すまき君 簀巻きにされて川に放り込まれるの巻
新キャラのすまき君です
得意技は簀巻き(すまき)!あこがれている人はドザエモン!今の気分は「最悪」です!!・・・(続きは探偵ファイルで)
ついに、最大のタブーに触れられた。 現役続行を表明した女子フィギュア界のスター・浅田真央の父親・敏治氏が暴行容疑で逮捕されていたと、7月30日発売の「週刊新潮」(新潮社)が報じた。 2011年12月に肝硬変で亡くなった母親・匡子さんとの家族愛は各所で語られる一方、父親についてはこれまで一切触れられてこなかった。 「父親が“ワケあり”なことは、フィギュア担当記者の間では広く知られた話で、一切触れてはいけないタブーでした」とはスポーツ紙記者。 真央は14年2月のソチオリンピック終了後、約1年間の休養に入り、今年5月18日に現役続行を表明した。そんな中、同誌によると、復帰宣言直後の23日に敏治氏が交際相手の50代女性に暴力を働き、暴行容疑で逮捕されていたという。女性は病院に緊急搬送された。 浅田家を知る人物は「敏治氏は若い頃は大阪のホストクラブでナンバー1だったそうで、30歳前に独立して複数の店舗を経営。97年には、そのうちのランジェリーパブをめぐり、公然わいせつ容疑での逮捕歴もあります。匡子さんとはホストと客の関係で、その後デキ婚しました」と話す。 今回の事件のほかにも、敏治氏周辺ではかねてより“書けない話”が山積していた。 「名古屋市にある浅田家の周りを、街宣車が回っていたというのです。それも拡声器でわざわざ『浅田真央の父親』とアピールしながら。どうも敏治氏が金銭トラブルを起こし、ソッチの筋の方から脅されていたみたいですね。近隣住民からは『真央ちゃんがかわいそう……』と同情の声も上がっていました」(週刊誌デスク) その一方で父親は住宅ローンの返済を遅らせてまで、真央の“才能”に投資してきたという話もある。一連の事件が、復帰したばかりの真央に影響を及ぼさなければいいが……。『浅田真央 『Smile』~氷上の妖精10年の軌跡~』(ポニーキャニオン)
2010年夏。フランスの首都パリから約176km離れたキリスト教の歴史が色濃い町ドゥエーで、ごみ袋に入った赤ん坊の遺体が発見された。発見したのは、中古の家を購入したばかりの男性。庭仕事をしていたところ、ごみ袋が出てきて中から人間の赤ん坊とみられる残骸が出てきたのだ。驚いた男性はすぐに警察に通報。駆けつけた警察官は赤ん坊の遺体に関する手がかりを求めて庭中を掘り起こした。すると、次から次へとごみ袋に入れられた赤ん坊の遺体が出てきた。警察は何らかの事件だとみて捜査を開始。数日後、家のガレージからもごみ袋に入った赤ん坊の遺体が発見され、遺体の数は合計して8体になった。 警察は男性に家を売却した前の住民が何らかの事情を知っているとみて行方を追った。前の住民の名はでっぷりと太った中年女性で名前はドミニク・コットレ。警察に事情を聞かれたドミニクは涙を流しながら「赤ん坊は自分が産んだ子どもで、父親との近親相姦でできた子じゃないかと思い、恐ろしくなって殺した」と自供した。 ■肥満体のドミニクを受け入れてくれた父親 ドミニクは小さい頃から肥満体で、学校では「デブ」と言われいじめられていた。友達もできず性格が暗くなっていく彼女に、父親は微笑みながら「痩せる必要なんかない。そのままでいいんだよ」と繰り返し諭した。ありのままの自分を受け入れてくれる父親だけいれば大丈夫だと思うようになったドミニクは、父親にどっぷりと依存。農場を経営していた父親と、近隣住民との交流も持たず密に生活するようになった。 しかし、ドミニクが成長するにつれ、父親は彼女を性的な目で見るようになったとのこと。太っていたからか女らしい体つきになるのが早かったドミニクに父親が襲いかかったのは、彼女がわずか8歳のとき。無理矢理セックスされ、毎晩のように強要されたものの、ありのままの自分を「綺麗だ」と言い愛してくれる父親をドミニクは嫌いになれなず、そのまま成人した。 その後、結婚し、夫の子どもである2人の娘を出産してからも、父親との性的関係を断ち切ることはできなかったという。 ■父親を男として愛してしまったドミニク画像は、Internet Archive Book Images "The diagnosis and treatment of diseases of women" (1907) Flickr CC BY 2.0
なにも理解できなかった子供の頃は、嫌悪感もあった父親とのセックスだが、次第にドミニクは快感を得るようになり、父親を男性として愛するようになった。警察の取り調べに対して、ドミニクは「父親との性交渉は合意のもとで行っていた」と断言し、「夫よりも父の方を愛していた」と語った。 しかし、どんなに愛していても実父の赤ん坊を出産することがこの上なく恐ろしい罪であることをドミニクは知っていた。また、父との関係を隠している夫や子どもたちとの生活を壊すだろうと恐れた。ドミニクは取り調べで、「最初に父の子を妊娠したと確信したのは1989年のことだった」と供述。体重130kg近いかなりの肥満体で巨体だったドミニクは、妊娠していることを隠し通せたとのこと。夫も子どもたちも近隣住民たちも、看護助手として働いていた病院の同僚も医師も、誰ひとりとして彼女が妊娠しているとは思わなかった。あっという間に臨月をむかえ、産気づいたドミニクは一人で赤ん坊を出産。産んだらすぐに殺そうと、遺体を入れるビニール袋を用意していた彼女は、元気に生まれてきた男児の顔をシーツで覆い、窒息死させた。そして計画通りビニール袋に入れ、クロゼットの奥に押し込み父親に連絡した。そして父親と共に、赤ん坊の遺体を家の庭に埋めた。 意外と誰にも気がつかれなかったと安心したのか、ドミニクはその後も避妊せず父親とセックスしまくり、再び妊娠。また臨月になるまで放置し、てんかん発作の治療で入院していた病院で産気づき、病院の女子トイレで出産した。産声を聞かれるとまずいと思った彼女は自分の体内から出てきた赤ん坊の首をキュッと絞めて殺害。ビニールシーツとタオルで遺体をぐるぐる巻きにし、入院していた部屋のクロゼットの中に入れ、なに食わぬ顔でいた。遺体は退院時にバッグに入れて持ち帰り、父親と一緒に庭に埋めた。 ■赤ん坊を殺すことがある意味避妊画像は、DailyMailより
その後、ドミニクは父親の子だと思われる赤ん坊を6人出産し、全員殺して埋めているのだが、いつ、どこで出産し、どのように殺害したかは記憶があいまいだと供述している。釈放中に地元の新聞紙の取材に応じたドミニクは、「殺した赤ん坊には名前すらつけなかった。最初に殺した赤ん坊は男の子だと確認したけど、ほかの赤ん坊は顔すら見なかった。でもゴミ袋に入れた遺体がどんどん冷たくなっていったので、ブランケットをかけてあげたのよ」と語っている。なお、最後の出産は2000年だったそうで、父親が亡くなる2007年まで近親相姦は続いたという。 赤ん坊とはいえ遺体の腐敗臭は凄まじいもの。面倒なことは後回しにする性格のドミニクは、遺体をすぐに埋めなかったこともあり、夫や子どもたちはさすがに悪臭を感じとっていた。しかし、まさか妻が、母が赤ん坊を出産し殺して隠しているとは夢にも思わず、「下水管からの臭いだろう」「いや、ペットの犬が家のどこかでウンチでもしたのでは?」「パパの足の臭いでしょ!」と軽く考えていた。 警察の取り調べに対して、「8体の赤ん坊の遺体が出てきたから、8人殺したんだと思うけど、正直、自分でも何人殺したか覚えていない」と述べたドミニク。中絶という選択肢はなかったのかと問われた彼女は、「医者が嫌いで。医者恐怖症だから極力かかりたくなくて」と言った。避妊ピルを飲むことも医者の処方箋がないと入手できないため無理、父親にコンドームをつけてもらうという選択肢もなかったそうで、「赤ん坊を殺すことがある意味で避妊だったの」「避妊しているんだからと罪悪感はなかった」と語り、捜査員たちを絶句させた。司法解剖の結果、赤ん坊たちには外傷はないことが判明。誕生後数秒のうちに窒息死したという結論に至り、ドミニクの供述通り、彼女が8人の赤ん坊全員を殺害したとして起訴された。 ■ドミニクが育てた娘と家族ドミニクの夫(左)「DailyMail」より
ドミニクが出産した夫との間にもうけた2人の娘はすでに成人している。28歳になる長女エメラインには7歳の息子、ドミニクの孫にあたる子どもがいる。ドミニクと夫は、エメラインと孫息子と一緒に暮らしており、意外なことに、家族仲はよいようだ。しかし、ドミニクは「わたしが心から妊娠を喜び、幸せな妊婦生活をおくれたのはエメラインだけだったと明かし、27歳になる次女バージニアからの妊娠、妊婦生活は苦痛だったと明かしている。 ドミニクは事件発覚後、2年間仮拘留された後、2012年に仮釈放され、その後、第一級殺人罪を問う刑事裁判が行われた。2015年、裁判が大詰めを迎えると欧米のメディアはこの事件をこぞって報道。夫や娘たちも裁判所に駆けつけ、「母は世界一の母だ」と証言。終始涙を流すドミニクをサポートした。検察は最低でも禁錮18年の終身刑(18年で仮釈放)を求刑。陪審員は「殺害時、ドミニクの精神状態は限界に達していた」「最初の嬰児殺しは計画的なものではなく突発的なものだった」とみなし、裁判官は7月2日、ドミニクに禁錮9年の終身刑という判決を下した。 フランスでは近年、母親による嬰児殺し事件が世間を騒がせている。2009年には韓国に一家で在住していたフランス人女性が、3人の赤ん坊を「これ以上、子どもを育てられない」という理由で殺害し、うち2人の遺体を冷蔵庫で保管。裁判で禁錮8年という刑が下された。2010年にも6人もの新生児を札顔したフランス人女性に禁錮15年という判決が下っている。 あまりにも身勝手な母親による嬰児殺害事件。妊娠検診を受けず、密かに出産し、すぐに殺してしまえば誰も分からないことから、今後も、この手の事件はなくなることはないと見られている。画像は、DailyMailより。次女バージニア

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AKB48の小嶋陽菜が、命を宿した中年オヤジのテディベアと中年男の友情を描いた人気コメディの第2弾『テッド2』のPRサポート役として、“テッドもふもふファンクラブ”の代表に就任した。以前からテッドファンであることを公言していた小嶋は、「大好きなテッドに指名されるなんて夢みたい! 代表を任されたからには、ちゃんと応援しないと怒られちゃいそうだし、頑張ります!」とコメント。大好きなテッドと結婚したいという気持ちを込めて、ウェディングドレス姿まで披露した。だが、小嶋のそんな本気っぷりが痛々しいと一部で話題になっている。 「グラビアだと修整が効きますけど、映像だとそうはいきませんからね。疲れているのか肌荒れがひどくて、かつての輝きは確実に失われていると思います。どうやら彼女も、寄る年波には勝てないみたいですね」(プレス関係者) AKB48の“モデル枠”で長い間、他のメンバーの追随を許さない活躍を見せてきた小嶋だが、今年でもう27歳。お肌の曲がり角を迎え、おまけに自他ともに認めるズボラな性格が災いし、お肌の手入れには疎い様子。運動神経が鈍いので、普段から体を動かす習慣もあまりなく、新陳代謝は年を重ねるごとに悪くなる一方だ。当然、それに比例して、ファン離れも進んでいくわけで、 「いろいろと、もっともらしい言い訳はしてましたが、惨敗が目に見えているから事務所側が辞退させたのではないでしょうか」(芸能関係者) と、今年6月6日に行われた「第7回AKB48選抜総選挙」の不出馬は、小嶋の人気凋落を目に見える数字(順位)で世間に公表しないためだという見方もある。 「このままだと、モデル業を続けていくのは難しいでしょうね。需要がなくなるのは目に見えている。いつまでもアイドルでいるわけにもいかないですしね。写真集が売れているといっても、それは露出が多いから。清純なアイドルを目指す世代のメンバーたちからしたら、目の上のたんこぶでしかないでしょうね」(同) これまでにも、何度も取り沙汰されてきた卒業問題。そのXデーは、間近に迫っているのだろうか?小嶋陽菜写真集 『どうする?』(宝島社)
清原亜希オフィシャルブログより
一部で“薬物疑惑”が報じられて以降、公の場からは、ほぼ姿を消していた清原和博。芸能界から追放されかけていたように思えたが、現在オンエアされている「DMM.com証券」のCMに出演、さらに25~26日に放送された『FNS 27時間テレビ』(フジテレビ系)で久しぶりにテレビ復帰するなど、突如復活の兆しを見せている。
薬物報道から数カ月後の昨年9月には、薬物疑惑報道で迷惑がかかることを恐れてか、14年間連れ添い2人の息子をもうけたモデル・清原亜希夫人と離婚。薬物報道などなかったかのように出戻りしつつある清原の一方で、亜希はいまだ離婚余波からピリピリムードを漂わせているのだという。
<p> 私たちは死んだら、どんな段階を踏んで棺に収められ、どのように焼かれ、弔われていくのか。誰もが関わる業界でありながら、その実際はあまりにも知られていない。『葬送の仕事師たち』は、そんな日本の葬送業に携わるさまざまな職種――葬儀社のスタッフや、遺体を生前の姿に近づける復元師、火葬場技術員――に取材したノンフィクションだ。</p> <p> 時に理解のない人々から心ない言葉を吐かれることもある葬送業という仕事。著者が冷静に描写する、事故や闘病で緑や黒色になった肌の色を元に近づけるエンバーマーの技や、火葬場で「ご遺体を綺麗に焼いてあげるための」手順は、どれも熟練した高度な技術と遺族の前で遺体と向き合う精神力が必要とされ、真剣に取り組まなければ決して長くは続けられないものだ。</p>
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