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2003年12月、
アルミン・マイヴェスというドイツ人男性の裁判がヘッセン州カッセル地方裁判所で行われ、欧州諸国のみならず世界中を震撼させた。アルミンの罪状は故殺罪。殺害したのは1人だけだが、被害者の人肉を数カ月にわたり食べた
食人鬼だったからである。
■母親に溺愛され、共依存状態

画像は、YouTubeより。事件があった豪邸
アルミンは1961年12月1日、ドイツ西部の町エッセンで、三兄弟の末っ子として誕生。母親が2番目の夫の間に産んだ子で、母親にとっては3人目、父親にとっては最初の子供だった。アルミンが3歳のとき、一家はロッテンブルク近郊のヴュステフェルトという町に古くからある邸宅マナーハウスを購入。36部屋もある古いが美しいこの豪邸が、後に恐ろしい
殺人/食人事件の舞台となる。
アルミンは兄たちとは比較にならないほど母親に溺愛されながら育ったが、決して幸せではなかった。1970年9月、夫婦関係の悪化により両親が離婚。アルミンは、家を出て行く父親を必死で制止しようとしたが、父親はその小さな手を冷たく振り払った。このことによりアルミンは心に深い傷を負うことになる。
夫に裏切られたと思い込み、男を憎むようにになっていた母親は、アルミンのことを女子の愛称である「ミンチン」と呼び、長々と愚痴を聞かせた。兄たちはさっさと自立し家を出て行ったが、母親に依存され共依存状態になっていたアルミンは思春期になっても家に居ることが多く、家事や買い物をするなど、母親に尽くした。
■人肉を食べて孤独を埋めたい

画像は、イメージ
そんな大人しい性格のアルミンが人食に興味を持ち始めたのは10歳のとき。小説『
ロビンソン・クルーソー』を読んだのがきっかけだった。この小説には人食い蛮人が登場するのだが、アルミンはこの「人を食べるという人種」に強く惹かれたのだ。
彼は肉屋に通うようになり、肉が切られる様子を何時間も眺め妄想にふけるようになっていった。孤独だった彼は、
人を食べることにより、その者と同化し、永遠に手に入れられると思い込んだりもしたようだ。
1981年、19歳になったアルミンは家を出て西ドイツ陸軍に入隊する。規律の厳しい軍隊にいれば「人食」の妄想を断ち切れるだろうと思い、また、軍人として成功を収めたいとも思ったのだ。しかし、若い男たちの中での共同生活は彼をさらなる妄想にかき立てることに。女性との交際もうまくいかず、同性愛者ではないかと噂されるようにもなった。思い通りにいかない日々から逃れるように、アルミンは酒を浴びるように飲むようになり、飲酒運転による自損事故を2度も起こし、昇進は絶望的に。これ以上軍隊にいても意味がないと諦めたアルミンは1993年、32歳で陸軍をやめ、年老いた母が住むヴュステフェルトの実家に戻った。

アルミン。画像は「YouTube」より
■食人妄想の日々
実家に戻ったアルミンは、この頃普及し始めたコンピューターの仕事をしようと決意。コンピューター・エンジニアの肩書きを手に入れ生計をたてられるまでになった。日中は仕事をし、家に帰ってからは母親の面倒をつきっきりでみるという生活を送るようになったのだ。
再び孤独な日々を送るようになったかのように見えたアルミンだったが、彼は孤独ではなかった。インターネットを通じて不特定多数の人たちと接することができたからだ。アルミンは、インターネットを利用して、自分が長年持ち続けていたファンタジーを共有できる人を探すことができるに違いないと確信。ウェブサイトを立ち上げ、動物の肉を使い、まるで人体解剖しているように見える写真を撮影し、次々と掲載した。
着実に狂気じみてきたアルミンだったが、一線を超えることはなかった。なぜなら母親がいたからである。だが、1999年9月2日に母親が死亡。邸宅でひとり暮らしをするようになったアルミンは、母ではなく、彼の作った規則に沿って暮らすことができるようになり、ファンタジーをリアリティーにレベルアップさせる時が来たと興奮した。
■食べられたい人を募った、アルミンの狂気
アルミンは長年の夢を成就させるため、あれほどかいがいしく面倒をみていた母の遺品をさっさと処分。邸宅を“自分だけの世界”に模様替えし、「
自分の身体を食べられたい人を募集する」とフォーラムサイトやグループサイトに書き込んだ。誰でもよいわけではなく、「
殺され、食べられたいという欲求を持つ人」が譲れない条件で、「
ハンサムな若い男性、年齢は18~25歳、魅力的で健康的な外見だが、筋肉質ではないこと」と好みも厳しく設定した。
なかなか希望者が現れないため、年齢を30歳に引き上げたところ「ぜひ自分を食べてほしい」という男が現れた。実際に面会もし、Xデーに向けての打ち合わせを始めたが、この男はロールプレイ・ゲーム的なものを希望しており、実際に殺され食べられることは望んでいなかったため、アルミンはあっさりと別れを告げた。「
食べられたい人を合意の上で殺して食べる」のがアルミンのファンタジーだったからだ。

ベルント。画像は「YouTube」より
■そして、ディナーはやってきた
アルミンは再びフォーラムなどに希望者を募る書き込みを投稿。自分のサイトには大きな肉切りナイフを振りかざす手の写真や、マネキンと動物の肉や血を使い殺人イメージ写真を貼り、自分がどれだけ本気なのかをアピールした。2001年2月14日のバレンタインの日、アルミンのもとに「
ディナー」というタイトルの電子メールが届いた。念願だった「自分を殺して食べてほしい」という男がやっと現れたのだ。男の名はベルント・ブランデ。43歳のベルリン在住のエンジニアでバイセクシュアルだった。
■生きたまま食べられたい
年齢は高めだったがアルミンはベルントの申し出を喜び、どのように事を進めるか、食べられない骨などはどうするのかなど、メールで事細かく打ち合わせをした。ベルントは本気で、「
頭蓋骨は灰皿として使ったらどうか」など積極的に意見を述べ、アルミンを喜ばせた。ベルントは
ペニスを切り落としてほしい、生きたまま食べられたいという強い願望を持っており、アルミンは快く合意した。3月9日、2人はアルミンの家の近くで落ち合った。ベルントは交際相手に食べられに行くことは告げず「仕事の出張だ」と言い、アルミンとのメールのやり取りなどもコンピューターから削除してから家を出た。
無事に落ち会い、アルミンの運転で邸宅に到着したベルントに、アルミンはおいしいコーヒーを作った。コーヒーをリビングに運ぶと、ベルントは全裸になっており、「
あなたが食す、ディナーを賞讃してほしい」と恍惚の表情を浮かべた。そして、「ペニスを切るのは意識がない時にしてほしい」と言い、鎮痛目的で液状の風邪薬を瓶の半分ほど飲んだ。しかし、その30分後、ベルントは「申し訳ないが今回はやめにしたい」と言い出し、アルミンは無理強いは一切せずに了承。落ち合った場所にベルントを送り届けようとしようとしたのだが、「帰っても、どうして何も言わずに消えたのかと交際相手に責められるだけで面倒」だと思い直し、計画は実行しようと言った。「
決断が揺らぐから、意識があるときに切ってほしい。ビデオテープに撮影もしてほしい」とも懇願した。アルミンは、そう願うのならと薬局で強めの風邪薬と睡眠薬を購入し、ベルントと共に帰宅。
風邪薬と睡眠薬でもうろうとしているベルントのペニスを切断する作業に取りかかった。

画像は、イメージ
■ペニス切断→食事の儀式
最初、アルミンはキッチンナイフでペニスを切断しようとしたが上手く切れず、もっと鋭い大きめのナイフで切断。2人は生のままペニスを食そうとしたが、ゴムのような食感で噛み切ることができなかったため、アルミンが塩、こしょうをふりかけ、にんにくでじゅっと焼いて食べた。念願の人肉を口にできたアルミンだが、
思っていたほどおいしくなかったと回想している。
その後、ベルントはアルミンに「熱い風呂に入りたい」「そうすれば早く失血死できるし。今、とても凄く寒く感じるんだ」と頼んだとのこと。アルミンはベルントが死ぬ瞬間を目撃することには興味はなく、バスルームの隣の部屋で『スタートレック』の小説を読みながら、ベルントが死ぬのを待った。
しかし、ベルントはそう簡単には死ねず、お湯もさめてしまったため2時間後に風呂から出てきて、床に倒れ込んだ。アルミンはベルントをベッドまで運び、どうしたいかと聞いた。ベルントは、「
救急車は絶対に呼ばないでくれ。朝になっても生きていたら、一緒に残りの生殖器を食べよう」と告げた。しかし、早朝5時頃、ベルントは絶命したとのこと。アルミンは子どもの頃毎日のように見た肉屋の牛や豚などの解体作業と同じように遺体を解体。肉を骨から削ぎ落とし、美味しく食べようと胸を高ぶらせた。
■人間のお味は?
アルミンいわく、人肉はそのままだとゴムのようも固かったため、ミンチにしミートボールにしたとのこと。肉は大量の袋に小分けし冷蔵庫の中で保管した。すべての作業はビデオで撮影し、繰り返し、繰り返し再生しマスタベーションをして楽しんだ。ベルントの遺体を最初に食したのは12日。
フィレ・ステーキにし、ベルントの希望通りディナーとして食べた。そして、その後、ゆっくりと時間をかけて様々な部位の人肉を堪能したのだった。
ベルントの交際相手は出張からなかなか戻ってこない彼を心配した。しかし、アルミンにつながるものはベルント自身が何ひとつ残していなかったため、失踪事件として処理されてしまった。
ファンタジーをリアリティに変えたアルミンは、これまでにないほどの自信に満ちあふれていた。自分こそが
真のカニバリズムだと酔いしれた。そして次なる「食されたい」人物を探そうと、再びネットのフォーラムなどに募集投稿をするようになった。
■人肉30キロ分を食べた
2002年7月8日、ネットサーフィンしていた23歳の医学生がアルミンの募集投稿を偶然読み、驚愕する。本当なのか「候補者」を装いアルミンに連絡を入れた学生は、入手した情報を警察に渡し、殺人事件として捜査するよう提言した。
11月28日、学生のたれ込みを得て調査を続けてきた警察が、アルミン邸の家宅捜索に踏み切った。目立った証拠はなかったが、冷凍庫に保管されている肉を押収。検査することにした。検査には時間がかかるためアルミンは拘束されずに帰宅が許されたが、弁護士に相談し、全てを話そうと決意。「ベルントが望んだから殺し、食べた」「ペニスを切断するとかには興味がなかったけど、彼が強く望んだからつきあった」と自供した。
12月10日、警察本部に移送されたアルミンは全てを話し、翌日ビデオなどの証拠品も提出した。頭蓋骨や手や足の骨、35袋に別けられた肉片などが押収された。検死官は、アルミンの供述通り、
ベルントの肉は、30キロほどを食したと結論づけた。なお、検死官によると、ペニスが切断されたときのベルントの血中アルコールレベルは0.8~1.4mgほど、睡眠薬もそれほど摂取していなかったため、失神するに等しい激痛だったろうと見ている。ビデオにも切断されている2分間、ベルンドがうなりながら絶叫し、悶え苦しむ姿が記録されていたという。
2003年12月3日、カッセル地方裁判所でアルミンの裁判が開始された。スポットライトを浴びたアルミンは生き生きとしており、「殺人などしていない」と主張。死ぬ手伝いをしただけだ、自殺幇助
だと強調し世間を困惑させた。食肉に関しても、被害者であるベルント自身が参加していることから、世間はさらに混乱。世の中には気味悪い人たちが存在するのだと、多くの人がショックを受けた。
2004年1月13日、アルミンは故殺罪で有罪判決を受け、禁錮8年半に処された。しかし、世間はこれに納得しなかった。誰もが殺人罪で処されるべきだと声を上げた。アルミン自身もこの判決に納得していなかった。全てでは合意の上でのこと、彼は何ひとつ悪いことなどしていないと思っていたからだ。2005年4月22日、判決を不服とするアルミンと検察が上告し、再び裁判が行われることになった。
■死ぬ手伝いをしただけ? 立派な殺人?
検察は、「アルミンは遺体をバラバラにしているビデオを繰り返し見てマスターベーションをしていた。性的欲求を満たすためにベルントを殺した」「ベルントは殺された夜、大量に摂取した薬やアルコールの影響で正常な判断が下せずにいた」と主張。ビデオを見た検察官も、「ベルントが絶命してから遺体をバラバラにしたと供述しているが、最初に首を深く切ったとき、ベルントはまだ息をしていた。死んでいるのなら、なぜ最初に首を切るのか。これは明らかな殺人だ」と訴えた。アルミンは供述を変えず、死にたい人間に希望通りの死を与えただけといい、ニカッと笑った。
5月9日、裁判官はアルミンを殺人罪で有罪とし、終身刑に処した。しかし、ドイツの法律では、終身刑であっても15年ほど服役すれば出所できることになる。
刑務所で彼はカウンセリングを受け、他の受刑者と同じように過している。しかし、頭の中にある「人を食べたい」という欲求は消えることはないだろうと見られている。近親相姦と同じく最後のタブーとされているカニバリズム。"Rotenburg Cannibal"(ローテンブルクの食人鬼)、"Der Metzgermeister"(肉屋の主人)とも呼ばれることも多いアルミンだが、2020年代に刑務所から出てくる予定だ。再びタブーを犯すことはあるのか。非常に気になるところだ。
【参考】
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