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31歳、夏。これは私の身に起きた、本当にあった悲劇のお話です――。

私はラーメン大好き小池さん似。メガネを取るとアムロ・レイです。『小池さん!大集合』(復刊ドットコム)より
「24時間、365日体制でニュースを追い続ける」
私がいわゆる「ライターデビュー」を果たした職場では、上長が日頃から部下にこうまくしたて、数少ないスタッフだけでなんとか対応していたものだった。独立した現在でもこの信条にそえるよう、なるべく休日は作らないようにしてきた。そんな私は昨年末頃から
原因不明の腹痛に襲われることとなり、2度目の救急搬送でようやく“
胆石症”であることが発覚したのだった。31歳、夏の出来事である。
私が独立をしたのは27歳の時。当時は定期的な仕事というモノはほとんどなく、「何かあったらお願いします」という心優しい出版社と、ゆる~く仕事をこなしていた。起きる時間も仕事をする時間も自由自在で、共働きの妻にさえ迷惑をかけなければ、何をしても許されていたものだった(
それでも毎月350時間は仕事をしていたと思うが)。
■「一切仕事をしない日」がない生活
ところが昨年夏、ひょんなことから起業することになってしまった。ずっと手伝ってもらっていたフリーライターを正社員として雇い入れ、職業欄に「会社役員(代表取締役)」と書ける身分を手にしたのだ。当然、これまでのようにテキトーな仕事態度では通用しなくなった。
まず重くのしかかってきたのが、経理全般における業務である。当然それ専用のスタッフを雇い入れるほどの余裕もなく、顧問契約を交わしている税理士さんの指示の下、役所や銀行など、各手続きには自ら赴くことが必須となった。さらに各種保険や法人税など、これまでになかった大幅な出費もあいまって、すでに詰め込み過ぎだった
受注をさらに1.5倍ほどに増やした。
現在の1日のスケジュールをおおまかに言うと
朝=出社・事務業務全般
昼~夕方=原稿執筆や発注、編集など
夜=ネタ収集のための飲み
深夜=帰宅・原稿執筆
といったところだろうか。これに加えて、さらなる取引先や業務を獲得すべく、各方面への売り込みや企画会議、またその合間にも経理や事務作業など、対応しなければならない事柄がものすごく増えた。何とか土日の夕食だけは自宅で取るよう調整しているものの、それでも
入院するまで「一切仕事をしなかった」日は、今年に入ってからは1日もない状態だ。唯一の趣味であるゲームの時間も、必然的にかなり縮小されていた。
■油分とアルコールで腹痛に
そんな生活の中で、たびたびみぞおち辺りの痛みに悩まされることになった。元々大食らいのデブとして有名だった私だが、
ピザやとんかつなど、油分多めの食事にアルコールが加わると、数時間後からほぼ確実に猛烈な腹痛に襲われるのである。常に胃薬を懐に忍ばせて対処し続けてきたが、まるで効果はなかった。
(後日、胃腸内科で人生初の胃カメラを体験した際には「とても綺麗で大きな胃袋です」とお褒めの言葉をいただいた)。

■急性胃腸炎?
最初に救急搬送されたのは3月上旬の土曜日。以前お世話になった市政に携わるジイさんから呼び出され、昼間から中華料理をビールで流し込むハメに。帰宅する頃には過去最大級の痛みが到来し、深夜になってもウンウンうなり続ける私を妻が見かねて、救急車を呼んだのだ。ところがレントゲンに血液検査を受けたものの、救急医からは「
たぶん急性胃腸炎ッスね」と告げられ、1週間分の胃薬を処方されてさっさと帰された。医療費約1万円なり。
その後、何度か胃腸科を受診するも症状は一向に改善されず、仕方なく食生活を改めることにした。とにかく食後が要注意なので、定食のご飯は少なめ、ラーメンはうどんに、揚げ物禁止、飲みに行ってもウーロン茶しか頼まない……、などなど。元々あまりお酒が飲めない家系だったこともあり、断酒は痛くも痒くもなかったが、摂取カロリーが激落ちしたことにより日常のテンションはダダ下がりだった。(ちなみにここ5年間で一番飲んだのは、トカナ編集長となぜか武蔵小金井でサシ飲みした時。この日も帰宅後に相当お腹が痛くなった)。
■痛恨の一撃「日本酒」
そして半年以上悩まされていた一連の発作は、あるタレントへの取材の席によって終止符が打たれた。インタビューはタレントの自宅で行われ、テーブルにはお酒やおつまみが次々と並べられたのだ。同席した事務所の幹部スタッフとともに「ささっどうぞ!」と薦められたあって、さすがにこれは断れない。めったに飲まない日本酒も飲み、数時間後に訪れるであろう腹痛に思いを馳せながらも、なんとか取材を終えた。
■トイレで仰天 ウーロン茶色のおしっこ!!
帰宅する頃には、当然みぞおちの痛みが最高潮に達した。この日はほぼ一睡もできずにそのまま出社するハメになったが、朝のトイレでは仰天した。
おしっこの色がまるでウーロン茶のようにまっ茶色だったのだ。さすがにこれはマズかろうと、出社前に病院に寄って薬をもらったものの、痛みは収まらず、結局夕方には帰宅。そのまま痛みが落ち着くこともなく、早朝になって救急指定病院に駆け込む事態に。そこで初めて受けた
エコー検査によって、ようやく胆のう内に大量の石、つまり胆石が詰まっていることが明らかとなったのだった。

エコー検査の写真。医者からもらう。左側のボツボツが詰まった胆石

コレ
痛みの原因となっていたのは、胆のうと十二指腸を結ぶ総胆管という部位に石が詰まっていることだという。また検査によると、
肝臓の数値が異常、かつ黄疸も出ており、このまま放っておくと膵炎や敗血症など命に関わる危険もあると脅され、そのまま緊急入院することに。
胃カメラを使って胆のう周りを撮影した上に、石が詰まらなくなるようチューブを取り付けるという手術を、当日いきなり受けた。さらに回復を待って、5日目には総胆管に詰まった石を、胃カメラに取り付けたバルーンで十二指腸に落っことす、という手術も。いずれも全身麻酔で行われたが、術後はノドや患部がズキズキと傷んだものだった。
■胆石症とは?
ちなみに胆石症について軽く説明しておくと、肝臓が分泌する消化液、「胆汁(たんじゅう)」を濃縮・キープしておく器官が胆のうで、この胆汁が何らかの原因で結晶化してしまったものが胆石という。成分や形状・量などは人それぞれというが、そもそも私は胆のうという臓器の役割自体、今回の入院で初めて知るという有り様だった。
なおこの入院期間にも仕事を休むわけにはいかず、先のタレントへのインタビュー原稿を始め、手術日以外は病床でノートパソコンを叩くという、斬新かつ前衛的なスタイルで業務に追われていた。当然社員にも相当苦労を掛けてしまったので、この場を借りてお詫び申し上げます。
■胆のう摘出

胆のうから胆石を摘出したときの写真
入院中には、担当医師から近いうちに胆のうを摘出することも必須だと説明された。えっ、そんな簡単に臓器切っちゃって良いもんなんスか……? と動揺したが、ネットで調べると
年間約20万人が切除しており、割とポピュラーな手術なのだという。私の胆のうは胆石のギッシリ具合から「
もう長らく機能していないはず」とも告げられ、なるほどそれなら根本的治療として摘出手術は理にかなっていると納得した。総医療費は保険適用で約30万、高額医療費制度により実質負担は10万円もしなかったが。
ところがこの病院とは手術日の予定が噛み合わず、約1カ月後になって別の病院に転移することになった。こちらの病院は入院当日に手術し、翌々日には退院可能ということで、私のスケジュールにもピッタリだったのだ。
■手術は成功したものの…
手術は腹腔鏡という器具が用いられ、お腹の数カ所に切れ目を入れるという開腹手術に比べてダメージが少ないもの(これも常識みたい)。
今回3度目の全身麻酔のもと行われた手術は、無事成功。目が覚めた後、お腹に廃液用のドレーンが突き刺さったままで、これを翌日麻酔なしで引っこ抜かれた時は「フワッ!」と声を出してしまったが。また患部の癒着を防ぐため、とにかく歩くことを心がけてと言われたものの、
手術当日は1人で立ち上がることもできない程の痛みだった。結局退院日にも杖がないとロクに歩けない状態で、帰宅にはタクシーを使ってしまった。
入院費と合算して約10万円なり。
なお、私は麻酔のため意識はなかったが、付き添いに来ていた妻は切除した胆のう、さらにビッシリと胆石が詰まっている様子まで目の前で見せつけられたという。これがウワサのインフォームド・コンセントというヤツか。

取り出された胆石

グロ注意

胆石を見にきた猫
胆石の原因については
食べ過ぎ飲み過ぎ、あるいは家系、そして私の場合は仕事のしすぎによるストレスだろう、と複数の医師に説明された。もう痛みに悩まされることはなくなったわけだが、好きでやっていることでもストレスは生じるものなのだな、となぜか他人ごとのように感じている。ちなみに退院から1週間が過ぎた現在も、どうも油物を摂る気にはなれず、いまだに週に2度は食べていたラーメンさえ手を出せずにいるのだった。