
“幻の国”満州国で生まれ育った赤塚不二夫の分身キャラクターであるバカボンのパパ。劇場版アニメの主人公として、ポリティカルサスペンスに挑む。
号泣アニメとして日本人の心に刻まれている『フランダースの犬』とギャグ漫画の金字塔である『天才バカボン』をコラボレートさせてしまった無茶ぶり劇場アニメ『天才バカヴォン 蘇るフランダースの犬』。両作品のファンを挑発するかのような、こんな非常識な企画を考えたのはフラッシュアニメ『秘密結社 鷹の爪』シリーズで知られるFROGMANだ。かつて「東映まんがまつり」にて『マジンガーZ対デビルマン』(73)なる劇場版ならではの珍コラボが存在したが、マジンガーZもデビルマンも永井豪原作で、東映アニメのキャラクターだったから実現可能だった。『母をたずねて三千里』や『赤毛のアン』と並ぶ「世界名作劇場」の人気作と、アナーキーな笑いを満載した赤塚不二夫ワールドが融合できるのか? なかば怖いもの見たさで、劇場に足を運ぶことになる。
赤塚不二夫生誕80周年企画として始まった『天才バカヴォン』。脚本&監督をつとめることになったFROGMANは、バカボンのパパの競演相手としてハリウッドの誇る超大物キャラクターであるエイリアンやプレデターに出演オファーしたそうだが、あえなくハリウッド側から却下されてしまった。バカボンのパパの競演相手として、もっとありえないキャラはいないのか。そこでFROGMANが思い浮かんだのが、「パトラッシュ……、疲れたろう。僕も疲れたんだ。なんだかとても眠いんだ……」という言葉を残して非業の死を遂げた少年ネロと忠犬パトラッシュだった。折しも『フランダースの犬』もアニメ放映から40年というメモリアルイヤー。日本アニメーションがOKし、今回の異色対決が実現した。モハメド・アリとアントニオ猪木の異種格闘技戦のように展開がまるで読めない。
1967年から「少年マガジン」にて連載が始まった『天才バカボン』には謎が多い。バカボンの名前の由来はバカボンド(放浪者)から、いやサンスクリット語のバガボン(世界でもっとも尊い人)からなど諸説があるが、どれが本当なのか。バカボンのパパは働いていないが、バカボン一家はどうやって食べているのか。そもそもバカボンのパパの鼻の下に生えているのは長い鼻毛なのか、それともバーコード状のチョビ髭なのか。多くの謎を抱えながらもバカボンのパパ(声:FROGMAN)は息子のバカボン(声:犬山イヌコ)ら家族と共に陽気に暮らしている。だが、バカボン家の謎に執拗にこだわる人間がいた。悪の秘密結社インテリペリの総帥ダンテ(声:村井國夫)は、森羅万象のすべてを予測できる万能コンピューター・オメガを完成させるが、オメガを起動させるためにはこの世界のすべてのデータを入力しなくてはならない。そのためには『天才バカボン』最大の謎である“バカボンのパパの本名”を知る必要があった。そこでダンテがバカボン家への秘密工作員として地獄から召還したのがネロとパトラッシュ。絵画コンクールで一等賞になって画家になるという夢を叶えることなくルーベンスの名画の前で凍死したネロ(声:瀧本美織)とパトラッシュ(声:FROGMANの愛犬)は、地獄の炎に焼かれながら人間社会への復讐のチャンスを待っていたのだった。

絵画コンクールに落選し、失意のうちに亡くなったネロとパトラッシュ。悪の総帥ダンテによって、地獄から呼び戻された。
過去のアニメ版では植木職人だったこともあるバカボンのパパだが、今回は完全なる無職。それでも、バカボンのパパは毎日楽しそうに悪ふざけしながら「これでいいのだ」と自分の置かれた状況を全肯定しながら暮らしている。オプチミストとしてのバカボンのパパを、バカボンもママもハジメちゃんも愛してやまない。バカボンの小学校に転校してきたネロとパトラッシュは、底抜けに明るいバカボン一家と接触していくうちに、風車小屋の放火犯と疑われ、牛乳運びの仕事さえ奪われたこの世の恨みつらみが次第に氷解していく。無職のバカボンのパパも、人を疑うことを知らないバカボンも、そして19世紀のベルギーの寒村からやってきたネロとパトラッシュも、「東から昇るお日様を西から昇らせる」ことに夢中になっていく。頭で考えればそんなことは不可能だと分かるのに、バカボンのパパはそれを良しとしない。バカボンのパパは誰も考えもしなかったことに全身全霊を傾ける。そこには「有名になりたい」とか「お金がほしい」といった邪念はまったくなく、100%のバカバカしさをバカボンのパパは追求する。そんなパパと一緒になってバカをやるのが、バカボンもネロもパトラッシュも堪らなく楽しい。
バカボンのパパは定職に就いてないけど、毎日バカ笑いしながら暮らしている。一方、ネロは身寄りもなく、仕事も家も失い、絵の才能を開花させられず、不幸のスパイラルを断ち切れないまま孤独死してしまった。バカボンのパパも真逆のキャラクターであるネロも、どちらもFROGMANのもうひとつの顔だろう。菅野美穂主演の自衛隊コメディ『守ってあげたい!』(00)など実写映画の製作スタッフとして若き日を東京で過ごしていたFROGMANだが、邦画業界の薄給かつ超ハードスケジュールに耐えられず、奥さんの故郷である島根県に移住。月3万円の平屋で、たまにくる町内イベントの撮影などの仕事を請け負い、年収60万円(奥さんのパート代と合わせて年収160万円)という清貧ライフを送っていた。お金はないけど時間はある生活の中で、FROGMANはバカボンのパパみたいな無職一家のサバイバル物語をフラッシュアニメ『菅井君と家族石』にしてネットで配信した。この自主アニメが世間に評価されていなかったら、劇中のネロのように社会への憎悪の炎を燃やすことになっていたのではないか。FROGMANにとってバカボンのパパは理想の大人像であり、世間に認められることなくその短い生涯を終えたネロは自分がそうなっていたかもしれない、他人とは思えない存在だった。
バカボンのパパの能天気さ、バカボンの純朴さ、ママとハジメちゃんの優しさに触れ、ネロとパトラッシュは久しぶりに人間の温かさを思い出す。だが、現実社会がそんなに包容力のある人たちばかりではないのもまた事実。ネロが名作アニメ『フランダースの犬』からやってきた他所ものであることを、イジメっ子の西河内(声:濱田岳)たちに責められ、ネロの怒りがホラー映画『キャリー』(76)のようにバクハツする。人間が抱く想念のエネルギーはものすごい。鬼神と化したネロと犬神パトラッシュは首都圏をたちまち火の海にしてしまう。街中がパニック状態に陥る中、ひとりだけ平然としている男がいた。そう、世間の常識にいっさい縛られることのないバカボンのパパである。ママの心配をよそに、バカボンのパパとバカボンは、ネロを影で操るダンテのアジトへと向かう。このときのパパの台詞が痺れるほどかっこいい。
「バカがバカでいられる間は、この世は大丈夫なのだ」

バカボンのパパの悪戯のせいで、テロ騒ぎが勃発。悪の秘密結社が動き出す前に、バカボンのパパはかなりヒドいことをやらかします。
この世界が常識人ばかりだったら、笑いという概念はとっくの昔に消滅していただろう。今よりもっと息苦しい社会になっていたに違いない。でも、この世界にはバカボンのパパがいる。バカボンのパパがフルスイングな大バカをやらかす限り、地上から幸せの灯りが消えることは決してないのだ。
(文=長野辰次)

『天才バカヴォン 蘇るフランダースの犬』
監督・脚本/FROGMAN 主題歌/クレイジーケンバンド「パパの子守唄」 出演/FROGMAN、瀧本美織、濱田岳、犬山イヌコ、岩田光央、上野アサ、澪乃せいら、FROGMANの愛犬、秋本帆華(チームしゃちほこ)、上島竜兵、村井國夫 配給/東映 5月23日(土)より新宿バルト9ほか全国ロードショー
(c)天才バカヴォン製作委員会
http://bakavon.com