山崎賢人、『ヒロイン失格』『orange』ほか“少女漫画の実写映画”に出まくりのワケ

yamazakikento_syasin_edited.jpg
『山﨑賢人メモリアルBook「Scene♯20」』(KADOKAWA/角川マガジンズ)

 ドラマ『デスノート』(日本テレビ系)でL役を務めた若手俳優・山崎賢人が、昨今人気少女漫画の実写化ばかりに起用されていると、ネット上で指摘され、話題になっている。

 山崎といえば、今年4月放送のNHK連続テレビ小説『まれ』で、主人公・希の相手役を務めて注目を集め、一気に人気若手俳優に。その一方、昨年4月に剛力彩芽主演で公開された映画『L・DK』をはじめ、9月19日公開の『ヒロイン失格』、12月公開の『orange―オレンジ―』、そして来年公開予定の『オオカミ少女と黒王子』など4作品の少女漫画原作の実写映画に出演し、世間から「カッコイイとは思うけど、さすがに見飽ちゃう」「出ている人が同じだと、どれも同じ映画に見えちゃう」など批判的な声が相次いでいる。

沢尻エリカ、離婚後は魅力激減!? 水原希子に“女王様キャラ”を奪われてしまったのか

sawajiri1127.jpg
 沢尻エリカ出演の「24hコスメ」新CMが11日から放映開始され、「相変わらずかわいい!」と称賛する声が上がる一方で、「ホウレイ線、修整で消したのか?」などと、否定的な声もネット上では飛び交っているようだ。 「2009年にスターダストプロモーションとの専属契約が解消され、しばらく活動休止した後、12年に公開された映画『ヘルタースケルター』で本格的に女優復帰し、映画は大ヒットを記録。劇中で大胆なヌードを披露するなどして、日本アカデミー賞優秀主演女優賞を受賞し、復帰成功を印象付けました。しかし、プライベートでは13年に高城剛との離婚が成立。その後はマスコミへの対応などでも妙に円くなり、かつての女王様キャラの面影はなく、魅力が激減したという声も聞かれます」(芸能関係者)  07年、主演する映画『クローズド・ノート』の舞台挨拶で、司会者からの質問に対して「別に……」などと不機嫌そうな態度をみせ、世間から大バッシングを浴びた沢尻。だが、その女王様然とした態度が一部のファンを熱狂させていたことも事実だ。しかし今は、『ヘルタースケルター』で共演したこともある水原希子にお株を奪われてしまったという声も上がっている。 「インスタグラムに股間のアップ写真などを投稿して、世間から批判を浴びても意に介さないところや、舞台挨拶などで大物女優気取りで立ち振る舞う姿が、かつての沢尻の姿を彷彿とさせます。水原が“女王様キャラ”を完全に奪ってしまったと見る沢尻ファンも多いようですね」(同)  しかし、女優としての力量を見る限り、まだまだ沢尻の方が抜きん出ているといえそうだ。映画『進撃の巨人 ATTACK ON TITAN』でも、一部のファンからは演技を酷評されている水原だが、この先、女王様キャラだけでなく、演技力でも沢尻のお株を奪えるほどの女優となれるのだろうか?

事故物件サイト「大島てる」に川崎中1殺人事件等を聞いてみました

反響が大きいので前回に続き、事故物件を公示するサイト「大島てる」の運営者の大島学さんに質問をしてみました。

Q サイトを拝見したところ「川崎市観音2-8-1」という住所に、中学生殺害事件の加害者の自宅が事故物件として載っていたのですが、これは事故物件にあたるのでしょうか?・・・(続きは探偵ファイルで)

多摩美・佐野研二郎、腕時計の盗作疑惑はその後どうなった?新事実が判明

東京五輪のエンブレムの盗作問題が物議を醸した、多摩美術大学教授の佐野研二郎氏。騒動の過程で様々な盗作疑惑が浮上したが、真偽や詳細が不明なままとなってしまったものもある。その一つが、腕時計のデザインの酷似が指摘されたという問題だ。・・・(続きは探偵ファイルで)

斬鉄剣!!! Ver.2◆呪いを断ち切れ!~藁人形~

「“あぶない探偵”というコンテンツをやってるのですが、なにかリクエストありますでしょうか?」と訊いたところ、「藁人形を斬ってください!」というリクエストを、尾行ゲームで優勝したあねもね様よりいただきました。
な、何故に藁人形を!?そんなことをしたら呪われてしまうのでは??・・・(続きは探偵ファイルで)

看護婦が素性を隠して実の母親を死ぬまで看病

自身を養子に出した母親に素性を隠して9年間も看病し続けた看護婦がいるという。英バーミンガム出身のフィリス・ウィットセルさんは4歳の時に里子に出され、実の母親は自身が幼い頃に他界したと聞かされていたという。「実の母親を探し出すということは常に頭の中にあったんです」「でも大人になり、自分も家族を持つようになって初めて実現出来ました」と語る。 しかし見つけ出した母親は精神状態が不安定で暴力的なアルコール中毒だったそうで、ウィットセルさんは母親に自分が里子に出された子供だと告げることなく1981年から1990年に母親が74歳で他界するまでの9年間、いち看護婦のフリをして世話をし続けたそうだ。

ワーカホリックだったつんく♂が「ジョンとヨーコみたいに」変わった理由『だから、生きる。』

 今年4月、声帯摘出手術を受けたことを公表したつんく♂(46)が、新潮社から書き下ろしの自著『だから、生きる。』をリリースした。そこに綴られていたのは、ワーカホリックな音楽人間だった過去、妻と出会い子供を持ったことで変化した自身の現在。長時間労働が未だ当然視される働きすぎ国家・日本の、老若男女すべてに読んでほしい「生き方論」である。 ◎薬にどっぷり依存していた20~30代前半  そもそもつんく♂は、どんな仕事をしている人なのか。化粧をして派手な衣装でステージに立つバンド「シャ乱Q」のヴォーカルとして、1992年7月にメジャーデビュー。94年にリリースしたシングル「上・京・物・語」と「シングルベッド」でジワジワ売れ始め95年の「ズルい女」で大ブレイク。第46回NHK紅白歌合戦に出場、ミリオンヒットを連発、97年には主演映画『シャ乱Qの演歌の花道』が公開されるなどまさにスター状態だった。しかしその時期にはもう、「少しずつ人気に陰りが出ている」と敏感に察知したつんく♂は、新たな一手としてアイドルのサウンドプロデュースに乗り出す。それがモーニング娘。およびハロー!プロジェクトだ。  シャ乱Qが軌道に乗るまでのおよそ3年間は、バンドメンバーたち自ら機材車を運転して地方へライブ営業へ行き、終わるとまた機材を積んで帰り、衣装をクリーニングに出してまた地方へ――合間に突発のラジオ出演などをこなし、もちろん曲作りやレコーディングもする。がむしゃらに働くつんく♂は、ベッドに入るのが明け方になる日も増え、効率よく睡眠をとるべく睡眠導入剤を利用するようになり、その後も長年にわたって服用していたという。  「ズルい女」のヒット以降は、自分たちで車を運転することも電車に乗ることもなくなり芸能人然とした生活になっていったが、曲作りと作詞、レコーディング、ライブツアーを精力的におこない、「仕事以外のことは頭にない、というような毎日」。半年に一日休みがあればいいくらいだったという、まさにワーカホリックだ。「朝までスタジオで作業をして、そのまま新幹線に飛び乗り、移動時間にちょっぴり眠るだけで、地方でライブなんてこともざらだった」。もちろん過酷なスケジュールに体は悲鳴を上げる。胃痛や頭痛などの症状に合わせて薬や点滴で対処し、なんとか乗り切っていたのだという。それで自己管理、体調コントロールが出来ていると思い込んでいた。  ではバンド活動をセーブし、アイドルたちのプロデュース活動に打ち込んでいた頃の生活はどうだったか。そもそもアイドルプロデュースとはどういう仕事なのか、よくわからない人が多いのではないかと思われるが、その説明も本書は親切だ。まずつんく♂は音楽家なので、彼女たちが歌う曲作りを行う。多いときは年間100曲以上を制作。彼のスケジュールには「作曲のため」に割り当てられる日があり、たとえスランプでも「作曲日は、一日に最低でも一曲は書き上げる」ことを守っていた。アレンジャーへの指示、レコーディング時のミュージシャンやエンジニアへの指導、アイドルたちへの歌唱指導に、仮歌録音。アイドルたちの歌声を録り終わってからコーラス録音、そして録音した声や楽器などをコンピュータで編集する作業を経て、仕上げのトラックダウン作業に自ら取り掛かる。それは時間がいくらあっても足りないだろう。モー娘。が「LOVEマシーン」の大ヒットで一気に国民的スターと化した99年からの3年間は、「記憶が飛ぶほど仕事ばかりしていた気がする」とつんく♂は述懐する。  モー娘。に関しては「本当に一から十まで自分で仕切っていた」というつんく♂。5期あたりまでのメンバー選出なども彼自身が決定権を持っていたという。しかしハロプロのユニットが増えるにつれて、すべてをつんく♂がトップダウンで決めるには規模が大きくなりすぎた。同時に、俳優業や執筆業にも進出し、常に頭が冴えていて布団に入っても眠れない。やはり睡眠導入剤もしくは酒が手放せなかった。つんく♂はヒットメーカーとしてチヤホヤされ、移動は常にカーテンを閉め切った車の後部座席、引越しの手配も事務所のスタッフがしてくれ、「しまいには自分がどこに住んでいるかさえ分からなくなった」「箱の中で暮らしているような感覚」と当時を振り返っている。  これほど徹底して仕事人間、完璧主義の職業人だったつんく♂だが、やがて仕事漬けの生活を脱する。変えたのは、結婚と出産だった。 ◎つんく♂のレボリューション  つんく♂は2006年に婚約、結婚。しかしこの頃、体調は最悪だったという。原因不明の蕁麻疹と頭痛。医者にはしょっちゅう世話になり、強い薬とサプリメントでなんとか痒みを抑えていた。尋常でない量のサプリを飲みまくっていたそうだ。だが人の名前が覚えられなかったり直前の記憶を忘れてしまったり、記憶力にも異変を感じていた(結局、検査の結果、脳に異常はなかったのだが)。そしてつんく♂は一念発起し、ケミカルな薬やサプリメント、化学調味料をなるべく体外に排出しようと試みる。妻の協力の下、日本全国から様々な天然素材の調味料や美味しい米を取り寄せて食生活を改善していった。  健康不安を支えてくれた妻への感謝と愛情は日に日に膨らみ、独身時代であれば競馬や麻雀、スポーツジムに費やしたであろう空き時間を、すべて妻と過ごす時間に充てるようになっていったつんく♂。際限なく行っていた仕事の効率も、どんどん良くなっていった。そして、結婚から一年後に夫婦は双子を授かる。双子とあって、母体も胎児も健康管理が重要。出産予定日の一カ月前から安静のために入院した妻のために、つんく♂はなるべく16時までに仕事を終わらせ、手作りの食事を病室に届けていたという。土鍋で炊いたご飯におかず数品を病室に持ち込み、妻が喜んで食べてくれる姿を見ることが何よりうれしかったそうである。シャ乱Qの、そしてハロプロ総合プロデューサーとしての当時のつんく♂のイメージからは想像もできないほど甲斐甲斐しい。  そもそもつんく♂は亭主関白な性格であるうえ、「ロック歌手なんだから」との理由でなるべく所帯じみない、ライブに家族は連れて行きたくない、自分でスーパーマーケットにも行かない、カッコつけの生活を志していた。繰り返すようだが、もし仕事関係のスタッフが「彼女の誕生日なんで早く帰りたい」と申し出ようものなら“大説教大会”をするほど、仕事第一、音楽最優先の人間でもあった。しかし妻のうれしそうな顔を見るたび、どんどん彼自身が変わっていき、ライブにも家族を招くようになる。そして妻とは「ジョン・レノンとオノヨーコ」のような関係になりたいと考えるようになっていった。  さらにつんく♂は、双子が誕生したことで、育児に疲れ果て痩せ細ってしまった妻と、「夜は、大人ひとりにつき、子供ひとりの面倒を見ること」を約束し、実行する。これはさんざん、彼の公式ブログでも書いてきたことだ。お湯を入れたポットや粉ミルクと哺乳瓶、替えのオムツを枕元に用意して子供と就寝し、泣かれるたびにミルクを調乳して与え再び寝かしつける。もうこの頃には、それまで抱いていた「女は家を守って、男は外で働く」という役割概念が馬鹿らしくなっていた。これを「僕の革命だ。人生レボリューション!」と綴っている。子育てを「手伝う」のではなく、積極的に関わることに決めてからは、早い時間に仕事の打ち合わせを設定するなどして生活も夜型から朝型にあらため、朝食を子供たちと一緒にとり、夜も極力早く寝たいと思うようになった。独身時代の章と比べると、ここまで一人の人間が変われるものか――と、驚かずにはいられない。2011年の次女誕生時には、育児休暇も取得している。 ◎あなたはどう生きたいのか  現在、ハロプロの総合プロデュースから退き、リハビリ生活を送るつんく♂。といっても、作曲家としての活動は継続しているし、ブログでも書いているように「人生をいかに楽しく充実したものに出来るか。そして、家族と共に有意義な人生を歩むか」前向きに進んでいる。声帯を除去したため、作曲の際にメロディを口ずさむことも鼻歌や口笛を鳴らして録音することも出来ないが、「ギターやキーボードを手元に置いて、頭の中のイメージを、確認しながら曲にしていく」新しいやり方に慣れようと努力していることを、NHK番組『NEXT 未来のために「“一回生”つんく♂ 絶望からの再出発」』で明かしている。  この本『だから、生きる。』が世に出ることで、少しでも多くの人々が、体調の異変を感じた時に検査など医療機関を受診するようになってほしい。医師に「おかしいところはない」と診断されても、自分自身が「でもやっぱり不調だ」と感じたならその感覚を信じてセカンドオピニオンなり、サードオピニオンを受けてほしい。一度きりしかない人生をどう生きるかは自分次第だが、選択できる環境にあるのならば、悔いのない選択をしてほしい。全編にそうした想いが綴られている。同時にこの本から迫ってくるメッセージは、やはり彼から家族への感謝の言葉だ。200ページ以上ある同書のあらゆるページから、いかに家族が支えとなったか、どれだけ妻と子供たちを愛しているかが伝わってくる。ここまで愛されて、つんく♂の家族がうらやましい、つんく♂の娘に産まれたかった! とすら思ったり……。  貴方が新卒そこそこの若者でも、定年間近の中年でも、そして働き盛りといわれる30~40代でも、ほんの2時間程度、時間を割いてこの本を読んでみてほしい。自分自身を見つめなおし、どう生きたいかを考える貴重な機会を同書は与えてくれるだろう。 (清水美早紀)

国民はもうSMAPに興味なし? SMAPの4人が結婚できない酷な理由

0916smap_main.jpg
――芸能記者兼・テレビウォッチャー加藤が「なんかヘンだよ、この芸能人。このテレビ番組、ちょっとアレじゃない?」と感じた時に書くボヤキコラム  9月6日、『ヨルタモリ』(フジテレビ系)のゲストに香取慎吾が登場した。香取は番組で、「(共演者の)連絡先をもらわないし、番号もあげない」と明かしていた。以前も香取は『笑っていいとも!グランドフィナーレ』(フジテレビ系)で、「つよぽん(草なぎ剛)がタモさんちに行ったりするのすごくうらやましかったです。僕、携帯の番号を教えたりするの苦手な人で…」と告白している。  他者との交流を図ることをあまり好まない香取だが、彼の闇はこれだけにはおさまらない。2006年5月に放送された『おしゃれイズム』(日本テレビ系)では、「よく黒いウサギを描く」と打ち明け、「飼っているわけではないんですけど、部屋にずっといて見えるんですよ。絵を描いたら見えなくなりました」と悪寒が走りそうな説明をしていた。  また、SMAPでダークサイドを抱えているのは香取だけではない。ここ数年、SMAPそれぞれの暗部が露わになっている。草なぎメンバーは2009年に酔っぱらって全裸でご乱行。また稲垣メンバーは2001年に駐車違反の反則切符を切った女性巡査の制止を振り切って逮捕された。さらに、稲垣メンバーは今年3月に、謎の半同居人「ヒロくん」の存在を公開している。  さらに9月3日のラジオ『岡村隆史のオールナイトニッポン』(ニッポン放送)では、中居リーダーの財布を預かることが多いという友人の存在が明るみになった。岡村が「仕事、何をしている人なの?」と聞くと、中居は「何してるかわかんないんだよ。金を貸してるんだ」と意味不明の返答をしたそうだ。  とりあえず、木村キャプテンは置いておいて、アラフォー5人中4人が独身のSMAP。2010年の国勢調査によると、35から39歳まで男性未婚率が30.9%で、40歳から44歳までは27.9%だ。SMAPはどちらかというと世間的にマイノリティな人たちによって構成されたグループだといえる。  私事ではあるが、先日、大学の後輩の結婚式に行ってきた。それは30代同士の結婚で、参加者のほとんどが既婚者だった。そんな中、40代独身男性の先輩がひとりではしゃいでいる。グループ内での中心的人物であった先輩はエレベーターの中でつぶやいた。「皆はオレに何を期待しているんだ」。誰もリアクションをしなかったため、40歳の私は失礼ながら思わずこんな返事をしてしまった。「誰もあなたに期待してないですよ」。考えもせずに出てしまったこの言葉を、そっくりそのままSMAPさんにも投げかけたい。  団塊ジュニアのSMAPさんは1987年に起こったブラックマンデーの翌年に結成。バブルが崩壊し、失われた20年と言われた時代に、歌、演技、笑いなど各種エンターテインメントを提供してきた。そして、そんな日々を送ることに自身たちがかっこ悪かったと感じていたとしても、『がんばりましょう』と歌い続け、国民的スターで国民的アイドル、国民のお兄さん的グループという立場を担ってきた。  でも、もういいじゃないですか。そんな大きいものを担おうとしなくたっていいじゃないですか。『がんばりましょう』と呼びかけなくても、それぞれ勝手にがんばっていますよ。そういうのはもう、後輩の嵐さんに任せればいいじゃないですか。先輩の少年隊みたいに自然な感じでメインストリームから降りていけばいいじゃない。途中脱退した森且行さんみたいに、アイドルからテイクオフして結婚して子どもつくればいいじゃない。自分だけの幸せを見つければいいじゃない。40代独身だらけのSMAPにそんな期待をするのは酷だし、国民はもう、SMAPにそんな期待を寄せていないんじゃないかと思うんです。  ってなことを、TOKIO・国分太一結婚の一報を聞いたとき、感じたのでした。 (文=加藤宏和)

光宗薫、ベッドシーンで見せた微笑みの破壊力 姫乃たまが『ピース オブ ケイク』の濡れ場を考える

20150826-peace-03th_.jpg

8月25日に開催された『ピース オブ ケイク』記者会見にて、ベッドシーンについて語る光宗薫

【リアルサウンドより】  いつかテレビで見た、アイドル然としていない女の子の姿を思い出していました。 「元AKB48の光宗薫が映画で濡れ場に挑戦していますが、同じアイドルとしてどう思いますか」と、聞かれたからです。男性への媚びを感じさせまいとする態度が、禁欲的で逆に魅力的だった彼女。中性的な印象から、濡れ場がイメージできません。  しかも「同じアイドル」と言っても、こちとら人前で歌うのが本業なのに、ライターを兼業してなんとか活動している程度の地下アイドルです。彼女と自分を同列に考えられるわけもなし、どういう気持ちだったのかなあ、撮影どうだったのかなあ、程度の、凡庸な好奇心しか湧きません。  当連載はそんな地下アイドルが、映画の“濡れ場”についての感想を綴っていくものです。  ジョージ朝倉原作の「ピース オブ ケイク」は、多部未華子が演じる25歳の主人公、梅宮志乃と彼女をとりまく同世代の男女の「等身大の恋愛感覚」(と、パンフレットに書いてあるのですが、流されるがまま異性と関係を持ってしまったり、恋人のいる異性にダメ元で告白したり、恋人のケータイから勝手にリダイヤルして怒ったり等々……のことのようです)が描かれた作品です。下北沢のほか、阿佐ヶ谷、高円寺などの中央線沿線を舞台に撮影されています。  光宗薫の濡れ場は、恋人役である綾野剛との絡み、それから少しだけお隣さんである主人公の家に漏れる喘ぎ声の演技があります。後者は誰とも絡まない状態で、正座して音声だけ収録したことが取材で明かされており、現場を思うとシュールな恥ずかしさがあります。  絡みのシーンはほとんど布団に覆われているため露出は多くないのですが、時折、画面に現われるすらりとスレンダーな手脚や、低めの喘ぎ声は中性的で、特別に性的な欲求が掻き立てられることもなく、彼女の毅然としたイメージは保たれたままでした。唯一、ギャップがあったのは「どうやってやったら気持ちいい?」と聞いたあと、掛け布団の中に潜り、綾野剛の股間に顔を寄せてから、さっと顔を出して「いってもいいのに」と、いたずらに微笑んだ瞬間でした。あの可愛さはなんというか、見てはいけないものを見たようなドキドキがあったのです。
20150807-cake2 .jpg

同作では、多部未華子と綾野剛もラブシーンを演じている

 AKB48から離れて3年ほどたった今もなお、元アイドルと称されがちな彼女ですが、ベッドシーンはアイドルから脱皮する過程に感じられました。あのいたずらな笑顔は、テレビで見かける彼女の毅然とした態度、雑誌で見かける中性的な印象の写真とは違って、プライベートだとこんな風なのかな、と思ってしまう生々しい愛らしさがあります。  ちなみに元アイドルということで彼女の濡れ場ばかり話題になっていますが、今作では主演の多部未華子さんの方が肌の露出も濡れ場も多いです。しかし、最近はアダルトビデオの女優さんも細いなあと思っていたのですが、映画女優さんって本当に細いですね……。 ■姫乃たま(ひめの たま) 地下アイドル/ライター。1993年2月12日、下北沢生まれ、エロ本育ち。アイドルファンよりも、生きるのが苦手な人へ向けて活動している、地下アイドル界の隙間産業。16才よりフリーランスで開始した地下アイドルを経て、ライター業を開始。アイドルとアダルトを中心に、幅広い分野を手掛ける。以降、地下アイドルとしてのライブ活動を中心に、文章を書きながら、モデル、DJ、司会などを30点くらいでこなす。ゆるく、ながく、推されることを望んでいる。 [HP] http://himeeeno.wix.com/tama [ブログ]姫乃たまのあしたまにゃーな http://ameblo.jp/love-himeno/ Twitter https://twitter.com/Himeeeno

人気は一瞬だった! 業界人が名指し、ブレイクしたのに“賞味期限”が切れたタレント

<p> 2015年上半期のテレビ出演本数女性部門1位に、タレントの小島瑠璃子が輝いた。その本数は半年で226本と、ほぼ1日1回は姿を見ている計算になる。小島のこの露出についてある関係者は、「完全に矢口真里のポジションを奪いましたね。VTRを見るときのリアクションの良さから、一時期ワイプ女王とも呼ばれるほどバラエティ番組に引っ張りだこだった矢口でしたが、例のスキャンダルで芸能活動を自粛。復帰後もイメージが回復せず、もはや凋落。その隙間に、小島がうまく入った形になっています」と語る。</p>