17日、俳優の堤真一と女優の戸田恵梨香が、ドラマ『リスクの神様』(フジテレビ系)のファンイベントに登場。ドラマは、企業を守る危機管理専門家の奮闘を描くストーリーなのだが、「敵に回すと一番やっかいな出演者は?」と質問を受けた堤は迷うことなく、「戸田恵梨香」と即答。その理由として、「この人が機嫌が悪くなると、現場が進まない」と答えた。 これに対して戸田は「さっぱり理解できない」と納得がいかない様子。かねてからウワサされる戸田の“女王様”ぶりに、「やっぱり、エリカと名の付く女は傲慢になるようだな」とネット上で早くも話題に上がっている。 「彼女の場合、女王様というよりも、傲慢な王様って感じですかね。性格が男っぽいんですよ。子どもの頃、少林寺拳法をやっていたぐらいですから、今のナヨナヨした男性アイドルなんかより、よっぽど気性が荒い。負けず嫌いでストイックな性格だから、演技にも一切妥協しない。プロの女優として感心しますけど、それを共演者にも求める。少しでも自分の思い通りに撮影が進まないと、機嫌が悪くなる。みんな、彼女に気を遣ってヘトヘトですよ」(ドラマ関係者) また、この日に27歳の誕生日を迎えた彼女。「よくノーメイクで出かけるんですよね。むしろメイクしている時のほうがビックリされるぐらいなんですよ」と明かし、「適当に生きているんです」と、特にエイジングケアはせず、女優としてはかなり不精な様子。 「そのあたりも、男っぽいというか、ガサツというか……。現場では演技のことに集中して、メイクは完全にメイクさん任せ。私生活も、その延長なんです。若いうちはそれでもいいですけど、そろそろちゃんとしたケアを考えないと、女優生命を縮める事態にもなりかねませんよ」(同) 現場での目に余る傲慢が許されるのも、人気があるからこそ。少なくとも男性人気は着実に減ってきているようだが、果たして、彼女に危機感はあるのだろうか?
日別アーカイブ: 2015年8月19日
拝金主義の中国でも純愛は健在!? 指輪を買うため20年間で小銭150キロためた男が、幼なじみにプロポーズ
「大きくなったら、僕のお嫁さんにするよ!」 幼い頃、幼なじみの女の子と、こんな約束をしたことがある人もいることだろう。しかし、本当にそれを実現した人となると、ほとんどドラマの世界でしかあり得ないのではないだろうか? 「安徽商報」によると8月1日、安徽省阜陽市にある宝石店に一人の男性がやってきた。店に入ってくるなり、男性は宝石を見ることもなく店員にこう尋ねた。「ダイヤの指輪が欲しいのだが、硬貨で買うことはできるか?」 突拍子もない話に驚いた店員が詳しく話を聞いてみると、これまでに何軒かの宝石店を当たってみたがすべて断られ、わらをもつかむ思いでこの店に来たのだという。男性は、こう話した。 「幼い頃、よく一緒に遊んでいた幼なじみがいた。すごく仲がよかったものだから、近所の大人たちから、『大きくなったら、お嫁さんにもらったらいい』と冗談を言われたりしていた。それで20年前のある日、その女の子に言ったんだ。『今日からお金をためて、大きくなったら僕のお嫁さんにするよ』と。それから今までずっと、小銭をため続けてきたんだ」 その後、成長した2人は、学校や仕事の関係で離れ離れになり、会うのは春節で帰省した時くらいになっていた。しかし、この男性は昔の約束を忘れることなく、ずっと小銭をため続けた。 そして30歳となった今、ようやくチャンスがめぐってきた。相手の女性が、仕事の関係で地元に戻ってきたのだ。 「お金をためて君をお嫁さんにするっていう、20年前の約束を覚えている?」 男性は勇気を奮い起こして女性に告白した。いい迷惑だったのは、一日中硬貨を数えさせられたこの宝石店の店員たちだったかも?
「今までずっと小銭をためていて、指輪も買えるくらいはある。結婚しよう!」 幼い頃の小さな約束をずっと守ってきたことに、相手の女性は感動して涙を流したという。 その話に感動した宝石店のマネジャーは、硬貨での支払いを承諾。男性は喜び勇んで、リヤカーに硬貨をどっさり積んで宝石店に持ってきた。その重さは150キロもあり、4人の従業員は丸1日かけて数えたところ、1万2,000元ちょっと(約24万円)に。8月4日、男性は無事にダイヤの指輪を買うことができたという。 新聞社の取材に答えた宝石店のマネジャーは「これは真実の愛の証。この150キロの硬貨は、当店の博物館に展示することにします」と答えている。 中国では拝金主義が進み、結婚相手には家と車を持っている男でなければ見向きもしない女性が多くなっている中、純愛はまだかろうじて存在していた──という、ちょっとイイお話なのだが、報道では宝石店の名前もしっかり出ており、ネット民たちからは店の宣伝目的のヤラセではないかという声も出てきている。 真相は確かめようがないが、やっぱり中国の人々は、もはや純愛など存在しないと思っているのは確かのようである。 (文=佐久間賢三)世紀をまたいで集められた、膨大な数の硬貨
ナイナイ・岡村がCAに激怒、長谷川豊「玉木宏は声の演技できない」!“キレ芸”の夏
佐野研二郎氏の五輪エンブレム“盗作問題”「損害賠償」を恐れる利権構造の闇
五輪エンブレム盗作問題への批判が拡大する中、これに関わった広告代理店周辺の関係者からは「損害賠償」というNGワード4文字がささやかれ始めているという。 「もしこのデザインが使われなくなったら、数十億単位の損失が出る。一体それを誰が払うことになるのか、“損害賠償”という4文字を恐れるような話がチラホラ聞かれ始めてます」 匿名を条件に語ったのは、大手企業のロゴマークも手掛けた50代の日本人デザイナー。自身はこのエンブレムにまったく関わっていないが、周辺事情は「いやでも耳に入ってくる」という。 「新国立競技場の問題はよくある箱モノ行政の典型だったけど、こっちは世間に知られていない利権の巣窟があって、必死にそれを守ろうとする動きがあります。この利権の中では“損害賠償”という4文字がNGワード。絶対に回避したいものです。いま各方面が必死の火消しに走っている感じ。大会組織委員会が白紙撤回できないのもそれが理由でしょう」 実際、2020年東京五輪・パラリンピックの公式エンブレムの盗作問題については、これだけ世間から「変更しろ」との声が出ていても、組織委は使用の姿勢を堅持。ベルギーの劇場側から著作権侵害で使用差し止めを訴えられていることにも、劇場のロゴが商標登録されていない「法律論」を盾に「このような劇場側の態度は公共団体の振る舞いとしては受け入れがたい」と異例の非難声明を出した。 「この必死の抵抗は、損害賠償と利権構造にメスが入ることを怖れているんですよ。エンブレムの選定はもともと広告代理店の仕組んだ出来レースみたいなもんで、応募要項からして八百長。応募資格に組織委が指定した過去の7つのデザインコンペのうち2つの受賞者に限っており、多くの有力デザイナーを排除している。これは、内輪で商標の著作権ビジネスを展開するためで、審査員も佐野と親しい身内ばかりなのは、そのせい。そもそも佐野がアートディレクターなんていう肩書きを名乗っているのも、デザインより著作権での金儲けに特化したチーム運営に走ったからで、これに欠かせないのが大手企業とメディア。両者をつなぐ広告代理店を軸に利権の構図があって、関係者はみんなこれを守ろうと徹底抗戦です」 聞けば、今回の問題に対する同業者の反応も、そのスタンスで分かれるという。 「利権の恩恵を授かりたいビジネス志向派は、絶対にこれを批判できないですからね」 しかし、作者の佐野氏は別件でのデザインの盗作問題で、その信頼は地に堕ちている。サントリーのキャンペーンでは、「スタッフ教育が不十分だった」と自身がデザインしたものではなかったとする逃げ口上で一部の盗作を認める始末。 「それでもサントリーが8種類だけ取り下げる中途半端な対応をとったのは、大々的に損害賠償請求しなくてはならなくなる事態の回避で、広告代理店などが、必死に裏で手を回している」とデザイナー。 「今後もしサントリー製品の不買運動なんてことが起これば、さすがにこれだけで済まされなくなる。その場合は当然、佐野ひとりの問題ではなくなってくる」(同) 一部デザインには、オリジナルのデザイナーから新たな訴訟が起こされるという話があるが「法廷に持ち込まれたら、実際にデザインした部下とやらの実名も明らかにしなくちゃならなくなると思う」とデザイナー。 「でも、その仕事の中身を明かせば、困るのは佐野ひとりじゃないですからね。金を積んで和解に持ち込んででも、そこはひた隠しにするのでは」(同) 一説には、佐野氏の部下のひとりが知人に「俺はやってない。それなのにもし自分の名前が犯人みたいにして表になったら最悪だから、その前にこの泥船から抜けたい」と相談していたというウワサも聞かれるが、いずれにせよこのままでは組織委も叩かれる一方だろう。 新国立競技場の問題では建築家の安藤忠雄氏が記者会見で大声を上げて責任逃れの弁明に終始したが、損害賠償がチラつくエンブレム問題では、なお逃げ出そうとする人が出てきそうだ。 (文=ジャーナリスト・片岡亮)「東京2020大会エンブレムページ」より
「ていねいな暮らし」系が陥りやすい、女性とはこうあるべきという価値観
今年の〈と学会・トンデモ本大賞〉にて紹介された、『運を呼び込む 神様ごはん』(ちこ著・サンクチュアリ出版)。前編ではエクストラ発表と学会会員・本郷さんが取り上げたトンデモポイントをご紹介しましたが、後編ではその世界観の背景について語ってもらいました!
結局、家庭で実践するには少々ハードルが高いという印象に終始した、ゆにわ流〈神様ごはん〉。それだけでなく、さらにもう少し掘り下げて読んでみると〈男尊女卑の考えが根底に見受けられる〉と、本郷さんは指摘します。
本郷「おいしい手作りの食事を出せばすべてがうまくいくということは、逆に言うと女が常に手作りの食事を作らねばならないというプレッシャーを与えられているわけですよね。『神様ごはん』には、女は台所にこもってればいいんだという、男尊女卑の古い考えを感じます。情報過多によって、〈男に選ばれる女でなければ価値がない〉〈価値を認められなければ生きている意味がない〉という価値観に染められちゃった人たちが、神様ごはんのような世界へいっちゃうんじゃないでしょうか」
雑巾がけをして天津祝詞(あまつ のりと)を唱えたり、米を炊くたびに米と水の恋愛ドラマを想像するなど、私は正直いちいちそんなことやってられないと思ってしまうことばかりなのですが、『神様ごはん』を読んで実践しようと思う読者はどんな方たちだと思いますか?
本郷「いわゆる〈ていねいな暮らし〉という言葉に弱い人たちですよね。30代くらいから上にいくあたりの年代って、子どものお受験があったり、女性としての価値がどんどん下落していることに気づいて、でも目をそむけたかったり。そういう人が自分の存在意義を高めるために、こういった世界にのめりこむのかもしれません」
◎いにしえに惹かれる心
この神様ごはんの世界は〈古神道〉の考えに基づいているとのことですが、実は子宮を崇める女性たちも〈古神道〉を引き合いに出しています。この手のスピ物件は、なぜ〈古〉を引っ張りだしてくるのか……という疑問に対する本郷さんの指摘は、実に分かりやすいもの。
本郷「単に〈古〉をつけると、現代で出回っている各宗派からつっこまれても平気だからでしょう。今あるものを利用すると『じゃあ氏子になりなさい』『檀家に入りなさい』と、既存のコミュニティに組み込まれるじゃないですか。ぶっちゃけ言ってしまいますが、今の人たちって宗教から利益は欲しいけど義務は背負いたくないというのが本音ですよね。それにはやはり既存のコミュニティやヒエラルキーがガッチリできているところに入りたくない。だから、すでに絶えてしまっているような、組織がなさそうなほうに行きたがるんじゃないかなと思うわけです」
さらに、古神道と同じくらいよく使われるのが〈言霊〉の効果。ちなみに『神様ごはん』では、流し台(シンク)と思考(シンク)は連動しているので、流し台は常に美しく整え邪気を洗い流す。身体(しんたい)は神体(しんたい)だから、大事に扱うと神が宿ると解説されています。子宮教でも「産道=参道」なんて言っていますが、コレはどうとらえればいいのでしょうか。
本郷「単純に、読者に『え~! そうだったんだあ~』と思わせるためだけのもの。表面的に、読者を納得させて〈気づき(笑)〉という快感を味わわせるためだけにやってるんじゃないかと。古神道にこだわったら、古語の世界ですから、おそらく今ではもう探しようのない言葉とかあるはずなんですよ」
そもそも、ダジャレレベルのものを〈言霊〉と言ってしまうことが、少々罰当たりなような気がします。
◎料理の神は、ここにいた!
本郷「本当の意味でお料理を神聖に一所懸命行うのだったら、土井善晴さんのお料理を見習うべき。NHK『きょうの料理』で神回と呼ばれるものがあります。具なしのおにぎり、いわゆる塩むすびを作るだけなんです。手をきれいに洗うところから始めて、塩むすびを作るまで15分! 宗教はまったく関係ないけれど究極の料理オタクであり、誰よりもお料理と向き合っている。あれこそが、神様ごはんでしょう(笑)」
霊的なパワーを呼び込まなくても、愛情のこもったおいしいごはんは誰でも作れるもの。実用的でいて、〈神〉が宿る回もあるという『きょうの料理』で腕を磨き、おいしい料理という幸せをかみしめてはいかがでしょう。毎日の営みであるごはんに開運効果まで求めていては、神様もさすがにお疲れになるでしょうから。
(謎物件ウォッチャー・山田ノジル)
マリエが男性化&劣化!? “セレブキャラ”のメッキが剥がれ、芸能人オーラゼロに!
今月15~16日に千葉県幕張で行われた、国内最大級の都市型音楽フェスティバル『サマーソニック2015』。初日に来場した芸能人たちの中には、かつてバラエティ番組に引っ張りダコだったモデルのマリエの姿もあったのだが、ベリーショートヘアにキャップをかぶったその姿は、ボーイッシュというよりも男性そのもの。「マリエに気付いてスナップを撮った人はすごいな」「色気もオーラもない」と、ネット上では酷評されているようだ。 マリエといえば、2011年03月19日にTwitterで「くだらね、世の中チャリティ産業かよ!?」と、東日本大震災直後の有名人たちの支援活動に対して暴言を吐き、世間から大批判を浴びて、逃げるようにアメリカへ留学。しかし、その後はどうやって過ごしていたのだろうか? 「ニューヨークにあるパーソンズ美術大学に通っていたようですね。たまにファッションイベントに参加することもありましたが、基本的には公の場に登場することを控えていました。12年に同大学の受講コースを修了して、もうそろそろほとぼりも冷めただろう、と帰国したようです」(ファッション業界関係者) しかし、彼女の思惑は外れ、ほとぼりが冷めるどころか、彼女の存在自体が世間から忘れ去られていたようだ。 「移り変わりの激しい芸能界で、1年以上も姿を消して、自分の居場所が確保されているなんて考えるほうが甘いですよ。彼女がアメリカへ渡り、その後釜に座ったローラが、今ではハーフタレント枠で絶大な人気を得ていますからね。残念ながら、マリエにはもうタレントとしての需要がありません」(テレビ関係者) しかし、マリエにはどうしても芸能界で稼がなくてはいけない事情があるようだ。 「父親の事業が失敗し、父親の関連会社名義だった自宅を、09年に彼女が買い取っていたことから、彼女名義の借金が6,500万円近くあるというウワサがあります。セレブキャラは完全に崩壊し、芸能界には居場所がない。これから、どうしていくんでしょうね」(同) かつては、「私、1日5回セックスしなきゃダメな人なんですよ!」などと大胆な発言をしていた彼女だが、今でもそんな相手はいるのだろうか……?マリエオフィシャルブログより
ドナルド・トランプに外見劣化をディスられたハイディ・クルム、おもしろ動画で華麗な反撃
“子どもだまし”では、子どもはだませない! Eテレ法廷教育ドラマ『昔話法廷』が裁くもの
「もー! 認めなさいよ、このババア!」 裁判官が「静粛に!」と制止する中、“被害者”の白雪姫は我慢できずに“被告人”の王妃につかみかかった。検察官から、リンゴ嫌いのはずの王妃のパソコンに「おいしい リンゴ」という検索履歴があったことを指摘されたにもかかわらず、王妃が顔色ひとつ変えず「白雪姫と同じものが好きだなんて、わたくしのプライドが許さない。だから、こっそり取り寄せたの」と釈明したことに激高したのだ。 「そんなの言い逃れよ、そのりんごを私に食べさせたのよ!」と。 これは、『昔話法廷』(NHK Eテレ)の一幕である。王妃の白雪姫に対する殺意は明白であり、犯行時刻のアリバイもないとし、「殺人未遂」の罪で裁判にかけられた王妃。対する弁護側は、凶器のリンゴに王妃の指紋はなく、王妃の犯行の根拠である、被害者が聴いたという「王妃の高笑い」も毒で意識が朦朧とした状態で聴いたもののため信用性に欠け、証拠不十分で無罪を主張している。 『昔話法廷』はこのように、誰もが知る「昔話」を題材にした裁判を描いている。裁判員となった主人公が、両者の主張を聴きながら真相を考える1回15分間の法廷ドラマである。これまで「3匹のこぶた」「カチカチ山」「白雪姫」という3篇の昔話が裁判にかけられた。 何よりすごいのは、画面のインパクトだ。こぶたやウサギ、タヌキなど、リアルな造形の着ぐるみが法廷に並んでいる。その光景はあまりにもシュールだ。かわいらしい動物キャラの造形とは程遠く、その表情や目つきは“獣”的。 「カチカチ山」裁判で被告人となったウサギの何を考えているかわからない鋭い目つきは、タヌキへの報復のため数々の残虐な行為を働いたことと相まって、さながら、サディスティックなサイコキラーの不気味さを思わせる。そんなウサギが「反省してる」「(タヌキが)死ななくてよかった」と情状酌量を求めつつ、「今度バッタリ、タヌキに会ったら?」と問われ、何も答えられず目をそらすさまは、身震いすらしてしまう。 「3匹のこぶた」裁判では、こぶたの三男・トン三郎によるオオカミ殺害が「正当防衛」が認められるかを争っている。言うまでもないが、こぶたのレンガの家に煙突から侵入したオオカミが、煮えたぎる湯が入った鍋に落ち殺された“事件”である。その家主であるトン三郎は、計画的犯行であるとし、「殺人罪」で裁判にかけられている。だが、彼は殺害自体は認めているのもの、あくまでも自分たちを襲ってくるオオカミに対して突発的に行った反撃であるとして、「正当防衛」を主張しているのだ。 証人尋問では、殺されたオオカミの母や、こぶたの長男・トン一郎が出廷。木南晴夏演じる検察は、オオカミの母を尋問し、オオカミのカレンダーに「3時 豚肉パーティ トン三郎の家」と書いてあり、こぶたに招待されていたらしいことや、遺体を発見した家のテーブルに『オオカミのただしいころし方』という本があったという証言を引き出していく。 対して、加藤虎ノ介扮する弁護士は、「豚肉パーティ」と言ってこぶたが呼ぶのは「自分を食べて」と言っているようなもので、考えられない。また、部屋にあった本は『オリガミのたのしいおり方』だったと反論する。 最終弁論で検察は、直前に大鍋を購入している点や、食事時でもないのに大量のお湯を沸かしていた点、そしてオオカミを鍋から出られないようにフタを固定するために使った石はとても1匹で持ち上げられる重さではなく、3匹で協力した上の計画的犯行であることは明らかと結論付ける。一方、弁護側は、裁判員に心情で訴えかける。 「身の危険を犯してまで、オオカミをおびき寄せるでしょうか?」と。 番組では、最終的な判決までは描かない。もちろんそれは、この番組が「教材」であるという理由が大きい。当然、裁判員制度や裁判がどういったものかを子どもたちに教える教材用の映像として、学校等で使われることを想定して作ったものであろう。 また、同時に道徳的な教材にもなっている。「正義」と言われているものは、本当に「正義」なのか。「常識」や「前提」としてきたものは、本当に疑いなく正しいのか。『昔話法廷』は、誰もが知る「昔話」を題材にし、それを別の側面で見ることで、子どもたちに物事を多角的に見る力を養わせる。 何より、『昔話法廷』が「教材」として優れているのは、この番組が「面白い」ということだ。子どもだましでは、子どもはだませない。本格的法廷ドラマとして大人も楽しめように作りこまれているからこそ、子どもたちも前のめりになり、「教材」となり得るのだ。 今回放送された3篇は、8月21日(午後11時25分~11時55分)と28日(午後11時30分~11時45分)に再放送が予定されているので、未見の方はぜひ見てほしいし、続編もまだまだ見たい。 「桃太郎」「かぐや姫」「浦島太郎」「こぶとりじいさん」……。裁くべき正義や常識は、まだまだある。 (文=てれびのスキマ <http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/>) ◆「テレビ裏ガイド」過去記事はこちらから『昔話法廷』(NHK)
犯罪発生率の増加も食料問題もこれで全て解消!? 鬼畜監督が考えたベストアンサー『ムカデ人間3』
ひとりぼっちはイヤ、誰かと繋がっていないと不安……。そんな現代人にぴったりなスカトロ版“人類補完計画”が『ムカデ人間』シリーズだ。頭のおかしな外科医によって拉致された3人の男女が肛門と口を縫合され、数珠繋ぎ状態のムカデ人間にされるという衝撃的なホラー映画『ムカデ人間』(09)は世界各国で上映禁止になるほどの騒ぎとなった。続く『ムカデ人間2』(11)は前作『ムカデ人間』を観たオタクが模倣事件を引き起こすという、さらに悪趣味なストーリーに。そして、いよいよ『ムカデ人間3』でシリーズが大団円を迎えることになった。 第1作は3人、第2作は12人編成のムカデ人間だったが、シリーズ完結編『ムカデ人間3』は何と500人がひとつに繋がったスーパームカデ人間が登場! また、刑務所を舞台にした本作はただエログロなだけでなく、囚人たちをムカデ人間化してひとつに繋げば、暴動も脱走もできず、食事もひとり分で済み、さらに犯罪に対する抑止力効果も期待できるという“ブラックコメディ”にもなっている。こんなクレイジーな『ムカデ人間』シリーズを考え出したトム・シックス監督とはどんな人物なのか? オランダの自宅で新作の準備を進めているトム監督にスカイプインタビューを行なった。 ──ドイツを舞台にした『ムカデ人間』はナチスドイツが大戦時に行なった人体実験、ロンドンを舞台にした『ムカデ人間2』は英国の保守的な社会の裏側をそれぞれ痛烈に風刺していました。シリーズ完結編となる『ムカデ人間3』は世界唯一の超大国となった米国が舞台。オランダ出身のトム・シックス監督は米国にどのようなイメージを抱いているのでしょうか? トム・シックス とにかく、デカい国だというイメージだね。すべてがXLサイズの国(笑)。ハンバーガーもコーラも、すべてXLサイズ。だから刑務所もやたらとバカデカい。『ムカデ人間3』の舞台となる刑務所は、大統領の名前を拝した「ジョージ・ブッシュ刑務所」という名前なんだ。ブッシュ政権時代の諸外国に対するデカい態度も含めて、やたらとデカい国・アメリカそのものを風刺した作品なんだ。 ──もともと『ムカデ人間』のアイデアは、幼児に対する性的虐待事件にトム監督は怒りを覚え、犯罪者に対する罰として“犯罪者と犯罪者の肛門と口を縫い合わせる”行為を思いついたそうですね。 トム そうだ、その通り! 極悪人に対する罰としてムカデ人間は思いついたんだ。でも、『ムカデ人間』『ムカデ人間2』ではなぜか罪のない人間が事件に巻き込まれて、不条理にもムカデ人間にされてしまった(苦笑)。ようやく『ムカデ人間3』で犯罪者たちへの罰則としてムカデ人間化計画が進むんだ。シリーズ完結編で、自分が本来やりたかった形にすることができたというわけさ。刑務所の囚人たちを全員ムカデ人間化してしまう。素晴しいアイデアだと思わないかい(笑)。犯罪者同士の肛門と口を繋げば、食事代はひとり分で済むし、暴動も脱走することもできない。刑務所全体の予算を抑えることができる。そもそもそんな罰則があれば、誰も刑務所に入ろうとは思わないから、犯罪率も下がる。こんなにいいことはない。米国の刑務所だけでなく、日本でも導入してみたらどうかな(笑)。考えてみれば、刑務所以外でも役立つはずだ。発展途上国の人たちに食料を送りましょうというチャリティー活動をしている人たちがいるが、それよりも彼らがムカデ人間になれば、食料問題はいっきに解決するんじゃないかな(笑)。『ムカデ人間』三部作を完結させたトム・シックス監督。あまりに過激な作風のため、1作ごとにロケ地を変えないと撮影ができなくなっている。
■天才と呼ばれる人間はみんな変態である ──『ムカデ人間』でクレイジードクターを演じたドイツの怪優ディーター・ラーザーが再び主演。『ムカデ人間2』では脚本内容をめぐってトム監督とケンカになり、『ムカデ人間2』を降板したというネットニュースを見かけましたが、関係を修復できたようですね。とはいえ、刑務所内で独裁者として振る舞う所長役のディーターと本人役で出演したトム監督の間にはリアルな不穏さが感じられましたが……。 トム それは誤解だ。ディーターとは確かにケンカしたが、それは『ムカデ人間2』ではなく、『ムカデ人間3』のクランクイン前だったんだ。僕が書いた台本を彼に渡したところ、彼は最初はすごく喜んで「やりたい」と言っていた。ところが撮影に入る直前になって、「このままの内容では演じることができない」と脚本の変更を要求してきたんだ。彼自身なのか彼の事務所なのかは定かじゃないけれど、内容の過激さに怖じ気づいてしまったようだね。撮影直前だったから僕も怒ってしまい、それで諍いになってしまった。「この脚本でやるべきだ」と必死に説明したところ、ようやく彼は納得してくれたんだ。撮影現場に立つということは勇気を振るわなくちゃいけないということを自覚してくれたんだ。それ以降は僕と彼は良好な関係を保ち、いい友人になれたよ。今回、彼が演じた所長ビル・ボスは映画『ムカデ人間』が大嫌いで、それを撮った監督のトム・シックスのことも嫌っているという設定だったんだけど、彼はとてもリアルに演じてくれたよ(笑)。 ──撮影直前のケンカが役づくりにいい影響を与えたわけですね。ディーター演じる性悪所長が囚人たちの暴動に遭い、デスレイプ(あまりにもインモラルすぎるプレイで説明不可能)されるシーンは強烈です。どうすれば、デスレイプみたいなサディスティックなプレイを思い付くんですか? トム 僕のイマジネーション能力はほとんど病気、いや超能力のレベルに達していると言ってもいいかもしれない。デスレイプ以外にも、まだまだ映像化していないアイデアは豊富にあるんだ。でも、実生活では試そうとは思わないよ。現実世界の僕は小さなネズミ一匹も傷つけることができない。そんな僕だけど、想像の世界では何でもできちゃうし、それを止めることは誰にもできないんだ。 ──とてもストレートな言葉でお尋ねします。トム・シックス監督、あなたは変態ですか? トム YES! 僕は変態です(笑)。そして、そのことを誇りに感じているよ。 ──欧州にはラース・フォン・トリアー、ミヒャエル・ハネケほか変態的な作風で知られる映画監督が多いですね。ある意味、クリエイターはみんな変態なのでしょうか? トム YES! そうだと思うよ。天才と呼ばれる人間はみんな間違いなく変態だよ。まぁ、僕を上回る変態はそうそういないと思うけど、ピエル・パオロ・パゾリーニは本当にクレイジーな監督だったよね。現役の監督でいえば、ポール・バーホーベンだな。ハリウッドで撮った『ロボコップ』(87)や『スターシップ・トゥルーパーズ』(97)はかなりおかしな作品だっただろ?『ムカデ人間』のディーター・ラーザーと『ムカデ人間2』のローレンス・R・ハーヴェィが悪夢の共演。ムカデ人間第1号を演じた北村昭博も参戦。
──バーホーベン監督も、トム監督と同じオランダ出身じゃないですか。 トム そうだね。でも日本人だって、そうとう変態じゃないか。僕から見ても、三池崇史はとてもクレイジーな監督だと思う。それと僕がいちばん好きな日本の監督、えぇと名前が言いにくい……、塚本晋也! 彼の作品もすごく変態チックじゃないか。 ──確かにそうですね。トム監督の場合はみずから変態であることを認められたわけですが、どのような環境で育ったんでしょうか。少年時代について教えてください。 トム OK! 僕はいわば、幸せな少年時代の犠牲者なんだ。僕の両親はとてもいい人で、僕は大切に育てられた。そしてそんな恵まれた環境の中で、僕は逆に幸せに対して怒りを覚えながら育ったんだ。物心が付くようになってから、ビデオレンタルで気味の悪い映画を借りてきて観るようになった。例えば、パゾリーニの『ソドムの市』(75)とかだね。それが、やがてホラー映画への興味へと繋がり、狂った物語にしか僕は興味が持てなくなってしまったんだ。それが今の僕に至る道だというわけさ(笑)。自分が“変態”だと自覚できたときは、とてもハッピーだったよ。完全なる幸せを感じることができた(笑)。人生そのものが悪いジョークみたいなものだし、逆にいえば人生をジョークとして捉えてもいいんじゃないかと考えるようになった。朝9時から夕方5時まで働くような型にハマった仕事は、自分には向かないと気づくこともできたんだ。 ──妹のイローナ・シックスさんは美人プロデューサーと評判ですが、イローナさんも一緒にホラー映画を観ていたわけですか? トム そうだよ。彼女は僕より6歳下。彼女がとても幼いときから、僕が彼女の嗜好性を決めてしまったようなものだね(笑)。たくさんのホラー映画を観せられ、最初は彼女は泣き続けていたんだけど、ある時点から彼女もホラー映画を好きだと思うようになったんだ。僕の嗜好性を彼女も受け入れたんだ。まぁ、兄妹で同じ遺伝子を受け継いでいるわけだしね。そういうふうに考えると僕の両親もある意味ではクレイジーな一面も持っていたな。世代が違うから、僕と違ってもっと落ち着いたものではあるけどね。やがて僕は映画を撮るようになり、イローナがプロデューサーとして映画の予算を管理してくれるようになったんだ。「こんな感じで囚人たちを繋いじゃえば、食費も経費も浮きますよ」。刑務所の会計係ドワイトは楽しそうにムカデ人間計画を提案する。
──『ムカデ人間』シリーズは、観た人の100人中99人が吐き気を催すけれど、残りの1人は生きる勇気を感じるカルトな作品。これからも、このような作品スタイルを貫く? トム もちろん! 僕にとって「吐き気がする」という言葉はスタンディングオベーションと同じ意味なんだ(笑)。僕の映画を観て本当に吐いた人がいれば、それは僕にとって最高の歓びだよ。まぁ、『ムカデ人間3』はコメディ要素も強いと僕自身は思っているので、単なるホラー映画ではなく、ホラーコメディとして楽しんでくれれば、すごくうれしいよ。それに僕の映画はこれまで誰も見たことのない世界を描いているから、今まで体験したことのない感覚や喜びを感じることができるはず。僕の映画を観て、生きる希望を感じる人もいるかもしれないね。逆に僕の映画を観て、不快に感じたり、怒りを覚える人も少なくないと思う。実際、『ムカデ人間3』は米国を直接的に皮肉っていることから、ニューヨークタイムズといったメジャーなメディアでは酷評された。でも、僕は自分の名前さえ間違っていなければ、映画評で何を書かれても全然かまわないんだ。それに、『ムカデ人間』シリーズを観て強い怒りや不快感を覚えたという人は、僕が風刺した社会そのものに怒りや不満を感じている人なんじゃないかな。「サイコー!」もしくは「サイアク!」、両極端な評価のある作品をこれからも撮り 続けるよ。僕にとっては「平凡」という言葉がいちばんの酷評なんだ(笑)。 (取材・文=長野辰次) 『ムカデ人間3』 監督・脚本/トム・シックス 製作/イローナ・シックス 出演/ディーター・ラーザー、ローレンス・R・ハーヴェィ、エリック・ロバーツ、北村昭博、ブリー・オルソン、ロバート・ラサ、トミー・タイリー・リスター、トム・シックス 配給/トランスフォーマー R18+ 8月22日(土)より新宿武蔵野館ほか全国順次公開 (c)2014 SIX ENTERTAINMENT COMPANY http://mukade-ningen.comついに完成した500人の囚人たちをひとつに繋いだスーパームカデ人間! 『ムカデ人間』シリーズはここに大団円を迎える!!
●トム・シックス 1973年オランダ生まれ。オランダのテレビ業界からキャリアをスタート。2001年に妹のイローナ・シックスと映画制作会社シックス・エンターテイメントを設立。オランダで初めてのゲイ映画『Gay』(03)を製作、一般劇場で公開し、物議を醸す。2009年に製作した『ムカデ人間』は世界中で大反響を呼んだものの、劇場公開されたのは日本も含めてわずか4カ国だけだった。『ムカデ人間2』は日本と大幅なカットを余儀なくされた英国と米国の3カ国だけの劇場公開に。次回作『オナニア・クラブ』を現在準備中。










