
1991年に旗揚げした障害者プロレス「ドッグレッグス」を長年支えてきた看板レスラーのサンボ慎太郎。愛と勝利をもぎ取ることができるか?(c)Alfie Goodrich
心の中の万里の長城がドミノ倒しのように音を立てて崩れ落ちていく。天願大介監督のドキュメンタリー映画『無敵のハンディキャップ』(93)にはそのくらいの衝撃を受けた。身障者たちがリングに上がり、障害を抱えた肉体を武器に激突する姿は、観る者の固定観念を粉々にしてしまうパワーがあった。身障者同士の闘いだけで充分刺激的なのに、さらに強烈なのが障害者プロレスのエース・サンボ慎太郎と健常者であるアンチテーゼ北島とのガチンコバトルだった。障害者プロレス「ドッグレッグス」を立ち上げた北島と慎太郎は無二の親友だが、リング上で北島は容赦なく慎太郎をボコボコにした。全身キズだらけになりながらも慎太郎は北島に食らいついた。勝ち負けを超えた感動がそのリングにはあった。だが、『無敵のハンディキャップ』の上映が終わっても彼らの闘いはまだ終わっていなかったのだ。ニュージーランド出身の映像作家、ヒース・カズンズ監督のデビュー作となる『DOGLEGS』は慎太郎たちのその後の激闘の歴史を追い、また障害者レスラーと障害者プロレスに新しい時代が訪れていることを告げている。
天願監督の『無敵のハンディキャップ』が障害者プロレスの黎明期を追った向こう見ずな青春ドラマだったとすれば、ヒース監督の『DOGLEGS』は障害者プロレス「ドッグレッグス」の20年以上に及ぶ歩み、そして障害者レスラーとその家族たちの生活にもカメラを向けた、よりディープな人生ドラマとなっている。1991年の「ドッグレッグス」創設期から活躍してきたサンボ慎太郎だが、20年の歳月が流れ、オッサン化した感は否めない。かつてシェイプアップされていた肉体もかなり緩んできた。軽度の脳性麻痺を抱える慎太郎は両親と一緒に自宅で暮らし、普段は清掃会社に勤めている。40歳を過ぎた今では職場では年長者として責任を求められるようになった。「ドッグレッグス」の旗揚げ20周年を機に、慎太郎は引退を決意する。障害者プロレスが嫌いになったわけではないが、彼には別の夢があった。心に想う女性に思い切ってプロポーズし、幸せな家庭を築きたい。ごくフツーの結婚をし、ごくフツーの家庭を持つ。障害者にとって、それは大きな夢だった。
慎太郎が引退を考えるようになった理由は他にもある。悩みを打ち明けられる親友であり、リング上でライバルとして立ちはだかるアンチテーゼ北島の存在だ。もともと福祉介護業界のぬるま湯的な閉塞感をブチ破るために始めた障害者プロレスだったが、すでに北島は二児のパパとなり、慎太郎だけにそうそうかまってもいられない。北島に今でも精神的に依存している状況から自立することも含めての引退宣言だった。慎太郎はラストマッチの対戦相手に北島を指名する。だが、“ボランティア界のヒトラー”北島はすんなりとは受け入れない。「試合に勝ったほうが引退」という勝ち抜け試合にすることを観客の前で逆提案する。これまで一度も北島に勝ったことのない慎太郎は障害者プロレスから卒業できるのか。そして心に想う女性にちゃんと求婚できるのか。慎太郎はリングと私生活でかつてない大試練を迎え撃つことになる。
障害者プロレスの四半世紀近い歴史を濃縮した超ハードな格闘技ドキュメンタリーとしての要素と慎太郎の恋の行方を追った『テラスハウス』的な甘い要素をたくみにブレンドしてみせたのは、18年間の日本滞在経験のあるヒース監督。流暢な日本語で、ヒース監督は障害者プロレスとの遭遇を語った。

「ドッグレッグス」の代表でもあるアンチテーゼ北島。ボコボコにしても立ち上がってくるサンボ慎太郎との関係を「SとMみたいなもの」と語る。(c)Paul Leeming
ヒース「障害者プロレスに出会うまで、僕は海外のメディア向けに日本のユニークな文化を紹介し、日本での取材をコーディネイトする仕事もしていました。ヤギの金玉刺しを食べる沖縄の食文化ですとか、秋葉原のオタク文化といった海外の人が喜びそうなものですね。それはそれで面白いのですが、どうしても表面的な取り上げ方で終わっていたんです。もっとしっかり取材できる題材を探していました。そんなときに『ドッグレッグス』のことを友人のジャーナリストから聞いたんです。試合会場は障害者やその家族、健康そうな若者たちが一緒になってすごくアットホームな雰囲気でした。でも試合が始まると一変しました。障害者同士が闘うことに驚き、また一方の障害者が徹底的にヤラれているのを観てショックを受けました。他の試合では実況アナウンサーが毒舌を交えて場内実況しているのを、一緒になって笑っていいのか躊躇しました。でも障害者レスラーたちは自分の意志でリングに上がり、闘っているわけです。消化できない感情が自分の中でジェットコースターのように渦巻きました。自分は障害者に偏見は持っていないつもりでしたが、“障害者は守られるべき存在”という別の意味での偏見に囚われている自分がいることに気づいたんです。これは2~3年かかってもいいからじっくり取材したいと思い、気がついたら映画の完成まで5年間もかかってしまいました(笑)」
サンボ慎太郎とアンチテーゼ北島の黄金カード以外にも、障害者プロレスには驚異的な異能レスラーがいることをヒース監督のカメラは伝える。重度の障害だけでなく、女装癖とアルコール依存症も抱える愛人(ラマン)はミラクルヘビー級の人気レスラーだ。だが障害が進行し、症状をごまかすためにアルコールへの依存度が増し、リングに上がることさえままならなくなっている。障害者は健常者よりも身体機能の老化が早い、という厳しい現実が突き付けられる。闘っているのはラマンだけではない。健常者であるラマンの妻はミセス愛人(ミセスラマン)、2人の間に生まれた息子はプチ愛人(プチラマン)として障害者プロレスのリングに上がっている。障害者と一緒に暮らす家族もまたファイターでなくては務まらないのだ。ミセスラマンが一発一発がズシンと重たい蹴りを繰り出せば、息子のプチラマンもリング上で堂々たる闘いぶりを見せる。家族間のやり場のない感情がリング上で爆発する。
もうひとり、ヒース監督が強く心を惹かれたのは若手レスラーの中嶋有木だ。彼は見た目こそ普通の若者だが、癌を患い、鬱病とも闘っている。普段はラマンの介護をし、ラマン家族と交流しているが、ひとりぼっちになるとどうしようもなく生きづらさが込み上げてくる。目に見える身体的障害だけでなく、心の障害を持つ者にとっても「ドッグレッグス」のリングは欠かせない聖域なのだ。障害者プロレスの存在意義は、旗揚げ当初よりもずっと大きなものとなっている。

女装癖があることをカミングアウトし、女性用水着を愛用している愛人(ラマン)。自分の力で立つことができないミラクルヘビー級の人気レスラーだ。(c)Alfie Goodrich
ヒース「小人プロレスや障害を持ったレスラーは海外にも存在します。でも『ドッグレッグス』のように過激で多様性に富んだ団体は他には聞いたことがありません。日本の文化はよくガラパゴス文化と形容されますが、そんなガラパゴス文化の中でも『ドッグレッグス』という団体はこの25年間で世界でも類を見ないような特別な存在に進化を遂げたように感じます。過去の映像資料もすべて見せてもらい、中にはラマンとプチラマンとの試合もありました。当時のプチラマンはまだ6歳で、リング上で動けずに横たわっている父親を一方的に蹴り続け、ラマンはそれにずっと耐えているんです。『ドッグレッグス』のリングはお互いの身と心がひとつになれるコミュニケーションの場でもあるのですが、この試合はあまりに過激すぎたので今回の映画で紹介するのは見送りました。単に刺激的なドキュメンタリーではなく、観た人にいろんなことを感じてもらえる作品にしたかったんです。海外では『障害者を見世物にしている』と受け止める人もいましたが、多くの人たちは自らリングに上がるレスラーに魅了されていました」
いよいよ「ドッグレッグス」の旗揚げ20周年記念大会が始まる。様々な障害を抱えたレスラーたちの溜め込んだ感情がリング上で吐き出される。そしてメーンイベントは、サンボ慎太郎とアンチテーゼ北島との20年戦争の最終決着戦だ。一体どちらが「ドッグレッグス」から引退するのか? 映画を観ながら、このリングは現実社会を凝縮した箱庭ワールドであることに気づかされる。現実社会と同様にリングでも容易に勝利を手にすることはできない。何度ボコボコにされても、それでも立ち上がっていく気概がなくてはリングでも現実社会でも生き残ることはできないのだ。また、強さだけを追求してもダメだ。対戦相手に敬意を払い、信頼関係が築かれていないと試合として成立しない。だから、全力で勝ちにくる慎太郎を北島は全力で潰しに掛かる。勝ったほうが障害者プロレスから引退することになる。でも、引退=障害者レスラーからの卒業ではない。リングという箱庭を出ていけば、さらに苛酷で多くの偏見に満ちた現実社会という広いリングが待っている。障害者レスラーたちの闘いはまだまだ終わらない。
(文=長野辰次)

(c)Ivan Kovac
『DOGLEGS』
監督・撮影・編集/ヒース・カズンズ 出演/サンボ慎太郎、アンチテーゼ北島、愛人(ラマン)、ミセス愛人(ミセスラマン)、中嶋有木
日本配給/トリウッド、ポレポレ東中野 1月9日(土)より下北沢トリウッド&ポレポレ東中野ほか全国順次ロードショー
http://doglegsmovie.com/ja

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