岡田准一と宮崎あおいの不倫熱愛はまだマシ!? イジメ、出禁…芸能界不倫カップル5選!!

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※イメージ画像:「AOI MIYAZAKI official web site - 宮﨑あおい」より
 6日発売の「女性セブン」(小学館)が、V6・岡田准一と宮崎あおいの熱愛を報じた。同誌によると今年春頃から交際が始まったという。この2人は、11年末に『週刊文春』(文藝春秋)で温泉旅行をしたことがスクープされていた。当時、宮崎は元夫の高岡奏輔と離婚前であったことから不倫疑惑が浮上するなど大いに話題になった。それ以来、約4年ぶりの熱愛発覚となったふたりはこのままゴールインできるのか? 恋の行方が気になるところだが、芸能界では不倫関係から結婚した芸能人も少なくない。5組の泥沼不倫愛を紹介しよう。 ■内村光良×徳永有美  『世界の果てまでイッテQ!』(日本テレビ系)など、人気番組で司会を務める内村光良と、徳永有美(元テレビ朝日アナウンサー)の交際が発覚したのは03年。当時、徳永は同局のディレクターと結婚していたこともあり、不倫愛として報じられ、徳永は担当していた番組を軒のみ降板させられるという事態にまで発展した。同年9月、徳永の離婚が成立し、2年後の05年3月に内村との結婚を正式に発表。その後徳永はテレビ朝日を退社した。現在は、2人の子供に恵まれ、幸せな家庭を築いているようだが、この一件以来、内村はテレビ朝日に出禁ともいわれている。 ■佐々木主浩×榎本加奈子  佐々木主浩は91年に結婚していたが、05年に離婚。その後、不倫関係にあったグラドル・榎本加奈子とできちゃった再婚した。前妻との間に生まれた2人の子供を引き取り、生活していたが14年9月に発売された「週刊文春」(文藝春秋)で、長女が取材に応じ、佐々木家の複雑な家族関係を告白。その内容は、継母である榎本からお弁当に豆腐一丁と醤油を持たされたことや、金銭面の援助を求めた時に「風俗でもやれば」と言われたなど、イジメがあったという凄惨なものだった。一時はこれを苦に、自殺未遂を図るまで追い詰められたという。これについて佐々木は「週刊女性」(主婦と生活社)で反論。親子の意見は食い違い、真偽のほどは、未だ不明だ。 ■篠原涼子×市村正親  01年に舞台『ハムレット』の競演をきっかけに交際を深めた2人。しかし、当時、市村正親は女優の八重沢真美と結婚していたため、不倫交際として報じられた。兼ねてから度重なる市村の女性関係に八重沢は心痛していたようで、03年に結婚生活にピリオドを打つ。その後、05年に市村は篠原と再婚。08年に第一子、12年には第二子を出産するなど、25才の年の差を感じさせない幸せな夫婦生活を送っているようだ。

■糸井重里×樋口可南子  コピーライターの糸井重里は、81年に一般女性と結婚、同年には娘が生まれたが、翌82年に女優・樋口可南子との不倫が発覚。糸井はこれに対し「弁解するつもりはない」「女房も誰にでもあることと分かってくれています。そういう女房を僕は選んだのです。離婚もありません」などとコメント。樋口も「結婚は望んでいません」「妻子ある人を好きになったんじゃありません。その人にたまたま家族があっただけです」と発言するなど双方が不倫を認めた。ふたりの不倫関係は約10年続き、糸井と前妻との離婚成立後、93年、ついに糸井と樋口は結婚し、正式な夫婦になった。 ■安藤優子  長年、ニュースキャスターとして公明正大に活躍する安藤優子だが、私生活は自身の欲望に忠実な女性であるようだ。安藤は、89年に広告代理店勤務の10才年上の既婚男性に手を出した。なんとか結婚にこぎつけたものの、その93年に結婚生活は破綻した。またその後06年に再婚したが、その相手は17年連れ添った妻子があるフジテレビプロデューサー。つまり、安藤の結婚は2度とも不倫・略奪婚を行ったのだ。さすがフジテレビの女帝と言われるだけあり豪腕だ。  世間一般で不倫や略奪愛が、もし発覚すれば修羅場であるし、なによりも世間体が悪い。しかし、紹介したいずれの男女は平然とやってのけただけでなく、涼しい顔をして芸能活動を続けている。果たして罪の意識はないのか? 疑問だが、芸能界ではそのような些細なことなど関係ないのだろうか。

宮台真司の『バケモノの子』評:言葉ならざる親子の関係を描く、細田守監督の慧眼

【リアルサウンド映画部より】

ポイントは「渋谷」と「渋天街」の対比

 細田守監督は、概念的に徹底的して物事を考え、シナリオに落とし込むタイプなのかもしれません。あるいは、実在の父親にかけてほしかった言葉がたくさんあったのかもしれない。シナリオには「言葉が多すぎる」ことを中心に、注文をつけたい部分があります。でも、この水準の映画はなかなか作れないと思います。いい映画だと思います。  本作のポイントは、現実を精確にトレースした「渋谷」と、バケモノ界の「渋天街」の対比にあります。「渋谷」はわれわれがよく知る看板にあふれ、文字に満ち満ちていますが、「渋天街」に入れば、文字がありません。そして主人公の九太(蓮)と熊徹の擬似的な親子関係はすべて、文字のない渋天街で行われます。  なぜ「文字に満ちた街」と「文字が一切ない街」を対比させたのか。僕がいろいろなところで書いているように、最近の若い人は「言葉にならない」ものを恐れる傾向が強い。統計データに従えば、この二十年間の、若い世代の性的退却は実に著しい。これも「言葉にならないもの」=エロス的なものを、忌避するからだと、僕は考えています。  性愛関係だけでなく、親子関係も、感情で動くエロス的なものです。精神分析家ジャック・ラカンの言い方では「想像的なもの」。つまり「言葉にならないもの」が多くを占めます。にもかかわらず、言葉にしがみつく人は、言葉の外側にある否定的メッセージを見ないようにします。だから、かえって潜在的不安が大きくなるのではないか──。  これはグレゴリー・ベイトソンに大きな影響を与えたR・D・レインという統合失調症の専門家が言っていたことです。言語以前的な世界を忌避して言語にしがみつくと、親子関係も性愛関係も不安定ゆえに怖いものになるのです。言葉を使って生活しながら「言葉の世界なんて本当はどうでもいい」というトーンをどう発するかがポイントです。  ヒトがチンパンジーから分岐して500万年くらいですが、音声言語を使い始めてからは5万年、文字言語を使い始めてからは大抵の地域で5千年以下。それに鑑みれば、僕らの心の動きは、基本的にエロス的なものの領域にあって、言葉の概念的な使用は「かさぶた」のようなものに過ぎないだろうと考えなければなりません。  かさぶたの下に血や肉がある。かさぶたに執着するのは血や肉を見ないこと。フランスの思想家ジョルジュ・バタイユはその血や肉を「呪われた部分」と表現しました。社会学者マックス・ウェーバーが言うように計算可能性を高めるべく文字言語に専ら傾斜した近代社会であっても、家族と性愛の世界は今でも言語外の感情に支配されるのです。  だから、近代社会では、人は家族の中で育つことで、概念的な言語世界(象徴的なもの)の外にある言語以前的なもの(想像的なもの)に免疫をつけていきます。古い社会では家族の外にもそうした免疫化の機制がありました。それが祝祭です。言葉は不完全で世界を覆えないから、原点に戻るために祝祭で「呪われた部分」を噴出させるのです。  ギリシャ史を遡ると、紀元前五世紀前半までのギリシャ----プラトン前期に当たる----までは、言葉の概念的使用への依存を、絶対神への依存と同様に、徹底的に却けて、かわりに、言葉にならない理不尽や不条理に心身を開くことを推奨してきました。ホメロスの叙事詩もソフォクレスのギリシャ悲劇も、そうした推奨に向けたメディアでした。  ところか、ペロポネソス戦争でアテネがスパルタに負け、状況が変わります。貨幣経済の浸透と共に奴隷がのし上がり、市民が金を奴隷に借りて甲冑を買って戦争に出かけるようになります。異邦人も増えて、市民の共通感覚や共同身体性が通用しなくなります。それゆえ、かつてと違い、言葉を概念的に使わなければ統治ができなくなりました。  ペロポネソス戦争後の後期プラトンも考えを変え、言葉の概念的な使用にこだわるようになって、イデア概念に行き着きます。非言語的な佇まいやオーラは極めて近接的で文脈依存的です。音声言語はそれに比べれば非近接的で非文脈依存的です。それでも音声言語は文字言語に比べればずっと近接的で文脈依存的です。そうした階梯があります。  プラトンが文字言語に専らの重きを置くようになったのは、統治において、文脈依存性や近接性をできるかぎり排除しなければならなくなったからです。ちなみに、前期プラトンの時代まで----初期ギリシャと言います----、教育も娯楽も布告も伝承もすべて、韻律と挙措を伴う音声言語で行われていました。今でいうラップに相当するでしょう。  哲学史家のエリック・A・ハブロックによれば、音声言語につきものの韻律と挙措は、記憶の内部化に向けたメソッドです。しかし近接性と文脈依存性が高い。複雑な社会ではこうした状況依存性から脱する必要があります。そのためには記憶を外部化しなければなりません。そうした記憶の外部化に向けたメソッドが文字言語なのだと言います。  翻って現在、資本主義・民主主義・国民国家が、両立しなくなりました。グローバル化(資本移動自由化)を背景に中間層が分解、格差化と貧困化が進んでいます。社会がダメになりつつあるのです。だからこそ、もともとのアテネのようなマイクロ・エリアで「言葉にならないもの」----共同体感覚----を復権することが課題になっています。  そんな中、「絆がないと、何かあったときに助からない」という損得勘定に由来する概念的な話をするバカがいます。これがまるでバカなのは、絆とは、助かりたいがゆえに追求する「手段」ではなく、何があっても助けるという「目的」だからです。言い換えれば、損得勘定の「自発性」を超えた、内から湧き上がる力の「内発性」だからです。  このバカこそ、言葉の概念的な使用への固着を示します。そうしたバカが蔓延しつつある時期に、細田監督が「親子」モチーフにこだわり、その関係を文字言語以前の何かとして見出したことが、素晴らしい。監督自身が前作『おおかみこどもの雨と雪』の公開後に父親になったということもあるのでしょうが、慧眼だと言うほかはありません。

脚本から透けて見えた、細田監督の"自信のなさ"

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 ただ惜しい点があります。今日的な大テーマとして「言葉にならないもの」を愛でているのに、言葉による説明が多過ぎることが、引っ掛かるのです。百秋坊や多々良などの舞台回し役が「ようやく熊徹も△△になって来たな」などと喋り過ぎですし、「心の闇」が爆発して突如ヒール(悪役)として登場する一郎彦も、描き方が概念的に過ぎます。  「心の闇」という言葉が連発されますが、概念的には分かるけれど、腑に落ちません。幼少期の一郎彦は、いじめられっ子だった九太を救ったいいヤツでしたが、ここまで変わってしまったのは、人間につきものの「心の闇」のせい。そんなバカな。言葉にならない感情的な思いの渦巻きを描かないで、「心の闇」が覚醒したなんて、バカげている。  生煮えの概念的言語でしか示せないものは、映画から省いた方がいいです。だってそれがテーマなんだからね。【幼少期の九太の引っ越し場面での「しろくじら」→女子高生・楓との交流場面での「白鯨」→「心の闇」が覚醒した一郎彦が変じた「白くじら」】という連想ゲームも、概念的過ぎて、まったく同じような意味で、バカげています。  楓が「説明」してくれます。エイハブ船長と白鯨との戦いは、実は自分自身との戦いなんだよと。エイハブ船長と同じように九太も一郎彦も「心の闇」を抱えていて、それとの戦いが「白くじら」との戦いとして象徴されているんだよ、という「説明」です。こんな「説明」で納得する大人はいませんし、まして子供には完全に意味不明でしょう。  生煮えな概念言語の"おかず"が溢れるのを見ると、脚本に自信がないのかもしれません。それは、彼自身の父親としての振る舞いへの自信のなさに由来するかもしれず、それはまた、彼と彼の父親との関係に由来するのかもしれません。原案は素晴らしいので、概念言語の"おかず"をきちんと省ける優秀な脚本家を立てるべきだったかもしれません。  とはいえ、熊徹の身体挙措を九太が完コピする場面を典型に、言語よりも身体性、象徴界よりも想像界、といった対比は随所に展開されていて、納得的です。女子高生・楓との出会いのエピソードについて「あんなものなくてもいい」という議論もなされていますが、これも「言葉/言葉にならないもの」というモチーフにうまく収まっています。  良家の娘である楓は進学校に通い、親にそれこそ概念的な意味で褒められるために日常を送るものの、誰とも気持ちを通じ合えたことがない。概念言語が支配する人の世で、そのことに疎外され、適応できない女の子が、まだ文字も読めない概念言語以前の九太と出会い、気持ちを通じ合うという展開は、非常に自然で、モチーフが一貫しています。  また、「九太と熊徹の会話が少なすぎる」という声もありますが、間違いです。他のキャラクターの言葉による説明が多すぎるからバランスが崩れているだけです。「言葉ならないもの」が互いの関係を支えているバケモノ界で、九太と熊徹がいつもべらべら喋っていたら、主題が壊れてしまいます。ことほどさように、批判の多くは的外れです。  作品全体の方向性は正しいです。だから、的外れな批判はもとより、「言葉にならないもの」を擁護する映画に言葉が多すぎるのは変だという批判も、それを言い立てて作品を貶めるほどのことじゃない。僕のおさなごたちは、もちろん「心の闇」うんぬんなんて完全にスルー、というか胸のところに展開するCGのことだと思っていましたから。  昔『崖の上のポニョ』を当時四歳だった長女と観たとき、僕は「ポニョは海で生きて来たのに、バケツの水道水に入れたら死んじゃないか」と突っ込みたくなったけれど、長女が通路に出てエンドロールの歌に合わせてブイブイ踊っているのを見て、別に細かいことはどうでもいいやと思い直したことがありました。今回もそれを思い出しました。

宮﨑駿には描けない人の絆=共同体感覚を描く、達人の領域

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 この映画を観たおさなごたちと、そのあと一緒に、渋谷の街を散歩しました。「麗郷」という台湾料理屋の裏辺りが、熊徹の家に続くと思しき坂の分岐路あたりでしょうか。おさなごたちは、スクリーンで観た風景に似ているので大喜びしていました。もっともあの辺はラブホ街なので、妻には「あんな場所を連れ回して」と怒られましたが(笑)。  そもそも、渋谷はかつて色街でした。1973年にパルコ開店に合わせて公園通りができるまで、そこは区役所通りと呼ばれる風俗街でした。スペイン坂終点のシネマライズも1980年頃までラブホテルで、丸井の裏もラブホ街でした。その意味で、渋谷はエロス的なものがむき出しの街で、拡張現実的にスキンがかぶさって今に至った印象があります。  そうした歴史を生きた僕からすれば、本作は、渋谷のスキンを剥ぎ取って見せたように感じます。もともと芝居街と色街を合わせて悪所と言います。眩暈やトランスが起こる場所という意味です。眩暈が起こるから日常の時空を前提とした概念言語は通用しない。その意味で、"文字のないバケモノの街"が「裏渋谷」だというのは妥当な設定です。  細田監督の実存に関係するのでしょうが、彼の作品に一貫しているのは、家族や恋人という絆の関係、この人のためなら死ねるという関係、あえて言えば宮﨑駿が描くのを不得意としていたものです。特に男の子と女の子の会話での微妙なニュアンスは宮﨑駿を逆さに振っても出て来ません。アニメーターには珍しいとても素晴らしいセンスです。  心理学者アルフレッド・アドラーが言う「共同体感覚」を描くことにかけては、達人の域だと言えます。その能力は、本作でも遺憾なく発揮されています。監督自身がそれをもっと強く自負すれば、不要な概念言語の"おかず"を付けなくても済んだのではないかと思います。まあ、自分のどこが優れているのかを自覚するのは難しいかもしれない。  その点では『おおかみこどもの雨と雪』の方が少し出来がよかった気がします。絆/共同体は危機を前にして際立ちます。そうした危機としては、本作のような「市街で暴れる鯨とのバトル」より、『おおかみこども』で描かれた「自然のなかの嵐」の方が、ナチュラルで説得的です。ゆえに見終わった後の余韻も前作の方がすっきりしています。  「市街のバトル」では「危機」が抽象的になって、作劇上の装置に過ぎないものに頽落します。「剣を収め、二度と戦わない」ことを象徴するラストも、ヤクザ映画やカンフー映画で描かれてきた、概念的なパッケージでした。素晴らしい作品でしたが、先ほどお話しした細田監督のポテンシャリティをより活かした次回作を、大いに期待します。  さて、同じく"父と子"というモチーフが登場する作品で非常に出来がよかったのが、『マッドマックス 怒りのデスロード』でも主役を演じたトム・ハーディが主役を演じる、リアルタイムサスペンス『オン・ザ・ハイウェイ』です。ミニマムで、特別なことを一切描いていない映画ですが、それゆえに素晴らしかった。(後編に続く) (取材=神谷弘一) ■宮台真司 社会学者。首都大学東京教授。近著に『14歳からの社会学』(世界文化社)、『私たちはどこから来て、どこへ行くのか』(幻冬舎)など。Twitter ■公開情報 『バケモノの子』 2015年7月11日より、全国東宝系にてロードショー 【声の出演・スタッフ】 役所広司/ ※宮崎あおい 染谷将太 広瀬すず/ 山路和弘 宮野真守 山口勝平 長塚圭史 麻生久美子 黒木華 諸星すみれ 大野百花/津川雅彦 リリー・フランキー 大泉洋 監督・脚本・原作:細田守 作画監督:山下高明 西田達三  美術監督:大森崇 高松洋平 西川洋一 音楽:高木正勝 (C)2015 THE BOY AND THE BEAST FILM PARTNERS 公式サイト

ジャニーズの次期ゴリ押しはふぉ~ゆ~!? 異例の“プロフィール資料12枚”配布に記者あ然

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ジャニーさん、まさか光一から直電あった?

 4人組のジャニーズJr.内ユニット・ふぉ~ゆ~が、銀座の博品館劇場で単独座長公演に初挑戦する舞台『壊れた恋の羅針盤』の会見が4日に開催された。会場では、報道陣に“あるモノ”が配られ、ジャニーズ事務所が彼らを売り出していこうという雰囲気が、色濃く伝わってきたという。

 ふぉ~ゆ~は、名前に“ゆう”がつく福田悠太、越岡裕貴、辰巳雄大、松崎祐介の4人で、2011年に結成。06年から『Endless SHOCK』に出演していたが、近年ではラジオ番組『ふぉーゆーのぴたラジ!』(CBCラジオ)がスタート、情報番組『ゴゴスマ~Go Go Smile!~』(CBCテレビ)の金曜レギュラーになるなど、ジャニーズJr.としては異例の活躍を続けている。

泉谷しげる“ギター投げ”で提訴 過去には「ラブライブ!」の“チョコ投げ”がトラブルになった例も

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 歌手で俳優の泉谷しげるがライブ中に投げたギターでケガをした女性が、約300万円の損害賠償を求めて提訴したことが6日にわかり、メディアを騒がせている。  問題となるライブが行われたのは2014年6月22日。泉谷が客席に投げた弦の切れたギターが女性の額に当たったという。これに対し事務所側は、ファンに楽器を“渡す”ことはあるとして、慰謝料を支払う用意はあるが「事実関係や慰謝料の額では争う」としている。  このニュースを受け、ネット上では「切れた弦の先が目に当たったら失明の危険もあった」など泉谷の行為を批判する声も多く見られるが、泉谷がこのようなパフォーマンスをすることをファンなら承知しておきべきだとする向きもある。  アーティストが、ライブ中にステージから物を投げるのは珍しいことではない。ギターやベースのピック、ドラムのスティックは定番だ。変わった例だと、aikoがTシャツをばらまいたり、東方神起がホワイトデーに行ったライブで飴を投げたことがある。泉谷のように客に当たってしまった例としては、ワン・ダイレクションが14年に行ったライブで、ハリーが投げた飲み終えたペットボトルが客にクリーンヒット。空のペットボトルだったため大事には至らなかったようだが、ハリーは当たってしまったことに気づいて驚きの表情を浮かべる……という出来事が海外メディアで報じられた。  こうした事例を見ると、ステージ上から物を投げるという行為そのものではなく、ギターという重く硬いものだったから問題になるのだと結論付けたくなる。しかし、「チョコ」という小さなモノでもトラブルに発展してしまったケースもある。それは現在、劇場版の興行収入が22億円を超えるヒットで話題を集めるアニメ『ラブライブ!』の声優陣が出演するライブでの出来事だったという。アニメ雑誌の編集者はこう話す。 「メンバーの久保ユリカが投げたチョコが、観客の間で奪い合いとなってしまったんです。チョコの引っ張り合いならまだしも、目や背中、腕を殴られた。被害者は後日、眼帯姿や腫れ上がった腕の画像をSNSにアップし炎上騒ぎとなりました。また、同じくメンバーの三森すずこが投げたチョコはヤフオクに出品され、イタズラ入札で30億円の値がつくなど、炎上の種をばらまいてしまう結果に終わった。『ラブライブ!』は一部のファンの行き過ぎた言動が問題視されており、投げたらどうなるかの予想が甘かったスタッフ陣の責任といえるでしょう」  アーティストがファンにプレゼントをしたいと思う気持ちは否定されるものではないだが、“ファン層”を考えた上でパフォーマンスをする必要があるだろう。泉谷の件を受け、今後は自粛傾向が強まるかもしれない。 (文=清水翔子)

今度のイーサン・ハントは、軍用機のドアに張り付き……『ミッション:インポッシブル』最新作 

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 今週取り上げる最新映画は、トム・クルーズが不可能ミッションに挑む大ヒットシリーズの第5作と、70年前の8月に日本が終戦を迎えるまでの舞台裏を描く歴史大作。いずれも一流のサスペンス演出に引き込まれる、この夏見るべき2作品だ。  『ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション』(公開中)は、トム・クルーズ主演の人気スパイアクション『ミッション:インポッシブル』のシリーズ最新作。イーサン・ハント率いるCIAの特殊作戦部IMFは、多国籍スパイ組織「シンジケート」の暗躍により、解体の危機に陥る。イーサンはシンジケートの追跡中、逆に拉致されてしまうが、拷問の直前に謎の美女から助けられ脱出。組織の後ろ盾を失ったイーサンと仲間たちは、秘密裏に行動しながら、シンジケートせん滅という最難関のミッションに挑む。  主演のクルーズが毎回、自ら高難度のスタントを敢行する姿も見どころになっている本シリーズ。今回は、離陸する軍用機のドア外部に張り付き、時速400キロで高度1,500メートルに上昇する機体内へ侵入するという冒頭のシーンが圧巻だ。『ユージュアル・サスペクツ』(1996年)でアカデミー賞脚本賞を獲得したクリストファー・マッカリー(本作では監督・脚本)の巧みな采配で、IMFにシンジケート、それに英秘密情報部MI6も絡む三つ巴の諜報バトルがスリリングに展開。IMFのメンバーに扮するサイモン・ペッグ、ジェレミー・レナーら主演級スターたちの掛け合いも楽しい。極限のアクションと王道のサスペンスに、優雅さと笑いも有機的に結びついた、今夏屈指の傑作エンタテインメントだ。  『日本のいちばん長い日』(8月8日公開)は、『駆込み女と駆出し男』(15年)の大ヒットも記憶に新しい原田眞人監督が、役所広司を主演に迎えて描く群像歴史ドラマ。太平洋戦争末期の1945年7月、日本は連合国からポツダム宣言受諾を要求される。降伏か本土決戦か、連日連夜の閣議で結論が出ないまま、8月、広島と長崎に原子爆弾が投下される。阿南陸軍大臣(役所)や鈴木貫太郎首相(山崎努)、そして昭和天皇(本木雅弘)が決断に苦悩している頃、畑中陸軍少佐(松坂桃李)は決戦派の仲間らとクーデターを画策していた。  原作は半藤一利のノンフィクション『日本のいちばん長い日 決定版』。8月15日の玉音放送までに、閣議で決戦・降伏をめぐり激論と駆け引きが繰り広げられていたこと、さらに若手将校らによるクーデター計画が進行していたことが、サスペンスに満ちた演出で描かれる。役所の硬軟使い分けた円熟の演技、山崎の重厚な存在感、本木の気品ある所作が、セピア調の映像になじんで一層味わい深い。優男の印象が強い松坂は、丸刈りでイメージを一新、血気盛んなクーデター首謀者を熱演。戦後70年にふさわしい、ずっしりとした見応えの力作だ。 (文=映画.com編集スタッフ・高森郁哉) 『ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション』作品情報 <http://eiga.com/movie/80973/> 『日本のいちばん長い日』作品情報 <http://eiga.com/movie/81487/>

ありとあらゆるダークサイト情報が満載! 賢い「ディープ・ウェブ」の歩き方

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画像はイメージ(「Thinkstock」より)
 ディープ・ウェブというのをご存じだろうか? 深層ウェブとも呼ばれているアンダーグラウンドのインターネット網のことだ。これらは、GoogleやYahoo!、Bingといった検索サイトからアクセスすることはできない。  実は、一般的に知られている無限にも思えるウェブサイトは、インターネットのごく一部なのだ。インターネットに存在する多くのデータは、検索エンジンには引っかからない。その多くはデータベースが占めている。膨大なブログや巨大なSNS、数多のホームページを合計したものよりもさらに大きい規模で存在するのだ。一般ユーザーがアクセスできるものもあるし、セキュリティで守られているものもある。もちろん、ほとんどが合法的なものだ。  ディープ・ウェブの最下層に、ダーク・ウェブと呼ばれるアンダーグランドなネットワークがある。そこにアクセスする際に利用するのがTor(The Onion Router)だ。その名の通り、タマネギの皮のように複数のネットワークを経由して、匿名性を確保するのが特徴。2012年の「パソコン遠隔操作事件」でも使われたので、名前だけは知っている人もいるだろう。当時の警察は、Torでの書き込みに手も足も出なかった。  このTor、少しGoogleで調べれば誰でも利用することができる。Torの匿名サーバーにアクセスすると、英語ではあるが、ありとあらゆる違法な情報が飛び交っている。盗まれたクレジットカード番号や闇口座、銃器、偽札、児童ポルノ、偽造パスポート、果ては殺しの依頼まで。支払いはもちろん、仮想通貨のビットコインだ。中二病の人にとっては、自尊心を満足させてくれるツールなのかもしれない。実際、日本でもここ数年犯罪予告などで利用されることが増えてきた。  しかしTorでさえ、情弱が使うと身バレする。いつも使っているWindows PCにTorを入れて掲示板に書き込むなど、危険すぎる。Torを動作させている状態でウェブを閲覧すると、世界中を経由するので遅くなる。そこで、通常は普通のブラウザーで閲覧し、悪さをするときだけTor経由で書き込むケースがある。この場合は、まず容疑者が一定数に絞れる上アクセスの痕跡から似たユーザーを見つけることができる。捜査機関が作成したおとりサイトにアクセスしてしまった場合も、出入りのトラフィックを監視することで、高確率で身元を特定することが可能だ。マサチューセッツ工科大学(MIT)は今年、おとりサイトを作らなくても、そのユーザーがアクセスしているサイトを88%の確率で特定できると発表した。きちんと使いこなさないと、DNS(編註:Domain Name System/ホスト名を元に、ホストの IP アドレスを教えてくれるシステム)から本来のIPアドレスが漏えいすることもある。そもそも、Torの脆弱性が発見される可能性だってある。Flashを使っているサイトを表示・利用してもアウトだ。  どうしても身バレしたくないなら、手間がかかる。秋葉原のジャンクショップで現金で買った中古PCにLinuxを入れてTorをインストール。ネットワークは、できればフリーWi-Fiを利用する。通常のウェブ閲覧からすべてTor経由で行い、Flashは絶対に有効にしないこと。PDFも開かない。クッキーもすべて絶対に保存しない。これで、通信速度は低速だが、ほぼ安全な環境でネットを利用できる。  しかし、これで何をするのだろう? 麻薬の購入? 確かにお手軽だ。あらゆる麻薬が写真入りで選べ、比較的安価に購入できる。ビットコインが使えるので、犯罪組織に身バレすることはない。しかし、なんであれ違法な品物は税関でストップされ、警察が早朝に訪ねてくることになる。やはり、ポルノの求心力が強いのだろうか? 米WIREDの記事によると、ダーク・ウェブの8割の通信が児童ポルノサイトにつながっているという。しかし、7月15日から「児童ポルノ」の単純所持を罰する法律がスタートした。もし、ダーク・ウェブのアクセスリストが漏えいしたとき、もう健やかには眠れないだろう。今は大丈夫でも、将来いつリストが漏えいするかは誰にもわからない。  結論として、Torを本当に必要としている上、専門知識を持っている人以外は、ディープ・ウェブに触れないほうがいい。隣の芝は青く見えるかもしれないが、少なくとも日本のユーザーにとってはリスクに見合うところではないといえる。 (文=柳谷智宣)

「キスはまだ」発言の春香クリスティーンが背負う、世間からの関心の重み

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『春香クリスティーンのおもしろい政治ジャパン』(マガジンハウス)

――毒舌コラムニスト・今井舞が、話題のアノ人物やアノニュースをズバッとヒトコトで斬り捨てる!

◎アイドルよりもそれらしく
 生まれて初めてできた彼氏と5カ月で破局したという春香クリスティーン。「公言処女キャラ」ゆえ、交際中も「手はつなぎましたがキスはまだ」と、プラトニックを強調。破局した今、世間の興味は「で、やったの? やってないの?」に集約しているわけだが。どうやら「やってない」で切り抜けそうな匂いが。ま、AKB48・柏木由紀よりはまだ説得力がある気がする。果たしてどこで「手を打つ」のか。プロ処女の仕事っぷりに、今後も注目だ。

赤江珠緒アナの『モーニングバード』降板はテレビ朝日とのトラブル? 一方TBSラジオ『たまむすび』は……

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TBS RADIO『たまむすび』より
 赤江珠緒アナウンサーが、テレビ朝日系の朝の情報番組『モーニングバード』を9月いっぱいで卒業することがわかった。赤江アナは、前身番組となる『スーパーモーニング』の司会を2003年から断続的に担当していた。当時は大阪の朝日放送(ABC)所属であり、07年4月からフリーとなっている。およそ10年にわたってテレビ朝日の朝の顔であっただけに、突然の降板劇は「テレビ朝日とのトラブル」「羽鳥アナとの不仲説」など多くの臆測を呼んだ。  テレビのレギュラー卒業とともに、気になる点は、『たまむすび』(TBSラジオ)の行方だろう。赤江は12年4月から、平日午後にラジオの帯レギュラーを持っている。午前はテレビ、午後はラジオと、2つの帯番組を掛け持ちしていた。  『たまむすび』は赤江をメインパーソナリティーに据え、日替わりの男性パートナーと掛け合いを見せている。現在のパートナーは、月曜・カンニング竹山、火曜・山里亮太、水曜・博多大吉、木曜・ピエール瀧である。  同番組は赤江ののんびりとした性格が出ていていいという評価がある一方、無難すぎて物足りないという声もある。 「前番組の『小島慶子 キラ☆キラ』は、ズバズバとモノを言う番組でした。男勝りな性格の小島は、リスナーやパートナーから“オジキ”と呼ばれていたほどです。ラジオでは受けるキャラクターですね。番組終了の理由も、局側から新たなリスナー層の獲得を求められたことに対し、小島が違和感を示し、降板を申し入れた形です。小島と赤江では、同じ女子アナが担当する番組でもかなりのギャップがありますね」(業界関係者)  それでも、『たまむすび』は、聴取率調査においては、裏番組である『大竹まこと ゴールデンラジオ!』(文化放送)とデッドヒートを繰り広げている。人気番組であるといえるが、頭ひとつ抜け出すことができていない。 「ラジオではテレビ番組の裏話などが出ることも魅力のひとつです。それでも赤江アナの場合、午前中の帯レギュラーの裏ネタを午後のラジオでペラペラとしゃべることはさすがにできなかったでしょう。帯レギュラーがひとつに絞られることで、番組になんらかの変化が生ずることはありそうですね」(同)  『モーニングバード』の卒業理由のひとつには「仕事の幅を広げたい」との理由もあったともいわれる。10月以降の『たまむすび』がどう変わっていくのか気になるところだ。 (文=平田宏利)

セカオワ・Fukaseの暗号ツイートは、きゃりーとの破局報告じゃなかった!?「うまい棒」関連の新解釈が浮上!

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Amazon「うまい棒 おきあがりLサイズ 12個セット」より
 かねてよりきゃりーぱみゅぱみゅ(22)との交際が報じられているSEKAI NO OWARIのボーカル・Fukase(29)が7日、自身のTwitterに破局を示唆する“暗号”を投稿し、ネット上がザワついている。  Fukaseは午前2時頃、色とりどりのマジックで「12 11552 21」と手書きされた紙の画像と、「question」の文字を投稿。白で書かれた「1」に「WHITE」の1文字目の「W」、赤で書かれた「2」に「RED」の2文字目の「E」……というように当てはめていくと、「WE BROKE UP(私たちは破局した)」という文章が浮かび上がることから、「きゃりーと別れた」と見る向きが広まった。  また、Fukaseは先月26日にも、「サヨナラからはじまることが たくさんあるんだよ」という歌詞が印象的なSUPER BUTTER DOGの楽曲「サヨナラCOLOR」のYouTube動画をツイート。さらに、この2日前の24日には、きゃりーが「生まれ変わる7.24」と意味深なツイートをし、その後、なぜか削除している。  Fukaseのこれらのツイートに対し、ネット上ではファンが心配する一方で、「中二病やな~」「相変わらず自分に酔ってるね」「普通、大人になると恥ずかしくてできないんだけどな……」「普通に『別れました』でいいのに。なんだ、こいつら」などと揶揄する声が相次いでいる。  一方で、Fukaseの暗号に対し、別の解釈も浮上しているという。 「実は『11552』は、やおきんの『うまい棒』の起き上がりこぼしの商品コードなんです。きゃりーぱみゅぱみゅのハデな世界観は、駄菓子屋に並ぶ色とりどりの駄菓子が起源であるということは、ファンの間では知られた話。そんな駄菓子好きのきゃりーのために、『21』世紀になっても10円で売られている『うまい棒』の起き上がりこぼしの『12』個セットをプレゼントしたいという意味では? と密かにささやかれています。もしそうだとすれば、2人は今もラブラブです!」(カルチャー誌ライター)  暗号が何を意味しているのかは不明だが、Fukaseの“中二病ツイート”は、再来月に30歳を迎える現在も絶好調のようだ。
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自分のペニスを博物館に寄贈!? 異色ドキュメンタリー『最後の1本』をしみけん×大泉りかが語る

<p> 8月8日から、世界唯一の“ペニス博物館”を舞台とするドキュメンタリー映画『最後の1本~ペニス博物館の珍コレクション~』が公開となる。アイスランドの港町にあるペニス博物館には、館長・シッギが長年かけて収集したさまざまなほ乳類のペニスが展示されているが、ヒトのペニスだけが欠けていた。そこに現れたのが、「自分のペニス」を提供したいという2人の男、アイスランド出身で300人斬りを果たした冒険家アラソンと、自身の巨根に“エルモ”と名付けたアメリカ人カウボーイのトム。一体どちらが同博物館の“最後の1本”になるのかが、本作の見どころになっている。男が自分のペニスに懸ける思いがほとばしるストーリーだが、男と女では見え方が違うドキュメンタリーであろう。</p>