離婚裁判中の高橋ジョージが妻子に捧げる『ラブソング』が気持ち悪すぎる!

 タレントの三船美佳(32)が8日、イタリア映画『カプチーノはお熱いうちに』の試写会に出席した。三船は夫でバンド「THE虎舞竜」のボーカル、高橋ジョージ(57)と離婚裁判の真っ最中。東京家庭裁判所で7月に行われた非公開の弁論手続き後はじめて、公の場に現れたことになる。裁判で三船は高橋との離婚と、10歳になる長女の親権を求めているが、依然として非公開の手続き中であり、また訴訟記録にも閲覧制限がかかっていることから、その進展具合を第三者が伺い知ることはできない状態となっている。  というわけで、この試写会には離婚情報の進展具合を知りたいマスコミが押しかけたが、イベント主催側から「離婚関係の質問はNG」との事前注意が出たという。それでも三船は自ら、映画のストーリーになぞらえて「人生は乱気流。あちらの飛行機も無事着陸してほしいと思います。私も私で無事に着陸できればいいかな」と、メディアが記事にしやすい発言を敢えてサービスしていた。  さて、離婚裁判の第一報では、高橋による三船へのモラルハラスメントが大きく報じられた。仕事を終えて三船が帰宅すると、自宅で待ち構えていた高橋が「お前は人間としての価値もない」「生きていく資格もない」「お前が生きているのは、オレのおかげ」などと罵声を浴びせ、時には朝まで説教を続けて眠らせない……というものだ。これを高橋は否定しているが、裁判ではこのモラハラについて争われる可能性が高いだろう。  そんなデリケートな状態にありながら、高橋は4日放送の『ぴったんこカン・カン』(TBS系)に明るくゲスト出演。ドラマ『美女と男子』(NHK)で演じた役名で劇中歌の「ハローマイラブ!/ふたり~One Day」を発売したため、そのプロモーションの一環でのバラエティー出演だ。高橋はなんと、この「ふたり~One Day」という曲が、三船との現状や家を出て行ってからの気持ちを歌ったものであることを明かした。  もう長女に1年以上会えていないが、同居していたころ、テレビで高橋が「ロード」を歌っている映像を見た娘が、「この歌もいい歌なんだけど、もっとワーッと踊りたくなるような、パーッと忘れて明るい歌を書けないの?」と言われたことがあり、別居後にその言葉を思い出してこの歌を作ったのだという。離れていった家族への思いを歌った「ふたり~One Day」の歌詞は全編通して高橋の“愛”がほとばしる内容となっている。 「OneDay 君の愛を OneDay 今感じる OneDay こんな夜に OneDay 君はいない」 「君の事を想い 空を見上げれば」 「恋しいよ 会いに行きたい 掴んだ夢のかけら 見せてあげたい」 「愛しいよ 飛んで行きたい 一人よりも二人の 愛が欲しい」  このような具合で、未練しか伺えない。そもそも曲名である「ふたり」が高橋と三船なのか、高橋と長女なのか、三船と長女なのかは分からないが、高橋が今も愛する家族のところに“飛んで行きたい”と思っており、家族からの“愛が欲しい”と思っていることは間違いなさそうだ。  これにはネット上ですぐさま拒否反応が多く書き込まれており、「これってもしかしてストーカー?」「もう自由にしてやれよ べたべた女の監視ばっかしてるから仕事なくなるんだ」「ふった女にしてみりゃ、こんな歌キモい以外の何物でもないだろ」などなど。この歌に感動したという声は皆無で、不気味がる声ばかりである。そもそも“歌をプレゼントする”という行為自体が、たとえ蜜月の時期においても若干引いてしまうものであるのに、離婚裁判となっている相手にこのような歌詞を送るとテレビで公言したのであるから、三船当人としてはドン引きなのではないか。  「ふたり~One Day」は後半部分こう続く。 「たとえ今 宇宙の果てに 引き裂かれても 迎えに行くよ そんな安い愛じゃないだろう 過去も現在も未来も結ばれている」  離婚裁判でいわば三行半を突きつけられた格好にも関わらず“迎えに行くよ”との勘違い。三船が気の毒である。頼むから離れてあげてほしい。  芸能界において高橋は、THE虎舞竜での「ロード」大ヒットによる『世紀の一発屋』、そして三船との結婚による『おしどり夫婦の夫の方』という立ち位置であり、今後、三船と離婚する事で、おしどり夫婦としての活動が不可能となる。正式な離婚成立後は『バツイチ芸能人』としてバラエティーで活動する腹を決めているのかもしれないが、現段階でメディアを使いまくって家族への愛情をここまで表現するのは“未練がましく自分勝手な男”とお茶の間にアピールしているにすぎない。ネットのコメント通り、他人にストーカーじみた印象を与える行為なので、裁判でも不利にはたらくかもしれない。結局、別れたがっている家族の心象を一切考慮できない高橋の振る舞いは、離婚裁判においても、今後の自身の芸能活動においても、マイナスになってしまうだけではないだろうか。 (ブログウォッチャー京子)

マスコミが語る憂鬱「AKB48のTV出演が減らないワケ」

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※イメージ画像:『第4回AKB48紅白対抗歌合戦』AKS
 “会いにいけるアイドル”として売りだされ、今や国民的アイドルとまで謳われるほどの地位を確立させたAKB48。彼女たちの出演番組を見ていると、本当に多種多様な番組に出演していることがわかる。  このような状況は現場が希望していることなのか、またはAKB48側が希望しているのか、それとも何かしらの裏事情があるのか。業界関係者に話を聞いた。 「AKBメンバーたちは叩かれることも多いですが、需要はあります。そのため、番組サイドから出演のオファーをすることも多いです。最近では、指原莉乃が重宝されており、多くの番組が彼女を出したがっていますね。しかし、マイナーなメンバーに需要があるかといえば皆無です。そういう子が出ている場合には間違いなくバーターですね」(テレビ番組プロデューサー)  バーターとは、とある人物を出す代わりに、同じ事務所やグループのメンバーを出演させることをいい、業界では多く見受けられる手法だ。これがAKB48にもあるというのだが、指原莉乃はひとりで番組に出ていることも多く、バーターがあるようには見受けられない。 「あからさまなバーターをして、同じ番組内にマイナーメンバーも出演させてしまうと叩かれるため、同じ放送局内で番組をまたぎバーターが行われているんです。たとえばフジテレビのある番組に指原莉乃を出した場合、同局の別番組にAKBのマイナーメンバーを出すというような形です。表向きにはバーターに見えないようにしているので、『どうして、ここに?』というような番組にAKBメンバーが出ているわけです」(同)  たしかに、これでは気づかない。このようなバーターは多いのだろうか。 「最近はかなり依頼されますね。番組が欲しいのはあくまでもメジャーなメンバーなのですが、必ずマイナーメンバーのバーターが付きまとうので、その消化に困っているスタッフもいますよ。たまにたくさんのゲストを呼ぶ番組などで女性出演者が決まらないようなときには、ここぞとばかりにマイナーメンバーを消化するために使うこともあります。それでも消化できないと、夜中の番組に出したり、誰が喋ってもいいようなナレーションに起用したりして、消化しています」(同)  “消化”とはなんとも悲しい表現だが、事務所としてはマイナーメンバーも売り出したいわけで、このような“まとめ売り商法”も仕方ないのかもしれない。  しかし、まとめ売りということで言えばテレビ局には同じような事例が他にもあるという。 「テレビ局は映画会社から映画の放送権を買うことがありますが、人気になった映画の場合、その作品単体では売ってもらえないんです。マイナーな映画もついてきて10本セットなどで買わされることがほとんどです。ほしいのはあくまでも1本だけなんですが、そのために残り9本も買わなきゃいけないんです。しかも、買ったからには放送しないといけないわけですから、真夜中や早朝などに無理やり流しています。AKBのマイナーメンバーも、同じような状況ですね。『なんで、この番組にAKBが出ているのか』と思う場合は、たいていが消化ですよ」(同)  様々な事情があって色々な番組に出ているようだが、今はバーターでしか出られないマイナーメンバーも自力で出られるように頑張ってほしいものだ。 (文=吉沢ひかる)

KGDRが解説する、ヒップホップ名作映画とその影響 Kダブ「『ワイルド・スタイル』には歴史的価値がある」

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KGDR。左から

Zeebra、DJ OASIS、Kダブシャイン
【リアルサウンドより】  1982年に公開され、その後のヒップホップカルチャーに多大な影響を及ぼした映画『ワイルド・スタイル』が、30年余りの時を経て、7月3日にDVD作品『ワイルド・スタイル HDニューマスター 30周年記念スペシャル・エディション』として発売された。また、90年代以降の音楽シーンに大きな足跡を残してきたラッパー・Nasのドキュメンタリー映画『Nas/タイム・イズ・イルマティック』(2014年公開)のDVD作品も、6月2日に発売された。ヒップホップの歴史を語るうえで重要な両作の発売を記念し、7月5日にHMV record shop 渋谷にて、日本のヒップホップシーンを牽引してきたKGDRがトークイベントを開催。その終了後、KGDRのメンバーにインタビューを行い、改めて両作の見どころやその影響について語ってもらった。

Kダブ「バトルの要素があるのは、ずっと変わらないヒップホップの根幹」

ーーまずは『ワイルド・スタイル』について、それぞれどのようにしてこの映画と出会ったかを教えてください。 Kダブシャイン(以下、Kダブ):俺の場合は観たタイミングがけっこう遅くて、VHSテープ版がアメリカで発売された91~92年頃。レトロな雰囲気も感じられる映像だったので、はじめは一世代前のヒップホップ映画だと思ってそれほど関心を抱かなかったのですが、何回も観ているうちにその映像の歴史的な価値を実感していきました。ちなみに劇中の音がNASの「The Genesis」という曲でサンプリングされてますね。 ーー「一世代前のヒップホップ」と感じたのは、具体的にどんなところでしょうか。 Kダブ:服装やサウンドの傾向が、当時の自分たちが求めていたヒップホップとは異なっていたところです。ヒップホップの原点ともいうべき映画なので、そこから次第にモードが変化していったということでしょう。この映画ではパーティーラップが主流で、ファンタスティック・フォーやコールド・クラッシュが、「みんなで楽しい時間を過ごそうぜ」と盛り上げる曲が多かった。ただ、映画の中で人が出演しない、ストリートの映像だけを見せるような画面では、グランドマスター・キャズのシリアスなラップが流れたりしていて、そこは印象深かったですね。一方でバトルの要素があるのは、ずっと変わらないヒップホップの根幹だということを感じました。バスケットボールをしながらラップバトルをするシーンがあって、「俺たちはスポーツマンシップに乗っ取った上で、自分たちの優位性を誇示しながら相手と戦っているんだぞ」、というイメージでした。ちなみにバスケのシーンは18回も撮り直ししたそうです。 Zeebra:自分は当時、VHDで観ました。VHDというのはレーザーディスクと同じビデオディスクの一種で、LDとは規格が違い長方形のケースにディスクが収納されていたものです。当時はブレイクダンスに関心があったので、その延長でこの映画に辿り着いたという感じ。ハービー・ハンコックが1984年にグラミー賞を受賞して、そのときのライブパフォーマンスの中に出てきたブレイクダンスに魅せられたのが興味のきっかけで、それが放送された翌日は学校でも話題になったし、つるつるですべりのよい学校の廊下で、セーター姿でクルクルと回ったりしていました。その後に『ワイルド・スタイル』を観たので、映画館で上映されてから1年遅れくらいですね。 Kダブ:『フラッシュダンス』(1983年公開)もほぼ同じ時期に上映されたので、ブレイクダンスというものが日本で認知され出したのはこの頃。 Zeebra:ちなみに「笑っていいとも!」に『ワイルド・スタイル』のダンサーが出演し、中国語もどきのラップを披露するタモリさんと共演している動画があって、YouTubeで観ることができます。ブレイクダンスはとても特異な動きをしますよね。ロボットみたいになったり、くるくる回ってみたり、アクロバティックな動きで、見る人を魅了して、それで日本でも注目されたんだと思います。 Kダブ:はじめはロボット的な動きというか、パントマイムのような動きのダンスが流行したけれど、それらもブレイクダンスのカテゴリのひとつだと、当時のフェイズツーが語っていました。ブレイクダンスというと、どうしてもアグレッシブな動きをするものだと一般には思われがちですが、この映画の中でも、手袋をした二人組みがポーズだけ決めている場面があります。 Zeebra:自分も以前、アメリカのロック・ステディ・アニヴァーサリーでロック・ステディ・ジャパンのMCとしてライブをしたことがありますが、そこで出演していたダンサーはパワームーブよりむしろフットワークに美的感覚を求めているような印象でした。どちらかというと、パワームーブはロサンゼルスを中心としたウエストモードなんですよね。 Kダブ:なるほど。ところでやっぱり、日本のヒップホップのアーティストたちがラップやDJを始めたのは、この映画がきっかけだったのかな。 Zeebra:そうだと思いますよ。みんな、あの頃にはじめたはず。 Kダブ:DJ KRUSHさんは『ワイルド・スタイル』を見て、スクラッチをはじめたみたいだね。実は81年に『ワイルド・スタイル』が制作されて、はじめて上映されたのは日本だったんです。葛井さんという方が82年秋に開催予定の映画祭で公開しようと企画して、出演者も大勢日本に呼び寄せて30日ほど日本に滞在してもらったんですけど、彼らは東京の日本人DJたちがすぐにスクラッチするのを見て驚いたそうです。「こいつら早い!」って。 ――DJ OASISさんはどのようにして本作と出会いましたか。 DJ OASIS:自分は家にあったVHSテープで『ワイルド・スタイル』をはじめて観たんですけど、そのときにまず感じたのは「この人たちは命がけですごいなあ」ということ。パーティの中にもやはりバトルっぽい場面があり、その中に身をおくということは、常に自分が一番だというプライドを持つべきものなんだという印象を受けました。ヒップホップを志す人、特にラッパーにとっては、そのことはかなり重要だと思います。

Kダブ「当時はレコードを発表することが、あまり格好いいと思われていなかった」

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『ワイルド・スタイル』場面写真

Kダブ:ところで今作に出てくるラッパーは、実は音源ではあまり作品を残していないんですよね。当時はラッパーがレコードを発表するということは、あまり格好いいものとは思われていなくて、映画のようにブロックパーティーにみんなを集めて、そこでラップを見せることのほうが本流だという考え方があったようです。 Zeebra:現場でラップを披露するときは、リズム&ブルースとかジャズ、ファンクなどのレコードを2枚使ってライブしていたんですけど、ラップの音楽をレコードに収録する際にはバンドに同じフレーズを弾きなおさせていたので、ブレイクビーツの雰囲気が出せず、それほどかっこよく仕上げられなかったんじゃないかと、自分は思います。 Kダブ:ライブシーンの豆知識をいうと、グランドマスターフラッシュが行ったライブの様子は、音声の調子が悪くて使われなかったんだけど、そのあとにもう一度撮影しなおした場面が映画に使われた。 Zeebra:ダブルトラブルは、ライブのシーンなどで本気で怒っているように見えるけど、あれは撮り直しをさせられたせいなのかな。 Kダブ:彼らは当初からこの映画に出演することは決まっていたものの、シュガーヒルレコードの女性社長だったシルビア・ロビンソンが、自分の会社の契約アーティストの自由を束縛するようなタイプの人間で、彼女は映画監督に出演拒否の意向を示した。そこで怒ったダブルトラブルが自分たちの意思でグループを辞めて映画に出演したという経緯があるので、本来ならば不機嫌な様子はないと思うけれども、映画のラップのシーンでは、俺たちの自由にやらせてもらうぜ、という女社長へのメッセージのような歌詞がある。その辺の怒りがリアルに現れているのかも。 Zeebra:ちょうど83年くらいからヒップホップの映画がたくさんできて、ミュージシャンたちも出演しまくっていたけど、その先駆け的な存在が『ワイルド・スタイル』でしたね。 Kダブ:ただ、たしかに『ワイルド・スタイル』がヒップホップの黎明期、創成期の映画だとはよくいわれますが、実際にヒップホップが誕生したのは1973年くらいで、これが上映される10年くらい前なんですよ。映画に出演している人たちの演技から滲み出ている文化的・技術的なイメージを見ると、ちょうどヒップホップというカテゴリーがある程度、完成されたのがその頃だということがわかります。そこから新たに広がるきっかけとなったのがこの作品だったのでしょう。ただ、先ほども少し触れましたが、この映画に出演したミュージシャンたちがこれほど脚光を浴びたのに、そこからはまったくヒット作品を出していないのは、少しさびしく感じます。映画が発表された後からは、デフジャムレコードのようにドラムマシーンやブレイクビーツで曲作りをするような、今までとは違うスタイルが主流になり、シュガーヒルレコードのような音源は時代遅れとされたんです。 Zeebra:出演者にヒット作がないということも、この映画の資料的な価値を高めているようにも思います。『ビート・ストリート』や『フラッシュダンス』などの同時期の映画は、ハリウッドでエンターテイメントとして作られたものですが、『ワイルド・スタイル』はドキュメンタリー色も濃いです。 Kダブ:ほぼ、ドキュメンタリーといって良いと思います。実際のアーティストたちが演じていますから。32年余り経ったいま、この映画を観ると、当時のサウスブロンクスのヒップホップシーンすべてを見てまわれるような、まるで博物館を見ているような印象を受けます。その頃のサウスブロンクスは、荒れてて、貧しくて、本当に何もなくて。そこからヒップホップが育っていったことを捉えたという意味でも、歴史的な価値がある作品といえるのでは。

Kダブ「Nasはヒップホップの正統な継承者という印象だった」

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『Nas/タイム・イズ・イルマティック』場面写真

――『Nas/タイム・イズ・イルマティック』は、1994年にリリースされたNasの名盤『illmatic』を巡るドキュメンタリーで、こちらもヒップホップ史を語るうえで重要な映画といえそうです。 Zeebra:とにかく『ワイルド・スタイル』は、80年代から90年代にかけて自分たちにとってはバイブル的な存在だったんですが、Nasに関しては「同世代の中にとんでもない才能の人間が現れた」と評判でした。 Kダブ:『illmatic』がリリースされた頃、ちょうど自分たち3人はアルバム作成のためにオークランドにいて、ヒップホップの正統な継承者が現れたという印象を受けた。Nasのラッパーとしての才能を開花させたのは、ラージ・プロフェッサーというプロデューサーで、彼はほかにも様々なプロデューサーを紹介したらしく、いわばNasにとっての恩人のような存在だそう。Nasは高1くらいの年齢で学校を中退しているんだけど、ラージ・プロフェッサーが学校に彼を迎えに行き、そのままスタジオでデモテープを作ったといわれています。ほかのミュージシャンのアルバムを製作する空き時間を利用して86~87年頃からデモを作りはじめたんですが、まだNASも年齢が若かったので、デモ製作に飽きてスタジオに来なかった時期もありました。そんな紆余曲折を経て、ようやくアルバムをリリースするところまで来たんですが、一時期は「自分はこのままアルバムを出せずに終わるのかも」と心配になったこともあったようです。 Zeebra:10代の頃って本当に何が起こるかわからないから、大変だっただろうね。 Kダブ:大変だよね。ただ、Nasはデモテープを作っていた頃から、ある程度の評判を得ていたそうで。 ――当時からNasの存在を意識していたということですが、ラップのスタイルなどで影響を受けた部分はありますか。 Kダブ:当時のニューヨークのヒップホップのトレンドは、すでに『ワイルド・スタイル』の時とは異なり、シリアスな作品が主流だったので、自分たちもそのトレンドを受け継いでいた。ラップにしてもリリカルな表現にこだわっていた時期でもあったので、そういった部分で共通点はあるかも。でも、直接影響を受けたという感じではない。 DJ OASIS:自分たちもヒップホップをやり始めた時期でもあったので。 Zeebra:Nasをアイドル視したことはないですね。年齢も自分たちとほぼ同じくらいですし。 Kダブ:LL・クール・Jあたりまではアイドル視していたけれど、それ以降に活躍した人たちは同世代という感覚が強いかな。たしかにセンスの良さは認めていたけれど、その時は憧れの存在というわけではなかった。 Zeebra:違いを感じたのは、アメリカでは10代でデビューできるけれど、日本ではそれは難しいというくらいで。たとえば、彼に挨拶するために廊下で待つなどということはしなかったです。

DJ OASIS「『ワイルド・スタイル』の再リリースは、ヒップホップが定着した証拠」

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イベント当日、渋谷HMVには多くのファンが訪れた

――『ワイルド・スタイル』に話を戻したいと思います。KGDRとして活動するうえで、文化的な側面で影響を受けた部分を教えてください。 Zeebra:自分の場合は本当に何度も観ているので、ほとんど無意識にまでその世界観が浸透していると思います。たとえば映画内で、主人公が裏通りでいきなりホールドアップされるシーンがありますが、そういう緊張感も含めてヒップホップというか。戦闘的なイメージではないヒップホップももちろん存在しますが、アメリカのメロウなヒップホップだって、日本におけるそれと比べれば、格段にマッチョだと思います。つまり、弱い存在では普通にさえ生きていけないアメリカで、ギリギリのラインをキープしながら、彼らはインテリジェントなラップをしているという印象ですね。 Kダブ:当時のブロックパーティなどは、まわりの人間から目立ってリスペクトされるような存在でなければ、マイクを握ることはできなかったみたいで、そういう意味では勝ち上がってきた地元の人間たちの集まりでした。 Zeebra:自分の存在の強さを証明しなければいけなくて、しかもそれを証明することで、ぶっ飛ばされるならまだしも、最悪は殺されてしまうかもしれない。そういうヒリヒリした側面もヒップホップにはあると思います。 Kダブ:自分たちのヒップホップにも、そういう意味で『ワイルド・スタイル』の潜在的なエッセンスは込められてはいますが、オリジナルのものではなく、自分たちでフィルターをかけてアレンジしたものだと思います。 ――なるほど、やはり根底にはバトルの精神があるのですね。そうした姿勢の中で、先ほどNasについては、同世代のためフラットな視点で捉えていたと仰っていました。文化的なところでいうと、日本のヒップホップシーンでも、アメリカのようにフラットな関係性――たとえば年上でもあまり敬語を使わないといった風習があるように思いますが、その辺りはどう捉えていますか。 Kダブ:音楽の世界においては、スポーツにおける上下関係のようなものがないほうが、より良い意思の疎通ができると思うし、瞬間的に指図しなければいけないような場面では、相手が自分より上の立場であるという意識があると遠慮して言い辛くなってしまい、グループの活動内容や曲作りのレベルが落ちてしまうという、自分なりの哲学があります。だからKGDRの活動を始めるときには、そういう上下関係はあまり厳しくない方針でやろうと提案しました。でも、自分は体育会系の感覚が染み付いているので、年上にはきちんとした態度になりますね。 Zeebra:自分だって、はじめはきちんとした上下関係を心がけてはいるんですよ。でも、だんだんとタメ口が普通になってしまう後輩、というタイプですね。(一同笑) Kダブ:昨日までは「さん」付けだったのに、今日になったらいきなり「くん」付けになるような。 Zeebra:たぶん4~5歳上くらいまでは、そういうことが通用するのかなと。でもヒップホップシーンに入ると、たしかにそういうこともあまり気にしなくなる。 Kダブ:相手のキャラクターも関係しますね。普通に「くん」付けできる人もいれば、到底できない人もいるし。DJ KRUSHさんに、「KRUSHくん」とは言えないもん(笑)。 Zeebra:でも、ユタカくん(DJ YUTAKA)にはいえるよね。年上なのに年下のようなイメージがあるし、彼の場合はアメリカでの生活も長かったし、付き合いもすごく長いから。1学年だけの差なら先輩、後輩の意識があるけれど、3~4歳も違うと弟のような感覚で甘え口調になってしまい、そこから段々とタメ口になってしまうという。(一同笑) Kダブ:日本人には敬語を使うことが美しいものであるという感情があるので、相手を敬うような話し方をしたいという意識もあるものの、その一方でざっくばらんな口調で話もしたいというときもあるし。日本でフラットな感覚を持つのは難しいですね。 Zeebra:いずれにしても大切なのは、根底で相手に対してリスペクトしているという感情があるかどうかということで、リスペクトの意識がないのに敬語を使ってペコペコした態度をとられるのも嫌です。 ――アメリカのそうした感覚は、臨機応変に取り入れているということですね。では最後に、『ワイルド・スタイル』が発表されて30数年が経過し、その後、90年代にはNasとほぼ時を同じくしてキングギドラが世に出たわけですが、当時から比べて日本のヒップホップシーンはどう進化したと思いますか。 Kダブ:自分が思うには、日本の場合はひとつの文化が流入されて、それがある程度、世の中に浸透するのに20年くらいはかかるのではないでしょうか。ZOOではじまった日本のヒップホップダンスも、EXILEの登場の頃から一気に浸透してきたと思うし。自分たちがデビューした1995年には、他のヒップホップのグループもデビューした、いわばビッグバンのようなタイミングで、それから今年でちょうど20年目になります。自分たちも20周年記念アルバムを発売したし、若手のラッパーも増えてきていて、今まさに、ヒップホップの世界の広がりが実感できています。 Zeebra:これが10年前や20年前だったら、KOHHみたいなアーティストがメディアに取り上げられることもなかったし。以前はヒップホップアーティストが、もうひとつ上のメディアで紹介してもらおうとしたら、そのメディア向けの何かをしなければいけなかったけれど、今はその必要もなくなった。そういう意味では本当に良い時代になったのではないかと思います。 DJ OASIS:ヒップホップシーンの世界は本当に大きくなったと思うけれど、それに伴い、良い部分も悪い部分も両方増えているとも思う。上辺だけの作品が増えたりね。でも、『ワイルド・スタイル』が再リリースされること自体が、ヒップホップが定着して大きくなっているという証拠で、そういうことができているうちはまだまだシーンは大丈夫なんじゃないかな。 Zeebra:そうそう。『ワイルド・スタイル』なんて知らないよ、ということになってしまったら問題だと思いますが。 Kダブ:映画関係者たちが、ヒップホップ関連の映画をもっと上映したがっているということも、昔ではなかったことだし、以前からヒップホップを聴いていた人たちが、いろいろな業界の重要なポジションにつき始めているということも、自分たちにとって心強く感じられますね。 DJ OASIS:10年前や20年前では、ヒップホップを好んで聴いている人たちはせいぜい30歳くらいまでのひとたちだったと思いますが、今では50歳以上のひとたちにまでフィールドが広がっています。ブルーノートやビルボードのようなライブ会場でもイベントがありますし、ヒップホップは単に若者のためだけの音楽ではなくなりました。 Kダブ:『ワイルド・スタイル』を観て、『Nas/タイム・イズ・イルマティック』を観て、さらに僕ら3人が作ったファーストアルバム『空からの力』を聴くと、アメリカのヒップホップが日本に上陸する過程がイメージしやすいと思います。歴史を踏まえると、いまのヒップホップシーンもより奥深く楽しめると思うので、ぜひ色んなひとに観て聴いてほしいですね。 (取材・文=松田広宣/写真提供=TCエンタテインメント) ■作品情報 『ワイルド・スタイル HDニューマスター 30周年記念スペシャル・エディション』 発売中 時間:82分 出演:リー・ジョージ・キュノネス、ファブ・ファイブ・フレディ(フレッド・ブラズウェイト)、サンドラ・ピンク・ファーバラ、パティ・アスター、グランドマスター・フラッシュ、ビジー・ビー、コールド・クラッシュ・ブラザーズ、ラメルジー、ロック・ステディ・クルー 監督・製作・脚本:チャーリー・エーハン 音楽:ファブ・ファイブ・フレディ(フレッド・ブラズウェイト)クリス・スタイン 撮影:クライブ・デヴィッドソン 『Nas/タイム・イズ・イルマティック』 発売中 時間:145分 出演:Nas、DJプレミア、ラージ・プロフェッサー、ピート・ロック、Qティップ 監督: One9 『空からの力』 発売中 レーベル:Pヴァイン・レコード 収録時間:74分

惨敗のボクシング亀田三兄弟・大毅&和毅、アメリカでも“八百長疑惑”勃発していた

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亀田大毅オフィシャルブログより
 9月6日、米・テキサスでの試合でボクシングの亀田三兄弟、二男の大毅と三男の和毅がともに判定負けで敗れてしまったが、実は、海外の一部ボクシングファンからは試合前に「亀田寄りジャッジ」が懸念されていた。 「ヘイモンが投資しているスター選手だから、フェイク(八百長)採点はあるんじゃないか」 「強さを比較する以前に、この試合は亀田が有利になっているんだろう」  ネット上の掲示板やTwitterで見られたいくつかの書き込みには、試合前に採点への不信感を示したものだった。  というのも、亀田が現在、プロモート契約するのはアメリカの有力アドバイザー、アル・ヘイモン氏で、投資会社から巨額の投資を受けて有力選手を150名以上もかき集め、3月から全米大手テレビ局で『プレミア・ボクシング・チャンピオンズ(PBC)』なる番組を開始。そんな人物が契約する選手なのだから、有利は当たり前という見方があったのだ。  これは、日本でTBSが亀田兄弟を過剰にプッシュしたのとそっくりな図式だ。試合は大金を出しているTBSの顔色をうかがった運営がなされ、過去には亀田が反則の金的パンチを打ってもレフェリーは見て見ぬふりで、亀田が劣勢な試合でも判定では亀田の手が上がった。世界ランキングの不自然な動きも頻繁に発生し、長男・興毅は、3階級制覇のうち2つは不可解に決まった王座決定戦によるもの。 「TBSは試合運営にも口を出していて、観客のブーイングが放送に乗るのを避けるため、放送時間内に採点の読み上げをしないようリングアナに圧力をかけたこともあった」とは関西のジムのトレーナー。  アメリカでも亀田の試合では公平な採点が行われないのではないか、そんな不信感は試合前の賭けオッズにも表れたようで、和毅が挑戦したWBA世界バンタム級タイトルマッチでは、前回の試合で和毅に勝っている王者、ジェイミー・マクドネルがなぜか高配当。マクドネルに2.5倍ほどのオッズが付いた一方で、和毅は1.7倍だった。不公平採点を見越して和毅に賭けた人が多かったと見られてもおかしくないものだ。  しかし、試合は意外にも3人のアメリカ人ジャッジが116-111、115-112、117-110でマクドネルを支持して決着。和毅は最終ラウンドでスリップ気味のダウンを喫していたが、これを抜きにしても敗北は動かないものだった。相手マクドネルはアメリカでは人気のないイギリス人選手で、こちらをひいきしたということもありえない公平採点だった。  試合映像を見ても優勢なのはマクドネルで、終始プレッシャーをかけて長いリーチからパンチをヒット。これに対して、和毅は父親・史郎氏の「もっと離れろ」という檄を聞いたか、下がってばかりで手数は少なかった。  前出トレーナーは「三男は、パンチは速いけど足は速くないので、接近戦で勝負しなきゃいけないのに、陣営が逆の指示をしていたのは『KOされなかったら判定で勝てる』という過保護時代の癖が抜けなかったからでは」と話す。  二男の大毅も2ラウンドにダウンを奪ったが、1-2での判定負け。こちらも今までの過保護判定なら、微妙な差で勝たせてもらっていたと思われるようなものだった。番組サイドの敏腕アドバイザーが味方についても、本場のリングで“ホーム”判定はしてもらえなかったことになる。 「そもそもヘイモン氏のマッチメイクは、有名選手を次々に放り込むけど、大金を引っ張って試合を組むだけだから内容のつまらない判定決着がやたら多く、試合の中身まで考えてやってない感じ。亀田をスターにするために骨を折るということもないんでしょう」(同)  そのヘイモン氏、選手と契約する身でありながら実質プロモーター的な立場にもなって他業者を排除していることが、アメリカ国内で定められている独占禁止法などに抵触するとして、ゴールデンボーイプロモーションズなど複数のボクシング関連会社から巨額の訴訟を起こされている。「一歩間違えれば、投資バブルがはじけて契約選手が路頭に迷う」なんて事態も一部でささやかれている。10月に試合を行う予定の長男・興毅は、今ごろ公平なジャッジにおびえているかもしれない。