
小道具へのこだわりに、スパイ映画ならではのフェティッシュさを感じさせる『キングスマン』。ハリーはエグジーに紳士の着こなしをレクチャーする。
家庭環境に恵まれなかった人間が、世間から後ろ指をさされたり同情されたりせずに済む方法は2つある。ひとつは昔からの悪友たちとつるんで、一生狭い場所で暮らしていくか。もうひとつは広い世界に出ていって、他人から笑われないよう自分を磨き続けるか。そのどちらかしかない。映画『キングスマン』に登場する若者エグジー(タロン・エガートン)は、失業者や犯罪者たちが溢れ返る肥だめみたいな街でずっと暮らしてきた。父親は早くに亡くなり、母親はDV男と同居し、国からの生活保護費だけを頼りに生きている。のちに国際的諜報機関キングスマンの一員として巨大悪と戦うことになるエグジーは、まずは自分自身のクソったれな生い立ちと戦わなくてはいけなかった。
原作は人気コミック作家のマーク・ミラー、脚本&監督はマシュー・ヴォーンという大ヒット作『キック・アス』(10)のコンビによるスパイアクションが『キングスマン』だ。着る物といったらジャージしか持っていなかったストリートキッズのエグジーが、格闘術・観察眼・交渉能力に秀でた超一流スパイであるハリー(コリン・ファース)と出会うことで、スーツ姿が似合う一人前の紳士へと生まれ変わる過程が描かれる。男の子版『マイ・フェア・レディ』(64)か『プリティ・ウーマン』(90)といった趣きがある。女性だけでなく、男もいつだって変身願望を抱いているのだ。
エグジーの実の父親は、キングスマンに所属する優秀なスパイだった。だが、キングスマンの存在は公表されておらず、ただ出張先の事故で亡くなったとだけエグジーは聞かされていた。夫を失ってからの母親はアル中やDV野郎とばかり付き合ってきた。ダメ人間同士がお互いの傷を舐め合う共依存ってヤツだ。そんな状況を憎むエグジーも学校を中退し、おちこぼれ仲間と街をうろついている。負のスパイラルから、どうにも抜け出せない。そこにオーダーメイドのスーツをバリッと着こなした英国紳士ハリーが現われ、「君のお父さんは素晴しい人物だった。私が生きているのは、君のお父さんのお陰だ」と命の恩人の遺児であるエグジーに救いの手を差し伸べる。スパイ養成合宿に参加して、生まれ変われと言う。

女殺し屋ガゼルを演じたのは、ダンサーとして高い身体能力を誇るソフィア・ブテラ。『どろろ』の百鬼丸と戦わせてみたい。
髪をきっちり横分けした怪紳士の言葉を信じていいものか。人身売買組織や新興宗教ではないのか。結局、判断を下すのは自分自身しかいない。今の生活を変えたいと願う強い想いが、エグジーを突き動かした。長年暮らしてきた公営団地にエグジーが別れを告げるシーンが秀逸だ。エグジーの好き勝手にはさせないと、養父や街のゴロツキたちが玄関先で待ち構えているが、エグジーはパルクールの要領で階段を使わずにするするすると壁を伝って団地から抜け出してみせる。エグジーはいつかこの日が来ることを待っていた。頭の中で何度もシュミレートし、体を鍛えてきた。家を出る準備は万端だった。晴れてエグジーは、ハリーの推薦でスパイ養成合宿に参加。名門大学で優秀な成績を収めた良家の子息子女たちと狭き門を競い合うことになる。学歴はないエグジーだが、苛酷な環境を生きてきたタフさと生まれ変わりたいと願う強い気持ちは誰にも負けていなかった。「人は紳士に生まれない。学んで紳士になるんだ」とハリーはエグジーの背中を押す。
英国に中世から伝わる伝説「アーサー王と円卓の騎士」になぞらえ、エグジーが王族に認められる騎士になるまでを描く『キングスマン』だが、『キック・アス』『X-MEN:ファースト・ジェネレーション』(11)のマシュー・ヴィーン監督作だけに見どころが多い。本作を飛びっきり魅力的な作品にしているのは、悪の起業家リッチモンド(サミュエル・L・ジャクソン)に仕えるガゼル(ソフィア・ブテラ)に尽きる。原作では黒人男性だったガゼルだが、映画ではクールビューティーにアレンジ。そしてこの悪女ガゼルは、三池崇史監督の人気作『殺し屋1』(01)の大森南朋のようなカカト落としを必殺技としている。しかも、ガゼルの両足は足首から先がカーボンファイバー仕様の義足となっており、鋭いブレードを装着。標的となった男は突如現われた美女が大開脚してみせたことに驚き、次の瞬間には頭からまっぷたつにされる。男たちに死という究極の陶酔感を与える美しい天使、いや恐ろしい殺し屋なのだ。
ガゼルが義足になった経緯はいっさい語られない。マシュー・ヴォーン監督のフェチズムが生み出したキャラクターだと言っていい。“纏足”は足フェチたちの性的欲望を満たした中国の奇習だが、ガゼルの両足は人工美を備えた高機能な纏足である。義足によって過去と決別したガゼルと自分の肉体を鼓舞して懸命に生まれ変わろうとするエグジー。彼らは必然的に対決することになる。2人が死のダンスを踊るクライマックスは、スパイ映画の名作『007 ロシアより愛を込めて』(63)へオマージュを捧げたこの上もない快楽シーンとなっている。

演技派俳優のコリン・ファースはアクション映画に初挑戦。問題となる教会での大乱闘シーンはワンテイクで撮影された。
本作を魅力的にしているもうひとつの要素は、この作品は大きな矛盾を抱えているという点だ。原作では007ことジェームズ・ボンドと同じく英国の諜報機関MI6の一員としてハリーたちは描かれていたが、映画版のキングスマンはどの国にも属しない独立組織となっている。『キック・アス』や『キック・アス/ジャスティス・フォーエバー』(13)の自警団の延長上にあるものなのだ。特定の国や企業の利益に偏らない世界平和に努めるキングスマンだが、やっていることは正義という名のもとに下される暴力の行使である。キングスマンが戦うIT長者のリッチモンドも彼なりの正義にもとづき、地球の人口を適正な数に削減しようとする。完全なる人間が存在しないように、完全なる正義もありえない。クズ人間になる寸前だったエグジーを救い出したハリーだが、人種差別主義者が集まった米国の教会では大量殺戮を犯す。リッチモンドが開発した怪電波の影響なのだが、このグロテスクなはずの大虐殺シーンは観る者の脳髄をバイオレンスの甘美さで痺れさせるものとなっている。後半、正義の味方であるはずのキングスマンたちはもう一度、大量殺戮を働く。よりポップでブラックな笑いをブレンド
した形で。
これらのウルトラバイオレンスシーンがなければ、『キングスマン』はR指定にはなっていなかっただろう。だが逆に、おちこぼれ少年の美しき更生談だけでは熱狂的な大ヒット作にもなっていなかったはずだ。正論と本音、理性と野性。この世界で生きてくためには、相反するどちらの要素も必要となる。清濁併せ飲むことで、エグジーは真の大人へ、そしてセクシーな男へと成長を遂げていく。
(文=長野辰次)

『キングスマン』
原作/マーク・ミラー 監督・製作・脚本/マシュー・ヴォーン 出演/コリン・ファース、マイケル・ケイン、タロン・エガートン、サミュエル・L・ジャクソン、マーク・ストロング、ソフィア・ブテラ、ソフィー・クックソン、マーク・ハミル 配給/KADOKAWA R15 9月11日(金)より全国ロードショー
(C)2015 Twentieth Century Fox Film Corporation
http://kingsman-movie.jp