マイケル・ジャクソン、『スター・ウォーズ』のジャー・ジャー・ビンクス役を熱望していた!

マイケル・ジャクソンは『スター・ウォーズ』前日譚に登場したジャー・ジャー・ビンクスを演じたかったのだという。2009年に50歳の若さで亡くなったマイケルは1999年作『スター・ウォーズ エピソード1/ファントム・メナス』に同役で出演したかったものの、最終的にアーメド・ベストにその役を奪われてしまったそうだ。アーメドはその一部始終についてヴァイスにこう語っている。「そのことについてはジョージ(ルーカス)が教えてくれたんだよ」「僕、ナタリー・ポートマン、ジョージの子どもたちとウェンブリー・アリーナで行われたマイケル・ジャクソンのコンサートに行ったときにね。僕らはバックステージに行ってマイケルに会ったんだ」「そこにはマイケルとリサ・マリー(プレスリー)がいたよ。ジョージは僕のことを『ジャー・ジャー』として紹介したもんだから『なんだかおかしいな』と思ったんだ。するとマイケルは『ああ、そうか。分かった』って感じだったんだよ。だから僕は『いったい何が起きてるんだ?』って思ったね」「マイケルが去った後、僕らは大きなアフターパーティーに参加したんだ。そこでジョージと飲みながら『何で僕のことをジャー・ジャーとして紹介したんだい?』って聞いたんだ」「するとジョージは『実はマイケルはあの役をやりたかったんだよ。でも彼は人工装置を使って『スリラー』のようなメイクアップをしてやりたいっていったんだ』って教えてくれたよ。でもジョージはそれをCGでやりたいと思っていたからね」 そんなアーメドはルーカス監督がマイケルを選ばなかった理由について「僕の予想では結局のところマイケル・ジャクソンじゃ映画よりも有名すぎてしまったんじゃないかと思うんだ。だからジョージは彼を起用したくなかったんじゃないかな」と予想していた。

マイケル・ジャクソン、『スター・ウォーズ』のジャー・ジャー・ビンクス役を熱望していた!

マイケル・ジャクソンは『スター・ウォーズ』前日譚に登場したジャー・ジャー・ビンクスを演じたかったのだという。2009年に50歳の若さで亡くなったマイケルは1999年作『スター・ウォーズ エピソード1/ファントム・メナス』に同役で出演したかったものの、最終的にアーメド・ベストにその役を奪われてしまったそうだ。アーメドはその一部始終についてヴァイスにこう語っている。「そのことについてはジョージ(ルーカス)が教えてくれたんだよ」「僕、ナタリー・ポートマン、ジョージの子どもたちとウェンブリー・アリーナで行われたマイケル・ジャクソンのコンサートに行ったときにね。僕らはバックステージに行ってマイケルに会ったんだ」「そこにはマイケルとリサ・マリー(プレスリー)がいたよ。ジョージは僕のことを『ジャー・ジャー』として紹介したもんだから『なんだかおかしいな』と思ったんだ。するとマイケルは『ああ、そうか。分かった』って感じだったんだよ。だから僕は『いったい何が起きてるんだ?』って思ったね」「マイケルが去った後、僕らは大きなアフターパーティーに参加したんだ。そこでジョージと飲みながら『何で僕のことをジャー・ジャーとして紹介したんだい?』って聞いたんだ」「するとジョージは『実はマイケルはあの役をやりたかったんだよ。でも彼は人工装置を使って『スリラー』のようなメイクアップをしてやりたいっていったんだ』って教えてくれたよ。でもジョージはそれをCGでやりたいと思っていたからね」 そんなアーメドはルーカス監督がマイケルを選ばなかった理由について「僕の予想では結局のところマイケル・ジャクソンじゃ映画よりも有名すぎてしまったんじゃないかと思うんだ。だからジョージは彼を起用したくなかったんじゃないかな」と予想していた。

益若つばさ「はいてません」misono「スッピン自撮り18枚」、見せたがりな女性タレントたちの自己顕示欲

 全裸に見えるポージングと「安心してください、履いてますよ!」のセリフでおなじみのお笑い芸人・とにかく明るい安村が、このところバラエティー番組出演数を増やしている。彼のブレイクにあやかってか、SNSにて全裸写真を投稿するタレントも出現している。  25日、モデルでタレントの益若つばさ(29)は、自身のInstagramにて温泉を楽しむ写真を公開、「安心してください はいてません」というコメントをつけた。その写真はスッピン・濡れ髪で肩を大胆に露出しており、ファンからは「はいてませんワロタ」「つーちゃん色っぽ」と好意的な声が寄せられているが、そこから一歩出たネット上では「もし貸切風呂でもないんならカメラ持ち込むなんて非常識」との指摘や、「何を目指してるの?」と冷めた声が聞かれている。確かに何を目指してるのかわからないが、特に何かを目指してこの写真を上げたわけでもないだろう。  同日には歌手でタレントのmisono(30)も、ブログで「シャワー後(家では、全裸で)どスッピンですが…どうぞ(笑)」とフェイスアップのスッピン全裸写真を合計18ショットも公開。何でもいちいち注釈つけたがりのmisonoらしく、自撮りについて「寝る前に、自分を撮ったりするのって『自分の事、大好き』って思われたり、“自分に自信がある”よーに見られたりするし、自分の中では、恥ずかしい行為なんだけど」と釈明しつつ、今回の写真は「つけまつげ、マツエク、カラコン、整形、修正なし!なので、オデコに、ニキビ&目尻に、シワ&ホッペに、シミもありますが…」と、よくある“すっぴん風メイク”ではない正真正銘本物すっぴんであることを強調。「恥ずかしい行為」と言いながら18枚も自撮り写真を載せるところがなんとも彼女らしい。ファンサービスなのかもしれないが、相変わらず“ウチウチ感”満載だ。  とかくネットでは叩かれることが多く、それを自覚しているはずのmisonoだが、やっぱり今回の写真についても「枚数多すぎ」「自己顕示欲がすごい」と非難轟々だ。これが1、2枚であれば「スッピンでもかわいい」との声が(ひょっとしたら)あったかもしれないが、枚数の多さばかりに注目が集まってしまった。強すぎる自己顕示欲を隠そうともしない姿勢はもはやアッパレだし芸能界最強とも言えるかもしれないが。  全裸写真を公開した益若にもmisonoにも様々な反響があるが、彼女たちが全裸で自撮りをしている姿を想像すると、間抜けだしシュールだ。ある意味、体を張ってくれているのかもしれないが……。褒められたい気持ちがうっすら透けるどころかガンガン丸見え状態だから、なんだか切なさを感じてしまうのかもしれない。 (シュガー乙子)

益若つばさ「はいてません」misono「スッピン自撮り18枚」、見せたがりな女性タレントたちの自己顕示欲

 全裸に見えるポージングと「安心してください、履いてますよ!」のセリフでおなじみのお笑い芸人・とにかく明るい安村が、このところバラエティー番組出演数を増やしている。彼のブレイクにあやかってか、SNSにて全裸写真を投稿するタレントも出現している。  25日、モデルでタレントの益若つばさ(29)は、自身のInstagramにて温泉を楽しむ写真を公開、「安心してください はいてません」というコメントをつけた。その写真はスッピン・濡れ髪で肩を大胆に露出しており、ファンからは「はいてませんワロタ」「つーちゃん色っぽ」と好意的な声が寄せられているが、そこから一歩出たネット上では「もし貸切風呂でもないんならカメラ持ち込むなんて非常識」との指摘や、「何を目指してるの?」と冷めた声が聞かれている。確かに何を目指してるのかわからないが、特に何かを目指してこの写真を上げたわけでもないだろう。  同日には歌手でタレントのmisono(30)も、ブログで「シャワー後(家では、全裸で)どスッピンですが…どうぞ(笑)」とフェイスアップのスッピン全裸写真を合計18ショットも公開。何でもいちいち注釈つけたがりのmisonoらしく、自撮りについて「寝る前に、自分を撮ったりするのって『自分の事、大好き』って思われたり、“自分に自信がある”よーに見られたりするし、自分の中では、恥ずかしい行為なんだけど」と釈明しつつ、今回の写真は「つけまつげ、マツエク、カラコン、整形、修正なし!なので、オデコに、ニキビ&目尻に、シワ&ホッペに、シミもありますが…」と、よくある“すっぴん風メイク”ではない正真正銘本物すっぴんであることを強調。「恥ずかしい行為」と言いながら18枚も自撮り写真を載せるところがなんとも彼女らしい。ファンサービスなのかもしれないが、相変わらず“ウチウチ感”満載だ。  とかくネットでは叩かれることが多く、それを自覚しているはずのmisonoだが、やっぱり今回の写真についても「枚数多すぎ」「自己顕示欲がすごい」と非難轟々だ。これが1、2枚であれば「スッピンでもかわいい」との声が(ひょっとしたら)あったかもしれないが、枚数の多さばかりに注目が集まってしまった。強すぎる自己顕示欲を隠そうともしない姿勢はもはやアッパレだし芸能界最強とも言えるかもしれないが。  全裸写真を公開した益若にもmisonoにも様々な反響があるが、彼女たちが全裸で自撮りをしている姿を想像すると、間抜けだしシュールだ。ある意味、体を張ってくれているのかもしれないが……。褒められたい気持ちがうっすら透けるどころかガンガン丸見え状態だから、なんだか切なさを感じてしまうのかもしれない。 (シュガー乙子)

少女300人以上を強姦・殺害した「アンデスの怪物」 今もどこかで生きている!?

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エクアドル「YouTube」より
 1980年、南アメリカ西部に位置するエクアドル共和国のアンバトで、8歳~12歳の少女たちが次々と行方不明になるという事件が発生した。両親は必死になって探したが、地元警察は「家出ではないか」と判断し、積極的に捜査をしようとはしなかった。娘の顔写真をコピーし、情報提供者には報酬を渡すというビラを街灯に貼りまくった親もいたが、有力な手がかりは寄せられなかった。
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連続殺人が起きていた場所「YouTube」より
 しばらくすると少女たちの遺体がひとつ、またひとつと発見された。そしてみな強姦された上で絞殺されていた。しかし警察は「犯人につながる遺留品がない」「目撃者もいない」として容疑者が特定できない事件として捜査をするのを面倒くさがった。そうしているうちにも少女たちは誘拐されレイプされ殺されていった。 ■不審な男が捕まる  3月9日の日曜日、午後4時頃、食事もできる人気市場プラザ・ウービナで軽食を販売していた老女に「何を売ってるんだ」と話しかけてきた男がいた。男は料理よりも老女の11歳になる娘エリーシアを舐めるようにじろじろと眺め、話しかけた。
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老女「YouTube」より
 エリーシアは無視したのだが、男は何度も彼女のもとに戻ってきては「こっちにおいで」「一緒に遊ぼう」と誘った。気味悪いと思ったエリーシアは老女である母親に告げ口をした。老女は「そういえば最近、少女たちが次々と誘拐され犯されて殺されるという事件が起こってるじゃない!」と直感。  市場の仲間に声をかけ大急ぎで立ち去ろうとした男を取り押さえた。老女は「アタシの娘をさらって殺そうとしたんだろ!」とヒステリックに叫びながら問いつめた。男は「無実だ。オレはおとなしくて真面目な男だ。盗みなんかもできやしない、清らかな心を持つ男だ」と必死で反論。しかし市場の者たちは男を疑い、警察に突き出した。 ■300人ほどの少女たちを誘拐し強姦した上で殺した男  警察署で男の身元はすぐに判明した。コロンビア出身のペドロ・アロソン・ロペス。拘束直後、彼は黙秘し続けたが、パストロ・コードーバという聞き上手なベテラン刑事に心を開き始めた。そして、「この7年間、コロンビアとエクアドル、ペルーを行き来してきた。そして300人ほどの少女たちを誘拐し強姦した上で殺した」と自供した。
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画像は、ペドロ・アロソン・ロペス「YouTube」より
 刑事は一瞬「この気の弱そうな男が、そんな大量殺人をしたのだろうか」と疑った。しかしペドロが、少女たちを強姦殺人して遺体を埋めたという場所からは次々と遺体が発見され、全く罪悪感なく供述する様子を見て、その疑いは消えた。性的欲求のために少女たちを襲う冷酷な連続殺人鬼だと確信するようになったのだ。 ■少しずつ明らかになるペドロの性格  マスコミに大々的に報道され、メディアの取材を受けるようになると、ペドロは、「オレは歴史的なことをやったんだよな。オレは重要な男だったことだよな。生かせておくべきだと思うがね。死ぬにはまだ若すぎるし」とふてぶてしく豹変。少女たちを強姦殺人したことを誇りに思うようなそぶりを見せるようになった。発見された遺体は骨になっているケースが多かったが、洋服などの遺留品があり身元は意外にも簡単に判明した。白骨化した小さな遺体に張り付いている布が、我が子の服だと気がつき、泣き崩れる遺族を見てもペドロは平然としていた。実況見分の度に、怒りに満ちた群衆から罵られ石を投げつけられたが、なぜそんなことをされるかも分からないようだった。
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犠牲者のひとり「YouTube」より
 刑事たちは少しでも早く事件の全貌を暴こうとペドロにタバコやチキンなどの食事、コーヒーや酒までふるまった。ペドロはもったいぶりながら、逮捕後6カ月間かけて遺体を埋めた場所に警察を連れて行った。驚いたことに、いつどこでどんな外見の少女をどういう風に強姦し、殺して埋めたのか、ペドロは鮮明に記憶していた。遺体が掘り起こされるとペドロはとても満足そうな表情になった。  長期にわたる警察の調査を通してペドロはパストロ刑事に信頼を寄せ、父親のように尊敬すらするようになっていった。ペドロ自身は父親を知らずに育った子供だった。父無し子だっただけでなく、壮絶な半生を歩んで来たのだ。 ■ペドロの半生/母親から日常的な虐待?  ペドロの父親はコロンビアの内戦ラ・ビオレンシアで戦った保守党員で1948年4月9日に命を落とした。その時、既婚者だった父の浮気相手である娼婦はペドロの母親であり、彼を身ごもっていた。そして、父の死から6カ月後の10月8日、サンタイザベルでペドロを出産。13人兄弟の7番目としてこの世に誕生した。
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ペドロの母親「YouTube」より
 母親は、「ペドロは子どものころ、学校の先生になるという夢を持っていた。私は、そうね、お前はほかの子どもたちに教えるのがうまいものね、と見守りながら育てた」と語っているが、ペドロは、母親はとんでもない毒親だったと証言。「ひどい暴力をふるわれながら育った。日常的に虐待されてきた」と述べている。ペドロはそんな母親から逃げようと、8歳のときに家出。コロンビアの首都・ボゴタへ向かい、危険極まりないストリートで生活をするようになった。母親は占い師に頼り、ペドロを探したと主張しているが、ペドロは母親に嫌われ捨てられたという絶望的な気持ちでいっぱいだったと語っている。なお、ほかにも、ペドロが妹に性的いたずらをしているのを見つけた母親が激怒し、家を追い出したという説もあるが、どちらにせよ、母親はそう積極的に彼を探すことはしなかった。 ■ペドロ、男に強姦される  ボゴタには何千人ものストリートがいたが、そのほとんどが親の虐待から逃げてきた子どもたちだった。ペドロはすぐにとけ込み、食べ物を求めてごみをあさる生活を始めた。マスコと呼ばれるコカインを吸うようになり、身を守るためにギャングに入った。寝る場所をめぐり、ほかのストリートチルドレンとナイフで喧嘩をすることもあった。盗みも始めた。暴力は、生きるために欠かせない、彼の人生の一部となっていったのだった。  このストリートチルドレン時代、ペドロは男に強姦されている。パストロ刑事に、「寝る場所を提供すると誘われ、人を疑うことをしなかった少年のオレはついて行った。男は廃墟にオレを連れ込み、アナルにペニスをねじり込み強姦した」「オレは純粋で無垢な少年だった。それをあんなひどい方法で奪われたんだ。思い出したくもない。でも、オレの純粋な少年の心を奪った責任者が誰なのか、そいつを懲らしめたいと思い続けている」と語り、今でも似たような大人を見るとメチャクチャにしたくなると明かした。強姦されたとき、警察に届けなかったのかと聞かれると、「なにもしてくれないしね。届けるだけ無駄だ」と吐き捨てるように言ったという。  強姦された後、ペドロはますます荒んだ生活を送るようになったが、10歳のとき現地に住んでいたアメリカ人老夫婦から保護したいとオファーされ、その申し出を受けた。老夫婦は善意からストリートチルドレンを保護する活動をしており、ペドロは平安を手に入れ、孤児が通う学校で勉強するようになった。安定した子どもらしい生活をおくれるようになったのだが、幸せは長続きしなかった。12歳のとき、学校の教師に性的虐待されるという被害にあったのだ。絶望したペドロは学校に保管されていた金を盗み、夫婦のもとを去り、再びストリートに舞い戻った。 ■刑務所での荒んだ日々が人格を形成  1969年、21歳のとき車を盗み、逮捕されたペドロは、刑務所に送り込まれたのだが、すぐにほかの囚人に強姦されまくるという悲惨な目にあう。泣き寝入りしていた少年とは違い、成人していたペドロは、制裁を加えようとナイフで強姦した男2人を殺した。  複雑なゴタゴタを嫌う刑務所はこの事件を「自己防衛」と処理しペドロに刑は加算されず、1971年、23歳で釈放された。これ以上、被害者にはならないと心に誓ったペドロは加害者になる決心をし、獲物を探す旅に出た。  そして簡単に誘いだすことができる、貧しく学もない無垢な少女たちに目をつけ、自分と同じ目にあわせることにした。セールスマンのふりをして彼女たちに近づき、「道に迷っちゃって。一番近いバス停まで連れて行ってくれないかな」と話しかけた。優しそうな笑顔と子どもの感心をひきつける話術でペドロは少女たちを人気のない犯行現場まで連れて行った。
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犠牲者のひとり「YouTube」より
 犯行現場に着くまでは身体に触れることはしなかった。誰にも叫び声が聞こえないような場所に着くと、ペドロは豹変し、繰り返し少女を強姦した。夜になると一緒に寝て、朝に再び強姦するということもした。そして、殺したのは口封じではなく、この世から解放する手伝いをしただけと証言。「バレるから殺したんじゃない。こんな汚い荒んだ世の中に生きるより、死んで天国に行った方が幸せだから、殺してあげたんだ」と、ドヤ顔で語った。 ■動かぬ警察、バレぬペドロ  コロンビア、エクアアドル、ペルーを行き来しながら次々少女たちを強姦殺害していったペドロだが、少女たちが行方不明になり、その一部が遺体となって発見されても、警察は動かなかった。1979年4月、エクアドル入りしたペドロは、殺す前に殴る蹴るの暴行を加えるまでにエスカレートしていった。
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被害者少女たち「YouTube」より
 警察はたくさんの少女が行方不明になっても、貧しい家庭の子のだからか、動いてはくれなかった。貧しい少女たちを誘拐し、白人に奴隷として売り飛ばすグループがいたこともあり、家出かその手のグループにさらわれたのだろうと考えていたからだ。  しかし、1980年2月にペドロが強姦殺害した9歳のイバノバ・ハコメの両親は地元で人気のパン屋を営んでおり、ちょっとした権力者だった。そのため届け出を受けた警察はすぐに動いた。地元新聞も、イバノバだけでなくほかにも数多くの少女たちが行方不明になっていると報じるようになった。エクアドルは少女を次々と誘拐する凶悪犯がいるという話で持ち切りになった。22日後、郊外の農村地帯でイバノバは腐乱遺体となって発見された。
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遺体や骨など「YouTube」より
 イバノバの遺体が発見されて間もなく逮捕されたペドロは、57人の被害者の埋葬場所を明かし、110人を殺した罪で起訴された。しかしペドロはもう200人殺したと主張。ここまでベラベラと自供したのにはわけがあった。  1981年7月31日、裁判所に立ったペドロは57人の少女たちの誘拐、強姦、殺人を認め、有罪判決が下った。なんと、禁錮16年。死刑を廃止したエクアドルの法律では、1人殺しても10人殺しても1000人殺しても同じ刑にしか処されないことになっていたのだ。そのため、300人以上殺したと自供しているペドロでも、たったの16年でシャバに出てこれるのである。1人の犠牲者につきたった4カ月の服役という計算である。 ■46歳のとき、釈放される
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一見おとなしそうな男「YouTube」より
 余裕綽々のペドロは刑務所で数多くのインタビューを受けた。「子どもの頃に受けた虐待と性的虐待のせいで、こうなった」「汚れのない清純なオレの心は奪われた。だから少女たちの清純を奪った」と語った。彼にとってセックスは愛を確かめ合うものや楽しむものではなく、強要されるか、強要するもの。自分がされたことを少女たちにして何が悪いという態度を示した。そうかと思えば、「ホルヘ・パティーニオスという人格が出てきて殺した。オレじゃない」と訴えたりした。  やりたい放題のペドロに刑務所は精神鑑定を行い、その結果、サイコパスで反社会性パーソナリティ障害だと診断された。50歳になれば釈放されると知っていたペドロはその日を待ち望み、問題を起こさないよう日々を過した。そして、1994年8月31日。模範囚だとして早期釈放されることになった。この時、ペドロはまだ46歳。「世界一の犯罪者」だと自負し「喜んで同じことを繰り返すよ」と笑う彼が再犯するのは確実だとして、被害者の遺族たちはどうにかしてくれと訴えた。  しかしペドロが自由の身になったのはわずか1時間だけだった。コロンビアに身柄を引き渡すため再び拘束されたのだ。コロンビアに戻ったペドロは殺人罪に問われたが、1995年、精神異常者だと診断され精神病院に収容。1998年、50ドルの保釈金を支払い「精神病院での治療を定期的に受けること」「毎月、裁判所に出廷すること」を条件に仮釈放された。  仮釈放されたペドロは実家に戻り、何十年も疎遠になっていた母親に向かって「オレの前でひざまずけ」と言った。母親は、「それをするのなら、あなたがしなさい。息子なんだから」と抵抗した。ペドロは「ここに来たのは、お前が死んだ後、何をくれるのか知るためだ」と言い、「わたしは貧乏なのよ。ベッドと椅子しかないのよ」と答えると、家の外にベッドと椅子を引きずり出した。「誰に買ってもらったんだ。答えないと燃やすぞ」と脅し、年老いた母親が泣きながら「知り合いの女性が買ってくれた……」と言うと、母親のなけなしの金をむしり取り、無言でその場から立ち去った。その後、誰も彼を見た者はいない。精神病院の治療も受けておらず、裁判所にも姿を見せていない。  ペドロは怒り狂った被害者の遺族に殺されたという説があるが、彼の母親を含む多くの人たちが彼は今なお生きていると信じている。また同じ犯行を繰り返しているという説もある。2002年10月、国際刑事警察機構、インターポールはペドロに対する国際指名手配を出した。「アンデスの怪物」と呼ばれた史上最悪の連続殺人鬼は、何度も警察の手に渡ったものの、今なお尋ね者となっている。
動画は、YouTubeより

アイドルと性をめぐる3つの論点とは? 香月孝史がタブーに切り込む

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AKB48『【特典生写真無し】ヘビーローテーション<Type-A>』

【リアルサウンドより】  前回の記事【アイドルの「恋愛禁止」は守り続けるべきものなのか?】で、女性アイドルシーンが抱える「恋愛禁止」という風潮が守られ続けることへの疑念を示した。懸念したのは、あくまで「風潮」だったものが次第にルールとして当たり前に内面化されていくことで、社会一般の倫理観とのズレが進行してしまうことだった。実際、その社会とのズレの臨界点を超えたものとして、前回触れた峯岸みなみの「事件」などはあったように思う。当時、その「事件」直後の反応として印象的だったのは、AKB48ないしは女性アイドルというジャンルを、きわめて反社会的な性格の組織や分野として語る言説だった。あらためて振り返ればそれらの言説の中には、「事件」の衝撃的なビジュアルから導き出されたごく表面的な連想による語り口のものもあった。また、前回書いたように「恋愛禁止」の内実も、単に明確なルールであるという前提で語れるほど単純なものではない。当時噴出した批判の中には、アイドルというジャンルの性質を過度に単純化したうえでの糾弾もあったのかもしれない。しかしそれでも、「世間」との温度差を認識する機会は、アイドルというジャンルのもつあやうさを省みるタイミングになる。ズレに気づかなくなること、反社会的なものとして認知されることは、ジャンルが順調に継続していくうえでもリスクになる。  そもそもアイドルというジャンルはいろいろな局面で、世間との温度差をはらむものではある。もっとも象徴的なもののひとつには、「AKB商法」という言葉で定着した音楽ソフトの複数購入を促す販売方法があるだろう。この論点に関しては、すでに俯瞰的な分析や相対化も行われているし、ヒットチャートというもの自体が複眼的な指標をもつものとして整備されつつある。ただし、ひとくちに世間との温度差といっても、「恋愛禁止」の場合やや性質が異なる。というのも、その規制がジャンルの実践者自身であるアイドル当人への「抑圧」として受け止められるからだ。さらにいえば、その抑圧が齟齬をきたした結果がすでにいくたびも生じているのが現在でもある。  アイドルに関して何らかの「抑圧」が働いているというイメージはしばしば議論の的になるが、その「抑圧」はまたいくつかの水準に分けられる。アイドルに関連して「抑圧」という言葉が指し示すうち、もっとも意味の大きいものに、アイドルに対する「性的な視線」のありようにまつわるものがある。「恋愛禁止」という習慣を是とする声の中には、その理由にアイドルというジャンルが「疑似恋愛」を中心とした「性的」な魅力を論拠にするものが多い。とはいえ、そもそもアイドルというジャンルに限らず、芸能において「性的魅力」と「そうでないもの」とは混在することが常だし、その両者を明確に分けることはほとんど不可能だ。その人物の上演する内容が意図的にセックスアピールを表現するものもあれば、意図しない性的魅力が看取されることもある。また、いわゆる疑似恋愛的な視線が向けられるのだとして、それもアイドルというジャンルに限ったことではない。「恋愛禁止」が謳われていようがいまいが、芸能人に性的な魅力が見て取られることも、疑似恋愛的な感情が抱かれることもいくらでもある。芸能としてセックスアピールを行なうこともそこに性的魅力を見出すことも、それ自体は否定されるべきものではない。ある芸能者が見せる上演内容がセックスアピール「だけ」で成り立つことなどありえないし、また主体的なセックスアピール自体を否定することもまた抑圧ではあるだろう。  また、そうした表現物が「性」にまつわる観点からどのように評価を受けるかも一様ではない。AKB48の代表曲の一つ「ヘビーローテーション」は、蜷川実花によるアートディレクションが“男性の視線”から離れてランジェリーをファッショナブルに着こなすものとして“女性同士”の視点で肯定的に表象される(米澤泉『「女子」の誕生』: 勁草書房)一方、秋元康にインタビューしたCNNのTV番組『Talk Asia』(2012年1月)では、「ヘビーローテーション」の同一のビジュアルが「性的搾取」という文脈で俎上に載せられた。もっとも、この時CNNが問題にしていたのは、それを上演する主体が未成年であることだった。つまり、「未成年に性的な記号をまとわせること」のリスクという、また別の水準のデリケートな論点がここでは問題となる。芸能における未成年の性的なリスクもまた、「アイドル」というジャンルにのみ限ることではないが、アイドルの場合、小学生や中学生段階から活動が始まることも多いため、そうしたリスクは近いところにあるだろう。  先に示した芸能者のアウトプットに伴われる「性的な視線」全般と、次に示した年齢的に性的な記号をまとわせることが適切かという論点とは、アイドルというジャンルの中で重なりあいながらも水準が異なり、その問題性の有無にはそれぞれ個別の議論も必要になる。そしてまた、これら二者とはもうひとつ違う水準に「恋愛禁止」という「抑圧」は存在している。いま便宜的に三つの水準に分けたが、これらのうちで「恋愛禁止」だけは、アイドルというジャンル内のみに限定された、いわばローカルルール的なものである。さらにいえば、他の二つに比べて「抑圧」を取りのぞく操作――恋愛禁止の解除――が理屈の上ではもっとも容易なものでもある。  「恋愛禁止」が必要だとする声がしばしばその理由とするのは、アイドルが「疑似恋愛」「性を商品化しているもの」だから、という“事実”による説明だった。たとえば、「恋愛禁止」を解くことについて、「ではアイドルが恋人との親密な関係を公言してはばからない場合、そのアイドルをファンは支持するのか」といったような反論は、一見、ある説得力をもっている。けれども、そこには飛躍がある。「恋愛禁止」とは“恋愛をしない”ことの強制だが、「恋愛禁止」を解くことは“恋愛すること”の強制でもなければ、まして「自身の恋愛を公言すること」の強制でもない。アイドルが「恋愛」に対するスタンスをどのように見せ(あるいは隠し)、アイドルとしてのアイデンティティをどのように位置づけるか、その戦略的な判断を個々人に帰するということにすぎない。それぞれのセルフプロデュースやパーソナリティの発露がアイドルシーンの重要な争点になって久しい今日、そのような個々の戦略には相応のグラデーションが生じるはずだ。さらにいえば、前回の稿でも触れたが、「恋愛禁止」という以前からの風潮に一方で身を委ねながら、他方ではその風潮に杓子定規に従うことなく内側から段階的に骨抜きにしつつ、それでもなお支持を保ってきたのがAKB48という存在ではなかったか。その歩みもまた周到なものではないし、指原莉乃や峯岸みなみら「スキャンダル」に見舞われたメンバーたちの、事後的な立ち回りの巧さによって偶発的にもたらされた結果ではあっただろう。けれども、その歩みが明らかにしたのは、アイドルがパーソナルな場での恋愛をにおわせることが、即座にファンから支持されない理由にはならないという今日の環境だ。そうであるならば、「性の商品化」や「疑似恋愛」にアイドルというジャンルを局限させる必要はない。  「恋愛禁止」という「代償」をもってでなければアイドルというエンターテインメントの魅力が保たれないという発想は、ある意味でこのジャンルの可能性を低く見積もってしまうことでもある。もちろん、恋愛を禁じるという「風潮」が定着してから、AKB48が(なかば偶発的に)その風潮を一部骨抜きにするまでにも相応の時間はかかっている。すぐに結論を出すことを求めたいわけではない。けれども、あやうさについて考えるのをやめないことは、将来的により気兼ねなくこのジャンルの面白さを享受するための準備でもある。社会からの拒否反応があらわになる瞬間は、その視点を省みるための貴重な契機だ。 ■香月孝史(Twitter) ライター。『宝塚イズム』などで執筆。著書に『「アイドル」の読み方: 混乱する「語り」を問う』(青弓社ライブラリー)がある。

『27時間テレビ』、SMAP・中居の“酷使”にファン激怒「バカにしてる」「オチにするな」

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SMAPファンの怒りの声、どうぞお聞きください

 毎年恒例の『27時間テレビ』、今年は『FNS27時間テレビ2015 めちゃ×2ピンチってるッ!~本気になれなきゃテレビじゃないじゃ~ん!!~』(フジテレビ系)と題し、7月25~26日に放送された。今回は総合司会を務めたナインティナインに加え、SMAP・中居正広もMCとして本格出演。先月、のどの腫瘍を摘出する手術を受けたばかりの中居を“フル参戦”させることに批判も出ていたが、やはり番組での中居の扱いに対してSMAPファンの怒りが爆発している。

 昨年はSMAP5人が総合司会を務めた『27時間テレビ』。今年はナインティナインが4年ぶり3回目の総合司会で、『めちゃ×2イケてるッ!』(同)のレギュラー陣も登場するという触れ込みだったが、11日放送の『めちゃイケ』では、中居のフル出演とSMAPの全面協力が明らかになっていた。

秋元康「組閣ごっこ写真」で半年間取材NG!? 講談社を襲った“AKB48ショック”の後始末

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『AKB48総選挙公式ガイドブック2015』(講談社)
 大手出版社の講談社を揺るがした“AKB48ショック”の波紋は、いまだ収まらない。これは講談社発行の写真週刊誌「フライデー」の6月26日発売号で、AKB総合プロデューサーの秋元康氏が安倍晋三首相らと仲良く写真に収まり、それを「組閣ごっこ写真」と報じたもの。同誌は安倍首相らとの秘密会合の様子や、2020年の東京五輪について話し合ったのでは? と報じた。  これに激怒したのが、秋元氏。事情を知る関係者は「これまで蜜月関係だったフライデーを直ちに取材NGにし、別の部署が制作を進めていたAKBの関連本も白紙になった。損害は億単位といわれています」と話す。  秋元氏が怒っているのは、写真を掲載したことではなく、フライデー側が当初言っていた話と掲載内容が違うことだった。 「もともとこのネタを持ってきたのは、芸能班ではなく政治班。そのため、いつもの芸能マターでAKB側と話し合ったわけではなく、行き違いもあった。秋元氏は写真掲載については聞いていたが『あんなふうに書かれているとは聞いていない!』と怒りまくっていた」(同)  通常、取材NGはひと月もすれば解けるものだが、今回はいまだに落としどころが見えていない。 「AKBサイドは『半年間の取材NG』を通達していますが、いくらなんでも長すぎる。制作がストップしているAKBの関連本もありますし、半年も経過したら、また一から制作しなければいけなくなる。講談社サイドは『もう少し短くならないものか』とお願いしているそうです」(出版関係者)  一方で、業界からは増長するAKBに対して不満の声も聞こえてくる。 「そもそも、誤報というわけではないですからね。AKB利権をチラつかせる手法に、社会部記者からは『言論弾圧だろ』『安倍首相と一緒じゃないか』という意見も上がっています」(週刊誌デスク)  秋元氏は安倍首相との特別な関係を否定しているというが、マスコミを黙らせる手法はまったく同じ。くしくも“組閣ごっこ写真”を証明する形になってしまったようだ。