
「週刊文春」5/12号中吊広告より
今週の注目記事・第1位
「『日経「私の履歴書」は嘘ばかり!』ニトリ社長に実母が怒りの大反論」(「週刊文春」5/12号)
以下順不同
「橋下徹と大阪のこれから」(「週刊現代」5/30号)
「戦後70年を濡らした『SEX革命』のオンナたち」(「アサヒ芸能」5/21号)
「これがJKビジネス『折り鶴作業中』の女子高生だ!」(「フライデー」5/29号)
「『高倉健』と『山口組』交流秘話」(「週刊新潮」5/12号)
「日本の女社長31万人『学歴』『出身地』『名前』の秘密がわかった」(「週刊ポスト」5/29号)
「人気女優の『妊活』事情」(「週刊文春」5/12号)
【番外】
現代とポストのセクシーグラビア対決とセックス記事の勝者はどっちだ!
今週は1位の文春の記事以外見るべき硬派記事がない。困ったものだ。そこで1位以下は順不同にした。
まずは、セクシーグラビアから見てみよう。現代の懐かしのセクシーは「武田久美子」。袋とじがフライデーでやっていた「元『国民的アイドルグループ』の巨乳少女」。フライデーは現代でやっていたNHK朝の連ドラ『マッサン』のエリーのヘアヌードだから、談合して棲み分けたようだ。それにポストのような連載「物語はここから始まる 美少女百合沙がいる街」を始めた。これなら私はポストの「繭と風」のほうを買う。ポストはこれに「小嶋陽菜 小悪魔な黒下着」の2本。このところポストは、グラビアに力を入れていない。
ボリュームで現代に軍配だろう。
セックス記事にいこう。現代は「実名告白 わが人生『最高のセックス』」、ポストは「Gスポットの母 本邦初登場! 『女性器には秘密のスイッチが隠れています』」。
どちらも企画が枯渇してきていることが窺えるが、少々紹介してみよう。まずは現代。『それぞれの終楽章』で直木賞受賞した作家の阿部牧郎さん(81歳)が、年上女性とのめくるめくひとときを思い出して語る。
「就職先が決まり、大学卒業を待っていたときの体験です。京都にある賀茂大橋近くの喫茶店に、彫りの深い顔立ちが実に味わいのあるウェイトレスさんがいました。私より5歳ほど年上でしたが、必死に口説いて、なんとか銀閣寺近くのラブホテルに連れて行くことができました。すると、彼女は意外なほど性に積極的だった。当時は赤線でしかなかなかできなかった、陰部を互いに舐め合う行為や、騎乗位や後背位もさせてくれて、『セックスのいろは』を手取り足取り教えてくれたんです。あまりに至れり尽くせりなので、射精した後もすぐに復活する状態が何度も続きました。再び勃起したペニスを触らせると、彼女は『いやん』という困っているような喜んでいるような、そそる声を出すものだから、余計に火が点きます。気づけばひと晩で5回も交わっていました」
私にも大学時代、年上の女性と似たような経験がある。ホテルはできたばかりの「目黒エンペラー」だった。しみじみ懐かしい。
ポストは「Gスポット」の母といわれるバリー・ウイップル博士にインタビューしている。このGスポットは一時だいぶ日本でも話題にはなったが、どれがGスポットなのかがわかりにくく、今ではあまり重視されていないのではないか。
そこで博士が、Gスポットの探し方をこう伝授している。
「〈膣前壁の上部を上で押すように強い圧力を加えるとよい(その際、もう一方の手で、恥骨のすぐ上にある腹部に下へ押すような力を加えると、見つけやすい)。Gスポットに刺激が加わり、膨らみ始めると、両手の指の間に小さなシコリが感じられるはずである〉
パートナーと協力して探す方法もある。
〈腹ばいになって脚を広げ、ヒップをこころもちもち上げて回転させると、見つけやすい。パートナーに指2本を(手のひらを下にして)挿入してもらい、膣の前壁へしっかり押しつけて探ってもらう(膣をベッドすれすれの位置へもってくる)。Gスポットに触れやすくするために骨盤を動かすとよい〉」
どうですか? 今晩でもやってみますか? セックス記事は、Gスポットの母をインタビューした努力に報いてポストの勝ち。今週は痛み分けだ。
どの週刊誌も企画がなくて苦労しているようだが、それは部数にも表れている。ABCの雑誌販売部数2014年7月~12月が発表されたが、軒並み苦戦している。
中でも週刊現代の落ち込みが目立つ。週刊誌の中では週刊文春が首位の座を守り、43万7892部だが、前期比は97.23%、前年同期比だと93.39%である。
2位が週刊新潮で32万5292部、前期比98.75%。3位は週刊現代で31万8769部、前期比90.43%、前年同期比だと86.90%と大幅な落ち込みだ。
週刊ポストは26万0817部で前期比では93.51%、前年同期比だとなんと81.63%で、これまたすごい落ち込みである。
フライデーは部数こそ16万3017部だが、前期比104.86%と伸びている。ちなみに週刊朝日は9万8450部、AERAが6万3687部、サンデー毎日が5万3046部、ニューズウィーク日本版が3万9513部、月刊誌だが文藝春秋が32万4388部で前期比117.09%と健闘している。
もはや新聞社系週刊誌は危険水域をはるかに超え、いつ休刊してもおかしくない。それに現代とポストが続いているという構図である。この両誌だけではないが読者が高齢化して「死ぬまでセックス」してみたいと思う読者が減っていることは間違いないだろう。
手遅れかもしれないが、いつまでもセックスのグラビアや記事で読者をつるやり方は早急に考え直したほうがいい。現代とポストの編集長は、さぞ頭の痛いことであろう。
安倍首相の産めよ増やせよに呼応したわけではないだろうが、人気芸能人夫婦の「妊娠発表」が続いていると文春が報じている。
5月5日のこどもの日には菅野美穂・堺雅人夫婦。その少し前には国仲涼子・向井理夫婦。その前が上戸彩・HIRO夫婦。一青窈は、年下ギタリストとできちゃった婚。今年の元日に入籍した杏・東出昌大夫婦も、妊娠発表がそのうちあるかもしれないといわれているそうだ。
そして一番の注目は、俳優の田中哲司と7年越しの交際を経て結婚した仲間由紀恵。文春によれば、わざわざ下町の産婦人科クリニックを訪れた仲間の姿が目撃されているという。
こうして祝福されて生まれた子どもたちが、長じて戦争に行かされる時代をつくってはならない。積極平和主義というのは、そういう時代をつくらないために積極的に考え行動することだと、私は思う。
それにしても安倍首相という人間は、安保法制ができると自衛隊員のリスクが高まるのではという質問に、「今までも1800人の隊員が殉職している」と述べたそうだ。
殉職者の多くは任務中の事故によるもので、戦闘に巻き込まれて亡くなった隊員は過去に1人もいないということさえ知らなかったとは、この人間の頭の中はどうなっているのだろう。この男のために戦闘地域へ行かされることになる自衛隊員が気の毒でならない。
お次はポスト。東京商工リサーチの協力で、31万人の女社長を調べたそうである。この中には女医が多くいるそうだから、出身大学では日本大学の次に東京女子医科大学が入っているのが面白い。それに女性社長は高齢者が多く、平均は62.72歳だそうだ。社長全体では60.63歳だから、かなり高い。
ここで女性社長に多い名前トップ12を挙げておこう。順に和子、洋子、幸子、裕子、京子、恵子、久美子、由美子、陽子、順子、悦子、智子だそうだ。
あなたがこれから女の子を産むとしたら、和子、洋子、幸子がいいのかもしれない。だが、社長になったから幸せになれるわけではないがね。
お次は新潮の高倉健と山口組についての署名記事。書き手はジャーナリスト山川光彦氏。この手のものはこれまでもたくさんあったが、私はこうした読み物に弱いので、勘弁してください。
美空ひばりが田岡一雄・山口組三代目と親しかったのはよく知られているが、彼女と大の仲良しだった江利チエミと高倉健は1959年に結婚している。その婚礼の宴には田岡氏も参列し、後年、田岡氏の令息である故・満氏の結婚式には、寺島純子や梅宮辰夫に混じって高倉の姿もあったという。
今回は田岡三代目とのことではなく、山口組の組織中枢メンバーである「舎弟頭補佐」として執行部の一翼を担い、六代目体制では、重鎮である「顧問」として活躍し、2012年に引退した大石誉夫(たかお)氏(82)とのことである。
大石氏は愛媛・新居浜から岡山に進出し、地元組織との抗争を経て地盤を確立。山口組直参として大石組を旗揚げし、長らく西日本の要衝で他の団体に睨みを利かせてきた武闘派だが、一面、経済界から芸能界に至る幅広い人脈を築き上げ「経済の大石」としてその名を知られた元大物親分である。
今は一線から身を引き都内で家族とひっそり余生を過ごしている大石氏は、田岡氏から衣鉢を継ぎ、高倉健との契りを交わし続けたそうである。
大石氏は高倉とのことを話すことにした気持ちをこう述べている。
「元ヤクザ者の私が健さんとの関係を明かすことには少なからず躊躇があったことは確かです。(中略)ですが、(没後半年を経て)総理大臣であれヤクザであれ、つきあう相手を肩書きで差別することがなかった健さんの人間性の一端を知ってもらえるなら私の証言も無駄ではないのではないかと、思いなおしたんです」
2人の交友は、東京オリンピック前の年の63年にさかのぼる。翌年の大石組創設を控え、昇竜の勢いにあった大石氏の新居祝いに、まだ任侠スターとして売り出す前の高倉がひょっこり顔を出したという。大石氏がこう述懐する。
「田岡親分の後を追うように興行に手を広げていた私に挨拶するように、興行関係者、もしくは田岡親分本人から勧めがあったのかもしれませんね。二歳違いと年齢も近く、あけっぴろげで物怖じしない健さんに、立場を超えていっぺんに魅せられました」
そしてこう続ける。
「あるとき、(愛媛県今治での)ロケが終わってホテルの自室に帰った健さんの部屋から悲鳴が聞こえてくるんです。それも“助けてくれ! 出してくれ!”って哀願するような声で、部屋の戸をドンドン叩いてね。いつもタレントにするように女性を部屋にあてがっただけなんですが、潔癖な健さんはまった受け付けないんです」
それに当時高倉は、ヤクザとのつきあいには一線を画していたという。大石氏がこう言う。
「ことあるごとに“他の暴力団(員)を紹介しないでくださいよ”と言うんです。実利を求めず、精神的なつながりを重んじる健さんの姿勢は、並いるタレントの中では極めてストイックでした。(中略)健さんにもかわいがってもらった私の長男が客死した後のこと。私の不在中、東京から一人で車を走らせて突然、岡山の自宅を訪れた健さんは、特別に誂えさせた純金のお鈴を仏壇に供えて、長男のために焼香してくれたそうです」
そしてこう付け加える。
「カタギで男が惚れる男として、健さん以上の人はおりませんな」
田岡氏の愛娘である田岡由伎氏も、こう語る。
「チエミさんに恋人の健さんを紹介された父は“大部屋にいたら一生、大部屋だ。スター、主役にしたらなあかん”と思ったのでしょう。岡田さんに声をかけ、高倉さんの売り出しに一役買い、それが出世作となる『日本侠客伝』(64年)製作へとつながったと聞いています。(中略)それがきっかけで、健さんは父としょっちゅう会うようになったそうです。極道の着物の着方、ドスの持ち方から、日常の所作まで、父から実地で学ぼうと。健さんが(田岡邸のある)神戸にいらっしゃることも多かったし、父もたまに東映(京都撮影所)に行っていました。父が65年に入院したときも、健さんはよく病室に見舞いに訪ねてこられました。(中略)
チエミさんと離婚したとき、健さんはいきなりいらっしゃって、玄関の前に立って敷居をまたごうとしないんです。父が玄関まで迎えて、“どうした、あがれ”って言っても、“いや、あの、今日はこの敷居が高いです”と。事情を聞くと“(チエミと)離婚することになりました。すみません”と、最後まで軒先から上がらず帰ってしまった」
今夜は、DVDで『山口組三代目』でも見ようか。
フライデーは、JK(女子高生)ビジネスで摘発された「アキバ観光池袋作業所」の“現場”を隠し撮りしていた写真を載せている。
この店は、客が40分5000円を払い、半個室でマジックミラー越しにミニスカ姿の女子高生たちが折り鶴を折るのを眺めるというものだ。低い椅子に足をM字形にして座っているため、ピンクのパンツがチラチラ見えたり、壁にもたれかかって足を開いているので純白のパンツが丸見えの少女がいる。
女の子は5分ごとに入れ替わり、指名もできるそうだ。店側は折り紙作りをさせている「作業所で、その仕事姿を見学するだけ」だから問題ないとしていたそうだが、月に200万円近くの利益を上げていたという。その上、フライデーによれば罰則は労基法違反しか適用できないので、ほとんど罰金刑(30万円以下)で終わるため、出てきてはまた始めるケースが多いそうだ。
ところでアサヒ芸能は、戦後70年を考える大特集として「戦後70年を濡らした『SEX革命』のオンナたち!」を組んでいる。
まずは「ノーパン喫茶の女王イヴ」。彼女は83年の夏に新宿・歌舞伎町で「時給3000円」という、ノーパン喫茶「USA」の募集看板を見たことがきっかけだったという。彼女はすぐに評判になり、店には長蛇の列、テレビや雑誌でも取り上げられたが、勤めていたデパートはクビになり親からは勘当、婚約者とも別れたという。
店はコーヒー1杯2000円。イヴの服装は上半身は裸、スカートの中は当然ノーパン。店に別料金を払うと個室で「手コキサービス」もあったというが、彼女はしなかったという。
懐かしい。私も取材と称して何度かこうした店に行ったことがある。トップレスの女の子がいる高級喫茶のような雰囲気だった。そういえば「美人喫茶」なんていうのもあったな。
テレフォン・セックスで一時代を築いたのは清水節子。月6000円の会費で「清水節子の電話でしてあげる」を立ち上げ、ダイヤルQ2の課金制が始まったから、最初の年は7000万円の収入があったという。私はここのお世話になったことはないが、誰かに清水のカセットテープをもらったことがあった。聞かずにそのままどこかへ行ってしまったが、探して聞いてみるか。
元祖ハードコア女優といえば愛染恭子。武智鉄二監督による『白日夢』で佐藤慶との「本番シーン」は大きな話題を呼んだ。撮影中なかなか勃起しない佐藤に、監督から渡された「精力剤」(本当は胃薬らしい)を飲ませると、がぜん元気になった佐藤が、萎えないうちにと愛染に挿入してしまったので、カメラが7台もありながら「決定的瞬間」は撮れなかったと愛染が話している。
確かにあの映画は本番シーンがあるという評判が立ち、満員の立ち見で見た記憶がある。
新風営法が施行されたのは85年。ラブホテルは回転ベッドが禁止され、ソープランドの営業は12時までと制限された。ストリップ業界も特出しや本番ショーがやりにくくなった。そこで登場したのが初代オナニークイーンといわれる清水ひとみ。長襦袢を羽織って隠しながら、汗だくになって身もだえする清水の「艶技」は新鮮で大評判になった。私も渋谷道頓堀劇場へ見に行った記憶がある。客の中には人目も憚らずマスをかくヤツもいて、なんともいえない臭いが充満していたことを覚えている。
さて、橋下徹大阪市長が政治生命を賭けるとした「大阪都」構想の是非を問う住民投票が日曜日に行われ、結果は僅差だったが反対する票が多く、橋下市長の野望は潰え去った。
記者会見ではさばさばした表情で、12月に市長の任期満了になったら、政治から引退すると明言し、「独裁者は使い捨てがいい」と名言を残した。
先週、橋下市長が勝つかもしれないと“予想”した現代だが、今週は結果がわからないうちに校了しなくてはならなかったので、どんなタイトルをつけてくるのか楽しみにしていた。「橋下と大阪のこれから」という平凡なタイトルだったが、いろいろ悩んだ末につけたのであろう。
現代の中で全国紙の記者が、こんなことを言っている。
「今年12月には大阪市長選がありますが、橋下氏は自分の後継候補を立てて身の振り方を決めるようです。『負けたら政界引退』と囁かれていましたが、単にいなくなるということはないでしょう。民主党政権を経て自民党政権が戻ってきた時、ものすごい高支持率でしたが、橋下氏はそれに学んでいます。もし今後一旦退場しても、『やっぱり僕がいないとダメでしょ?』と言って再登場してくる。そのときには、憲法改正の議論もある程度熟している。彼はそこまで計算しているはずです」
私はこの説に反対である。島田紳助もそうだったが、橋下市長と紳助に共通するのは「あきらめのよさ」だろうと思う。カネもできた名前も売った、これ以上ここにいたらこれからは落ちる一方だから、潔さを見せて引くことで、次の面白い何かを見つけることができるはずだと考えるタイプだと思う。
芸能界も政治の世界も、中に入れば嫉妬と足の引っ張り合いの醜い世界であろう。安倍首相のあの増長したやり方を見ていて、嫌になったのかもしれない。どちらにしても橋下徹の時代は終わったのだ。
今週の第1位はこれ! 4月1カ月間、日本経済新聞の「私の履歴書」に「ニトリホールディングス」社長の似鳥昭雄氏が連載したときは、大変な評判になった。
その中で似鳥氏は、子どもの頃の極貧生活や、父親の理不尽な暴力、クラスでの陰湿ないじめ、高校進学時にはヤミ米を一俵校長に届けて「裏口入学」、大学時代は授業料を稼ぐためにヤクザを装って飲み屋のツケを回収するアルバイトをやっていたなどと赤裸々に告白した。
だが、その似鳥氏の書いたことに「あれは嘘ばかり」と批判したのは誰あろう似鳥氏の実母であると、文春が報じたのだ。いまや年商4000億円、国内外に約350店舗を構える家具量販店の雄「ニトリホールディングス」社長の母・似鳥みつ子さんがこう語る。
「調子に乗って、あることないこと書いて、あの子は小っちゃい頃から嘘つきなのさ。いつも『母さん、母さん』って擦り寄ってきては、私を騙してきた。今回もワルぶって恥ずかしいことばかり書いて。開いた口がふさがりませんよ」
少し前には「大塚家具」の父と娘の骨肉の争いが話題を呼んだが、家具屋というのはどうも骨肉相食む騒動が多いようだ。しかも、北海道の財界関係者が言うには、骨肉の争いでは「ニトリ」が元祖だという。
さらに彼女は、息子が自分のことを「鬼母」のように書いているのが悲しいという。父親が応召された後、女手ひとつで子どもたちを命がけで育て、父親は兵隊帰りだったから厳しかったが「虐待なんてとんでもないさ。父さんが殴り倒したのも、年に数回。月一回なんてオーバーですよ」と語る。
昭雄氏が6歳くらいになるまでは貧しかったが、ヤミ米の仕事を始めてからは豊かになり、家には三輪車も白黒テレビもあったそうだ。彼が、米を食べられずに稗や粟を麦に混ぜて食べていたという話も、「私は稗や粟なんて見たことない。うちは米屋だったのに米がないわけないでしょう」と全否定。
米一俵で裏口入学の件も捏造。大学の授業料も私が出したというのだ。そして、一番腹が立っているのは、家具屋を始めたのは似鳥氏が調べ抜いた末のアイデアだったというところだ。
「家具屋は父さんがやるっていって始めたの。あの頃、昭雄は親戚の水道工事の仕事に行っていて、家にいなかったんだから。父さんが店を家具屋に改装してから『戻ってこい』と昭雄を呼んだの」
要は「ニトリ」は家族で力を合わせて作った会社で、昭雄氏が一代で築いた会社ではないと言いたいのだ。そのため父親が死んでから18年もたった07年に、母親、弟、妹たちが、父親が残したニトリ株(今では200億円にもなるという)を、不当な手段で昭雄氏が相続したと訴えている。昭雄氏側も徹底抗戦した結果、一審では全面勝訴、控訴審で和解している。
似鳥氏は広報を通じて文春に、日経に書いたことは本当のことだが、(裁判で)和解後、母を訪ねたが会ってもらえなかった。生きているうちに「打ち解けたい」と話している。
だが母親は「もう昭雄の嘘にはうんざり。死ぬまで会うことはない」と言い切る。最後に涙ながらに、昭雄に会ったら伝えてくれとこう言った。
「『週刊現代』のインタビューで私の年齢を九十六って話していたけど、母さんまだ九十四だって。母親の歳まで忘れて母さんは悲しいって」
どうやら、こちらの争いは、母親の一本勝ちのようである。
(文=元木昌彦)
【謹告】元木昌彦主催「ネットとジャーナリズム」第5回勉強会についてお知らせ
今回の講師は私、元木昌彦(元講談社&元オーマイニュース日本版社長)と、朴哲鉉(Chul Hyun Park)氏(元韓国オーマイニュース&元オーマイニュース日本版記者)の2人です。講演のテーマは「日本でネット・市民メディアが失敗する理由」です。
※今回は時間と場所が変更となりますので、ご注意ください。
主催 一般社団法人日本インターネット報道協会
日時 平成27年5月29日(金)18時30分~20時30分(受付開始は18時00分)
場所 TKP東京駅八重洲カンファレンスセンター「カンファレンスルーム5B」(東京駅から5分)
地図 <
http://www.kashikaigishitsu.net/facilitys/cc-tokyo-yaesu/access/>
参加費 無料
元木昌彦プロフィール
1945年11月生まれ/70年に講談社入社/1990年11月から「FRIDAY」編集長/1992年11月から97年まで「週刊現代」編集長&第一編集局長/1999年インターネット・マガジン「Web現代」創刊編集長/鳥越俊太郎氏から頼まれ2007年2月から2008年6月まで市民参加型メディア「オーマイニュース日本版」で編集長、代表取締役社長を務める。上智大学、明治学院大学、大正大学などで講師。現在「元木オフィス」を主宰して「編集者の学校」を各地で開催。編集プロデュース。日本インターネット報道協会代表理事。著書は、 編著「編集者の学校」(講談社)/「週刊誌編集長」(展望社)/「孤独死ゼロの町づくり」(ダイヤモンド社)/「裁判傍聴マガジン」(イーストプレス)/「競馬必勝放浪記」(祥伝社新書)「週刊誌は死なず」(朝日新書)「週刊現代編集長戦記」(イースト・プレス)ほか。
朴哲鉉氏プロフィール
韓国生まれ、30代後半。韓国のオーマイニュースで記者として働き、2006年にオーマイニュース日本版創刊のために日本へ来る。妻は日本人で2人の子供もあり。現在は上野で事業家として活躍。