菊地亜美、“裸にエプロン風”の服を着せ、舟山久美子ファンから感謝の雨あられ! 試し撮り画像で整形疑惑再燃?

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菊地亜美 Twitter(@lespros_ami)より。
 6日、タレントの菊地亜美が自身のTwitterに「くみっきーの可愛いショット特別に載せちゃう」と、モデルの舟山久美子がイチゴを手に微笑む姿を投稿。「菊地が撮ってるからこそ見せる、くみっきーのベストスマイル」「自然体の笑顔が可愛すぎる!」と、舟山ファンから興奮と感謝の言葉が雨あられのように飛び交っているようだ。 「菊地と舟山は、お笑いトリオ・ジャングルポケットの太田博久とモデルの近藤千尋の結婚式に出席するためハワイを訪れ、2人で買い物する様子を菊地がSNSにアップしていたのですが、舟山の自然体な姿に、『写真集よりも仕上がりがいいかも』『くみっきーとデートしてる感覚が味わえる』と、舟山ファンは感激し、『専属カメラマンになってよ』というオファーまで飛び出していました。菊地が激推しして舟山に買わせたという、肩と胸元、脚を大きく露出させた、見ようによっては“裸にエプロン風”にも見えるセクシーな服を着た舟山の姿には、『スタイリストも兼任かな』『日本で流行らせて欲しい』など、舟山ファン以外も興奮。また、翌日のブログでは、太田&近藤の結婚式で、舟山と近藤の友人らと共に、お揃いのイエロードレスを着て並んだ姿を披露。これには『荘厳な眺め!』『ドラマの撮影みたい。プライベートショットとは思えない』など、ネット上を騒然とさせていたようです」(芸能関係者)  ネット上を騒然とさせたといえば、先月22日に「なんか家で試し撮りしたやつがあった、、なにこれ」とアップした画像も、ネット上を大いに騒然とさせたようだ。 「菊地といえば、パッチリとした大きな目が特徴ですが、アップした画像に写る菊地の瞼は腫れぼったく、ファンでさえも、『これ、本当に亜美ちゃん?』『嘘だ、別人でしょ?』と驚き、疑う事態に。その目に関しては以前から、ネット上で整形疑惑が絶えずささやかれているため、『整形前の画像載せちゃった?』『カミングアウトを決意?』など、疑惑が再燃。また、先月31日に、『すっぴんだし海外ロケでめっちゃ顔焼けたし、髪もキンキンになっちゃった残念』とツイートし、一緒にアップされた画像に関しては、『これ、本当にすっぴんか?』『うっすらメイクしてないか?』との疑惑も。しかし、ファンは、これらの疑惑を全面否定し、『亜美ちゃんはナチュラル美人』と擁護。昨年2月に放送された『しくじり先生 俺みたいになるな!!!』(テレビ朝日系)で、キャバクラ嬢をしているという姉とのツーショット写真を菊地が公開した際には、菊地と姉が双子のようにソックリだったため、『これで、整形疑惑は払拭したな』とファンは安堵し、『お姉ちゃんが働いてるお店、教えて!』と沸いていたようです」(同)  ファンからは「姉妹でユニットを組んで欲しい」という要望もあるようだが、騒々しいキャラが災いして、アンチファンも多い菊地だけに、「1人だけでも鬱陶しいんだから勘弁して」「暑苦しい」など、ネット上では反対意見の方が多いようだ。

芸能人が体験した“在日差別”の実態を今こそ知れ! 松田優作、都はるみの苦悩、伊原剛志、玉山鉄二の勇気

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朴一『僕たちのヒーローはみんな在日だった』(講談社)
【本と雑誌のニュースサイトリテラより】  今月4日、自民党が法務部会などの合同会議を開き、ようやくヘイトスピーチ対策法案を了承。公明党との調整を経て、近く国会に提出するとの報道がなされた。  しかし、その一方で、ヘイトスピーチや在日外国人への差別はまったく勢いを失っていない。  ネトウヨたちは相変わらず、ことあるごとに「チョンは日本から出て行け」などと下劣な差別的言辞を撒き散らし、ありもしない「在日特権」なるものをがなりたてている。  いったい彼らは在日韓国人、朝鮮人がこの70年間、どんな苛酷な差別を受け、どう自分の出自に苦悩してきたかを知っているのだろうか。  そうした差別の現実を、芸能人やスポーツ選手にフォーカスをあてることで描いたのが、大阪市立大学大学院経済学部教授・朴一氏による『僕たちのヒーローはみんな在日だった』(講談社)だ。  同書には、力道山をはじめ、自らの出自が明らかになることに怯え、苦悩していた在日の著名人が何人も登場する。  カリスマ俳優、松田優作もそのひとりだ。以前、当サイトでも紹介したことがあるが、松田優作の前妻で、作家の松田美智子氏が死の直後に出版した『永遠の挑発 松田優作との21年』(リム出版新社)、そして2008年同書に加筆する形で出版した手記『越境者 松田優作』(新潮社)でその詳細を記述しており、朴氏もそれを引く形で、松田優作の苦悩を記述している。  松田優作は1949年に下関で生まれた。母のかね子は、朝鮮半島からやってきた在日コリアン一世で、優作は母が36歳の時に不倫した相手との間にできた子だった。  彼の父親は優作が生まれる前に姿を消し、かね子は駄菓子や雑貨を売るよろず屋を営んでいたが、それだけで家族を養っていくことは難しく、店の二階を娼婦に貸し出し、上がりの一部を受け取って家計の足しにしていたという。  このような複雑な生い立ちを抱えていた優作だが、家が女郎屋で劣悪な生活環境にあったことはインタビューでも隠すことなく語っていたものの、自分が金優作という名をもつ韓国籍の在日コリアンだということはかたくなに隠し通していた。それは、「松田は朝鮮人だから付き合うな」などと言われた学生時代の経験から、貧乏だった過去はファンから受け入れられても、生い立ちに関しては受け入れてもらえないだろうという確信があったからだと朴氏は指摘している。  生い立ちを知られたら周囲の人々は自分のもとから去っていってしまう──。その強迫観念は、役者としての活動のみならず、私生活でも優作の心を縛っていく。  60年代後半、文学座に入団し、本格的に演技の勉強を始めたころ、後に最初の妻となる松田美智子と同棲生活を始めるのだが、朴氏は松田美智子の著書から、その時に告げられた衝撃的な一言を紹介している。 「本当のことを知れば、お前は俺から逃げていく。絶対に逃げる」  優作は美智子に自分が在日コリアンであることを告げていなかった。自分の恋人に生まれを明かすことができない。それほど差別意識の強い時代だったのだ。美智子が男と同棲していることを知った彼女の親族による身上調査の結果、後に美智子は優作の過去を知ることになるが、だからといって優作との関係を終わらせることもなく、同棲生活は続いていった。  その後、優作はスターへの階段を順調に昇っていく。そんななか、『太陽にほえろ!』(日本テレビ系)に出演するようになったとき、優作は美智子に「どうしても、帰化したい。協力してくれ」と頼み込んできたという。それまでも帰化申請を行ったことはあったが、母親が風俗関係の仕事をしていたことなどが問題で受け付けてもらったことはなかった。だが、美智子の家の養子となる道を選べば日本国籍を取得できるかもしれない、彼はそう考えたのだった。俳優として活動し続けるためには、在日であるというルーツを捨てることがその時代どうしても必要だった。少なくとも、彼はそう考えていた。  帰化に際しては膨大な資料を用意しなければならないのだが、そのなかでも彼が最も力を入れて書いた「帰化動機書」を読めば、その当時の差別意識の強さ、そして、その差別に優作がどれだけ追いつめられていたかがよく分かると朴氏は指摘する。 〈僕は今年の七月から日本テレビの『太陽にほえろ!』という人気番組にレギュラーで出演しています。視聴者は子供から大人までと幅広く、家族で楽しめる番組です。僕を応援してくれる人たちも沢山できました。現在は松田優作という通称名を使っているので、番組の関係者にも知られていませんが、もし、僕が在日韓国人であることがわかったら、みなさんが、失望すると思います。特に子供たちは夢を裏切られた気持ちになるでしょう〉(『永遠の挑発 松田優作との21年』より)  このように、日本にはびこる差別に悩んだのは松田優作だけではない。『僕たちのヒーローはみんな在日だった』では、歌手の都はるみもそのひとりだとして、彼女の苦悩に満ちた芸能生活が紹介されている。  都はるみは、48年に在日韓国人の父と日本人の母との間で生まれているが、69年11月に発売された「週刊平凡」(平凡出版)で母の北村松代が娘の出生についてカミングアウト。「朝鮮人と結婚したため、若いときからひどい差別と蔑視を受けてきた。世間を見返すためにどうしても娘を人気歌手に育てねば」と語った。この記事は思った以上の大きな反響を呼び、このまま発言を続けると歌手としての娘のキャリアが絶たれてしまうと判断した母はそれ以降取材をすべて断っている。また、都はるみ本人も、そのことについて口を開くことはなかった。  そうしてこの話題はいったん沈静化したものの、当時はまだまだ差別意識の色濃い時代で、カミングアウトから7年後の76年に都はるみが「北の宿から」でレコード大賞を受賞したとき、〈都はるみの父は日本人ではない。そんな人が賞を取っていいのか〉(産業経済新聞社「週刊サンケイ」76年12月9日号)といったバッシングがメディア上で展開されるなど、都はるみはその歌手人生を通じて差別意識に苦しめられることになる。  70年代以降の演劇を大きく変えた劇作家のつかこうへいも差別意識に苦しめられた著名人だ。朴氏の著書では、韓国出身の父のもとで在日コリアン二世として福岡で生まれ育った彼が後に生い立ちを語った言葉から、差別がつか作品に与えた影響を分析している。 「僕は表向き、差別なんてされたことはないよ、と言うことにしてるんですが、実際はかなりありました。特に福岡県の場合、あのころは韓国が『李承晩ライン』というのを設定してそれを越えた日本の漁船をどんどん拿捕していたころですし、筑波炭坑の坑夫たちは気も荒かったですから、かなり激しい差別がありました。拿捕のニュースが新聞に出た日などは、学校に行きたくないと思った程です」(アプロツーワン「アプロ21」97年1月号)  そんな少年期の思いが、『蒲田行進曲』のヤスなど、後のつかこうへい作品に社会的弱者のキャラクターが多く登場することにつながっていく。実際、彼はこのようにも発言している。 「常に社会の底辺のところで頑張って生きている人に生きがいをもってもらいたい、光を当てて励ましたい」(同上)  こうした著名人たちの体験を読めば、当時の在日韓国人、北朝鮮人がいかに苛烈な差別にさらされ、そのことに苦悩してきたかがよくわかるだろう。  もっとも、こうした空気は90年代後半に入ると、少し薄らいだようにも思える。朴氏も、ほぼ同時期、自分の生まれに関して負い目や苦しさを感じることはなく、むしろ、そのことに誇りをもつ世代が登場してきたと指摘している。  たとえば、俳優の伊原剛志がそうだ。彼は2001年に『徹子の部屋』(テレビ朝日系)に出演した際、自分は在日韓国人三世として生まれたことを明かした。さらに、翌年には『日韓友好スペシャル 日本と韓国・愛と哀しみの衝撃実話』(日本テレビ系)という番組に出演。青年時代を過ごした大阪市生野区の在日コリアン居住区を旅し、番組のなかで自分の家族やルーツについて振り返ったのだった。  松田優作らが差別に苦しんだ時代では考えられなかった仕事だが、この番組に出演した後、伊原はこう語る。 「私にとって、自分が何人ということよりも、役者だということのほうが大事なんです。役者は、自分がどういう存在かを知っていないと成り立たないと思う。だから日本人も韓国人も客観的に見れる自分の立場というのは、役者をやるのにかえっていいことだと思っていますよ」(「毎日新聞」02年3月24日付)  俳優の玉山鉄二も同じく自らの出自にプライドをもっている芸能人だ。彼は06年にソウルで開催されたメガボックス日本映画祭に出席し、父親が韓国人であることを明かした。彼は「機会があれば韓国で活動したい」と話すなど、日本と韓国の映画界の橋渡しの役割を担っていく意向も語っている。  こうした在日の著名人たちの勇気あるカミングアウトもあって、一時はそのまま差別はなくなっていくように見えた。  しかし、本稿冒頭でも記したように、その後、時代を逆行するように差別意識は急激な高まりを見せる。朴氏の著書ではこのような揺り戻しについて指摘されていないが、もしもいま、伊原や玉山のようなカミングアウトを行えば、その時点でネトウヨによる罵詈雑言の餌食となり、芸能人としての人気も危ういものとなるだろう。  嫌韓ブーム、在特会やネット右翼によるヘイトスピーチ、安倍政権発足後の日本全体を覆う排外主義的空気によって、いまや、力道山や松田優作が自分の出自が明かされることに恐怖し、苦しんだ時代にまで戻ってしまっている。  我々はもう一度、差別がいかに残酷で人を追いつめるかということを学び直すべきではないのだろうか。 (井川健二)

【日清CM中止騒動】矢口真里がいつまでも復活できない最大の理由とは

【アガるニュースをお届け!デイリーニュースオンラインより】
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 タレントの矢口真里(33)などが出演した、日清食品・カップヌードルのTVCM「OBAKA's大学に春が来た! 篇」の放送中止が4月8日に発表された。日清食品は“カップヌードルのCMに関するお詫び”として謝罪文章をカップヌードルの公式サイトに掲載。放送中止の理由は、CM内での表現が「不倫や虚偽を擁護しているように見える」などと問題視する視聴者の意見が多数寄せられ判断したという。
続きは【デイリーニュースオンライン】で読む
      
   
					

“元アウトローのカリスマ”瓜田純士がクマのぬいぐるみに夢中! クマ声で「幸セダナ~」って……

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 先々月から肉体改造を始めた“元アウトローのカリスマ”こと瓜田純士(36)だが、トレーニング中に体を傷めたらしく、ここ数週間は自宅で療養する日々が続いているという。心配した記者が見舞いに訪れたところ、瓜田の部屋には、ギター、ダンベル、プロテインなどの男臭いアイテムが並んではいたものの、それらはホコリをかぶった状態。「最近はディズニー映画と、この子に夢中ですね。よ~しよし♡」と言いながら瓜田が抱きしめたのは、大きなクマのぬいぐるみだった。怪我をしてファンタジーの世界に癒しを求めているのか、それとも最初からそういう人なのか……? 日本を代表するコワモテ男のメルヘンチックな一面に迫る!
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――最近、お怪我をされたそうですね。 瓜田 自宅でダンベルフライをやってる最中に、肋間筋損傷ってのになっちゃいました。 ――ダンベルフライとは? 瓜田 大胸筋を鍛えるためのトレーニングです。ダンベルを両手に持った状態で台の上に仰向けになり、腕を開閉しながら上げ下げする運動。負荷をかけすぎて、背中がアイタタタ……となって、嫁からは休むよう注意されたんですが……。一刻も早く「ペ」になりたくて、嫁の目を盗んで続けていたら、症状がさらに悪化してしまい、結果的に寝込むことになりました。 ――夏までにペ・ヨンジュンのような筋肉美を作るという計画でしたよね(記事参照)。 瓜田 いい感じで「ペ」に近付きつつあったんですよ。2カ月でウエストは15cm、体重は10kgも減って、大胸筋は100cmオーバー。さぁこれからってときに怪我をしてしまい、残念です。とりあえず、あと10日ほど大人しくしてから、トレーニングを再開しようと思ってます。ハックション!……アイタタタ。僕、花粉症なんですけど、くしゃみをするだけで背中が痛い。こないだTSUTAYAにDVDを借りに行ったときも、あの狭い通路で人と背中がちょっとぶつかっただけで激痛が走り、その場でうずくまってしまいましたからね。
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――TSUTAYA ではどんなDVDを借りたんですか? 瓜田 僕クラスになると、映画もディズニーしか見ないですよ。最近感動したのは『塔の上のラプンツェル』です。 ――瓜田さんがディズニー映画を好むとは意外です。 瓜田 食わず嫌いでしたね。嫁にすすめられて見てるうちに、その良さがわかってきた。クオリティーの高さにビックリですよ。なぁ? クマちゃん(と言って巨大なクマのぬいぐるみを抱き寄せる)
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――それは何ですか? 瓜田 「それ」じゃなくて「彼」と呼んでください。 ――ということは、オスなんですか? 瓜田 (クマの背後に隠れ、クマの声色を作りながら)ソウダヨ。僕ハ、オスダヨ。 ――一緒に寝たりもしているんですか? 瓜田 (引き続きクマを演じながら)寝ル場所ハ別ダヨ。僕ハコノ家ノVIPダカラ、一番イイ場所デ寝テルヨ。僕ハコノ家ニ来レテ幸セダナ~。オマエニモコノ幸セヲ分ケテヤリタイヨ。 ――いつから彼は、瓜田家にいるんですか? 瓜田 最近ですね。もともとは嫁が欲しがって、僕は嫌がってたんですよ。大きいし、邪魔だと。でもいつまでもスマホの画面を見つめながら「欲しい」「欲しい」言ってる嫁が可愛く思えてきて。マリファナを欲しいと言ってるわけじゃないから、じゃあいいよってことで買ってあげました。ただし、嫁が一番欲しがってた2m超え(235cm)の子はさすがにデカすぎるから、ハーフサイズ(135cm)の子にしてもらいましたけどね。
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――そのクマは瓜田家にとって、どういう存在ですか? 瓜田 クマ? うん? なんの話ですか? ああ、この大きなセガレの話ですか。長男ですよ。2人の愛の結晶ですよ。 ――瓜田さん、大丈夫ですか? 瓜田 基本、好きなんですよ。こういうの(笑)。小さい頃も大事にしてたんですよ、クマのぬいぐるみを。僕、甘えん坊なんで。当時は非公開でしたけど、家ではクマのぬいぐるみとたわむれて、一歩表に出たら「てめえコラ! 何見てんだオラ!」とケンカに明け暮れて、家に帰ったら「ただいま」と言ってクマを抱きしめる。そんな毎日でした。 ――そんなの初耳です。 瓜田 小学校に上がってからも、ぬいぐるみが大好きで。ある年、花園神社の酉の市に行きまして。酉の市つったら、他校のヤツらとケンカして名を売るチャンス。僕も思い切りオラつきながら夜店でゲームして遊んでました。そしたら一等と特賞だったかな、でっかいゴマちゃんとバルタン星人のぬいぐるみが当たったんですが、怪しいテキ屋のあんちゃんに騙されて、当たり券を握り潰されちゃった。だから僕、その捨てられた当たり券を拾って「当たった」「当たった」としつこくアピールしてたら、テキ屋のあんちゃんに「うるせえ! 向こう行ってろ!」と怒鳴られたんですが、騒ぎを聞いたのか貫目の上の人が出てきて、そのあんちゃんが怒られて、結局ぬいぐるみをゲットしましたからね。 ――すごい執念ですね。 瓜田 でも、他校の不良っぽいヤツらが僕を見てるわけです。「あれ、瓜田じゃねえか?」とか言いながら。だから僕、でっかいゴマちゃんとバルタン星人をわざと地面にズルズルと引きずりながら歩いて、「どけよオラ! 道あけろ!」とか言いながら花園神社を出た。で、家に帰ってから「ごめんね~」と謝りながら濡れタオルでぬいぐるみの汚れを拭いてあげました(笑)。
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瓜田家のワンコーナー。「嫁に似てる」という理由でギズモのぬいぐるみも飾られている。
――ところで、部屋の中にセグウェイが2台ありますね。 瓜田 これも嫁が欲しがったから買いました。僕としては印税が入ったら、前から欲しかったハミルトンの腕時計を買うつもりでいたんですけど、自分のだけ買うのは許されないから、「嫁とペアウォッチで」という線で話を進めようとしたんです。が、ミリタリー調のデザインだからか、嫁はまったく関心を示さず、「そんなの要らへん。セグウェイが欲しい」と言われまして……。ハミルトンの夢が遠のいてしまい、僕、しばらく落ち込んでたんですよ。そしたら先日、嫁からサプライズでこんなものをいただきました!(と言って白い紙切れを机の上に置く)
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――なんですか、これは? 瓜田 よく見てください、文字盤が書いてあるでしょう(笑)。嫁が「目を閉じて」と言うから閉じたら、腕にこれを巻いてくれて、「はい、ハミルトン」って言うんです。形も一応、似せてある(笑)。可愛くないですか? その瞬間から僕はもう、腕時計なんてどうでもよくなっちゃって。ハミルトン以外で何か形に残るもの、ってことで、セグウェイをペアで買うことにしました。 ――ダイエットのために歩く、と言っていませんでしたっけ? 瓜田 え? 「歩く」ってなんですか? ひょっとしてまだ歩いてるんですか? いまだに歩いてる人のことを、悪いけど僕は軽蔑してますよ。とっくに次のステージに来てるんで。 ――セグウェイでの移動は快適ですか? 瓜田 はい、と言いたいけど、まだ言えない。僕、こういうの苦手なほうなんで、まだまだおっかなびっくりですよ。2~3cmの段差が怖いんです。いっぺん交差点でスッ転んで1回転して背中を強打したこともあるので、結構ビビリながらノロノロ運転しています。
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――もっと慣れる必要がありそうですね。 瓜田 公園とかで練習できればベストですが、そこまで運んで行くのも重い。だから乗って行くしかないんですが、走行中は光るんで、特に夜間は街中に出ると目立ちすぎて恥ずかしいんですよ。嫁は目立ちたがり屋だからいいけど、僕は恥ずかしがり屋なんで……。こないだの晩も、大通りの横断歩道をセグウェイに乗って2人で渡ろうとしたら、紀元前みたいなビッグスクーターに乗って信号待ちしてたガキどもが、湘南乃風を爆音でガンガン流しながら「お、セグウェイだ。カッケー! 俺も欲しい!」なんて大声で言うわけです。万が一、スクーターのヘッドライトに照らされて僕だとバレたら面倒臭いことになりそうな連中だったんで、慌てて下を向いて顔を隠しましたよ。本当は急いで走り去りたかったけど、スピードを出すとスッ転びそうで怖いから、うつむいたままノロノロ運転で逃げました(笑)。 * * *  コワモテなルックスとは裏腹に、意外とメルヘンチックで、平和主義なところがある瓜田。だが、「最近の僕は、ちょっと仏になりすぎている。『どうも、どうも』と頭を下げるのにも慣れたけど、本当はどこか納得いっていない部分もある」と、笑いながらではあるがフラストレーションが溜まっていることを打ち明けた。そして、「ペコペコしてばかりいると自分を卑下しちゃうんで、『こんな俺でも数年後には何々がある』とかっていう大きな目標が欲しいですね。そういう目標さえあれば、頭を下げることにも耐えられる」と真顔で語った。  ペ・ヨンジュンレベルに体を鍛え上げることが最終目標ではないという。「鍛えた体は飾りじゃない、っていうことを証明できる場に立ちたい」とのこと。それが何なのか? についての具体的な言及は避けたが、「アウトローはやめても男はやめていない」が口癖の瓜田である。クマのぬいぐるみを愛でていた彼が、ある日突然、凶暴なクマそのものに化ける可能性もあるので、まだまだ油断は禁物だ。 (取材・文=岡林敬太)
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※日刊サイゾーでは2016年より、ほぼ月イチペースで瓜田純士の最新情報をお届けしています。来月もお楽しみに。 ※先月の記事で告知したSHOWROOM『瓜田大礼拝』は、瓜田家のWi-Fi環境などの都合により現在は配信をストップ。次回の配信は未定だそうです。

「元AKB48の人気メンバーと交際」新宿ウリ専バー勤務の元ジャニーズが実名暴露か?

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ヤンチャ好きなジャニーさんでも手に負えなかったね

 田口淳之介のKAT‐TUN脱退、そしてジャニーズ事務所退所について「ようこそこちらの世界へ」とツイートしたことにより、ネット上で大バッシングを浴びた元ジャニーズJr.・田中斗希。アイドルとのプリクラ流出、新宿2丁目の“ウリ専バー”勤務報道など、ファンの間では超問題児として有名だったが、完全にジャニーズを離れた現在も、良からぬウワサが漏れ伝わっているという。一時期は同じく所属グループの問題児だった、あの元AKB48の有名メンバーとも交際していたそうで……。

 2006年にジャニーズ入りした田中は、08年に女性アイドルグループ・PASSPO☆メンバーの岩村捺未とのプリクラが流出。その後一度ジャニーズを解雇されて復帰したが、14年6月発売の「週刊女性」(主婦と生活社)で、「新宿2丁目のウリ専バー勤務」などと報じられ謹慎3カ月という処分を下された。ところがその謹慎中に、今度は「フライデー」(講談社)で「ファン女性らと“斗希クン慰めパーティー”開催中に、ゲイカミングアウト」などとすっぱ抜かれてしまい、結局ジャニーズに戻ることはなかった。

「元AKB48の人気メンバーと交際」新宿ウリ専バー勤務の元ジャニーズが実名暴露か?

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ヤンチャ好きなジャニーさんでも手に負えなかったね

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 2006年にジャニーズ入りした田中は、08年に女性アイドルグループ・PASSPO☆メンバーの岩村捺未とのプリクラが流出。その後一度ジャニーズを解雇されて復帰したが、14年6月発売の「週刊女性」(主婦と生活社)で、「新宿2丁目のウリ専バー勤務」などと報じられ謹慎3カ月という処分を下された。ところがその謹慎中に、今度は「フライデー」(講談社)で「ファン女性らと“斗希クン慰めパーティー”開催中に、ゲイカミングアウト」などとすっぱ抜かれてしまい、結局ジャニーズに戻ることはなかった。

太るワケ

最近、ライザップの元幹部と話したりトレーニングの仕方を教わったりすることが多く、目から鱗の日々が続いている。
ライザップがどうして成功しているのかは企業秘密なので伏せることにして、それよりも「どうして太るのか」で、新しい発見があったのでご紹介したい。
私は前のモニター募集で20人のダイエット希望者とメッセンジャーでつながりを持ち続けているが、その中でこんな男性が。今も毎日、私に食事や体重などを報告してくれている。・・・(続きは探偵ファイルで)

衣装ケースに閉じ込められた2歳男児死亡・・虐待の実情とは!?

奈良県生駒市で2歳の長男を衣装ケースに入れ死亡させたとして、父親が逮捕された事件。
決して逮捕された父親を擁護するわけではないが、2歳くらいの児童であれば、衣装ケースに入れられるのも遊びの延長だった可能性も考えられる。・・・(続きは探偵ファイルで)
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萌え声Hカップ!清純派グラドル新垣優香デビュ

「初めてで緊張したんですけど、私の魅力がたくさん詰まってるんじゃないかと思います」
Hカップ巨乳の清純派グラビアアイドル新垣優香チャンが、ファーストDVD『聖女伝説』を発売した!
今年デビューしたばかりの優香チャン。
彼女のあどけない笑顔にプルプルのバスト、さらに萌え系の可愛い声に胸キュンな作品とは?
・・・(続きは探偵ファイルで)

チキン祭り IN アメリカ

美味しい美味しい、ケンタッキーフライドチキン。そう言えばアメリカでは「KFC」という名称が通常で、「ケンタッキーフライドチキン」と呼ぶことは少ないとか。何かブロイラーや遺伝子操作した鶏は“チキン”じゃないから、チキンという名称を使ってはいけないという話を耳に挟んだのですが、これは本当なのでしょうか・・・情報のソースが見つからないのですが、周りのアメリカ人が皆そういう風に言っています。味も、日本のとは別物らしいですが・・・・・・(続きは探偵ファイルで)