「SMAPを切り捨て自滅」フジテレビ『水曜歌謡祭』深夜落ちが「意味不明」といわれるワケ

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SMAPを前にして「もう別れるから!」なんて言えんの?

 森高千里とアンジャッシュ・渡部建MCの『水曜歌謡祭』(フジテレビ系、今年4月スタート)の超低視聴率に足を引っ張られてか、7月29日放送のフジテレビ恒例『FNSうたの夏まつり』の平均視聴率が、第一部10.7%(ビデオリサーチ調べ、関東地区/以下同)、第二部13.3%と過去最低を記録した。この直後、局内では『水曜歌謡祭』の打ち切りが濃厚となっていたというが、一部では「深夜枠へ移動する」とも伝えられている。

 バラエティ初MCという森高を“切り札”として、亀山千広フジ社長の肝煎りでスタートした『水曜歌謡祭』。ところが初回視聴率は7.3%で、「最低でも2ケタ」という目標も空しく、6月3日放送回は3.8%という悲惨な状況となっていた。

身を持ち崩すと噂の沖縄の闘牛場に行ってみた

沖縄県のうるま市というところがある。そこで闘牛が行われているらしい。「闘牛で借金をこしらえた。」「身を持ち崩した。」 沖縄ではたまに聞く話である。まるで悪女にのめり込んだ男の発言だ。きっと闘牛にはそれほどの魅力があるに違いない 私は早速、那覇から高速にのり石川インターでおり駐車場に車をとめ、「闘牛場」受け付けへと向かった。入場料は2500円だった。これが高いのか、安いのかわからない。そのときに対戦表を渡された。それがコレだ!! 「胡座スペシャル闘牛大会」白組の「ジンベイ親分 810kg」が凄く気になった私。えらい沖縄らしい名前だな。どうやら人間の格闘技のように階級別になっているようだ。時間が早かったせいか・・・(続きは探偵ファイルで)

後ろから突然カナヅチで・・見知らぬ男が女子高生を襲う!

9日の午後11時頃、宇都宮市元今泉4丁目の路上で16歳の女子高生が襲われる事件が発生した。女子高生はアルバイトから帰宅途中に路上を歩いていたところ、後ろから来た男に突然、金槌(カナヅチ)のようなもので頭を殴られたという。男は現金1万円が入ったカバンを奪って逃走。女子高生は頭蓋骨骨折の重傷を負った。現場付近のマンション住人に話を聞いた。「事件のあった時間は自宅にいましたが、まったく気づきませんでした。警察が来てガヤガヤして、はじめて事件があったことを知りました。このあたりは夜になると薄暗く人通りがなくなりますが・・・(続きは探偵ファイルで)
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ゲロバナナシェイクを平然と飲む女

大住です。連日のスパイラルレセプション。わざわざ来てくださったお客様を精一杯もてなそうと、僕なりに歓迎の方法を考えました。どうせろくでもない生活を送っているであろうお客の皆さんの健康を気づかって、手作りバナナシェイクでも振舞おうって思ったんです。バナナを食べて 牛乳を飲んで 胃の中で思う存分シェイクしたら・・・(続きは探偵ファイルで)

乃木坂46盗撮動画騒動に刑事事件化の動きも、運営に苦悩「逮捕者が出れば本物と認めることになる……」

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乃木坂46公式サイトより
 逮捕者が出るかもしれない……。アイドルの盗撮動画をめぐって、緊急事態が発生している。 「今世紀最大の大流出!!空前絶後の超激ヤバ映像を独占公開!あの国民的スーパーアイドルグループ!乃●坂46 橋●奈々未 トイレシーンがまさかまさかの大流出!!」  8月に入って、盗撮動画専門の有料サイトにこんな売り文句が登場し、乃木坂46のファンの間で大騒ぎとなった。明らかにメンバーの橋本奈々未を指している宣伝文だが、サンプル画像として掲載されたものに写った、下半身のヘアがあらわになった姿で用を足している女性の衣装は乃木坂46のもので、メンバー個々に微妙な違いがあるチェック柄までが橋本と完全に一致。ファンの間では検証作業まで行われ、盗撮されたのは今年1月15日、福岡のラジオ局「LOVE FM」の障害者用トイレではないかという分析までなされた。  この動画は8月12日に公開予定だったところ、直前になって「乃●坂46 橋●奈々未」の部分が「アイドル」に変更され、その後「本作品の公開を自粛させて頂く事に致しました」と、公開中止に。これには「橋本サイドから抗議があったのではないか」という指摘もある。  問題の動画サイトにコメントを求めたところ、24時間が経過しても返答はなし。ただ、別の盗撮動画サイトの運営者からは、こんな話が聞こえてきた。 「実は昨年、別の女性タレントの、トイレ盗撮の買い取りを持ちかけられたんです。投稿用の連絡先にサンプル画像を送ってきて、約4分間で400万円と。ウチはそういう買い取りはしていないので断りましたが、その後に、ほかのサイトで売られていました」  その女性タレントというのが、ほかでもない、問題のサイトで過去、トイレ盗撮動画がアップされたタレント4名のうちのひとりだった。昨年ポカリスエットのCMに出演したモデルの鷲崎万梨子、福岡放送の情報番組リポーターも務めたモデルの原夕貴、九州朝日放送でお天気お姉さんを務めたアナウンサーの片淵茜、雑誌「CanCam」(小学館)のモデルだった丸林広奈の4名。彼女らは一様に「LOVE FM」に関わったことがあることから、同じトイレでの盗撮だという見方がされている。  前出の別サイト運営者によると「芸能人の盗撮動画は大半が似ている素人女性というだけのニセモノで、それだけにウチは買い取りをしていない」というが、業界内ではすでに今回の動画が本物かニセモノかにとどまらない事態になっているという。  夕刊紙記者は「ウチでこの流出ニュースを報じようとして一応、乃木坂サイドのコメントをもらおうと思ったら、これは“完全NG”だと。刑事事件になるかもしれないという話だったので、記事を保留にした」と話す。 「ほかからは、橋本本人がかなりのショックを受けているとか、問題のラジオ局のトイレには警察官が出向いたという話も聞いたんですが、それはともかく、事件化すれば流出動画が橋本本人であると認めてしまうことになる。そうなれば、サンプル画像がさらに拡散されるのは必至で、運営は慎重な対応になっている様子」(同)  現在、問題のサイトは芸能人関連の動画のみ公開を取りやめた形で運営を継続。約4,000本の動画をすべて閲覧するには、60日で175ドル(約2万2,000円)もの高額会費を払ってVIP会員にならなければならないシステムだが、盗撮動画についてはマニア間で評価が高い一方、その違法性についての論議も盛んに行われている。運営会社はオランダにあって「日本の法律は適用されないから違反にならない」という見方もあるが、先日は動画投稿サイト「FC2」のわいせつ生中継で、社長らが逮捕されている。こちらも運営会社はアメリカにあったが、実質的な運営は国内にあるとして起訴された。  某アイドルグループの運営からは「被害の拡散を防ぎたいのはわかるけど、それで泣き寝入りしたら、今後も“やったもん勝ち”の盗撮被害が広がる。徹底して取り締まるべき」という声もあり、今後の動向が注目される。 (文=ハイセーヤスダ)

元AKB48・大島優子の劣化に驚愕!「一気に老けた」……“小さいおばはん化”は脱アイドルへの近道か

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「ザテレビジョン」公式サイトより(http://thetv.jp/)

 元AKB48で女優の大島優子(26)の劣化に、驚きの声が相次いでいる。

 大島は、12日放送のバラエティ番組『真実解明バラエティー!トリックハンター』(日本テレビ系)にゲスト出演。すると、ネット上では「老けた」「一気におばちゃん化してる」「40代に見える」「小さいおばはん」「このケバいおばちゃん誰? と思ったら大島優子だった」といった声が殺到した。

 さらに、情報誌「週刊ザテレビジョン」(KADOKAWA)最新号の撮り下ろし掲載写真に対しても同様の指摘が飛び交っており、AKB48時代のファンからは「アイドルやめると、どんどんかわいくなくなるな……」と落胆する声も。

 4月期に放送された主演ドラマ『ヤメゴク~ヤクザやめて頂きます~』(TBS系)の撮影中には、ストレートの黒髪が印象的だった大島だが、最近は明るい茶髪にイメチェン。さらに、パーマをかけたのか、ボリュームのある髪形が特徴的だ。

「ボリューミーなセンターパートの髪形が、おばちゃんっぽい雰囲気を醸しだしている最たる要因。また、以前からほうれい線が目立ちやすく、グラビアなどでは顔のシワをかなり修整している。彼女の掲載誌などを見ると、所属事務所に言われるがままシワを消したことで、もはや誰だかわからなくなっていることがよくあります」(雑誌編集者)

 急激なおばちゃん化が指摘されている大島。“脱アイドル”を狙ったイメチェン作戦であれば、成功しているといえるが……。

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牛乳の販売価格への抗議でスーパー店内で牛が大暴れ!?

牛乳の販売価格に不満を持った農家たちがスーパーマーケットの店内で牛を連れて抗議活動をしたようだ。英スタッフォードシャーにあるアスダ店内で先週末、70人の酪農業者が牛を連れ回したことで警察が出動する騒ぎとなったという。酪農業者たちは4パイント(約1.89リットル)あたり89ペンス(約173円)という価格設定が安すぎることに対して抗議活動をしており、「こんな価格で販売されては、我々はやって行けません」として店内に陳列された牛乳を排除していた。 その1週間前には同スーパーのテルフォード店で農業者たちが店内の牛乳を全て回収し、その駐車場内で買い物客に無料配布するという抗議活動が行われていた。

スザンヌのヨガインストラクター就任に批判が殺到した理由

 4月、自身のブログで、3カ月間の勉強の末にグラヴィティヨガインストラクターの試験に合格したことを明かしていたタレントのスザンヌ(28)。3月に離婚してから、バラエティー番組出演時には離婚絡みのネタにも笑顔で応え、離婚特需的にメディア露出を増やしていた彼女だが、一方ではグラヴィティヨガインストラクターという新たな道も開拓していたようだ。  ブログ記事で彼女は、「夏頃にはイベントやクラスができたらいいな」と今後の展望を綴っていたが、今月25日に初のレッスンが開催されるという。レッスンは彼女の地元である熊本で行われ、定員は45名、参加費は4500円だ。  しかし、そんなスザンヌの新たなお仕事に、ネット上で多数の批判が向けられている。 「3カ月で先生になれるヨガに長く通い続ける生徒さんがいるんですかね?」 「お金払ってまで行こうとは思わない」 「元々ヨガ経験者だったワケでもないのに」  どうやら、彼女が取得したグラヴィティヨガインストラクターの資格が“3カ月”で取れるものであることから、「お金を取って人に教えられるほどの技術はない」と捉え、否定的に受け止めた人が多いようだ。  資格といっても、長期的に勉強に取り組まなければ取得が難しいものから、短期間の講習や勉強で取れるものまで様々ある。スザンヌが取ったものは後者のようであるが、そうした資格があるから取得したまでのことで、彼女自身を批判の矛先にしていい理由にはならないだろう。  また、彼女は現在一人息子を育てるシングルマザーであり、東京でのタレント活動の際は息子を熊本の実家に預けて単身で東京に来なければならないことを気に病んでいた。しかし、地元でヨガ講師をすれば息子との時間も確保できる。彼女の知名度であれば、レッスンの集客力もあるだろうし、合理的で堅実なやり方なのではないだろうか。オバカキャラで世に出た彼女だが、やはり馬鹿ではなさそうだ。  彼女が“出稼ぎ状態”である現状を公表したときには、「子供のそばにいてあげて」との批判が沸き、実際彼女が子供との時間を確保できる方法を見い出すと、また別の批判があった。では一体、どうしろというのか。ああしろこうしろ、いやするな、とうるさい世間の声が、スザンヌのみならず母親たちが働きづらさを感じる要因のひとつとなっている。 (シュガー乙子)

共演者は“竿姉妹”だらけ? 志村けんがテレビ番組で美女ハーレムを作れる秘密とは?

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※イメージ画像:『志村流―金・ビジネス・人生の成功哲学』
 数多くの芸人が活躍する芸能界において、生粋のコメディアンとして知られ、憧れを抱く芸人も多い志村けん。現在65歳でありながら独身を貫いているが、相手がいないわけではない。むしろ、若い女優やグラビアアイドル、モデルなどと浮き名を流すことも多く、モテている印象が強い。  だが、その“モテる”状況には賛否がある。自らが気に入った女性タレントを番組に抜擢させるなどして、公私混同とも言われているからだ。このような状況に業界関係者は不満を抱くことはないのであろうか。 「志村さんは、間違いなく公私混同している芸人さんです。自分が好きになった女性を共演者に呼ぶのは日常茶飯事ですからね。しかし、それを批判する人はほとんどいないです」(テレビ局関係者)  公私混同をしながら批判がないとは、どういうことか。 「志村さんは全てがストレートなんです。スタッフにも『あの子が好きだから呼んでほしい』とストレートに言います。『才能がある』などと、それっぽい理由を付けて好きな女性を番組に呼ぼうとする人も芸能界には多いですが、志村さんは遠まわしな言い方をしません。それが、かえって清々しいので、誰も嫌がりませんね。それに、いくら好きでもコントができる才能があることを見抜いた上で呼んでいるので、現場的には迷惑もしません」(同)  現場のスタッフは特に気にしていないようだが、番組を利用して好きな芸能人と出会うのは問題ないのであろうか。 「そういうふうに見えると思いますが、そもそも共演する前に出会って、口説いており、共演する前の段階で付き合っているんです。その上で番組にも呼ぶので、番組を使って付き合おうとしているとか、そういうことではなく、純粋に自分の彼女が現場にいたほうがやる気にも繋がるから呼んでいるわけです。ただし、別れたらレギュラーも辞めてもらうので、まるで小中学生の恋愛のように好き嫌いがハッキリしていますね」(同)  何も付き合うために番組を利用しているわけではないようだ。さらに、この関係者は志村けんがモテる秘訣も教えてくれた。 「志村さんはモテるというイメージが強いですが、それは自分から動いているからです。女性のほうから言い寄ってくると見られがちですが、実際は志村さんから口説きにかかっています。テレビで見て気になれば知り合いになり、全力で口説くという感じです。女性が喜ぶサプライズを積極的に行い、またマメな性格も影響して、女性が付き合いを承諾することも多く、色々な女性との色恋沙汰が表に出ているわけですね。そのため、厳密に言えばモテているわけではないのかもしれません」(同)  大御所芸人としての地位と権力を使って女性を口説いているのかと思いきや、実際には本人の努力とマメさで女性たちを落としているようだ。しかし、そうなると、一体どんな口説き方をしているのかも気になるところだが、それは当事者のみが知るところのようだ。 (文=吉沢ひかる)

『インサイド・ヘッド』のインサイド "狂気の情報量"を投入する米国アニメに迫る

【リアルサウンドより】

宮﨑駿を魅了した、ピクサー監督の奇想と愛情

 先日、宮﨑駿が、あるアニメーション映画の試写を鑑賞直後、立ち上がって拍手したという。その作品は細田守監督の『バケモノの子』......ではなく、ピクサー・アニメーション・スタジオ新作『インサイド・ヘッド』であった。『バケモノの子』で、バケモノの精神を少年が受け継ぐ物語が、ややもすると「アニメ界のバケモノ宮﨑駿の魂を受け継ぐのは自分である」という宣言に見えるほど、細田監督が自作で宮崎作品へのラブコールを繰り返してきたのと同様、『インサイド・ヘッド』のピート・ドクター監督も、『カールじいさんの空飛ぶ家』の空中戦などにおいて、同様に宮崎作品からの影響を熱く表現してみせている。巷では「ポスト宮崎待望論」がささやかれるが、近年の見事なピクサー作品を観ると、日本のアニメーション監督に限定して考える必要はないかもしれないと感じる。  『インサイド・ヘッド』で目を引くのは、頭の中をひとつの世界として戯画化する挑戦だ。ヨロコビ、イカリ、ムカムカなど5つの感情が、それぞれ擬人化したキャラクターとして現れ、それらが脳の持ち主である人間の行動をコントロールし、ピンボールのように流れ込んでくる個々の記憶を整理し、巨大な図書館の棚のような脳内のひだに格納していく。映画は、少女ライリーが直面する現実の物語と、脳内の物語が、それぞれに干渉し合いながら進行し、その両面が描かれる。ピクサー作品のなかで最も個性的なコンセプトの作品といえるだろう。  ピクサー内部でも「天才」と名高いブラッド・バード監督が実写作品に移行するなか、主要スタッフ、監督としてピクサーでアニメーション表現を追及し続けてきたピート・ドクターは、ジョン・ラセターやバードと比較すると、テーマや演出においては、個性がやや弱い印象がある。だが、彼の持ち味は、モンスターの会社や、風船で空を飛ぶ家など、物語を生み出す上での突飛な発想力だといえる。ピートは、瞑想室のような薄暗いプライヴェート・オフィスで独創的な案をひねり出す。
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(C)2015 Disney/Pixar. All Rights Reserved.

 物語のなかで、都会に引っ越し、生まれ住んだ家や友達と離れた悲しみを無理に抑圧しようとしたライリーは、転校初日、教室のみんなに挨拶をしながら思わず涙を溢れさせてしまう。それは脳内では、悲しみの感情を司るカナシミの、無意識の行動としても描かれる。ライリーを不幸にするだけの存在だと思われていたカナシミだが、ヨロコビとともに脳内を冒険するなかで、他人の傷ついた心に寄り添い共感する特別な能力を持っているということが分かってくる。ライリーは、脳内の感情たちとともに、世界の実像に触れ成長していく。  ピート・ドクターは、監督作『モンスターズ・インク』の少女を、自身の小さな娘をモデルに、『インサイド・ヘッド』でも思春期に入った娘の心理からインスピレーションを得ている。それが少女の心理や、その親の感情表現に、より深い実感を与えていることは言うまでもない。完成まで5年と、ピクサー作品としても例外的に長期製作になったことから分かるように、この難物の企画を、それでも完成し得たのは、奇想と実直を併せ持つピート・ドクターならではといえる。  脳の構造と精神分析的な知識を散りばめた物語は、小さな子供の観客には難し過ぎるかもしれない。けれども、現実世界がそうであるように、子供たちは作品世界の全てを理解する必要はない。脳内世界の住人の謎や、精神の奥底への畏怖や美しさは、子供たちの心の奥に、咀嚼できない体験として、そのままゴツンと残り続けるだろう。そして、脳のしわのなかに潜んでいた、あのイマジナリー・フレンドのように、いつか再会できる日が来るかもしれない。
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(C)2015 Disney/Pixar. All Rights Reserved.

アメリカ製劇場アニメの狂気の情報量

 ピクサーの映像表現は、新作の度に大幅に更新されるが、本作においても、数作前のピクサー作品と比較にならないほど、さらに繊細に鬼気迫る完成度に達している。カラフルに彩られ、漫画的軽やかさに満ちた脳内世界に対し、彩度が抑えられ、ひんやりとした質感でライリーを追った現実世界のパートは、日常シーンが多く見逃しがちになるが、例えばライリーが自己紹介する教室の、生徒たちが思い思いに行動する描写など、目を凝らすと気が遠くなるほどの情報が画面にあふれ、従来の作品であれば大スペクタルになり得る表現が、多くのシーンで当たり前に炸裂していることが分かる。  作品づくりへの愛情や、ピクサーを立ち上げたジョン・ラセターの信念に裏打ちされていることはもちろんだが、この狂気のような情報量を投入する理由は、ライバルとなるスタジオの存在も大きい。今夏は、アニメ作品だけでも イルミネーション・エンターテインメントの『ミニオンズ』、アードマン・アニメーションズの『ひつじのショーン バック・トゥ・ザ・ホーム』など強敵が立ちふさがる。同じくジョン・ラセターが製作の最高責任者として統括する同系列のスタジオとはいえ、CGアニメーションの祖・ピクサーとして、ディズニーに負けたくないという想いもあるだろう。  その戦いは、CGの限界に挑んだ豪華な映像だけにとどまらない。ピクサーでは脚本づくりのため、制作者、監督、ストーリー・アーティスト、各部門のスタッフによる、ときに数年に及ぶ脚本会議によって、ストーリーをブラッシュアップさせてゆく方法をとっている。これはラセターがピクサーで確立したストーリー作成法であり、今では『アナと雪の女王』などディズニー映画も、ラセターが製作責任者になったことで、この「ピクサー流」で進行されている。シナリオの弱い部分について「こうした方がいい」と鑑賞後に言い合ったりするのは、映画好きにとっても楽しい儀式だ。だがピクサー作品においては、大多数が考えるだろう脚本上の致命的な問題点は、すでに脚本会議で克服されている場合が多い。  『ミニオンズ』もそうであるように、近年のアメリカ製アニメ大作の脚本は、大量のギャグを含めた案を休まず次々に投入する。CGなど表に出る部分だけでなく、脚本でも加速競争が過熱し、熾烈な総力戦が展開されるのである。この異常にスピーディなテンポの作品に慣れてしまうと、カンフーの達人にでもなったように、日本の一般的なアニメ作品が、まるでスローモーションのように見え、物足りなくなってしまう。

古典喜劇へと回帰するアニメーションの舞台

 この、次々にユーモアを繰り出す作劇は、アメリカ映画においては、かつて「スクリューボール・コメディ」と呼ばれた、洒脱なコメディ・ジャンルを想起させる。それは、アメリカのアニメーションが本質的に喜劇として作られているからであろう。ハリウッドで成功したエルンスト・ルビッチ、ビリー・ワイルダーという、演出家、脚本家でもあるアイディアマンは、ひとつの映画の中に大量の案を詰め込み、ハワード・ホークス監督はハイスピードの演出が連続する一連の喜劇を生み出した。日本においては川島雄三監督が代表的だ。  スクリューボール・コメディの源流は、「ヴォードヴィル」と呼ばれるパリの舞台喜劇である。そこでは、比較的ナンセンスギャグの少ない『インサイド・ヘッド』のような感動させる作品も同ジャンルとして扱われる。かつてチャップリンやバスター・キートン、ハロルド・ロイドなどサイレント期の喜劇スターたちは、芸人として様々なコメディ表現を映画に持ち込んだが、とくに好評を博したのが「スラップスティック」という、大げさな身振りや活劇で観客を沸かせる方法であり、これをそのまま継承したのが、ジャッキー・チェンやトム・クルーズのスタント・アクションである。  ハリウッド映画は、商業的に、より多くの観客に好まれる、映像的なスラップスティック的価値観に傾き、ヴォードヴィル風作品は、一部例外を除き、映画よりむしろTVが主戦場になっていったといえるだろう。TVで生まれた「ザ・シンプソンズ」は、ブラックなギャグが限界量まで連打され続けるコメディとして、アメリカの象徴的アニメーションになっているし、TV演出家であった『ブライズメイズ』のポール・フェイグなど、スクリューボール的感覚を映画に逆輸入した監督もいる。CGによってときに実写を乗り越える圧倒的リアリティを獲得したことで、米国製アニメーションは、このような、かつての洗練された質の高いコメディ表現を「映画」の世界にふたたび蘇らせることのできる、一大フィールドを得たといえる。  この圧倒的な質と情報量を持つ大作に、他国のスタジオが対抗するとき、映像や脚本を、「余韻」「情緒」という曖昧な「芸術性」でごまかすことは、もう難しくなってきているのではと感じる。英国のアードマン・スタジオのように、粘土の手作り感を強調し伝統工芸化することで、CGに対する生存戦略を選び取ったように、日本で主流の手描きアニメーションに必要なのは、ドローイングの魅力の追求であるように思う。また脚本においても、かつてガレージ・カンパニーであったピクサーのように、『インサイド・ヘッド』などの独創的発想を生み出すことや、脚本の整合性強化へ向け、手立てを打つことはできるはずである。  しかし、ピクサー流の会議による脚本づくりが、唯一の正しい道というわけでもない。ひとりで脚本を練り上げることは、思い込みに引っ張られもするが、それだけに常識をはずれた強い推進力を得ることもある。実際、宮﨑駿は多くの監督作品において、絵コンテを描きながらひとりで物語を作り出してきたのである。『バケモノの子』では、細田監督が初の単独脚本に挑んだが、彼が目指し挑戦するのは、紛れもなくこの強い作家性による作品づくりの道であろう。そして、その先には強烈な作家性を持つ「天才」ブラッド・バードもいるはずである。 ■小野寺系(k.onodera) 映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。Twitter映画批評サイト ■公開情報 『インサイド・ヘッド』 公開中 公式サイト