方ないことだと思いますよ。中居はいち早く、お忍びで熊本入りして、多忙の合間をぬってすでに3度も熊本を訪れています。完全にプライベートで、文字通りの“ボランティア”です。一方、石原プロに帯同する形を取った木村たちですが、これはジャニーズ事務所と石原プロとの話し合いがあって初めて成立するもの。つまり、木村たちは所属事務所のお膳立てで動いているにすぎない。世間にもそうした裏事情が透けて見えるので、評価が芳しくないのでしょう」(スポーツ紙記者)  実際、ネット上でも、「自分の意志で動いた中居と香取かっこいい。自分の意志で動けない人は世界で一番カッコ悪い」「メリーに段取りしてもらったんだろw」「中居はコソコソ。木村はアピール」「マスコミ連れて石原軍団に便乗とか木村どんだけクソなんだよw」といった声が絶えない。 では、なぜ今になって、ジャニーズ事務所は木村たちを熊本に送り込んだのか? 「もちろん、それは中居たちの美談に対抗するためでしょう。事務所にとっては、中居が許可を取らずにボランティア活動を行ったこと自体許しがたいし、一度は反旗を翻した中居が世間の称賛を浴びていることも面白くない。ジャニーズ事務所は、テレビで中居のボランティア活動を報じさせなかったぐらいですからね。そして、ダメ押しとして、木村だけでなく、長瀬と岡田という他のグループのエース級まで投入して、ジャニーズのボランティア活動をアピールしたわけです。しかし、事務所による“演出感”が拭い切れず、結局は逆効果に終わりました。これまでのようにファン相手のビジネスならば、こうした見え見えの演出も通用したのでしょうが、SMAPの解散騒動以来、ファン以外の世間の厳しい視線にさらされていることに、ジャニーズ事務所が気づいていない」(同)  木村としても、被災した人たちを勇気づけたいという気持ちにウソはないだろう。しかし、いまや何をしてもネガティブなイメージで捉えられてしまう。自己保身のためにメンバーの中で独り、育ての親である飯島三智マネジャーではなく、事務所側についた木村だが、“裏切りの代償”は高くついたということか。

『ヒルナンデス!』にジャニーズWEST小瀧望が生出演! 6月14日(火)ジャニーズ出演情報

――翌日にジャニーズアイドルが出演予定の番組情報をお届けします。見逃さないように、録画予約をお忘れなく!

※一部を除き、首都圏の放送情報を元に構成しています。
※番組編成、及び放送日時は変更になることがあります。最新情報は番組公式サイト等をご確認ください。

●SMAP

23:15~24:15 『中居正広のミになる図書館』(テレビ朝日系) 中居正広


●TOKIO

8:00~ 9:55 『白熱ライブビビット』(TBS系) 国分太一
11:25~11:30 『国分太一のおさんぽジャパン』(フジテレビ系) 国分太一
18:55~19:25 『Rの法則』(NHK Eテレ) 山口達也
22:00~23:00 『幸せ!ボンビーガール』(日本テレビ系)山口達也

フジが松嶋菜々子復帰作に“演技力ゼロ”のDAIGOをキャスティング「棒読みで足引っ張りそう」の声

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Being「KSK(初回限定盤)」
 松嶋菜々子が主演を務める7月スタートの連続ドラマ『営業部長 吉良奈津子』(フジテレビ系/木曜22時~)に、ミュージシャンでタレントのDAIGOが出演することがわかった。  DAIGOが演じるのは、主人公が働く広告代理店のやり手営業マン。主人公が配属された営業開発部の中でも異彩を放っており、ほかの部員と必要以上につるまないクールな役柄だという。DAIGOは、「松嶋菜々子さんとドラマで共演できるなんてYYD!(夢の・よう・です!) フジテレビのドラマは初めてなので、キラっと輝くお芝居が出来るよう頑張ります!」 とコメントを寄せている。  連ドラのレギュラー出演は、2009年放送の『ラブシャッフル』(TBS系)、今年1月クールの『ヒガンバナ~警視庁捜査七課~』(日本テレビ系)に続き3作目となるDAIGOだが、ネット上では「松嶋菜々子の足を引っ張りそう」「DAIGOは俳優は向いてないよ……」「CMのたった一言も、棒読みなのに……」など、演技力を不安視する声が相次いでいる。 「DAIGOは、『ヒガンバナ』で堀北真希演じる主人公に付きまとうフリージャーナリスト役を演じましたが、演技力のなさが浮き彫りに。彼の登場シーンだけコントのようで、明らかに共演者の足を引っ張っていた。今回の営業マン役も、『ヒガンバナ』同様にクールな役柄ということで、不安が過ぎります」(テレビ誌ライター)  そうはいっても、“好感度タレント”として現在、CMに引っ張りだこのDAIGO。さらに、4月に女優の北川景子と結婚して以降、初の連ドラ出演とあって、視聴率に貢献しそうなものだが……。 「キャスティング先行のドラマ作りが、ことごとく失敗しているフジですが、今回もDAIGOの話題性にあやかろうという意図が見え見え。それでなくても『営業部長 吉良奈津子』は、主人公の“広告代理店の売れっ子クリエーティブディレクター”という設定が、往年のトレンディードラマ臭をプンプンとさせており、早くもフジの“時代感のズレ”が指摘されている。3年ぶりの連ドラ復帰となる松嶋にとって、決して失敗できない作品ですが、復帰にフジを選んだことを後悔しないかと、ファンから心配の声が上がっています」(同)  “棒演技”が指摘されて久しいDAIGOだが、今度こそマシな演技は見られるだろうか?

話題の中心は「学歴」!? 小学校の「オヤジの会」で他のパパについていけず……

<p> 娘ココが小学校に入学して1カ月半、週に1度は学校か学童で、運動会やら遠足やらイベントがあります。ちょっと詰め込み過ぎじゃないか? 毎日小学校からココが持って帰ってくる保護者向けのプリントが多すぎて、準備や申し込みなど、スケジュールについていくのがやっと。うちはココ1人なのでなんとかこなしてるけど、きょうだいがいる家庭は大変ですよ!</p> <p> そんな中、小学校の「オヤジの会」の飲み会があるとメールが来たので、参加してみました。「オヤジの会」というのは、その名の通り、父親だけの会で、入学式のときに勧誘されたので、その場ですぐに入会しました。新1年生パパでオヤジの会に入ったのはオレ入れて3人だけ! 1年生は80人いるのに、参加するパパが少なすぎですよ。</p>

「ダブってない、誰とも」R-1優勝者特番『TVの掟』が教える、ハリウッドザコシショウの真価

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『売れてる奴らに学ぶ! ハリウッドザコシショウ TVの掟』(関西テレビ・フジテレビ)
「アナタ、正気なの?」  デヴィ夫人は、目の前で自分のモノマネだと言われて、意味不明な奇声を上げながら、ワケのわからない動きをするハリウッドザコシショウを見て、もっともな感想を述べた。  それは「R-1ぐらんぷり」優勝者に与えられた冠番組『売れてる奴らに学ぶ! ハリウッドザコシショウ TVの掟』(関西テレビ・フジテレビ)の一幕だ。  ザコシショウのR-1優勝は衝撃的だった。もともとお笑いファンや芸人たちの間では、その実力が認められていたザコシショウ。だが、その芸風は、とてもテレビ向きではないと思われてきたからだ。しかも、賞レースとなればなおさらだ。しかし、いざ決勝に進出すると、会場は大爆笑。圧倒的な力で、まさかの優勝をもぎ取ったのだ。  この優勝は、お笑いファンからは歓迎されたものの、「何が面白いかわからない」と批判する声も少なくなかった。確かに、ザコシショウの人となりや背景などを知っているのと知らないのとでは、あるいは、見慣れているか否かで、感じ方は大きく違ってくるネタだ。初めてこの種の笑いを見ると、どう見ていいのかわからなくて混乱してしまうのは無理もないことだ。  たとえば優勝後、『スッキリ!!』(日本テレビ系)の「クイズッス」にザコシショウが登場した時だ。ひとしきり、得意の誇張モノマネを繰り返すザコシショウ。ここで異変が起こる。  それをスタジオで見ていたコメンテーターの本上まなみが、泣きだしてしまったのだ。 「え? なんの涙?」 「ごめんなさい……何が起きてるのかわからない」  生まれて初めて出会ったものへの衝撃で、恐怖や驚きなどの感情がない交ぜになって、意味不明の涙があふれてきてしまったのだ。  さらに約1カ月後、再びザコシショウが同コーナーに登場し、誇張モノマネの新ネタを披露すると、やはり本上の目からは涙がこぼれてしまう。 「なんですか、その込み上げる涙は?」 と笑いながら問うMC加藤浩次に、本上は苦悶の表情で答える。 「わからないですけど……でも、うれしいです」 「表情と言葉が真逆!」 『TVの掟』は「テレビ的」な振る舞いに慣れていないザコシショウが、ケンドーコバヤシ、陣内智則、たむらけんじ、中川家といった同期の芸人たちから「芸能界で生き残るためにTVの掟を学ぶ」という趣旨の番組である。情報番組リポートやグルメリポート、俳優としてオファーが来た際の演技などを学んでいく。  やはり最初は奇声を上げたり、変な動きをするザコシショウだが、「建物の外観に触れる」「ほどよく自分の話を織り交ぜる」「入り込みで目を引く動きを」「カメラワークしやすい的確なリアクションを」「取材先に失礼なボケはNG」「体験したことは細部まで覚えておく」といった具体的なアドバイスに、もともと持つマジメな資質が現れ、しっかりと応えていく。  それをスタジオで見た関根勤は、手を叩きながら絶賛する。 「ニュースター誕生! のみ込みの早さ、スゴいじゃない」 「ニューウェーブだね! 結局、うまい人はいっぱいいるじゃない。うまい人ばっかりがいてもダメだから」 「ニュースターだよね」  これに対して、真っ向から反対するのはデヴィ夫人だ。 「全然面白くない」 「アナタ、何やってるの?」 「もう、開いた口がふさがらない」  リポートの極意や演技指導などの「TVの掟」よりもむしろ、この2人のリアクションの対比にこそ、ザコシショウがテレビで生かされるヒントが隠されている気がする。ザコシショウの極端な芸には、極端に褒めるか、極端に否定するか、そのどちらかのリアクションをぶつけると、それを受けたザコシショウのかわいげが全開になる。中途半端ではダメだ。デヴィ夫人は『世界の果てまでイッテQ!』(日本テレビ系)で出川哲朗と名コンビとなっているが、もしかしたらザコシショウとの組み合わせは、それ以来のヒットとなるかもしれない。  関東圏では『TVの掟』の直後に、ザコシショウがゲスト出演した『にけつッ!!』(同)が放送された。盟友であるケンドーコバヤシとのトークに花を咲かせ、帰っていったザコシショウに対し、千原ジュニアはこう評した。 「25年間、1ミリも動かず立ち続けるってスゴいよね」  ザコシショウはデビュー以来、テレビに見向きもされなくてもずっと同じ芸風を貫いてきた。そうして長い時間ずっと動かなかったザコシショウに、ようやくテレビが近づいてきた。  辛らつな評価を与え続けたデヴィ夫人もやがて、根負けしたように言った。 「アナタみたいな人がいないから、いいんじゃない? ダブってない、誰とも」  ここまでやっているのなら、認めざるを得ない。ハリウッドザコシショウには、見る者にそう思わせる、長い時間をかけて熟成した意味不明なまでのパワーが宿っているのだ。 (文=てれびのスキマ <http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/>) 「テレビ裏ガイド」過去記事はこちらから

海老蔵は気丈に対応も……小林麻央の“病状”聞けない芸能レポーター陣に大ブーイング!

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 歌舞伎俳優・市川海老蔵が6月9日に東京都内で開いた、妻でフリーアナウンサー・小林麻央のがんに関する緊急会見が、業界内で問題視されているという。会見に登場した海老蔵に対してではなく、質問した芸能リポーター陣と、海老蔵の所属事務所に対してだ。テレビ局関係者はこう憤慨する。 「約200人の報道陣が殺到したあの会見で質問が許されたのは、井上公造氏ら芸能リポーターだけ。ディレクターや記者は質問できなかった。海老蔵さんは彼らの質問に言葉を選びながら丁寧に回答してくれましたが、芸能リポーター陣の質問が腰が引けていて、病状の基本的な確認ができなかったんです」(テレビ局関係者)  この関係者が指摘する「基本的な確認」とは、「腫瘍ができたのは左右どちらの乳房か」「乳がんは体の他の部位に転移しているのか」「手術はいつごろの予定か」など。これまでのがん公表会見では当然にように確認されてきたことだ。昨年9月に北斗晶が乳がんを公表したときも、がん腫瘍は右乳房にでき、脇のリンパに転移したことなどを明らかにしている。 「海老蔵さんは会見で病状のステージを聞かれ、明言はしなかった。質問に対してどこまで公表するかは、海老蔵さんサイドの意向があるからもちろんそれでいい。問題は、なぜ芸能リポーター陣が基本的なことを質問しなかったのかということ。病状の確認をおろそかにして、あるリポーターは、海老蔵さんが得度(出家)したのは麻央さんのがんが理由だったのかと聞いている。海老蔵さんは若干あきれ気味の顔をして『これ(麻央のがん)とそれ(自身の得度)とは関係ないようであるわけですから』とイエスともノーとも取れない微妙な言い回しだった。海老蔵さんが、長女が麻央さんのために絵を描いてプレゼントしたと明かすと、別のリポーターは『どんな絵?』と聞いている。この質問、重要ですか? 会見はハナから30分と決められて、制限があったのに。海老蔵さんは拍子抜けしたのか『動物……タヌキかな、よくわからない』と回答している。会見の主題ががんで、デリケートな問題だから一定の配慮があるのは当然。でも、芸能リポーター陣があまりにも腰が引けていた」(同)  一方、海老蔵の所属事務所の松竹にも疑問の声が上がっている。 「事務所側が会見の開始直前と終了直後に報道各社に対し、『海老蔵の過去の映像、写真を使うときは歌舞伎をしている素材は使わないでほしい』と再三、アナウンスしたんです。意味がわからない。麻央さんのがんの会見を放送、記事化するのに、報道各社が海老蔵さんの歌舞伎の隈取(白塗り姿)の画を使うわけがない」(別のテレビ局関係者)  この不可解な要望を出した理由は、海老蔵の事務所が梨園サイドに配慮したためとささやかれている。 「今回のがんは、ごく近親者のみにしか知らされていないトップシークレットで、梨園関係者もほとんど知りませんでした。麻央さんは海老蔵さんの公演に1年ほど顔を見せず、梨園側は不信感を抱いていましたが、その理由が今回乳がんとわかり、梨園側も納得。しかし、海老蔵さんの事務所としては報道でがんの事実を知らせたことに負い目を感じたようです。それで梨園側に配慮して、海老蔵さんの隈取を使うなと報道各社に通達したのでは、という見方です」(同)  緊急会見に対しては、気丈に振る舞った海老蔵に賛辞があふれている。かたや、会見後にも海老蔵夫妻の自宅に張り付いているメディアの姿勢には、世間からも非難が殺到。海老蔵の大物ぶりに比べて、事務所やメディア側のちっぽけさが際立つ状況になっている。

安藤美姫が“一升瓶大股開き”を弁明……相次ぐ炎上に「疲れちゃいます」と心境吐露も「自業自得」の声

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 プロスケーターの安藤美姫が12日放送のバラエティ番組『上には上がいるもんだ』(日本テレビ系)に出演し、「何をしてもバッシングされてしまう」と悩みを打ち明けた。  先月、焼肉居酒屋店で一升瓶を持って開脚しているものなど、大はしゃぎする自身の画像数点をインスタグラムに投稿した安藤。これについて、「リアルタイムで炎上してて、今。ナウ、今!」と、番組収録時にも炎上していると説明。加えて、「お客さんいないとこでやったんですけど、それをいちいち言わなかったので、営業中にやってしまったっていうふうに、多分思われて……」などと釈明した。  また、恋人のハビエル・フェルナンデス選手にネイルを塗ってもらっている画像を投稿した際にも、「お姫様気取り」などと非難を浴びたといい、これに対しても「ネイルは、自分で塗ってたら、塗らせてって言われたんで。やったことないから、どんなもんかみたいな。『できる俺は』みたいな感じで、あちゃあちゃして、じゃあ、お願いしま~すっつって」と弁明。そんな炎上を繰り返す現状について、「疲れちゃいます」「バッシングされないようにしたい」と心境を語った。  これを聞いていた狂言プロデューサーの和泉節子は、自身がバッシングを受けた過去の経験から、批判を気にするよりも、子どもと向き合うことを優先すべきだとアドバイス。「この子は、私が一生大きくしますから、という覚悟ですよ」と笑顔でエールを贈ったが、安藤は「でも、う~ん……、自分は年をくってないので。こう見えて、まだ20代なので……」と腑に落ちない様子だった。 「インスタのみならず、メディア出演のたびに、その自己中心的な言動が批判の的となる安藤ですが、その多くが『下品』というもの。海外生活が長い安藤は、日本語の言葉選びが荒々しく、その時の感情を安易に口にするタイプで、『でも……』と共演者の発言を否定することも多い。今回、『バッシングされないようにしたい』と語っていた安藤ですが、あくまでも『この自分を、なぜ日本人は受け入れない?』と疑問に思っているだけ。自分を改めようという気は、さらさらないでしょうね」(芸能ライター)  今回、苦悩を打ち明けた安藤に対し、ネット上では「被害者ぶるな」「自業自得」との声が相次いでいるが、本人に変わる意思がない限り、好感度が上がる日は訪れなさそうだ。

嵐・松本『99.9』、16.5%に視聴率ダウン……「プロレスうざい」「マナー違反」と小ネタに批判

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『99.9―刑事専門弁護士―』(TBS系)公式サイトより

 12日に放送された、嵐の松本潤主演ドラマ『99.9―刑事専門弁護士―』(TBS系)第9話が平均視聴率16.5%(ビデオリサーチ調べ、関東地区/以下同)を記録した。15分拡大版での放送だったが、数字は第8話から2.1%減少。次回の最終回で、自己最高の19.1%を超えられるのか注目が集まっている。

 今回は国仲涼子が出産後初のドラマ出演ということもあり、放送前より期待が寄せられていた。

女性秘書はお給仕係!? 永田町に根強い「男尊女卑」思想

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Photo by Norio NAKAYAMA from Flickr

 国会議員秘書歴20年の神澤志万と申します。セクハラ、パワハラ当たり前! 映画もテレビドラマもかなわないリアルな国会とその周辺について、現役議員秘書が暴露します。

■激高すると「女のくせに」と罵る議員や男性秘書

 民進党の山尾志桜里政調会長が予算委員会で安倍総理に対して「男尊女卑政権」という言葉を使用して問題になりました。「男尊女卑なんて、久々に聞いたわ」と思われた方も多いと思います。

 でも、永田町は、日常的に「男尊女卑」な感じです。そもそも事務所のスタッフについても、「男性=秘書」「女性=事務員」としか見られていません。実際には女性の秘書もいるのに、女性を一人前の秘書や議員として見ない傾向は、特に自民党は強いですね。

 いまだに激高すると「女のくせに」と罵る議員や男性秘書が、たーーーくさんいます。神澤がそう言われた回数は、優に1,000回を超えると思いますよ。そういう意味では、安倍総理の「1億総活躍」は、まずはお膝元の自民党内で実践してほしいですね。

 なので、山尾さんの発言の真意も理解できなくはないのですが、「衆議院予算委員会」というNHKで中継されていた場での「単なるパフォーマンス」との見方も強いです。だって委員会は議論の場なんですから。

■女性秘書の仕事は、議員の席に灰皿を用意することから始まる

 だいぶ慣れましたが、神澤も秘書になりたての頃は驚くことばかりでした。20年前の自民党の会議室は喫煙が当然で、たばこの煙で白い霧がかかってるようでした。女性秘書の仕事は、議員の席ひとつひとつに灰皿を用意することから始まるという感じで、女性秘書は、議員たちからすると「清掃員」か飲み物の「お給仕係」にしか見られてませんでした。男性=秘書、女性=事務員としか考えられていないんですね。「オンナはオトコの指示に従っておけ」ということです。

 その頃の政党の中で、女性も人間として扱われていた唯一の政党は、民主党だったと思います。民主党の女性秘書の中には、元総理の政策秘書として活躍した方もいました。当時の自民党では、女性の政策秘書なんて考えられなかった時代です。市販されている『国会議員要覧』という国会議員の名簿には、公設秘書の名も掲載されていますが、そのリストにも民主党議員事務所には女性らしき名前が多くありました。

■女を馬鹿にすると後が怖い

 でも、いくら民主党が女性の存在意義を認めていても、「女なんて」という世間の風潮はなかなか消えません。

 「はい、○○事務所です」「秘書に代わって」「私も秘書ですが?」「じゃあ、男の秘書に代わってよ」なんてやりとりは、自民や民進に限ったことではないのです。「女性は事務員」で「単なる電話番」のイメージが強いのです。

 議員への陳情で来訪される人たちも、同じです。女性の政策秘書には見向きもせず、スーツを着ている男子学生のインターンに対して懸命に内容を説明し、お願いする姿もよく見られます。「女性」というだけで、陳情団の皆さんの視界に入らないようなんですね。

 永田町でいう「インターン」とは、短期間だけ「社会勉強」に来る大学生で、バイト代ももらえません。政治どころかあいさつの仕方もわからない子たちなのに、「スーツを着ている」というだけで、ペコペコする大人がいるんです。

 もっともオンナをバカにすると、後が怖いですよ(笑)。自身がスルーされた政策秘書さんは、陳情もスルーしちゃいますからね。政策秘書が女性と知って、廊下で慌てて必死に謝る陳情団を何度か見かけました。「男尊女卑の実践者」が、きちんと対応してもらえるはずはないのです。