「ただ、シリアに帰りたいだけ」 ボランティアが見た、シリア難民キャンプの過酷な環境

<p> シリアの泥沼化が止まらない。2011年初頭から始まった“アラブの春”をきっかけに内戦が勃発したシリア危機は、なかなか終わりが見えない。現在、ヨーロッパへと流れ込むシリア難民が激増するなど、大きな社会問題になっている。<br />  そんな中、行き場のないシリア難民を受け入れている周辺国のひとつが、シリア南部に位置するヨルダンだ。ヨルダンは人口の約7割がパレスチナ系住民と言われ、これまでに多くのパレスチナ難民を受け入れてきた。シリアの内戦が起こってまもなく、国内に数カ所のシリア人向けの難民キャンプも設置している。</p>

脱北者が重大証言!「水爆実験場周辺は、昨夏から異様に停電が多くなっていた」

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朝鮮中央テレビが流した核実験のイメージ映像
 ついに人類最凶の兵器、水爆に手を出した北朝鮮。その実験場となった、咸鏡北道(ハムギョンプクト)豊渓里(プンゲリ)周辺の町から最近、中国へ脱北してきたという40代の男性への取材に成功した。周辺の市街地は「昨年夏ごろから、異様に停電が多くなった」といい、市街地の電力を実験場に集中させてた可能性が浮上した。水爆開発にすさまじい投資をする一方で、困窮を極める人民生活の実態に迫る――。  男性は咸鏡北道の農村で働いていたが、秋ごろに脱北して、現在は中国東北部に潜伏しながらバイト生活を続けている。  男性は「豊渓里に核実験場があるなんて、誰にも知らされていない。重要施設があるとウワサで聞いたことはあるが、山の中で道路事情が相当悪く、わざわざ足を運ぶ物好きはいないだろう」と話す。  男性のいた農村はもちろん、周辺の中核市でも電力事情は極端に悪化していたという。 「停電が延々と続くというわけではないが、電気が来ている時間よりは、来ていない時間のほうが長かった。村の幹部が『変電所は、電力をどこかへ優先的に流している』と話していた」という。  夜に真っ暗となるため、中国から輸入した太陽光パネルを買って自家発電をし、携帯電話などを充電する家が多くなっていたという。 「官営の工場や事業所の給料は、まったく支払われない。だから、生活のために、中国から輸入した物を自転車で運んでくる人がいて、作物と物々交換をしていた。北朝鮮の人民の多くがこうした闇取引で暮らしていて、みんなが自営業みたいな世界。通貨は、北朝鮮ウォンより中国元のほうが信頼は高かった」(同)  また、漁業に力を入れるよう、“お上”から執拗に迫られていたという。「台風で海が大荒れでも、漁船が平然と出ていた。だから漁港では、残された母ちゃんたちが、夫の帰りを心配そうに待っていたのが印象的だった」と、男性は振り返る。  こうした不幸な漁民の一部が2015年12月、日本の北陸~東北地方沿岸にかけて流れ着いた木造船の中から遺骨で見つかったとみられる。  男性は「海辺の道を歩くと、逃げ出したい気持ちになった」というが、海岸線には高圧電流が流れる電線が張り巡らされ、普通の住民は近づけなかった。また、ガソリン不足で移動手段は徒歩か自転車、建築資材といった重い物を運ぶには牛車が多用されていたという。  道路はまったく舗装されておらず、一雨降ると、すぐに崩落して穴だらけに。それを村民総出で修理しなければならない。そんな過酷な生活に嫌気が差して、男性は脱北を決意した。 「とにかく監視の目が厳しかった。目立つ行動をすると、すぐにスパイ扱いされる」。何よりも疑心暗鬼の日々を終わらせたかったと、涙ながらに語るのだった。  困窮する人民の生活は二の次に、水爆実験を強行させた北朝鮮。果たして、この国に明るい未来はあるのだろうか?

脱北者が重大証言!「水爆実験場周辺は、昨夏から異様に停電が多くなっていた」

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朝鮮中央テレビが流した核実験のイメージ映像
 ついに人類最凶の兵器、水爆に手を出した北朝鮮。その実験場となった、咸鏡北道(ハムギョンプクト)豊渓里(プンゲリ)周辺の町から最近、中国へ脱北してきたという40代の男性への取材に成功した。周辺の市街地は「昨年夏ごろから、異様に停電が多くなった」といい、市街地の電力を実験場に集中させてた可能性が浮上した。水爆開発にすさまじい投資をする一方で、困窮を極める人民生活の実態に迫る――。  男性は咸鏡北道の農村で働いていたが、秋ごろに脱北して、現在は中国東北部に潜伏しながらバイト生活を続けている。  男性は「豊渓里に核実験場があるなんて、誰にも知らされていない。重要施設があるとウワサで聞いたことはあるが、山の中で道路事情が相当悪く、わざわざ足を運ぶ物好きはいないだろう」と話す。  男性のいた農村はもちろん、周辺の中核市でも電力事情は極端に悪化していたという。 「停電が延々と続くというわけではないが、電気が来ている時間よりは、来ていない時間のほうが長かった。村の幹部が『変電所は、電力をどこかへ優先的に流している』と話していた」という。  夜に真っ暗となるため、中国から輸入した太陽光パネルを買って自家発電をし、携帯電話などを充電する家が多くなっていたという。 「官営の工場や事業所の給料は、まったく支払われない。だから、生活のために、中国から輸入した物を自転車で運んでくる人がいて、作物と物々交換をしていた。北朝鮮の人民の多くがこうした闇取引で暮らしていて、みんなが自営業みたいな世界。通貨は、北朝鮮ウォンより中国元のほうが信頼は高かった」(同)  また、漁業に力を入れるよう、“お上”から執拗に迫られていたという。「台風で海が大荒れでも、漁船が平然と出ていた。だから漁港では、残された母ちゃんたちが、夫の帰りを心配そうに待っていたのが印象的だった」と、男性は振り返る。  こうした不幸な漁民の一部が2015年12月、日本の北陸~東北地方沿岸にかけて流れ着いた木造船の中から遺骨で見つかったとみられる。  男性は「海辺の道を歩くと、逃げ出したい気持ちになった」というが、海岸線には高圧電流が流れる電線が張り巡らされ、普通の住民は近づけなかった。また、ガソリン不足で移動手段は徒歩か自転車、建築資材といった重い物を運ぶには牛車が多用されていたという。  道路はまったく舗装されておらず、一雨降ると、すぐに崩落して穴だらけに。それを村民総出で修理しなければならない。そんな過酷な生活に嫌気が差して、男性は脱北を決意した。 「とにかく監視の目が厳しかった。目立つ行動をすると、すぐにスパイ扱いされる」。何よりも疑心暗鬼の日々を終わらせたかったと、涙ながらに語るのだった。  困窮する人民の生活は二の次に、水爆実験を強行させた北朝鮮。果たして、この国に明るい未来はあるのだろうか?

ベッキーと不倫報道のゲス乙女・川谷、逃走!? マスコミ激怒の「クズすぎる謝罪対応」

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ゲスの極み乙女。オフィシャルサイトより

 ベッキーとゲスの極み乙女。ボーカルの川谷絵音の不倫報道に、芸能界が震撼した。7日発売の「週刊文春」(文藝春秋)スクープに先駆け、前日午後に謝罪を行った両者だが、カメラの前で何度も頭を下げたベッキーに対して、FAX1枚のみで謝罪した川谷側には、マスコミからの批判が集中しているという。

 「文春」は、2人が昨年秋に知り合い、ホテルで一夜を共に過ごしたこと、正月には川谷の実家にベッキーが訪れていたことなどを伝えた。誌面にはホテル内でのツーショット写真、さらにはLINEのやり取りまで赤裸々に掲載されている。また、今回の報道で川谷が既婚者であることが明らかとなり、ゲス乙女ファンだったというベッキーはその事実を知った後にも、LINEで離婚を促すかのようなメッセージを送っていたという。

「結婚隠蔽」のゲス乙女・川谷との不倫も“ノーダメージ”!? ベッキーの持つ究極の「逃げ道」とは!?

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逃げ道!?
 7日発売の「週刊文春」(文藝春秋)で報じられた、タレントのベッキーとロックバンド・ゲスの極み乙女。のボーカル・川谷絵音との「不倫密会報道」により、マスコミは大騒ぎ。6日夜にはこの件に関してベッキ-が記者会見を開き、あくまでも友人関係であることを強調したが、世間のまなざしは冷ややか、かつ辛らつである。ラブラブな写真やら実家に行ったという事実やら2人が離婚届を「卒論」という隠語に変えたLINEのやり取りまで出てきたのだから、それはまあ当然か。 「そもそも、ベッキーが川谷の結婚の事実を本当に知らなかったのかも怪しいところです。今回の報道直後は、『あのベッキーが不倫だと!?』という衝撃の大きさで、ベッキーにばかり矛先が向いていましたが、『結婚隠蔽』の事実が出たことで、バッシングの波は分散されたのは間違いない。会見でも同情を誘うような雰囲気を出して、あとは関係を否定していればとりあえず真実は闇の中、ですからね」(芸能記者)  ゲスの極み乙女。は、昨年から飛ぶ鳥を落とす勢いで人気になったバンドだが、その中心人物といえる川谷は、東京農工大学工学部卒業、国立大学出のインテリという意外な素顔を持つ。「音楽に対しては全てにメロディーを求めていて、メロディーに関しては譲れない」という、音楽人にしかよく理解できないポリシーがあるようだ。ボーカル、ギター、シンセサイザー、作詞、作曲担当ということで、とりあえず才能はある模様だが、今回のスキャンダルは大きな痛手だろう。  ただ、ベッキーに関していえば、今回のスキャンダルの「逃げ道」はあるようにも思える(世間は認めないだろうが)。結婚を隠し、夢中にさせてから既婚者であることを告白した川谷は世間的に「外道」もいいところであり、ベッキーが「被害者面」をすることも、一応不可能ではないからだ。  これまでその「世渡り上手」っぷりでテレビに顔を出しまくっていたベッキー。今回の騒動を逆手にとって「ぶっちゃけキャラ」になるのかどうかは定かでないが、お得意の「元気の押し売り」でこのバッシングを切り抜けられるか、本領発揮に注目である。  それにしても、結婚を隠したり認めたりの「ゲスの極み」な男にホレてしまった「乙女(?)」……バンド名が今回のスクープを暗示しているようで非常に興味深い。

「結婚隠蔽」のゲス乙女・川谷との不倫も“ノーダメージ”!? ベッキーの持つ究極の「逃げ道」とは!?

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逃げ道!?
 7日発売の「週刊文春」(文藝春秋)で報じられた、タレントのベッキーとロックバンド・ゲスの極み乙女。のボーカル・川谷絵音との「不倫密会報道」により、マスコミは大騒ぎ。6日夜にはこの件に関してベッキ-が記者会見を開き、あくまでも友人関係であることを強調したが、世間のまなざしは冷ややか、かつ辛らつである。ラブラブな写真やら実家に行ったという事実やら2人が離婚届を「卒論」という隠語に変えたLINEのやり取りまで出てきたのだから、それはまあ当然か。 「そもそも、ベッキーが川谷の結婚の事実を本当に知らなかったのかも怪しいところです。今回の報道直後は、『あのベッキーが不倫だと!?』という衝撃の大きさで、ベッキーにばかり矛先が向いていましたが、『結婚隠蔽』の事実が出たことで、バッシングの波は分散されたのは間違いない。会見でも同情を誘うような雰囲気を出して、あとは関係を否定していればとりあえず真実は闇の中、ですからね」(芸能記者)  ゲスの極み乙女。は、昨年から飛ぶ鳥を落とす勢いで人気になったバンドだが、その中心人物といえる川谷は、東京農工大学工学部卒業、国立大学出のインテリという意外な素顔を持つ。「音楽に対しては全てにメロディーを求めていて、メロディーに関しては譲れない」という、音楽人にしかよく理解できないポリシーがあるようだ。ボーカル、ギター、シンセサイザー、作詞、作曲担当ということで、とりあえず才能はある模様だが、今回のスキャンダルは大きな痛手だろう。  ただ、ベッキーに関していえば、今回のスキャンダルの「逃げ道」はあるようにも思える(世間は認めないだろうが)。結婚を隠し、夢中にさせてから既婚者であることを告白した川谷は世間的に「外道」もいいところであり、ベッキーが「被害者面」をすることも、一応不可能ではないからだ。  これまでその「世渡り上手」っぷりでテレビに顔を出しまくっていたベッキー。今回の騒動を逆手にとって「ぶっちゃけキャラ」になるのかどうかは定かでないが、お得意の「元気の押し売り」でこのバッシングを切り抜けられるか、本領発揮に注目である。  それにしても、結婚を隠したり認めたりの「ゲスの極み」な男にホレてしまった「乙女(?)」……バンド名が今回のスクープを暗示しているようで非常に興味深い。

相武紗季のアップに「可愛いけど、胸を見せて!」『エンジェル・ハート』視聴率“凡退”も評価は上々で…

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「相武紗季」インスタグラム(@aibu_saki)より。
 先月31日、女優の相武紗季が自身のインスタグラムに「2015年もありがとうございました」というコメントとともに、顔をアップに写した画像を投稿。相武のチャームポイントであるエクボがくっきりと浮き出たその顔に、ネット上では「可愛すぎる!」「肌キレイ! エクボにキスがしたい!」など、ファンの興奮したコメントが飛び交っている。 「先月16日、相武が自身のインスタグラムに、ハワイでサーフィンをした時の水着姿を投稿した際には『もっと水着姿が見たい!』という声が上がっていただけに、今回の画像には顔だけしか写っていないので、『顔だけじゃなくて、胸も見せて!』とリクエストする声も一部では上がっていました。しかし、プライベート感たっぷりの貴重な素顔を見られたことに、素直に感激する声の方が多く上がっているようです。ただ、エクボとともに相武のチャームポイントだった八重歯に関しては、去年7月に相武が自身のTwitterで『歯科矯正終わったー!!』と報告した時と同様、『あー! やっぱり、紗季ちゃんは八重歯あった方が良かった』という声が多く上がっていました」(芸能関係者)  ファンから愛されたチャームポイントを失おうとも、アラサーになろうとも、女優としての相武は順調な活動を続けている。 「前クールに出演したドラマ『エンジェル・ハート』(日本テレビ系)では、上川隆也演じる主人公・冴羽遼のフィアンセ・槇村香役に決まった途端、原作コミックのファンから『原作のイメージと合わない』『ショートカット美人なら竹内結子や内田有紀の方が適任』など、批判の声が上がっていたのですが、いざドラマが始まってみると、『演技力でかなりカバー出来てる』『安心して見られる。少なくとも、ミスキャストではなかった』などという声が上がり、ドラマの全話平均視聴率は9.3%と振るわなかったものの、相武の演技に対する評価は上々だったようです。逆に、ヒロイン・香瑩役を演じた三吉彩花に関しては、現在『Seventeen』(集英社)の人気モデルとして活躍し、ブレーク必至といわれていただけに、『ブレークするのは、次回に持ち越しだね』と、当たり役にはならなかったことを残念がるファンの声が多く上がっていました」(同)  冴羽リョウ役を演じた上川や、“海坊主”役を演じたブラザートムの再現率が高すぎたゆえに、三吉のミスキャストぶりが際立ってしまったと指摘する声もあるようだが、相武のように演技力でカバーできるようになれば、女優としてブレーク日もそう遠くないのかもしれない。

相武紗季のアップに「可愛いけど、胸を見せて!」『エンジェル・ハート』視聴率“凡退”も評価は上々で…

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「相武紗季」インスタグラム(@aibu_saki)より。
 先月31日、女優の相武紗季が自身のインスタグラムに「2015年もありがとうございました」というコメントとともに、顔をアップに写した画像を投稿。相武のチャームポイントであるエクボがくっきりと浮き出たその顔に、ネット上では「可愛すぎる!」「肌キレイ! エクボにキスがしたい!」など、ファンの興奮したコメントが飛び交っている。 「先月16日、相武が自身のインスタグラムに、ハワイでサーフィンをした時の水着姿を投稿した際には『もっと水着姿が見たい!』という声が上がっていただけに、今回の画像には顔だけしか写っていないので、『顔だけじゃなくて、胸も見せて!』とリクエストする声も一部では上がっていました。しかし、プライベート感たっぷりの貴重な素顔を見られたことに、素直に感激する声の方が多く上がっているようです。ただ、エクボとともに相武のチャームポイントだった八重歯に関しては、去年7月に相武が自身のTwitterで『歯科矯正終わったー!!』と報告した時と同様、『あー! やっぱり、紗季ちゃんは八重歯あった方が良かった』という声が多く上がっていました」(芸能関係者)  ファンから愛されたチャームポイントを失おうとも、アラサーになろうとも、女優としての相武は順調な活動を続けている。 「前クールに出演したドラマ『エンジェル・ハート』(日本テレビ系)では、上川隆也演じる主人公・冴羽遼のフィアンセ・槇村香役に決まった途端、原作コミックのファンから『原作のイメージと合わない』『ショートカット美人なら竹内結子や内田有紀の方が適任』など、批判の声が上がっていたのですが、いざドラマが始まってみると、『演技力でかなりカバー出来てる』『安心して見られる。少なくとも、ミスキャストではなかった』などという声が上がり、ドラマの全話平均視聴率は9.3%と振るわなかったものの、相武の演技に対する評価は上々だったようです。逆に、ヒロイン・香瑩役を演じた三吉彩花に関しては、現在『Seventeen』(集英社)の人気モデルとして活躍し、ブレーク必至といわれていただけに、『ブレークするのは、次回に持ち越しだね』と、当たり役にはならなかったことを残念がるファンの声が多く上がっていました」(同)  冴羽リョウ役を演じた上川や、“海坊主”役を演じたブラザートムの再現率が高すぎたゆえに、三吉のミスキャストぶりが際立ってしまったと指摘する声もあるようだが、相武のように演技力でカバーできるようになれば、女優としてブレーク日もそう遠くないのかもしれない。

ストリートチルドレンから銀座のホステスになった女性が告白する壮絶人生! 清原和博やワコール社長のことも…

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生島マリカ『不死身の花』(新潮社)
【本と雑誌のニュースサイトリテラより】  中学生で親に捨てられ13歳でストリート・チルドレンになり、14歳で北新地、そして16歳で銀座のホステスに。超大物財界人を贔屓に持ち、さらに当時、人気実力とも絶頂期にあったプロ野球選手・清原和博と恋人関係になった過去――。年の離れた男性と愛人関係となる。結婚、離婚を繰り返し一人息子をもうけるも、2度の癌に侵されてしまう。友人からの裏切りにレイプ、親友の自殺。  そんなとてつもなく壮絶な人生を歩んできた女性の自叙伝が話題を呼んでいる。生島マリカの『不死身の花』(新潮社)がそれだ。  そもそも、彼女はなぜ13歳でストリートチルドレンとなってしまったのか。  1971年、在日韓国人の両親の元に大阪で生まれたマリカだが、母親は幼いマリカを顧みることはなく暴力を振るうこともあった。一方の父親も事業で成功していたものの不在がちでマリカは両親の愛を知らずお手伝いさんに育てられていく。だが、実の両親が顕在だった頃はまだましだった。  マリカが13歳の時、実母が若くして病死すると、その3カ月後に父親が再婚。マリカの人生の歯車は大きく狂っていく。義母は再婚するなりマリカを疎みこう言い放ったという。 「もうこれからお父さんとわたしが起きている間は三階に上がってこないでね」  地下1階の3階建てに住んでいたマリカだが、キッチンとリビングはその3階にあった。父と義母がいる間は食事はするなということだった。朝は2人の食事が済んでから、夜は2人が寝入ってから食事をしろと義母は言った。お風呂にはいることさえままならなかった幼いマリカだが、それに従うしかない。 〈水も飲めない状況だったが、とにかく耐えた。パパとお義母さんが寝室へ移動するまでの我慢や! 何度も廊下へでて、三階の電灯を確認する。あかん。まだ電気が点いているわ。テレビ視てるやん。早く寝て!  家に居る頃は毎晩お腹が空いて死ぬかと思った。〉  そんな家庭環境だからマリカは夜の外出が増え、朝帰りもするようになる。すると義母は今度はマリカが遊び歩くのは私のせいだと近所が冷たい目で見ると泣いて父親に訴え、そのため父親はマリカに家を出るよう命じたのだ。 「あのね、あんたも、もうこの家にいるよりは外に居て、友達といるほうが楽しいんじゃないの? 実は、ミッチ(義母)は妊娠しているんだ。おまえがいると腹の子が心配だ。どこか、友達の所でも行ったらどうだ。もう、この家から出て行ってくれ」  若い再婚相手に泣きつかれた父親は、何のあてもない13歳のわが子を無一文で放り出した。しかも娘が勝手に家出したと世間体を繕うためにアパートを借りてくれることもなかったという。  友達のあてなどもちろんない。こうして行き場を失ったマリカは13歳で"浮浪児"となり街を彷徨うことになる。  その間、路上で焼肉を食べないかと誘ってきた男の車に乗りどこかに連れ去られそうになったり、工事中のビルを探して中で眠ったり。あまりの空腹にパンを万引きし、残飯をあさることもあった。 「本当にお腹が空き過ぎて、生命の危機を感じた時にひらめいたのが、オートロックのないハイツやアパートや団地に忍びこむことだった。(略)日本人のマナー意識や衛生概念も今ほどではなくて、出前の食べ残しをそのままの状態で玄関先に放置している部屋が多数あったのだ。その、誰のものとも知らない残飯を食べて生き延びた」  現在の子供の貧困、社会問題化するネグレクトの原点を見るようだが、しかしマリカの特筆すべき点は、その後、様々な人々との出会いを糧に、その運命を自力で切り開いていったことだろう。  浮浪児となった13歳のマリカは、街を彷徨った後、知り合いのつてもあり年齢をごまかしてミナミのホステスとなり、200万円ものバンス(前借り)と家を確保することに成功する。だがほどなく仕事をさぼるようになったマリカは追い込みをかけられるが、「黒服の帝王」と言われる人物やクラブを任されていた潤子ママ、そして後に脱税で逮捕されることになる年上の"愛人"などと出会い、どうにか生き延びていくのだ。もちろんそれは様々な大人の欲望に巻き込まれながらだったが。 「当時はまったく気が付かなかったが、きっとあたしは、自分の知らないうちに、借金を自分の身体で返済していたのだろう」  その後も鑑別所送りになったり、46歳くらいの年上男との性愛に溺れるなどの10代とは思えない波瀾万丈の生活を送るマリカだが、そんな生活から抜け出すため、16歳の時、東京に出ることを決意する。そこではさらなる衝撃的出会いがあった。  上京のため新幹線に乗ったマリカは偶然隣の席に座った男性から声をかけられ、ブラジャーのメーカーを聞かれた。 〈「ええと、今日はワコール」 「ええー、ほんまかいな」 「......ほんまですよ。それが何ですか」 「いやあ、ほならちょっと背中触らせてくれる? ホックのとこ」〉  変態オヤジが隣り合わせた16歳の少女に下心を抱いてのわいせつに近い行為。誰しもそう思うはずだが、しかしこの男性から手渡された名刺には「日本商工会議所副会長 塚本幸一」の名が記されていた。そう、実際にこの男性は本物の「ワコール」創業者塚本幸一氏(当時68歳)だったのだ。その後、マリカが銀座のクラブで働き始めると、初日から通うなどマリカの庇護者となり、食事をしたり、一緒にマッサージをするという関係になんていく。そして2人の関係について意味深なエピソードも描かれる。 〈一度だけ、塚本さんの定宿であった東京プリンスの部屋にルームサービスを呼ばれに行った時のこと。(略) 「今夜は泊まっていくか」  吃驚して、しどろもどろに「ううん、帰る」と答えたら、今度は大声で笑われたな。多分、赤面したあたしをからかって、面白がってたのだと思う。〉  本書を読むかぎり、塚本氏とは男女の関係にならなかったというマリカだが、しかし21歳の時、ある大物スポーツ選手と恋愛関係になった。それが元プロ野球選手の清原和博だ。本書には清原との関係を"恋人"と断定し、しかも実名で描かれるのだが、クラブホステス好きとして知られる清原の口説きの様子が描かれ興味深い。  東京から一度大阪に戻り、北新地のクラブ「アナベラ」につめていたマリカの店にある時清原が来店した。1991年当時、24歳だった清原は西武の花形選手であり、90年には自己最多の37本塁打を記録、1億円プレイヤーをとなるなど絶頂期だった。しかも独身。そんな清原に対しホステス全員が聞かれもしないのに、競うように名刺に電話番号を書き渡したという。そんな中マリカは清原争奪戦に巻き込まれることを避けて、場の雰囲気作りに徹した。 〈翌日、出勤するとすぐに電話がかかって来た。ボーイがにやついて、 「マリカちゃんに電話。清原やで」  えーなんやろ。照れ隠しに戯けてみせた。 「はい。マリカですが」 「もしもし、清原です」 「ああ、はい。昨日はどうも」 「明日は店に居てる? そっちに行こうかと思うねんけど」〉  こうしてマリカと清原の遠距離恋愛が始まったがその間、清原は「毎晩十一時には、どこで何をしていようと必ずお店に居るあたしに電話をしてくるというルールを一度たりとも破らなかった」ほど律儀で優しかったらしい。  マリカにとって清原は繊細で傷つきやすく、正直で、弱いものを庇い、正義感溢れた思いやりの塊みたいな人物だったという。そしてたまに深いことを言う。 〈土、日と彼の自宅で過ごし、月曜日のお昼。いつものように、お店にでるため大阪に帰る支度をしていたら、 「おまえ、お金持ってんのか。大丈夫か」  と彼。ひと月に何度も大阪〜東京間を往復するあたしを気遣った言葉だったのだろうが、私も若かったから素直になれなくて、つい意地悪を言った。 「いつも女の子にそんなこと訊いてるん」  彼は球場に行く準備をしながらあたしを睨んだ。 「おまえはアホか。何で俺が体を張って稼いだ金、そこらの女にやらなアカンねん」 「へえ〜そうなん」  あたしは嬉しさに、自分の顔が綻んでいたが隠した。 「当たり前やんけ。俺らは身一つで勝負してるねんで。打ち所が悪かったら怪我もするし、障害が残った先輩もおるんじゃ。なんでそんな金をしょうもない女にやるって言わなアカンねん」〉  そんな関係は1年足らずで解消されたというが、このエピソードは清原のその後を思うと興味深い。  他、モデルとして荒木経惟の写真集に出たり、三和銀行の頭取、全国の暴走族をまとめた日本狂走連盟初代総長、暴力団幹部など、多くの大物と出会うが、マリカはある男性と事実婚状態に。一人息子をもうけている。  しかしその後も、マリカは離婚と結婚を繰り返し、恋人や夫に裏切られ子供を連れて放浪生活を余儀なくされたり、2度も癌に侵されたりと波瀾万丈な生活は続き、そのためか2012年には真言宗で得度もしたという。  にわかには信じがたいような壮絶人生の記録だが、そのセンセーセショナルな内容の一方で、同書には、現代社会が抱えているさまざまな問題が顔をのぞかせている。貧困、国籍、ネグレクト、虐待、病魔、シングルマザー、被差別部落......。  同書がきっかけになって、普段、目をそらされているこうした問題に光があたることになればいいのだが......。 (林グンマ)

ストリートチルドレンから銀座のホステスになった女性が告白する壮絶人生! 清原和博やワコール社長のことも…

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生島マリカ『不死身の花』(新潮社)
【本と雑誌のニュースサイトリテラより】  中学生で親に捨てられ13歳でストリート・チルドレンになり、14歳で北新地、そして16歳で銀座のホステスに。超大物財界人を贔屓に持ち、さらに当時、人気実力とも絶頂期にあったプロ野球選手・清原和博と恋人関係になった過去――。年の離れた男性と愛人関係となる。結婚、離婚を繰り返し一人息子をもうけるも、2度の癌に侵されてしまう。友人からの裏切りにレイプ、親友の自殺。  そんなとてつもなく壮絶な人生を歩んできた女性の自叙伝が話題を呼んでいる。生島マリカの『不死身の花』(新潮社)がそれだ。  そもそも、彼女はなぜ13歳でストリートチルドレンとなってしまったのか。  1971年、在日韓国人の両親の元に大阪で生まれたマリカだが、母親は幼いマリカを顧みることはなく暴力を振るうこともあった。一方の父親も事業で成功していたものの不在がちでマリカは両親の愛を知らずお手伝いさんに育てられていく。だが、実の両親が顕在だった頃はまだましだった。  マリカが13歳の時、実母が若くして病死すると、その3カ月後に父親が再婚。マリカの人生の歯車は大きく狂っていく。義母は再婚するなりマリカを疎みこう言い放ったという。 「もうこれからお父さんとわたしが起きている間は三階に上がってこないでね」  地下1階の3階建てに住んでいたマリカだが、キッチンとリビングはその3階にあった。父と義母がいる間は食事はするなということだった。朝は2人の食事が済んでから、夜は2人が寝入ってから食事をしろと義母は言った。お風呂にはいることさえままならなかった幼いマリカだが、それに従うしかない。 〈水も飲めない状況だったが、とにかく耐えた。パパとお義母さんが寝室へ移動するまでの我慢や! 何度も廊下へでて、三階の電灯を確認する。あかん。まだ電気が点いているわ。テレビ視てるやん。早く寝て!  家に居る頃は毎晩お腹が空いて死ぬかと思った。〉  そんな家庭環境だからマリカは夜の外出が増え、朝帰りもするようになる。すると義母は今度はマリカが遊び歩くのは私のせいだと近所が冷たい目で見ると泣いて父親に訴え、そのため父親はマリカに家を出るよう命じたのだ。 「あのね、あんたも、もうこの家にいるよりは外に居て、友達といるほうが楽しいんじゃないの? 実は、ミッチ(義母)は妊娠しているんだ。おまえがいると腹の子が心配だ。どこか、友達の所でも行ったらどうだ。もう、この家から出て行ってくれ」  若い再婚相手に泣きつかれた父親は、何のあてもない13歳のわが子を無一文で放り出した。しかも娘が勝手に家出したと世間体を繕うためにアパートを借りてくれることもなかったという。  友達のあてなどもちろんない。こうして行き場を失ったマリカは13歳で"浮浪児"となり街を彷徨うことになる。  その間、路上で焼肉を食べないかと誘ってきた男の車に乗りどこかに連れ去られそうになったり、工事中のビルを探して中で眠ったり。あまりの空腹にパンを万引きし、残飯をあさることもあった。 「本当にお腹が空き過ぎて、生命の危機を感じた時にひらめいたのが、オートロックのないハイツやアパートや団地に忍びこむことだった。(略)日本人のマナー意識や衛生概念も今ほどではなくて、出前の食べ残しをそのままの状態で玄関先に放置している部屋が多数あったのだ。その、誰のものとも知らない残飯を食べて生き延びた」  現在の子供の貧困、社会問題化するネグレクトの原点を見るようだが、しかしマリカの特筆すべき点は、その後、様々な人々との出会いを糧に、その運命を自力で切り開いていったことだろう。  浮浪児となった13歳のマリカは、街を彷徨った後、知り合いのつてもあり年齢をごまかしてミナミのホステスとなり、200万円ものバンス(前借り)と家を確保することに成功する。だがほどなく仕事をさぼるようになったマリカは追い込みをかけられるが、「黒服の帝王」と言われる人物やクラブを任されていた潤子ママ、そして後に脱税で逮捕されることになる年上の"愛人"などと出会い、どうにか生き延びていくのだ。もちろんそれは様々な大人の欲望に巻き込まれながらだったが。 「当時はまったく気が付かなかったが、きっとあたしは、自分の知らないうちに、借金を自分の身体で返済していたのだろう」  その後も鑑別所送りになったり、46歳くらいの年上男との性愛に溺れるなどの10代とは思えない波瀾万丈の生活を送るマリカだが、そんな生活から抜け出すため、16歳の時、東京に出ることを決意する。そこではさらなる衝撃的出会いがあった。  上京のため新幹線に乗ったマリカは偶然隣の席に座った男性から声をかけられ、ブラジャーのメーカーを聞かれた。 〈「ええと、今日はワコール」 「ええー、ほんまかいな」 「......ほんまですよ。それが何ですか」 「いやあ、ほならちょっと背中触らせてくれる? ホックのとこ」〉  変態オヤジが隣り合わせた16歳の少女に下心を抱いてのわいせつに近い行為。誰しもそう思うはずだが、しかしこの男性から手渡された名刺には「日本商工会議所副会長 塚本幸一」の名が記されていた。そう、実際にこの男性は本物の「ワコール」創業者塚本幸一氏(当時68歳)だったのだ。その後、マリカが銀座のクラブで働き始めると、初日から通うなどマリカの庇護者となり、食事をしたり、一緒にマッサージをするという関係になんていく。そして2人の関係について意味深なエピソードも描かれる。 〈一度だけ、塚本さんの定宿であった東京プリンスの部屋にルームサービスを呼ばれに行った時のこと。(略) 「今夜は泊まっていくか」  吃驚して、しどろもどろに「ううん、帰る」と答えたら、今度は大声で笑われたな。多分、赤面したあたしをからかって、面白がってたのだと思う。〉  本書を読むかぎり、塚本氏とは男女の関係にならなかったというマリカだが、しかし21歳の時、ある大物スポーツ選手と恋愛関係になった。それが元プロ野球選手の清原和博だ。本書には清原との関係を"恋人"と断定し、しかも実名で描かれるのだが、クラブホステス好きとして知られる清原の口説きの様子が描かれ興味深い。  東京から一度大阪に戻り、北新地のクラブ「アナベラ」につめていたマリカの店にある時清原が来店した。1991年当時、24歳だった清原は西武の花形選手であり、90年には自己最多の37本塁打を記録、1億円プレイヤーをとなるなど絶頂期だった。しかも独身。そんな清原に対しホステス全員が聞かれもしないのに、競うように名刺に電話番号を書き渡したという。そんな中マリカは清原争奪戦に巻き込まれることを避けて、場の雰囲気作りに徹した。 〈翌日、出勤するとすぐに電話がかかって来た。ボーイがにやついて、 「マリカちゃんに電話。清原やで」  えーなんやろ。照れ隠しに戯けてみせた。 「はい。マリカですが」 「もしもし、清原です」 「ああ、はい。昨日はどうも」 「明日は店に居てる? そっちに行こうかと思うねんけど」〉  こうしてマリカと清原の遠距離恋愛が始まったがその間、清原は「毎晩十一時には、どこで何をしていようと必ずお店に居るあたしに電話をしてくるというルールを一度たりとも破らなかった」ほど律儀で優しかったらしい。  マリカにとって清原は繊細で傷つきやすく、正直で、弱いものを庇い、正義感溢れた思いやりの塊みたいな人物だったという。そしてたまに深いことを言う。 〈土、日と彼の自宅で過ごし、月曜日のお昼。いつものように、お店にでるため大阪に帰る支度をしていたら、 「おまえ、お金持ってんのか。大丈夫か」  と彼。ひと月に何度も大阪〜東京間を往復するあたしを気遣った言葉だったのだろうが、私も若かったから素直になれなくて、つい意地悪を言った。 「いつも女の子にそんなこと訊いてるん」  彼は球場に行く準備をしながらあたしを睨んだ。 「おまえはアホか。何で俺が体を張って稼いだ金、そこらの女にやらなアカンねん」 「へえ〜そうなん」  あたしは嬉しさに、自分の顔が綻んでいたが隠した。 「当たり前やんけ。俺らは身一つで勝負してるねんで。打ち所が悪かったら怪我もするし、障害が残った先輩もおるんじゃ。なんでそんな金をしょうもない女にやるって言わなアカンねん」〉  そんな関係は1年足らずで解消されたというが、このエピソードは清原のその後を思うと興味深い。  他、モデルとして荒木経惟の写真集に出たり、三和銀行の頭取、全国の暴走族をまとめた日本狂走連盟初代総長、暴力団幹部など、多くの大物と出会うが、マリカはある男性と事実婚状態に。一人息子をもうけている。  しかしその後も、マリカは離婚と結婚を繰り返し、恋人や夫に裏切られ子供を連れて放浪生活を余儀なくされたり、2度も癌に侵されたりと波瀾万丈な生活は続き、そのためか2012年には真言宗で得度もしたという。  にわかには信じがたいような壮絶人生の記録だが、そのセンセーセショナルな内容の一方で、同書には、現代社会が抱えているさまざまな問題が顔をのぞかせている。貧困、国籍、ネグレクト、虐待、病魔、シングルマザー、被差別部落......。  同書がきっかけになって、普段、目をそらされているこうした問題に光があたることになればいいのだが......。 (林グンマ)