シエナ・ミラーとトム・スターリッジが破局?

シエナ・ミラー(33)とトム・スターリッジ(29)が破局したようだ。3年前から婚約中の2人だが、その関係に終止符を打つことにしたと報じられている。2人は娘マーロウちゃん(3)を連れて今月にもイビザ島で休暇を楽しんでいる姿を目撃されていたばかりだが、そのホリデーで関係を修復することはできなかったようだとザ・サン紙は報じている。 シエナは2か月前に行われたカンヌ国際映画祭の場で婚約指輪をつけていなかったことからトムとの関係に暗雲が漂っているのではないかと噂され始め、友人たちもシエナとトムがたびたび激しい言い争いをしていたと証言していた。その一方で、2人は2013年にバーバーリーの広告に共に登場していたり、昨年にもシエナがトムの落ち着いた性格を称賛していたりと、そのラブラブぶりを見せつけていたことも頻繁にあった。その際、シエナは「彼は私のドタバタぶりにバランスをもたらしてくれるのにパーフェクトなの。そういうと彼がすごくつまらない人間に聞こえるけど、そういうわけでは全然ないのよ」と話していた。 シエナには2006年にもお互いの浮気が理由でジュード・ロウと婚約解消したことがあり、2人はその後復縁したものの、シエナがトムと交際を始めたことで2011年にまた破局していた。

辺見えみり「ブログだけに」宣言撤回! インスタ復活の懐事情

 2014年1月30日付けでInstagram(以下インスタ)を退会した辺見えみり。当時のブログでは、「今の状況だと、なかなかすべてを常に更新することが難しくて(汗)あと、毎日インスタを見てインターネットばかりやってる自分って?…疑問に思って…。これからはブログだけにしようと思います」と語っていたが、2015年5月26日、インスタ界に舞い戻ってきた。  インスタに復活した当日のブログによると、再開理由は「特に深い意味はありません(笑)」とのこと。しかし、以前のアカウントでは、「修正しすぎ」などの投稿写真への賛否、洋服や家具や育児などのありとあらゆる質問攻め、誹謗中傷コメントなどが相次ぎ炎上し、辺見自身がユーザーに反論したこともある。そんな苦い体験をした場所に、なぜ再び戻ってきたのだろうか。「これからはブログだけにする」と宣言したにも関わらず復活することが、少しダサいことも気づいているだろうに……。  とはいえ、以前の経験を踏まえてか、今回は非公開・承認制アカウントとなっており、フォロワー数も現時点で22,900人と少なめ。しかし、アカウント開設から10週間で投稿は261件とわりと高頻度で更新されている。  肝心の内容は、まず「ヒールが好き」「cafeが好き」「今日もヒール」「赤いネイルが好き」という「好きなもの発表」の連投から始まった。その後も、いろんな写真を織り交ぜつつ、「大好きなクリーム」「オーバーオールがずっと好き」「Plageのシャンブレービックシャツにゴールドアクセサリーが好きです」「抜け感のあるファッションが好き」「リネンとスエードの間逆の合わせが好き」「長年のパイソン好き」「夏に重たい素材着るのが好き」……と好きなものを発表する流れが続いている。  また、辺見が“コンセプター”を務めるアパレルブランド・Plageについての投稿も目立つ。新作のコーディネイト紹介、スタッフやお店の写真、買い付け時の様子、デザイナーとの打ち合わせ風景など、“コンセプター”という不明確な役職の業務とも思える写真が並ぶ。アパレルブランドに携わる人にありがちの投稿だ。それ以外の投稿は、育児、食べ物、旅行風景、花などと、多くはブログと同じ写真を使っており、インスタでしか発信されない情報はほとんどない。  インスタは、ブログのように投稿写真やコメントにリンクを貼ることはできないが、プロフィール欄にひとつだけURLを貼ることが可能。辺見の場合は、『Plage』ではなく自身のブログを紹介している。そこで思い出すのは、辺見と同じアメーバブログにて常にランキング上位を獲得している紗栄子だ。彼女はインスタにコーディネートを載せる際は「お洋服のクレジット、ブログに載せるね♪」と記し、ブログへの誘導が上手い。というのも、どんなにインスタがSNSの主流になってきたとはいえ、ブログのような広告収入源としては機能しにくいため、ブロガーにとって“ブログ閲覧数の獲得”は稼ぐためには必至。となると、辺見のインスタ再開は、ブログへの誘導を促す策なのかもしれない。  とはいえ、今回のアカウントにもフォロワーから「何時に起きてるんですか?」などの「それ聞いてどーする?」的質問が見受けられるのだが、辺見は律儀に返答している。ということは、以前よりも生活に余裕が出てきたのだろうか。もしくは単純に、アカウントを承認制にすることでファンだけの世界を作り、「素敵」「可愛い」とコメントしてもらえる場所が欲しかったのかもしれない。現にコメント欄には「承認嬉しいです♡」「ご復活待ってました!」などの祝福や喜びのコメントが絶えず投稿されている。いずれにせよ、以前のように、インスタによってインターネット漬けの生活になり、自分の生活に疑問を持ってしまうような状態に戻らないことを祈りたい。 (夏木バリ)

ジャニオタの落書きも…! 靖国神社「みたままつり」に外国人たちが「ガッカリ」

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※イメージ画像:photo by nishidaryuichi from flickr
 7月13~16日に靖国神社で開催された「みたままつり」に外国人たちが落胆している。  「きれいだけどガイドブックに書いてあるのと違う」  美しい提灯が壁一面に並ぶ靖国神社の「みたままつり」は、外国人観光客からも「ランタン・フェスティバル」の名前で呼ばれ評判だったが、本年度から屋台の出店が消えた。例年、焼き鳥やベビーカステラ、お好み焼きなどが売られて賑わっていたが、今年は出店のほか、境内での酒宴、ドローンの使用、無許可での集会などが禁止となった。  これはケンカ騒動や女性への迷惑行為などが増えていたため、神社側が苦渋の決断をしたもの。この行事は1947年から日本古来の盆行事にちなんで始まったもので、毎年200店の屋台が出ることが風物詩となっていたが、神社側に取材すると「5年ほど前から騒ぐ若者グループが急増してトラブルが絶えなかった」という。 「青少年の飲酒なども防ぎたいですし、近隣からのクレームもあった」(同)  警備関係者によると、昨年はちょうちんなど設置物を壊す器物損壊やケンカなど11件のトラブルがあり、未成年者の飲酒による急性アルコール中毒もあった。これらのほかにも事件化しなかったものでも、ケンカや痴漢のほか「境内に落書きをした者もいた」という。 「その落書きが“NEWS”って書いてあって、何のことかと思ったらアイドルグループの名前なんだって」(同)
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 昨年、NEWSのメンバー、手越祐也が「みたままつり」に訪れているという目撃情報がリアルタイムでTwitter上に流れた。その直後、熱狂的な女性ファン4名が訪れたが、到着したときにはすでに手越の姿はなかった。現場でやけになった様子で飲み食いしているうちに、彼女らは件のイタズラ書きをしてしまったという。 「ただ、注意すると、みんな謝罪してその場で落書きを除去していったからよかった」と警備関係者。 「ただ、ほかにも酔って消火器を噴射したり、ちょうちんに火をつけようとした者がいたり、車道に出て暴れたり、歩道に座ったり、慰霊碑に空き缶投げつけたりとマナーの悪さが年々ひどくなっていて、我々警備も大変だったんですよ。自民党から出馬した女性の候補者がまつり客の前で演説をして、酔った人といざこざになったこともありました。今年は出店がないから純粋に景観を楽しむ人たちが集まり、例年に比べると落ち着いていましたね」(同)  ただ、困惑したのは海外から来た観光客だ。アメリカ人の30代男性は「ガイドブックには店がたくさん出ていて酒も飲めると書いてあるから来たのに」と拍子抜け。ガイドブックを見せてもらうと「愛する人の魂に祈るイベントだが、若い女性がYUKATAを着て集まりフードスタンドの周囲でパーティーをしている」とも書いてあった。  ネット上の観光レビューサイトでも、観光客により昨年までの感想が書かれていた。そのため、今年は出店禁止を知らずに訪れた人が多数。オーストラリア人の女性の集団は浴衣を着て参加。「名物のOKONOMIYAKIが食べたかった」と残念がった。  実のところ、祭りでの出店禁止は他の地域でも検討されている。地方でもマナーの問題が主催者の悩みとなっており、来場者による飲酒運転の事故が起こったり、屋台と暴力団の関係が取りざたされたりしたこともある。    またある地域では主催者側の青年団が一般客とケンカしたり、また祭りのハッピを着た関係者が歩道を塞いでトラブルに発展したこともあった。これらも酒に酔った末のことで、出店禁止の案が各地で聞かれる一因となっている。こうした話をすると前出のアメリカ男性は「パーティーなんだから、大目に見るべきだ」と規制に反対したが、オーストラリアの女性は「迷惑な人が増えるなら禁止はしょうがない」と理解を示していた。 (文=ハイセーヤスダ)

「97世代」が音楽を豊かにするーー降谷建志、TRICERATOPS、GRAPEVINEのアルバムを聴く

『Everything Becomes The Music』と降谷建志の優しさ

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降谷建志『Everything Becomes The Music』

【リアルサウンドより】 <勇気を持ってかかげた誓い 鼻で笑うように流れる世界 駆け抜けよう共にこんな時代 塗り替えるのは君達(きみら)の世代>  1999年にリリースされたDragon Ashのアルバム『Viva La Revolution』の表題曲である「Viva La Revolution」。降谷建志はこの曲をライブで披露する際に、いつからかオリジナルの歌詞である<塗り替えるのは僕達(ぼくら)の世代>を<君達(きみら)>と改変して歌うようになった。革命の主体者として雄叫びをあげる立場から、次の世代の自立を促す立場へ。もちろん本人にとって「前線を退く」というような気持ちは毛頭ないはずだが、日本の音楽のあり方を自ら変えてやろうと血気盛んだった10代の頃と比べるといくぶん肩の力は抜けたのかもしれない。  直訳すると「すべての物事は音楽になる」というタイトルが冠せられた降谷建志にとって初のソロアルバム『Everything Becomes The Music』には、そんな彼の自然体の姿がパッケージされている。PCの起動音からこのアルバムが始まるという構成は、どんな生活音でも音楽になり得るというメッセージであるとともに、今作が非常にプライベートなモードで作られことを示すメタファーであるとも言える。全ての演奏からレコーディングに至るまでをたった一人でこなした本作は、降谷建志というアーティストにとっての「生理現象」のようなものなのだろう。呼吸をするように、睡眠をとるように、いつでも自身のスタジオに通って作り上げてきた音楽。先行リリースされた「Swallow Dive」「Stairway」を筆頭に、リズムセクションの上でギターが鳴り、そこに彼の歌が乗るというとてもストレートな(それゆえミュージシャンとしての本質が問われる)構成の楽曲が揃っているのが何よりの証左だろう。  『Everything Becomes The Music』全体を通して醸し出されているのは、「優しさ」や「美しさ」である。オーディエンスの血を沸騰させるために「攻撃性」や「破壊力」が求められるDragon Ashの音楽の中でいわばスパイスとして機能していた要素が、パーソナルな世界が展開される今作では前面に押し出されている。数多の名曲を生み出してきた降谷建志のセンチメントとメロウネスが完全解禁されたこのアルバムに対して、いまだに「Viva La Revolution」を生で聴くと涙が止まらなくなってしまう僕としてはこう言わずにはいられない。「こんなKjの音楽が聴きたかった!」と。

絶好調、97年組の生き残り

 Dragon Ashがメジャーデビューを果たした1997年の音楽シーンにおいては、小室哲哉ブームがいまだ続く中において「ロックバンドへの期待感」が確かに存在していたように思える。Mr.Childrenとスピッツのセールスがモンスター化し(ミスチルはこの年の3月で一旦活動を休止)、さらにはウルフルズ、THE YELLOW MONKEY、JUDY AND MARYといった面々のブレイク。今となってはレジェンド的な位置づけの顔ぶれがひしめく90年代半ばにおいて、たくさんの若手ロックバンドが表舞台に登場した。そんな97年デビュー組において今でも第一線で活動を継続しているバンドの代表格がDragon Ashであり、そしてTRICERATOPSとGRAPEVINEである。  Dragon Ashが初期衝動的な音を鳴らしながら強面な感じで登場したのに対してこの2つのバンドの佇まいはいたってカジュアルだったが、一方でその音楽的バックグラウンドにはある種の「渋さ」も合わせ持っていた。ビートルズなどのスタンダードなロックを下敷きにしながら、3ピース編成でディスコビートを大胆に取り入れた「Raspberry」でデビューしたTRICERATOPS。また、マーヴィンゲイの曲名からとったバンド名の通り、GRAPEVINEの音楽には単にキャッチーなだけではないブラックミュージック由来の粘っこさが包含されていた。  同期でもある降谷建志が初のソロ作で新境地を示したように、この2つのバンドも今まさに「脂の乗り切った状態」にある。それを端的に表しているのが、昨年末にリリースされたTRICERATOPS『SONGS FOR THE STARLIGHT』と今年1月リリースのGRAPEVINE『Burning tree』である。  オリジナルアルバムとしては約4年振りのリリースとなったTRICERATOPS『SONGS FOR THE STARLIGHT』は、ロックとしての迫力とポップスとしての完成度が共存している作品である。印象的なギターのリフのイントロからベース主体のAメロに流れる展開とサビのキャッチーなメロディが「これぞトライセラ!」という感じのロックナンバー「スターライト スターライト」、BPMが速くなくても腰を揺らしたくなってしまうスイートな「PUMPKIN」などバラエティ豊かな収録曲からは、昨今では単に元気に盛り上げるだけのものを指すようになりつつある「踊れるロック」という概念を改めて定義し直すかのような気概が感じられる。  GRAPEVINE『Burning tree』は、掻き鳴らされるギターとサビで炸裂するシャウトが気持ちよい「empty song」やトリッキーな展開の「MAWATA」など、ここ数作においても特に開放感のある楽曲が並んでいる。複雑なアンサンブルを挟みながらも「せわしない」「ごちゃごちゃしている」といった要素を微塵も感じさせない雄大なサウンドプロダクションは、一朝一夕に真似できるものではない。  降谷建志『Everything Becomes The Music』、TRICERATOPS『SONGS FOR THE STARLIGHT』、GRAPEVINE『Burning tree』。昨年1月にリリースされたDragon Ash『THE FACES』も含めて、最近の「97世代」の作品にはここまで積み上げたキャリアに安住しない瑞々しい魅力が詰まっている。年輪を刻みながらもどんどんピュアになっていくかのような彼らの年の取り方は、ロックミュージシャンとしての理想的な姿なのかもしれない。

「狭間の世代」が担保するシーンの豊かさ

田中「まあ、やっぱり僕らは狭間の世代なんですよ。僕らがバンドを始めた時代っていうのは、バンドでやっていくとなると、もうアマチュアかメジャーデビューか、その二者択一だった。でも今はもっとやり方が多様化してる」 和田「そうだな……確かに自分たちが狭間の世代だなっていうのはすごく思ってます」 (RealSound トライセラ和田×バイン田中が語る、ロックバンドの美学(後編)「音楽にはセクシーさがすごく大事」より http://realsound.jp/2015/01/post-2186.html)  TRICERATOPSとGARPEVINEのそれぞれのフロントマン、和田唱と田中和将は自分たちのことを「狭間の世代」と称している。ここでの発言の意図は最近の若いミュージシャンと比較した場合というものではあるが、もっと短いスパンで区切った話でも97年デビューの彼らは「狭間の世代」と言える立ち位置のように思える。  J-POPという呼称の元でCD販売が産業として一気に巨大化し始めた90年代前半と、過去最高のCD売上を記録する中でゼロ年代以降の音楽シーンの方向を決定づける数々の才能が見出された98年。Dragon Ash、TRICERATOPS、GRAPEVINEの「97世代」はこの2つの時代の狭間にメジャーデビューを果たした。  くるり、ナンバーガール、スーパーカーという「98世代」が現在の日本のロックシーンのいわば始祖として様々な形で引き合いに出される一方で、「97世代」に対する言及は思いのほか少ない印象がある。それはもしかしたら、バンドとしての生き様によるものかもしれない。Dragon Ashは時代の空気を一身に背負いすぎた結果ロック云々というスケールでは語るのが難しい存在になったし、TRICERATOPSとGRAPEVINEはどちらかというとシーンの流行り廃りとは関係なく(バンドとしての紆余曲折はありながらも)淡々とキャリアを積んできた。また、実は最近のロックバンドとの音楽的な接点が見つけづらいという側面もあるかもしれない。Dragon AshのミクスチャーサウンドやGRAPEVINEが放つ渦のような音の世界を表層的な意味ではなく継承できているバンドはあまり見かけないし、TRICERATOPSの「踊れるロック」と現状主流になっている「四つ打ちロック」は特にリズムの強度・バラエティにおいて大きく異なるものである。  次から次に「期待の新星」が登場する中で、当たり前のように長く続いているバンドの存在感というのはともすれば希薄になりがちだ。自分のリスナーとしての態度を振り返ってもついつい新しいバンドを追いがちになるし、その結果として「最近のロックバンドは自分には合わない」などと悪態をつきたくなる瞬間もある。ただ、ほんの少しだけ視線をずらすと、自分が年を重ねているのと同じように大人になったロックバンドが「懐メロ」には陥らないロックを鳴らしている。  最近、とある報道番組で「日本の音楽の多様性が失われている」という切り口での解説を目にすることがあった。このメッセージには様々な観点からの反論が可能だが、僕は2015年における「97世代=狭間の世代」の充実を反証材料として提出したいと思う。20年近く前に「期待の新星」だった面々の弛みない歩みが、今の日本のポップミュージックの深みと豊かさを支えているのだ。 ■レジー 1981年生まれ。一般企業に勤める傍ら、2012年7月に音楽ブログ「レジーのブログ」を開設。アーティスト/作品単体の批評にとどまらない「日本におけるポップミュージックの受容構造」を俯瞰した考察が音楽ファンのみならず音楽ライター・ミュージシャンの間で話題に。2013年春にQUICK JAPANへパスピエ『フィーバー』のディスクレビューを寄稿、以降は外部媒体での発信も行っている。 Twitter レジーのブログ レジーのポータル

まったく挨拶をしないAKB48・島崎遥香に映画スタッフ愕然!「“塩対応”は、単なる礼儀知らず」

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撮影=岡崎隆生
 AKB48の“ぱるる”こと島崎遥香主演のホラー映画『劇場霊』(11月21日公開)の予告編が14日、公開された。 「今作に限っては演技は及第点といったところですが、今後女優としてやっていくとなると、今のままでは厳しいかもしれませんね」(映画関係者)  厳しいのは、演技というよりもぱるるの代名詞でもある“塩対応”だという。 「彼女の“塩対応”を面白がる人がいない現場では、単なる無愛想で礼儀知らずの人になっちゃいますからね。ほかのAKBメンバーがいるときは、彼女たちがしっかり挨拶するので、そこまで気にならないですけどね……。それも、必要以上に丁寧に挨拶してフォローしているからでしょうけど」(芸能事務所関係者)  実際、先日も一緒に仕事をした人は、まったく頭を下げない島崎に衝撃を受けたという。 「いや、彼女の“塩対応”は耳にはしていましたが、あそこまでヒドイとは思いませんでしたね。だって、みんなが頭を下げて挨拶してるのに、ひとりだけ下げていないんですよ。目立ちますよね。仲の良いスタッフとは話をしていますが、それ以外の制作スタッフや共演者には、まったく挨拶がなかったです。今、ロンブーの淳さんと番組をやってますが、淳さんも『思ったよりヒドイ』と愚痴をこぼしてましたよ。今は面白がって誰も注意していないみたいですが、もし、彼女が卒業でもしたら仕事は来なくなるんじゃないですかね。それくらい、あの“塩対応”は普段仕事を一緒にしていない人は衝撃を受けますよ」(芸能事務所関係者)  そろそろ、“塩対応”をあらためる時が来たのかもしれない。

嵐と共演で話題「米々じいちゃん」に利権騒動!? ゆるキャラ制作者が「市の横暴さ」告発

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二宮は顔立ちが米っぽいマ~イ

 6月に大阪・東京で公演が行われ、大盛況のうちに終了した『嵐のワクワク学校2015』。今年は新たにHey!Say!JUMPが仲間に加わったことで、これまでとは違うイベントとなり、ファンからは公演終了後も映像化を希望する声が相次いでいる。しかし、そんな『ワクワク学校』の舞台裏で、ステージにも登場した新潟県・魚沼市の公認ゆるキャラ「米々じいちゃん」をめぐる“利権トラブル”が勃発していたという。

 米々じいちゃんは「食まちうおぬま」の応援団長を務める“ゆるキャラ”で『ワクワク学校』では二宮和也が先生となって「田植え」をするコーナーの中で出演。白く、お米の形をしたフォルムが特徴で、語尾に「~マイ」をつけて嵐らとトークを展開した。つぶらな瞳のキュートな米々じいちゃんと二宮らの絡みには、多くのファンが“ほっこり”した気持ちになったようだ。