
「『あの娘のプラネタリウム』ができたときは『やっと終わったー!』っていう感じだった」(柴田)
ーー2ndミニアルバム『トランス状態』、とても魅力的でした。 柴田・田口:ありがとうございます。 ーー個人的には90年代後半あたりのオルタナ感が自然に入っているのがツボだったんですが…。 柴田・田口:……。 ーーって言われても困りますよね。 柴田・田口:ハハハハハ! ーー(笑)まず、どんなふうにバンドが結成されたのか教えてもらえますか? 柴田:えーと、高校の部活が軽音部だったんです。田口はドラムの子(門舛ともか)、私はベースの子(今井なつき)といっしょだったから、この4人でバンドを組もうかってことになって。最初はRADWIMPSとかSCANDALのコピーをやりました。 ーーRADWIMPSの曲、難しくなかった? 田口:1曲、「がんばったらできそうだな」っていう曲があって。 柴田:「セプテンバーさん」なんですけど、コードとかリードギターとかも「練習しやすいかもよ」って友達や先輩に言われて。それとSCANDALの「少女S」ですね。 ーーオリジナル曲はいつくらいから作ってたんですか? 田口:高校1年生の終わりの時期に、初めて出たライブで賞をもらったのがきっかけですね。 柴田:OSMという音楽学校が主宰する大会みたいなのがあって、私たちは四国からエントリーしたんですけど、さっき言った2曲(「セプテンバーさん」「少女S」)で参加したら、たまたま優勝しちゃって。 田口:その特典としてオムニバスCDに参加できることになって、そのためにオリジナル曲が必要で…。 ーー作らないといけない状況になった、と。 田口:そうです(笑)。 柴田:追い込まれてましたね〜。「やらなきゃ終わらない!」みたいな感じで。 ーー宿題ですね(笑)。 柴田:ホントに宿題でした(笑)。そのとき作ったのが、今回のミニアルバムにも入っている「あの娘のプラネタリウム」なんですよ。まず、みんなで歌詞を考えて、それを曲にしていって。 田口:初めてだったから、どう書いていいかもわからなかったんですよね。ビジョンみたいなものもなく、みんなで思い付くことをどんどん言い合って…。だから、こんなに空想的な曲になったのかも。 柴田:楽しそうな曲ですよね。 ーー追い込まれながら作ったとは思えないですね(笑)。その後もオリジナル曲は作り続けたんですか? 柴田:「あの娘のプラネタリウム」ができたときは「やっと終わったー!」っていう感じだったんですけど、地元のライブハウスの方から「オリジナル曲だけでライブやってみない」って声をかけてもらって、1週間で4曲くらい作ったんですよ。2曲目以降は私か田口がおおまかな歌詞やメロディの流れを考えて、それをもとにしてベース、ドラムを付けていくことが多いですね。あとは門舛か今井が歌詞を持ってきて、それをイジりながら曲にしていくこともあります。 ——高校を卒業した年の夏に1stミニアルバム『カーテンコールの街』をリリースしていますが、バンドでがんばろうと決意したのはいつ頃なんですか? 柴田:けっこう最近ですね。 田口:デビューとか契約の話をいただいてからだと思います。 柴田:それまではまったく考えてなかったので。「バンドをやっていこう」っていう漠然とした気持ちはありましたけど、何か(具体的な行動を)していたわけではないんですよ。CDをどこかに送るとか、ライブを月に何本やるとか、そういうこともぜんぜんやってないし。だから、いまの状況はビックリですね。ホントに恵まれてるなって思います。
「もっと強くなりたいし、もっと成長したい」(田口)
——メンバーのみなさんも“遠距離”(大学進学などに伴い、田口と門舛は高知、柴田は東京、今井は滋賀に在住)だし、まだ過渡期なのかもしれないですね。今回のアルバム「トランス状態」にも、そんな揺れてる状況が反映されていると思います。「女子高生やめたい」もそうですが、“もうやめたい”というニュアンスのフレーズがいろんなところに入っていて。 柴田:そうですね。高校生活が終わったこともそうですけど、“やめたい”とか“やめたくない”とか、いろんなことに対して“どっちつかず”なことが多かったし、そういうことをモヤモヤと考えてることもあって。 田口:「このままじゃいられない」っていう気持ちがあるんですよね。もっと強くなりたいし、もっと成長したいっていう。でも、どこかで「ずっと許されていたい」という感じもあるんですよね。 柴田:「女子高生やめたい」はホントにそんな感じですね。殻を破りたいんだけど、「このままがいい」という気持ちもあるっていう。ただ、そこを意識して作っていたわけではないんですよ。「言われてみれば」っていう感じで。
sympathy - 『さよなら王子様』Music Video


「自分たちが満足できる曲ができたときは、すごく楽しい」(柴田)
——将来的にはメンバー全員、東京に来る予定なんですか? 柴田:みんなが東京に来るんだったら、近くに住もうねって言ってますけどね。 田口:ただ、(大学)卒業後はどうなるかわからないですからね。そこも模索中です。 ——sympathyというバンド名の由来は? 田口:結成してすぐに考えたんですけど、なかなか決まらなかったんです。で、英語の辞書を持ってきて「パッと開いたところで、いいと思う単語にしよう」ってことになって。それを3回くらいやって“sympathy”になりました。 柴田:綴りもかわいいし、これがいいなって。 ——確かに“sympathy”って、デザイン的にもかわいいかも。 柴田:途中、改名しようって話も出たんですけどね(笑)。 田口:めんどくさいから、そのままになりました(笑)。“sympathy”には“共鳴”とか“苦しみを分かち合う”という意味もあって。私たちは4人で気持ちを分かち合いながら音楽をやっているし、すごくいいなって思いますね。誰が歌詞を書いてきても、すぐにみんなで共有して“わかる!”ってなるので。 ——これからはバンドとリスナーの共鳴も増えていくだろうし。良いバンド名じゃないですか。 田口:そんな気がしてきました(笑)。 柴田:ジンワリと感じてきましたね(笑)。 ——この先、どんなバンドになっていきたいですか? 柴田:まず、楽しくライブをやれるようになりたいですね! 毎回、「初めてライブをやる」くらいに緊張してるので。 田口:あとは(キャッチコピーの)“超絶無名バンド”から脱したいです。まずは“超絶”をなくしたいですね。 ——そうすると“無名バンド”になっちゃいますよ。 柴田:“無名”を取って、“超絶バンド”のほうがいいかも。凄そうじゃない? 田口:そうだね(笑)。 ——(笑)バンドをやっていて、いちばん楽しいのってどんなとき? 柴田:私はスタジオで新曲を演奏してるときですね。自分たちが満足できる曲ができたときは、すごく楽しいです。 田口:みんなで「こうしたらいいんじゃない?」って作ってるときも楽しいですね。 ——ホントに仲がいいんですね。 田口:東京に来たときは4人で柴田の家に泊まるんですけど、それもすごく楽しいんですよ。 柴田:大盛り上がりです(笑)。みんなが寝ている様を見ているのが、すごくおもしろいんですよー。 田口:(笑)。 柴田:車で移動してるだけでも楽しいし。 ——ツアーやったら最高じゃないですか。 柴田:それは高校のときからずっと言ってますね。みんなで車に乗ってツアーして……それをやるためにバンドを続けたところもあるかも。 田口:そうだね。順番が逆だけど(笑)。 柴田:“メンバー大好き”みたいになっちゃいましたね(笑)。 (取材・文=森朋之/撮影=竹内洋平)
sympathy『トランス状態』(CONNECTONE)



グラビアアイドルの浜田由梨が、26枚目のDVD『ユリニクル』を発売し、東京・秋葉原で記念のイベントを行った。
3月にグアムで撮影したという本作。意外なことにグアムは初めてとのことで、まず食事のおいしさに感激してしまったという。気になる内容についても聞いてみた。
――初めてのグアムはどうでしたか?
「日差しがまぶしくて、目がなかなか開きませんでした(笑)。あと、今より少し太っているので、ムチムチ好きにはオススメになっていると思います、何より食事がおいしかったもので!」
――オススメのシーンは?
「お風呂のシーンは衣装的に気に入っています。透けてるキャミソールなんですけど、結構スケがすごくて(笑)、衣装さんと相談してスケても大丈夫なようにしました!」
――大変だったシーンは?
「車のシーンでは車の修理をしました(笑)。初めてですけど。あと、廃虚のシーンで紫のVフロントの水着を着たシーンはポロリしまくって大変でした!」
現在舞台の最中でスケジュールも大変な状態。この夏の予定については「舞台の稽古でずっと外に出っぱなしだったので、夏はずっと家にいたいです!」と、まさかの引きこもり宣言をしていた?
浜田由梨 オフィシャルブログ「ゆりマニっき」
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