月別アーカイブ: 2016年2月
清原和博容疑者の覚せい剤逮捕で“大逆風”でも名前を変えない、元妻・亜希の計算とは?
覚せい剤所持容疑で元プロ野球選手・清原和博容疑者が逮捕されたことで、2014年に離婚した元妻のモデル・清原亜希には、ファッション誌の撮影がキャンセルになるなど逆風が吹いている。彼女の起用に携わった編集者は「軌道に乗った路線が壊れた状態」だという。 「亜希さんは、バブル期を謳歌したアラフィフ女性の消費を見据えたファッション誌『GOLD』(世界文化社)なんかで、セレブな美魔女としての起用が増えていましたが、“バブルよ、もう一度”という世代なので、夫の会社が倒産とか、夫が逮捕されるとか、そういう話は絶対NGなんです。熟年ファッション誌の場合、高級ブランドが主要スポンサーですから、元夫の逮捕という話題は、敬遠される要因になります」(同) 今回、撮影がキャンセルになったのも大手広告代理店による判断で、編集部よりスポンサーの意向があったといわれる。 「ファッション誌の場合、誌面に登場するだけでなく、化粧品やアパレルメーカーとのタイアップ企画が付帯するので、編集部の意向だけではどうにもならないところがある」と同編集者。 亜希が専属モデルを務めるファッション誌「Marisol」(集英社)もアラフォーのカジュアルスタイルを売りにしており、編集部は「今後も(亜希の起用は)予定通り」としているものの、前出編集者は「スポンサーからのクレームひとつで、ひっくり返る話」と見ている。 逮捕後、自宅にはマスコミが殺到し、息子たちを連れてしばらく身を隠していたことが週刊誌では“逃避行”と報じられ、同情の声はかなり集まっているが、「清原の覚せい剤使用を知っていたのでは?」というイヤな臆測も飛ぶ。 元は工藤静香らとユニット活動していた亜希だが、アイドルとしては無名のままだった。現在のモデルとしての成功は、清原容疑者のおかげだった。00年、当時、巨人軍所属の大スターだった清原容疑者と結婚し、年収5億円のセレブ妻として羨望を集めたキャリアが大きい。夫が引退した08年からは芸能活動を再開したが、2年前に夫の薬物疑惑が報じられた半年後、離婚を決断。 「このとき旧姓に戻さなかったのが、痛恨のミス。聞いたところでは、本人が『清原姓なら、今後も仕事が取りやすい』と自ら損得で選んだ結果だそうですから、誰も恨めない話」と前出編集者。 離婚の際は2億円以上する自宅マンションの抵当権を息子2人に持たせる形で、売却後に約8,000万円を養育費として受け取った。そのため生活費に困ることはまずないだろうが、40代カリスマモデルとしての前途は厳しい。 亜希を知る出版関係者によると「広告の契約関係もあるので、現時点では名前はこのまま。今後変えるかどうかは本人次第」だが、「今さら名前を変えるのは格好悪いだろう」と話す。 「ただ、本人は年齢的にもモデル仕事が長く続かない覚悟はあると聞く。昨年10月、テレビ番組で、ファッション誌の撮影写真がかなり修整されていることを暴露して、息子に『ママのやってることはウソつき』と言われたと話していたが、雑誌側にとってそれはタブーな話で、不快に思った編集者もいた。でも、彼女は見た目よりずっとたくましく、関係者に媚びない」(同) 実際には小心者といわれた番長と違い、こちらは思ったより肝が据わっているのかもしれない。 (文=ハイセーヤスダ)『清原亜希 MY STYLE』(集英社)
V6、20周年ツアーDVDが13万枚超! 過去3作もトップ10入りで週間ランキング席巻
メンバーのヘアスタイルの乱れをチェックする奇跡のおじさん1号
2月17日にリリースされたV6のライブDVD&Blu‐ray『V6 LIVE TOUR 2015‐SINCE 1995 ~ FOREVER -』が、オリコンDVD・Blu‐ray週間ランキングで首位に初登場。両作合わせた売り上げは13万枚超えのロケットスタートを切り、同時期に発売された過去作品も売り上げを伸ばしている。昨年11月にCDデビュー20周年を迎えたV6だが、祝福ムードは現在も続行中だ。
V6は昨年8月30日からデビュー日の11月1日まで、20周年を記念したツアー『V6 LIVE TOUR 2015 ‐SINCE1995~FOREVER‐』を敢行。今作はDVDとともにV6史上初となるBlu‐ray版も発売となり、同日には過去にリリースされた映像作品『V6 ASIA TOUR 2010 in JAPAN READY?』『V6 live tour 2011 Sexy.Honey.Bunny!』『V6 live tour 2013 Oh!My!Goodness!』の3作品も新たにBlu‐ray化。さらに、翌週の24日にはメンバーの過去出演映画『ハードラックヒーロー』『ホールドアップダウン』『おと・な・り』『COSMIC RESCUE』もBlu‐rayとして発売される。
「新型プリウスにソックリ」加藤紗里が朝ドラに!? 実の父は見かねて“強制Uターン”決行か
狩野英孝との熱愛発覚以降、騒動を起こしたベッキーやSMAPと同レベルの注目を浴びたモデルの加藤紗里。そんな加藤に似ている顔の「自動車」が、ネット上で大いに話題である。 「自動車ってどういうこと?」と思ったかもしれないが、一部読者の中には「あの加藤紗里なら、顔の似てる車もあるかも……」など、彼女の個性的な容姿を思い浮かべて見る前から納得した人も、もしかしたらいるのかもしれない。 その自動車だが、トヨタ自動車が販売する「新型プリウス」である。ネットでは「ちょっと似てない?」などと話題になった。もともと一部で「見た目がかっこ悪い」と評判の自動車であったが、思いもよらぬ比較をされた形である。 こういうちょっとした内容でも話題になるあたり、加藤の注目度の高さがうかがい知れるところ。本人もそれを狙っているのか、とにかく自分に関するニュースに敏感に反応している。 20日、女優の遠野なぎ子が関西のローカル番組にて「共演NG」などと加藤を批判。すると22日、加藤は自身のTwitterで遠野の発言を取り上げた。以下がそのツイート文である。 「ど、ど、どーしよ、、、聞いたらこの人、朝ドラのヒロインらしい…共演NG、紗里、朝ドラ出れなくなっちゃった なんかいーたいけど 何にも言えねぇ~」(原文ママ) まあ、「加藤が朝ドラ?」「遠野なぎ子自身の仕事もあんまりないのでは」など、いろいろとツッコめるところが目白押しではあるのだが、とりあえず今の加藤はまさに「アクセル全開」、自身の話題にすばやく反応しているようだ。 ただ、広島にいる彼女の父が「痛々しい」「実家に連れて帰りたい」と女性誌の取材に答えたように、そろそろ「潮時」と見る周囲の意志もある模様。 加藤がいつ「ガス欠」してしまうのかも気になるところ。これまでの対応を見る限り、しぶとそうではあるが……。左:トヨタ プリウス製品サイトより/右:加藤紗里インスタグラムより
加藤紗里の父も“出たがり”!? 直撃取材にも完璧な取材コメント、浮かぶ疑惑
<p> 福島原発事故後も放射性物質を含む汚水漏れが各地で続いているが、2月20日には再稼働が予定される高浜原発4号機でも同様の事故が起こった。さらに福島県で行われている県民健康調査で、甲状腺がんないしは、その疑いのある子どもが167人にも上ったとも報告された。</p>
加藤紗里の父も“出たがり”!? 直撃取材にも完璧な取材コメント、浮かぶ疑惑
<p> 福島原発事故後も放射性物質を含む汚水漏れが各地で続いているが、2月20日には再稼働が予定される高浜原発4号機でも同様の事故が起こった。さらに福島県で行われている県民健康調査で、甲状腺がんないしは、その疑いのある子どもが167人にも上ったとも報告された。</p>
押尾学とは「友達じゃない」発言も……浦和レッズ司令塔・柏木陽介の危険な交友関係
2016年は激動の年といえる。 新年早々にベッキーの不倫が報じられ、直後にはSMAP解散騒動。芸能スキャンダルだけではなく、政治家も甘利明経済再生担当大臣は金銭授受疑惑で辞任し、経済は世界的な株安に見舞われた。スポーツ界でも、覚せい剤取締法違反で元読売ジャイアンツの清原和博が逮捕されるなど、日本中が震撼させられている。 その嫌な流れが、今週末に16年シーズンの開幕を迎えるJリーグにも舞い込んできた。なんと、浦和レッズの元日本代表選手である李忠成と柏木陽介、ガンバ大阪の岩下敬輔が、2009年に麻薬取締法違反と保護責任者遺棄致死罪で逮捕され、2年6月の実刑判決を受けた(現在、仮釈放中)押尾学と肩を組んでいる写真がSNS上にアップされたのだ(現在は削除)。 TwitterおよびInstagramにアップしたのは押尾自身で、「昨日楽しかったな(^_^)」と、顔文字付き。いまだに黒いウワサが絶えない押尾だけに、サッカーファンも「これはヤバいんじゃないか?」と心配していた。 東京スポーツが柏木を直撃すると「写真一緒に撮ろうと言われて『いいですよ』とは言いましたけど『(SNSに)載せないでくれ』と言いました。勝手に友達みたいに載せられて困っている……」と困惑気味に答えたという。この報道の翌日、押尾はTwitterで「しかし嘘つきが多いな…自分が可愛くてしかたないのかな…」と意味深なツイートをしていたが、これが柏木を指すのかは不明だ。2人の関係について、サッカー関係者は次のように話す。 「柏木が遊び好きなのは確かです。そのために、サンフレッチェ広島から浦和レッズというか、東京に来た。今は引っ越したかもしれませんが、都心の一等地に住んでいましたしね。でも、さすがに違法薬物に手を染めていた押尾との交友はないと思いますよ」 押尾といえば、“ビッグマウス”で名言ならぬ迷言を連発していた見栄っ張り男でもある。今回も、音楽活動を再開するにあたり、彼らサッカー選手をダシに使った可能性もある。と思いきや、前出のサッカー関係者は眉をひそめる。 「実は柏木は、俳優の永井大と親しかったようなんですよ。永井のよく行く店に、頻繁に連れていってもらったりしていましたから」(同) 永井といえば昨年末、「週刊文春」(文藝春秋)に、詐欺まがいの物件販売を行おうとしたが失敗し、トラブルになったことがスクープされた。12年ペニーオークション騒動含め、金にまつわる黒いウワサのある永井との交際も、ファンからすれば心配なところだろう。今回の報道をきっかけに、柏木は遊び相手を選定し直したほうがよいかもしれない。 (文=TV Journal編集部)押尾学Twitterより(現在は削除)
夫婦の性欲が噛み合わない時は、「セックスの目的」をズラしてみよう
◎出産後から性欲がなくなったが、夫は求めてくる。私が我慢して付き合うべき?
<菜々子さん>32歳/既婚女性
結婚して5年、2児(3歳と10カ月)の母です。未婚女性に相談するのもおかしな話かもしれませんが、聞いていただけると嬉しいです。
2人目を産んだ後から夫と、というか誰ともセックスしたくありません。性欲が湧かないんです。夫には「セックスしたくならない」と伝えているのですが、最近夫のしたいアピールがすごくて悩んでいます。
昨日も洗濯物をたたんでいる時に「今日どう?」と誘われたのですが、露骨に嫌な顔をした私を見て諦めて寝てくれました。このまま誘いを断り続けて不倫されてしまうのは嫌なんですが、セックスしたくない時にするのはしんどいんです。実際2人目を産んでから3回したのですが、まったくノリ気になれませんでした。
私が我慢して付き合うしかないのでしょうか?
---------------------------------------
菜々子さんのようなお悩みは、私の周りにいる子持ち女性からもよく聞くことがあります。それに対する考え方や対処法は人それぞれで、
①夫に誘われても「子供の世話で疲れているから」と断固拒否する。出産の苦労や産後の体調の変化は男性には理解できないものだろうが、セックスできないくらいで不倫するなんてありえない。性欲はオナニーで解消すべき。
②断るのが面倒なのでセックスには応じているが、こちらからのペッティングなどは一切しない。ただ寝ころんだ状態でいればいいので楽。
③毎回セックスを断るのも申し訳ないので、月に1度だけと決めて行っている。夫はもっとしたいようだが、これが限界。
④私は一度寝たらなかなか起きないタイプなので、夫には「セックスしたい時は私が寝ている時にして」とお願いしている。ダッチワイフ状態だが、知らない間に終わっていて夫の性欲も解消されるので好都合。
などなど。完全拒否のケースから、条件つきで夫とのセックスに臨んでいるケースもありますが、彼女たちはセックスを楽しいものとは一切思っていないところが共通。
よく考えてみれば「全く楽しいとも思わず、したくもないことをする」ってすごいことですよね。ただ、これって夫婦のセックスに限らず、日常生活でありがちなことなんじゃないでしょうか。
例えば、デートに出かける時。自分は全く興味のない場所でも、相手が「行きたい」とリクエストした場合、自分の時間を割いてそれに付き合ってあげたという経験はありませんか? 自分の時間を相手のために使う。その後、今度は相手は全く興味がないけれども、自分はすごく行きたい場所に付き合ってもらったり。お互い譲り合いながら同じ時間を過ごすということです。
セックスは自分の体を使って行うという、ものすごく体感的なものなので、無理にすると嫌悪感を覚えたり苦痛で仕方なかったりするでしょう。でも、考え方次第だと思うんです。少しだけご主人に合わせることによって、円満な夫婦生活が維持できるのならそのほうが楽ではないですか? 最初に挙げた子持ち女性の例のように「月1回ならOK」などの妥協点を見つけて、最低限できる範囲でご主人に菜々子さんの時間と体を譲ってあげる、それでもやっぱり無理でしょうか?
セックスに限らず、何事も一方のみの意見が採用され続けると、その後の関係に支障をきたす原因になることもあります。「したくない」気持ちはどうしようもありませんし、それ自体が悪いことではないです。ただ、ご主人が菜々子さんとセックスしたいと思うことも悪いことではありません。だからこそ、菜々子さんはセックスを「性欲があるからするもの」ではなく、「結婚生活を円滑に送るための譲り合いの一環」として捉え直すのもアリなのではないでしょうか。
■Lollipop-Rumiko/通称ロリルミ。中学1年で済ませた初体験を皮切りにビッチ街道を突っ走ってきたが、ここ数年それに疑問を感じ始めている26歳。しかしまだ完全にビッチを卒業することはできず。好きな男性のタイプは、ちょっとSなクンニスト。最近の悩みは、夕方になるにつれてクッキリしてくるほうれい線と、過度の飲酒と白米の食べ過ぎによってできた腰回りのぜい肉。
ある日“イスラム過激派”になった──報道の裏にあるテロリストの素顔とは!? 『僕がイスラム戦士になってシリアで戦ったわけ』
日本人ジャーナリスト・後藤健二さんがイスラム国に殺害されるショッキングな事件から、ちょうど1年が過ぎた。“イスラム過激派”。2001年のアメリカ同時多発テロ事件以降、日常的に目にする単語だが、一体彼らはどんな組織で、どんな人たちなのか? 私たちは知らない。 本書『僕がイスラム戦士になってシリアで戦ったわけ』(金曜日)の著者、鵜澤佳史(27)氏は“イスラム過激派”と呼ばれる人々と寝食を共にし、戦った人物。残虐性のみ取り沙汰される彼らの素顔や、内戦地シリアでの生活など、体験談を中心にした300ページにわたるルポをしたためた。 鵜澤氏がシリアに入ったのは、13年4月のこと。当時のシリアは、チュニジアから始まり中東各国に急速に広がっていった「アラブの春」を経て、現在も続くシリア政府軍と反体制派との戦いの真っ只中だった。 自ら志願して反体制派に加わった鵜澤氏は、指導者の元でイスラム教を熱心に勉強した。イスラム教徒でないと入隊できないうえ、彼らは、人々のために戦っているのではなく彼らの信奉する神のために戦っているため、イスラム教を理解することから始めなくてはならなかった。ムスリム(イスラム教信者)たちと共に、1日5回の礼拝をこなし、ラマダン(断食月)には水の一滴も飲まない生活を送った。そんな生活の中で、鵜澤氏は自分の中にあった彼らに対する「野蛮で残虐なテロリスト」というイメージが、「仲間思いで心温かい人たち」へと変わっていたことに気付く。 それが決定的となった出来事が起こる。シリアの都市、アレッポにある刑務所を政府軍から奪う作戦の際のこと。鵜澤氏は砲弾の攻撃に遭い、脚を負傷してしまう。身動きができないまま、1人戦場に取り残された。死を覚悟したが、銃弾の飛び交う中、決死の覚悟で鵜澤氏を助けだしたのは、他でもない“イスラム過激派”の彼らだった。 先の戦闘で受けた攻撃が原因で、眼の奥に銃弾の破片が埋没していることが発覚し、手術のために日本に帰国することになった鵜澤氏。この時も「帰国後の生活が大変だろうから」と多額の金銭を渡してくれた。たった3カ月の“イスラム過激派”としての生活だったが、鵜澤氏は彼らの本当の姿を伝えたいと強く感じたという。 本書を読み進めていくと、国内で報道される“イスラム過激派”と、鵜澤氏が目の当たりにした姿が大きく異なることに驚く。本書にもあるように、彼らは決して自爆攻撃を強要することはなく、戦闘も参加したい人が参加すればいいという程度だったのだという。 シリア騒乱での死者数は11万人以上といわれ、史上最悪の混乱となっている。幸い、日本国内では“イスラム過激派”とみられる集団による事件は、まだ起きていない。 日本人には、遠い国の出来事ではあるが、現地でいったい何が起きているのか、どんな悲惨な現状が繰り広げられているかを知るきっかけになる一冊である。『僕がイスラム戦士になってシリアで戦ったわけ』』(金曜日)
ある日“イスラム過激派”になった──報道の裏にあるテロリストの素顔とは!? 『僕がイスラム戦士になってシリアで戦ったわけ』
日本人ジャーナリスト・後藤健二さんがイスラム国に殺害されるショッキングな事件から、ちょうど1年が過ぎた。“イスラム過激派”。2001年のアメリカ同時多発テロ事件以降、日常的に目にする単語だが、一体彼らはどんな組織で、どんな人たちなのか? 私たちは知らない。 本書『僕がイスラム戦士になってシリアで戦ったわけ』(金曜日)の著者、鵜澤佳史(27)氏は“イスラム過激派”と呼ばれる人々と寝食を共にし、戦った人物。残虐性のみ取り沙汰される彼らの素顔や、内戦地シリアでの生活など、体験談を中心にした300ページにわたるルポをしたためた。 鵜澤氏がシリアに入ったのは、13年4月のこと。当時のシリアは、チュニジアから始まり中東各国に急速に広がっていった「アラブの春」を経て、現在も続くシリア政府軍と反体制派との戦いの真っ只中だった。 自ら志願して反体制派に加わった鵜澤氏は、指導者の元でイスラム教を熱心に勉強した。イスラム教徒でないと入隊できないうえ、彼らは、人々のために戦っているのではなく彼らの信奉する神のために戦っているため、イスラム教を理解することから始めなくてはならなかった。ムスリム(イスラム教信者)たちと共に、1日5回の礼拝をこなし、ラマダン(断食月)には水の一滴も飲まない生活を送った。そんな生活の中で、鵜澤氏は自分の中にあった彼らに対する「野蛮で残虐なテロリスト」というイメージが、「仲間思いで心温かい人たち」へと変わっていたことに気付く。 それが決定的となった出来事が起こる。シリアの都市、アレッポにある刑務所を政府軍から奪う作戦の際のこと。鵜澤氏は砲弾の攻撃に遭い、脚を負傷してしまう。身動きができないまま、1人戦場に取り残された。死を覚悟したが、銃弾の飛び交う中、決死の覚悟で鵜澤氏を助けだしたのは、他でもない“イスラム過激派”の彼らだった。 先の戦闘で受けた攻撃が原因で、眼の奥に銃弾の破片が埋没していることが発覚し、手術のために日本に帰国することになった鵜澤氏。この時も「帰国後の生活が大変だろうから」と多額の金銭を渡してくれた。たった3カ月の“イスラム過激派”としての生活だったが、鵜澤氏は彼らの本当の姿を伝えたいと強く感じたという。 本書を読み進めていくと、国内で報道される“イスラム過激派”と、鵜澤氏が目の当たりにした姿が大きく異なることに驚く。本書にもあるように、彼らは決して自爆攻撃を強要することはなく、戦闘も参加したい人が参加すればいいという程度だったのだという。 シリア騒乱での死者数は11万人以上といわれ、史上最悪の混乱となっている。幸い、日本国内では“イスラム過激派”とみられる集団による事件は、まだ起きていない。 日本人には、遠い国の出来事ではあるが、現地でいったい何が起きているのか、どんな悲惨な現状が繰り広げられているかを知るきっかけになる一冊である。『僕がイスラム戦士になってシリアで戦ったわけ』』(金曜日)




