11日、モデルの益若つばさが自身のインスタグラムで、自身のプロデュースするファッションブランド『EATME』の春の新作ワンピース姿を披露。露出した腕や脚があまりにも細いために、ファンからは「つばさちゃん、ちゃんと食べてる?」「もうちょっと太らないと、心配で服に目がいかない」など、激ヤセを心配する声が上がっている。 「益若は身長150cmしかなく、モデルのみならず、一般人と比べても小柄な方ですが、そのスタイルの良さで低身長を補い、カリスマギャルモデルとして活躍。低身長モデルのパイオニア的存在として、長い間、モデルを目指す女性の憧れの的となっていたようですが、13年に梅田直樹と離婚した直後には『離婚ストレスで激太り?』と指摘されるようになり、バラエティ番組やファッションイベントに登場する度に『顎がたるんでる』『モデルとしてどうなの?』とネット上では厳しい声が飛び交っていました。その批判の声に一念発起したのか、去年頃からインスタグラムにアップする姿には『全盛期よりも痩せた?』『アラサー1児の母とは思えない!』など、称賛の声が上がっていました。しかし最近では『いくら何でも痩せすぎじゃない?』『モデル業にプロデュース業、ママ業にFukaseとの恋愛。その細い体で無茶してたら、いつか倒れるんじゃないかと不安になる』など、ファンを心配させているようです」(芸能関係者) ファンの心配をよそに、益若は公私ともに順調なようで、特にFukaseとの恋愛に関しては、長男とのスリーショットを披露するなど、幸せアピールに余念がないようだ。 「益若は今月7日、自身のTwitterに、長男とFukaseと3人で写る画像をアップ。さらに11日には、インスタグラムに、長男とFukaseが紙飛行機を飛ばして遊ぶ姿を動画投稿し(現在は削除)、『もうすっかり家族って感じ』『幸せそうでなにより』と、ファンからも祝福の声が上がっていました。その一方で、ネット上では、『幸せアピールしたかったみたいだけど、DAIGOと北川景子のツーショット会見を見た後では完全にかすむ』という声も上がっているようです。また、Fukaseの元カノであるきゃりーぱみゅぱみゅのファンからは、『2人の幸せそうな姿を見て、きゃりーちゃんが傷ついてないか心配』という声も上がっているようです」(同) 先月21日に放送された『Xmasスペシャル中居正広が結婚を考える夜。』(フジテレビ系)に出演した際、益若は長男に、「ママは1回離婚を経験してリセットされたからあと3回は結婚していいよ」と再婚のGOサインをもらったことを打ち明けたのだが、すでに心はFukaseとの再婚秒読み段階に入っているのだろうか。益若つばさ・Instagramより
日別アーカイブ: 2016年1月18日
五郎丸歩、澤穂希……テレビ関係者が明かす「ギャラを要求しすぎ!!」のアスリート
2016年に入り、テレビ各局が取り合っているのが、大物スポーツ選手だ。昨年末には、ラグビーの五郎丸歩選手がテレビに引っ張りだことなったが、今年は彼に加えて、昨年引退した女子サッカーの澤穂希選手も目玉の1人に。昨年 12月27 日に行われた引退試合で決勝ゴールを決めた“持っている女”だけに、視聴率低迷にあえぐテレビ界において、救世主となる可能性は「十分ある」とみられているようだ。
ところが、バラエティ番組のプロデューサーは2人に対してこう嘆息する。
「五郎丸選手は、芸能プロに所属しておらず、現在は友人にマネジメントをしてもらっている。素人なので相場がわからないのか、局側にめちゃくちゃなギャラをふっかけてくるんですよ。アスリートは文化人よりもギャラが高く、メダリストの場合は、そこにもう少し上乗せされる。五郎丸選手がいくら人気者とはいえ、メダルを獲ったわけでもないのに、バラエティ番組で通常の3倍を提示してくるのには困りものです。澤選手は、ワールドカップ優勝の実績がありますから、ゴールデンやプライム帯の1時間番組だと、相場は 150万円ほど。ですが、彼女サイドは 200~300 万円と提示してくるんです。制作費の予算を軽くオーバーしてしまうので、おいそれとは起用できません」
そんな中、テレビ関係者の間で“お買い得”といわれているのが、昨年引退したもう1人の大物スポーツ選手だ。
「ボクシングの元世界チャンピオン・亀田興毅です。現役時代はヒールだったのでアンチも多いですが、引退して話し方がやわらかくなりましたね。引退理由を『自分の子どもの物心がつかないうちに辞めたかった』と良き父親ぶりを見せたことで、アンチ勢の“亀田アレルギー”も薄らいできています。自分の置かれている状況をわかっているので、ギャラにも文句を言ってきませんし、テレビ局側からすると“狙い目”かもしれません」(同)
テレビ番組で重宝されるアスリートの顔ぶれは、今年どう変わるのだろうか?
飯島マネ今月退職決定!でも恩知らずはメリー副社長のほうだ!SMAPだけでなくジャニーズが今あるのも飯島のおかげ
【本と雑誌のニュースサイトリテラより】 芸能マスコミによるSMAP 解散報道は予想通りのシナリオで進んでいる。SMAP育ての親・飯島三智マネージャーを「クーデターの首謀者」と一斉に糾弾し、彼女と行動を共にしようとした中居正広ら4人のメンバーについても「今は後悔しているようだ」「土下座して詫びるしかない」などと、悪者扱い。そして、残留を決めた木村拓哉を「スジが通った行動」と賞賛しまくる──。 こうした報道がジャニーズ事務所・メリー喜多川副社長の意向に丸乗りした情報操作であり、まともに論じるようなシロモノでないことはよくわかっているつもりだが、それでも、つい反応してしまうのがこの間、スポーツ紙やネットニュースでやたら使われる「恩義」という言葉だ。 中居らはジャニーズに育ててもらった恩義を忘れていた、ジャニーズあっての自分たちだということをわかっていなかった、そして、木村だけがジャニーズに受けた恩義に報い、残留を決めた……こうした妄言が垂れ流されるたびに、「お前らは本当にSMAPとジャニーズの歴史を知っているのか」と、突っ込まずにはいられなくなるのだ。 はっきり言っておくが、SMAPというグループがジャニーズ事務所から受けた恩義など、1ミリもない。そんな、当たり前のこともわかっていない頭の悪いスポーツ記者のために、改めて説明しよう。 SMAPが結成されたのは、1988年。もともと彼らをジャニーズ事務所に入れ、SMAPを組ませたのは社長のジャニー喜多川氏だが、扱いはひどいもので、ジャニー喜多川社長もメリー副社長からもほったらかし。しばらくたなざらしにされていた。 91年、ようやくCDデビューを果たすが、すでに光GENJIのブームは終焉。芸能界全体が“アイドル氷河期”に突入しており、歌番組も数を減らし、バーターでブッキングしてもらえるような先輩もいなかった。 まともな売り込み、プロモーションもしてもらえず、CDは鳴かず飛ばず。途中からは、ジャニーズ出版という別会社に所属を移され、マネージャーすらつけてもらえず、一時は解散寸前の状態に追い込まれていた。 恩義どころか、SMAPは“産み捨て”状態にあったのだが、そんなときSMAPの担当となったのが、今回の騒動の主人公である飯島氏だった。飯島氏はもともと事務職としてジャニーズ事務所に勤務していたのだが、SMAPの状況を見かねて「わたしにやらせてください」と直訴し、マネージャーに。そこから事務所のバックアップなしで、ひとりで売り込みに走り回り始めた。 足繁くテレビ局、雑誌編集部に通いつめ、自ら企画をたてて持ち込む。そして飯島氏は当時、アイドルが本格進出していなかったバラエティ番組に目をつけ、粘り腰で交渉した結果、ついに『夢がMORIMORI』のレギュラーを獲得。これがきっかけとなって、SMAPはブレイクへのきっかけをつかむのだ。 その後も飯島氏は新しいファンを獲得し、SMAP人気を拡大させるために、これまでのジャニーズアイドルにはありえなかったさまざまな新機軸を打ち出していく。 そのひとつがトレンディドラマへの出演だ。いまではアイドルがドラマで主演を張ることは何も珍しいことではないが、当時はトレンディ俳優全盛期で、アイドルドラマ枠でもないかぎり現役ジャニーズがトレンディ枠に入り込む余地などまったくなかった。しかし、飯島氏はこの状況に風穴を空ける。 93年、月9の『あすなろ白書』に木村が出演するのだが、このとき、飯島氏はジャニーズの掟というべきものを打ち破った。 というのも、このドラマでの木村の扱いは3番手だったからだ。それまでのジャニーズ事務所は「ウチの大事なタレントを2番手、3番手になどできない」と主演以外は突っぱねてきた。だが、飯島氏は木村の可能性に賭け、チャンスを捨てなかった。結果、木村は「俺じゃダメか」とヒロイン役の石田ひかりを後ろから抱きしめる告白シーンで人気が爆発、一気に注目のトレンディ俳優に仲間入りを果たしたのだ。 もうひとつ画期的だったのが、草彅剛の売り出しだ。飯島氏はずっと“SMAPのお荷物”扱いだった草彅を売り込み、97年、『いいひと。』に主演させたのだが、これもそれまでの“ジャニーズ=イケメン待遇”というルールをくつがえすものになった。以降、草彅は幅広い役に挑戦し、演技力の面で大きな評価を得ていった。 さらに、飯島氏は歌の分野でも先鞭をつけた。SMAPにとって大きな分岐点になったのは、93年に発表したシングル「$10」だ。ちょうど木村が前出の『あすなろ白書』に出演中に発売されたのだが、そんな重要な勝負曲に飯島氏が選んだのは、歌手・林田健司のアルバム曲。しかもそれまでSMAPが発表してきた王道アイドルソングを見事に覆すアダルトコンテンポラリーな曲で、歌詞の内容も“愛と金”というアイドルらしからぬものだった。しかし、これが大きく当たり、「大人がカラオケで歌える曲」という、これまでグループアイドルが乗り越えられなかった壁を越えたのだ。 また、飯島氏は新進気鋭のアーティスト、クリエイターとのコラボにも熱心だった。「セロリ」の山崎まさよし、「夜空ノムコウ」のスガシカオ、アルバムでは過去にフィッシュマンズ・佐藤伸治やキリンジ・堀込高樹、最近でも、いま話題のゲスの極み乙女。川谷絵音やクリープハイプの尾崎世界観など、通好みなコンポーザーを多数参加させた。 PVでも、早い段階からCMディレクターとして注目されていた石井克人や人気写真家の若木信吾などの注目クリエイターを起用。木村のために実験的な作風で世界的に評価の高いウォン・カーウァイを監督にした映画を作らせた。 それまでジャニーズのタレントなど扱うことなんてありえなかったファッション誌やカルチャー誌にもSMAPを売り込み、彼らのブランド価値をどんどん高めていったのも、飯島氏だった。 バラエティとドラマ出演によって大衆性を担保しながら、一方で気鋭のアーティストや作家をぶつけ、おしゃれメディアも巻き込みながらエンタテインメントの枠を広げていく。飯島氏がジャニーズの鉄則に縛られることなく実践したこうした方法論によって、SMAPは老若男女から愛される国民的グループになっていったのだ。 しかも、飯島氏はプロデューサーとしてだけではく、スキャンダル対策にもその豪腕を発揮した。草彅や稲垣が不祥事を起こした際には、ジャニーズ本体には頼らず、自らマスコミを駆け回って自ら火消しに奔走。中居が一般の女性とトラブルになった際には、自らその女性と交渉し、説得もしている。 また、工藤静香が妊娠し、木村が結婚すると言い出したときは、「子供をおろせ!」と激怒するメリー喜多川副社長の盾になって、「木村の人気は結婚しても衰えることはありません」と説得。ゴールインにこぎつけさせた。一説には、この問題がきっかけで飯島氏とメリー氏の溝が深まったともいわれている。 いずれにしても、SMAPの今の人気がジャニーズ事務所と何の関係もないことは疑いようもない。SMAPは一から飯島三智マネージャーが育て、その類い稀なプロデュース・マネジメント能力によって、今のような国民的アイドルに押し上げたのだ。そして、メンバー5人はこの20年以上ずっと、公私両面で彼女に守られてきた。SMAPが恩義を感じるべき相手がいるとすれば、それはジャニーズでなく飯島氏なのだ。 そう考えると、中居らが飯島氏のジャニーズ追放に怒りをおぼえ、飯島氏と行動をともにしようとするのは当然であり、むしろ、自分のために盾になってくれた恩人を裏切り、権力になびいた木村拓哉こそ“恩知らず”というべきだろう。 いや、木村だけではない。実はもっとも恩知らずなのは、ジャニーズ事務所、メリー喜多川副社長だ。なぜなら、飯島氏はSMAPだけではなく、ジャニーズ事務所そのものの今の隆盛をつくりだした最大の功労者、中興の祖だからだ。 前述したように、SMAPがデビューした当時、ジャニーズには売れているアイドルがまったくいなかった。生まれた時からジャニーズが人気の若い人にはピンとこないかもしれないが、当時はジャニーズはダサい存在でしかなく、“ジャニーズ? プププ”という空気さえあった。 それがSMAPのブレイクで一変。SMAPに引っ張られる形で、次々と売れっ子アイドルが生まれていった。 飯島氏が前述したようにそれまでのジャニーズの常識を打ち破って、SMAPに用いた新機軸が、その後のジャニーズアイドルの有り様を激変させ、活動の幅を一気に広げたのだ。 たとえば、今、ジャニーズのタレントはお笑い、バラエティ、情報番組のMCに当たり前のように出演しているが、これらはすべて、飯島氏がSMAP売り出しの際に、新たに市場を開拓し、先鞭をつけたものだ。 それまでのジャニーズのアイドルは、美少年が歌って踊るだけ、バラエティといってもゲスト出演や歌を歌う合間にやる程度のことだった。それが、SMAPが体をはったコントや情報番組のMCなど、本格的にバラエティ、情報番組に進出、成功したことで、テレビ局がジャニーズアイドルをどんどん起用し始めた。 飯島氏とSMAPがいなければ、TOKIOの『ザ!鉄腕!DASH!!』も、イノッチの『あさイチ』MCも、櫻井翔の『NEWS ZERO』 キャスターもありえなかったと言っても言い過ぎではないだろう。 こうした構図は、ドラマでも同様だ。木村の出演以降、ジャニーズタレントは月9などのドラマにどんどん出演、主演するようになり、草彅の演技力が高く評価されたことで、現在の二宮和也や岡田准一など、ジャニーズが“演技派の役者”として活躍できる流れをつくりだしていった。 TOKIOや嵐、関ジャニ∞などが、テレビの一方で、“おしゃれ、サブカル路線”の仕事をこなし、堤幸彦や宮藤官九郎、犬童一心、山下敦弘といった玄人筋から評価の高い作家たちと仕事をするようになったのも、飯島氏がSMAPでやったことの延長線上で出てきたものだ。 そして、飯島氏のこうしたノウハウは、人気アイドルグループを次々と作り出すだけでなく、これまでジャニーズ内で放置されていた人材を活用することにもつながっていった。CDが売れない、ルックスもたいしたことがないアイドルでもトークの能力や演技力があれば、活躍できる場所が与えられるようになった。 さらに、この結果、ジャニーズのアイドルはその寿命を一気に延ばすことにもなった。それまでのジャニーズアイドルの人気はせいぜい4〜5年、25歳くらいになったらテレビから消えてしまうというのがパターンだったが、バラエティや俳優への道が広がり、かっこよさよりもおもしろさや好感度のプライオリティが高まったことで、30歳になっても40歳になっても、活躍できるようになった。 これは大袈裟な話でなく、飯島氏は芸能界におけるアイドル観、いや国民ひとりひとりのアイドル観を変えてしまう、一大改革をなしとげたといっていいだろう。そして、その恩恵に一番あずかったのが当のジャニーズ事務所だった。 飯島氏がいなければ、ジャニーズは“ジャニーズ帝国”と呼ばれる今日のような一大勢力に伸張することもなかったし、メディアを支配するような権力をもつこともできなかったはずだ。 実際、天才的な審美眼を話題にされるジャニー喜多川氏にしても、剛腕で鳴るメリー喜多川氏にしても、これまでSMAPのような国民的アイドルをつくりだせたことは一度もないし、光GENJI以降、時代の変化に追いつけず、為す術がない状態だった。 TOKIOや嵐を手がけて成功させたメリー氏の娘・ジュリー氏にしても、SMAPのノウハウを後継グループでそのまま使ったに過ぎず、おそらくSMAPという前例がなければ何もできなかっただろう。 もし、飯島氏とSMAPがいなければ、ジャニーズ事務所は光GENJIブームの後、縮小再生産に入って、男性版宝塚のようなコアなファンに支えられるだけの集団になってしまったかもしれない。あるいは松竹歌劇団のように消滅していた可能性さえある。 だが、メリー喜多川氏は、この飯島氏の功績を一切認めようとしなかった。それどころか、ある時期から娘かわいさで飯島氏追い落としを図ったのだ。いろんなところで報道されているように昨年1月の「週刊文春」(文藝春秋)のインタビューの際には、記者の面前に飯島氏を呼び出し、「飯島、SMAPを連れていっても今日から出て行ってもらう。あなたが辞めなさい」とパワハラ解雇通告。実際に、飯島氏がつとめていた別会社の役員を解任した。 これだけジャニーズに貢献しながら、そんな目にあえば、飯島氏がジャニーズを出ざるをえないと思ったのは当然だろう。そして、それは、中居正広らも同じ気持ちだったようだ。 中居はその「文春」のインタビューの少し後、示唆的なセリフを吐いている。それは『笑っていいとも!』最終回でのスピーチ。中居は涙ながらに「いま、こんなかたちでジャニーズがバラエティとか普通にやってますけど、ほんとうに『いいとも!』に俺と香取が出させてもらって、ジャニーズもバラエティとか全然知らない、育て方とか知らないなか、チャンスを与えてくれてありがとうございました」と述べたのだ。 あくまでタモリへの謝辞という形をとっているが、「いま、ジャニーズがバラエティとか普通にやってますけど」「ジャニーズもバラエティとか全然知らない、育て方とか知らないなか」という言葉をわざわざ加えたのは、飯島氏がバラエティを切り開いてきたのに、ジャニーズ事務所、メリー喜多川副社長がそのことをわかっていない、ということをアピールしようとしたとしか思えないものだった。 さらに、今年1月9日に放映された『松本人志のすべらない話』でも、中居はあえてジャニー喜多川社長の誕生会のエピソードを語り、近藤真彦の権勢ぶりを揶揄。ジャニーズの歪な状況をほのめかした(この話がMVSをとったのは、明らかに中居の友人である松本の配慮だろう)。 つまり、中居はたんに飯島と行動を共にすることを決心しただけでなく、テレビでもリスクを冒して、ギリギリのところで飯島の功績とジャニーズの非道を訴えようとしていたのだ。義理だの恩義だのと言うのであれば、この中居の態度こそが正しいというものだろう。 実際、中居だけでなく、ジャニーズ事務所の中にも同じにように考えている関係者は多いという。 「なんだかんだいっても、飯島さんの功績は大きいし、代わりになる人はいない。SMAP解散がジャニーズ全体にとってとてつもない悪影響を及ぼすのはもちろんですが、飯島さんがいなくなって、本当にこれから事務所は大丈夫なのか、という声も聞きます。実際、飯島さんが手がけたキスマイとジュリーさんのHey! Say! JUMPの今の勢いの差を見れば、明らかでしょう」 しかし、冷静な判断能力を失ったメリー副社長の暴走は誰にも止めることはできず、事態はまったく別の方向に進んでいる。今日17日には、今、一番メリー氏と近いといわれるスポーツニッポンが「責任を痛感した飯島氏が予定を早めて今月退社」という記事を出した。 水面下ではスポンサーなどの圧力もあり、飯島氏ひとりに責任を押しつける形で事態の収拾を図り、4人を戻す計画も進んでいるという。 おそらくそうなったら、芸能マスコミは飯島氏ひとりを悪者にし、「中居らは飯島氏にそそのかされて馬鹿な真似をしたが、キムタクの仲介でメリー副社長に謝罪、大団円を迎えた」というような、まるっきり嘘のシナリオを垂れ流すだろう。 だが、何度でも言うが、今回の事態に、飯島氏とSMAP4人の責任は一片もない。本来なら、SMAPと飯島氏を追い詰めたメリー氏こそが土下座して謝るべきなのだ。ファンの間では、SMAP存続運動が展開されているらしいが、ついでに「飯島復帰運動」「メリー土下座しろ運動」もするべきではないだろうか。 (大方 草)飯島マネの功績を踏みにじりる“つくられたシナリオ”の行方は…
飯島マネ今月退職決定!でも恩知らずはメリー副社長のほうだ!SMAPだけでなくジャニーズが今あるのも飯島のおかげ
【本と雑誌のニュースサイトリテラより】 芸能マスコミによるSMAP 解散報道は予想通りのシナリオで進んでいる。SMAP育ての親・飯島三智マネージャーを「クーデターの首謀者」と一斉に糾弾し、彼女と行動を共にしようとした中居正広ら4人のメンバーについても「今は後悔しているようだ」「土下座して詫びるしかない」などと、悪者扱い。そして、残留を決めた木村拓哉を「スジが通った行動」と賞賛しまくる──。 こうした報道がジャニーズ事務所・メリー喜多川副社長の意向に丸乗りした情報操作であり、まともに論じるようなシロモノでないことはよくわかっているつもりだが、それでも、つい反応してしまうのがこの間、スポーツ紙やネットニュースでやたら使われる「恩義」という言葉だ。 中居らはジャニーズに育ててもらった恩義を忘れていた、ジャニーズあっての自分たちだということをわかっていなかった、そして、木村だけがジャニーズに受けた恩義に報い、残留を決めた……こうした妄言が垂れ流されるたびに、「お前らは本当にSMAPとジャニーズの歴史を知っているのか」と、突っ込まずにはいられなくなるのだ。 はっきり言っておくが、SMAPというグループがジャニーズ事務所から受けた恩義など、1ミリもない。そんな、当たり前のこともわかっていない頭の悪いスポーツ記者のために、改めて説明しよう。 SMAPが結成されたのは、1988年。もともと彼らをジャニーズ事務所に入れ、SMAPを組ませたのは社長のジャニー喜多川氏だが、扱いはひどいもので、ジャニー喜多川社長もメリー副社長からもほったらかし。しばらくたなざらしにされていた。 91年、ようやくCDデビューを果たすが、すでに光GENJIのブームは終焉。芸能界全体が“アイドル氷河期”に突入しており、歌番組も数を減らし、バーターでブッキングしてもらえるような先輩もいなかった。 まともな売り込み、プロモーションもしてもらえず、CDは鳴かず飛ばず。途中からは、ジャニーズ出版という別会社に所属を移され、マネージャーすらつけてもらえず、一時は解散寸前の状態に追い込まれていた。 恩義どころか、SMAPは“産み捨て”状態にあったのだが、そんなときSMAPの担当となったのが、今回の騒動の主人公である飯島氏だった。飯島氏はもともと事務職としてジャニーズ事務所に勤務していたのだが、SMAPの状況を見かねて「わたしにやらせてください」と直訴し、マネージャーに。そこから事務所のバックアップなしで、ひとりで売り込みに走り回り始めた。 足繁くテレビ局、雑誌編集部に通いつめ、自ら企画をたてて持ち込む。そして飯島氏は当時、アイドルが本格進出していなかったバラエティ番組に目をつけ、粘り腰で交渉した結果、ついに『夢がMORIMORI』のレギュラーを獲得。これがきっかけとなって、SMAPはブレイクへのきっかけをつかむのだ。 その後も飯島氏は新しいファンを獲得し、SMAP人気を拡大させるために、これまでのジャニーズアイドルにはありえなかったさまざまな新機軸を打ち出していく。 そのひとつがトレンディドラマへの出演だ。いまではアイドルがドラマで主演を張ることは何も珍しいことではないが、当時はトレンディ俳優全盛期で、アイドルドラマ枠でもないかぎり現役ジャニーズがトレンディ枠に入り込む余地などまったくなかった。しかし、飯島氏はこの状況に風穴を空ける。 93年、月9の『あすなろ白書』に木村が出演するのだが、このとき、飯島氏はジャニーズの掟というべきものを打ち破った。 というのも、このドラマでの木村の扱いは3番手だったからだ。それまでのジャニーズ事務所は「ウチの大事なタレントを2番手、3番手になどできない」と主演以外は突っぱねてきた。だが、飯島氏は木村の可能性に賭け、チャンスを捨てなかった。結果、木村は「俺じゃダメか」とヒロイン役の石田ひかりを後ろから抱きしめる告白シーンで人気が爆発、一気に注目のトレンディ俳優に仲間入りを果たしたのだ。 もうひとつ画期的だったのが、草彅剛の売り出しだ。飯島氏はずっと“SMAPのお荷物”扱いだった草彅を売り込み、97年、『いいひと。』に主演させたのだが、これもそれまでの“ジャニーズ=イケメン待遇”というルールをくつがえすものになった。以降、草彅は幅広い役に挑戦し、演技力の面で大きな評価を得ていった。 さらに、飯島氏は歌の分野でも先鞭をつけた。SMAPにとって大きな分岐点になったのは、93年に発表したシングル「$10」だ。ちょうど木村が前出の『あすなろ白書』に出演中に発売されたのだが、そんな重要な勝負曲に飯島氏が選んだのは、歌手・林田健司のアルバム曲。しかもそれまでSMAPが発表してきた王道アイドルソングを見事に覆すアダルトコンテンポラリーな曲で、歌詞の内容も“愛と金”というアイドルらしからぬものだった。しかし、これが大きく当たり、「大人がカラオケで歌える曲」という、これまでグループアイドルが乗り越えられなかった壁を越えたのだ。 また、飯島氏は新進気鋭のアーティスト、クリエイターとのコラボにも熱心だった。「セロリ」の山崎まさよし、「夜空ノムコウ」のスガシカオ、アルバムでは過去にフィッシュマンズ・佐藤伸治やキリンジ・堀込高樹、最近でも、いま話題のゲスの極み乙女。川谷絵音やクリープハイプの尾崎世界観など、通好みなコンポーザーを多数参加させた。 PVでも、早い段階からCMディレクターとして注目されていた石井克人や人気写真家の若木信吾などの注目クリエイターを起用。木村のために実験的な作風で世界的に評価の高いウォン・カーウァイを監督にした映画を作らせた。 それまでジャニーズのタレントなど扱うことなんてありえなかったファッション誌やカルチャー誌にもSMAPを売り込み、彼らのブランド価値をどんどん高めていったのも、飯島氏だった。 バラエティとドラマ出演によって大衆性を担保しながら、一方で気鋭のアーティストや作家をぶつけ、おしゃれメディアも巻き込みながらエンタテインメントの枠を広げていく。飯島氏がジャニーズの鉄則に縛られることなく実践したこうした方法論によって、SMAPは老若男女から愛される国民的グループになっていったのだ。 しかも、飯島氏はプロデューサーとしてだけではく、スキャンダル対策にもその豪腕を発揮した。草彅や稲垣が不祥事を起こした際には、ジャニーズ本体には頼らず、自らマスコミを駆け回って自ら火消しに奔走。中居が一般の女性とトラブルになった際には、自らその女性と交渉し、説得もしている。 また、工藤静香が妊娠し、木村が結婚すると言い出したときは、「子供をおろせ!」と激怒するメリー喜多川副社長の盾になって、「木村の人気は結婚しても衰えることはありません」と説得。ゴールインにこぎつけさせた。一説には、この問題がきっかけで飯島氏とメリー氏の溝が深まったともいわれている。 いずれにしても、SMAPの今の人気がジャニーズ事務所と何の関係もないことは疑いようもない。SMAPは一から飯島三智マネージャーが育て、その類い稀なプロデュース・マネジメント能力によって、今のような国民的アイドルに押し上げたのだ。そして、メンバー5人はこの20年以上ずっと、公私両面で彼女に守られてきた。SMAPが恩義を感じるべき相手がいるとすれば、それはジャニーズでなく飯島氏なのだ。 そう考えると、中居らが飯島氏のジャニーズ追放に怒りをおぼえ、飯島氏と行動をともにしようとするのは当然であり、むしろ、自分のために盾になってくれた恩人を裏切り、権力になびいた木村拓哉こそ“恩知らず”というべきだろう。 いや、木村だけではない。実はもっとも恩知らずなのは、ジャニーズ事務所、メリー喜多川副社長だ。なぜなら、飯島氏はSMAPだけではなく、ジャニーズ事務所そのものの今の隆盛をつくりだした最大の功労者、中興の祖だからだ。 前述したように、SMAPがデビューした当時、ジャニーズには売れているアイドルがまったくいなかった。生まれた時からジャニーズが人気の若い人にはピンとこないかもしれないが、当時はジャニーズはダサい存在でしかなく、“ジャニーズ? プププ”という空気さえあった。 それがSMAPのブレイクで一変。SMAPに引っ張られる形で、次々と売れっ子アイドルが生まれていった。 飯島氏が前述したようにそれまでのジャニーズの常識を打ち破って、SMAPに用いた新機軸が、その後のジャニーズアイドルの有り様を激変させ、活動の幅を一気に広げたのだ。 たとえば、今、ジャニーズのタレントはお笑い、バラエティ、情報番組のMCに当たり前のように出演しているが、これらはすべて、飯島氏がSMAP売り出しの際に、新たに市場を開拓し、先鞭をつけたものだ。 それまでのジャニーズのアイドルは、美少年が歌って踊るだけ、バラエティといってもゲスト出演や歌を歌う合間にやる程度のことだった。それが、SMAPが体をはったコントや情報番組のMCなど、本格的にバラエティ、情報番組に進出、成功したことで、テレビ局がジャニーズアイドルをどんどん起用し始めた。 飯島氏とSMAPがいなければ、TOKIOの『ザ!鉄腕!DASH!!』も、イノッチの『あさイチ』MCも、櫻井翔の『NEWS ZERO』 キャスターもありえなかったと言っても言い過ぎではないだろう。 こうした構図は、ドラマでも同様だ。木村の出演以降、ジャニーズタレントは月9などのドラマにどんどん出演、主演するようになり、草彅の演技力が高く評価されたことで、現在の二宮和也や岡田准一など、ジャニーズが“演技派の役者”として活躍できる流れをつくりだしていった。 TOKIOや嵐、関ジャニ∞などが、テレビの一方で、“おしゃれ、サブカル路線”の仕事をこなし、堤幸彦や宮藤官九郎、犬童一心、山下敦弘といった玄人筋から評価の高い作家たちと仕事をするようになったのも、飯島氏がSMAPでやったことの延長線上で出てきたものだ。 そして、飯島氏のこうしたノウハウは、人気アイドルグループを次々と作り出すだけでなく、これまでジャニーズ内で放置されていた人材を活用することにもつながっていった。CDが売れない、ルックスもたいしたことがないアイドルでもトークの能力や演技力があれば、活躍できる場所が与えられるようになった。 さらに、この結果、ジャニーズのアイドルはその寿命を一気に延ばすことにもなった。それまでのジャニーズアイドルの人気はせいぜい4〜5年、25歳くらいになったらテレビから消えてしまうというのがパターンだったが、バラエティや俳優への道が広がり、かっこよさよりもおもしろさや好感度のプライオリティが高まったことで、30歳になっても40歳になっても、活躍できるようになった。 これは大袈裟な話でなく、飯島氏は芸能界におけるアイドル観、いや国民ひとりひとりのアイドル観を変えてしまう、一大改革をなしとげたといっていいだろう。そして、その恩恵に一番あずかったのが当のジャニーズ事務所だった。 飯島氏がいなければ、ジャニーズは“ジャニーズ帝国”と呼ばれる今日のような一大勢力に伸張することもなかったし、メディアを支配するような権力をもつこともできなかったはずだ。 実際、天才的な審美眼を話題にされるジャニー喜多川氏にしても、剛腕で鳴るメリー喜多川氏にしても、これまでSMAPのような国民的アイドルをつくりだせたことは一度もないし、光GENJI以降、時代の変化に追いつけず、為す術がない状態だった。 TOKIOや嵐を手がけて成功させたメリー氏の娘・ジュリー氏にしても、SMAPのノウハウを後継グループでそのまま使ったに過ぎず、おそらくSMAPという前例がなければ何もできなかっただろう。 もし、飯島氏とSMAPがいなければ、ジャニーズ事務所は光GENJIブームの後、縮小再生産に入って、男性版宝塚のようなコアなファンに支えられるだけの集団になってしまったかもしれない。あるいは松竹歌劇団のように消滅していた可能性さえある。 だが、メリー喜多川氏は、この飯島氏の功績を一切認めようとしなかった。それどころか、ある時期から娘かわいさで飯島氏追い落としを図ったのだ。いろんなところで報道されているように昨年1月の「週刊文春」(文藝春秋)のインタビューの際には、記者の面前に飯島氏を呼び出し、「飯島、SMAPを連れていっても今日から出て行ってもらう。あなたが辞めなさい」とパワハラ解雇通告。実際に、飯島氏がつとめていた別会社の役員を解任した。 これだけジャニーズに貢献しながら、そんな目にあえば、飯島氏がジャニーズを出ざるをえないと思ったのは当然だろう。そして、それは、中居正広らも同じ気持ちだったようだ。 中居はその「文春」のインタビューの少し後、示唆的なセリフを吐いている。それは『笑っていいとも!』最終回でのスピーチ。中居は涙ながらに「いま、こんなかたちでジャニーズがバラエティとか普通にやってますけど、ほんとうに『いいとも!』に俺と香取が出させてもらって、ジャニーズもバラエティとか全然知らない、育て方とか知らないなか、チャンスを与えてくれてありがとうございました」と述べたのだ。 あくまでタモリへの謝辞という形をとっているが、「いま、ジャニーズがバラエティとか普通にやってますけど」「ジャニーズもバラエティとか全然知らない、育て方とか知らないなか」という言葉をわざわざ加えたのは、飯島氏がバラエティを切り開いてきたのに、ジャニーズ事務所、メリー喜多川副社長がそのことをわかっていない、ということをアピールしようとしたとしか思えないものだった。 さらに、今年1月9日に放映された『松本人志のすべらない話』でも、中居はあえてジャニー喜多川社長の誕生会のエピソードを語り、近藤真彦の権勢ぶりを揶揄。ジャニーズの歪な状況をほのめかした(この話がMVSをとったのは、明らかに中居の友人である松本の配慮だろう)。 つまり、中居はたんに飯島と行動を共にすることを決心しただけでなく、テレビでもリスクを冒して、ギリギリのところで飯島の功績とジャニーズの非道を訴えようとしていたのだ。義理だの恩義だのと言うのであれば、この中居の態度こそが正しいというものだろう。 実際、中居だけでなく、ジャニーズ事務所の中にも同じにように考えている関係者は多いという。 「なんだかんだいっても、飯島さんの功績は大きいし、代わりになる人はいない。SMAP解散がジャニーズ全体にとってとてつもない悪影響を及ぼすのはもちろんですが、飯島さんがいなくなって、本当にこれから事務所は大丈夫なのか、という声も聞きます。実際、飯島さんが手がけたキスマイとジュリーさんのHey! Say! JUMPの今の勢いの差を見れば、明らかでしょう」 しかし、冷静な判断能力を失ったメリー副社長の暴走は誰にも止めることはできず、事態はまったく別の方向に進んでいる。今日17日には、今、一番メリー氏と近いといわれるスポーツニッポンが「責任を痛感した飯島氏が予定を早めて今月退社」という記事を出した。 水面下ではスポンサーなどの圧力もあり、飯島氏ひとりに責任を押しつける形で事態の収拾を図り、4人を戻す計画も進んでいるという。 おそらくそうなったら、芸能マスコミは飯島氏ひとりを悪者にし、「中居らは飯島氏にそそのかされて馬鹿な真似をしたが、キムタクの仲介でメリー副社長に謝罪、大団円を迎えた」というような、まるっきり嘘のシナリオを垂れ流すだろう。 だが、何度でも言うが、今回の事態に、飯島氏とSMAP4人の責任は一片もない。本来なら、SMAPと飯島氏を追い詰めたメリー氏こそが土下座して謝るべきなのだ。ファンの間では、SMAP存続運動が展開されているらしいが、ついでに「飯島復帰運動」「メリー土下座しろ運動」もするべきではないだろうか。 (大方 草)飯島マネの功績を踏みにじりる“つくられたシナリオ”の行方は…
ジャニーズ事務所が”SMAP解散協議”を早々に認めた「意外すぎる思惑」
【アガるニュースをお届け!デイリーニュースオンラインより】
日本中に衝撃が走ったSMAPの解散報道。以前から解散の噂はささやかれていたが、なぜこのタイミングなのか。今回のSMAP解散は、SMAPを育てた飯島マネージャーと、TOKIO、嵐、V6などを手がけるメリー喜多川副社長の娘、藤島ジュリー景子氏の対立が原因だ。ジャニーズ内部が飯島派とメリー派に分かれていたことは知られていたが、二年前に一部週刊誌が報じた内容が決定打になったとの見方が強い。
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森進一、最後の『紅白歌合戦』メディア取材対応なしに、実は記者たち大喜びだった!
昨年大みそかの『第66回NHK紅白歌合戦』に48回目の出場で“紅白卒業”した森進一。同12月29日から31日の本番直前まで行われたリハーサルや番組終了後にも、メディアへ向け会見を開いて心情を語ることがなかったが、実はこの状況を喜ぶ記者が続出していたという。 森は48回連続で紅白に出演し続け、2013年に北島三郎が紅白卒業をしてからは、まさに紅白の顔となる重鎮となった。しかし、昨年12月4日に所属レーベルの公式サイトで歌手生活50周年を迎えたことを理由に、「この区切りの良い年を最後のステージとして、紅白歌合戦から身を引かせていただきたいと決意したところです」と、“卒業”の意思を示していた。 「毎年、紅白の現場で森は囲み取材に応じているだけに、今年も当然開かれるものだと思って取材に訪れた記者がほとんどでした。ですが、12月29日のリハーサルではいつまでたっても森は会見場には現れない。翌30日の昼にNHKスタッフから、誰とは名前を挙げずに、1人囲み取材をするというアナウンスがありましたが、その1時間後くらいに予定の囲み取材がなくなったとなり『森だったのかな?』と、現場はざわついていました」(週刊誌記者) 結局、紅白歌合戦の最後まで森は報道陣の前に姿を見せることはなかったという。しかし、このことに安堵する記者たちがいたそうで……。 「森は報道陣に応対するとき、とにかく声が小さいんです。13年、北島三郎の卒業への感想について質問が飛んだ囲み取材でも記者が詰めかけることになったのですが、森の真横にいる記者ですら小さい声に加えて微妙に難解なことを織り交ぜるため何を言っているのかわからず、2列目、3列目になった記者に至ってはICレコーダーを差し出し、森に近づけても、やはりわからない箇所が出てくるというありさまでした。会見後、記者同士で内容を確認しあっても、ところどころ内容に違いが出ていたようです。ですから、今回もし会見が開かれて、紅白卒業までの経緯を1から話すなどした場合、重要な部分が聞こえないという可能性が高かったため、ある意味で戦々恐々としていた記者たちは“助かった!”と現場で胸をなでおろしている感じでした」(同) 森が取材対応をしなかった理由について、「一昨年7月には『週刊女性』(主婦と生活社)で人妻との交際報道が。昨年8月には『女性セブン』(小学館)で28才年下の恋人を認める報道もあっただけに、何か聞かれたくないことでもあったのでは?」(芸能ライター)との推測もあるようだが、森にとって最後の紅白、そのトリは近藤真彦と松田聖子となり、北島三郎のように花道を飾ることはできず、少し寂しい幕切れになってしまったことは間違いないようだ。『あるがままに生きる』( ビクターエンタテインメント)
五郎丸歩、澤穂希……テレビ関係者が明かす「ギャラを要求しすぎ!!」のアスリート
『ラグビー日本代表 五郎丸歩~桜のエンブレムを胸に~』/TCエンタテインメント
2016年に入り、テレビ各局が取り合っているのが、大物スポーツ選手だ。昨年末には、ラグビーの五郎丸歩選手がテレビに引っ張りだことなったが、今年は彼に加えて、昨年引退した女子サッカーの澤穂希選手も目玉の1人に。昨年 12月27 日に行われた引退試合で決勝ゴールを決めた“持っている女”だけに、視聴率低迷にあえぐテレビ界において、救世主となる可能性は「十分ある」とみられているようだ。
ところが、バラエティ番組のプロデューサーは2人に対してこう嘆息する。
断捨離の極意 ~BOZZ
とても紹介しきれないほどの問い合わせが。断捨離(要らないものを整理して心身を清める)の方法を具体的に教えてくれ、が中心。
近くに良い見本がいた。ドライバー麻生だ。自分の部屋は荷物がいっぱいで一歩も入れないとのこと。部屋を占有する物の中で何が一番多いか聞いてみると、使っていない歴代の釣り竿らしい。・・・(続きは探偵ファイルで)
近くに良い見本がいた。ドライバー麻生だ。自分の部屋は荷物がいっぱいで一歩も入れないとのこと。部屋を占有する物の中で何が一番多いか聞いてみると、使っていない歴代の釣り竿らしい。・・・(続きは探偵ファイルで)
Kis-My-Ft2横尾渉が街で会ったときに「うわ、芸能人!」と思ってしまう人は?
1月13日深夜に放送されたラジオ番組『キスマイRadio』(文化放送)は、前回に引き続き、横尾渉と宮田俊哉がパーソナリティーを務めた。横尾は、ラジオとなると7人でいる時よりも話す機会が与えられるからか、自分の話が止まらず、「1人でラジオやりたい」と話すほど大盛り上がりの回となった。
ありえんくらいにデカい!驚異のPカップ・コスプレイヤーにインタビュー
冬コミ2015の最終日の12月31日、Pカップのバストを持つ声優の星間美佳さんにインタビューする機会を得た。星間さんは驚異のバストの持ち主として、マツコ会議や笑神様は真夜中に…に出演している。以下、インタビューの模様。・・・(続きは探偵ファイルで)




