AKB48高橋みなみが不規則発言連発中!「男性とカラオケ行ったことない」「25歳はババア」

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 今月8日に控えた卒業を目前に、イベントなどへ引っ張りだこのAKB48高橋みなみ。そんな高橋が発した不用意なひと言に、報道陣がざわつく一幕があったという。  第一興商のカラオケ情報コンテンツ「DAM CHANNEL」第13代MCを高橋が務めることとなり、先月29日に出席した就任会見でのこと。 「この日の高橋は、AKBグループの横浜スタジアムコンサートも無事終わった後ということもあってかテンションも高く、無茶ぶりをされても、うまく切り抜ける様子を見せていました。会見後の囲み取材で、記者が『誰とカラオケに行くのか』という話を振ったところ、前田敦子や峯岸みなみの名を挙げた高橋でしたが、記者が『男性は?』と、すかさず尋ねたところ、『男性とカラオケって行ったことないですよ!』と、笑顔で返答したんです」(ワイドショー関係者)  高橋といえばちょうど1年前、2011年の高橋のバースデーナイトに、高級カラオケ店のコスプレルームで電通社員やカメラマン、峯岸らと“乱痴気フィーバー”したとされる記事が「週刊文春」(文藝春秋)に掲載。その中には席の上に立ち、マイクを握り締める高橋の写真もあったはずなのだが……。 「会見終了後、この高橋の発言に、当時の報道のことを思い出した記者たちは『よく平然と言えたな』と、あきれ返っていました」(同)  さらに、会見ではこんなことも。 「AKB48卒業日に25歳の誕生日を迎える高橋へ『四捨五入したら 30ですね』と声をかけた別の記者がいたんですが、『まじヤバイ。ババアですね。25歳以上の方が聞いたら“ババアなんて言うんじゃねぇ”と言われそうですけど、感覚的には25歳になることを想像できなかった』とコメントしたんです。これにクライアントが難色を示したのか、会見終了後にPR会社を通じて各社へ、この部分を使わないようNGの通達が出ていました」(同)  イベント中、「自分の言葉には責任を持たなきゃいけない」とも語っていたという高橋。本当にNGにすべきだったのは、センテンススプリングもあきれ返りそうな“男性とのカラオケ”発言だったのかもしれない。

藤原紀香は何から何まで「計算ずく結婚」!? 遊び人・片岡愛之助の“暴走”を止めるアノ手コノ手

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 歌舞伎俳優の片岡愛之助と女優の藤原紀香、が結婚したことを所属事務所が発表。藤原は今後も仕事を続けるものの、晴れて「梨園の妻」になったということだ。

 片岡とタレントの熊切あさ美との「ドロ沼破局騒動」、そこからの藤原との交際など、とにもかくにも世間をお騒がせした中での結婚とあって、ネットなどの反応はイマイチな様子だ。

「『好感度低すぎる』『ひさびさにどーでもいいと思った』『米倉涼子より早く不協和音が出そう』など、とにかく2人の今後に対し不安な声は非常に多いです。藤原が交際宣言後に思わせぶりな言動をブログで連発したり愛之助とのツーショットをわざと週刊誌に撮らせたという情報も入っていました。藤原の“囲い込み”が完遂されたと言っていいですが、あからさますぎて世間のヒンシュクを買ってしまいましたね」(芸能記者)

 2人は31日にツーショット会見をするそうだ。ツーショット結婚会見といえば、今年1月に北川景子とDAIGOが記憶に新しいが、2人とは扱いが180度違う。少し気の毒である。

 そういえば、藤原は前夫である陣内智則とも2006年にそろって会見をしている。2回目をやるあたり、やはり出たがりなタイプなのだろうか。

「それもあるでしょうが、片岡の気持ちをより固めさせる意図があるのではないでしょうか。片岡は最初“遊び”のつもりで付き合っていたという話がありましたが、藤原の画策によって結婚に踏み切らざるを得ない状況になったという見方もあります。なんといっても歌舞伎役者ですから、遊びには積極的。だからこそ記者会見を行うことで、片岡に“クギ”を刺すという考えなのではないでしょうか」(同)

 何から何まで計算ずくとなれば「藤原紀香恐るべし」という他ない。

 ただ、そんな形で結婚して本当に「幸せな夫婦生活」を送れるのだろうか。ネット民が「3年もつか」という見解を示すのも仕方ない部分があるのではないか。

 とんでもない紆余曲折の果てに結ばれた2人。しかし、本当の「波乱」はこれからだったりして……。

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キム・カーダシアン・ウェストとエミリー・ラタコウスキー、トップレス姿を披露!

キム・カーダシアン・ウェスト(35)とエミリー・ラタコウスキー(24)がトップレス姿を公開した。キムは先日、胸と腰の部分を黒いラインで目隠しした自身のヌード写真を投稿したことで批判を受けていたが、今回はエミリーと一緒に上半身裸で中指を立てた姿で浴室の鏡に写る姿を投稿してその批判に対抗したかたちだ。前回と同様に胸の部分を黒のラインで隠している2人の写真には、前回のキムのヌード写真に添えられたキャプション「何も着るものがないって感じの時(笑)」を進化させ、「私達が、何も着るものがないって感じの時(笑)」とキャプションが添えられている。 さらに、エミリーもその写真を投稿し、女性が性を表現する権利があると主張する。「私達の体がどのようにセクシーであろうと、女性たちがいつ、どのようなかたちでそのセクシーさを表現するかに自由が必要だわ」「女性はその体以上に意味がある存在だけど、だからと言って体や性的な部分を恥じることはないってことよ」「社会の目によって性が定義づけられることは屈辱的だけど、それでも女性がそうしたいと思った時に、セクシーになることができる場所があるべきよ」 キムがオールヌードの写真を投稿した際にピアーズ・モーガン、ベット・ミドラー、クロエ・グレース・モレッツらから批判を受けていた中で、エミリーは自分のヌード写真を投稿してまでいち早くキム擁護派にまわり、「ヌード写真を投稿する女性の決意に対して男性がコメントするのって大好き。その体、キャリアについて。性差別主義者は最低。キム・カーダシアン」とツイートしていた。

「国益のために生きろ」の笑止千万!「女子は2人以上出産を」校長を擁護のデヴィ夫人「妻となり子供を産み、母となるのが女性の本能」発言のおかしさ

 過日、大阪市立茨田北中学校の男性校長(61)が、全校集会で「女性にとって最も大切なことは仕事よりも子供を2人以上産むこと」との内容の発言をしたことが大きな議論を生んだ。その後、一般市民からこれを問題視する意見の電話などが市教育委員会や学校にあり、校長は「電話対応などで教員らが忙殺され、業務を停滞させた責任を感じた」などとして辞職したが、あくまでも間違ったことは言っていないと貫き通している。校長の講話は学校HPに全文が掲載されたので以下に引用する。 ___ 今から日本の将来にとって、とても大事な話をします。特に女子の人は、まず顔を上げて良く聴いてください。女性にとって最も大切なことは、こどもを二人以上生むことです。これは仕事でキャリアを積むこと以上に価値があります。 なぜなら、こどもが生まれなくなると、日本の国がなくなってしまうからです。しかも、女性しか、こどもを産むことができません。男性には不可能なことです。 「女性が、こどもを二人以上産み、育て上げると、無料で国立大学の望む学部を能力に応じて入学し、卒業できる権利を与えたら良い」と言った人がいますが、私も賛成です。子育てのあと、大学で学び医師や弁護士、学校の先生、看護師などの専門職に就けば良いのです。子育ては、それ程価値のあることなのです。 もし、体の具合で、こどもに恵まれない人、結婚しない人も、親に恵まれないこどもを里親になって育てることはできます。 次に男子の人も特に良く聴いてください。子育ては、必ず夫婦で助け合いながらするものです。女性だけの仕事ではありません。 人として育ててもらった以上、何らかの形で子育てをすることが、親に対する恩返しです。 子育てをしたら、それで終わりではありません。その後、勉強をいつでも再開できるよう、中学生の間にしっかり勉強しておくことです。少子化を防ぐことは、日本の未来を左右します。 やっぱり結論は、「今しっかり勉強しなさい」ということになります。以上です。 ___  この主張には「全文読めば過激なこと言ってない」「国のためを思うなら正しい」と賛成意見も多く、匿名掲示板だけではなくTwitterやFacebook上でも「正論だ」とコメントするユーザーたちが見られた。一方で否定派の意見も多く書き込まれ、まさしく賛否両論となった。筆者は否定派である。 ◎生き方を強制することは「正論」ではない  まず大前提として、いつ産むか、あるいは産まないかの選択は、当事者にしか出来ないものである。国が滅亡に向かうよりは繁栄するほうが、国民である一個人にとっても生きやすいことは実際そうだろうが、国を維持するための政策をとるのは国家側の仕事であって、「国のために国民が頑張れ」というのは逆だ。人間が国のために生きているのではなく、生きている人間のために国はやらねばならないことを遂行するのだ。  そして、女子生徒に対してのみ「子育てのあと、大学で学び医師や弁護士、学校の先生、看護師などの専門職に就けば良いのです」と進言することも間違っている。今のところ「妊娠・出産」は身体機能的に女性にしかできない行為だが、それを理由にして女性だけが「子育て後に進学し就職する」レールに乗せられれば、大きなハンディキャップを抱えることになる。  男子生徒に「子育ては、必ず夫婦で助け合いながらするものです」と向けるのなら、女性だけが進学や就業の機会を遅らせ、十数年にわたり育児に専念することを想定した校長の発言には矛盾が生じる。産むことは女性にしか出来なくとも、育てることに性別は無関係だからだ。  たとえば産褥期だけ女性が休学・休職し、その後は男性が子育てに専念するパターンも同等にあるべきと考えることはしないのだろうか。女性の生き方“だけ”を制限しようとしている校長の発言はあからさまな性差別であり、性役割を強化しようとする前時代的思想だ。  同時に、男性に対して「妻子を持ち養うこと」を強制し生き方を制限している点も大きな過ちだ。男女どちらに対してであっても、「必ず結婚し子を産み育てよ」と命令してはならない。繰り返すが、国家繁栄のために国民に生き方を強制することは「正論」ではない。 ◎逆張りのデヴィ夫人  校長が上記発言をしたのは2月29日だったが、ちょうど一カ月後の3月29日、インドネシアのスカルノ元大統領第3夫人でタレントのデヴィ夫人(76)が議論に参戦した。デヴィ夫人は、校長が3月末で退職することを受け、「『子供は2人以上出産』発言校長を支持します。」とのタイトルで自身のブログを更新。こちらも全文ではないが引用する。 ___ 女として生まれ、結婚して妻となり、子供を産み、 母となること。これは、女性の本能。 様々な事情はあるでしょうが、これが叶わなかった人が 「仕事が命」とかいろいろ言っているのではないでしょうか。 結婚もせず、妻とならず、母となることもなく、 人生を終える人は不完全燃焼でしょう。 (中略) 女性に生まれたのに、結婚もせず、子供にも 恵まれない人がいる一方で、妻となる喜び、母となり、 子供を育てる幸せは何物にも勝る至福でしょう。 日本は少子化の一途をたどっています。 人口激減は、国の存立問題でしょう。 その為にも、安心して子供を預けられる保育園の 普及が大事です。日本の将来を考えて、 何とか少子化を防ぎたいとの思いの思慮深い 国益を考えての発言だったのではないでしょうか。 ___  「結婚して妻となり、子供を産み、母となること」が女性の本能と言い切ってしまえるのは流石デヴィ夫人といったところだ。都合よく本能論を持ち出すのはいいが、仮にセックスをして妊娠し出産することが本能だとしても、すべての女性が本能のままに生きれば国は繁栄するどころか逆に滅びるのではないだろうか。それとも女性は本能によって、夫となる男性を支え家庭を守り子供の教育に精を出すことまで可能な生物なのだろうか。  こうした一見、女性賛美ともとれるような本能論は、出産や育児を「女性の問題」に押し込め、男性を疎外する点においても害悪だ。いまさら言うまでもないことだが、「結婚して妻となり、子供を産み、母となること」は女性の本能ではないし、「妻となる喜び、母となり、子供を育てる幸せは何物にも勝る至福」でもない。あくまでデヴィ夫人ご自身にとって、それが本能的な行動であり、至福であったのだろう。  ちなみにデヴィ夫人は、不倫バッシングにさらされたベッキーを擁護し「大きなお世話。人の恋路を邪魔する必要は全然ない」と同じくブログ上で発言したが、一方で、2014年に矢口真里が不倫騒動による休業からの復帰を表明した際には、猛烈に反発していた。その際の弁はこれだ。  「彼女が復帰しなければならない意味がわかりません。(芸能界での需要は)皆無だと思います。間男を夫婦の寝室に引き入れ、不倫の現場を夫に発見されて離婚したことを認め、世間に謝罪しなければ、日本の女性は納得しないでしょう」  彼女がベッキーを擁護した論法に則れば、これもまた矢口に対する大きなお世話であり、人の恋路を邪魔する必要は全然ないのでは? ベッキーと矢口の違いといえば、前者が独身で後者が既婚であったことだが、デヴィ夫人としては「独身女性と既婚男性の不倫は自由恋愛であり、既婚女性の不倫はNO」と考えているということだろうか。これまた性差別であるということに気付かないデヴィ夫人は実におめでたい。今回の校長擁護も、お得意の逆張り発言に過ぎない可能性もある。 ◎呼びかけるべきは女性じゃない  それにしても、「国益」を考えて少子化問題解消に意見する人々は、「女性がたくさん産めばOK」というところで思考停止しているように見えてならない。  産めばその後、長い期間をかけて子が大人になるまで育てていかなければいけないのだが、それは現状、各家庭の自助努力によって達成されるべきものとされている。衣食住のみならず十分な教育を与え、できれば大学に進学させ、よく働いて消費もし、また結婚して子をなすような大人に成長させることが、各家庭に求められている。これはまったく本能ごときで達成できるような簡単な命題ではない。出来ないから大勢がやらないのだ。「国益」のために、無理ゲーに挑む民はいない。奴隷ではないのだから。  労働人口が足りない、だから女性を“活躍”させよう。しかし女性が“活躍”すると出産ができず将来的な労働人口がもっと足りなくなる。さあどうしよう、ということなわけだが、女性が働きながら子を産み育てることが「無理難題」ではなくなるよう、ルールや既存の価値観を改正・更新すればいいだけのことである。にもかかわらず、頑なにルール変更を渋り、「無理難題だけど頑張れ」と突きつけている現状を、もっとよく見た方が良い。 (清水美早紀)

V6岡田准一の異常なほどの変貌に衝撃! 近くで見た業界人「昔のイメージとかけ離れていた」

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画像は、『an・an (アン・アン) 2008年 8/27号 岡田准一27歳裸の顔に迫る! 男は顔で選ぶな!』(株式会社マガジンハウス)
 3月15日発売の『フライデー』(講談社)が、V6・岡田准一と女優・宮崎あおいの同棲を報じた。岡田といえば、ジャニーズ事務所に所属するイケメンアイドル達の中で“俳優”としても世間から高い評価を得ており、2015年の「第38回日本アカデミー賞」では主演男優と助演男優で最優秀賞をダブル受賞した。これは過去に例がなく、さらにジャニーズタレントの日本アカデミー賞受賞自体も初めてのこと。ジャニーズの快挙と称賛されたが、一部芸能関係者の間では「岡田は全然ジャニーズらしくない」などと言われているという。 「3月12日に公開した映画『エヴェレスト 神々の山嶺』の記者会見で主演の岡田くんを見ましたが、あまりの筋骨隆々ぶりにとてもアイドルとは思えませんでした。身長はあまり高くないのにゴツいというか、とにかく昔の爽やかで可愛いイメージからはかけ離れていましたね。岡田くんは自分でも公言しているように“格闘技オタク”として有名で、現在も忙しいスケジュールの合間を縫って毎週道場に通い、技を磨いているそうです。それで体が鍛え抜かれているのでしょうけど、異常なほどの変貌に衝撃を受けました」(芸能記者)  岡田は元々趣味で格闘技を始めたが、現在ではフィリピン武術「カリ」やブルース・リーが創始した「ジークンドー」、総合格闘技「修斗」のインストラクター資格を取得。また、バラエティ番組などでは美しい体を作るトレーニング「岡田メソッド」を披露して話題に。普段からストイックに鍛えることでアイドルらしからぬ肉体を作り上げているようだが、ある芸能プロダクション関係者からは次のような証言も。
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画像は、『V6 ピアノコレクション』(ドレミ楽譜出版社)
「岡田は昔と比べてかなり顔つきが変わった。昔は線の細い童顔だったのに対し、今はマッチョ体型に加えて日焼け顔だから、ジャニーズというよりは“アジア系スター俳優”のような感じ。『フライデー』に掲載された写真で岡田が持っていた木刀も、本来ならアイドルとは無縁に思えるが、岡田なら鍛錬のために使っているのだろうと納得できる」  肉体だけでなく、顔つきまでアイドル離れしているという岡田。そんな岡田の同棲報道について、同芸能プロ関係者は、 「そもそも岡田と宮崎の交際は、2011年から報じられていた。当時は宮崎が俳優・高岡奏輔と結婚していたにも関わらず岡田と不倫関係にあったと伝えられ、ネットの批判を浴びたことも。今回の新たな報道では、岡田と宮崎が都内マンションで同棲している様子などが写真掲載され、結婚間近と書かれている。普通、アイドルは結婚してしまうと人気に影響するものだが、岡田の場合はもはやアイドルではなく俳優。不倫スキャンダル時よりもさらに俳優感が増していることで、このタイミングでの結婚は妥当だし問題ないだろう」  と語った。岡田はジャニーズの雰囲気を消し、俳優らしさを外見上でも見事に体現することで、宮崎とのゴールインまでの道筋を作ったとも言えるかもしれない。

映画業界に生きる“いかがわしい人々”の愛嬌ーー『下衆の愛』に滲み出た映画愛を読む

【リアルサウンドより】 「一回味わうと抜け出せねぇぞ。シャブよりもタチが悪いからな、映画っていうのは」──古舘寛治演じる映画監督が、新人女優にそう囁く通り、『下衆の愛』は映画を愛し、その底なしの深みに耽溺してしまった人々をシニカルに取り上げたコメディ映画である。「監督とプロデューサーは全員クソヤロー!」と銘打たれているように、芽が出ないまま性格をこじらせた“下衆”な映画人たちの姿がブラックかつコミカルに描かれる。主演は2015年映画出演本数11本を誇り現在最も注目される俳優・渋川清彦。野心的な新人女優役を岡野真也が務め、ある種ファム・ファタールとも言える役柄に挑戦している。ほか、細田善彦、忍成修吾、でんでん、内田慈、津田寛治、古舘寛治、木下ほうか等、近年の日本のインディペンデント映画を中心で盛り上げている個性豊かな俳優が数多く出演。第28回東京国際映画祭「日本映画スプラッシュ」部門、第45回ロッテルダム映画祭での上映を経て、4月2日より公開される。すでに海外配給や各国の映画祭での上映も決定している。近頃、“下衆”という言葉が流行語のようになっているが、本作からは不快な印象をほとんど受けない。むしろ、卑しく品性に欠いた行動を取ってしまう人間に対して、決して愚かな面を断罪して咎めようとするのではなく、もっとおかしみや愛嬌を見出そうとしているように思える作品である(それは作り手たちが、オックスフォード英語辞典に“下衆”という日本語を「下劣なこと、もしくはその人、しかし愛嬌がある」という意味合いで申請したことからもわかるだろう)。(参考:「GESU(ゲス)」を英語辞典に採用申請へ 「下衆の愛」の渋川清彦「ゲスは悪い言葉ではない」
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 映画は、前の晩に関係を持ちそのまま眠ってしまったと思しき真っ裸の男女が、朝になり目覚めるところからはじまる。男が自宅に連れ込んだスタイルの良い女(卯水咲流)は先に起き、そそくさと衣服を着て荷物をまとめると、男がまだ寝ぼけ眼のなか、言葉少なに帰っていく。生々しい雰囲気で自堕落な生活を送っている39歳の男の生態が捉えられるが、この男こそ主人公の自称・映画監督のテツオ(渋川清彦)だ。テツオは過去に映画祭で受賞した経験を持つことが唯一の自慢で、その後は満足に映画を撮っていないまま、現在まで実家に寄生しつづけており、監督とは名ばかりの、いわばパラサイト・ニートである。  テツオは後輩で助監督も務めるマモル(細田善彦)がハメ撮り(!)して稼いできたお金をピンハネしながら、役者志望者を集ってはワークショップを自ら主催している。彼の周りには、うだつのあがらない俳優や胡散臭いプロデューサーたちばかりが集まっている。飲み会で知り合った監督やプロデューサーに近づいては枕営業を試みることに賭ける──寝る前にその相手がどのような実績があるか、最近は活動しているのかなどを入念に調査する──女優の響子(内田慈)がいれば、逆に自分の作品に出してやるとそそのかして女性に性的行為を求める監督やプロデューサーがいる。このように、本作に登場する映画業界の人々の人物像は、それぞれ売れない監督や俳優たちの戯画になっているのである。そこには、「週刊プレイボーイ」ライターを経て、脚本家、映画監督となったキャリアを持つ内田英治らしいゴシップ的な俗っぽい観点があらわれているだろう。  新人女優にすぐに手を出す映画監督、ハメ撮りで生計を立てる助監督、枕営業にチャンスを賭ける打算的な女優、セクハラ&パワハラするプロデューサー……『下衆の愛』は、観客がたしかにどこかで噂を見聞きしたことがあるような映画業界のダーティなイメージを少し誇張的に戯画化してコメディ・タッチの中で取り扱っている。たとえば、バンドマンの彼氏の安定を求めない“ロックな“生き様に惚れていたのに、彼から音楽を辞めて働くと宣言されてしまった女の子カエデ(山崎祥江)のキャラクター設定は(いささか観念的ではあるが)好ましく映る。バンドマンの彼氏がほかの男たちと同じ“つまらない大人”になってしまったことに失望した直後、彼女は居酒屋のトイレでテツオが女を連れ込んで大胆にも行為に及んでいるところに遭遇し、彼に一目惚れしてしまうのである。あるいは、とにかく映画にはふんだんに濡れ場を盛り込め!と煽っていた団塊世代のプロデューサー貴田(でんでん)が、突然、裸よりも「犬や猫が死ぬ映画が今は売れる」と言い出す様は、実に粗雑なプロデューサーのいかがわしい 面があらわされている。この多分にコミカルだけれど、実際にいるかもと思わせる塩梅でキャラクターを造形しているのが、内田の上手いところだろう。また、売れない俳優の一員に元劇団員だったことで知られる芸人のマツモトクラブが紛れていたり、テツオの妹でネットに自身のエロ動画をアップしている女子高生をAV女優の川上奈々美が演じていることも、さらなる説得力をもたらしているかもしれない。こういった細部まで目を配らせた俳優陣へのアプローチとひとりひとりの好演が、映画におかしみと愛嬌を宿らせているのである。  しかし思うに、テツオという人物を見ていると、彼にとってワークショップを開くことは映画を作るためではなく、むしろ金を集めたり女と出会うためのものでしかなくなっているのかもしれない。いまやテツオは、ワークショップに参加してきた若い女の子や才能のない女優と寝るための名目として、「映画」の名を使っているだけに過ぎないのだ。テツオの下衆さは、彼のだらしなさや甲斐性のなさにあるのではなく、映画への冒涜した態度にあるのである。かつて抱いていた映画製作への情熱を失いかけていたテツオの元に、ふたりの才能ある若者──脚本家志望のケン(忍成修吾)と女優志望のミナミ(岡野真也)──が訪ねてきたことで、徐々に彼はその胸の内にあった映画作りへの純真な気持ちを再燃させていく。
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 テツオが稽古場で新人のミナミに対して、手をグーにしたら「好き」と、パーにしたら「嫌い」と言葉を発させるよう演技指導をする場面は、彼のミナミへの熱心な期待を感じさせると同時に、その行為の中に見られるモラル上の問題をもアイロニカルに示唆する印象的な場面だ。演出家として納得のいく芝居がまだまだ引き出せていないと考えるテツオは、いきなり彼女の胸を揉みしだく。すると、ミナミは激しい嫌悪感を露わにするが、それによって前よりもはるかに憎しみのこもった「嫌い」という言葉を涙を流しながらもテツオにぶつけられるようになる。つまり、テツオは真に迫った演技を引き出すために胸を揉んだのだ。“下衆”な行為でありながら、結果だけを見ればそれは演技指導の効果を発揮しているとも言うことができるのかもしれない。しかし、果たしてそれはセクハラではないのだろうか……? そんなことを考えさせるのだ。  また、稽古場でミナミに対して熱心に演出するテツオの後ろでは、それに何の興味関心もないような目で彼女の演技を見ているほかの役者たちがいる。ここではほとんどの人物が、損得のためでしか人を見ていないのだ。映画のためにいつのまにか監督やプロデューサーは権力を振りかざすようになり、女優は映画の仕事を得るためなら進んでその犠牲者にすらなっていく。純真で汚れのなかった新人女優ミナミは、大物に取り入っていくことで横柄な売れっ子女優へとのしあがっていく──まるで罪を重ねていくかのように。
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 ここで興味深いのは、日本映画業界に巣食ういかがわしい人々やそれにまつわるエピソードの数々について、内田が自分の身近なスタッフや役者から見聞きしたもので創作したと言う一方で、渋川は本作を一種の「ファンタジー映画」と語っていることだ。自分の周りでこのような人たちを実際に見たことはない、というのがその理由である。たしかに上述したように、ありそうでなさそうな絶妙なリアリティラインで描かれているからこそ、観客はある種ファンタジー映画のようにして、映画人たちのひねくれた一途さを滑稽なものとして微笑ましく見ることができるのかもしれない。  そしてやはり、現在の日本の映画作りの現場というものの矛盾や皮肉を描いたブラックなコメディとして『下衆の愛』が成立している最も大きな要因は、主演の渋川清彦の放つ魅力である。いい年になっても世間から注目を集める映画に不平ばかり吐いて、ろくに作品も撮れてこなかったテツオは、“商業主義”に走って魂を売ることを毛嫌いしている。“俺は魂を売ってこなかった”と心の中で理由をつけて納得することで、彼は楽天的な態度の裏でプライドだけは守ってきていたのだろう。一方では、それは全く芽の出ることない自分の才能を慰めていた言い訳とも言える。しかしもう一方では、金儲けにあまり罪悪感も持っていないほかの登場人物たちとは異なる、純粋なまでの愚かしさが彼の中にあるとも言えるのではないだろうか。思うに、渋川の飄々とリラックスしていて親密感のある演技と、彼の持つ身体性こそが、本作を滑稽たらしめているのである。テツオは誰よりも軽薄な人物ではあるが、彼がなにを喋ろうと、長い手足でルパン三世がそのまま飛び出してきたかのような風貌と甲本ヒロトを彷彿とさせる屈託のない笑顔からは、人間臭い愛嬌とその純粋な愚かしさが滲み出ているのだ。
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 そのような渋川のいい大人でありながらも決して子ども心や遊び心を忘れていない“あんちゃん”的なキャラクター性によって、映画は業界のある種汚い側面を戯画して描きながらも、あくまでも楽天的なムードをまとっている。日本のインディーズ映画シーンであがく者たちの姿は、映画作りの世界に淫した負け犬たちのように映るかもしれない。しかし、ジョン・カサヴェテスやカート・コバーン、ラモーンズに憧れ続け、40歳になるまで夢を諦めきれなかったテツオには、愚かなまでのピュアな映画への信仰心が感じられる。いつまでもプライドだけは持ち続けていた諦めの悪い男が、ただひとりのヒロインを求め、それをかなぐり捨て土下座することは、冒涜してしまった映画そのものへの懺悔なのである。  彼らは、映画しか愛せないどうしようもない人間であり続けるのだろう。たとえその愛が報われなかろうと。 (文=常川拓也) ■公開情報 『下衆の愛』 2016年4月2日(土)よりテアトル新宿レイトショーほか全国順次公開 (C)third window films 配給:エレファントハウス  製作会社:サードウィンドウフィルムズ 宣伝:フリーストーン  2015年/日本/110分/カラー  公式サイト:http://www.gesunoai.com

SMAP、CMが0本に! セブンに続きUSJ終了で「5人が消えてく」と悲痛な叫び

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社会的なイメージの損失はファンすらこうしてえぐるのですね

 1月の解散報道後、5人でのメディア露出が激減しているSMAP。報道時、グループはセブン&アイ・ホールディングスとユニバーサル・スタジオ・ジャパン(以下、USJ)とCM契約を結んでいる状態だったが、3月末にかけていずれも契約期間が終了したようだ。事実上、5人そろって出演するCMの放映がなくなったことが判明し、ファンからは悲痛な叫びが上がっている。

 3月21日頃、ジャニーズ事務所公式サイトのJohnny’s net&Johnny’s webのCM出演欄から、セブン&アイ・ホールディングスの記載が「消えた」と話題に。同社は騒動時、メディアの取材に対して「関係者からの連絡はないが、契約期間内は継続する」と回答していたが、3月下旬に事務所のHPからひっそりと姿を消してしまった。特にセブン‐イレブンとは『SMAP×SMAP』(フジテレビ系)内の人気コーナー「BISTRO SMAP」とコラボレーションした商品を販売し、昨秋の「ビストロ弁当」も大反響を呼んでいただけに、ファンは「SMAPとセブンのCM契約終了?」と大混乱。

堀北真希“独立騒動”がドロ沼化! 夫・山本耕史の個人事務所へ移籍か?

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 3月29日発売の「週刊女性」(主婦と生活社)で、「芸能界引退」が報じられた堀北真希。現在は映画やCMの契約更新を拒否しており、所属事務所のスウィートパワーもコントロール不能な状況になっているようだ。 「堀北は、スウィートパワーから夫・山本耕史の個人事務所に移籍したい意向のようです。堀北は山本の給料明細を見たことで、これまで事務所にかなりギャラを持っていかれていたことに気づいて、衝撃を受けたといいます。スウィートパワーには内山理名、黒木メイサ、桐谷美玲、桜庭ななみらが所属していますが、今の稼ぎ頭は堀北ですから、そう簡単に移籍を認めるわけにはいかない。泥仕合の様相を呈しています」(テレビ関係者)  堀北がここまで強く移籍を希望するのには、ほかにも理由があるという。 「山本の猛烈なアプローチを受け入れる形で電撃婚した堀北ですが、現在は彼女のほうが、山本にぞっこんになっている。お弁当を作ったり、手作りの腹巻をプレゼントしたり、通販で山本のためになりそうなものを見つけたら、即買っておくなど、尽くしまくっています。子どもも欲しがっているようで、芸能活動への執着はまったくないですよ」(業界関係者)  山本と同じ事務所に入れば夫婦共演の機会が増え、クールキャラで知られる堀北の「デレデレ」な姿が拝めそうだが……。