【本と雑誌のニュースサイトリテラより】 〈私はオネエではありません〉──。エッセイストの能町みね子氏が日本テレビの番組にTwitterを通じて抗議した件が、いま、大きな話題となっている。 発端は、今月4日に放送された『今夜くらべてみました』の企画「新世代オネエ ニューキャマーSP」。この番組では「華麗なるオネエ史」が作成され、それを紹介したのだが、「2000年代以降のオネエ」として、マツコ・デラックスやはるな愛、假屋崎省吾、クリス松村、ミッツ・マングローブ、佐藤かよ、IVANらとともに、「東大卒オネエ」として能町も取り上げられていたのだ。 これを知った能町は、Twitterに〈なんか今夜くらべてみましたに私の名前が出たみたいだけど、出ることも聞いてないしその紹介のしかたはもっと聞いてません〉と投稿、〈私はオネエではありませんので日テレの人は訂正してください。〉と抗議した。14日には日刊スポーツの取材に応じ、能町は訂正を求めた理由をこう話している。 「オネエという表現は、差別に受け取れます。割り切ってオネエを受け入れて仕事されている方もいらっしゃいますが、私は違います。ひとくくりにしてほしくありません」 この報道によって今回の問題は広く知れ渡ったわけだが、ネット上では「能町みね子って男だったの?」という感想も多く見られた。実際、能町は2007年に性別適合手術を受け、戸籍も女性に変更し、その経験をエッセイにもしているが、能町はそれを「売り」にはしていない。そもそも、戸籍を変更している能町を「オネエ」と括るのは間違いだ、という声もある。 しかし、能町が怒っているのは、戸籍うんぬんの問題ではない。〈私が持っているのはオネエに対する偏見ではなくて、「オネエ」という雑なくくり方そのものについての嫌悪感〉だからだ。 〈例えばテレビ番組で「デブ史」とか勝手に作られて、その中に許可もなく名前を載せられたら、その人が太ってるかどうかとはもはや関係なくものすごく失礼じゃないですか。そういうことです〉 〈ざっくりホモとかオカマとかオネエとかに分けることによって植えつけられる偏見とか先入観とかをぶち壊したいと思ってやってますんで、絶対に許しません。〉(Twitterより) “セクシュアルマイノリティ”とひとことで言っても、そこには一括りにできない性自認や性的指向・嗜好がある。また、能町が指摘するように、「ホモ」や「オカマ」「オネエ」という言葉には、社会からの偏見や先入観も含まれている。 そういう意味で、今回、能町が乱暴なカテゴライズを問題視して社会に投げかけたことには大きな意味がある。しかし、ここでさらなる問題が生まれてしまった。というのは、今回の騒動が「オネエ差別」という別の問題にかたちを変えてしまったからだ。 たとえば、「J-CASTニュース」は〈今回不満を述べたのは、もはや男性ではなく、オネエの分類には入らないということを言いたかったようだ〉と解説。能町は「オネエ」と括る行為自体を批判しているのに、これではまるで“内輪揉め”のように受け取られてしまう。さらに、前述した日刊スポーツの記事タイトルが「Yahoo!トピックス」に掲載された際、「オネエは差別」と短縮され、能町が声をあげた理由がまったく間違ったかたちで解釈される問題を起こしてしまった。 その例が、クリス松村の反論だ。クリスは今回の騒動を「自分のしてきたことを全否定されているような哀しさを感じた」と言い、「マイノリティがマイノリティを傷つけるという、新たな差別が始まったと感じています」とブログに綴った。 だが、繰り返すように、別に能町は「オネエ」を否定したり差別したりなどしていない。能町も〈クリス松村さんは報道記事しか読んでないんじゃないかなあ〉とTwitterで感想を述べているが、クリスに能町の真意が正しく伝わっていない可能性は高いだろう。 ただ、クリスの反応もわからなくもない。〈私たちマイノリティと呼ばれる人たちが社会に出ていくのは大変なことでした〉と綴っているように、さまざまな「オネエ」たちが、偏見と闘い、葛藤しながらも「オネエ」を自認することで、社会にその存在を“ポジティブに”広めてきた歴史があるからだ。 実際、あの美輪明宏も「オネエ」肯定派だ。美輪は2007年、『金曜日のスマたちへ』(TBS系)に出演した際、明らかにおすぎとピーコを示すかたちで、「(自分は)同性愛に対する差別に対して闘ってきたのに、あの二人はテレビで自分から“オカマ、オカマ”という言葉を連呼して、同性愛者への偏見を助長している」と厳しく批判したが、その際、「オネエ」という表現については、好意的に語っている。 さらに、その美輪に攻撃されたおすぎとピーコにしても、けっして卑屈になって「オカマ」を受忍してきたわけではない。むしろ、侮蔑的な視線を送る社会に抗いながら存在をアピールするために、当時、差別語としてあったこの「オカマ」という言葉を意図的に用いてきた部分もある。 ちなみに、能町も自らを「オカマ」と称していた時期がある。10年前、能町の存在を有名にした彼女のブログのタイトルは『オカマだけどOLやってます。』だった。2006年、最初に出版された本のタイトルも同名で、あとがきには〈私はあえて自分のことを「性同一性障害」じゃなくて、「オカマ」と呼んでます。〉とある。(ただし、その後性転換手術をしたのを機にブログのタイトルも変更。文庫のあとがきにも〈オカマじゃなくてOLやってません〉とした)。 そして、この「オカマ」という言葉をめぐっては、いまから14年前の2001年に、今回のオネエ批判の原点になるような論争が起きている。 それは、ゲイ雑誌の発行人であり、性差別の撤廃と反天皇制を掲げた活動家・東郷健(2012年に逝去)のインタビュー記事が論争のはじまりだった。記事のタイトルは「伝説のオカマ 愛欲と反逆に燃えたぎる」。「週刊金曜日」2001年6月15日号に掲載されたものだ。 「伝説のオカマ」という言葉は、しばしば東郷を指して使われる言葉であり、何より本人が「オカマ」を自称していた。記事内ではインタビュアーも〈東郷さんは“オカマ”という。同性性愛者にたいして差別的にも聞こえる言葉をなぜ使うのですか、自分のことをなんでオカマと言い続けるのですか〉と問いかけており、「オカマ」という言葉を差別的に使用してはいない。だが、この記事に対し、「同性愛に関する正確な情報を発信している当事者団体」から抗議が編集部に寄せられた。「オカマ」という言葉がタイトルで用いたこと、記事内の「オカマ」の解説が間違っていることなどがおもな抗議理由だった。 当事者が「オカマ」と言っても、差別的な意味を含むそれをタイトルに使うのはおかしい──。この団体が主張したのは、「差別で傷つく痛みには個人差がある。一番傷つく人を基準に考えてほしい」ということだ。この抗議を受けて「週刊金曜日」は、「性と人権」を特集した。しかし、この特集が抗議団体の意見を取り上げる一方で、ちがう意見をもつ人びとの“異論”にふれることがなかったため騒動は拡大。ついには『「伝説のオカマ」は差別か』と題したシンポジウムが開かれるにいたった。 このシンポジウムでは「差別の判定は被差別者だけのものでいいのか」という問題が提起され、差別を論じる上で重要な指摘がなされているが、同時に、今回の「オネエ」問題にも通じる“一方的なカテゴライズ”の暴力性も語られている。 たとえば、伏見憲明は、「同性愛」という分け方それ自体を、「性科学、精神医学がそういうふうに性的指向で人を分類した時点で、すでに差別と排除が始まっている」と論評する。 「逆に言えば、差別と排除の眼差しによって、言説の権力が多様な性現象の中から「同性愛」を切り取ったわけです。つまり、分類された時点で言葉の中に差別が刷り込まれている」(『「オカマ」は差別か 『週刊金曜日』の「差別表現」事件 VOL.1 反差別論の再構築へ』ポット出版) 「同性愛」は、精神医学のなかで「異常」「精神疾患」と位置づけられた過去がある。これは異性愛至上主義を基準にした、まさしく「排除」の論理だ。同じように「オカマ」や「オネエ」といった言葉も、圧倒的に異性愛者たちが自分をスタンダードにし、差別的な意図をもって使ってきた言葉である。 そうしたなかで逆に、差別語である「オカマ」や「オネエ」を戦略的に用い、侮蔑的な視線を送る社会に抗いながら存在をアピールしてきたのが、東郷健であり、おすぎとピーコやといった人たちだ。もちろん、東郷たちの存在を「不快」に感じてきたゲイも多かった。そこにあるのは、“自分とは違うのに、全部同じにされる”という抵抗感だ。しかし一方で、「オカマ」も「オネエ」も肯定的に使用されるのであればOKと考える当事者もいる。捉え方も人によってそれぞれ違うのだ。 「言葉のリアリティは個別的なもので、誰の感覚が一番正しいということではない。だから、どれが差別語でどれならクリーンなんてことは本当のところないんです」(伏見氏) 同様に、「ホモ」という言葉が差別的に使われてきたことから言い換えられるようになった「ゲイ」という言葉を嫌う人もいれば、セクシュアルマイノリティが“自覚的・自己肯定的”に使うようになった「クィア」も、「風変わりな」「いかがわしい」という意味をもつことから抵抗を感じる人もいる。あるいは、ゲイが「オカマ」という言葉に敏感に反応するとき、そこにはミソジニー(女性嫌悪)があるのではないかという指摘もある。 そして、「オネエ」という言葉についても、今回の能町のように、あるいはそう呼ばれることを回避するために「女装家」と自称したミッツ・マングローブのように、違和感を表明する人がいる。 伏見の言うように「どれが差別語でどれならクリーン」なんて、誰にも決められないのだろう。 では、なにが問題になるかといえば、その言葉を使う意図だ。伏見は言う。 「言葉自体が「悪」なのではなく、問題は文脈です」 今回の能町が「オネエ」と括られた問題は、「オネエ」という言葉が悪いのではない。番組制作者が十把一絡げで「オネエ」と括った、乱暴な「文脈」にある。こうした問題は、メディアで、日常で、つねに発生しているものだ。たとえば、「男性が好き」という男性に対し、質問者が性的な話題ばかりを振る場面がよくあるが、そこには「ゲイは性欲が旺盛だ」という勝手な決め付けによる「文脈」が見てとれる。 もしかすると、問題となった日本テレビの番組制作者は、悪気などなかった、「オネエ」という言葉を肯定的に捉えていたつもりだ、と言うかもしれない。しかし、「雑なくくり方」という指摘がなされたことをどう考えるのか、その回答を知りたいと思う。それはきっと、セクシュアルマイノリティを何かに括って語ることが孕む暴力性に、多くの人が考えるきっかけにもなり得るはずだからだ。今回の能町の提起を、当然、本サイトも含め、メディアは無駄にしてはいけないだろう。 (酒井まど)フジテレビ 『久保みねヒャダこじらせナイト』番組HPより
日別アーカイブ: 2015年8月17日
オーラのない上野樹里とのツーショットから浮き彫りになる“若作り”藤原紀香の腹黒さとパワハラ疑惑
女優の藤原紀香が12日、オフィシャルブログ「氣愛と喜愛で♪ノリノリノリカ」に、「かわゆし友、来たる」と題して、舞台の楽屋に遊びに来た上野樹里とのツーショット写真をアップしたのだが、この写真がネット上で波紋を呼んでいる。 「久しぶりに見たけど、まったくオーラを感じない……」 「何も書いてなかったら、上野だって気付かなかった」 「顔色悪いけど、大丈夫か?」 などと、上野のあまりの“オーラのなさ”に、彼女の体調まで心配する声が上がっているのだ。 上野といえば、2006年のドラマ『のだめカンタービレ』(フジテレビ系)の主人公・野田恵役がハマり役となり、一気に脚光を浴び、その後、出演依頼が殺到した。しかし、“会話が最後まで成立しない”といわれる天然ボケや、“先輩役者やスタッフにタメ口を利く天狗女優”という悪い評判が流れたり、11年に主役に抜擢されたNHK大河ドラマ『江~姫たちの戦国~』では、演出面の悪さもあったのだが、「のだめにしか見えない」と演技を酷評され、それ以降は確実に仕事量が減っている。そういった経緯も踏まえて、彼女が女優として輝きを取り戻すことは不可能なのでは? とする声が今では多数を占めるようだ。 だが、このツーショット写真でネットユーザーから注目されているのは、上野ばかりではない。 「自分のほうが若くてキレイだと言われたいのがミエミエだよな」 「上野がオーラあるなしにかかわらず、舞台用メイクのままで、顔を並べてアップで写すのは卑怯だ」 「先輩から撮ろうよって言われたら拒否できないだろうからな。パワハラの可能性もでてきたぞ」 確かに、写真の藤原は、舞台メイクをばっちりしたままの顔なのだが、対する上野は完全にプライベートな訪問だから、メイクも至って普通だ。どことなしか口元が引きつり、写真に写るのが嫌そうにも見える。 後輩女優を利用してでも、キレイに見られたいという藤原の願望が透けて見えなくもないが、それぐらいの腹黒さがなければ、女優として生きていくのは難しいということなのかもしれない。オフィシャルブログ「氣愛と喜愛で♪ノリノリノリカ」より
GENKING、「元カレは成宮寛貴?」の返答で大失態! 会見場もガラガラで「仕事減りそう」
『GENKING STYLE』(双葉社)
インスタグラムで“謎の美男子”として人気に火が付いた、自称マルチクリエイターのタレント・GENKING。『スッキリ!!』『ヒルナンデス!』(共に日本テレビ系)、『王様のブランチ』(TBS系)などテレビ番組にも出演して知名度が急上昇している。ここ最近では、5日に行われた機能性表示飲料「イミダペプチド」の新発売イベント、10日の映画『彼は秘密の女ともだち』公開記念イベントに出席するなど、芸能イベントへも進出し始めたが、早くもGENKINGは芸能マスコミの洗礼に苦戦しているようだ。
これまでテレビ番組などで「昨年末まで俳優業のカレの“専業主婦”をしていた」「そのカレとは10年付き合っていた」と明かしていたGENKING。そのためネット上では、そのお相手の正体について「金子賢では」「成宮寛貴らしい」とウワサが飛び交っており、芸能会見に出席すれば、そこをツッコまれるのは必至。案の定、質問が飛んだが、その返しがマズかったという。
維新幹事長から「バカ」扱いされた浪速のエリカ様の悲哀
浪速のエリカ様こと上西小百合・衆院議員がまたやらかした。そう、セクシーショット満載のフォト自叙伝「小百合」を18日、出版予定だ。古巣の維新の党からは厳しい声が上がっている。永田町で取材をしている政治記者は語る。
「柿沢未途・幹事長が定例会見で記者から質問を受け、『バカのやることは知りません。バカのやることだから』と痛罵しました。・・・(続きは探偵ファイルで)
「柿沢未途・幹事長が定例会見で記者から質問を受け、『バカのやることは知りません。バカのやることだから』と痛罵しました。・・・(続きは探偵ファイルで)
[続報]大阪府高槻市で起きた猟奇的な殺人事件!!再び現場で調査しました。
既に大々的に報道されていますが、大阪府高槻市の物流センターの駐車場で起きた8~15歳の少女への猟奇的な殺人事件。
少女は顔に粘着テープを巻かれ、両手首をうっ血するほど縛られ、30か所程も切り刻まれていました。一部の傷は骨にまで達していたとのこと。
その後、恐らく車に乗せられ、遺棄されました。・・・(続きは探偵Watchで)
少女は顔に粘着テープを巻かれ、両手首をうっ血するほど縛られ、30か所程も切り刻まれていました。一部の傷は骨にまで達していたとのこと。
その後、恐らく車に乗せられ、遺棄されました。・・・(続きは探偵Watchで)
HERO’Sと悪の総司令官
あの戦いから2カ月。戦闘を通して芽生えた友情は海より深く、山より高く。
抜けるような青空の下
HERO’S参上!
はい!ホーリーランド1戦目で出てきたヒーローと、その仲間を集めて「HERO’S」を作ってみました。・・・(続きは探偵ファイルで)
抜けるような青空の下
HERO’S参上!
はい!ホーリーランド1戦目で出てきたヒーローと、その仲間を集めて「HERO’S」を作ってみました。・・・(続きは探偵ファイルで)
出待ち不可の大宮よしもと劇場に“ナンパ待ち未成年女”多数出現中!「誘われたら“20歳”って言う」
埼玉・大宮のラクーンよしもと劇場(以下、ラクーン)で、「芸人のナンパ待ち」をする女性が増えている。 昨年7月にオープンした埼玉県初となるよしもと常設劇場のラクーンは、この夏も盛況。特に目立つのが若い女性たちで、中には露出度の高い服を着たセクシー系も多い。その理由を聞くと「目当ての芸人に目をつけられたい」という。驚いたことに、彼女たちは周辺で芸人が立ち寄る店のリストを持っており、「公演後にナンパされに行く」とのこと。話を聞いた女性に成功例を持つ者はいなかったが、友人知人で実際に芸人にナンパされた人がいて、公演後には「芸人がオフで活動する深夜まで、ネットカフェなどで時間潰しする」と明かしてくれた。 「ここは出待ちしたくてもガードが固くて、スタッフが使う地下駐車場の出口も警備が厳しく、乗っている車もよくわからない」と別の女性。 彼女たちは、深夜になると手持ちの“芸人が立ち寄る店リスト”を活用。こっそり見せてもらったリストの中にあった飲食店のひとつは、朝方4時までやっていて、広い個室にはカラオケまで付いている。実際、足を運んで店員に話を聞くと「個人名は教えられませんが、ラクーンができてから芸人さんがお見えになることが増えた」という。女性たちによると、この店にはレイザーラモンHGや天津の木村卓寛らが来店したという話だ。 ラクーンのオープン時、NON STYLE・井上裕介は「大宮女子とお見合いしたい」と話しており、その影響からか「井上さんにナンパされたい」とストレートに言う女性もいる。 ただ、問題は彼女たちに“未成年”がやたらと多いことだ。私服姿では一見、見分けがつかないが、夏休みを利用して地方から遠征している学生も多く、話を聞いた女性も年齢を聞くと6名のうち4名が17~18歳だった。 公演後「今日はフルーツポンチが来たって店に行く」と話していたが、仮に逆ナンパに成功しても困るのは芸人のほう。女性のひとりは「芸人と恋したいわけじゃなくて、2ショット写真を撮ってFacebookとかTwitterにアップしたい」と軽い動機を話したが、それでも「好きな芸人に誘われたら付いていく」と、関係を持つことに抵抗感はない。 「年齢を言うと突き放されそうだから、聞かれても20歳って言う」とも話しており、これは一歩間違えれば芸人側の大スキャンダルになるものだ。 こうした若い女性の行き来について、大宮の繁華街では「別の危険もある」と地元パトロール員。 「警察官が補導した女性には遠方から来た若い子が多く、特に大宮駅周辺では最近、深夜に悪い連中が若い女性をホストクラブに誘い込み、法外な代金の請求をして、支払えない女性に売春を強要する事件もあった」(同) 未成年女性の芸人追っかけは、いろいろな意味で危険が多いようだ。 (文=ハイセーヤスダ)実際の劇場の様子
優木まおみ芸能界で孤立か、ハロプロ番組TwitterがAKBディスを謝罪、波田陽区の現在……週末芸能ニュース雑話
<p> ベテランデスクTと新米記者Hが、今週の芸能ニュースを振り返ります。</p>
<p>■優木まおみが、みんなから無視されてる……</p>
<p>デスクT た~いへん!! 優木まおみのインスタグラムとブログに、珍しく“友だち”が写ってるよ!!</p>
<p>記者H 優木と、安田美沙子と、スザンヌのスリーショットを見て、何をそんなに驚いてるんですか?</p>
<p>デスクT あ……、な~んだ。よく見たら「今日は、Saitaの表紙巻頭撮影でしたー」って書いてあったよ。仕事かよ。優木のプライベート写真は、一切友だちやママタレが出てこないのがデフォルトなんだからさあ。あー、びっくりした。</p>
“芸能界のドン”バーニング周防郁雄社長に楯つく「音楽業界のマイク・タイソン」の素顔とは
当コラムでは、過去に何度か名前を出させてもらっている山田廣作氏。故・島倉千代子さんの「人生いろいろ」や天童よしみの「珍島物語」ほか、数々のヒット曲をプロデュース。その一方で、曲がったことが大嫌いで、若い頃は陰湿ないじめをするような人間には鉄拳制裁を加えたり、“芸能界のドン”といわれるバーニングプロダクションの周防郁雄社長にも平然とモノ申したりできることから、“音楽業界のマイク・タイソン”と恐れられた音楽プロデューサーだ。その山田氏が、7月8日に世界同時配信された「おもてなし」(ユニバーサルミュージック)という曲で作詞家としてデビューした。 「昔、一緒に仕事をしていたゴダイゴのマネジャーだった男が、どうしても出したい曲があると言ってきたんです。ただし、その曲だけでは商業的にも意義的にも発売するのは難しい。それで、カップリング曲を自分で作ることにしました。最初はそんなきっかけでしたが、もちろん、やるからにはこの時代に出す意味があるもの、世の中に受け入れられるものにしなければいけない。そこで選んだテーマが『おもてなし』。かつて茶道で学んだ、他者をもてなす心構えを音楽を通して世界に示したいと思ったんです」(山田氏) 九州の鹿児島で生まれて、父親が働く大牟田県の三池炭鉱で育った山田氏は、10代の時に歌手を目指して上京。紆余曲折の中、歌手になる夢は叶わなかったが、作曲家の故・浜口庫之助さんのマネージャーになったことで芸能界に足を踏み入れた。マネジャーを辞めた後、作家の故・飯干晃一さんと一緒に日本テレビの『スターに挑戦!!』という番組を立ち上げた。また、その番組から輩出した男性アイドルグループ「アンデルセン」をデビューさせるために音楽プロ「ABCプロモーション」を設立したが、グル―プが売れ始めた途端にメンバーの一人が結核になってしまい、グループ解散を余儀なくされた。その後、ゴダイゴのプロデュースを頼まれ、これが大成功する。 ご存知の通り、ゴダイゴは日テレのドラマ『西遊記』の主題歌となった「ガンダーラ」が爆発的な大ヒット。その後、リリースした「モンキーマジック」や「ビューティフルネーム」も、それに負けないくらいのヒットとなった。山田氏はその手腕を買われて、他の歌手からのプロデュース依頼が殺到したが、「歌はメッセージ」というポリシーのもと、安易な商業主義の音楽制作に流されることなく、“音楽で文化交流”というテーマを抱きつつ、楽曲作りに取り組み続けた。例えば、作詞家の中山大三郎さんとのコンビで送り出した「無錫旅情」や「大連の街から」、さらに「珍島物語」などのヒット曲には、中国、韓国といった近隣との心の交流を深めたいという山田氏の思いが通底している。 近年では“イジメ撲滅”をテーマにしたアメリカを代表する伝説的フォークグループ「ピーター・ポール&マリー」のメンバーのピーター・ヤロウのアルバム『決してあきらめないで』や世界的に評価が高い「ウィーン少年合唱団」の『尊い人生』をプロデュース。今年6月には大親友だった中山大三郎さんの遺作「五時の汽車で」を手がけたが、「珍道物語」の時と同じく天童よしみが歌っている。そして、今回の「おもてなし」だ。 「世代を超えて心に響く言葉を載せた曲がなくなっています。それなら、自分でその言葉の部分を作ろうと思った。タイトルも曲のテーマも『おもてなし』。ラテン調のこの曲をタイ在住のプーケット哲というアーティストに歌ってもらうという国境を越えた試みになりました。英語版もリリースして、『おもてなし』を世界共通語にしていきたい」(山田氏) 東京オリンピック招致にあたって、世界に披露された「おもてなし」という言葉とその心。曲中で「おもてなし」という言葉を56回も繰り返す山田氏の作詞の大胆さと、それをアップテンポなラテン調の曲に仕上げたプロデュースの妙はさすがのもの。鬼才プロデューサーが放つ不思議な魅力を持つ曲が、世知辛さが増す現代にどう響くのか注目したい。 (文=本多圭)『おもてなし』(ユニバーサル ミュージック)
オーストラリア男性が腕に第3の耳を作る!?
自身の腕に第3の耳を作っている男性がいるようだ。オーストラリア出身のこの男性はこの耳をインターネットにつなげて他人に自分の耳にしていることを聞いてもらおうとしているという。「この耳は私のためではないんです。私には聞くための2つの耳がすでにありますからね。この耳は他の場所にいる人々のための遠隔視聴機器なんです」「この耳を通じて、聞く人がどこにいようとも会話やコンサートなど私がいる場所のことがなんでも聞こえるようになるというわけです」「もし私が無料Wi-Fiの場所にいなかったり、自宅のモデムのスイッチを切っていたりしたら、私はオフラインになるでしょうが、常にこの耳をオンライン状態にしておくことを目指しています」とこの男性は説明している。




