“モー娘。のビジュアル担当”工藤遥の「一番下ネタが好きな年頃」発言にファン歓喜!

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『【Amazon.co.jp限定】 モーニング娘。'16 工藤遥 写真集 「ハルカゼ」 Amazon限定カバーVer.』(ワニブックス)
 今月27日に発売される、モーニング娘。16・工藤遥の3rd写真集『ハルカゼ』(ワニブックス)のAmazon限定カバーが公開され、ファンからは「美少女すぎる!」「モー娘。のビジュアルメンの本領発揮!」という歓喜の声や、「今にも時を駆けそうだな」と、原田知世主演の映画『時をかける少女』のポスターに似ていると指摘する声も上がっている。 「黒髪のショートヘアーが印象的な工藤は、モー娘。の中でも屈指のビジュアルを誇り、美少女にも美少年にも見えることから、男性ファンのみならず、女性ファンも多く獲得しているようです。モー娘。といえば、昨年の大みそか、絶対的エースといわれた鞘師里保が卒業しましたが、鞘師の後継者として工藤をエースに推す声は多く、本人も『勝手に鞘師さんからエースのバトン受けた気になってます』と発言するなど、モー娘。を引っ張る覚悟でいるようです。工藤は現在16歳ですが、モー娘。の歴代最年少記録となる11歳11カ月でメンバー入りしていますから、その当時からのファンの間では『まさか、ここまで成長するとは』と、驚きの声が上がっているようです」(芸能関係者)  工藤が注目されているのは、ビジュアルだけではない。開けっ広げなトークでもファンをとりこにしている。 「工藤は鞘師の後任として、明石家さんまがパーソナリティを務めるMBSラジオ『ヤングタウン土曜日』にレギュラー出演していますが、この番組には過去、ゲストとして2度出演しており、1度目の出演時には冒頭から、さんまと村上ショージに対して『おじいちゃんと話しに来たみたいな雰囲気です』と発言。2度目の出演時には、以前、道重さゆみよりも自分のほうがかわいいと発言したがために、かわいいキャラを維持するため、食事制限していると語った工藤だが、さんまから『「私道重さんよりブサイクです、そんで鞘師さんもそんな好きじゃないです」って言うたら気持ち良く生きていけるんちゃうか』などと助言されると、『訂正することに、むしろストレスを感じます』と、強気なコメントを残しています。また、レギュラー決定後に出演した昨年12月26日の放送では、『一番下ネタが好きな年頃やもんな』とさんまに話を振られ、『そうですね。学校でも、よく話題に出ますね』と返答。これには、ファンから『事務所NGないのか?』『あのビジュアルで下ネタ言われたらキュン死するわ!』と歓喜の声が上がっていました」(同) 『ヤングタウン土曜日』はハロプロ所属の人気メンバーの登竜門といわれているだけに、工藤はモー娘。のエース候補の中で一歩抜きんでた存在といえそうだ。

Kis-My-Ft2・北山宏光、「どうかしてる」と本音! ジャニーズの◯◯文化は「負の連鎖」?

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みっくんは肉体労働系の作業着が似合うよ!

 デビュー5周年を迎えるKis‐My‐Ft2。今年は北山宏光に続き横尾渉が30歳になる年でもあり、すっかり“大人のグループ”へと進化している。しかし、Jr.時代からデビュー当時の彼らの姿がやんちゃだったのは、ファンもよく知っているところ。メンバーもかつての自身の姿に思うところがあるようで、1月27日放送のラジオ番組『Kis‐My‐Ft2 キスマイRadio』(文化放送)では、「ヤバかった」Jr.時代について語った。

 きっかけは、アパレル店員をしているというリスナーから届いた、「洋服を買うときは店員と話すか、それとも嫌な顔をするか」という質問。二階堂高嗣は「俺、大っ嫌い」と即答し、洋服は1人で見たいため、「『今、これはやってるんで』とか『それお客さんにすごい似合ってますね』って言われると、俺買いたくなくなる」んだとか。そうした褒め言葉をほかの客にも言っているのではないかと疑ってしまうそうだ。

EXILEも“排除”される!? ジャニーズ「イメージ回復」に手段を選ばない、メリー喜多川氏の仕打ち

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 1日放送の『SMAP×SMAP』(フジテレビ系)は、4月で同番組が20周年を迎えることから、番組のHPで募集した「もう1度見たい名シーン」の第1弾として、「シングル50曲ノンストップライブ!」のディレクターズカット版が放送された。

 その番組冒頭、1996年に同グループを脱退し、オートレーサーに転身した森且行の姿が映し出された。この放送にネット上でファンは歓喜の声を上げる。「森くーん!」「森くんが出てる!」とお祭り騒ぎになったようだ。そして「ありがとうスマスマ」「泣ける」などのコメントも寄せられていた。

 長い間、森の存在を口に出すことはSMAPや芸能界で“タブー”のようなものとされてきたのは、ご存知の方も多いだろう。スペシャル番組や2014年の『27時間テレビ』(フジテレビ系)などで時折その名前が出る程度。脱退後に共演したことももちろんない。オートレーサーになるためにグループを辞める際、ジャニーズ事務所とゴタゴタがあったせいで、事務所側からNGが出ているという話もある。

 そんな中、VTRとはいえ『スマスマ』でのいきなりの出演。「森くんが見たい」というファンの気持ちを汲み、解散騒動や生謝罪など物議をかもしたSMAPの「イメージ回復」の一端と見た人も決して少なくはないだろう。

「今回のSMAPの騒動が、SMAP単独のみならずジャニーズ全体のイメージを低下させたのは間違いなく、メリー喜多川氏など“上役”の事務所内における絶対的な権力を認識させるには十分なものでした。森の出演は、そうした印象を少しでも和らげるための道具と理解できてしまいます。今後もジャニーズ事務所は、あの手この手でSMAPの、ジャニーズ全体のイメージを回復させるべく行動するでしょうね」(芸能記者)

 これまでもジャニーズは、その絶対的な権力で特にテレビ局に対し発言力を有してきた。よくウワサされるのは、ジャニーズと“カブる”アーティストを潰すとされる「競合潰し」だ。

 DA PUMP、w-inds.、Leadなど、歌って踊れるという点でジャニーズとバッティングする部分のあったグループは、いずれも音楽番組で共演することはほぼなく、その後テレビの画面から消えていくというパターンがある。単純に歌もダンスも一枚上手な彼らのせいで、ジャニーズの“下手さ”加減が明確になるのを避けているという話もあるが……。

 いずれにせよ、ジャニーズのイメージを守るためなら競合を潰すこともいとわないとされるジャニーズ。世間のイメージが悪くなる一方の中、特にメリー氏がさらなる“攻撃”に移るのではと危惧する声もある。

「現在、歌って踊れる人気グループといえば、ここ数年高い人気を保持し続けてきたEXILEの名前が挙がります。彼らの歌やパフォーマンスには一定のファンがついてはいるものの、ドラマなど他の活動では酷評を浴びたり、低視聴率を記録することもしばしば。最近ではアンチも増えてきて、その勢いにも陰りが見えてきました。SMAPの生出演した『スマスマ』が高視聴率を記録したことで、ジャニーズのテレビに対する影響力が今もって強いことを示し、メリー氏も手段を選ばず人気回復に努めるとなれば、邪魔な“競合”の排除に動く可能性も否定できませんね」(同)

 おそるべきジャニーズの力。他の事務所のアイドルが気の毒で仕方がない……。

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レディー・ガガ、グラミー賞でデヴィッド・ボウイ追悼パフォーマンス

レディー・ガガが第58回グラミー賞で故デヴィッド・ボウイに向けた追悼パフォーマンスを行うことになった。今月15日に開催予定の同授賞式で、デヴィッドの1983年作アルバム『レッツ・ダンス』をプロデュースし晩年のデヴィッドとも親交を続けていたナイル・ロジャースをミュージック・ディレクターに据えてガガが追悼パフォーマンスを行い、デヴィッドには功労賞が贈られる予定だ。 同賞のエグゼクティブ・プロデューサーを務めるケン・エールリッヒ氏は「レディー・ガガを今年のショーでブッキングしていました。ですが、デヴィッドが死去した際、すぐに方向性を変えなければならないことはわかっていました。すぐさまガガがデヴィッドを追悼する人物であると判断し、同意を得ました。彼女はその役に完璧です」とコメントする。さらにエールリッヒ氏のもとにはアーティスト数人からこの追悼パフォーマンスに参加したいとリクエストがあり、それにふさわしいと判断できる人物もいたものの、ほとんどがふさわしくなかったことから、ガガを選んだ自身の判断を貫ぬくことを決めたようだ。 ガガは授賞式の閉幕前の7分間にデヴィッドの曲を最低でも3、4曲はカバーする予定のようだ。 そんなガガはデヴィッドが死去した際、デヴィッドの素晴らしい音楽とファッション、多様な面を表現する音楽を作る才能など全ての部分においてアーティストとして影響を受けたと話していた。「デヴィッド・ボウイに夢中になったときは、ニューヨークの(元移民街)ローワー・イースト・サイドに住んでいて、彼のグラマーさが人々にメッセージを伝えるものであるようにいつも感じていて、それが人々の魂を癒していたの」

結婚に向かない男・狩野英孝と「結婚前提の付き合い」をする女たちの不可解

 狩野英孝(33)をめぐる女性関係のトラブルが、親まで巻き込んでいる。川本真琴(42)による「私の彼を取らないで下さい」ツイートから始まり、その“彼”が狩野だったことが明らかになるも、今度は元レースクイーンでモデルの加藤紗里(25)が「自身こそが狩野の彼女、川本はストーカー」と暴露し、てんやわんやだ。  3日には、川本の父親が『ノンストップ!』(フジテレビ系)に電話出演。狩野について「(テレビ)番組に出てけっこう面白いことを言っているし、なかなか愉快な人だと思っています」と好意的な反応を示していた。娘がその愉快な人のストーカー扱いされていることは知っているのだろうか?  一方、同日の『白熱ライブビビット』(TBS系)には狩野の母親が電話出演し、「芸能人との結婚には反対」と明かし、ただでさえ登場人物が多く厄介な一件にそれぞれの家族が参戦するという事態に。この日正午には、川本が「この度は、私の幼稚なツイートによりお騒がせすることになってしまい反省しています」とツイート。「一生一緒にいようって話してるし、思ってます」とつぶやいた時とは別人のように意気消沈しているようだ。  この騒動でもっとも美味しい思いをしているのは、他ならぬ無名モデル・加藤だろう。狩野の本命(?)を自称した加藤は、4日の『PON!』(日本テレビ系)にVTR出演。仕事で滞在していたタイから帰国し、羽田空港で取材を受けた加藤は、狩野について「お互い、真剣に交際しています」と話した。交際の申し込みは狩野からで、その際に結婚前提で付き合うことを求められており、加藤も同意しているとのこと。川本には、「川本真琴さんが英孝をそこまで愛しているなら譲ります」とのリプライを送っていた加藤だが、結局けん制しただけなのか。  ただ、狩野の魅力について問われた際には「ないです。ホントにないんですよ。自分のことをイケメンと思っている自信。ポジティブさぐらいですかね」と冷めた様子。自ら交際を暴露したわりには狩野に対してとても厳しい加藤。これは照れ隠しなのか、それとも本命彼女としての余裕なのだろうか? 単純に、テレビ出演を目的にした「売名行為」にも見えるが……。  狩野は以前から女癖の悪さが有名で、独身時代は交際相手以外の女性とホテルで密会している姿がスクープされたり、前妻と結婚後たった6日で浮気が発覚するなど、パートナーを一人に絞れないタチである。今回はたまたま川本や加藤の暴露で三角関係が明るみになっただけで、狩野にとって複数人との交際は、いわば平常運行の恋愛なのかもしれない。それを都合よく利用して成り上がることができるのならば、加藤にとって狩野との交際は大きなメリットだろう。ただ、「結婚前提の付き合い」がもし本気ならば、加藤もまた泣きを見ることになる。どう見ても彼は結婚に向かないタイプである。狩野としては、もう結婚などせずに、今回のような事態にならないよう女性たちのケアを怠らずにうまく遊ぶのが一番いいのではないだろうか。 (ルイコスタ松岡)

【閲覧注意】19世紀の野蛮な外科手術が怖すぎる、痛すぎる、残酷すぎる!

 21世紀になり、医療技術の進歩は目覚ましいものがある。しかしそれでも、いざ自分が「手術」を受けるとなると入院、麻酔、痛みや出血などが気になり、憂鬱な気分になる人が大多数ではないだろうか。 ■170年前の“死亡率80%の”外科手術  医療専門の歴史家リチャード・バーネット氏によって新しく出版された、『Crucial Interventions - An Illustrated Treatise on the Principles & Practices of Nineteenth-Century Surgery(重要処置 ― 19世紀の外科手法の原理と治療法の図解付き論文)』は、非常に珍しい17~19世紀の外科手術の教科書である。
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1846年の斜視の手術。麻酔無しで目を切り開く 「Daily Mail」より
 この本を見ると当時の医者は手術中、麻酔なしで患者の身体を切り開き、骨を砕き、脚を切断していたことがわかる。19世紀のロンドンの病院では手術を受けた患者の大多数は術後ショック、出血多量、感染症により死亡し、その死亡率は80%にも上ったという。  わずか170年前までの外科手術は、暗黒の時代だったのだ。手術には耐え難い痛みが伴い、傷は化膿する。虫垂炎でもほとんどの患者が死亡したらしい。
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口中手術後の下顎再形成手術の様子 「Daily Mail」より
 19世紀後半、外科手術は初めてカラーで図解され1冊の教本となった。このことによって手術は格段と進歩を遂げたといわれる。また1865年、ジョセフ・リスターが消毒剤を発見し、外科医はより複雑な手術の実施が可能になった。 ■19世紀の手術:麻酔と消毒薬の発見  1840年代までの外科手術は、「悪い部分をとにかく切断する」のが主流であった。馬車に轢かれた患者は屈強な男たちに押さえつけられ、無理やり足をナイフで切断された。切断後は、傷口に焼きゴテを当てて出血を止め、患者は痛みで失神した。手術後は運が悪ければ細菌感染や出血多量で死亡、運が良ければ自分の免疫で感染症を乗り越えた。
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つま先と足の切断方法。器具は単にナイフが使われた 「Daily Mail」より
 そしてその時代の優れた外科医の条件は、いかに早く身体を切り開くか、また患者が痛みのせいで叫んでもそれを無視する鋼の精神を持ち合わせているか、であったという。そのため「手術を受ける」のは拷問を受けるのと同じであり、手術を受けるのが嫌で自殺した患者も少なくなかったらしい。  また、この時代には手洗いの習慣がなかった。病院で多くの患者が死亡し、外科医は死体解剖の終わった手で、そのまま別の患者の手術を行っていたのである。当時の医者は手術後に傷口が化膿するのは当たり前で、むしろ化膿した方が早く治るとも考えていたという。
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この図は麻酔無しで行われる舌がん摘出手術。単に腫瘍部分をハサミで切り取り、縫い合わせる。神経を繋ぐ事はまだ考えられていない 「Daily Mail」より
 また、たとえ病気にならなくても日常に危険は満ちていた。お産の時には細菌感染である産褥熱(さんじょくねつ)によって、10人に1人の妊婦が死んだという記録が残されている。特に病院でお産をすると死ぬ妊婦が多く(それは医者や看護婦の手を介しての細菌感染だったのだが)、家で産婆の手による自宅出産の方が死亡率は低く、安全といわれていたという。
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最も古い記録。1675年頃の修道女によって行われていた涙嚢瘻孔(るいのうろうこう)の手術 「Daily Mail」より
 外科手術にはそんな拷問と等しい期間が長い間続いた。しかしついに1846年、ロバート・リストンがエーテル使用の無痛手術による足切断に初めて成功。それに続き1年後に、ジェームス・シンプソンがクロロホルムを発見し、「麻酔」という概念が初めて外科医に芽生えたのだ。  麻酔なしの外科手術を想像してみてほしい。切り開かれるお腹、串刺しにされる眼球、輪切りにされる脳、そしてナイフで切ら取られる足――繰り返すが、これらは全て麻酔なしに行われたのだ。外科手術の死亡率が80%であったことを考えると、いっそ手術をしない方が長生きできたのではないかと考えてしまう。しかしこの時代に手術を受けた患者がいたからこそ、今我々は外科手術や麻酔、そして消毒薬の恩恵を受けているのである。科学の進歩が、人の命を奪う兵器の開発などではなく、医学の発達など人間の生活をより良い方向に向けられることを願わずにはいられない。 (文=三橋ココ) 参考:「Daily Mail」、ほか

【閲覧注意】19世紀の野蛮な外科手術が怖すぎる、痛すぎる、残酷すぎる!

 21世紀になり、医療技術の進歩は目覚ましいものがある。しかしそれでも、いざ自分が「手術」を受けるとなると入院、麻酔、痛みや出血などが気になり、憂鬱な気分になる人が大多数ではないだろうか。 ■170年前の“死亡率80%の”外科手術  医療専門の歴史家リチャード・バーネット氏によって新しく出版された、『Crucial Interventions - An Illustrated Treatise on the Principles & Practices of Nineteenth-Century Surgery(重要処置 ― 19世紀の外科手法の原理と治療法の図解付き論文)』は、非常に珍しい17~19世紀の外科手術の教科書である。
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1846年の斜視の手術。麻酔無しで目を切り開く 「Daily Mail」より
 この本を見ると当時の医者は手術中、麻酔なしで患者の身体を切り開き、骨を砕き、脚を切断していたことがわかる。19世紀のロンドンの病院では手術を受けた患者の大多数は術後ショック、出血多量、感染症により死亡し、その死亡率は80%にも上ったという。  わずか170年前までの外科手術は、暗黒の時代だったのだ。手術には耐え難い痛みが伴い、傷は化膿する。虫垂炎でもほとんどの患者が死亡したらしい。
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口中手術後の下顎再形成手術の様子 「Daily Mail」より
 19世紀後半、外科手術は初めてカラーで図解され1冊の教本となった。このことによって手術は格段と進歩を遂げたといわれる。また1865年、ジョセフ・リスターが消毒剤を発見し、外科医はより複雑な手術の実施が可能になった。 ■19世紀の手術:麻酔と消毒薬の発見  1840年代までの外科手術は、「悪い部分をとにかく切断する」のが主流であった。馬車に轢かれた患者は屈強な男たちに押さえつけられ、無理やり足をナイフで切断された。切断後は、傷口に焼きゴテを当てて出血を止め、患者は痛みで失神した。手術後は運が悪ければ細菌感染や出血多量で死亡、運が良ければ自分の免疫で感染症を乗り越えた。
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つま先と足の切断方法。器具は単にナイフが使われた 「Daily Mail」より
 そしてその時代の優れた外科医の条件は、いかに早く身体を切り開くか、また患者が痛みのせいで叫んでもそれを無視する鋼の精神を持ち合わせているか、であったという。そのため「手術を受ける」のは拷問を受けるのと同じであり、手術を受けるのが嫌で自殺した患者も少なくなかったらしい。  また、この時代には手洗いの習慣がなかった。病院で多くの患者が死亡し、外科医は死体解剖の終わった手で、そのまま別の患者の手術を行っていたのである。当時の医者は手術後に傷口が化膿するのは当たり前で、むしろ化膿した方が早く治るとも考えていたという。
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この図は麻酔無しで行われる舌がん摘出手術。単に腫瘍部分をハサミで切り取り、縫い合わせる。神経を繋ぐ事はまだ考えられていない 「Daily Mail」より
 また、たとえ病気にならなくても日常に危険は満ちていた。お産の時には細菌感染である産褥熱(さんじょくねつ)によって、10人に1人の妊婦が死んだという記録が残されている。特に病院でお産をすると死ぬ妊婦が多く(それは医者や看護婦の手を介しての細菌感染だったのだが)、家で産婆の手による自宅出産の方が死亡率は低く、安全といわれていたという。
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最も古い記録。1675年頃の修道女によって行われていた涙嚢瘻孔(るいのうろうこう)の手術 「Daily Mail」より
 外科手術にはそんな拷問と等しい期間が長い間続いた。しかしついに1846年、ロバート・リストンがエーテル使用の無痛手術による足切断に初めて成功。それに続き1年後に、ジェームス・シンプソンがクロロホルムを発見し、「麻酔」という概念が初めて外科医に芽生えたのだ。  麻酔なしの外科手術を想像してみてほしい。切り開かれるお腹、串刺しにされる眼球、輪切りにされる脳、そしてナイフで切ら取られる足――繰り返すが、これらは全て麻酔なしに行われたのだ。外科手術の死亡率が80%であったことを考えると、いっそ手術をしない方が長生きできたのではないかと考えてしまう。しかしこの時代に手術を受けた患者がいたからこそ、今我々は外科手術や麻酔、そして消毒薬の恩恵を受けているのである。科学の進歩が、人の命を奪う兵器の開発などではなく、医学の発達など人間の生活をより良い方向に向けられることを願わずにはいられない。 (文=三橋ココ) 参考:「Daily Mail」、ほか

【閲覧注意】19世紀の野蛮な外科手術が怖すぎる、痛すぎる、残酷すぎる!

 21世紀になり、医療技術の進歩は目覚ましいものがある。しかしそれでも、いざ自分が「手術」を受けるとなると入院、麻酔、痛みや出血などが気になり、憂鬱な気分になる人が大多数ではないだろうか。 ■170年前の“死亡率80%の”外科手術  医療専門の歴史家リチャード・バーネット氏によって新しく出版された、『Crucial Interventions - An Illustrated Treatise on the Principles & Practices of Nineteenth-Century Surgery(重要処置 ― 19世紀の外科手法の原理と治療法の図解付き論文)』は、非常に珍しい17~19世紀の外科手術の教科書である。
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1846年の斜視の手術。麻酔無しで目を切り開く 「Daily Mail」より
 この本を見ると当時の医者は手術中、麻酔なしで患者の身体を切り開き、骨を砕き、脚を切断していたことがわかる。19世紀のロンドンの病院では手術を受けた患者の大多数は術後ショック、出血多量、感染症により死亡し、その死亡率は80%にも上ったという。  わずか170年前までの外科手術は、暗黒の時代だったのだ。手術には耐え難い痛みが伴い、傷は化膿する。虫垂炎でもほとんどの患者が死亡したらしい。
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口中手術後の下顎再形成手術の様子 「Daily Mail」より
 19世紀後半、外科手術は初めてカラーで図解され1冊の教本となった。このことによって手術は格段と進歩を遂げたといわれる。また1865年、ジョセフ・リスターが消毒剤を発見し、外科医はより複雑な手術の実施が可能になった。 ■19世紀の手術:麻酔と消毒薬の発見  1840年代までの外科手術は、「悪い部分をとにかく切断する」のが主流であった。馬車に轢かれた患者は屈強な男たちに押さえつけられ、無理やり足をナイフで切断された。切断後は、傷口に焼きゴテを当てて出血を止め、患者は痛みで失神した。手術後は運が悪ければ細菌感染や出血多量で死亡、運が良ければ自分の免疫で感染症を乗り越えた。
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つま先と足の切断方法。器具は単にナイフが使われた 「Daily Mail」より
 そしてその時代の優れた外科医の条件は、いかに早く身体を切り開くか、また患者が痛みのせいで叫んでもそれを無視する鋼の精神を持ち合わせているか、であったという。そのため「手術を受ける」のは拷問を受けるのと同じであり、手術を受けるのが嫌で自殺した患者も少なくなかったらしい。  また、この時代には手洗いの習慣がなかった。病院で多くの患者が死亡し、外科医は死体解剖の終わった手で、そのまま別の患者の手術を行っていたのである。当時の医者は手術後に傷口が化膿するのは当たり前で、むしろ化膿した方が早く治るとも考えていたという。
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この図は麻酔無しで行われる舌がん摘出手術。単に腫瘍部分をハサミで切り取り、縫い合わせる。神経を繋ぐ事はまだ考えられていない 「Daily Mail」より
 また、たとえ病気にならなくても日常に危険は満ちていた。お産の時には細菌感染である産褥熱(さんじょくねつ)によって、10人に1人の妊婦が死んだという記録が残されている。特に病院でお産をすると死ぬ妊婦が多く(それは医者や看護婦の手を介しての細菌感染だったのだが)、家で産婆の手による自宅出産の方が死亡率は低く、安全といわれていたという。
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最も古い記録。1675年頃の修道女によって行われていた涙嚢瘻孔(るいのうろうこう)の手術 「Daily Mail」より
 外科手術にはそんな拷問と等しい期間が長い間続いた。しかしついに1846年、ロバート・リストンがエーテル使用の無痛手術による足切断に初めて成功。それに続き1年後に、ジェームス・シンプソンがクロロホルムを発見し、「麻酔」という概念が初めて外科医に芽生えたのだ。  麻酔なしの外科手術を想像してみてほしい。切り開かれるお腹、串刺しにされる眼球、輪切りにされる脳、そしてナイフで切ら取られる足――繰り返すが、これらは全て麻酔なしに行われたのだ。外科手術の死亡率が80%であったことを考えると、いっそ手術をしない方が長生きできたのではないかと考えてしまう。しかしこの時代に手術を受けた患者がいたからこそ、今我々は外科手術や麻酔、そして消毒薬の恩恵を受けているのである。科学の進歩が、人の命を奪う兵器の開発などではなく、医学の発達など人間の生活をより良い方向に向けられることを願わずにはいられない。 (文=三橋ココ) 参考:「Daily Mail」、ほか

「これからの才能があちこちで産声をあげている」門間雄介が“日本映画の新世代”を探る連載開始

【リアルサウンドより】  1月8日、アップリンクの東京上映最終日に観た『孤高の遠吠』は、噂にたがわず、とんでもなくでたらめで、とんでもなく面白い映画だった。「ははは、マジかよ」。エンドロールで意外にも福山雅治「HELLO」のカバー・バージョンが流れだした時、終始ぶつぶつ呟いていた隣席の客が、聞こえるか聞こえないかくらいの声音で言った。まさにそうだ。『孤高の遠吠』は一作まるごと「ははは、マジかよ」な作品だった。  カナザワ映画祭2015で上映され、静岡県富士宮市のガチな不良たちを起用して話題となったこの問題作は、現在25歳の小林勇貴監督(①)によるバイオレンス群像劇だ。撮影中に出演者が失踪したり、逮捕されたり、あるいはゲリラ撮影のバイク走行シーンがおそらくイリーガルだったり、そういった話題性の点だけでも十分に観る価値のある作品だが、感心したのはストーリーが何より魅力的だったことだ。合計前科数数十犯の凶悪な猛者が次々とあらわれ、不良たちによる抗争は激化し、となりの富士市まで拡大していく。ヤンキー漫画10巻分を一篇に凝縮したような内容を、セリフが録れていないなどの技術的な不備はお構いなしに、この映画は一気に語り倒す。  思い出したのは『定本 映画術』のなかでアルフレッド・ヒッチコックがフランソワ・トリュフォーに説いたストーリーテリングの基本だ。“子どもたちにお話を聞かせていると、こう尋ねてくるだろう、「ねえ、次はどうなるの?」って”。ヒッチコックは主にサスペンスの手法として、ストーリーはそのような対話を通して語られるべきだと主張している。でもそれはジャンルを問わず、娯楽作において観る人を惹きつけるために、作り手が心の片隅にとどめておくべきことだ。きっと『孤高の遠吠』を観る人も同じようなことを感じるだろう。ねえ、次はどうなるの? ははは、マジかよ。  わずか5万円強という超低予算でこの作品を作りあげた小林勇貴をはじめ、目を配れば、これからの才能があちこちで産声をあげている。大学の卒業制作作品ながら堂々とした完成度を誇った竹内里紗監督(②)の『みちていく』や二宮健監督(③)の『SLUM-POLIS』は、昨年観た映画のなかでもこれはと思うものだった。こういった才能のほとばしりを観て、数億円かけてこんな出来かというような映画を作ってしまう監督たちは何を思うんだろう? あの人とか、あの人とか。  映画の出来不出来を監督の力量だけに起因させる作家論は、いまや一種のファンタジーかもしれない。映画の制作には多くの人の思索と思惑が絡みあい、とりわけ予算規模が大きくなるほど、その方向性は関係者のコミュニケーションによって決定づけられるからだ。でも監督でなければできないことが紛れもなくあって、それは映画の出来不出来を大きく左右する。例えば役者を撮影現場でどう演出するか。その魅力をどのように引きだすか。そういったことは監督の匙加減ひとつでいかようにでもなる。  今泉力哉監督(④)はインディペンデントな監督のなかでも役者を活かすことに長けたひとりだが、『知らない、ふたり』を観ると、彼が演出において何を大事にしているかわかる気がする。片想いも両想いも二股も、等価な恋心として扱うこの恋愛群像劇が焦点を当てるのは、誰かを好きになる瞬間に心が跳ねたり弾けたりする、その揺れ動きだ。じゃあNU'ESTのメンバーを主人公に起用し、韓国語と日本語が交錯する芝居を通して、その心の揺れ動きをどう表現するのか。演出が強調しているのは――少なくとも僕にはそう思えるのは――鮮度だろう。  役者の新鮮な芝居を、鮮度もそのままにすくいとること。それは心のなかで何らかの感情が芽生える瞬間を、漏らさずカメラでとらえることと相通じている。人づてに聞けば、彼の現場はテイクを多く重ねることなく、撮影に長時間を費やすことがないらしい。きっとインディペンデント作品ならではの制作環境も影響しているはずだが、これまでの作品でも鮮度管理を決して怠らなかった彼の演出は、この作品はもちろんのこと、ひょっとしたらいずれ規模が大きくなる将来の作品でも、役者を活かすことにつながるだろう。  「あの子どもたちの演出に嫉妬する」。かつて『ジャーマン+雨』を観た山下敦弘監督がそう話したのは、『俳優 亀岡拓次』の横浜聡子監督(⑤)だ。たとえ子どもたちであっても嘘っぽい芝居を排し、その生き生きとした部分を絶妙に引きだす彼女の演出は、7年ぶりの長編監督作となった今回の作品でも錆びついていない。主演の安田顕が扮するのは、さまざまな映画の現場で奇跡を起こす脇役俳優、亀岡拓次。でも奇跡を起こす俳優役だからと言って、目が飛び出るとか、何度も吐しゃするとか、そう書かれた脚本通りに誰もが芝居できるわけではない。当たり前だ。なかには脚本を読んだだけではイメージしにくい、光と影と音によって構成されると書かれた、外国人監督とのオーディションシーンもある。  でもそうやってもうけられたいくつもの難関難所が、結果として、すでに芸達者で知られる安田顕のポテンシャルをさらに引きだすことに成功した。原作はあるものの、そのような趣向を凝らした脚本は当然、横浜聡子自身の手によって書かれている。つまりそれも演出に組み込まれた一部なのだ。  役者にチャレンジさせることで、その能力を遺憾なく発揮させる。そんな手法を近年得意としているのがカナダ出身のジャン=マルク・ヴァレ監督だ。以前、彼が海外サイトのインタビューでこんなふうに語っているのを目にしたことがある。“(ハリウッドの)役者は金も名誉も手に入れている。彼らが欲しがっているのはチャレンジだ”。『ダラス・バイヤーズクラブ』のマシュー・マコノヒー、『わたしに会うまでの1600キロ』のリース・ウィザースプーンといった具合に、彼の作品から続けてオスカー候補が生まれたのは偶然ではない。『俳優 亀岡拓次』における横浜聡子の演出も、僕からすると同じような観点で評価できる。  ※人物名の後ろに丸囲みの数字が振られているのは、この人たちがこれからの日本映画を面白くしてくれるはずだという、期待と希望を込めたナンバリングです。今後も監督に限らず他のスタッフや俳優を含めて、この数字が10とか20とか50とかになるまで、たくさんの才能を紹介していく予定です。自薦、他薦などあれば編集部へ。 ■門間雄介 編集者/ライター。「BRUTUS」「CREA」「DIME」「ELLE」「Harper's BAZAAR」「POPEYE」などに執筆。 編集・構成を行った「伊坂幸太郎×山下敦弘 実験4号」「星野源 雑談集1」「二階堂ふみ アダルト 上」が発売中。Twitter ■公開情報 『俳優 亀岡拓次』 公開中 監督:横浜聡子 出演:安田顕、麻生久美子、宇野祥平、新井浩文、染谷将太 原作:戌井昭人「俳優・亀岡拓次」(フォイル刊)  製作:『俳優 亀岡拓次』製作委員会 配給:日活 (c)2016『俳優 亀岡拓次』製作委員会 公式サイト:http://kametaku.com/

“演技派若手女優”黒木華がTBS『重版出来!』で連ドラ初主演! 豪華キャストも“低視聴率”のにおいがプンプン……

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TBS系『重版出来!』より
 ようやくというべきか……。“演技派”として、高い評価を受けている若手女優の黒木華が、4月期のTBS系ドラマ『重版出来!』(火曜午後10時~)で、待望の連ドラ初主演を果たす。  原作は、青年漫画雑誌「月刊!スピリッツ」(小学館)で2011年11月号から連載されている松田奈緒子氏の同名漫画。脚本は、映画『図書館戦争』シリーズ、ドラマ『空飛ぶ広報室』(13年/TBS系)、『掟上今日子の備忘録』(15年/日本テレビ系)などを手掛けた野木亜紀子氏が担当する。  ドラマの舞台となるのは、大手出版社・興都館(こうとかん)の週刊コミック誌「バイブス」編集部。柔道一筋で元五輪代表候補だった主人公・黒沢心(黒木)は、新卒で同社に入社し、同編集部に配属される。厳しい出版業界の中で、黒木と仲間たちが次々と襲いかかる難題に奮闘する姿を描いた作品だ。  黒木は、12年度後期のNHK連続ドラマ小説『純と愛』で注目を集め、13年には映画『舟を編む』『シャニダールの花』で、『第37回日本アカデミー賞』新人俳優賞、『第56回ブルーリボン賞』新人賞を受賞。14年には映画『小さいおうち』で、『第64回ベルリン国際映画祭』最優秀女優賞、『第38回日本アカデミー賞』最優秀助演女優賞を受賞。15年にも、映画『母と暮せば』で『第39回日本アカデミー賞』優秀助演女優賞を受賞するなど、25歳の若さで多くの賞を受けた実力派だ。  ドラマでは、14年度前期のNHK朝ドラ『花子とアン』で、土屋太鳳と共に主役・吉高由里子の妹役を好演。『リーガル・ハイ』第2シリーズ(13年10月期/フジテレビ系)では異色の弁護士役、『天皇の料理番』(15年4月期/TBS系)では主役・佐藤健の妻役を演じた。現在放送中のNHK大河ドラマ『真田丸』では、真田家臣のきり(長澤まさみ)の幼なじみ・梅役で起用され、存在感を発揮している。 『重版出来!』は、豪華なキャストが名を連ねている。準主役は、「バイブス」の編集者で、次期編集長候補のオダギリジョー。そのほか、坂口健太郎、荒川良々、永岡佑、前野朋哉、小日向文世、滝藤賢一、要潤、永山絢斗、ムロツヨシ、高田純次、安田顕、松重豊らの演技派がズラリそろった。  ただ、不安点がないわけではない。主役の黒木を含め、演技派が多く、キャストは地味な印象が拭えない。さらに準主役は、“低視聴率男”と呼ばれたオダギリだ。ドラマの内容重視の視聴者ならともかく、そうではない視聴者にとっては“派手さ”に欠けそうな雰囲気。若い視聴者層にアピールできる出演者は、坂口と永山くらいのものだ。  ましてや、このTBSの「火10ドラマ」枠は、14年4月期にスタートして以来、数字が取れておらず、ずっと視聴率は1ケタ続き。今クールの『ダメな私に恋してください』(深田恭子主演)は健闘しているほうだが、それでも一度も2ケタ台に乗っていない。  そんなわけで、“低視聴率”のにおいがプンプンしてくる『重版出来!』だが、その悪い予想を覆してほしいものだ。 (文=森田英雄)