「離婚問題は早ければ年内決着する」 女優・米倉涼子の関係者が、一部マスコミにこうささやいた。離婚協議中の夫との対立が解決寸前であるという記事を書いてほしかったからで、実際に一部でそうした記事が出ているようだが……。 出演ドラマが安定した視聴率を獲得し、本業では順調な米倉だが、離婚問題は唯一のイメージダウン要素。ある芸能記者によれば、「出演中の宝くじCMの降板は、なんとしても避けたかったみたいだ」という話が聞かれる。 「宝くじは縁起モノで、イメージキャラクターは幸運の女神みたいな立ち位置を守っていてくれないと困るところ。もし離婚問題が派手に泥沼化すれば、契約の継続が危なかった。年末ジャンボ発売前に降板というウワサもあった」 米倉は昨年12月、2歳年下の広告代理店社長Aさんと入籍。新居として家賃135万円のマンションも借り、関係者からは「夏にハワイで挙式」という話もあったが、わずか3カ月後には別居が報じられた。夫婦仲がこじれた理由は当事者にしかわからない部分だが、離婚協議が難航した理由は、Aさんの側から漏れてきていた。 「週刊誌で、“5時間土下座させた”とか、明らかにAさんを悪者にするウソの話が報じられ、Aさんは業務をまともにできない状況にまで追い込まれた。こういう汚いことをしてくるなら、マスコミにすべてを明かしてもいいんじゃないかと周囲が言っていた」 Aさんが米倉の首を絞めたり、頭を殴るなどもあったという報道もされた。それが事実かはわからないが、相手を極端に悪者にする情報を流すのは芸能人サイドの常とう手段。少なくともAさん側は、そう疑ってしまっていた。しかし、実のところ不利になったのは米倉の方で、醜い争いになればイメージダウン。宝くじCM降板のウワサが立ったのも当然だった。 しかし、米倉はその後、沈黙を貫いてなんとか降板を逃れ、11月25日には年末ジャンボ宝くじの販売初日のイベントに無事出演した。過去のCM出演者である所ジョージがゲスト出演したのは一説には「米倉降板に備えたものだった」といわれるが、当日、300人以上が並ぶ西銀座チャンスセンターの前で「もし10億円が当たったら」と聞かれた米倉は「セレブ留学したい」とまるで独身女性のように答えてマスコミを苦笑させてもいた。質疑応答の囲み取材からは先に退場して、離婚問題についての言及からも逃亡。イベントで見せたハッピーな表情はどう見ても営業用だった。 「この年末ジャンボCMの兼ね合いで、大みそかの抽選会までは離婚発表は無理。それまでは、態度を硬化させた夫の神経を逆なでしないよう、黙っているしかないでしょう」と前出記者。 イベント中、売り場に並んでいた中年男性が「金持ちの有名人なんかに宝くじ当たってほしい気持ちなんかわかるはずがないだろ」とヤジを飛ばしていたが、米倉にとっては結婚よりも大事なCM契約だ。 (文=ハイセーヤスダ)
日別アーカイブ: 2015年12月14日
ナオミ・キャンベル、股関節置換手術へ?
ナオミ・キャンベル(45)が股関節置換手術を受ける必要があるという。先日行われたエディ・レッドメイン主演最新作『リリーのすべて』のロンドンプレミアで補助がなければ歩けなければいけない状態になっており、その様子を目撃した人物の1人はザ・サン紙に「ナオミは写真に撮られないように裏口のドアまでヨロヨロ行っていました」「でもほかの招待客には自分が股関節置換手術が必要かもしれないと堂々と話していましたね。ナオミはその怪我が摩擦によるものだと言っていました」「アフターパーティーの場ではあまりの痛さに片足で歩いている時さえありましたよ」と語っている。
ナオミはここ最近になって何度も車椅子姿を目撃されたことからその健康状態を心配されており、先週には友人であるマドンナ宅を人の手を借りながら後にしていた。ある関係者は「業界ではナオミが辛い状況にあることは良く知られています。車椅子が必要な時さえあるので、その病状については色々な噂話があります」と話す。
しかしナオミの親しい友人の1人はこの怪我が世界をまたにかけた仕事によるものだと考えているようで、十分な休養を取れば通常通りの生活に戻ると見込んでいるようだ。前述の関係者は「移動や仕事、エクササイズで酷使されたための軽い怪我です。ナオミ自体は元気ですし、何日かすればいつも通りに出かけられるようになりますよ」と続けた。
「親から躾をされなかったから、子供には厳しく」をモットーに、hitomiのPTA参加宣言
ママ雑誌「nina's」(ニナーズ・祥伝社)が12月7日発売の2016年1月号で創刊10周年となった。かつてママ雑誌の代表格といえば「ひよこクラブ」(Benesse)という時代が続いていたが、「nina's」登場から同ジャンルの雑誌は増え続け、いまやママの属性に応じて選べるようになった。創刊号の表紙にタレントの千秋(44)を据えたことも、母親になっても自分の人生を捨てず、着たいものを着て、楽しんでいこう……というメッセージを世の女性に感じさせ勇気を与えたものだった。
そんな創刊10周年にちなみ、本号では「妊娠期間を含め10年以上ママを経験してきた女性たち」のインタビューが掲載されている。ともさかりえ(36)、先に紹介した千秋、hitomi(39)と、いずれもこれまで同誌の表紙を飾った事のある女性たちが、これまでの10年を振り返り子育てと自分を見つめた内容だ。さっそく眺めてみたが、子供を産んだ女性ならば参考になる話もかなり多かった。ただ、プロフィールにともさかが生まれ年を記載しているのに対し、千秋とhitomi、それにモデルの米田有希(37)と一色紗英(38)は記載しておらず年齢を明かしていないという謎仕様が気になる。全員書いてもいいじゃないか……。
気を取り直し、まずはともさかのインタビューを見てみよう。2004年、25歳の頃に前夫との間に息子をもうけ、以来、仕事と子育てを両立してきた。「生後3カ月くらいの大変な時期は、『この生活が一生続くのか…』って落込んでいましたね」と振り返る彼女、やはりともさかも、世の子持ち女性らと同じような辛さを感じていのか。息子が11歳になる今は「早くオムツとれたらいいな、早く一人で寝ないかな、早く一人でご飯食べられるようにならないかなって思っていたのに、今は週末だけ赤ちゃんに戻ればいいのにって思ってる私がいます(笑)」と当時を懐かしく思っているようだ。彼女は「昔は手作りのものを食べさせなきゃ!!母乳じゃなきゃ!!とか細部にこだわって行き詰まってた。でも今は、そんなこと大したことじゃなかったかもなって思えるようになりました」とも話しているが、その気持ちすごく分かる。筆者の息子は今3歳になったが、いま振り返ってみると、こだわりを持ちすぎることは自分を苦しめてしまい、結果、子供と健全な心で向き合えなくなると思う。「お母さんが元気で楽しいってことが子どもにも一番大事」と最後に語るともさかのインタビューはなんだか完璧すぎるものだった。
続いてはタレントだけでなく実業家としても商才を発揮し続けている千秋。この10年で「子育ては…予想通りだけど、すごくラクになった。物理的にも、精神的にも」と、小学校6年生になった一人娘の育児について語る。「子どもって、生まれたときがいちばん手間がかかったけど、そこからは日々ラクになっていくばかり」と、ともさかと同じようなことを語っているが、もし自分が乳児の育児をしている時期にこのインタビューを読んだら「でも10年でラクになるって言っても、ここから長過ぎなんですけど!!!」とモヤモヤしてしまいそうだ。“10年経てばラクになるんだよ~”と目の前に人参をぶら下げられて、だから今頑張れ、と言われているような気にもなってしまう。が、とにかく「ママになったからって派手な服をあきらめたり、そうした昔からの風潮を壊したいってずっと思ってた」「ちゃんと子育てができれば、どんな格好をしたっていいじゃん!!おしゃれに生きたっていいじゃん!!」と語る千秋のブレなさはスゴイ。一本芯が通っている。
そしてhitomi。このインタビュー特集の中で一番読み応えがあった。なにしろ3回結婚し、一男一女のママ、一時期はシンママだったhitomiである。「妊娠して、結婚して、出産して、離婚もして…女性として様々な経験をした10年でした」と本人も濃密な10年を振り返っている。昨年5月にふたりめの子どもとなる長男を出産してからは「自分の育児に少し自信が持てた気が」し、現在は「しつけモード」にスイッチしていると話す。しつけモードとは何か? 気になる言葉だが、hitomiを育てた親はとても放任主義だったため「たとえば玄関先で靴を揃えて脱ぐ、なぁんて簡単なことすら戸惑ってしまったり、挨拶もきちんとできなくて恥ずかしい思いをしたこともありました」というのである。放任という言葉は実に曖昧だが、これは放任というのもちょっと違うのでは……。「親がきちんとしつけをしている家と、私の実家のような家とでは、どうしても大人になったときに開きができてしまうんですよね」と、放任で育った故のコンプレックスも明かす。『しつけモード』とはこうした日々の振る舞いに対してきちんと教えるというコトのようだ。
hitomiの発言で見逃せないのは今後の子育てについての意気込み。小学生になった長女を意識しての言葉だと思うが「これから先、PTAなんかもやらなければならない日が来ると思うんですよ。嫌がる人も多いみたいですが、地域の親が自分の子ども以外のこともちゃんと気にかけてあげる取り組みって、とても大切だと思うんです。(略)出来るだけやっていきたいですね」と、意外なことにPTA参加宣言をしているのである。仕事をやりながらのPTA参加については発言小町でもたびたび相談があがっており、なかなか大変そうなのだが……。もしくは今後小学生で一緒になる保護者らへの「やる気はありますよ!」アピールか? PTAの当番で下校中に旗を振るhitomiを見てみたい。
気になったのはこの3名がいずれも、子どもがいるなかでの離婚を経験しているにもかかわらず、その時期の子育て、子どもの変化などに言及が一切なかったことである。そこ、一番知りたかった。千秋に関してはプロフィールにココリコ遠藤章造と結婚し長女を出産……とまでは書いてあるが離婚の二文字すら記載されていなかった。上っ面のインタビューの中、hitomiの発言はやはり正直さが際立っていた。
(ブログウォッチャー京子)
コカイン逮捕の高部あい、韓国で再デビューへ!? 「韓国向けの新しい芸名も……」
コカイン所持と使用で2度逮捕され、処分保留で釈放された女優・高部あいに、韓国での再デビュープランが浮上中だ。所属事務所を解雇され、麻薬に関する捜査も終わってはいない中で、一体どういうことか。 韓国の芸能事情に詳しいライターの李銀珠氏によると「韓国でモデルプロダクションを運営し、映画業界にも顔が利くA氏が、高部の起用にかなり前向き」だという。 「もちろん事件が片付いてからにはなりますが、実刑になることはまずないと見ていて、執行猶予判決なら韓国に出入りできる可能性が高いことから、早々に仕事のオファーをしたいというんです。日本の所属事務所が決まらなかったら、A氏のプロダクションに所属してもらい、韓国人向けの新しい芸名を付けたいとまでいってます」 A氏が逮捕された女優をわざわざ起用するのには、理由がある。高部を女優デビュー当時から熱心に演技指導してた俳優が在日韓国人で、A氏の親友。過去にA氏が手掛けた映画にも出演経験があり、そんなつながりから高部を猛プッシュしているようなのだ。 この俳優は、たしかに早くから高部を「将来の大物女優」と見越して何かと助けてきたといわれる人物で、5年ほど前のあるインタビューでも「キュートなルックスだけでなく、頭の回転が速い。大きな舞台で成功させられる」と高部の才能を高く評価していた。ただ、演技に集中する職人タイプの同俳優と違い、高部の方は夜遊び大好きで“清純派”は仕事用の顔。ある芸能関係者によると「韓国でも売れると見込んで、その俳優が親しい韓国人教師に韓国語のレッスンを無料で手配したのに、高部は約束をすっぽかし友人と飲みに行っていた」という。 もともと呑気な性格なのか、高部は11月13日、中年男性の迎えで釈放されて以降、あるときは都内の高級鉄板焼き店などで友人たちとの食事をキャッチされている。思いのほか元気そうではあるが、逮捕前より有名になってしまったことからホテルを転々とするなど、まるで逃亡生活のような行動が伝わってきている。妊娠説があることから写真誌のカメラマンは「病院への出入りをキャッチしたい」と意気込んでいたが「少なくとも横浜の実家からの出入りはなかった」というから、とても再デビューできるような状況には見えない。 ある筋からの情報でも、警視庁は高部の麻薬の所持量が少なかったことから、入手ルートと見る資産家の御曹司X氏を逮捕し、改めて高部への捜査を再開するという話がある。 高部がコカインを入手したルートは、一部で「六本木ルート」とも呼ばれ、関係人脈にプロ野球の原辰徳氏の息子もいるという報道もあったが、こちらの筋からの話では「Xの持つ麻薬ルートは、そんな単純なものではなく、ある自動車輸送業者も介入させて巧妙に麻薬を輸入していた疑いも浮上中」だという。 高部周辺で大捕り物があれば、起訴、不起訴にかかわらず高部の芸能活動再開は絶望的だ。有罪判決を受けた酒井法子は中国での芸能活動に活路を見いだしているが、高部は酒井のようにディナーショーを開催できる歌手のスキルがあるわけでもない。A氏が高部を作品に起用するとしても、それはまだずっと先のことになりそうだ。 (文=ハイセーヤスダ)『高部あい Ai You』(ポニーキャニオン)
テレビ局、芸能プロ関係者が明かす「ドラマ現場で嫌われている俳優・女優」
『HEAT』(フジテレビ系)公式サイトより
現在放送中の連続ドラマ『オトナ女子』(フジテレビ系)で、出演する鈴木砂羽の“横暴ぶり”が、たびたび週刊誌で報じられている。鈴木は用意された衣装に文句を言いだし、スタッフを怒鳴りつけるなどして現場を凍りつかせていたというが、今回は鈴木以外にも撮影現場で嫌われている俳優や女優がどれほどいるのか、芸能関係者に聞いた。
「今年、共演者やスタッフから一斉ブーイングが出ていたのが、『問題のあるレストラン』(フジテレビ系)に主演した真木よう子です。もともと愛想がよくない、といった話は聞いていましたが、あれほどだとは思わなかった。撮影所に着いてからというもの常にくわえタバコで、共演者や事務所関係者、撮影スタッフと、ほぼ完全に無視。声をかけられても軽くうなずく程度で、明らかに現場の空気も悪くなっていました」(テレビ局ディレクター)


