毎回異なるゲストMCを迎える、SMAP中居正広の心理トークバラエティ番組『ナカイの窓』(日本テレビ系)。1月27日放送の放送は「ゲストMCスペシャル第3弾」と題し、ゲストMCで出演経験のあるタレント・ヒロミ、陣内智則、あばれる君、南海キャンディーズ・山里亮太、ピース・綾部祐二、ハリセンボン・近藤春菜が登場。番組内では視聴者投票で「中居のベストパートナー」の1位に選ばれた陣内が、中居から高級腕時計をプレゼントされたことを明かし、話題になっている。
毎回異なるゲストMCを迎える、SMAP中居正広の心理トークバラエティ番組『ナカイの窓』(日本テレビ系)。1月27日放送の放送は「ゲストMCスペシャル第3弾」と題し、ゲストMCで出演経験のあるタレント・ヒロミ、陣内智則、あばれる君、南海キャンディーズ・山里亮太、ピース・綾部祐二、ハリセンボン・近藤春菜が登場。番組内では視聴者投票で「中居のベストパートナー」の1位に選ばれた陣内が、中居から高級腕時計をプレゼントされたことを明かし、話題になっている。
毎回異なるゲストMCを迎える、SMAP中居正広の心理トークバラエティ番組『ナカイの窓』(日本テレビ系)。1月27日放送の放送は「ゲストMCスペシャル第3弾」と題し、ゲストMCで出演経験のあるタレント・ヒロミ、陣内智則、あばれる君、南海キャンディーズ・山里亮太、ピース・綾部祐二、ハリセンボン・近藤春菜が登場。番組内では視聴者投票で「中居のベストパートナー」の1位に選ばれた陣内が、中居から高級腕時計をプレゼントされたことを明かし、話題になっている。
1991年に織田裕二と鈴木保奈美主演でテレビドラマ化されたコミック『東京ラブストーリー』の25年後を描いた『東京ラブストーリー ~After25years~』が、「週刊ビッグコミックスピリッツ」(小学館)の創刊35周年読み切り企画として、25日発売の同誌に掲載された。 『東京ラブストーリー』は1988~89年に同誌に連載された作品で、作者である柴門ふみの代表作の1つ。純朴な若手サラリーマンのカンチこと永尾完治、同僚でアフリカ育ちの自由奔放な赤名リカ、カンチの初恋の幼なじみである関口さとみ、さとみに惹かれる医大生の三上健一の恋愛模様が描かれ、バブル期だった当時、一世を風靡した。コミックやドラマの内容を知らなくとも、「カンチ、セックスしよう!」というリカのセリフだけは聞いたことがある人も多いのではないか。四半世紀ぶりの新作は、結局は結ばれなかったカンチとリカが25年ぶりに再会するというストーリーなのだが、これがなんとも肩すかし的な内容なのだ。 ネット掲示板などでも、「カンチ、セックスしよ! もう無理だよ 勃たないもん」「50歳のオッサン、オバサンの恋愛話とかゲロ出そうだわ」「勝手にSEXしてろよ。馬鹿バブル共が」「アラフィフの日常系恋愛ものなんざ、今さら見たくねーだろ」「50代トレンディーとか大丈夫なのか?」といった声が相次いでいる。 「新作ではカンチの娘とリカの息子との恋愛をキッカケに、50代になった2人が25年ぶりに再会するのですが、そこから新たな展開があるわけでもなく、再会するまでの25年間をカンチがただ振り返るというだけの内容。物語というよりは、ちょっとしたエピソードにすぎない感じですね。ハッキリ言って、創刊記念企画に相応しいとは言えないクオリティーです。老境を迎えた男女の心の機微を描かせたら、旦那の弘兼憲史の『黄昏流星群』のほうが1枚も2枚も上手でしょう」(コミック誌編集者) 35周年を迎えたスピリッツだが、現在の発行部数は約17万部で低落傾向にある。『東京ラブストーリー』が人気を博していた90年当時は、なんと約150万部もの発行部数を誇っていた。 「スピリッツに限らず、コミック誌はいずれも部数を落としているのですが、この25年間で10分の1近くまで部数を落としているのは、今さらながらに出版不況を痛感させます。柴門の新作は25年前の『東京ラブストーリー』を知らなければ、全く面白くない内容だし、思い入れも持てません。これだけ発行部数を減らしている中、当時を知る読者がどれだけいるのでしょうか。ちょっとピントがずれているとしか思えません。同誌の窮状がうかがえるというもの」(同) 今回の創刊35周年読み切り企画には柴門のほかにも、浦沢直樹や高橋留美子、細野不二彦など、スピリッツの興隆を支えた大御所らの作品がラインナップされているが、“夢よ、再び”となるか。「週刊ビッグコミックスピリッツ 2016年9号」(小学館)
<p> 母と娘、姉と妹の関係は、物語で繰返し描かれてきました。それと同じように、他人同士の年上女と年下女の間にも、さまざまな出来事、ドラマがあります。教師・生徒、先輩・後輩、上司・部下という関係が前提としてあったとしても、そこには同性同士ゆえの共感もあれば、反発も生まれてくる。むしろそれは、血縁家族の間に生じる葛藤より、多様で複雑なものかもしれません。</p>
<p> イギリスはアメリカと比べると国としての長い歴史があるため、これまで数多くの大河ドラマが制作されてきた。18世紀の田舎町を舞台とした『高慢と偏見』(1995)、ヴィクトリア朝を舞台とした遺産相続絡みのミステリー『Bleak House』(2005)、エドワード朝から第一次世界大戦後までを舞台に恋愛と戦争を描いたドラマ『パレーズ・エンド』(2012)。近隣国を舞台にした歴史ドラマも多く、ローマ皇帝が主人公の歴史小説『この私、クラウディウス』(1976)は名作として語り継がれているし、トルストイの小説をドラマ化した『戦争と平和』も今年に入って放送が開始され、早くも高視聴率番組の仲間入りをしている。</p>
1月26日、ソウル都心部を走る地下鉄の駅構内で、包丁を持った男が暴れるという事件が起きた。乗客は全員、すぐさま隣の車両に退避。幸いにもケガ人が出ることはなく、男は事件発生から1時間20分後に警察に逮捕された。男は「人が多くて嫌気が差した」と、犯行動機を語っている。 韓国ではここ数年、同じような通り魔事件が急増している。メディアが報じたところによると、2000~09年の間、同様の事件はわずか4件だったが、10年以降にはすでに100~200件近く起きているという統計もある。 韓国では、通り魔事件のことを“ムッチマ(聞くな)犯罪”と表現する。つまり、動機が不明瞭なまま行われる犯罪、というニュアンスになる。 ちなみに今回、事件を起こしたのはホームレスだった。現在、韓国の地下鉄構内には、警備スタッフらに監視、管理されているホームレスが100人ほどいるという。事件を起こした男は、その中でも“特別”に監視されていたトラブルメーカーだったそうだ。 事件当時、男は酒に酔っ払っていたようで、自暴自棄になって犯罪を起こした可能性が高いと、メディアは書き立てている。例えば、テレビ局YTNのニュース番組に登場した韓国犯罪学研究所研究委員は、通り魔事件とホームレスの関係について次のように指摘している。 「ホームレスは、正常ではないからホームレスなのだ。そしてそのホームレスの中には、アルコールを飲んで中毒になっている人や、自暴自棄になっている人が多い」 正直、専門家の発言としては問題があると言わざるを得ない。「ホームレスは正常ではない」という言い切り方もそうだが、深刻化する格差など、その背景についてはまったく言及していない。彼ら・彼女らがなぜホームレスになったのか、なぜ貧困状態に陥り、精神的に自暴自棄になったのか、その根を絶たなければいくらホームレスを必死に監視したところで、通り魔事件を減らすことはできないだろう。 また、経済的貧困以外にも、通り魔事件の温床になっている要因がある。韓国社会に蔓延している精神的貧困だ。ここ数年、韓国では、ツバを吐いたことを注意されたり、また肩がぶつかったというようなささいな理由で凶器を振り回し、無関係な人々を傷つけた果てに逮捕される者が少なくない。キレる人間が多く生まれる背景には、貧困以外の問題も潜んでいるはずだ。 なお、なお韓国では通り魔事件以外にも、日本で言うところの「オレオレ詐欺」などもムッチマ犯罪に含まれる。共通する最大の特徴としては、被害者と加害者の社会的接点が見当たらないという点。韓国では知人を狙った詐欺などの犯罪件数が多かったが、近年急増するムッチマ犯罪は、少し異なる性質を持つようだ。 これまで“人情に厚い国”とされてきた韓国。ただ、通り魔事件が増加する状況を見る限り、その古き良き人々のつながりは、徐々に希薄になってきているようだ。 (取材・文=河鐘基)2003年に起きたテグ地下鉄通り魔放火事件、192名の死亡者を出した(polinlove.tistory.comより)
フォトグラファー ヨシダ ナギが世界中で見つけたイケメンをこっそりあなただけに紹介。
イケメンNo.03
トーク・トゥルー from ガーナ
「真実を話す者」。彼はそんな名前を持っている男だ。
彼に出会ったのはガーナのゲストハウスだった。そのゲストハウスは、アメリカ人のおばあちゃんがボランティアで運営しており、そこの支配人がガーナ人のトーク・トゥルーだった。
わたしがガーナを訪れたのは撮影ではなく、パイナップルがおいしいと聞いたからだ。その「ひとりパイナップルツアー」で滞在したのが、そのゲストハウスであった。
ガーナ人は、とても人がいいといわれているが、彼はその中でも群を抜く正真正銘のジェントルマンであった。お金を預けるとたいていの場合において、少なくなって返ってくるのがアフリカ。それはガーナとはいえ例外ではない。しかし、彼は信頼できる男として、現地人だけでなく、諸外国の人間からお金を預かり、1ドル1セントたりとも抜かずに返す。
方々からリスペクトを集める彼が地元を歩くと、「トーク・トゥルー!」「トーク・トゥルー!」と老若男女から黄色いコールがかかる。彼はそれらの声援を背中で受け、ヘビー級のチャンプさながらに両拳をつき上げて、こう言い放つのだ。
「I will be free !!」と。(わたしは瞬時に、「青天井‼」と、勝手に脳内和訳したが、少し違う気がしている)
そんな彼は料理がとても上手で、私の滞在中、毎日違うガーナ料理を作ってくれた。スパイスのきいた豆のシチュー、魚と揚げバナナの炒め物、そしてアフリカンピザ。いまだに彼の作ってくれた料理は、アフリカ歴訪史上No.1だ。アフリカ渡航で、5kg太って帰国したのもこれが初めての経験だった。
そんなこんなで、帰国が迫ったある夕方、彼に「なぜ、あなたはそんなにも誠実なの?」と聞いてみた。彼はうれしそうに笑って、少し考えてから、こう答えた。
「僕のトーク・トゥルーという名前は本名なんだ。その名前に恥じぬように生きる義務が、僕にはある」
誠実系イケメン、ここにあり。そう思った。
ヨシダナギ
1986年生まれのフォトグラファー。アフリカ人への強烈な憧れを幼少期から抱き「大きくなったら自分もアフリカ人のような姿になれる 」と信じて生きるが、自分が日本人だという現実を両親からつきつけられ、10歳の時に大きく挫折する。独学で写真を学び、2009年より単身でアフリカに渡り、憧れの彼らの写真を撮りはじめる。アフリカの裸族と共に裸になったことがさまざまなメディアで紹介され、その奔放な生き方と写真が注目を集める。現在はアフリカや途上国の秘境や僻地で写真を撮りながら、“アフリカ人の美しさ”や“アフリカの面白さ”を伝えるべく、講演会やコラム寄稿などの活動を積極的に行っている。
・公式サイト
『真田丸 前編 (NHK大河ドラマ・ストーリー)』(NHK出版)
初回19.9%、第2話20.1%と高視聴率でスタートしたNHK大河ドラマ『真田丸』。草刈正雄の好演とともに話題になっているのが、三谷幸喜氏の脚本だ。
「史実に忠実でありながら、その中に、クスリと笑える演出が随所に盛り込まれています。とりわけ、高畑淳子がコメディ要素で大活躍していて、顔芸やリアクション、わがままっぷりも面白く、視聴者からも高評価です。毎年同じ型にはまったものじゃつまらないですし、新しさを追求する姿勢は悪くない。この大河をきっかけに若者が歴史を好きになってくれればいいですね」(テレビ誌ライター)
段ボールを使った料理は、もはや中国の伝統なのだろうか? 2007年、首都・北京で材料に段ボールを混ぜて作った肉まんが国内外で大きな話題となったが、今度は段ボールで作ったチキンカツがネット民の間で話題になっている。 まず先に、07年に起こった事件を簡単におさらいしておくと、北京のテレビ局が肉まんを製造・販売する店に潜入取材し、段ボールを使った肉まん作りの実態を番組で放映したのがきっかけだった。それを新聞が追っかけ取材したことで、中国全土に知れ渡ることに。肉まんは毎朝、朝食として食べられているため、人民の間で大騒ぎになった。 結局、これは番組スタッフのやらせだったということが判明し、中国当局は番組スタッフを逮捕。事態の収拾を図ろうとしたが、かえってそれが人民たちの間で疑いを広める結果となり、コトの真相はいまだに明らかになっていない。 さて一方、今回話題となっている段ボール製チキンカツは、店で販売して金を儲けたわけではなく、私怨を動機に作られたものである。これが、段ボール製チキンカツ。とてもニセモノだとは思えない作り
まずは、型を取った段ボールを、2枚重ねて接着する
段ボールの“肉片”をタレにつけて味付けする
作ったのは、ルームメイトの盗み食いに業を煮やした人物。仕返しのため、段ボールでチキンカツを作って冷蔵庫に入れていたところ、ルームメイトはまんまとこれにかぶりついたという。この人物がネットで公開している段ボールチキンカツのレシピは、以下の通り。 肉の部分には段ボールを使っているものの、そのほかの素材は本物のようで、作り方も本格的。この完成度の高さにはネット民たちも「見た目は完璧。もしかしたら、食べても気づかないかも」と脱帽している。パン粉をつけるのも忘れずに
日本で同じことをやったら、すぐにバッシングを浴びそうなところだが、中国では面白がられているところに、日中の文化の違いを感じる。これが中国文化の懐の深さなのか、それとも単に、ニセモノに対する人民の許容度(慣れとも、あきらめともいう)が高いだけなのだろうか。 (文=佐久間賢三)出来上がったら、ラップをかけてさりげなく冷蔵庫の片隅に
元ZOOのメンバーであるCAP――本稿では彼の通称である〈CAP〉と記する――こと坂井氏が、一昨年12月、新宿区・歌舞伎町のホテルで覚せい剤約1グラムを3万円で購入した疑いで、2015年7月7日に麻薬特例法違反で逮捕された。ZOOは1989年に結成された9人組グループで、「Choo Choo TRAIN」のミリオンヒットで知られる元祖ダンス&ボーカル・ユニット。本誌読者であれば、彼らが90年代に巻き起こした一大ムーブメントが、記憶の片隅に残っているのではないだろうか。 95年の解散後の翌年には、彼を含むZOOのメンバー3人で〈LUV DELUXE〉を結成し、ZOOが持つオリジナリティであったブラックミュージックをさらに追求したスタイルで活動。「トパーズの涙」という隠れた名作を放つも、セールスは伴わず、結成翌年には解散を余儀なくされた。LUV DELUXE解散から約3年、21世紀を迎える前年に私はCAP氏と出会った。長身で端正な顔立ち、キレのあるダンスは、ZOO時代からひときわ目立っていたので、一目で“かのCAP”であることに気がついた。当時、自らが立ち上げた音楽系アーティスト・マネジメント事務所の取締役を務めており、その頃、駆け出しの音楽誌編集者だった私は、彼と仕事をする機会に恵まれた。 ある時、CAP氏が手がけるアーティストの音楽評を執筆したことがあった。私も若気の至りだったのか、辛辣な言葉に終始した原稿に対し、「お前のような若僧に何がわかる!」と激高、目の前で掲載誌を破り捨てられた過去もあった。しかし数日後、「ごめん」と謝罪の電話があり、手がけるアーティストへの愛や、未来のビジネスプランについて語ってくれた。以後、「共に音楽業界を盛り立てる」という裏方的立場で共鳴した私たちは、これまでに幾度となく仕事の現場を共にし、マネジメント事業と並行するイベント制作の現場へも足を運んだ。ZOO時代のように激しいダンスパフォーマンスこそしなかったものの、運営から進行、キャスティングまで、「アーティストから、アーティストを支える完全な裏方」として、違う輝きを見せていた。 それから5年後、マネジメント事務所を退社、音楽レーベルに転職したCAP氏は、新人発掘から所属アーティストのプロモーション業務を担当。言葉は悪いかもしれないが、その腰の低さは、一度芸能界の華やかさを味わった人間とは思えないものだった。インターネットが普及し、音楽レーベルのプロモーターたちは、「とにかくヤバいので聴いてください!」といった簡素極まりないメールでの売り込みや、アーティストの音源がアップされたダウンロード先のリンクを貼り付けただけのBCCメールの送付が常套手段となり、直接足を運んで売り込むことは極端に減った。そんな時代に彼は、出版社をはじめ、ラジオ局、あらゆるメディアに自らの足でプロモーションに出向いていた。「面と向かって話さないと気持ちは伝わらないよね」――時に鬱陶しく感じるほどの情熱を持ったプロモーションは、良い意味でも悪い意味でも彼の音楽愛を強固なものにした。 頻繁に顔を合わせる間柄ではなかったが、久方ぶりにその名を目にしたのは、昨年7月4日に放送された音楽番組『THE MUSIC DAY 音楽は太陽だ。』(日本テレビ系/以下、MUSIC DAY)におけるZOOの再結成ライブだった。オリジナル・メンバー全員が揃うことはなかったが、CAP氏はパフォーマンス前に「今、一番前のめりなやつらが何人かいないんで、また次回こういう機会がもらえるなら、ぜひ一緒に踊ろうよ」というメッセージを電波に乗せた。ZOOをリアルタイムで経験した視聴者からすれば、その不在であった前のめりな何人かは、即座に見当がついただろうが、彼はメンバーの名を明言しなかった。 そして放送から3日が経過した7月7日、冒頭で述べた通り、麻薬特例法違反で警視庁組織犯罪対策5課によって逮捕された。出会いからおよそ15年、かつて共に音楽業界を盛り上げる裏方という立場で共鳴した相手の逮捕に驚きを隠せなかったが、ワイドショーやスポーツ紙の“覚せい剤常習犯”といった見出しには、いささか違和感を覚えた。もちろん、罪を犯したという点において擁護することはできない。しかし、彼がこれまでに見せてきた、ひたむきなまでの情熱が、白い粉から形成されていたとは考えにくい。逮捕から約3カ月後の10月、東京地裁は懲役1年6月、執行猶予3年(求刑懲役2年)を言い渡した。私は意を決し、彼にアポイントメントを取ることにした。 久しぶりに電話口から聞こえたCAP氏の声は、若干弱々しく感じたものの、これまでと変わらぬ態度で接してくれた。何気ない日常会話をするのも白々しく感じてしまうので、単刀直入、取材のオファーを試みる。二つ返事とはいかず、これまでに複数の週刊誌からのオファーがあったそうだが、執行猶予中の身のため、すべて断ったそうだ。事前に打ち合わせをし、それを踏まえた上で結論を出してもらうことにした。(写真/有高唯之)
打ち合わせ当日、彼は「人生を振り返り、思いつくままを書いていた」と、留置所生活で書き綴った便せんをリュックから取り出した。お世辞にも達筆とはいえないが、生い立ちから思春期を通過した学生時代、そして愛する者へのメッセージなどが書き連ねられていた。そして、それをもとに事件の概要を改めて聞いた。 2回目の打ち合わせは、彼が生まれ育った東京都板橋区で行った。場所は、CAP氏とは幼稚園からの幼なじみだという同級生が営む居酒屋だ。彼は悩んでいた。今回の事件を話すことによって、解放される気持ちがある一方で、それが保身のための独りよがりになってしまわないかと。そして、青春のすべてを捧げた仲間たち、仕事を共にしてきた仲間たちへの背徳行為になってしまわないかと。「俺はどうしようもない身勝手な男だった。でも、人生に思い悩んでいる読者がいるとするなら、俺のような恥さらし者がいることで、抱えている悩みを吹き飛ばすきっかけになれば」――そう言って、本誌の取材を了承してくれた。 華やかな芸能生活から裏方ビジネス、薬物に手を染めてしまった経緯、そして逮捕前・逮捕後の心境を聞く。 ――CAPさんはZOOの活動で一躍トップ・アーティストの座に就き、一世を風靡しました。アーティストとして大きな成功を収めたにもかかわらず、なぜ解散後は芸能界に執着せず、あえて裏方の仕事を選択したのでしょうか? 「アーティスト時代に全国をツアーで回った際、各地のクラブのオーナーやDJ、ダンサー、現場を支えるあらゆる人たちと出会ったことや、俺自身、テレビよりリアルなストリート・カルチャーに戻りたいという気持ちが強かったからだね。俺にとってZOOっていうグループは、あくまで後づけなんだよ。もともとクラブのような遊び場が好きな現場の叩き上げだったし、テレビは出演したら『楽しいな』と思う程度だった。当時、街のゴロツキ兄ちゃんみたいな集団がオリコン1位を獲ってしまったもんだから、世間的にも新鮮に映ったんだろうね」 ――多くの関係者が久方ぶりにCAPさんの名前を目にしたのは、覚せい剤で逮捕という残念なニュースとなりました。テレビ各局やスポーツ紙はこぞって「常習的に薬物を使用していた」と報道していましたが、そこに違和感を覚え、今回の取材をオファーしたわけですが、そもそもどうして薬物に手を出してしまったのでしょう。 「“セックス・ドラッグ・ロックンロール”という生き方があるじゃない? 人とは違う生き方、前例のない形で世の中に出て認められたい。そういう憧れがあって、ノリで使用してしまった。仕事上、交友関係も広かったし、悪い友達も少なくなかったからね。それと、07年前後だったかな、当時一番の親友だった人間と諍いを起こしちゃって、酒に溺れて荒れてしまったことも原因だったと思う。でも、報道にあったように常習的に使用していたわけではない。ただ、今回の逮捕で多くの方々を裏切ることになってしまい、本当に申し訳ないと思ってます」 ――今回逮捕に至った背景は、覚せい剤の売人が先に逮捕され、そのリストにCAPさんの名前があったと聞いています。なぜ、CAPさんが元ZOOのメンバーだと発覚し、そもそも逮捕は『MUSIC DAY』出演前に決定していたのに放送後の逮捕となったのですか? 「俺がZOOのメンバーだったということは、警視庁の担当が本名で検索をかけたら、フェイスブックにたどり着いて経歴を知ったことから。その時から半年間かけて(警視庁組織犯罪対策)5課が6人体制でマークしてたということを、あとから担当刑事に聞いてね。逮捕がZOO再結成ライブの放送後になったのは、俺が逮捕される直前に、元C-C-Bのメンバー(田口智治氏)が神奈川県警に逮捕されたことが要因だったみたいで。警視庁にとって俺の逮捕は、偶然のタイミングとはいえ、神奈川県警に対する対抗意識だったんだろうね。それと、俺が番組出演後に逮捕されることを知っていた関係者も少なからずいたみたいで、警視庁も『坂井をテレビに出演させてから逮捕したほうが、より大きなプロモーションになる』と思っていたみたい。 逮捕の瞬間は頭の中が真っ白になったよ。自宅のドアロックをペンチで切られ、15人前後の警官が入ってきて、『逮捕する』って担当刑事が仁王立ちになってね。まるで映画のワンシーンのようだった。一気に奈落の底に突き落とされた感覚だったけど、それ以上に、取り返しのつかないことをしてしまったなって」 ――再結成ライブ直後ということもあり、メディアは連日のように逮捕に関するニュースを報道し、ネットでは「MUSIC DAY」において司会者の進行をさえぎり発言したシーンが「薬物による異常な行動」として動画も出回りました。 「さえぎって発言したことに薬物はまったく関係ないんだ。再結成ライブが決定して、当時の関係者から提案してもらった助言も考慮して、あらかじめ言おうと決めていたことだった。言い訳をするつもりじゃないけど、報道やネットニュースはそういう行動を取って付けたように“不可解”と言いたかったんだろうね。さまざまな事情もあって一緒に出演できないメンバーがいたから、『一番前のめりなやつらが何人かいないんで、また次回一緒に踊ろうよ』と、わかる人にはわかってもらえるように伝えたまでだよ。 放送終了後、当時のファンの方たちからフェイスブックに『ZOOは私の青春です。再結成ライブうれしかったです!』といったあたたかいメールが1000件以上届いたんだ。とってもうれしかったし、涙が出た。でも、その数日後に逮捕され、関係者だけでなく、そんなファンのみなさんに対しても最低な返答をしてしまった。留置所に入って、本当に無分別なことをしてしまったと深く反省し、今度は悔し涙が出てきたよ」 ――昨年10月、東京地裁から判決が出ましたが、現在は生まれ育った実家に身を置き、ウェブクリエイターの学校に通っているそうですね。 「30年ぶりに実家へ戻って両親と暮らしてるんだ。厳格な父親だから、こっぴどく叱られてさ、大好きなタバコも酒も女も禁止されてる。今は執行猶予中の身だけど、また音楽の仕事に復帰したいと思ってるから、ウェブクリエイターの学校に通ってるんだ。両親共に年金生活だから迷惑もかけられないし、普通に仕事しなくちゃいけないわけだけど、近所のスーパーとか、いくつか求人に応募したんだよ。でも、すべて不採用。昨今、罪を犯せばネットに名前はいくらでも出ちゃうからさ、履歴書の名前で検索されたんだろうね。そういった社会的制裁を受けながら、地道にがんばってるよ」約3カ月の留置所生活で書き溜めた数百枚におよぶ便せん。そこには、乱雑ながらも今回の事件に対する心情や、生い立ちから青春時代、愛する人へのメッセージなどが書き記されていた。
――今回の取材は、幼なじみの同級生が営む居酒屋で行わせてもらっていますが、社会的制裁を受ける一方で、支援してくれる仲間も身近にいるわけですよね。 「見捨てられて当然の罪を犯しながらも、ZOO時代の仲間、お世話になった先輩、面倒を見てきた後輩……決して数は多くないけど、『おかえり』『お前は何やってんだ』とか叱咤激励の言葉をかけてくれる人たちがいた。出所後はちょっと鬱っぽくなってたこともあったから、素直にうれしかった。もちろん、呆れてなんの連絡もくれない友達もいたけどさ、そこは真摯に受け止めてる。なにより、何十年も離れて暮らしていた両親が俺を受け入れてくれたことや、地元の同級生、特にこの居酒屋の大将に至っては、『出世払いで構わないから、メシ食べていきなよ』と気遣ってくれたり、そのほかの同級生も同窓会に呼んでくれたり。生まれ育った土地に心から感謝してます」 ――今回の逮捕で失うものはたくさんあったと思いますが、得たものも大きかったのではないでしょうか。仲間に対し、改めて伝えたいことはありますか? 「俺が信頼する仲間は、不良も多いけど、夢に向かってまっすぐで、それを実現させるためには、自分を犠牲にしてしまうくらいの連中ばかり。自分が生きてきた世界は、一般的に見たら無価値のアンダーグラウンドな世界だったかもしれないけど、俺はそこでプライドを捨ててまで、自分らしさを失いたくはなかった。そんな意義ある人生を送れてきたのに、なぜ薬物なんかに頼ってしまったんだろうという後悔の気持ちにばかり襲われる。事業が軌道に乗り、あちこちで偉そうな顔をしてきて、自分を失いたくないと思う一方で、もっと大切な何かを失っていたことに気づかされたよ。 こんな俺だけど、できることなら、また人のために汗水流して働きたいし、誰かの役に立ちたいと思ってます」 取材終了後、居酒屋の大将は、CAP氏にねぎらいの意味を込めてウーロン茶を差し出し、大将の奥さんは「焼酎を入れたら、お父さんに怒られるよね?」と笑顔で問いかけた。しかし、彼は真面目な表情を変えず、「クラブ・カルチャーは今でも大好きなんだ。風営法が改正に向けて順調に進む中、こうした事件を起こしてしまったことを本当に反省してる。クラブ=ドラッグの温床と、短絡的に結びつけることだけは避けてほしいです」と続ける。そして彼は、大将にお礼を述べた。その表情は、これまでに仕事で見てきた眉間にしわを寄せるような硬い表情ではなく、今までに見たことのないやわらかい表情だった。 だが、華やかな世界から、奈落の底に落ちた彼に待ち構える障壁は、高く険しい。今、彼は共に時代を築いてきた仲間、支援してくれる仲間を想いながら、新たな一歩を踏み出している。 (文/佐藤公郎) CAP(きゃっぷ) 1969年、東京都生まれ。「Choo Choo TRAIN」や「YA-YA-YA」などのヒット曲を連発し、一世を風靡した元祖ダンス&ボーカル・ユニット・ZOOのメンバーとして活躍。解散後はDJやダンサーとしての活動や、自らが取締役を務めるマネジメントやレコードレーベルなどを手がける。15年7月、麻薬特例法違反の疑いで逮捕。同年10月に懲役1年6月、執行猶予3年の判決が言い渡された。CAPを支える幼なじみの店主夫妻が営む居酒屋にて。取材前の打ち合わせでは、通っている学校のテストでの高得点を夫妻に笑顔で報告していた。
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