伝説的バイオレンスアクションの続編がついに公開!『GONIN サーガ』『岸辺の旅』

gonin0924
(C)2015『GONIN サーガ』製作委員会
 今週取り上げる最新映画は、東出昌大主演のスタイリッシュなバイオレンス娯楽作と、黒沢清監督が第68回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門で監督賞を獲得した話題作。テイストは異なるが、「死」を通じて「生」を見つめ直す機会を与えてくれる、ポジティブなパワーを秘めた2作品だ。 『GONIN サーガ』(9月26日公開)は、石井隆監督が手がけた伝説的バイオレンスアクション『GONIN』(95年)の続編で、前作の登場人物の息子たちを中心に描く新たな物語。社会や組織に適応できない5人組が暴力団・五誠会系大越組を襲撃した事件から19年。五誠会は若き3代目・誠司(安藤政信)が勢力を拡大し、襲撃で殺された大越組若頭の久松の息子・勇人(東出)は、母の安恵(井上春美)を支えながら真っ当に働いていた。だが、19年前の事件で殉職した警官の息子・慶一(柄本佑)がルポライターを装い安恵に接近したことがきっかけとなり、新たな襲撃と凄惨な殺し合いの幕が開く。  ゾクゾクするような男たちの色気と破滅の美学を、石井監督が鮮烈に描く。東出のほかに、桐谷健太、土屋アンナ、『ウルヴァリン:SAMURAI』(13年)の福島リラら人気若手俳優も出演。前作の出演陣からは、殺し屋役の怪演で存在感を放つ竹中直人、俳優を引退したが今作限りの復帰を果たし、執念の演技で圧倒する根津甚八のほか、鶴見辰吾、佐藤浩市も、少ない出番ながら世界観の再構築に貢献した。人物の相関関係がかなり複雑なため、前作を未見の場合はDVDやネット配信などで観賞しておくと、熱い絆とダイナミックな激突を一層楽しめるだろう。 『岸辺の旅』(10月1日公開)は、湯本香樹実による同名小説を黒沢清監督が映画化した究極のラブストーリー。夫の優介(浅野忠信)が失踪してから3年がたち、妻の瑞希(深津絵里)は喪失感を抱えながらもピアノを教える仕事を再開した。だがある夜、突然帰ってきた優介は「俺、死んだよ」と告げる。かつて旅したきれいな場所を再訪したいという優介に誘われ、瑞希は2人で旅に出る。失踪からの3年間に優介が世話になった人々を訪ねる旅を通じて、互いの深い愛を再確認する2人だったが、旅の終わりが近づきつつあることにも気づいていた。  実体化した亡夫に連れられ妻が訪れる3つの旅先で、いずれも「死」にとらわれた人々との関わりが描かれる。つまり、彼岸との近さを意識させられる此岸(しがん)の旅を通じて、「死者とともに生きる」ことの意味を問いかける作品。夫婦や家族をつなぐ愛、死者を大切に思う感情、ささやかなユーモアを前面に出した作りだが、ホラーを多く演出してきた黒沢監督らしく、映像や効果音の控え目な仕掛けを伏線として張り巡らせており、細部まで見逃せない。浅野の超然とした存在感、深津の感情を抑えた演技が素晴らしく、小松政夫、蒼井優、柄本明らとのミニマルなアンサンブルも味わい深い。しみじみと深い余韻を残す、大人向けのファンタジーだ。 (文=映画.com編集スタッフ・高森郁哉) 『GONIN サーガ』作品情報 <http://eiga.com/movie/80548/> 『岸辺の旅』作品情報 <http://eiga.com/movie/80556/>

山口組分裂を予告していた引退組長たち――話題の書『血別』に見る7年前のクーデター未遂の反省とは?

ketsubetsu0821.jpg
『血別 山口組百年の孤独』(サイゾー)
『血別――山口組百年の孤独』(太田守正著/サイゾー刊)を手にしたのが8月中旬、7月からの暑さに身体がこたえる真夏だった。そして当の山口組の分裂を耳にしたのは同書を読み終え、興味を惹かれたページをめくり返している8月下旬だった。  元山口組直参の侠客・太田守正氏が記していた六代目山口組の矛盾、すなわち本部による物販や人事問題などが噴出する形で、すでに離脱(処分)者たちは神戸山口組という新組織を結成したという。ただし、山一抗争の時のような流血の抗争となっていないのは、暴対法などの法整備がすすんだ甲斐もあってか、さいわいなことだ。  六代目山口組の主流派・弘道会と反主流派となった山健組・宅見組の内部対立は、太田氏が批判した『鎮魂』(盛力健児著、宝島社刊)にもすでに明らかで、やはり派閥対立が解消しないまま、ここに立ち至ったのであろう。その意味では太田氏と盛力氏の本は分裂を予告し、導火線になったかのような印象である。  いっぽう、ただちに抗争が起きなかった事実とあわせて、今回の分裂劇がほとんど事前に漏れなかったという驚くべき事実である。おそらく離脱者たちの計画のうちに分裂劇は行なわれ、大量処分を生んだ7年前のクーデター未遂の反省のうえに、用意周到に行われたからであろう。ヤクザも学習能力・反省能力があるというわけだ。  その反省という意味では、盛力氏の先行書よりも、太田氏のほうが数等すぐれている。ヤクザの精神年齢は親分と呼ばれる人ほど無邪気で、たいがいにして悪ガキの気分を残したままだが、太田氏のそれは老成しない無邪気さを残したまま、だからこそ失敗や難事にも清新に向き合うところに共感が抱ける。盛力氏の自己を省みない態度、鼻につく自慢げな言説とは好対照だ。われわれ堅気の者が訊いてみたいのは、ヤクザの反省や経験に裏うちされた、年輪と風格のある言説なのである。  それにしても今後、六代目山口組と神戸山口組が相互に存在を認め合うのか、認め合わないまでも抗争に至らなければ、暴力団抗争史に新たな一ページを刻印することになるかもしれない。いったん流血の抗争になれば、抗争を暴力団の組織的な業務とみなす判例があるので、いまや民法の使用者責任で組長が逮捕・訴追される。銀行口座や保険、ゴルフ場にも入れない、いわば身分差別の暴対法のもとで、新しいスタイルの組織運営がなされるのであれば、それはとても物悲しく、しかし本来の任侠的共同体の姿を宿しているのかもしれない。  利益共同体ではない、相互扶助と親和的な共同体、そして擬似家族的な血の結束である。太田氏がいう「血別」とは、それでは彼の絶望だったのだろうか。いや、われわれは血の別れの向うにある、あたらしい共同体のあり方を知りたいのである。 (文=高輪茂/作家) ※太田守正氏のインタビューはこちら http://www.cyzo.com/2015/08/post_23441.html

ラグビー日本代表、南アフリカへの勝利に沸く芸能界に現れた大物の祝詞

ragubi-main.jpg

――毒舌コラムニスト・今井舞が、話題のアノ人物やアノニュースをズバッとヒトコトで斬り捨てる!

◎なべやかんも経験者
 南アフリカに劇的勝利で盛り上がったラグビーワールドカップ。今のところ三日天下だが。ブームに乗り遅れるなと、マネジャーやってた桐谷美鈴、小学校の頃部活でやってた嵐・櫻井翔と、芸能界でも針小棒大に関わりを自己申告。「高校時代ラグビー部」という一点突破で現地応援団長に送り込まれた舘ひろしのにわか感たるや。

Gカップグラビアアイドル十枝梨菜が、ポロリどころじゃない!? 出ずっぱりだって!?

TMBT1752a
 Gカップグラビアアイドルの十枝梨菜が、6枚目のDVD『ナーリーエンジェル』を発売し、東京・秋葉原で記念のイベントを行った。  4月にグアムで撮影したという本作。大好きなグアムで初めてオフをもらい、南の島を満喫できたという。詳しい内容についても聞いてみた。 ――内容を教えてください。 「みんなで旅行に行く予定だったのが、ドタキャンで気になる彼とふたりっきりになってしまうというお話です。山に登ったり、プールに行ったり、お風呂に入ったりと、いろんなシーンがあります!」
TMBT1758a
TMBT1754a
TMBT1762a
TMBT1773a
――オススメのシーンは? 「パッケージにもなっているシーンは、わきが大きく開いたタンクトップだけで、ポロリどころじゃなく出ずっぱりでした(笑)。ハウススタジオの前の路上で撮影したので、通行人がこないかヒヤヒヤしっぱなしでした!」 ――印象的だったシーンは? 「登山のシーンです。グアムはドロドロの赤土なんですが、そこでビキニで寝そべったりして、泥が入ってくるんです(笑)! それでも格好良く撮ってもらっているので、ぜひチェックして下さい!」  現場で一番評判がよく、スタッフに褒められたのがキスシーンとこのと。プライベートで披露するチャンスは最近ご無沙汰ということ。また、最近オジサン好きになってきたとの笑撃の告白で、集まったファンを安心させたり喜ばせたりしていた。 十枝梨菜 オフィシャルブログ「ナーリーSTYLE」 <http://ameblo.jp/rina19akr/

「専業主婦は仕事じゃないのか」という差別的な問いへの答え

私と沙世は、今、いくつかの出版社と仕事をしています。
今日は、つい先日、その中のひとつの出版社の男性編集者と原稿のやり取りをする中で、その方の女性差別をはっきり感じ取った話をします。
(イビサの話はまた今度)

その原稿は、一夫一妻制の日本社会の中で、試行錯誤しながらポリアモリー(責任ある非一夫一妻制)というライフスタイルを築き上げたことについてのものでした。
一夫一妻制の結婚をするかしないか迷い決断を下した私の体験を書いている重要な節の中で、私は、「恋愛やセックスとは別の理由でも、私は結婚を迷っていました。私は、自分にはやるべきことがあるとずっと思っていたのです。そのやるべきことは、専業主婦ではなく、使命のように思えるものや、仕事のようなものでした」と書いていました。

この部分に対して、男性の編集者が「『専業主婦は仕事じゃないのか』とクレームが来そうですが」と指摘してきたのです。
私は、絶句しました。こんな古風な差別発言をする人が、マスメディアの内部に未だに存在するとは思ってもいなかったからです。(化石かと思いました!)

もしかすると、この発言が、なぜ差別にあたるのか分からない人もいるかもしれませんので、説明しますね。

◎仕事は契約であり、自分で決めるべきもの

「専業主婦は私の仕事です」と、専業主婦をしている本人が言う。これは正当な意見です。本人がそれを仕事だと思っていれば、それがその人の仕事です。
ですから、仮にそのままの原稿を掲載したとして、読者から「専業主婦は仕事じゃないのか」と疑問を綴る投書があったとしても、これは私へのクレームではありません。個人的なモチベーション、個人的な体験に基づいた個人の価値観を語っているものです。

しかし、その読者からの投書が「専業主婦を仕事とみなさない著者の価値観はおかしい、改めるべきだ」という内容の「クレーム」となると、話は別です。そのクレームは女性差別になります。

クレームをつけるということは、私の個人的なモチベーション、個人的な体験に基づいた「専業主婦は“私の”仕事ではない」という価値観を否定しているわけです。
つまり、「専業主婦を自分の仕事だと思うべき」「専業主婦がこの世に必要不可欠な仕事だとみんなが思うべき」と言ってきていることになります。
「女が無償の労働にのみ従事する生き方(仕事としての専業主婦)をするのは当然のことで、それが女の仕事だ」ということを言っているわけですね。これは、私への意見ではなく、女性全体への差別意識の発露です。編集者がそのクレームを想定して「書き方を変更した方がいいのではないか」と提案することは、女性差別を容認することになります。ですから私は驚き、呆れたのです。

何を自分の仕事と思うのかは、人それぞれ異なります(当たり前のことです)。それは、ひとりひとりが自由に選んでいいものです。また、自由に表現しても構わないものです。女がみんな専業主婦を自分の仕事だと思わなければならないなんて、そんなことは決してありません。

ましてや、専業主婦が仕事だということは、主婦業が仕事だということとは異なり、それを専門にやることまでが仕事だということ。
なぜ、それを専門にやることまでが仕事だと言われなくてはならないのか。

仕事とは、契約に基づくもの。そして、その契約が独占契約なのかどうかは、仕事をする側が自分で決めていいものです。通常、独占契約であるなら、他の仕事を断るということで、相応の対価が求められます。そうしたことを含めて、専業主婦を仕事とするのかどうかは、ひとりひとりの自由となります。

◎無償労働がなければ成立しない社会は、おかしいのではないか

また、「専業主婦が必要不可欠な仕事かどうか」という問いについても、ひとりひとりが自分の意見を持っていて構わないものです。
専業主婦という役割がない社会システムでうまくいっている社会もたくさんあります。
(昔の日本でも、女は、農業やその他の家業を手伝っていていました。今でいう、専業主婦のような存在はとても稀でした。)

多様な社会システムがあり得る中で、「専業主婦という仕事を必要不可欠だと思わなければならない」という強制は、女性差別にあたります。

(もし同時に、専業主夫という仕事も必要不可欠だとみんなが思わなければならないと強制するのであれば、それはある意味、男女平等と言えます。しかし、それもまた、男女差別ではない、新たな差別を生み出す考え方です。専業主婦や専業主夫といった、無償で労働する存在がこの世に必要不可欠であるということは、無償の労働を強いられる存在がいても仕方がないということになるからです。)

もし、差別的な発言がクレームとしてきたとしても、クレームを受け入れる(つまり、差別に屈する)必要はありません。逆にそうした発言に対しては、こちらからクレームを投げ返しても良いのです。

繰り返しますが、「専業主婦は仕事じゃないのかとクレームが来そう」と私と沙世に言ってきたのは、男性の編集者でした。専業主夫という無償労働を経験した人間ではありません。本音を打ち明けてくる専業主婦がたくさんいるような立場でもありません。専業主婦の本音や鬱屈を知らないからこそ、「専業主婦は仕事だろう」なんて呑気な発言ができるのでしょう。

「専業主婦は女の仕事だ」。21世紀の今、まだそんなことを呑気に言っている男たちがいるなんて、おかしくて笑いがこみ上げてしまいます。

「だったらあなたたち男は、仕事としての正当な対価や、仕事以外の時間の完全な自由を女たちに与えてきましたか? そんなこともせずに、『専業主婦は女の仕事だ』と言うなんて、それは、アメリカ南部の奴隷制社会で、白人たちが黒人奴隷をタダでこき使っておきながら、『これが君たちの仕事だ』と言っていたのと、そう変わらない」と私は言い返します。

専業主婦は女の仕事だと言うのなら、まず、仕事としてきちんと契約し、正当な報酬を与え、仕事以外の時間の完全な自由を与えてから言ってほしいものです。

2ちゃんねるの書き込みならまだしも、マスメディアの内部にいる男たちがこうした差別発言を悪びれもせずに積極的にしているのですから、このままだと、日本の女の未来はとても暗いでしょう。

実は今回、男性編集者から、女性やマイノリティに対する侮辱的な発言を、他にもたくさんされました。
例えば、私が「こどもの親はふたりでは足りません」と書いた文章に対して、「見守る人はという意味ですか? 親は親なので……」という指摘をされました。
私はその前の文章で、父親がたくさんいる社会について書いていました。血の繋がっている人だけを親とする考え方は、とても差別的です。
例えば、アンジェリーナジョリーとブラッドピット夫妻は、これまでも養子を迎え入れてきて(実子もいます)、先日はシリアの難民孤児を養子にすることも明らかになりましたが、その難民孤児にとっては、血の繋がった両親も、アンジェリーナジョリーとブラッドピットも親となります。

これらの差別発言の数々に対し、私と沙世が苦情を言うと、この編集者は、「自分は一線級の著者と仕事してきたプロの編集者として言っている」と返してきました。
この返答に、またまた私は絶句しました。

日本に、恋愛の分野で一線級の著者はいません。今流行している恋愛は基本的にすべて、西洋文化からの輸入モノです。オノヨーコは、世界の恋愛の第一線を押し進めたアーティストですが、基本的に国外での活動でした。(注:エロは別ですね。日本のエロはオリジナルが多く、昔から世界の第一線でした。タコと女がまぐわう江戸時代の春画などは未だに世界の第一線です。)
沙世は、「一線級とは、ジャック・アタリ(図説「愛」の歴史 の著者)級のことを指す。そして、私たちもその一線にいる」と言いました。私も同感です。

結局私たちの抗議や質問はスルーされました。そこで、私と赤坂沙世は、知人たちとも相談し、今回、messyでこの件について、ほんの一部を書くことにしました。

ちなみに、私と沙世の周りには、「専業主婦は女の仕事」といった考え方をする化石のような男はほとんどいません。私の恋人たちは皆、家事が得意です。彼らはおいしいご飯をつくってくれます。自然栽培農法をしている知人らから直接購入しているオーガニック野菜を調理して、みんなで食べています。自分たちのことを自分たちでやるのは、当たり前のことですね。

■赤坂“ユニコ”菜生/テトラヒドロン人間関係研究所所長。日本におけるポリアモリーコーチングの第一人者としてPolyamory JPを運営。
■赤坂沙世/活動家。モデル、フォトグラファー、様々なアートディレクションを手掛ける。世界各国で活躍中。

キスマイ藤ヶ谷と熱愛の瀧本美織「ソニー損保CM」降板でファンも本人も悲鳴! 出演番組激減で……

takimoto.jpg
スターダストプロモーション公式サイトより
 25日、ソニー損害保険の新しいイメージキャラクターに、現役女子高校生で新人女優の唐田えりかが起用されたことがわかった。  ソニー損保のCMといえば、2009年から6年にわたり女優の瀧本美織が起用されていた。このCMで彼女の存在は世間に知られることになり、翌年の朝の連続テレビ小説『てっぱん』(NHK)主演で一気に知名度を上げた。最近ではリズムに乗った瀧本が「自動車保険の更新なら~ソニー損保」と歌声を披露する同CMも流れていたが、突然の降板となってしまった。好評を博していたはずだが……。 「瀧本のCMが好評だったのは間違いありません。ただ、やはり今年6月に発覚したジャニーズアイドルグループ・Kis-My-Ft2の藤ヶ谷太輔との熱愛が降板の理由でしょうね。清廉さがウリの瀧本がジャニーズと熱愛ということで、イメージに多少なりとも傷がついたのは確かです。広告を出す側としても、よりフレッシュに違いない唐田えりかのほうがふさわしいと判断したんでしょうね。選択としては特に不思議ではありません」(芸能関係者)  ネット上でも「やっぱりな」「熱愛じゃ仕方ない」などの声が多く上がっている通り、今回の降板はある程度予測できたことなのかもしれない。ただ、それ以上に多かったのが「あのCMに癒されていた」「好きだったから残念」などの名残惜しいという悲痛なコメント、そして「他の仕事なんかやってるのか?」と瀧本の今後を心配する声だった。 「最近の瀧本は『アナザースカイ』(日本テレビ系)でのMCを除けば単発ドラマに時折出演する程度。明らかに露出は減っています。瀧本のイメージは良くも悪くも“普通の子”ですから、他の個性的な女性芸能人と比較して、インパクトに欠ける部分はあるのかもしれません。ダンスユニットのメンバーとして芸能界デビューしたこともあり、歌も踊りもハイレベルなんですが、いかんせん地味。現在はガールズバンド『LAGOON(ラグーン)』でボーカルも務めているものの、特に大きく取り上げられることはなく……。少し、迷走している印象もありますね」(同)  瀧本の大人しくかわいらしいイメージがマッチしていたからこそ、ソニー損保のCMに長く起用され続けてきたのは疑いようのない事実。だが、すでに自身を象徴するコンテンツは失われている。残る『アナザースカイ』も、短期間で女性MCが変更される番組であり、彼女にとっては今がまさに“正念場”なのかもしれない。  一瞬注目を浴びながら、いつの間にかテレビで顔を見かけなくなる芸能人は星の数だ。願わくば、瀧本にはなんとかこの苦境を乗り越えて活躍を続けてほしい。

韓流アイドルにどハマりのニート義姉。同居生活にコリゴリして追い出し作戦を決行!

【作品名】「韓流フォーバーにご用心」(前編) 【作者】藤森千夜子『ご近所の悪いうわさ』

【作品紹介】夫家族と同居中で、パートをして家計を支えてるいる私。家から一歩も出ないニート義姉に毎日こき使われてヘロヘロ……。このままじゃいけない! と、義姉追い出し作戦を決行してみたけど……。

【サイゾーウーマンリコメンド】「32歳、無職、韓流アイドルにどハマリ中」という義姉のスペックに、親近感覚えすぎて胸が痛くなる人もいるでしょう(っていうか自分)。でもでも、私は他人の金を巻き上げて神席に大枚払うなんて暴君じゃないし~~と心で言い訳しながら、怖いもの見たさでつい読み進めてしまいます。

「世界一稼ぐモデル」ジゼル・ブンチェンが、8万円超えの高額写真集を発売!

<p> 世界一稼ぐモデルとして知られるブラジル出身のスーパーモデル、ジゼル・ブンチェン。ドイツ系ブラジル人夫婦のもとに誕生し、双子の妹を含む5人姉妹にもまれながら育ったジゼルは、14歳でモデルとしての活動を開始。16歳でニューヨーク・ファッション・ウィークのモデルを務め、注目されるようになった。</p>

赤江珠緒は12年間、毎朝何を思っていたのか? テレ朝『モーニングバード』(9月25日放送)を徹底検証!

WS000474wb.jpg
『たまむすび』(TBSラジオ)公式サイトより
 9月25日の放送をもってテレビ朝日『モーニングバード』が終了した。4年半続いた番組の終了であり、もちろんそれ自体がトピックのひとつではあるが、より大きな意味合いがここにはある。前番組『スーパーモーニング』がスタートした2003年6月30日から12年以上、朝の顔を務めてきた赤江珠緒の卒業である。9月25日の『モーニングバード』最終回でも、「全力で駆け抜けた12年」として、これまでの彼女の足跡がかなりの時間を割いて紹介された。  近年、TBSラジオ『たまむすび』で素のキャラクターが人気を集める赤江珠緒。『モーニングバード』の最終回でも、一緒にタッグを組んできた羽鳥慎一が「残念」という言葉を使うほど、共演者にも、またスタッフにも愛されている。確かに「子どもの頃に虫取りへ行き、パンツの中にセミを入れて帰った」というお茶目なエピソードや、それを公共の電波に乗せてしゃべってしまうといううっかり具合など、人間として魅力的なのはわかる。だがそれだけが、彼女の愛される理由ではない。  それではなぜ、赤江珠緒はこれほどまでに愛されるのか? その答えは『モーニングバード』の最終回で紹介された、彼女のこれまでの足跡に詰まっている。 <あまりにも素直すぎる感情表現>  とにかく、感情表現が豊かだ。豊かというか、驚くほどに素直である。大人なのだし、しかも情報番組のキャスターなのだから、普通であれば表情を装うものだろう。だが赤江珠緒は決してそうしない。自分の感じた思いを、そのままの形であっけらかんと表に出してしまうのだった。  例えば、レスリングの吉田沙保里選手にインタビューをした際。父親に肩車をしたあの名場面を再現してもらおうということで、赤江珠緒は吉田沙保里に肩車をしてもらう。それはまあ、わかる。だが、肩車をしてもらった瞬間、彼女の口から出た一言が実に赤江珠緒らしい。 「わー、うれしい! やったー!」  そう言って赤江珠緒は、両手を挙げてガッツポーズをするのだ。いやいや、何もやっていない。だが、おそらく赤江珠緒の頭の中には自分を見つめる大観衆が見えていたのだろうし、歓声も聞こえていたのだろう。まるっきり子どもだ。しかしこの素直すぎる感情表現が、彼女が多くの人から愛される大きな理由のひとつであることは間違いない。 <対象への真摯な向き合い方>  キャスターである赤江珠緒は、多くの取材対象と出会うことになる。それら一つ一つの対象への向き合い方が、とにかく真摯だ。東日本大震災が起こった直後に陸前高田市で出会った方と今でも交流があり、節目ごとに訪れているというエピソードは、まさに彼女ならではだろう。真摯であり、そこには一切のウソがない。言葉や行動のすべてにおいて、しっかりと地に足がついているのだ。  あるいは、「別に……」発言でバッシングを受けた沢尻エリカへのインタビューもそうだ。騒動後、沢尻エリカにとっては初めてのインタビュー。少しでも欲があれば、そのバッシングの流れに乗るか、あるいは過度にフォローするなどして、良いコメントを求めるというのが人の業だ。しかし、赤江珠緒はそうしない。真摯に沢尻エリカと向き合い、彼女の言葉をただ素直に聞き、そして瞳に涙をためてこう言うのだった。 「いろんなことを言われるだろうし、本当に複雑な立場だと思うけど……。つらさっていうのは、その人にしかわからないと思うんですけど……。頑張ってくださいね」  取材時期を考えれば、沢尻エリカに対してこんなに寄り添った言葉をかけられる人間はそうはいないはずだ。おいしくしようとすれば、いくらだっておいしくできる状況なのだから。だが、赤江珠緒にはそういった欲そのものがない、というかそういった欲よりも、目の前にいる対象への真摯さが優先される。だからこそ、彼女の言葉はまっすぐに、視聴者の胸へと届くのだろう。 <「伝える」という行為そのものへの信念>  彼女はこの12年間、さまざまなニュースと出会ってきた。もちろん、いいニュースばかりではない。素直な感情と、そして対象に真摯に向き合う赤江珠緒であるからこそ、悲しいニュースに対して深く傷つくことも一度や二度ではなかったはずだ。それでも彼女は、12年間、テレビの前の視聴者に対して「伝える」という仕事を続けてきた。それは間違いなく、信念がなければできないことだろう。 『モーニングバード』の最終回で、赤江珠緒は視聴者に向けて最後に感謝の気持ちを述べた。少し長くなるが、引用させていただきたい。 「本当にあの、いろいろと至らない点もあった司会者だと思いますが。毎朝毎朝ですね、全国津々浦々の皆さんにですね、『おはようございます』と挨拶できる仕事を、12年間もやらせていただけたことは本当に幸せでした。皆さんの朝が、これからも明るくて、そして素敵なものになりますように、お祈りしています。本当に、本当に、ありがとうございました!」  この素晴らしい言葉に、赤江珠緒の信念と、そして彼女の魅力がそのまま詰まっている。「おはようございます」と挨拶できる仕事。赤江珠緒は12年間、毎朝そう思って視聴者と向き合ってきたのだった。彼女が朝の顔でなくなってしまうのは、やはり寂しい。だが赤江珠緒の思いと信念は、きっとこれからも、後へ続く者へと伝わっていくのだろう。 【検証結果】  最後の挨拶が終わってからも、赤江珠緒は笑っていた。これでもかというほどの涙を瞳にたたえてはいたが、それでも笑顔を崩すことなく、最後までえくぼを見せていた。涙を拭くことは一度もなく、俯いたり顔をそむけたりもせず、視聴者に笑いかけていた。人は泣いていても、笑うことができる。それはおそらく赤江珠緒が、12年間もの間ニュースと向き合うことで知った、素晴らしい真実であるに違いない。 (文=相沢直) ●あいざわ・すなお 1980年生まれ。構成作家、ライター。活動歴は構成作家として『テレバイダー』(TOKYO MX)、『モンキーパーマ』(tvkほか)、「水道橋博士のメルマ旬報『みっつ数えろ』連載」など。プロデューサーとして『ホワイトボードTV』『バカリズム THE MOVIE』(TOKYO MX)など。 Twitterアカウントは @aizawaaa

“時かけ”に匹敵する新ヒロインが銀幕デビュー! シュールな日常生活『徘徊 ママリン87歳の夏』

haikai_movie01
『徘徊 ママリン87歳の夏』に主演したママリンこと、酒井アサヨさん。本人は映画に出ていることをまるで理解していない。
 時空をさまようタイムトラベラーを主人公にした『時をかける少女』は、原田知世が主演した実写映画版、仲里依紗が主演した劇場アニメ版&実写リメイク版、それぞれが高い人気を誇っている。繰り返し繰り返し、何度も視聴されている。そんな多くの人たちに愛されるタイムトラベルものに、新たなるヒロインが加わった。大阪府在住、87歳になる酒井アサヨさん、通称ママリンはドキュメンタリー映画『徘徊 ママリン87歳の夏』の中で、過去から未来へと一方通行で流れていく時間の川を遡行して、少女時代や青春時代へとタイムトラベルしていく。ただし、タイムトラベルはママリンの脳内だけの出来事なので、周囲の人間には彼女がどの時代を旅しているのかは定かではない。そのことから珍妙なやりとりが生じる。  ママリンこと酒井アサヨさんは奈良県でひとり暮らしをしていたが、2006年に認知症と診断され、08年から長女・酒井章子さん、通称アッコちゃんが暮らす大阪市北浜のマンションに身を寄せている。この親子の日常生活のやりとりが不謹慎ながら爆笑を呼ぶ。 ママリン ここはどこなの? 刑務所? アッコ 刑務所ちゃうよ。私の家だよ。 ママリン あっ、そうなの? よかったぁ。で、あんたは誰なの? アッコ 私は章子。あなたの娘ですよ。 ママリン えっ、本当に? あなた、アッコ姉ちゃんなの? えらく大きくなりすぎましたなぁ……。で、ここはどこなの?  認知症を患う母と介護にいそしむ娘とのやりとりは、本人たちの身になれば到底笑えないはずなのだが、あまりにも息のぴったりと合った親子漫才か不条理劇を観ているようで、試写会では度々笑いの渦が起きた。  認知症や介護を題材にしたドキュメンタリーと聞くと、陰鬱な内容を想像して身構えてしまうが、本作ではママリンとアッコちゃんのとってもシュールな日常生活が、この親子に対する的確な距離感や考え抜かれた画角、緩急をつけた編集によって一種のエンターテイメントとして映し出されていく。2人の間をのんびり行き交う2匹の飼い猫も画面に和みを与えている。本作を撮ったのは神戸在住の映像作家・田中幸夫監督。前作『凍蝶圖鑑』(14)は性的マイノリティーたちを主題にしたドキュメンタリーだったが、世に言う“変態さん”たちが集まるパーティー風景がまるで現代のユートピアのように描かれていた。田中監督は「僕は美しいものにしか興味がない」と語っていたが、本作もその言葉にふさわしい作品となっている。田中監督とママリンの出会いは、その『凍蝶圖鑑』がきっかけだった。
haikai_movie02
アッコちゃんに見送られて、ママリンはデイサービスへ。アッコちゃんが自由を満喫できる大切な時間だ。
 田中監督「大阪で『凍蝶圖鑑』の公開記念プレイベントをやることになって、大黒屋ミロに連れていかれたのが、アッコちゃんがオーナーをしているギャラリー兼自宅マンションだったんです。アッコちゃんとビールを飲みながら、『私、認知症の母がいて、介護してんねん』みたいな話を聞いていたら、そこにデイサービスからママリンが帰ってきて、あの絶妙な会話劇が始まったわけです(笑)。そのやりとりは親子の繋がりを感じさせ、僕にはとても美しいものに感じられた。僕は正直、認知症や介護そのものには関心がないんです。それよりも、片方が壊れてしまったとき、もう片方はその関係をどう維持していくのか、腹の括り方に興味があったんです」  当然だが、アッコちゃんとママリンは一緒に暮らし始めてすぐにベテラン漫才師のようなボケ&ツッコミを体得したわけではない。ママリンを引き取ってから半年後、デイサービスを利用するようになり、ようやく息をつけるようになった。それまではアッコちゃんも壊れてしまいそうなほど、ハードな日々が続いた。ママリンは体調がいいときはニコニコしているが、ささいなことで怒り出すと、暴言を吐き、暴れ回り、手が付けられなくなる。目を離すと深夜でも早朝でもマンションを出て、徘徊を繰り返す。介護に追われるだけの生活から脱しようと、フリーの編集者&ライターでもあるアッコちゃんは「本にでもせんと元がとれんわ」と4年前からママリンの徘徊記録を残すようになり、またママリンの言動に、ときにツッコミを入れることで笑いに変え、ときに距離を置いて静かに見守るようになった。  ママリンは頻繁に「ここはどこ? もう家に帰らないと」という言葉を口にする。アッコちゃんはその度に「ここは北浜にある私のマンション。6年前から一緒に暮らしているんだよ」と説明するが、会話が終わってしばらくすると、再び「ここはどこ? 家に帰る」とループする。アッコちゃんが「どこに帰るの?」と尋ねると、「門司に帰る」という。北九州の門司は、ママリンが生まれ育った街だ。どうやら両親のもとで暮らした少女時代にママリンの脳内はタイムスリップしているらしい。激昂しているときのママリンは施錠されたマンションのドアを「ここから出せ」とドンドン叩く。ママリンにはこのマンションが少女時代に戻ることを阻む刑務所みたいに映るのだろう。カメラはじっと、その様子を捉え続ける。ドンドンドン、ドドンドドン。いつしか、ドアを叩く音がリズムを刻み始める。『無法松の一生』(43)で知られる小倉の夏祭り・祇園太鼓を模したものだろうか。87歳の老女から生まれ育った故郷への想いが溢れ出す様子は、スクリーン越しに観ている我々もせつない気持ちにさせる。ドアを開けたママリンは、今はもういない両親と暮らした故郷を目指してテクテクと歩き出す。 でも、途中で道が分からなくなり、街をグルグルと回り、迷子になってしまう。ママリンは両親の温もりを求める小さな小さな少女へと変わっていく。アッコちゃんは離れた場所から黙って見守っている。  田中監督によると、その日やそのときによってママリンがタイムトラベルする時代は異なるらしい。「8割は少女時代を過ごした門司の家に帰りたがっているみたいですが、ときどき大阪の下町で看護士として働いていた時代に戻っていることもあるようです。当時はママリンにとって新婚時代であり、アッコちゃんがまだ小さかった頃でもあるんです」と田中監督は説明してくれた。門司の実家を出たママリンは大阪の診療所で見習い看護士として働き始め、やがて正看護士となり、結婚&出産。その後、奈良で暮らすようになったが、1998年にご主人は他界し、その後はひとりで暮らしてきた。両親の愛情に包まれた少女時代、やりがいのある仕事を見つけ、新しい家庭を築き上げた青春&新婚時代にママリンの心は引き寄せられていくようだ。
haikai_movie03.jpg
体調がいいときは、近所の喫茶店で一緒にお茶を楽しむ。お店の人もママリンの症状を理解し、徘徊に気づくと声を掛けてくれる。
 地元・関西地区ではすでに上映が行なわれ、ママリンはアッコちゃんと一緒に舞台あいさつに上がった。大阪での舞台あいさつの2度目はママリンの機嫌が悪く、スクリーン裏で親子ゲンカになったが、京都での舞台あいさつは体調もよく、お客さんたちの前で元気に童謡「浦島太郎」を歌ってみせたという。脳内トラベラーが時のうつろいに翻弄された浦島太郎の童謡を歌うなんて、なんとシュールなことか。  不謹慎ついでに夢想する。もしかして、ママリンは周囲の人たちが分からないだけで、本当にタイムトラベルしているのではないだろうか。少女時代や看護士時代もやはり不安や辛い目に遭ったはずだ。地面にしゃがみこみたくなるようなこともあっただろう。でも、そんな若かった頃のママリンの前に、朗らかに笑う老婦人が突然現われる。どこか見覚えのある、優しいその笑顔は「大丈夫よ。あなたは87歳になって、実の娘と漫才師みたいなボケ&ツッコミを毎日やるようになるのよ」と伝えている。若き日のママリンがその笑顔に勇気づけられて起き上がると、もう老婦人は姿を消している。2014年の世界でアッコちゃんがママリンの帰りをずっと待っているからだ。 ママリン ここはどこなの? アッコ 私とママリンが6年前から一緒に暮らしている家だよ。 ママリン えっ、本当? よかったぁ。  愛しくも、せつない日常生活をカメラは記録していく。 (文=長野辰次) 『徘徊 ママリン87歳の夏』 監督・撮影・編集・製作/田中幸夫 出演/酒井アサヨ、酒井章子、2匹の猫  配給/風楽創作事務所、オリオフィルムズ 9月26日(土)より新宿K’s cinema、横浜ジャック&ベティほか全国順次公開 (c)風楽創作事務所 http://hai-kai.com