『スッキリ!!』出演陣にそっぽを向かれた上重聡アナの屈強なメンタリティの由来

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『スッキリ!!』(日本テレビ系)公式サイトより

――毒舌コラムニスト・今井舞が、話題のアノ人物やアノニュースをズバッとヒトコトで斬り捨てる!

◎先達発見
 アナウンサーが、生番組内でギネス記録達成! 本来ならば、もっとキャッキャキャッキャ身内で盛り上がれたネタだろうに。上重聡が『スッキリ!!』(日本テレビ系)内で達成って話だからなぁ。「2人組になって、30秒間背中合わせでボールの受け渡しをする」という、名前もつけらんないような競技だし。挙げ句、翌日に中学生と芸人がタイ記録を樹立。一緒に記録を作った相手の青木源太アナに、「もう一度挑戦しようと誘ったら、もういいって言われました」と自嘲する上重。流れで隣の加藤浩次に持ちかけるも「勘弁してください」。ガラガラガッシャーン!

GACKT、メイウェザー対パッキャオ戦に“招待”は嘘!? 「高額チケット買ったはず」と関係者談

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強がりなんだから~!

 VIP扱いは本当か――。ミュージシャンのGACKTが、今月2日に米ネバダ州ラスベガスで行われたWBC、WBA、WBO世界ウエルター級の統一戦、フロイド・メイウェザー対マニー・パッキャオ戦のリングサイド席に招待され、観戦したという。

 GACKTはアメリカ行きの機内で、ブログマガジンの記事をアップし、「ベガスに行くんだよ。ラスベガス。招待されたんだよ。パッキャオとメイウェザーの試合に」と告白。テコンドーの有段資格を持つなど、格闘技全般に造詣が深いGACKTは、両者の“凄さ”を説明した上で、「ボクも小さい頃、ボクシングをやらされてたから 試合を見ると、『コイツのテクニックは半端ないなぁ…。ヤバいなぁ…踏み込みのタイミングが…』とかって玄人目線になってしまうんだよ」とつづった。

男性が語るセックスはなぜこんなにもつまらないんだろう?

【messyより】

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『GQ JAPAN 2015年 06 月号』コンデナスト・ジャパン

 男性ファッション誌『GQ』2015年6月号(コンデナスト・ジャパン)が「日本人1000人のセックスライフ」という特集を組んでいます。セックス特集といえば『an・an』(マガジンハウス)のものが有名。男性誌でセックス特集というのは写真週刊誌やゲーセワ実話雑誌以外では珍しい気がして手に取ったんですが、これがガッカリするぐらいつまらなかった。『an・an』も大概ですが、これは一般男性のセックスに対する想像力の貧困を示しているのではないか、と思わされる内容でしたね。

 今回の号に限らず高級腕時計に、高級車、高級海外ブランド、最新電子ガジェット……と男性が好きそうなものの紹介で固めた『GQ』に男性的価値観が支配的なのは当然なのかもしれませんが「多くの男性がセックスに興味津々なのは、紛れもない事実」と定義してしまっているところがまず問題です。特集で紹介される、54の質問に対する男性1000人の回答結果も、すべて「男ならセックス好きなの当たり前でしょうが!」というステレオタイプばりばり。だから、セックスへの関心が低くなっていると示唆されるデータ(いわゆる草食化現象)が出てくると「これは大変!」、「男なのにセックス嫌いなんてどうなっちゃってるの?」と論じる方向に進む。すべて計算どおりです。

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“最後の砦”佐藤健ドラマ『天皇の料理番』が、まさかの急落……TBSはドラマ枠をさらに削減へ!?

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 TBSの連続ドラマが、またもや窮地に追い込まれている。  初回平均視聴率11.5%(ビデオリサーチ調べ、関東地区/以下同)でスタートした同局の山下智久主演『アルジャーノンに花束を』は、第2話で7.9%に落ち込んでからというもの、最新話まで1ケタ続き。さらに、木村文乃主演『マザー・ゲーム ~彼女たちの階級~』が全話1ケタであるほか、元AKB48・大島優子主演『ヤメゴク ~ヤクザやめて頂きます~』にいたっては、有名監督の堤幸彦氏が演出を手掛けるも6.0%にまで落ち込んでいる。  TBSの連ドラがことごとくコケる中、先月26日にほかの連ドラより一足遅くスタートした佐藤健主演『天皇の料理番』は、「TBSテレビ60周年特別企画」を冠に、異例ともいえる6カ月の長期撮影を行った意欲作。主役級の豪華キャストを揃え、海外ロケを行うなど制作費もそれなりの大作だ。  結果、初回スペシャルは15.1%と高視聴率を記録。しかし、第2話で11.4%にまで急落し、最新話の比較では堺雅人主演『Dr.倫太郎』(日本テレビ系)や、SMAP・木村拓哉主演『アイムホーム』(テレビ朝日系)を下回っている。  TBSといえば、全話平均視聴率において、昨年4月期に14.5%を記録した唐沢寿明主演『ルーズヴェルト・ゲーム』を最後に、2期連続で“全ドラマ1ケタ”という残念な結果に。前期は、生田斗真&小栗旬主演『ウロボロス~この愛こそ、正義。』、西島秀俊主演『流星ワゴン』が10%台と若干の回復を見せたが、同局についた「連ドラ不調」のイメージは拭えないままだ。 「TBSにとって、『天皇の料理番』が今期の“最後の砦”だった。昨年の韓流ドラマ枠『韓流セレクト』の終了に続き、今年3月には月曜夜8時台の連ドラ枠を廃止したTBSですが、すでに局内には『ドラマでは数字が取れない』という空気が充満。さらなる連ドラ枠の削減が検討されるでしょう。おととし、『半沢直樹』というモンスター級のヒット作を生んだTBSですが、一部スポンサーからは『あそこから何か学べなかったのか?』と溜め息が漏れているとか」(テレビ誌記者)  全体的に低迷気味の今期の連ドラにおいて、特に不調が目立つTBS。またもやヒットを生みだせないまま、今期が終わってしまうのだろうか?

「自分がどう見えるか」彼と街の視線を気にする「美人百花」の重すぎるファッション観

<p> レビューを始めて今回で4回目。徐々に「美人百花」(角川春樹事務所)という女性誌がなんたるかが掴めてきたのですが、やっぱり「美人百花」はどこまで行っても、「自分がどう見えるか」が一番重要なのだと感じさせられます。例えば、「大好きな彼とお出かけしよう♪」というページには、「シャレ感と可愛さを両立するパンツルックで彼と街の視線を独占!」「絶景にテンションUP!はしゃいでも美人に見えるシャツが心強い味方」といった言葉が踊っています。やはり彼や街の人から、自分がどう見えるかが大事なようです。<br /> </p>

クリス・ブラウン、帰宅後に全裸の女性ファンと鉢合わせ!

<p> 2005年にデビューし、米ヒップホップ・R&B界の新鋭歌手として瞬く間にスターの座に上り詰めたクリス・ブラウン。しかし、09年に当時熱愛していた歌姫リアーナに暴行した容疑で逮捕され、有罪判決を受けてからイメージはガタ落ち。保護観察中の13年10月にも写真を撮ろうとした一般男性を殴り、またお縄に。14年6月に出所した後は、精神的に支えてくれたモデルのカルーシェ・トランとのゴールインも近いとウワサされるようになったが、今年3月に隠し子がいたことがバレてしまい、破局。DNA検査で100%自分の子だと判明した娘への愛着はすさまじいもので、SNSに娘の写真を投稿しまくるなど親バカを炸裂。最近になり、着信拒否されていたカルーシェとも無事復縁したと伝えられるなど、相変わらずのお気楽人生を歩んでいる。</p>

横浜名物“帽子おじさん”のヤバすぎる過去にギョーテン!

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珍奇なものをこよなく愛するライター・北村ヂンが、気になったことや場所にNGナシで体当たり取材していく【突撃取材野郎!】。第22回は、横浜名物の帽子おじさんに会ってきました。  横浜近辺のイベントなどによく行く人だったら、一度は目撃したことがあるんじゃないかという名物「帽子おじさん」。  お手製の派手すぎる帽子をかぶって街中を練り歩いているんですが、インパクトありすぎなビジュアルだけに、遭遇してもちょっと話しかけづらい……。  そんなおじさんが、生誕80年を記念して個展『頭上ビックバン!帽子おじさん宮間英次郎 80歳記念大展覧会』を恵比寿のNADiff Galleryで開催中(現在は終了)ということで、ボクが代わりに帽子おじさんこと宮間英次郎さんに直撃取材してきました! あの愉快な帽子誕生の裏には、意外な事件があった!? ■内向的な子どもだったね ――「横浜の帽子おじさん」としておなじみですけど、生まれは三重県なんですよね。 「うん、伊勢のほうね。あの辺は旅館が多かったから、ウチの親父は戦前、女中さんたち相手に小間物屋というか、今でいう化粧品屋みたいなことやってたんだよ。でも、戦争で呉の海軍に徴兵されちゃって。広島に原爆が落ちた時には、たまたま鳥取だか島根だかに軍の物資を取りに行ってて助かったんだけど、ほかの人たちはほとんど死んじゃったらしいよ」 ――いきなり意外すぎる話からスタートしましたね。おじさんは、どんな子どもだったんですか? 「終戦して親父が帰ってきても、もう小間物屋なんて商売にならないから、夏はアイスキャンデーを売ったり、冬は水飴を売ったり、なんでもやってたんだよね。親がそういうことをやってるのって、子どもたちからすると、からかいの対象になっちゃうでしょ? おじさん、子どもの頃は体も小さかったから、いじめに遭ってたんだよ。もう学校もイヤになっちゃって、いつも下を向いているような内向的な子どもだったね」 ――内向的!? 今はこんな格好してるのに! 「いじめるほうは面白いだろうけど、いじめられるほうとしては本当にツラかった。だから、早く大人になって仕事をしたいと思ってたね。勉強もできなかったし、社会に出て自由になりたかったんだよ。それで中学を出たんだけど、まだ15歳だから何をしたらいいかわからなくて、最初はイヤイヤ親父がやっていた行商の仕事を手伝ってたんだけどね。それから17~8の頃、名古屋に出て行って……やっぱり若い頃ってバーテンとかが格好いいと思うでしょ? それでバーで働くことになったんだけど、なぜかボーイをやらされて」 ――バーテンじゃないじゃないですか。 「最初っからボーイをやらせるつもりだったのかなあ~? まあ当時は水商売やってる連中なんて、まともな人はいないわけよ。住み込みだったんだけど、布団がカビてるようなひどい部屋で……。すぐ辞めて『人生は、なんて厳しいんだ!』って思ったね」 ――いきなり挫折しましたね! 「それで、今度は自衛隊でも入ろうかって、京都の宇治駐屯地に入って訓練を受けたんだよ。体は細かったけど、それなりに体力はあったから、鉄砲の撃ち方とか、ほふく前進とかはついていけたんだけど、勉強が苦手でね……。ヤードやらフィートやら山の中で自分の居場所が確認できるかとか……いくら訓練を頑張っても、試験に受からないといつまでたっても二等兵なんだよ。それでイヤになって辞めちゃって」 ――挫折しますねぇ~。……それからどうしたんですか? 「実家に帰って、しばらくブラブラしていたんだけど“やっぱり仕事ないしなー”って、また自衛隊に入ろうかって思ったんだけど、入隊試験に学科があるから自信がなくて……」 ――えっ、一回受けた試験なんですよね? 「それでも自信なかったからさぁ~。弟を隣に座らせてカンニングしながら受験して、なんとか合格したんだけど、25歳の年齢制限に引っかかって入れなかったんだよね」 ――それ、受ける段階でわからなかったんですかね? 「数字弱いのに、わかるはずがないよ! それから大阪の西成に行って、日雇い仕事をやってブラブラしてたんだよね。当時は景気もよかったから、仕事がいっぱいあったんだ。一日働いたら疲れちゃうんだけど、日雇いだから次の日休んでも構わないし。あの頃、一日働けば8,000円くらいもらえて、西成のドヤは1泊550円とかだったから、たまに働くだけで全然生活できるんだよ。そんな自堕落な生活をしているうちに、競艇を覚えて……。西成から住之江に行ったり、尼崎に行ったり、琵琶湖に行ったり、グルグル回ってたね」
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3月21日~ 4月24日まで恵比寿のNADiff Galleryで行われた「頭上ビックバン!帽子おじさん宮間英次郎 80歳記念大展覧会」。どうにもこうにも目がチカチカします……
■痴漢をやめて帽子の世界へ ――それがいくつくらいの頃なんですか? 「30歳くらいかな? そんなことをやっているうちに、ちょっと道を踏み外しちゃってね。おじさん、子どもの頃から奥手だったから、ずーっと友達がいなかったんだよ。友達がいれば、道を外れそうになっても『そんなこと、やめたほうがいいよ』とかいさめてくれるじゃん。でも、友達いなかったら関係ないからね」 ――で、どんな道を外れたことをやってたんですか? 「要するに……痴漢だね」 ――痴漢! 「こう見えて昔は、結構いい男でモテたわけよ。中村錦之助とかそういう、のっぺりした顔が美形ってことになってたんでね。だから、映画俳優にでもなれるんじゃないかと思ってたの。でも蓄膿症の手術したら、顔の形が変わっちゃって……。映画俳優になっていじめていた奴を見返してやろうと思っていたのに、これから青春だっていう時期に、醜い顔になっちゃったんだよね。女だったら自殺しているよ。元の顔に戻らないとわかった時点で、自暴自棄になっちゃったんだ」 ――だから、痴漢しちゃったってことですか? 「まあそうだね。心が弱かったから仕方ないやな。この頃から、人生あきらめていたと思う。ギャンブルやって負けたら、次の日働かなきゃいけないでしょ? 心がカサカサしちゃうのね。あと、若い頃の性欲の勢いに負けてしまったんだろうね」 ――……。 「それから、東京の山谷、大阪の西成、名古屋の笹島、横浜の寿町……ってドヤ街を転々としながら日雇いをやって、痴漢もやって。旅の恥はかき捨てっていうじゃん。そういう感覚だったね」 ――痴漢で捕まったりはしなかったんですか? 「捕まった! うすうす警察にマークされていそうな感じはしていたけど、警戒心が足りなかった。目白だか高田馬場だかの駅で捕まって。“もうこんなことしてちゃダメだ”って、60歳手前くらいでキッパリ足を洗ったから」 ――随分長いこと痴漢してましたねぇ! 「捕まった後は本当に死ぬほど悩んで後悔して、一生後ろ指さされ、さらし者になって生きるよりも死んだほうがましだと思ったけど、なかなか自分の命を絶つことはできない……。ただ、悪いことは悪いことだけど、人を殺したわけじゃないからね。女の人から忌み嫌われるのはわかるけど……男の人なら少しはわかるでしょう?」 ――ま……まあ~。 「まあ、そういうことで痴漢からはキッパリ足を洗って、それから、こういう格好をするようになったんだよ」 ――!? 唐突すぎて意味がわかりませんけど、痴漢の代わりに帽子をかぶりだしたと? 「死ぬ度胸がなければ、いっそ開き直って? それまでは悪いことしてたけど、いまは更生している。これからは真面目にやろうという意思表示だよね。まあ、逆効果かもしれないけど」 ――は? 真面目にやろうという意思表示!? 「帽子おじさんをやりだしてから、初めのうちは『ちんどん屋』なんて呼ばれていたけど、だんだんと帽子が複雑になっていってからは、芸術的になったってわけじゃないんだろうけど、ちょっと上品な感じになってきたのか、悪口は少なくなってきたね」
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せっかくなので、記念撮影
■帽子は土日祭日、イベント時限定 ――最初の頃は、どんな帽子だったんですか? 「最初はもう簡単に、拾ったカップラーメンとかヤキソバの丼をかぶってみたりさ。それから、造花とか刺してみたり、もうちょっと派手にするなら土台が必要だなと思って、蛍光灯のかさとかを使うようになって……。アレだったらいっぱい載せられるでしょ? さらに金魚鉢をくっつけてみたり、いろんなことをやったね」 ――横浜近辺でよく見かけますけど、普段からこの格好をして出歩いているんですか? 「普段はしてないですよ。土日祭日とか 野毛の大道芸とか、隅田川の花火とか、そういうイベントの時にならするけど」 ――あ、そういうもんなんですね。最近、横浜にもうひとりの帽子おじさんが出没しているって知ってますか?
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おじさんの帽子コレクション
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「あー、知ってる知ってる。アレは私より10歳くらい若いヤツでしょ? アレはホント、パフォーマンス、目立ちたがりだな。自分の自慢しか言わないの。帽子も、ちんどん屋みたいに派手で、着物なんか着て自転車に乗っているよ」 ――やっぱり、真似されたなっていう意識はあるんですか? 「それはあるわな。なにしろ、目立ちたがりだもん。おじさんは、写真を撮りたければ別にいいですよっていう感じだけど、アレの場合は自分から積極的に写真撮られに行ってるから!」 ――おじさんの場合は、目立ちたいということでやっているわけではない? 「目立ちたいのも半分くらいあるけど、みんなに楽しんでもらいたいとか、まあいろいろと複雑な感情があるわな。でも、アレほど目立ちたがりじゃないですよ」 ――ちなみに、帽子の数はいくつくらいあるんですか? 「十何個とかかなぁ~? 今まで30くらいは作ってるけど、作っては壊しってしてるから残ってないんだよな」 ――この帽子が、海外とかではアートとして見られているということに関しては、どう思いますか? 「アートっていうのは申し訳ないね。そもそも、アートが何なのかわらないからね。周りの人たちがアートだって言ってくれるけど、コレが『アット』驚くような面白いもんかなー? ……って。まあ、自分からアートだって大声で言わけじゃないけど、周りが言ってくれる分には構わないよね」 ――それじゃ最後に、これから作ってみたい帽子は? 「いや、もうネタ切れだな。もう限界でしょ、これくらいで。これ以上いろいろと載っけたら、重くなりすぎちゃってかぶっていられないもん。まあ、あくまでも材料がそろったら作るっていう感じだね。できたら作るし、できなければ自然消滅ですね。そんなことより、競艇で金儲けて、世界一周とまでは言わないけど、アジア旅行くらい行きたいね!」 ***  痴漢をやめたから帽子を作りだした……という理屈はまったくわからないけれど、それが海外でアートとして認められちゃうというのはスゴイ。「天然」な人のすごみを感じますな。 「キンキンも石原裕次郎も同級生だけど、みんな死んじゃった」という帽子おじさんですが、まだまだお元気そう。競艇もいいけど、帽子の新作もドンドン作ってもらいたいところです!
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(取材・文・イラスト=北村ヂン)

関ジャニ∞・村上信五は“ポスト中居”の一番手? 各番組でのMC力を検証

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バラエティ番組などで活躍の幅を拡げる村上信五

【リアルサウンドより】

 関ジャニ∞のメンバー・村上信五が、数々のテレビ番組でレギュラーを獲得し、注目を集めている。マツコ・デラックスとともにMCを務める『月曜から夜ふかし』(日本テレビ系)で評判となっているほか、4月15日からは『村上信五とスポーツの神様たち』(フジテレビ)が放送開始。関西で放送されている『村上マヨネーズのツッコませて頂きます!』(関西テレビ)も、4月17日より関東進出を果たした。また、3月9日に放送された特番『世界!極限アーティストBEST20』(日本テレビ系)では、ビートたけしとともにMCを務め、「下手すりゃ『紅白(歌合戦)』の司会者になるんじゃないかな」と、たけし本人にそのMC力を絶賛されたことも記憶に新しい。

 いったいなぜ、村上信五はテレビ番組で高い人気を誇っているのか。ジャニーズの動向に詳しい芸能ライターの佐藤結衣氏は、その理由を次のように分析する。

「村上信五さんのMCで特筆すべきは、まずその突っ込み力の高さ。相手が大御所の場合でも、臆することなく視聴者目線でどんどん突っ込みを入れるため、番組に広がりがでます。『月曜から夜ふかし』で見られるように、ときにはタメ口で突っ込んだりするフラットさは、やはりジャニーズJr.時代からトーク力を磨いてきた関西グループならではの資質といえるでしょう。加えて、自分自身も突っ込まれやすいキャラクターというのも、多くの人に親しまれる一要素となっているのでは」

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「ノースキンは亡国病」女帝が見続けた吉原の変遷を読む『吉原まんだら』

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清泉亮氏
 吉原といえば江戸時代からの歴史が続く性風俗の街。明治維新から150年の時間がたっても、いまだに日本一のソープ街として独特の輝きを放っている場所だ。  そんな、吉原には「女帝」と呼ばれる女がいる。  彼女の名前は「高麗きち」。かつて吉原が赤線時代だった頃からソープランドを経営し、浮き沈みの激しい時代の荒波をくぐり抜けてきた。93歳となった現在、店の経営こそ引退したものの、吉原の地で生活を行いながら女帝として君臨し続けているのだ。そんな彼女に4年間にわたって密着を続けてきたノンフィクションが、清泉亮氏による『吉原まんだら』(徳間書店)。清泉氏にインタビューを行ったところ、そこには女帝をはじめとするソープ経営者たちのプライドが見えてきた。 ──本書の主人公となる高麗きちこと「おきち」さんは、これまでメディアに一切登場していない人物です。いったい、どのようにして彼女と出会ったのでしょうか? 清泉 吉原について調査するために、町内会の古い人たちに話を聞いていたら「自分たちよりもはるかに吉原に詳しい人がいる」と、おきちの名前を紹介してくれました。けれども「気むずかしい人だから……」と警告されたんです。町内会の有力者たちですらビビってしまうおきちさんという人が、いったいどんな人だろうと思い、怖いもの見たさで飛び込んでいったのが出会いでした。けれども、出会って早々、僕のお線香の立て方が気に入らなかったらしく「おめえ、なんにも知らねえな!」と叱られてしまいます。 ──おきちさんの気性の激しさが伝わってきますね(笑)。 清泉 煙草を吸いながら、べらんめえ口調でガーッとまくし立てるから、やはり怖いんです。ただ、その怖さの中でシンパシーを覚えたのが、おきちの持つ「蔑まれてきた」という感覚。ソープを始めるとき、親戚から「あんなところで3日と持つわけない」と露骨に笑われたように、彼女は世間から常に蔑まれ「あいつら覚えてろよ」という反発心をバネに歯を食いしばってきたんです。 ──世間から蔑まれてきた人間だから持ちうる魅力があった、と。 清泉 ただ、お話を聞いていくにつれ、おきちの持つ経営者としての才覚にも注目するようになりました。中卒で、経営学を学んだわけでもないのに、彼女だけが最後までソープランドを続けて引退して、老後を迎えている。他の経営者の多くはバブルのときに、株や土地に手を出して没落してしまいました。おきちには経営者としての才能があったんですね。 ──「経営者としての才能」とは、具体的にどのようなものでしょうか? 清泉 おきちはソープだけでなくキャバレーをはじめとする男女のあらゆる職業を手がけましたが、絶対に浅草・吉原周辺からは出ないという哲学がありました。日経新聞的にいえば「選択と集中」ですか(笑)。彼女はそんな難しい言葉は知らないけれど、結果的にそれを選んでいたんです。また、絶対に博打的な経営を行うことなく、こつこつと事業を展開していきました。
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現在の高麗きち氏。書棚には往年の吉原に関する貴重な文献がズラリ
──堅実に経営を行っていった結果、吉原の女帝にまで上り詰めることができた。 清泉 たたき上げの人生の中で、皮膚感覚で身につけた経営論を実践してきたんですね。単純に言えば、失敗した場合でも同じ轍を二度は踏まないというだけのことかもしれません。しかし、それを頭で、理屈で理解できても、確実に実行し続けられる経営者はそうはいないのではないでしょうか。また、経営者の常として、少し商売が成功すると、すぐに成功体験に酔い、浮足立ってしまう。おきちが踏み込んだ商売は、売春防止法に抵触するかどうかという、ある意味で崖っぷちを走り続ける正真正銘の“ブレードランナー”とは言えないでしょうか。そして、どこかで何かの瞬間に足を滑らせて、奈落に落ちる者も多い。そのなかで、「このおばあさんの生き様が面白い」という興味だけではなく、経営者としての感覚、才能にも興味を惹かれたんです。 ──おきちさんと実際に話しながら、「女帝」として凄味を感じる部分はありますか? 清泉 彼女のもとには、地元の警察署長から、かつて総理候補の呼び声高かった超有力代議士、さらには区議会議員や地元の有力者、銀座で店を構えるクラブのママまでがよろず相談ごとに訪れるんですが、彼らの怯えっぷりが尋常ではない。いくら頭がはっきりしているとはいえ、おきちは93歳のおばあちゃん。彼らはそんなおきちに圧倒され、とにかく頭が上がらないんです。経済力だけではなく、会話での間合いの取り方、話題への切りこみ方など、老婆の所作、作法が、社会的に成功を収めている表の人間たちを圧倒していく……怖いほどの光景です。まるで、松本清張の『黒革の手帖』に登場するフィクサーを間近に見ているような錯覚さえありました。 ──本の中では、吉原で働くボーイたちがおきちに頭を下げる描写もありますね。 清泉 おきちは口癖で「人殺し使えるようじゃなきゃ、やってらんねえ」と言っていました。彼女が使っていた人間の中には、実際に、神戸のソープでオーナーを殺して刑務所に入ったボーイもいる。「人殺し」というのは比喩ではないんです。そんな荒くれ者や、気性の激しい女の子たちと上手く関係を作りながら、おきちは店を経営していきました。おきちのもとには、店を辞めたボーイからも、女の子たちからも「ママにはお世話になりました」っていう手紙が届けられています。 ──在籍期間も短い風俗の世界では、その場限りの人間関係になりがちですが、おきちの場合はそうではなかった? 清泉 おきちは、女の子たちにもボーイたちにも情を込めて付き合っていたんです。それが、彼女のいちばんの魅力でした。おきちには子どももいなかったので、その愛情を周りの従業員に向けることができたんですね。  赤線やトルコの時代には、自分の店だけでなく、働く女の子たちのために、ヒモや悪い男から守ってあげていたこともあるようで、今でも、かつて働いていた女性がおきちのところに挨拶に訪れて近況を語っているのには驚かされました。やはり風俗業というのは、携わった人間にとっては、あえて振り返りたくはない過去になるのだろうと信じていましたから。でも、還暦を過ぎた女性たちも、ママなんて言って、おきちのところを訪れてくるんです。風俗業で働く女性とオーナーとが、人生の晩年でも、信頼関係でつながり続けているというのは、それもまた一面の真実として新鮮に受け止めました。 ──本書には、おきちと並んで角海老グループを取り仕切る鈴木正雄会長の姿も描かれていますね。 清泉 彼は、輪タク屋を経営し、吉原界隈で働く女性たちから、ときに煙草を分けてもらいながらお金を貯めて、日本最大のソープランドチェーンを持つまでに至った人物です。はじめにつくったお店はベニヤ板で部屋を区切っただけの「あけぼの2号店」というお店。そこから店を増やし、一代で「ソープの帝王」へと駆けあがりました。
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寝首をかこうとする者には時に凄みも必要。この商売はまさに“真剣勝負”
──83歳の高齢でありながら、現在も、グループの経営に現役で携わっていますね。やはり、おきちと同様に吉原の荒波をくぐり抜けることができた人物です。 清泉 鈴木さんは戦後、上野駅の地下道で、餓死した死体を間近にしながら戦後の日々を暮らしていました。その底辺から這い上がって今の地位を手に入れたから、お金を手にする苦労を知っています。決して余計な出費などありえない庶民がこぞって、株だ、海外の国債だと資産運用に奔走する現代に、鈴木さんは有り余る財を持っていても、身の丈を超えた博打まがいの投資をすることはないし、不動産は買えども、利ざや稼ぎに転がすことはない。どんなに小さな、猫の額ほどの土地でも決して手放さない。それは決して、彼が吝嗇だから、ではないでしょう。手離すことよりも、手に入れることの苦難を知っているからだと思います。そして、それは彼の戦中戦後体験によって強く育まれたものでしょう。ソープランドという、ともすれば人に蔑まれる商売でありつつも、1円、1銭を稼ぐ大変さを肌身で理解している経営者だと思います。おきちも、吉原で働く女性たちからマー坊と呼ばれて愛された鈴木さんも、共通するのは、戦中戦後に死線をさまよったという体験です。死線を経験した人間には、僕のような第二次ベビーブーマーにはない、絶対体験があると思います。それは、言い換えれば、不退転の覚悟、とでもいうような。 ──本書では、膨大な資料から吉原の明治~平成にかけての変遷を辿っていますが、その中で吉原の「町」について印象的なものありますか? 清泉 角海老の創業者である宮澤平吉を調べていたら、意外にも当時、吉原の経営を支えていたのは明治維新後の華族たちだったことを知りました。立場のある人々が、妓楼の出資者だったのには驚きましたね。今でも、吉原神社の玉垣(神社の周囲にめぐらされている石でつくられた柵)には、昭和初期に名門・角海老のオーナーであり、衆議院議員だった遠藤千元の係累の名前も刻まれています。妓楼を持つことは、当時の人間から見れば相当のステータスだったんです。  また、今回、法務局に入っている吉原の土地台帳をすべてコピーしてもらい、戦前からの各店のオーナーから店長、そして土地の所有者を照らし合わせていったんですが、わかったのは、いずれも名前が一致しないということです。わかりやすく言えば、土地、建物、店のすべてで所有者が異なり、そして、オーナーと呼ばれる人間は「のれん」を持っている。近代以降の遊郭は、極めて輻輳的な支配関係が入り乱れているということなんです。ですから、名オーナーと呼ばれてきたような人物が、登記関係の書類には一切、登場しないということになります。  この複雑な支配関係が、赤線廃止によって構造的に変わる時代が来るんです。トルコ風呂に移行できたのは、土地の所有権を持っている人々になります。土地を担保に銀行が金を貸付けて、銀行自身がトルコ風呂経営を積極的に後押しし始めたからなんです。そうすると、土地を持っていた者がオーナーとして生き残る時代がやってきました。店のオーナーと登記上の所有権者とが初めて一致する時代を迎えるわけです。江戸以来の旧態とした支配関係の構造が、赤線からトルコ風呂への移行において初めて劇的に変わったんですね。  このように、吉原という遊郭の所有関係には、見方によっては近代日本の支配構造が象徴的に凝縮されていたようにも見えて、大変に興味深いです。
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爬虫類との愛の交歓を客たちに見せつけた「ヘビ女」の艶技は話題を呼んだ。
──今、政治家がソープランドを経営していたら大問題に発展しそうですが、かつては粋な遊びとして許容されていたんですね。 清泉 今の吉原の経営者たちには「風俗業」という認識しかないかもしれませんが、おきちや鈴木さんはソープランドに対して、江戸時代からの遊郭文化を今に引き継いでいるという誇りがあります。そんな誇りを持つ最後の世代が彼らなんでしょうね。そんな歴史を保存するため、吉原の資料を展示する博物館が作れないかと、彼らは資料を収集しているんです。 ──では、現在の吉原に対して、おきちさんはどのように感じているのでしょうか? 清泉 一時期はデリヘルに客を取られて閑古鳥が鳴いていたんですが、現在、吉原に客が戻ってきています。その理由がノースキン(NS)の店が流行しているから。そんな風潮を、おきちさんは「ダメだ」と激怒しています。 ──「ダメ」というのは、いったいどうして? 清泉 吉原は江戸の頃から衛生管理をきちっとやってきた街だったのに、NSが流行すれば衛生的に問題となる可能性がある。エイズが蔓延したら大変なことになりますよね。おきちさんは「エイズは亡国病だ」と語っています。 ──「亡国病」……ですか? 清泉 それも、江戸時代からの遊郭文化の上にいるという気概の現れでしょう。また、おきちさんはNSは商売をする女たちがかわいそうだと嘆いている。女の子を使い捨てにしたら、この商売は決して長くは持たない、女の子を犠牲にする店は生き残らないというのがおきちさんの考え方なんです。NSで吉原がにぎわうことは、女の子を犠牲にして金儲けをしているに等しい行為なんだと、そう憤るわけです。 ──いくら儲かったとしても、国を滅ぼし、女の子を犠牲にするNSはまずい、と。 清泉 そう。ソープランドのような商売にはさまざまな意見があるとは思いますが、おきちはおきちなりに女の子たちのことを考え、愛情を持って接していました。おきちと吉原にいるときに、道で「ママー!」と呼ばれて振り向くと、昔おきちの店で働いていた女性がいたんです。「あんたー、どうしたの? 寂しかったよ」と、2人は再会を喜んでいた。その光景は、経営者と風俗嬢という関係を超えて、本当の親子なんじゃないかと錯覚するような姿でした。 ──おきちさんを通じて吉原を見ていくと、文化や人情など、とてもソープランドとは縁遠いと思われていた世界が広がって見えてきますね。 清泉 だから、おきちや鈴木さんの人生はとても興味深いし、我々が学ぶところはたくさんあります。人生、経営、人付き合い、そして男と女……生々しい現実に揉まれてきた末の言葉だからこそ、あるいは、一歩間違えれば逮捕か廃業かという決死のブレードランナーとして、今まで生き残り続けて来た彼らの言葉だからこそ、その含蓄は何より説得力があるのだと思います。業種が業種だけに、彼らはこれまでも決して表立って登場することはありませんでしたが、彼らの背中は、風俗論にとどまらず、経営論、渡世論としても、これまでにない実践術として、大いに学ぶべきところがあるのではないかな、と思っています。  そして、彼らは何よりも、哀しみを抱えて生きています。「女郎屋」と世間からは蔑まれる商売に身を投じることになった哀しみをしっかりと意識して今を生きています。それがあるからこそ、彼らの言葉は戒めにはなりえても、傲慢には響かないんです。そこがまた、無二の魅力でもあります。 (取材・文=萩原雄太[かもめマシーン]/撮影=名鹿祥史)
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●清泉亮(せいせん・とおる) 1974年生まれ。近現代史の現場を訪ね、「訊くのではなく聞こえる瞬間を待つ」姿勢で、消えゆく記憶を書きとめ、発表している。本書は、清泉亮としての単行本デビュー作となる。

“流浪のトップJr.”ジェシー、シックストーンズ発表で人気変動!? ユニットの可能性と懸念点

<p>巨大アイドル帝国・ジャニーズ事務所に所属するJr.たちは、デビューを目指して日夜鍛錬を続けている。しかし、彼らを応援するファンは常に不安と背中合わせ。「この子は売れる? 次の現場はどこ? もしかして退所!?」――そんなスリルと楽しく共存できるよう、将来有望な銘柄を「Jr.証券取引所」がご案内。</p>