
元祖フリーアイドルで声優のルンルンこと宍戸留美さんが、自らカメラマンとしてかわいい声優さんたちの写真を撮り、さらにアイドルライターの私(小明)がインタビューする不思議な連載の37回目! 今回は『魔法陣グルグル』のニケ、『超者ライディーン』の大鳥疾風、『まほろまてぃっく』の美里優など、多くのアニメで主役を演じる瀧本富士子さんが来てくれました!
――25周年、おめでとうございます! 具体的には、いつがデビューだったんですか?
瀧本 ありがとうございます。もう本当のデビューの月も忘れちゃって(笑)。けっこうみんな覚えているみたいなんで、私も「絶対に忘れちゃいけない」と思って何度も紙に書いたんですけど、結局その紙ごとなくしちゃうんですよねぇ……。
――大丈夫ですか? 銀行口座のパスワードとか覚えられてますか?
瀧本 大丈夫、忘れたら大変なことになるから(笑)
――ちなみに、日付はさておき、どの作品でデビューしたかは覚えていますか?
瀧本 えっとー……ふふふふふ。
――覚えていなさそう!
瀧本 多分、一番最初は声の仕事じゃなくって、エキストラだったと思います。あの頃、声優さんばかりでドラマを撮るっていうのがあって、そのエキストラ! 日本ナレーション演技研究所の生徒だったときにいただいたお仕事でしたね。役名があるお仕事だと、うーーーーん、ゲームのお仕事が先だったかなぁ……あ! 朝の番組でモデルをやったのが先かな!? 現場に行ったらビキニを着せられて、お風呂の中で「エクササ~イズ♪」って、痩せるための運動をしました。
――それは、声は出るんですか?
瀧本 出ません。
――(爆笑)!
瀧本 学生の頃に入ってきたお仕事って、アルバイトみたいな感じだったから、みんな楽しかったですね。「声優の仕事はいつできるんだろう?」とは思ってましたけど(笑)。
――声優を志されたのはいつでしたか?
瀧本 子どもの頃から芝居に興味があったんです。でも、小学校には演劇部がなくて、似たものを探して落語部に入って。
――落語部がある小学校の方がレアですよ! じゃあ、演劇部は中学から?
瀧本 それが、中学校にもなくって、高校でやっと演劇部に入れたんです。けど、女子校で、女が少年を演じるのが許されなくて、女子しか出てこない芝居しかできなかったんですよね。残念すぎ。
――でも、その頃にはもう演劇部で声優に向けての下地作りが始まってそうですね。
瀧本 というか、その頃には、もう勝田声優学院で通信教育を受けていたんです。それを受講しながら演劇部をやっていたので、途中で「大阪でやってたら、関西弁は抜けない」って気付いたんですよ。自分では標準語をしゃべれていると思っても、関西のイントネーションが残ってしまうし、周りもみんな大阪人だから、指摘されないでしょ? それで「ダメだこりゃ」って、声優を諦めたんです。高校1年で。
――切り替え早!! では、卒業後の進路は?
瀧本 私、虚弱体質なんですよねぇ。何かあるとすぐ寝こむ病弱さで、親にはずっと「あんたは体がそんななんだから、事務員になりなさい」って言われてて……。私の夢は高校1年でもう諦めちゃったから、「まずは親の夢を叶えましょう」って、就職して事務員になったんです。でも、「違うなぁ。私、馴染めないなぁ」ってずっと思っていて……。他の女の人は「新商品の口紅が~」ってやってるじゃないですか。私、もう、なんの話にも入っていけなくて、年数を重ねるごとに「やっぱり私のいる所はここじゃない」って思うことが増えていって……。それで、就職して4年目に入った頃かな。テレビを見ていたら、素人が出るモノマネ番組をやっていたんですよ。アニメのモノマネをする人も出ていたので、家族と「あんなん私でもできるわぁ~!」なんて言いながら見てたら、「言うだけやったらなんぼでも言えんねん! 悔しかったら出てみぃや!」「おう分かった、出たらぁ!」という流れになって(笑)。それでオーディションを受けたら受かっちゃって、関西代表で東京に行くことになったんです。

――関西代表!? いきなりすごいじゃないですか!!
瀧本 別に賞は取らなかったんですけど、そこで「同じようにモノマネで出てくる人はいるけど、あなたの場合は本職でいけそうだね」って言われて、「そうかなぁ!?」って(笑)。その頃、アニメ好きの友達が「ザ・デビュー」っていう雑誌を持ってきて、「アーツビジョンって事務所に興味あるって言ってたよね? 何か募集してるよ~」って言うから「ナヌ!?」って。もし受かったら東京に出ようと思って。で、アーツビジョン放送劇団から合格通知が来たので、会社に「すみません、夢を追いかけさせていただいてよろしいでしょうか?」って辞めて……。
――すごい辞め方!! 「一身上の都合」とかじゃないんですね!!
瀧本 あははは! まっしぐらなんですよね。会社の方も、皆さん優しい方だったので、「僕等の夢を乗せて頑張ってね」「ダメだったらいつでも帰ってきなさい」って、帰ってくるところまで予想されて励まされました(笑)。で、親に「3年ください」って言って。3年あれば、無理か、いけるか、わかると思ったんです。
――ご両親は反対しなかったですか?
瀧本 いや、もう絶対に許してくれないと思ったので、強行突破で決めました。親は「あんたが一人暮らしなんてできるわけない! 電車もうまく乗れないのに!」って言ってましたし……。
――えっ、まず、そこから!?
瀧本 過保護だったので、危ないから料理も作らせてもらえなくて、遠出もしちゃいけなかったんです。だから、ほんとに一通りの電車の乗り方しか知らなかった。親にしてみれば、「料理も何もできない、電車も一人で乗れない人が、知り合いも誰もいない東京で一人暮らしなんて無理でしょ?」って感じですよね。でも、出てきちゃった。家も借りて、仕事も見つけて……。
――いっきに自立ですね! ホームシックになりませんか?
瀧本 ならなかった(きっぱり)。夢まっしぐらなので、「早くうまくならなきゃ、関西弁のなまりをとらなきゃ」って、そればっかりで、気がついたら2年3年と経ってました。学校に行っている間も特殊な感じでね、日ナレって、普通は進級審査を受けて、受かったら上のクラスに行けるんです。まず“基礎科”があって、それから“本科”、その次が“研修科”。それからやっと所属なんです。
――ステップが多いんですね……!
瀧本 ただ、私は日ナレ本体ではなくて、アーツビジョン放送劇団っていう団体だったので、また別件だったんです。だから、入ってしばらく経ったら、放送劇団が本体に吸収されることになって、いっこ飛ばしで“本科”に入れたんです。それから1年後、進級審査落ちてまた本科で学んでいたある時、クラスを見にきた講師の先生に引き抜かれて、“研修科”にあがったんです。
――それだけ実力があったってことですね、すごい!
瀧本 それが全然そうじゃなくって……「とにかく目につく奴を上にあげた」んですって! 私、たまたまその日は先生に怒られていて、泣きながら「はい! はい!」って言い続けてたんです。それが目についたみたいで、「辛抱強いというか、打たれ強いというか、それであげた。お前を上手いと思ったんじゃないから」って言われました(笑)。
――さすがプロの着眼点、よくわからない!
瀧本 普通は「あなたは上手い」って認められた上であがる研修科に、下手なままあがっちゃったんですよ。それも面白かったです。うまい人たちに引っ張っていってもらえるし、良い先生との出会いもあったし、そのお陰で私は伸びたと思います。
――なるほどー。ちなみに、ご自身が実際に声優になって、思ってたのと違ったことはありますか?
瀧本 最初の頃は、「声優になれた! 仕事ができる!」って喜びの方が強かったなぁ。でも、思ってもみなかったことは沢山ありましたよ。どれも新人だった頃の話ですけど。当時は、まだ昔からの風習が残っている厳しい現場だったので、新人がお茶を入れて配ったり、差し入れがあったら開封して配ったりと、普通の会社の新人OLがする仕事と同じ事をやるのが当たり前でした。座る席も、モニター画面が一番見えにくい場所に座ると決まっていたり、最初、それ知らなくて主人公だったから真ん中に座ったら、「あら、お偉いわね~」って言われて気付いて、すみません知りませんでしたと深くお詫びして端っこの席に座り直したこととかありました(笑)そういった現場でのルールって、誰かに教わらないと知ることが出来ないので怖かったです。マイクの使い方もそうだし。全部ルールがあるんです。他にも、とある番組にゲストで出演したんですけど、いつもの感じでニコニコして、隣の人に話しかけたりしてたら、後日「こないだの現場で、ニコ二二コしてたでしょ? 隣の人とかに話かけてたでしょ? アレ、やるな。新人は笑わず黙って座ってればいいんだよ。」って先輩からクレームもらって。「えええええ!!」ですよ。休憩時間にしかやってないのに。「明るく元気にいこう!」という精神を全て砕かれて、そこから私、ずっと暗い人になっちゃって……。
――何それ!! 心が折れます!!
瀧本 現場でもずっと下向いてしょんぼりして、話しかけられた時だけ笑うから、“氷の微笑”って言われてました(笑)。「瀧本さんって全然しゃべんないし、笑ってても何考えてるかわかんないよね~」「芝居してるときはあんなに元気で明るいキャラやってるのに、なんで普段こんなに暗いんだよ」「あのさぁ、いつも気になってたんだけど何で怒ってるの?」って言われて(笑)「違うんです!! 喋るな、笑うなって言われてて!!」って説明したら、「あ、そうだったの!? なんか気に触ることしたかなあ?ってみんなで心配してたんだよ~」って誤解が解けて……。無表情だと本当に人相が悪いんですよね、私……。怒ってるような顔つきになっちゃうんです。今は、流石に25年経って中堅になってるので、喋ったり笑ったりしてますけど(笑)
――ちなみに、声優のお仕事だけで食べられないときはどうされてましたか?
瀧本 たぶんバイトですね! デビューしてからしばらくは、いっぱい仕事があってもギャラが安いんですよ、新人だから。寝られないくらい仕事があっても生活苦。私はアルバイトを掛け持ちする体力がなかったので、東京に出て来て、すぐに就職してます。

――仕事辞めて東京に来て、また就職!?
瀧本 自分の夢を目指して出て来てるから、絶対に親からの支援は受けませんって断ってたから、親からの仕送りもナシだったので、東京で暮らせるお金は二ヶ月分しかなかったんです。2カ月以内に仕事決めないと、お金が底をついちゃう。だから、東京では、まずハローワークに行きました。
――東京観光もせずに職安……!
瀧本 ハローワークの人に「こういう職を希望してるんですけど」って言ったら「こんなのないと思いますよぉ?」って鼻で笑われて、「こっちは真剣なのに!」って憤りながら「じゃあ自分で探すからいいです!」って別のスペースで探したら、あったんですよ、希望通りの仕事! だから、わざわざその人のところに行って「あ・り・ま・し・た!」って言ってやりました(笑)。そこに面接に行ったらすぐに採用してもらえて、翌日から働きましたねぇ。神様、味方してくれまくり! 初めて世の中に広く名前を知ってもらえた『魔法陣グルグル』(1994年~)の時もそこで働いていたし。
――え!! ニケ、就職してたの!?
瀧本 そう! 「魔法陣だ~!」とか言いながら、会社では「はい、こちら○○○でございます、いつもお世話になっております」って電話うけてました。
――あんな人気アニメの声優が!? 信じられない!! ちなみに、新人声優のお給料って、どれくらいなんでしょうか?
瀧本 日本俳優連合っていう協会があるんですよ。その協会に入っている人と、入っていない人で金額が変わります。
――と、言いますと?
瀧本 入ってる方が、お金がキチッと整理されるんです。ランク付けがあって、そのランクによって金額が決まっていて、登録したばかりの新人はアニメ1本で1万5,000円です。
――ほ、ほう! どの役でも、ですか?
瀧本 はい。主役で死ぬほどしゃべっても、一言「ヤッホ~」だけでも、ギャラは同じです。
――ええええ! そうなんですか! じゃあ、それからベテランになっていくに連れて、ギャラは上がっていくんですか?
瀧本 その人によりますね。アイドル声優だったら、値段をつり上げても出せば売れるから年々上げていく人もいるのかもですけど、実際のところ自分以外の方のギャラがどうなっているかは知りません。一年ごとにギャラ更新があるので、そこで上げると申告すると上がる。本人が決定する事が出来るんです。でも、事務所に所属してる人は事務所との相談ですね。
――わあ……自分で交渉できるなら協会に登録しない方が得って感じもしますけど、それはそれで難しそうですし……うーん、世知辛い!
瀧本 世知辛いですよ! 新人の場合は1万5,000円ですけど、そこから事務所に手数料を抜かれますよね。50%とるところだったら、残りは7,500円で、そこから源泉で750円引かれて、台本を取りに行くなら交通費の電車賃もそこから……ね? お金ないでしょ?
――どう頑張っても5,000円くらいしか残らない! 主役をやっても全然無理です!!
瀧本 事務所によって手数料の%は違うので、所属する際は、調べた方がいいかもですね。かなり手取り金額が変わりますからね。大体の場所は20%~30%が相場ではないかと思いますが。そんな訳で、ずっと普通の仕事と掛け持ちでしたよ。声優業が忙しくなってあんまり普通の仕事に行けなくなってからも、バイトに切り替えて行かせてもらって、7年間は働きましたね。その会社の方とは、今でも年賀状のやりとりしてますよ。
――想像以上に厳しい業界です……! 今まで声優を辞めようと思ったことは?
瀧本 ないです。でも以前、“大人の事情で主役を降板”ってことが、1年で3回重なったことがあったんです。そのときは、自分が戦ってもどうしようもないし、絶対にひっくり返らないし、プライベートもうまくいかなくて、体重が37キロまで落ちちゃって。精神的にきちゃって、食べたくても食べられないし、眠りたくても眠れなくて、それでも仕事はしてるから、周りから心配されてしまってね。私は「痩せられるー!」とか思ってたんですけどね(笑)。この時は辛かったです。
――危機感のなさが余計にヤバイ!
瀧本 でも、洋画の吹き替えの仕事の時、共演の方々に「みんなと一緒なら食べられるんじゃない?」って誘ってもらって、それがすごく美味しくて!「食べられた~♪」って言いながら。 そんなことをしていたら、オーディションなしで洋画ドラマの主役をいただいて、「こんなこともあるんだ、頑張ろう」って。その後も、またオーディションなしでアニメの主役をもらったんです。それが『まほろまてぃっく』(2001年)なんですけど、そのアニメにはすごく助けられました……。私が演じた優くんっていうキャラクターは、両親を亡くして大きな家に一人で住んでいるんですけど、そこに可愛いメイドさんがやってきて、人生が変わっていくんです。どんどん明るくなって、人生が良い方向に向かってくの。私も、優くんと同じようなところにいたので、本当に彼と一緒に明るい方に連れて行ってもらえた感じで……本当に、いつも作品に助けられています。
――良い話! あ、良いお話と言えば、2014年は声優の荻原秀樹さんと結婚されましたね、おめでとうございます!
瀧本 あ、ありがとうございます!
――出会いは……?
瀧本 向こうは私のことをずっと認識してたんですって。『魔法陣グルグル』でニケをやってる時に、学校の生徒がアフレコを見学に来る日があって、彼はその見学者の中にいたらしくって。私も挨拶はしたけど、もともと顔が覚えられなくて(笑)。その後、共演も何度もしてるんです。でも、彼のやった役は覚えていても、彼のことは覚えてないっていう……(笑)
――ヒドイ!!
瀧本 『きこちゃんすまいる』(1996年)も『超者ライディーン』(1996年)もレギュラーで出ていて、そこに彼もゲストで来てたんですよ。他の子が「ヒデ、ヒデ」って呼んでたのは聞こえたけど、彼のことはまったく覚えてなかった(笑)。彼自身のことは、『グラビテーション』(2000年)でようやく認識しました。
――それはまた長い道のりでしたねぇ……。
瀧本 その後、『まほろまてぃっく』(2001年)でようやくクラスメート役で共演者になって、「あ、確か『グラビテーション』で一緒でしたよね?」なんて言ったら、「瀧本さんの中ではそうかもしれないですけど、僕、ずいぶん前から何度も共演してるんですよ(笑)」って言われて、「え! アレも? ああ、アレも? ヒデって呼ばれてたの君だったんだ!?」ってなって(笑)。
――やっと認識!! じゃあ、そこから付き合ってるんですか!?
瀧本 いえいえ、その当時は友達でしたよ(笑)
――長い友達期間を経ての結婚ってどうですか? 新婚とはいえ、一緒にいる時間が長すぎますよね。
瀧本 そうそうそう。だから、ただ籍が入っただけですよ。結婚して変わったこともないですし。普通にモンハンで遊んでたりする(笑)

――あ、2月5日ライブをされますね。ご夫婦で出演されたりしないんですか?
瀧本 残念ながら私だけです、ゲストで呼ばれての出演ですし。でも、私は二人で何かライブだったり楽しくやれたら最高だなあっていう希望はずっと持ってます(笑)
――ブログに書いてあるライブの告知に、「人前に出るのが最後かもしれない」って書かれてたのが気になって、ブログを読み進めていたら、その前の年も「これが最初で最後の舞台かも……」って書かれていて、アメ横の閉店セールみたいになってましたよ!
瀧本 (爆笑)!! 出ない出ない詐欺ですね!!舞台はもともと立つ機会が全く無かったので、最初で最後かもと(笑)今回のライブも歌を歌いたいなら25周年ですし、折角ですしって誘って下さって実現したものなので次はいつライブやるかわからないよ?って。何が言いたいかというと、今が大事ってこと(笑)次行けたら行きますって人よくいるんですけど、未来のことはわからない。何かを開催するのはとっても大変なんですよって。人前に立つといえば、人前に立たない生活してると一般人な感覚になっていくんですよ、芸能人である自分を忘れていくような。けど、いつも、そういうときに、人前に立つ(出る)お話がくるんですよ。ライブもそうですし、こちらの声優 on FINDER!さんのコメントと撮影もそうで。天が私に「まだ芸能人だよ」と言ってくれているのかもしれない。
――きっとそうです! ではでは、今後の野望は?
瀧本 最近はめっきり少年役がご無沙汰なので、また主役とか、少年役をやりたいなぁ。けど、そういう時代でもないのかなぁ。あとは、自分で頑張って曲を作って出したいと思ったりはするんですけど、才能がないので、勉強しなきゃな~と思ってるうちに時間が過ぎて、あれから1年、2年……ってなっちゃうんですよねぇ。でも、何かは作りたいなぁって思っています。
――楽しみにしています! 今日はありがとうございました!!
(取材・文=小明/撮影=宍戸留美)
●たきもと・ふじこ
アーツビジョン所属 声優25周年を迎え、今年は26年目突入。
少年役を得意とし、様々な主役を演じている、老婆から赤ちゃん、動物なんでも演じる幅広さが特徴。神ゲーと呼ばれる作品の主役も務めるなど、ゲーム、アニメ、洋画、歌手、講師としても活躍している。
『魔法陣グルグル』(ニケ)、『ラブ★コン』(寿聖子郎)、『イナズマイレブン』(浦部リカ、ガゼル)、『グランディア』(ジャスティン) 時のオカリナ(子供リンク)、『クロックタワーゴーストヘッド』(翔)、『夢のチョコレート工場』(チャーリー)、『フリークスアンドギークス』(サム)など、様々な役で活躍。
2月にライブ、そして、4月にもグルグルの衛藤ヒロユキ先生主催DJpartyのスペシャルトークゲストとして参加が決まっている。
Twitter
@inkarose77
ブログ
http://angelkimagure.blog85.fc2.com/
HP
http://angelring.chu.jp/
仕事情報ブログ
http://takimotofujiko.cocolog-nifty.com/blog/
2016年2月5日(金)のライブ情報
『超AniROSSO~Valentine's Live~』
2016年2月5日(金)
場所:新宿 GYOEN ROSSO 198
OPEN 18:30 / START 19:00
チケット 前売り 3400 当日 3900
(ドリンク代別 1ドリンク600 2ドリンク1000 飲み放題2500)
前売りイープラスにて2016年1月30日まで 以降は、当日券または
本人連絡で取置きになります。
http://sort.eplus.jp/sys/T1U14P0010843P006001P002171535P0030001
GYOEN ROSSO 198
新宿区新宿1-19-8 サンモール第7ビルB1F
電話03-5925-8333 「新宿御苑前駅」2番出口より徒歩3分
http://bar-rosso.com/
出演者:
スペシャルゲスト / うちやえゆか
スペシャルゲスト / YOFFY(サイキックラバー)
瀧本富士子・ 那須めぐみ ・コウノイチロウ
●ししど・るみ
1973年、福岡県生まれ。1990年にアイドルデビュー、18歳でフリーアイドルになり現在まで様々な分野で活動中! フランス、ドイツ等でもライブを行い音楽活動で高い評価を得ている。
ルミネッセンス
形態:8曲入り
定価:¥2,500(税込)
品番:SNDL-0003/JAN:4514306011869
レーベル:sundaliru
【ライブ情報】
■『宍戸留美ひとりひとりにサリューvol.4~ショコラ編~』
日程:2/14(日)会場:風知空知 開演:14時 ゲスト:minmin 前売り¥3,500(1D別)
◼︎『宍戸留美ひとりひとりにサリューvol.5〜11/6蠍座B型デビュー25周年編』
日程:2/20(土)会場:風知空知 開演:19時
ゲスト:瀧本富士子 OA:蝦名恵 前売り¥4,500(1D別)
詳細は下記リンクまで。
公式ブログ
http://s.ameblo.jp/sundaliru/
●あかり
1985年、栃木県生まれ。02年、史上初のエプロンアイドルとしてデビューするも、そのまま迷走を続け、フリーのアイドルライターとして細々と食いつないでいる。『卑屈の国の格言録』(サイゾー)、『アイドル墜落日記 増量版』(洋泉社)、DVD『小明の感じる仏像』(エースデュース)発売中。ブログ「小明の秘話」<
http://yaplog.jp/benijake148/>シングル「君が笑う、それが僕のしあわせ」発売中<
http://www.cyzo.com/akr/>。