【近親相姦】「ママが全部教えてあげるわ」小学生の息子や娘とセックスし続けた鬼母!!

【不思議サイトトカナより】  今年3月10日。テネシー州マーフリーズボロで53歳のブロンド熟女を被告とした裁判が始まった。女性の名はアンジェラ・モンゴメリー。自分が出産した実の息子と娘を強姦した罪に問われており、児童レイプ20件、強姦6件、近親相姦12件、目撃者への強迫2件、合計40件の起訴を突きつけられていた。  裁判は近親相姦を強要させられた息子と娘の証言のみが頼り。しかも10年以上前に起きた事案であったため、息子は不安な気持ちを抱えていた。息子の名はアラン・ヴォン・ウェブ、25歳。性的虐待を受けた被害者は世間に実名や顔を出すことを嫌う傾向にあるが、アランは「弟や妹たちのため。母親に苦しめられている少年少女たちのために」と表に出た。
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速水健朗が考察する、『進撃の巨人 後篇』で描かれた「壁」の意味

【リアルサウンドより】  劇場版『進撃の巨人』前篇(「ATTACK ON TITAN」)は、謎の巨人たちが壁の外から侵入してきて人類の日常を破壊する怪獣映画だった。  これが近未来なのか、過去なのか、そのどちらでもない架空の場所なのか、始めはその世界観を推測しながら観ることになる。  人々が市場でものを売り買いしている場面からは、市場経済が機能していることがわかり、人々が逃げ込む宗教施設が存在するということからは、宗教も存在するということがわかる。巨人に立ち向かう軍隊と、敵に対抗する技術(起動装置)も存在する。壊れた壁の修復という作戦遂行のために集められた新米兵士たちは、出稼ぎ、口減らし、孤児、シングルマザーであったりと、それぞれに訳ありだが、その理由は前近代的なものと現代的なものが混ざっていておもしろい。こうした具合に、世界観の細かい部分が次第に見えてくる。  ただし、前篇はあくまでもグロテスクな巨人が人を喰らう怪獣、または巨大ゾンビ映画だった。特撮やアクション、グロテスク描写などが好きであれば、どうやら楽しめる内容であるようだ。「どうやら」という注釈付きの評価をするのは、僕個人は、その手の映画が苦手だからである。  それが、後篇になると打って変わり、壁の内部の闘争が描かれるようになる。前篇が正統派怪獣映画だとすると、後篇は、人間対人間の闘争が描かれるポリティカル・サスペンスだ。内容の変化に伴い、読み解くべき要素が急に増える。  巨人の襲撃に遭った人類は、3重の壁を築き、その中で限られた資源を分け合って生きることになった。かつてばらばらだった人間社会は、巨人という共通の敵ができることでひとつの共同体として結束する。  人々の争いの種なんて知れている。人種、宗教、国境を巡る紛争、経済イデオロギーの対立などだ。それらを巡る争いは、築かれた壁の内側では消失する。人々は限られた土地、食糧、資源を分け合って生きるようになった。つまり、この世界ではそれらを平等に分配する機能を持った中央集権的な政府が存在し、それはうまく機能している。
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 後篇の冒頭で登場する言葉「特定知識保護法」は、書物を所有できなくするための法律のようだ。人々は、100年かけて書物をこの世から葬った。この世界の文明は、巨人によって滅ぼされたのではなく、壁の中で人間が、自主努力で捨てたのである。「知識、科学、技術」は、人のいがみ合いや争いの元であるとされた。政府はこれらを法と権力で規制した。  権力への不満は、外敵である巨人への恐怖心に向かうことでごまかされている。実際、こうした外敵をつくり、不満をそらすやり方は、一党支配、独裁制の国ではよく用いられるものだ。  こうした壁の内側の統治状況が理解できたところで、その中央政府の政治体制にたてつくクーデターの物語が始まる。  そのリーダーは、前篇では巨人との戦いにおける最大の功労者として登場したシキシマ隊長(長谷川博己)である。彼は、巨人という外敵を利用して自らの権力の正統性を付与するというマッチポンプの構造を告発し、反旗を翻す。それが後篇の物語だ。 「狼を怖がって柵の中にいるのは家畜」  つまり、壁とは巨人から身を守るためのものではなく、家畜の自由を奪うための檻である。それに気がついているシキシマは、主人公エレン(三浦春馬)にそれを説き、自ら率いる反乱軍に誘うのだ。  主人公のエレンは、この世界のマッチポンプの有り様に関しては、多くの知識を有していない。ただ、壁の外にある世界に関心を持つ、自由への憧れを秘めた存在である。   本来、共闘が可能なはずのシキシマとエレンだが、二人は対立する。シキシマは、内側の壁を破壊し、巨人たちを内部に引き込むことで、政権の崩壊を目論んでいる。家畜を目覚めさせるためには、多くの犠牲が必要であると考えているのだ。一方、エレンはそういったエリートの傲慢さが許せないのだろう。二人は、対立する。また、互いの間にいる女・ミカサ(水原希子)の存在も、いがみ合いの素となっている。「壁の破壊」を「コロニー落とし」に「ミカサ」に「ララァ」 を代入すると、もしかしたら理解の助けになるかも知れないが、まあ余計なお世話だろう。
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 まだ物語が続いている原作とは別の形で、「巨人とは何か?」という謎に答えを出さなくてはいけなかったという「劇場版」の制作環境において、「壁」の内部における人間同士の政治を本筋にした本作は、ここまではかなり成功しているように思える。   その成功は、「壁」を多重に解釈することで生み出されている。第一義には、巨人対策のための防壁。だがそれは、文明の発達を妨げる壁となり、エレンのような若者たちにとっては、好奇心を押しとどめる檻でもあった。そして、権力側にとっては、恐怖を煽り人心をコントロールするための道具が壁なのだ。巨人から の防備という名目の壁によって市民の自由を奪い、家畜化したのだ。  前篇が巨人の映画であるなら、後篇は壁の映画だ。壁を多重に描くことで、権力構造と描くべきドラマがいくつも生まれた。ここまでは成功している本作だが、その先は残念ながらポリティカル・サスペンスとして成功しているとは思えなかった。   壁の映画であればこそ、その組織や権力の有り様を、きちんと描く必要があったのではないか。例えば、権力の存在が、クバル(國村隼)が長官を演じる軍隊組織という形でしか描かれない。僕としては、壁の最も内側で生活している人々(他の人々よりも、やや裕福だったり?)の生活や、そこに建っているであろう政府の建造物が見たかった。そういった描写を通じて統治のスタイルや思想が伝わってくるような映画(『ブレードランナー』とか『ロボコップ』など)が好きだからだ。  権力と壁。この対比を考える上で、思い浮かべるのは村上春樹がエルサレム賞を受賞した際の「卵と壁」のスピーチだ。「もし、硬くて高い壁と、そこに叩きつけられている卵があったなら、私は常に卵の側に立つ」と(春樹は、このスピーチを分離のための巨大な壁を建築した国家イスラエルで行った)。おそらく、シキシマの隠れ家として登場する「白い部屋」は、春樹の代表作『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』で描かれたパラレルワールドを意識して描かれたものだろう。この場面の持つ意味も、いまいち伝わりづらかった。  物語としては、シキシマのクーデターが、エレンたちの活躍でごく初期にあっさりつぶれてしまうことも疑問だった。これによってシキシマのカリスマ性や思想性にも疑問符が付いてしまった。このクーデターは、もっと物語の中核に置かれるべきだった。  まあこれは、巨人同士のバトルなんていらないよねという『進撃の巨人』を観に行く人間としては、やや特殊な部類の人間の批評でしかないが。  人と壁を巡る物語。登場人物の心の中にも、心の壁が築かれている。エレン視点では、壁の向こう側を見つけようとする青春ドラマ。シキシマ視点では、自分の中の壁に気づく「自分探し」のドラマだ。ミカサの中の壁が描かれなかったことは悔やまれる。  こうした「壁」の解釈で見えてくるものが違ってくる。観る人がどれだけ壁の意味を見つけられるか。「バカの壁」を試すような作品でもある。 ■速水健朗 コラムニスト、ライター。著書『フード左翼とフード右翼』『1995年』ほか。メディア出演『TIME LINE』(TOKYO FM隔週火曜)、『あしたのコンパス』(フジテレビ「ホウドウキョク24」月曜)、『シューイチ』(日本テレビ)、『文化系トークラジオLife』ほか。 ■公開情報 『進撃の巨人 ATTACK ON TITAN エンド オブ ザ ワールド』 全国東宝系にて超大型ロードショー 原作:諫山創(講談社「別冊少年マガジン」連載中) 監督:樋口真嗣 特撮監督:尾上克郎 脚本:渡辺雄介 町山智浩 音楽:鷺巣詩郎 扮装統括:柘植伊佐夫 出演:三浦春馬 長谷川博己 水原希子 本郷奏多 三浦貴大 桜庭ななみ  松尾諭 渡部秀 水崎綾女 武田梨奈 / 石原さとみ / ピエール瀧 國村隼 (C)2015 映画「進撃の巨人」製作委員会 (C)諫山創/講談社 公式サイト→http://shingeki-seyo.com/ 公式Facebook→https://www.facebook.com/shingekimovie 公式Twitter→https://twitter.com/shingeki_movie

関ジャニ∞ vs Kis-My-Ft2、バラエティ担当ジャニーズの軍配は? 視聴率から徹底分析

<p> 同じ7人組グループで、バラエティ色の強い関ジャニ∞とKis-My-Ft2。コテコテの関西ノリで突っ走る関ジャニ∞とSMAP・中居正広らに鍛えられたKis-My-Ft2はグループの特色もまったく異なるが、それぞれのグループが出演するテレビ番組の視聴率はどれくらい稼いでいるのか、2015年1月から9月中旬までのデータをもとに振り返る。</p>

同棲報道の嵐・大野智にファン大暴走! 交際相手の親族宅に押しかけ「売名行為やめて!」

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嵐・大野智
 ジャニオタ恐るべし。嵐・大野智が年下の元女優と同棲していることが報じられた当日の午後、なんとその元女優の親族宅に大野ファンとみられる女性2人組が現れたというのだ。  9月18日発売の週刊誌「フライデー」(講談社)で、大野は10歳年下の元女優との同棲を写真付きで報じられた。これは9月上旬、2人が岩盤浴デートを楽しんだ後、タクシーで大野の自宅マンションへ行ったというもの。記事によると、元女優は過去、ドラマ『ライフ』(フジテレビ系)や映画『リアル鬼ごっこ5』などに出演。アルバイト先の西麻布のバーで客として来た大野と親しくなり、交際に至ったという。芸能活動を休止し、大野のマンションで家事をするなどして支えているというが、大野は記者の直撃に「ちょっと自分、何も言えないっす」と話すと、慌てて去って行ったとされる。 「『嵐』の大野智、10歳年下元女優と本気の同棲愛!全熱撮」  ファンにとって衝撃のスクープとなった同誌の見出しは、水曜日には一部に知られるところとなり、発売前日にはすでに騒ぎになっていた。そのせいか、相手の女性については出演作や年齢からすぐに「夏目鈴」だと特定され、発売当日に彼女の親族宅にまで足を運ぶジャニオタがいたのである。  18日の午後、兵庫県内に住む夏目の親族のところに現れたのは、30代半ばとみられる女性2人組。玄関から数メートル離れた門の前で1時間以上もうろつき、気付いた親族が声をかけたところ「売名行為はやめてって言ってください」と叫んだという。この時点で親族は熱愛スクープについてまったく知らず、説明を求めてようやく話が理解できたとのことだが……。 「うちを彼女の実家だと勘違いしていた様子でした。私は親ではないと伝えたんですが『ウソっぽい!』とか捨てゼリフを残して去って行ったんです」(親族)  まるでストーカーばりの愚行だが、ジャニオタが「売名行為」などと言い出したのには伏線があった。夏目は昨年1月、矢口真里の元夫、中村昌也の「気になる女性」としてバラエティ番組に登場し、番組内で告白を受けるも「バツイチ、ちょっと無理なんで」と拒否。ただ、番組で夏目は「バーの店員」と紹介されるも、芸能活動歴が伏せられていたため「売名行為だ」という批判が集まっていたのだ。おそらく2人のジャニオタは、今回の熱愛スクープをそんな夏目の売名行為ではないかと思ったのだろう。  もっとも、大野の熱狂的ファンはほかでも夏目について急速な調査、追跡を始めており、彼女のTwitterなどSNSの過去発言の情報を片っ端から集めて分析。夏目が掲載した写真に写っていた人物の手が「大野クンと一致」と判断するなどして、交際時期や行動範囲の特定を進めたりしている。  ただ、大野には「フライデー」の報道よりも前の夏前から同棲疑惑が浮上していた。過去、AV女優や吉野公佳との交際が公になっている大野だが、ファンの間でもそれとは別の女性との同棲疑惑がTwitterなどでもつぶやかれていた。  大野のデビュー時からの熱狂的ファンを自認し、個人で応援同人誌まで作っている三好めぐみさん(41)によると「大野クンの自宅マンションに出入りする女性を記録して、ほかで目撃情報があったデート相手と一致した者を探し当てた人がいた」という。  芸能記者も驚くジャニオタの追跡力だが「ファンからすると『バイトの家政婦かも』って思いたかったり、記者の人みたいに無情に確定させたりはしないのでグレーなままにされていた」と三好さん。親族宅にまで現れた2人組についても「大野クン自身がハッキリ交際していると言わない限りは、売名行為説も否定できない」と肯定する。  もちろん交際を祝福するピュアな大野ファンも少なくないはずだが、アイドルの立場上は「何も言えないっす」と言うしかない大野。愛する彼女を自分のファンから守るというのは、胸中複雑だろう。 (文=ジャーナリスト・片岡亮)

予告!サイゾーテレビ【ニコニコキングオブコメディ】第136回は24日(木)22時です

小明、キングオブコメディ・高橋健一の書籍『卑屈の国の格言録』発売中! 便利な資料はこちらから! 公式メルマガ始めました! キングオブコメディのガチゆるハートウォーミングトークバラエティ『ニコニコキングオブコメディ』第136回放送は、明日23日(木)22時よりお送りします! 今回は齢45歳の高橋くんが現代のお笑いライブシーンにおける立ち位置を悩むさまをお届けしますよ。 後半のおやつでは、プラスワンイベント以来のアノ人が登場です! ●「ニコニコキングオブコメディ」アーカイブ集 http://www.cyzo.com/2010/08/post_5162.html ●サイゾーテレビ http://ch.nicovideo.jp/channel/ch3120 ●サイゾーテレビ on Twitter http://twitter.com/cyzoTV 上の動画は、前回分。
2011年10月4日に発売されたDVD『ニコニコキングオブコメディ 冗談にもほどがある!』の予告ムービーを先行ドロップ! サイゾーテレビでのぐだぐだ放送から、まさかのDVD化にいたった本作はなんと、(ほとんど)オール撮り下ろしです!
ニコニコキングオブコメディ 冗談にもほどがある! 売れてます! amazon_associate_logo.jpg
さらに、編集部では番組プロデューサーディレクターの佐藤ムー太郎さんに緊急インタビューを敢行! その様子を以下に大公開です。 ――いよいよ番組DVDの発売が明日に迫りました。いまのご気分は。  生きてるといろんなことがあるなぁ、と思っています。どきどきします。 ――番組開始当初、DVD化は想定していなかった?  してないですね。全部無料で見られるというコンセプトで始めた番組でしたし、現にアーカイブはすべて無料で公開していますので、発売元のハピネットさんからDVD化のお話をいただいたときは、正直「どうなのかね?」と思いました。 ――DVDの発売でアーカイブはどうなるのでしょうか。  そのまま残します。今回のDVDはほとんど全部撮り下ろしで、番組のトーク内容をキングの2人が検証してゆくという企画なので、アーカイブを見てからDVDを見た方が楽しめますし、DVDを見て気になった部分のトークをアーカイブで振り返ったりもできる。そういう楽しみ方ができるソフトになっています。DVDには『ニコキン』各回のダイジェスト的な説明を一覧にしたチラシを封入していますので、DVDとサイゾーテレビを行ったり来たりしてほしいですね。 ――メディアミックスですね。  そうですね、結果的にメディアミックスっぽい形になりましたね。メディアミックスってこういうことでいいんでしょうか。 ――いいと思います。では、DVDの中でオススメの検証VTRをひとつ挙げるとしたら?  やはり「高橋バカ部屋」です。あのVTRを見てたら、なぜかくしゃみが止まらなくなりました。 ――ありがとうございました。

精力もお金も潔さもなく毎朝しぼむ四十七歳

◎枡野浩一 神様がくれたインポ/第一回
「精力もお金も潔さもなく毎朝しぼむ四十七歳」

 お笑い芸人トリオ「屯田兵」から誕生日プレゼントとしてきのう貰った甘いラスクを、自分で豆から淹れた砂糖ぬきのコーヒーにひたして食べながら、これから書く文章は小説だということにしたいと私は強く思いました。

 今年の六月まで丸二年、お笑い芸人の事務所に所属して、コントや漫才に取り組んでいました。三人とも年下である屯田兵は、芸人としては先輩にあたります。一年前に彼らが誕生日プレゼントをくれたので、そのお返しをしなくてはならないと一年間思いつづけて、やっとお返しのプレゼントを持って彼らの出るライブに足を運ぶことができました。が、またもや彼らからお返しを貰ってしまった。そのお返しをする機会はいつ、つくれるだろう。それを気にしつつラスクをほおばり、ひらがなの「め」のところが馬鹿になっているボロボロのノートパソコンと格闘している私は、九月二十三日で四十七歳になる予定です。

 さっき近所の本屋で村上春樹の新刊『職業としての小説家』を買いました。大嫌いな小説家なのですが、大嫌いであることをあらめて確認したくて読みます。「あらためて」は「あらた」まで書いたら予測変換で「改めて」と出たので「改」をひらがなに変えました。

 村上春樹の新刊は字が小さかった。私はもう老眼で、こんな小さな字は読みにくい。村上春樹は私より年上だと思うのですが、いつもマラソンで体を鍛えていると老眼にもなりにくいのでしょうか。私はパソコンの画面の字も巨大になるよう設定しています。紙の資料を読むときは近視眼鏡を外し、パソコンの画面を見るときは近視眼鏡をかけます。遠近両用眼鏡を買うお金もなく、ノートパソコンも修理に出せません。「画面」と書くときは「映画面白い」と書いてから余分な字を消しました。眼鏡は「眼科の鏡」と書きました。

 なかなか本題に入らない文章だと、いらいらしている読者もいるかと思います。この文章に本題はありません。あるのかもしれませんが今はわかりません。だから小説だということにしたいと思いました。などと書くと、小説のほうがエッセイなどの文章より高級だと信じている読者のほうがこの世では多数派だから、「こんなの小説じゃない」というツッコミの大合唱が聞こえてきます。空耳で。

 実際、私が書いた『結婚失格』という小説は、「事実しか書いてないから小説ではなくエッセイだ」と評されていました。事実しか書いてないなんてこと、なぜわかるのでしょうか。どのように裏をとったのでしょうか。百歩ゆずって仮に事実しか書いてないとしても、事実ばかりをもっぱら書く「私小説」というジャンルの存在を知らないのでしょうか。

 私の書いた本で最も売れたのは『ショートソング』という小説です。一時は吉祥寺のブックオフに三カ所くらい山積みされていたほど売れました。漫画化もされました。売れなかった『結婚失格』と売れた『ショートソング』、事実と虚構の混ぜ具合は一緒くらいだと著者本人は思っています。『ショートソング』をエッセイだと言った人は全然いません。

 芸人の又吉直樹さんの小説『火花』が芥川賞をとりました。私は又吉直樹さんの作品や存在のファンで『火花』も面白かったけれど、二年前に出た本『東京百景』のほうがもっと好きです。『東京百景』は小説ともエッセイとも書かれていません。ただ「文章」と書かれていました。潔い。エッセイなのか小説なのか関係なく、すみずみまで美しい一冊です。

 物書き業に行き詰まりを感じてお笑い芸人をめざしていた私は、しかし体力と経済力が追いつかなくなって元の物書きに戻りました。最後のほうは月に二十数本のステージに立って漫才をしていました。けれどもちっとも黒字にならない。生活費を稼ぐための時間が欲しい。漫才の稽古をする小さな公園で泣きながらそう訴えた私に、相方である先輩芸人は「又吉さんは芸人をやりながら小説を書いたじゃないか」と言いました。十歳年下ながら芸歴十五年めの先輩芸人は正しいことしか言いません。大好きな又吉さんをうらみました。号泣する四十六歳の男を、公園にいた小さな子供たちが、不思議そうに見つめていました。

 その様子をもうひとりの相方がニヤニヤ笑いながらスマートフォンで撮影していました。私たちはトリオだった。自分の号泣する姿はあとで冷静に観たら笑えるかもしれないと頭の片隅で考えていました。しかしもうひとりの相方はいざというときに何もできない男で、号泣動画は一秒も撮れていなかったのでした。

 私には生き別れの息子がいます。今年十五歳になりましたが十二年ほど会っていません。『結婚失格』が文庫本になるとき、映画評論家の町山智浩さんが解説を書いてくれました。最初から最後まで全否定の解説でした。ふつうは前半でけなしたら後半でフォローするとかするのが文庫解説というものだと思っていました。町山さんを招いてのトークイベントも企画し、それをインターネット中継したら、イベントと文庫解説は大評判になりました。でもみんな解説だけ立ち読みして文庫本を買わなかったみたいです。以後の私は「町山さんに叱られた男」として広く知られています。

 枡野くんが面白い人でいたら、息子さんも会いたくなると思うよ。町山さんに言われたことをまにうけて私は芸人になろうと思いました。ほかにも理由はありましたがそれが自分の背中をいちばん押してくれた言葉です。でも無理でした。私は面白い人じゃなかった。

 又吉さんのようには才能もないし、まったく潔くない。この文章は小説なんですと、言い張りたい。なぜかというと世間の多数派の人が、小説は虚構でエッセイは実話だと思い込んでいるから、それを利用したいのです。

 実際には歌人の穂村弘さんのように、エッセイとうたっておきながら、「西荻窪」という地名を「花荻窪」という架空の地名にしたりするなど、どこまで実話なのかがわからなくなるような嘘のエッセイを書く人もいます。

 芸人の話す「実話」も半分くらい嘘です。嘘というのは言い過ぎだとしても、話が盛られ過ぎています。私は嘘が苦手です。嘘をつくなら墓場まで持っていく覚悟でつきたい。

 この文章のタイトルは『神様がくれたインポ』です。自分で考えました。数年前、酒を飲んでいるときになにげなく口にしたフレーズですが、作家の伏見憲明さんがやっている新宿二丁目のバーで、中村うさぎさんが面白がってくれたので記憶にメモしました。数年がたちましたが、私のものは今も立ちません。

 うまいこと言おうとしたわけではないです。

 いや、たまに立つ日もあってそんなときはスマートフォンで記念写真を撮るのですが、それで何が起きるわけでもなく、気がつくとしぼんでいます。写真も死んだあと発見されると気まずいので、すぐに消してしまいます。

 この文章はインターネットに掲載されます。『神様がくれたインポ』。このタイトルを背負って生きていくことができるでしょうか。息子が「本当の父親」をさがして検索したとき、最初に出てきたのがこの文章だったら。これでも私は高校の国語教科書に短歌が載っているほど現代日本を代表する歌人なのです。

 息子が高校に進学したのかどうかは知りません。進学していたとしても、私の短歌が載った教科書をつかわない高校である可能性のほうが高いでしょう。万一この文章が評判になって、私の代表作になってしまったら。単行本化してヒットしてしまい、家を建てたとしたら「インポ御殿」と呼ばれてしまいます。

 そんなリスクを負って、眼鏡をかけたり外したりして、「め」の打てないノートパソコンに向かったところで、どんな未来が待っているというのでしょう。わかっているのは原稿料が貰えるということだけです。長く書いても短く書いても原稿料は一回いくらなので、短く書こうと思っていたのにこんなに書いてしまいました。コーヒーは冷め、ラスクのかすがキーボードの隙間につまっていきます。

 この文章の発表の場をくれた女性編集長は、打ち合わせのために予約してくれた神楽坂の店で、「私の思う枡野さんのいいところは男らしくないところ。悪いところは男らしさにあこがれているところです」と言いました。

 それは当たっていると思いました。芸人になりたかったのも、芸人の世界に混じれば、いわゆる乱交パーティなどに混じれるのではないかと少し期待していたところがあったし。

 実際、私の所属していた芸人事務所の先輩かどうかは言えないし、これは小説だから関係ない事務所の話にしておきますが、ある一世を風靡した芸人さんが飲み会の席で、別のコンビの芸人さんと、男二人女一人の3Pをしたことがあると話していたことがあります。

 立ちもしないくせに乱交パーティだとか3Pだとか、検索でここに辿り着いた十五歳の君は心底あきれるかもしれない。これには長い伏線があったんだ。わかってくれなくてもいいから、続きを読んではくれないだろうか。

 私は生まれてからずっと、世間の多数派の求める「男らしさ」とは無縁だった。それゆえ「男らしさ」にあこがれてきたけれど、結局その「男らしさ」になじむことはできず挫折を繰り返し、かといって女になりたいわけでもなくて、恥の多い生涯を送って来ました。

(つづく)

吉高由里子だけじゃない! 下ネタで男の股間をウズウズさせる女性芸能人5名

【不思議サイトトカナより】
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画像は「SWITCH Vol.29 No.4(2011年4月号) 特集:吉高由里子」(スイッチパブリッシング)より引用
 女優の吉高由里子が5日、Twitterに『大人っぽい声になりたい2枚の舌早送り』というコメントと共に、舌を高速で動かす動画を投稿。まるでイジリー岡田のようだと話題になっている。  吉高といえば、昨年、NHK朝ドラ『花子とアン』の共演者である仲間由紀恵との飲み会で泥酔し、仲間に「オイっ、聞いているのか? 最近ヤッてんのか? どうなんだ?」と下ネタを連発したと報道されたことが記憶に新しい。今回のTwitterの一件で、ますます下ネタキャラに拍車がかかることが予想されるが、芸能界では意外にも下ネタ好きの女性芸能人は多いようだ。
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連続ドラマにとって“最終回”とは何か?『ど根性ガエル』最終話

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日本テレビ『ど根性ガエル』
 ドラマ『ど根性ガエル』は全10話の作品であり、当然ながら第10話が最終回となる。そして『ど根性ガエル』が最終回のテーマに選んだのは、終わることについてだ。前回ピョン吉(声・満島ひかり)と別れてしまったひろし(松山ケンイチ)は、口ではそう言わないが、少しずつ大人になろうと努力している。母ちゃん(薬師丸ひろ子)に起こされる前に起きたり、ご飯をよそってもらったときに感謝を述べるなど、その変化は小さいがここまで一切変わることのなかったひろしにとっては大きいものだ。  こういった最終回の形というのも、当然あり得るし、むしろ自然なものだと言っていいだろう。主人公が唯一無二の仲間と去って、自分だけの人生を歩き始める。それはきっと「いい話」になるはずだ。だが我々の愛するひろしは「いい話」が何より苦手な男だった。「でもやっぱおかしい」と気付き、不満を口にする。 「なんで俺が大人になるためにピョン吉がいなくなんなきゃいけねえんだよ。ピョン吉は俺のために生きてたっていうのか? そりゃ失礼ってもんだ、ピョン吉っていう生き物に対してよ」  このひろしの面倒くささが『ど根性ガエル』の最終回を特殊なものにする。面倒くささ。あるいは、ひろしは嫌がるかもしれないが、優しさと言ってもいい。ピョン吉に限らず、ひろしは、というか『ど根性ガエル』は、ある人物がドラマを進めるためだけに配置されることを許さない。全ての人物はその人生を生きていて、役割はそのあとについてくる。誰もが自分の人生を選び取ることを許されているというのが『ど根性ガエル』の世界だからだ。 「つまんねえだろうが、このまま終わりなんてよ」  ひろしのこの言葉が、『ど根性ガエル』の最終回に、一人の新たな登場人物を産む。それはひろしとよく似た男(松山ケンイチ/二役)だ。言わばもう一人のひろしが町に現れ、いくつかの事件を起こし、そして結果として彼が黄色いアマガエルの上に倒れ込むことで、ピョン吉が復活する。  ひろしとよく似た男、ひろし2号(とピョン吉が呼んでいる)は、外見だけでなく境遇もひろしとよく似ている。ただ一つだけひろしと違うのは、ピョン吉と出会わなかったという点だ。だからどこか弱々しく、ひろしのように無駄な自信や空元気は持ち合わせていない。ピョン吉と出会うことがなかったため、ど根性を持っていないもう一人のひろしを叱りつけるのは、ヒロインの京子ちゃん(前田敦子)だ。 「あんたにね。いや、今の時代に足りないのは、ど根性だよ! 分かったか!」  京子ちゃんのこの台詞でも分かるように、ひろし2号が何を象徴しているかは明らかだ。彼はただの、ひろしによく似た男ではない。我々視聴者を象徴し、具現化した存在がひろし2号だ。我々はひろし2号という登場人物の体を借りて『ど根性ガエル』の世界へと迷い込んでいる。 『ど根性ガエル』とは、カエルがシャツの中で生きるという現実にはあり得ない設定の物語だ。だから、ひろしだけが成長するという結末では、実は我々視聴者にとっては、なんの解決にもなっていない。「結局、俺たちにはピョン吉がいないから」と、よその話になってしまう。だから我々を代表したひろし2号が語られなくてはならない。ピョン吉と出会うことのなかった我々視聴者をも、『ど根性ガエル』は強引にその物語の中に引きずり込むのだ。  ひろしの母ちゃんは、自分をいらない存在だと考えてしまっているひろし2号に「生まれてきたんだから、生きてていいんだよ」と告げる。そしてその上で、こう諭してくれる。 「自分でお話を終わりにするようなこと、考えちゃダメなんだよ」  自分でお話を終わりにするというのは、つまり自己の中で何かを完結させてしまうということだ。それは「ど根性」という考え方から最も遠い行為である。居心地は確かに良いかもしれない。余計な干渉や衝突もない。だがその生き方は、少なくとも、面白くはない。終わってしまったら、面白くないのだ。だから、多少強引でも、一般的なルールに抗うことになっても、一歩はみ出してみる。自分でお話を勝手に終わらせないために。そういった決意そのものが「ど根性」と呼ばれるものだ。  そして『ど根性ガエル』の最終回もまた、お話を終わりにしない。ひろし2号は自分の元いた場所に帰っていく。これまでよりもちょっとだけバカになって。「バカになれたなら、もう大丈夫だね」という台詞が、彼の、つまりは我々視聴者の、未来を保証している。ドラマ『ど根性ガエル』が一旦の最終回を迎えたとしても、ひろし2号は生き続ける。もちろん我々視聴者も。『ど根性ガエル』が教えてくれた愛おしさや、優しさや、だらしなさや、その全てを胸の中に入れて我々は我々の生活に戻っていく。そうして我々の生活は、終わることなく、新しい始まりを続けていくのだ。  ドラマ『ど根性ガエル』は全10話をもって最終回を迎えた。それでもなお、まだ何も終わってはいない。我々視聴者の心の中に『ど根性ガエル』がある限り、『ど根性ガエル』は終わらない。バトンは我々に渡された。「ど根性」を日々の生活でくらわせるのは、今度はぼくらの番だ。 (文=相沢直) ●あいざわ・すなお 1980年生まれ。構成作家、ライター。活動歴は構成作家として『テレバイダー』(TOKYO MX)、『モンキーパーマ』(tvkほか)、「水道橋博士のメルマ旬報『みっつ数えろ』連載」など。プロデューサーとして『ホワイトボードTV』『バカリズム THE MOVIE』(TOKYO MX)など。 Twitterアカウントは@aizawaaa

パクリ度ゼロ! デザイン業界激震の独創的すぎるファッションマンガ『こっとん鉄丸』

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『こっとん鉄丸』(あおきてつお/小学館)
 東京五輪のエンブレム騒動以来、いろいろと激震が走っているデザイン業界。“この素晴らしいアートも、実はパクリなんじゃないか”と疑心暗鬼になる、悲しい風潮になってきちゃっていますよね。  とりわけファッション・アパレル業界では、そういうパクッたパクられたのトラブルは顕著のようで、どこぞのファストファッションブランドがシャネルをパクッただの、エルメスとそっくりだの、ボタンの数が違うだけだの、そっくりなようだけど素材が違うから別物だのと複雑怪奇な様相を呈しています。  しかし、今回ご紹介する『こっとん鉄丸』では、まったくその心配がありません! どう考えても完全オリジナル、独創的すぎてドン引き! 誰もパクろうとする気すら起こらないレベルに達しているデザインが次から次へと飛び出してきます。パクッて当たり前の今の時代に強烈なメッセージを投げつけてくる、オリジナリティあふれるマンガなのです。 『こっとん鉄丸』は1987年から「週刊少年サンデー」(小学館)で連載された、少年誌としては珍しいファッションデザイナーマンガです。一見、少年マンガでファッションを語られてもあまりニーズがなさそうですが、バトルの要素を巧みに取り入れ、しっかり少年マンガとして成立させています。  主人公の山田鉄丸は、世界一のファッションデザイナーを目指す少年。原宿を舞台に、いろんな有名ショップや悪徳デザイナーに難癖をつけてファッション勝負を挑みます。他人様のファッションに文句をつけて勝負を挑むぐらいですから、主人公の鉄丸は相当なファッションセンスを持っているに違いありません。いったいどんなおしゃれボーイが主人公なのか?  鉄丸のファッションは、スウェットに横並びにプリントされた巨大な2つのチェック柄の胸ポケット。ズボンにも胸ポケットと同様のチェック柄の巨大膝パットがあてがわれ、ズボンの裾はしっかりとソックスの中にインしているという、独創的すぎる服装。こんなの、パリコレでも見たことありません。  オシャレなのかダサいのか判断がつかない(というか、世間一般的な感覚だと超ダサい)謎ファッションに身を包んだ鉄丸が、原宿で大暴れ。道行く原宿の若者のファッションに、いきなりイチャもんをつけ始めます。 鉄丸「ははーん。これからナンパしに行くんだね?」 若者「そんなの、お前の知ったことかよ!」 鉄丸「ぷぷぷっ! 悪いけどそのまんまじゃ、誰も寄ってこないかもね」  初対面なのに失敬すぎるセリフを放ちつつ、いきなり若者のコーディネートをし始める鉄丸。 鉄丸「ほいっ、できあがり!!」 …じゃじゃーん 鉄丸「ジーンズのすそは絶対ロールアップしたほうがいいよ!」 若者の友達「へーっ! なかなかいいじゃん。カッコよくなったぜ!」 若者「そ、そうか…」  鉄丸のドヤ顔で繰り出されるファッションアドバイス。確かに、ファッションのトレンドは時代とともに変わるもの。今まさに2015年、一回りしてロールアップがカッコいい時代が来つつあります。でもそれを踏まえた上でも、やっぱり全体としては実に微妙な感じに仕上がっております。これはパクれない!  さらに、このマンガはお役立ちファッションマンガ的な側面があり、鉄丸のファッションアドバイスコーナーがちょいちょい挟まれています。参考のために、いくつかご紹介しましょう。 ・国旗のプリントが今年のトレンド ・麻のジャケットはツータックのチノパンと合わせるのがオシャレ ・素足にスニーカーを履くことを強く推奨 ・いつもの服に「ワッペン」をつけるだけでオシャレ服に  などなど、さらに解けにくい靴ひもの通し方、モテるネクタイの結び方、デニムの色の落とし方、靴を買ったらまず防水スプレーをしろ、いま持っている服のボタンを付け替えるだけで途端にオシャレに、等々の明日から使える実践的アドバイスてんこ盛り。実践的なのに、なぜか真似したくないオシャレアドバイスが満載です。  ファッションバトルのハイライトはなんといっても、「ルフォーレ原宿」のショップ出店権をかけて有名ブランド「ヒューマンズ」とジャケット対決をするストーリー。それぞれのブランドのジャケット100着を先に完売したほうが勝ちという単純明快なルールとなっています。  鉄丸と敵対する有名ブランドのパーソ……もといヒューマンズは、ソ連からの直送ルートで格安の麻を手に入れ、普通なら4万円は下らないジャケットを1万5,000円で売るという戦略です。そう、価格のリーズナブルさも勝負のポイントなのです。  一方、鉄丸は麻のコストに頭を悩ませます。そこに妙案が!「コーヒーの麻袋を使えば、タダ同然じゃないか!」えー! 何言ってんの、コイツ?  しかも、麻袋にプリントされたコーヒーのロゴをデザインとしてそのまま利用。 「このスタンプって世界各地のものでしょ? 見てるだけでも夢があるじゃない?」  どう考えても間違った方向のポジティブさで、トントン拍子に話が進んでいきます。 そして、最後はボタンの選定です。コーヒーの麻袋にベストマッチなラフなボタンとは……? 「これだぁ、これだよ!」 なんと、コカ・コーラのフタをボタンにする鉄丸。いや、それはさすがにラフすぎでは? あまりにも貧乏くさ…… 「遊び心満点ね!」 ……ものすごいポジティブさで、ついに鉄丸の麻ジャケットが完成しました。コーヒー豆の麻袋のジャケットにコーラのフタのボタン。そして、着心地を重視して虫取り網の網を裏地に使うというナイス工夫! これでなんと1,000円という、GUもビックリの低価格を実現! ヒューマンズの1万5,000円に対し、1,000円。価格差が歴然すぎます。しかも、センスには定評のある鉄丸デザイン。ジャケット勝負は(デザインではなく)圧倒的価格差で、見事鉄丸が勝利したのでした。  そのほかの対決も、鉄丸の先鋭的すぎるデザインにより負け知らず。さすが世界一のファッションデザイナーを目指すだけのことはあります。  そんなわけで、ユニクロもギャップもしまむらもブッ飛ぶ、超ファッショナブルなマンガ『こっとん鉄丸』。みなさんもぜひ本書を読んで、モテるファッションのコツをマスターしてください。 (文=「BLACK徒然草」管理人 じゃまおくん<http://ablackleaf.com/>)