【動物のセックス】想像以上に激しかった、マナティの交尾

 マナティといえば、アシカやオットセイなどよりもずんぐりむっくりした容姿を持ち、水の中でのんびりと暮らしている、というイメージが頭に浮かぶだろう。しかし、マナティたちは生殖行動においては、この重たそうな身体から想像できないくらい激しく情熱的なものであると海外ニュースサイトが伝えている。 ■マナティはセックスパートナーをう●ちで探す?  12月にサイエンス系ニュースサイトの「Live Science」に掲載された内容によると、最新の研究調査でマナティの生殖行動の一部が明らかになってきたという。
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画像は「Wikipedia」より
 まず、マナティは、単独行動を基本としている。子どもは、乳離れするまでは母とともに行動するが、そういった母子のペア以外で2頭以上のマナティが行動をともにすることはほとんどないのだ。また、マナティは、自分のなわばり的な藻場、いわゆるえさ場をもち、そこからあまり離れることはない。  ゆえに、ひとつの場所に留まり単独行動をするマナティがどうやって生殖パートナーを見つけるのか、長い間疑問とされてきた。だが、フロリダ大学の研究チームの調査によれば、マナティは、「自分の排泄物のなかに生化学物質、いわゆるホルモンを混入することによって発情をアピールしている」ことがわかったのだ。 ■マナティの雌が雄を誘う方法が判明  研究チームのイスカンデ・ラーキン氏によれば、マナティは冬の間は一時的に生殖力が弱まるが、ほぼ一年を通して生殖に対しアクティブだという。 また、発情した雌は、自分の尿の中にある種の化学物質を混入し、その香りで雄をさそっていると判明した。  さらにマナティには雄と雌が交尾のパートナーを探すランデブーポイントがあり、そのランデブーポイントで雌が排尿や排便、自分の肛門腺粘液を水底に横たわる朽木などにこすりつけることによって雄を誘っているのであろうと推測されている。
※動画:「YouTube」より
■2~4週間、雄集団にセックスされ続ける雌  さて、マナティはツガイとなるパートナーを選ぶことはない。雌一頭に対して十数頭にもなる雄が群れをつくり、その中で選ばれたものだけが、交尾を行えるのだその争いは非常に激しく、牙や鋭い爪をもたないマナティは巨大な身体全体を武器に体当たりを繰り返すことで、群れの中での順位を決める。そして、その勝者のみが雌との交尾を堪能できるのだ。  念願の交尾はいたってシンプル。雄が雌の下で仰向けに併泳しながらペニスを挿入するだけ。行為自体は数分で終わるが、競争に敗れた他の雄も、ただ単にそれを見ているだけではない。隙あらばと、ペニスを出したまま雌にまとわり続けるのだ。雌が雄たちから解放されるのは、2~4週間後になるという。
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画像は「Wikipedia」より
 その後マナティは、雄、雌ともにもとの単独生活にもどり、雄は他の発情した雌を追いかける。マナティの妊娠期間は1年と比較的長いが、陸の動物での近縁が、妊娠期間21カ月と哺乳類最長のゾウであることを考えると納得がいくだろう。  ちなみに、このマナティが西洋で、近種のジュゴンが東洋での人魚伝説のモデルになっているとされてはいる。伝説の美しい人魚とは似ても似つかないが、一説によれば、その昔、船乗りたちが、女性のいない長い船旅の間、性格のおとなしいマナティやジュゴンの性器を利用して性処理を行っていたことに由来しているという。  同種の雄からも、人間の雄からも好かれていたマナティ。その外見とは裏腹に、異性からモテモテの一生を送っているようだ。 (文=高夏五道)
「Mating Manatees」 動画は「YouTube」より
参考:「Live Science」ほか

西尾維新原作『傷物語〈Ⅰ鉄血篇〉』はいかにして”映画らしいアニメ映画”を超えたか

【リアルサウンドより】  昨年10月から日本テレビ系で放送されていたテレビドラマ『掟上今日子の備忘録』で、異様なほどの文字情報の氾濫に違和感を感じてしまったものの、原作クレジットに西尾維新の名前が記されていては、納得しないわけにはいかない。彼の作品ではおなじみの、言葉遊びで組み立てられた台詞回しやキャラクター名のインパクトは、実写では妙に浮いて見えてしまうが、これがアニメーションという舞台に立てば、作品の世界観として不思議とすんなり受け入れてしまえるものだ。  2009年にアニメ化された『化物語』に始まる「<物語>シリーズ」は、現在では19巻まで刊行されており、1月15日には最新刊である『業物語』が発売となる人気シリーズなのだ。『傷物語』はその3巻目であり、2つ目の物語に当たるが、最初にアニメ化の話が出たのは、もう5年以上前に遡る。それから一度、2012年に劇場公開されると決定したものの延期が決まり、それ以後に発売した作品も含め、シリーズ作のほとんどすべてがアニメ化される中で、気が付いたらもう2016年になっているではないか。主人公が怪異なものと遭遇する、シリーズを通して見ても極めて重要な部分を描いているこの『傷物語』は、追いかけてきたファンにとっては待望のアニメ化である。もっとも、エピソードゼロとも呼べる位置付けにあるから、これまでこのシリーズに触れたことがない人が、本作から入ることもまったく問題がない。  まさにようやく、という感じで昨年の秋に映画版公開の情報が出ると、それが3部作として公開されるという喜びもさることながら、第1弾予告編のあまりのスタイリッシュさに心を奪われたものである。この予告編の段階から、ちょっとした違和感に気付いた人も少なくないだろう。他の多くのアニメーション映画がテレビ向けの画郭で作られている中で、この作品だけシネスコの画郭で制作されているのだ。日本のアニメ映画で全編シネスコを採用した作品というと、古くは『少年猿飛佐助』が思い浮かぶが、それ以降では2012年公開された『エヴァンゲリヲン新劇場版:Q』ぐらいで、ほとんどが4:3のスタンダードかビスタ(もしくは16:9のHD画郭)で制作されているのだ。  本作の制作会社であるシャフトはこれまでテレビアニメでもこのシネスコの画郭を何度も採用してきた。同社の前作『劇場版魔法少女まどかマギカ〔新編〕叛逆の物語』ではオープニングシーンに上下黒みを帯びたレターボックスのシネスコ画面にしていたはずだ。元々4:3の画面で作られていたアニメーションでは、横のレイアウトがかなり狭まってしまい、キャラクターを動かすためには必然的にカメラを振らなければならなかった。それが16:9の画面になったことで、カメラを振る必要が減り、その分フレーム内でのキャラクターの動きの自由度が増したのである。それがさらに横長のレイアウトが取れるシネスコになれば、自由度を活かすために、そのモーションの正確さがより重要となり、その労力は計り知れないものがある。単に上下に黒みを加えた擬似的なシネスコでは、映画としての画面に耐えうるものが完成しないのだ。  そういった点で、『傷物語 Ⅰ鉄血篇』の公開がここまで遅れたことを受け入れないわけにはいかない。しかも、これほどの期間を要して作り上げられた、わずか1時間ほどの第1章が、あまりにも見事に「映画」としてのスケールを保っているのだから、驚愕である。セリフを排して映像だけで見せつける数分間の冒頭シーンに始まり、蝋燭の火を消すかのように一瞬で切られる章末まで、映画館の巨大なシネスコ画面いっぱいに映し出される西尾維新ワールドに、ただただ身を任すことしかできないだろう。突然実写を加工した背景が登場したり、画のタッチが激しくなったりすることも、恒例の文字の羅列も、この画面のスケールで味わえるのだから面白みが増す。  主人公・阿良々木暦と羽川翼が出会う序盤のシーンから、画面の奥行きに加えて、その大きな横幅を存分に活かし、キャラクター同士の距離感を描き出すと、中盤の見せ場であるキスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードと遭遇する場面で、シネスコ画面の真価を発揮する。地下の駅のホーム中央に横たわるキスショットを見る阿良々木の背後に映るエスカレーター、そのショットのカットバックで画面のどこまでも奥に続くプラットフォームによってもたらされる虚無感を描き出すだけでなく、横幅に対する縦の狭さによって、ひどく閉鎖的な空間を演出するのである。  それだけではない。この駅のホームで繰り広げられる一連のシーンは、極めて映画的な一場面であると思える。そもそも駅という舞台設定が物語の始まりの場所として描き出されるということは、リュミエール兄弟のラ・シオタ駅に始まる映画史そのものである。さらに、手足を失ったキスショットの周囲を囲う血液の赤色には光の当たり具合や、その赤が乗る場所によって微妙に色のタッチが異なり、まるでフィルムによって色のバリエーションが豊かになることを想起してしまうほど、想像力を掻き立てられてしまうのである。そもそも『化物語』の時点で、ジャン=リュック・ゴダール作品へのオマージュを捧げているという話は聞いたことがあったが、顕著にそれが窺えることがあまりなかったので、本作で僅かばかりでも映画的なオマージュを感じることができたのはとても嬉しく思える。  昨今の日本のアニメ映画では、数多くのオマージュなどでアニメーションの枠を超えた「映画らしさ」を全面的に打ち出そうとする工夫が多くなされていると見てとれる。しかし本作に限っては、内容面も規格面も両方でそれをやってのけることにより、従来の主流を打ち壊すことに成功した。この挑戦的なチョイスによって、圧倒的な存在感を確立して、「映画らしいアニメ映画」ではなく、毅然とした「映画」であることを証明したのだ。  今回の『鉄血篇』、そして夏に公開する『熱血篇』と、公開時期が未定となる『冷血篇』の3作に分かれるだけあって、まだ「起」の部分である本作では物語が大きく進むことはない。とはいえ、それぞれのキャラクターの巡り合わせを描き、また実質的にわずか4人という極めて少ない登場キャラクターの対話を軸に進めることで、その体感時間は非常に短く思える。そう考えると、あえて3部に分ける必要性があったのか、とも思ってしまうのだが、1作を作るために費やす時間を考えたら致し方ないことであろう。いずれこの3作が1本の映画として再上映されたら、それも面白そうな予感がする。  エンドロールの最後に次作『熱血篇』の予告編が登場する。これもまた、シネスコの画面ギリギリまでいっぱいに張り巡らされた文字情報の洪水で、観客を圧倒するパワフルな予告編であった。とりあえずは、残りの2作が延期されることなく無事に公開されることを願うばかりである。 ■久保田和馬 映画ライター。1989年生まれ。現在、監督業準備中。好きな映画監督は、アラン・レネ、アンドレ・カイヤット、ジャン=ガブリエル・アルビコッコ、ルイス・ブニュエル、ロベール・ブレッソンなど。Twitter ■公開情報 『傷物語〈Ⅰ鉄血篇〉』 公開中 原作:西尾維新「傷物語」(講談社BOX) 総監督:新房昭之 監督:尾石達也 キャラクターデザイン:渡辺明夫 守岡英行 音響監督:鶴岡陽太 音楽:神前 暁 アニメーション制作:シャフト キャスト 阿良々木暦:神谷浩史 キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレード:坂本真綾 羽川翼:堀江由衣 忍野メメ:櫻井孝宏 配給:東宝映像事業部 公式サイト:http://www.kizumonogatari-movie.com/

「週刊文春」に、さらなる続報の構え!? ベッキーとゲス・川谷絵音のキス写真も押さえている……?

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 7日発売の「週刊文春」(文藝春秋)で人気ロックバンド・ゲスの極み乙女。のボーカル・川谷絵音との不倫が報じられたタレントのベッキー。  その発売前日の6日夜には謝罪会見を開いたが、「友人関係」を強調したまま質疑応答は一切なし。記事に掲載された決定的な“証拠”ともいえるLINEについても、固く口を閉ざした。 「ベッキーはCM契約10社を抱えており、謝罪会見はどうみてもクライアント向けのものでしたね。実際、大手広告代理店関係者が仕切っていました。しかし、好感度やスキャンダルがないことを買われての起用だったため、いずれのスポンサーも大激怒しているそうです。すぐに1社がCMを差し替え、新たに別の1社がCMそのものを一時取りやめると発表しました。ほか数社もベッキー下ろしを検討中とのことです」(業界関係者)  マネジャーが各局を謝罪行脚し、レギュラー番組はそのまま継続の方向のようだが「事態はさらに深刻な状況に発展していきそう」だという。出版関係者がこう耳打ちする。 「記事の出元は川谷の妻といわれていますが、『文春』はベッキーと川谷の“キス写真”も押さえているようで、ベッキー側の対応しだいで追撃記事を掲載する準備がすでに整っている。加えて、今回のスクープが載った号は、“春画問題”で強制休養処分を受けていた編集長の復帰1発目。以前から温めていたようで、続報を掲載したくてウズウズしているのは間違いない。それが炸裂すればベッキーのタレント生命が終わる可能性すらありますよ」 「キス写真」まで明るみに出たとき、今度はどう釈明するのだろうか。

スザンヌ、“あの人は今”最有力候補に!? 熊本でひっそり「ヨガ講師」「カフェ経営」と迷走

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スザンヌオフィシャルブログより

 タレントのスザンヌが7日、地元である熊本にカフェ「CAFEBAR8%」をオープンさせた。かねてからカフェを開くことが夢だったというスザンヌは、去年の春から物件を探し、知人らとともにオープンを計画。一人息子が内装を手伝う様子もブログで紹介されたが、こうした最近のスザンヌの活動に対し、「落ち目すぎて見ていられない」というネットユーザーの声が噴出している。

「昨年3月、元プロ野球選手・斉藤和巳と離婚を発表したスザンヌは、直後にバラエティ番組に出演して、離婚の真相を明かす“プライベート切り売り”を開始。その後、ヨガのインストラクターとして講習を行うことが報じられたのですが、資格をたったの3カ月で取得して早速講師デビューしたことで、ネット上で『客寄せパンダか』などと揶揄されました。ちなみに、スザンヌのヨガの講習参加費は4,500円という安価だったことも、世間に『落ちぶれた』という印象を抱かせてしまったようです」(芸能記者)

「美容整形で人生は変わるの?」Dr.高須幹弥が『ビューティーコロシアム』を斬る!

<p>容姿に悩む人をサポートし、全身改造でコンプレックスを解消する伝説的テレビ番組『B.C.ビューティーコロシアム』(フジテレビ系)。参加者の壮絶な生い立ちも然ることながら、辛口で執拗なコメンテーターや、想像を絶する変貌ぶりにお茶の間は大熱狂。終了後も続編を願う視聴者は少なくない。でも、あの番組が視聴者にもたらしたものは、それだけじゃなかったはず! 美容外科「高須クリニック」名古屋院・院長の高須幹弥先生、『B.C.ビューティーコロシアム』みたいに、整形で人生は変わるの?</p>

皆無だった結婚願望を奮い立たせた“元彼との再会”

 女性の中には、「ある時期急に、結婚願望が急激に高まった」という経験がある人も多いかもしれません。その背景には、「友達の結婚ラッシュ」だったり、「母親が自分を産んだ年齢を越える」ことなどがあったりしますが、今回“元彼”によって結婚願望が高まったという女性の話を聞きました。

 29歳・OLのMさんは、3年前まで付き合っていた元彼と別れてから、恋人がいない生活を送っています。その間、特に恋人が欲しいとも思わず、そして結婚願望もなかったとのことですが、昨年末に元彼と再会したことから、「2016年は結婚を見据えた彼氏を作る」と決意したそうです。彼女の結婚願望を奮い立たせたものとは?

――なぜ元彼と再会したんですか?

M「元彼とは大学のゼミが一緒だったことがきっかけで付き合ったんですが、大学卒業後もゼミの仲間でちょくちょく集まって飲み会をしていたんです。別れてからは、元彼と顔を合わせるのが気まずいし、他のみんなに気を遣わせるかなと思ってその飲み会には行かなくなったんですけど。でも昨年末に飲み会の誘いがきた時、『だいぶ時間も経ったし、もうそろそろ平気かな』と思って参加して再会したんです」

――ちなみに元彼と別れた理由は?

M「5年近く付き合っていたんですが、元彼に『1年後か2年後くらいには結婚しよう』と言われたことがあって。当時の私は結婚願望が全くなかったので、それを断って別れたという感じですね。その頃は仕事や趣味など、結婚以外にやりたいことがたくさんあったし、元彼を何年も待たせるのはなんか違うなあと思ったんです」

――久々に元彼に会って、どうでしたか?

M「それが、その場で元彼がすでに結婚したことを知らされたんですよ。共通の友人に、彼女がいることは聞いていたんですが、みんなも結婚したことはその日に初めて知ったらしくて。私、なんだかすごくショックを受けてしまって……」

――元彼に未練があったということですか? でもMさんからフッたんですよね?

M「未練があるワケではないんですけど……別れてから3年間、私はなんにも変わらず過ごしていたのに、元彼は新しい彼女と新しい道に踏み出してたんだなと実感してしまって。フッた立場だし、こんなこと言うのはおかしいとはわかっていたんですが、お酒の勢いもあって元彼に『奥さんより私の方が可愛いいよね?』『私のことの方が好きだったでしょ?』って詰め寄っちゃいました」

――うーん……Mさんの中では、自分がフッた当時の元彼のままでいてほしい気持ちがあったんでしょうか。

M「元彼は、私と付き合ってた頃に比べて痩せてかっこよくなっていて、自分が本当にしたい仕事への転職も成功して、すごくいい方向に変わっていたんです。元彼自身も、いまの自分について『Mにフラれてから、変わろうと思っていろいろ努力した』『いまの奥さんと付き合ってから、もっともっと頑張ろうと思えた』って言ってて。私はずっと自分の好きなことをやっていたい、結婚や恋愛もいまはしたくなくても、したくなったらいつでもできるだろうって思ってたけど、それって違うのかもしれないって気づいたんです。そのままの自分でいいやって思ってたら、いつまでも成長できないんだろうなと」

――ポジティブな気づきじゃないですか!

M「私ももう29歳だし、このままダラダラ生きてたら後々後悔するだろうなって思いました。元彼みたいに、他の人から見て『いい方向に進んでる』って思われたいし、自分でもそう思えるような生き方をしたい。恋愛や結婚も、人を成長させるもののひとつなんだろうなと思えたので、無理矢理するワケじゃないけど、いままでよりは積極的になりたいと思ってます」

 元彼と自分の現状の違いから、考え方が変わったMさん。思いがけない相手に影響を受け、人生を大きく変えるきっかけに繋がることもあるでしょう。前向きになった彼女に、どんな変化が起きるのでしょうか。

(リオネル・メシ子)

撮影厳禁、メイクに2時間! 父親が見た、娘のバレエの発表会の不思議

<p> 年末の12月27日に、娘ココのバレエの発表会がありました。今春から週1回教室に通って、この日の発表会に向けて頑張ってきましたからね。ちなみにバレエ教室は平日なので、オレは4~5回しか見学に行ったことがなく、ほかの親御さんたちとはあいさつ程度。みなさん、静かに子どもたちの練習を見ているので、話しかけにくいんですよ。でも発表会のリハーサルが2回あり、そこで会話できました。どの保育園に通ってるとか、子どもたちの年齢とか、当たり障りない内容でしたけど。</p>

「ローラは無理してる」「能年は普通の人」実は演技だと思う“天然キャラ”タレントランキング

<p> 昨年は、いわゆる“天然キャラ”の女性タレントが、大活躍した年だったのではないだろうか。あのローラがいつの間にかハリウッド女優となり、綾瀬はるかが再び『NHK紅白歌合戦』で司会を務めた。しかし、テレビを見ていてふと湧き上がる「これって演技じゃないの?」という疑問……。今回は、「実は演技だと思っている天然キャラの女性タレント」を100名に調査した(Sagooooワークス調べ/調査地域:全国/調査対象:男女年齢不問/調査期間:2015年12月10日~24日/有効回答数:100)。<br /> </p>

山口達也「袖ナシ&短パンサンタ衣装」、坂本昌行「土鍋が大好き!」平家派の楽しい年越し

<p> 光GENJIのバックダンサーとして誕生した平家派。2008年の『ザ少年倶楽部プレミアム』(NHK BSプレミアム)で、TOKIO・城島茂、山口達也、国分太一、V6(20th Century)の坂本昌行、長野博、井ノ原快彦によって再結成された伝説のグループだ。今回もそんな6人に関する12月の動向・話題を振り返りたい。</p>

「対話」の末に見えた、人が人を殺す“理由”とは――『殺人犯との対話』

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『殺人犯との対話』(文藝春秋)
 なぜ、人は人を殺すのか?   殺人事件の被害者数は年間383人(2012年)。実に、1日に1人以上が殺人事件の被害者となっており、殺人の報道を耳にしない日はほとんどない。怨恨、強盗、保険金、強姦、快楽など、さまざまな理由で人は人を殺す。にもかかわらず、司法の場以外で、殺人犯たちの生の声が社会の中で語られることはほとんどない。  ノンフィクション作家・小野一光は、「週刊文春」(文藝春秋)の連載「殺人犯との対話」で、凶悪殺人犯たちの素顔を追いながら、そんな疑問に迫っている。角田美代子が首謀者となった「尼崎連続変死事件」や、畠山鈴香による「秋田児童連続殺人事件」など、10の事件を追ったこの連載が、同名タイトルの書籍として刊行された。  02年に発覚した「北九州監禁連続殺人事件」は、主犯である松永太が自らの手を汚さずに、マインドコントロール下に置いた被害者たちに殺し合いをさせ、合計7人が殺害された事件。小野は、福岡拘置所で松永と面会すると「私の裁判はね、司法の暴走ですよ」「いわゆる魔女裁判のように裁こうとしているんです」と、饒舌にまくし立てられる。「一光さん、神に誓って私は殺人の指示などはしていません」。殴る蹴るにとどまらず、電気コードを用いた通電の虐待など暴力行為が常習化し、暴力の末に被害者が死ぬと、生き残っている家族に遺体の切り分けや肉を鍋で煮込むなどの処理をしていた松永は、後ろめたさも卑屈さもなく、そう断言した。小野は「大きな目でこちらを射抜くように直視して言い切る姿は、確信に満ちていた」と振り返り、「悪魔とは、意外とこんなふうに屈託のない存在なのかもしれない」と殺人犯の素顔を描写する。  同じく福岡県で04年に発生した「福岡一家4人殺人事件」は、3人の中国人留学生による凶悪な事件。犯人として捕らえられた楊寧、魏巍には死刑、王亮には無期懲役の判決が下された。金銭目当ての犯行にもかかわらず、彼らが手にしたのはわずか3万7,000円のみ。その金額と引き換えに、一家4人の命は失われ、福岡市内の箱崎ふ頭に沈められたのだった。小野は、中国に飛ぶと、魏巍の父親との面会を果たす。「進んだ技術を勉強するため、日本に送り出した」と語る父親は、親戚から自身の10年分の年収に相当する金を借り、息子に希望を託した。しかし、息子は日本で遊びほうけてアルバイト代も使い果たし、学費の支払いにも窮するほど金に困るようになると、「少なくとも100万円の分け前をもらえる」という甘言に乗り、事件に加わったのだ。中国では「優秀学生」にも選ばれた魏巍だが、異国での生活が彼を変えてしまった。彼の父親は、死刑判決の出る直前「どうして事件を起こすとき、私たちのことを思い出さなかったのか」と叱責し、「裁判官にありのままを話すように。失意のどん底に落ちてはいけない」と、親として最後の言葉を手紙にしたためた。  山地悠紀夫は、05年に大阪のマンションに住む19歳と27歳の姉妹を強姦し、殺害した。山地はこの事件を起こす5年前、16歳の時に自分の母親も殺害しており、取り調べに対して「母親を殺した時のことが楽しくて、忘れられなかった」と、快楽が動機であることを語っている。20歳で少年院を退院するとき、彼は「勉強をしたい」「ワーキングホリデイで海外に行きたい」という希望を手紙を弁護士に送り、これからの生活に希望を抱いているように見えた。しかし、退院し、パチンコ店に務めると、過去の殺人という履歴がバレてしまい、職を転々とせざるを得ない状況に追い込まれる。山地はゴト師グループの打ち子にまで身を落とすも、ここでも元締めから稼げないことを叱責されてグループを飛び出し、強姦殺人という凶行に及んだ。死刑判決を受けて、山地は弁護士に対して「私は生まれて来るべきではなかった」という手紙を送り、自らの控訴を取り下げ、死刑を確定させている。09年7月、大阪拘置所で山地の刑は執行された。  本書に掲載されている10人の殺人犯との対話から、「共通項」というべきものは浮かび上がってこない。ある者は深い後悔の念に沈み、ある者は反省の色を見せることがない。その動機だけでなく、出自も、性格も、振る舞いもさまざまなのだ。小野はそんな彼らへの取材を通じて、以下のような確信を得ている。 「なぜ私は闇に目が向いてしまうのか。それは、殺人犯を通じて人間を見たかったからに違いない。非人間的な殺人という行為は、人間だからこそやってしまうのだということを、改めて確認したかったのだ」  殺人が、人間の手による仕業であると確認する。それは至極当たり前のことではあるが、しかし、非人間的な殺人行為からは、「極悪非道」な姿しか浮かび上がってこない。本書を通じて、小野は動機や犯行手法などを積み重ねて犯人を裁く司法のシステムでは明らかにできない「殺人犯という人間」を描き出している。 (文=萩原雄太[かもめマシーン])