日別アーカイブ: 2015年4月18日
金子ノブアキギャラリー
さよなら乳首 Forever
“病んでる系”ドラマ対決は、堺雅人『Dr.倫太郎』が圧勝、木村拓哉『アイムホーム』との一騎打ちへ
今クールの大本命ともいわれる堺雅人主演ドラマ『Dr.倫太郎』(日本テレビ系/毎週水曜22時~)が15日にスタートし、初回視聴率13.9%(ビデオリサーチ調べ、関東地区/以下同)を記録した。
「前クールの柴咲コウ主演『○○妻』の初回14.4%には、わずかに及ばなかったものの、裏番組の阿部サダヲ主演『心がポキッとね』(フジテレビ系)第2話の7.5%には余裕の圧勝。『Dr.倫太郎』には毎回、心の病に悩む人々が登場しますが、『心がポキッとね』も、病んでる4人の大人のラブコメディー。今クールの“水10対決”は『病んでる系対決』などと呼ばれています」(テレビ誌記者)
同作は、『花子とアン』(NHK)や『ドクターX~外科医・大門未知子~』(テレビ朝日系)などのヒットメーカーで知られる中園ミホが手掛けるオリジナル脚本。堺が演じるのは、天才精神科医でありながら、恋愛は全く不得手の倫太郎。そんな彼の人生を、蒼井優……
「お金がないから」夫の元に戻っている加護亜依に“偽装離婚協議”疑惑が浮上中
4月3日、元モーニング娘。の加護亜依が、約5カ月ぶりに更新したブログで、20歳年上の会社役員の夫と別居して離婚に向けて協議中であることを明かし、芸能活動再開を宣言した。 「昨年10月に、夫が出資法違反(高金利)容疑でヤクザ幹部とともに逮捕されたときのブログでは『引退も選択肢の1つとして含め考えております』とつづっていましたが、今度は芸能界に戻るなんて、真逆のことを言い始めた。以前にはジャズシンガーになると表明したり、アイドルユニットを結成したりと、加護の言動はすべてが行き当たりばったりです」(芸能プロ関係者) その後、10日以上たつが、今のところ離婚協議が進展している様子はない。それどころか、案の定、すぐに加護の気が変わったようで……。業界関係者が声を潜めて明かす。 「どうも、1週間もしないうちに、夫の元に帰ってきているようです。その理由が『お金がないから』だとか。そもそも今回の離婚協議話は、最初から“偽装”っぽかった。芸能活動をする上で、夫がヤクザとともに逮捕されたというのは、あまりにもイメージが悪すぎる。たとえテレビ局側が起用したくても、間違いなくスポンサーが嫌がるはず。ですから、ポーズであっても“離婚協議中”としておく必要があったというわけです」 もっとも活動を再開したところで、需要があるかはわからないが……。
『Mr.インクレディブル』第2弾が遂に始動!
“スッピン詐欺”を逆手にとった小森純の衝撃的どスッピンが誠実
モデルでタレントの小森純(29)がInstagramで公開したスッピンに、ネットユーザーたちが大きな衝撃を受けている。 小森は14日、スッピン写真を投稿。この時の彼女は親知らずを抜いた後だったらしく、顔がむくんでいる様子で、自身でも「顔がボラみたい」「このブスどうしよーー」とコメントをつけている。その顔は一切加工を施していない正真正銘のスッピンと思われる状態で、前髪を上げておでこ全開という髪型もあまりに潔い。肌にはシミやそばかすが点在し、目は重たい一重、眉毛も薄くおでこのシワまで見える。メイクをした彼女とは全くの別人である。以前、出演テレビ番組でスッピン披露した際も、一重まぶたと薄い眉毛は同様だったが、スタジオ照明の効果なのか肌は白く透き通って見えていたため、今回の方がよりリアルなスッピンと言えるだろう。 つづきを読む(小森純Instagramより)
【閲覧注意】自殺のインターネット中継 ― 冷静に死んでいった少女たちの最期のメッセージ
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Mellowhead深沼元昭が語る、音楽家としての信条とサヴァイヴ術「『周りが見えない力』も大事」

「もともと自分一人で音楽を完成させるということに意欲があった」
――Mellowheadとしての新作アルバムは6年ぶりとなりますが、どういうところがスタート地点になって作り始めたんでしょうか。 深沼元昭(以下、深沼):6年ぶりとは言っても、その間には2010年のPLAGUES再始動もあったし、GHEEEも2作品出していて。ずっと僕としては毎年一生懸命何かしらをリリースしてきたんですよ。そうして、気付いたら6年経ってたという。 ――いくつものプロジェクトが同時進行で進んでいるゆえ仕方ない、と。 深沼:自分としてはMellowheadがメインのプロジェクトだと思ってるんです。でも、PLAGUESやGHEEEは他のメンバーがいるし、ライブの話もある。そういうことがきっかけになって曲を書いたり、リリースしたりすることになるわけですね。でも、Mellowheadはパーマネントなメンバーがいないので。なので、結果的にこうなってしまったっていう感じです。 ――Mellowheadはそもそも2002年に始まった深沼さんのソロプロジェクトで、それがスタートしたのはデビュー以来活動してきたPLAGUESというバンドの活動が止まった後だった。その時点では打ち込みとかスタジオワーク中心でやっていくイメージだったんですよね。 深沼:そうですね。最初はライヴをやるつもりもなかったです。僕自身、もともと自分一人で音楽を完成させるということに意欲があったんですよ。音楽を始めたのも、小学生の時に従兄弟に影響を受けたのがきっかけで。彼がカセットMTRを使って自宅で音楽を作ってたんですよ。薄暗い中でレベルメーターが光ってるのを見て、松本零士みたいで格好いいと思った。それが音楽をやりたいと思った原体験だったんです。 ――バンドというよりも宅録が原点にあった。 深沼:もちろんPLAGUESでデビューしたので、自分がバンドの人と思われてもよかったんですけれど。その後99年に深田恭子さんの「イージーライダー」というシングルを作ったのも一つの転機になりました。それが運よく売れたこともあって、その後たくさんのオファーがくるようになった。そこからプロデュース業を始めるようになったんです。その頃はちょうどレコーディング機材がPro Tools中心になっていく時代で。僕も自分の家である程度は同じことができないと時間も無駄だということで、仕事で稼いだお金を自宅スタジオに投資した。それもあって、最初は完全に個人のスタジオワークで完結できるものとしてMellowheadを始めたんです。 ――そこから10年以上経ち、今の深沼さんは、MellowheadとPLAGUESとGHEEEだけでなく、プロデューサーもやり、一方で佐野元春さんのバンドのギタリストも務めている。音楽活動の幅が大きく広がっています。 深沼:今は全部が楽しいし、やり甲斐がありますね。いろんな仕事を与えてくれた人に感謝したいです。デビューして22年経って、ホントにここ数年でミュージシャンになれた気がします。もともとは30歳くらいでミュージシャン辞めるつもりでしたから。 ――そうなんですか? 深沼:PLAGUESでデビューした時は、アルバムを3枚くらい作って解散するのがバンドとして一番美しいと思ってたんです。その後は引退しようと考えていた。当時の自分が憧れた格好いいミュージシャン像というものはそういうものだったし、それでいいと思ってたんです。でも、そこから長く続けて、いろんな局面があって、いろんな立場で音楽に携わるようになった。ただ自分のやりたいようにやっているわけじゃなく、責任を持って期待に応える状況の中でやっていくようになった。そういう中で「ミュージシャンって楽しいな」と思うようになった。第二の喜びがあったんですね。最初にPLAGUESをやっていた頃と今では考え方は全然違うと思います。
「前に進んでいく感じというのは出したいと思った」
――そういう喜びの感覚は、このアルバムのテイストにも繋がっているように思います。 深沼:まさにそうですね。アルバムは、すごく自分に近いところから出ている。こんなにも自分に近いのは初めてなんじゃないかと思うくらいですね。今回のアルバムの中では、自分の人生の時間軸を描いているんだと思います。昔に思い描いていた未来と、今になって自分が立っている場所はずいぶん違う。でも、そこに喜びも感じている。 ――「その予感」という曲で《何かを諦めたみたいに見えてたかもしれない それは間違いだったと証明しよう》と歌ってますね。これは自分自身のミュージシャンとしての今の実感を表している。 深沼:そうですね。だから、すごく素直なアルバムだというか。それこそ、こんなに長く音楽をやるとは思いもしなかったわけですから。あと、PLAGUESの頃はメジャーレーベル的進行のプレッシャーもあってツアーもあんまり好きじゃなかったんです。でも、今は佐野元春さんや浅井健一さんと長いツアーをやっている。そこにミュージシャン冥利を感じている。当たり前のことをここ5、6年とかで改めて感じていますね。 ――歌詞だけじゃなく曲調も含めて、ペシミズムよりポジティブさが印象的なアルバムになっていると思います 深沼:そうですね。前に進んでいく感じというのは出したいと思った。ここまで長くやってきて、それこそ音楽業界自体が非常にそんなに調子いいわけでもないし、震災もあって、人が絶対に必要としているものを作って生きているわけではないということを考えたりもした。でも、そこに喜びがあるし、できることならそれを続けていきたいという気持ちを再確認できたというのはありました。 ――バカみたいな質問ですけど、改めて、なぜ今音楽をやることがこんなに楽しいんでしょう? 深沼:そうだなあ……基本的に音楽は自分で歌ったり演奏するだけでも楽しいんですよ。長くやってきたことでスキルも上がっていると思うし。ただ、自分としてはやっぱり職業音楽家としての喜びがあって成り立っているという部分がありますね。たとえば、佐野さんや浅井さんのツアーではサポートの立場であって、その人を光らせてお客さんを楽しませることに徹する。プロデュース業だと、本人は自分の曲を良くしてほしい、メーカーの人は売れるものを作ってほしい、ファンの人の期待もある。いろんな要求に、より近い距離で接することが多くなった。そういう要求に応えられた実感は大きいと思います。 ――バンドマンとしての自己表現とは違う満足感があった。 深沼:そうですね。自分のバンドをやって、売れた、売れなかっただけでは出会えなかったことがたくさんある。と同時に、純粋な音楽としての楽しさももちろんある。いろんな達成感と喜びがある、という感じですね。 ――アルバムには片寄明人さん、西寺郷太さん、堀込泰行さんが参加されています。特に片寄さんと西寺さんとは共作のような形で制作した曲が収録されている。お二人とも世代は近いですよね。 深沼:近いですね。 ――実は深沼さんと片寄さん、西寺さんのスタンスは共通していると思うんです。それぞれプロデューサーとしても、片寄明人さんはDAOKO、西寺郷太さんは吉田凛音と新世代女性ラッパーやシンガーのデビュー作を手掛けています。そして深沼さんはchayのアルバム「ハートクチュール」でプロデュースを手掛けた。 深沼:そうですね。去年は一年中chayのことをやっていました。 ――その一方で、完全に裏方になったわけでもないですよね。片寄さんはGREAT3、西寺さんはNONA REEVESやソロの活動も活発になっている。同世代のクリエイターを見て、どういうところに共通点があるんでしょう。 深沼:やっぱり二人ともアーティストとしてすごいんですよ。クリエイターとしても才能がある。それに、郷太くんは小説を書いたり、みんないろんなことをやっているように見えるんですけれど、きっと意識はシンプルだと思うんですよね。音楽や、音楽を取り巻く文化そのものに対して、あふれんばかりの愛情がある。だから、いろんな場所でそれを使いたくなる。いろんな場所に飛び込んでいくし、そこで期待に応える才能を持っている。僕はエンジニア的なこともやるので、もう少し技術屋に近い感覚もあるんですけれど。 ――アルバムの中では、片寄さん、西寺さん、堀込泰行さん、それぞれがボーカリストを務めています。これはどういう狙いで作っていったんでしょう? 深沼:僕としては、やっぱり彼らが光ってこそ成功なんです。たとえば「Memory Man」は今まで見てきた片寄くんのいい部分を脳内で必死に再生して、もうモノマネまでして作るというか(笑)。それは泰行くんも一緒で、「未完成」という曲は完全に泰行くんをイメージして作った。キリンジとしてやってきた時も今も、彼みたいな声は他にないですからね。そうやって曲を作って、うちのスタジオで彼らが歌う。そこで「ああ、良かった」って思うところを目指して作っている感じなんです。 ――その人自身の魅力を引き出すという意味では、Mellowheadというソロプロジェクトでありながらも、プロデュース的な発想もある。

「新しい古いを気にしているところから本当に新しいものは生まれて来ないんじゃないか」
――ボーナスディスクでは、それぞれが歌った曲をご自身で歌ったバージョンも収録されています。 深沼:そこは僕が歌っても成立してないでしょ?っていうのをむしろ見てほしいというか(笑)。作曲家が歌ったとしても、なかなかさまにならない。これだけ難しいんだよっていう。 ――一方、アルバムでは1曲目に「逆光のせい」が、そしてラストの13曲目に「逆光のせい(reprise)」として堀込泰行さんが同じ曲を歌うバージョンが収録されています。これは他3曲のフィーチャリング曲とは違う意味合いがあるのではないでしょうか。 深沼:そうですね。これは最初から二つのバージョンを作って最初と最後に置こうと思ったんです。この曲の歌詞は、ひたすら前向きなわけではなくて、どちらかというと憂いや迷いも出てるんです。でも、最後に泰行くんが歌うと、全く違う響きになる。魔法のような声だと思うんですよね。アレンジも変えて、彼が歌うことでより明るく響くような演出にした。一枚のアルバムの中でそういうことに挑戦したかったんです。 ――Melloheadの作品にはご自身のそういった感覚が反映されているわけですね。音楽を巡る状況は様々に変わっているわけですが、深沼さんとしては今の音楽シーンをどう見ていますか? 深沼:そうだなあ、今はあまり見えてないんですよね。むしろ20代の頃のほうがシーン全体を見据えてたと思います。そこから自分の立ち位置をどうしようか考えていた。でも、やっぱり20年も見てきてるから、いろんな人がいろんな場所で活躍しているし、ずっと続けて実力を証明している人もいるし、消えていく人もいる。いろんなことがあるから、とにかく自分のことを考えようという感じなんです。 ――20代の頃、30代の頃、そして今とマインドはどう変わってきた感じでしょう? 深沼:さっきも言ったように、20代前半の頃はどうせすぐに食えなくなるから、パッと気分よく辞めようと思ってたんです。潔く引退しようと考えていた。でも、やっぱり20代後半になって、いろんなことがやりたくなった。原体験が宅録だったのもあって、クリエイターとしての発想が出てきた。で、30代直前ぐらいで深田恭子さんの曲を書いて、運よくヒットしたこともあってたくさんの仕事が来て、収入も上がっていった。そうなった時に、いわゆるレコーディング・スタジオに負けないくらいの環境を自宅に整えようと思ったんですね。Pro Tools一式も含めて、何百万っていう世界だったんですけど。 ――数百万の車を買うよりも数百万のスタジオセットを買って、自分への投資をした、と。 深沼:いや、投資というより、もうとにかく欲しいから買ったっていうのも大きいんですけれど。実際、その時に車も買ったし(笑)。 ――ははは、そうなんですね。 深沼:まあ、そこで自分の出発点に戻ったんですよね。MTRを使ってた10代の頃と同じように、サウンドメイキングの主導権を取り戻した感覚があったんです。その頃に仕事が一気に増えて。当時はわからないことだらけだったんですけど、とにかく「できる」って言って、その後に必死で勉強したり。たくさんの人たちに助けてもらいました。30代は、ひたすらそういう勉強の期間だったと思いますね。自分ができるって言ったことを本当にやれるようになるまで頑張る、という。 ――とはいえ、いわゆるエンジニアやサウンドプロデューサー専業にはならなかった。 深沼:ならなかったですね。Mellowheadも個人のスタジオで作っていたんですけど、結局、そういうことをやりつつも、ライブがやりたくなった。軽い気持ちで、ライヴハウスに出たいなと思ってGHEEEを始めたんですよ。で、近藤(智洋/元PEALOUT)さんに声をかけた。そこでバンドとしての、ライブをやっていく楽しさも改めて知って。GHEEEはみんな90年代から活躍してきたメンバーだし、Hisayoちゃんも今はa flood of circleでもすごいベーシストになってきていて。そういうメンバーの中で4分の1でいられる楽しさがあるんですよね。で、その頃に佐野さんのコヨーテバンドに呼ばれて、レコーディングとツアーをやった。で、その後に浅井さんと知り合って、レコーディングの音を任せてもらいツアーにも参加した。そういう中で、ライブの楽しさみたいなものを、30代の終わりから40代にかけて改めて知るようになっていった感じです。 ――一方で、深沼さんはchayや戸渡陽大、The Cold Tommyのような若い世代のシンガーソングライターやバンドのプロデュースも手掛けています。そういう、年下の世代の感覚はどう捉えていますか? 深沼:そこはあんまり考えたことないんです。よくよく考えたら自分の子供くらいの歳なのに、そういう自覚もあんまりない。いつもと同じようにやってるんですよ。「これ、どう?」って言うと「ああ、いいですね」とか「ここはこっちのほうがいいです」みたいな、そういうコミュニケーションなんです。 ――フラットに同じミュージシャンとして接している。 深沼:そう、同じミュージシャン同士なんですよね。そういう共通言語で接しているから、世代の違いを感じないんだと思います。あとは、世代的なものを含めて、新しい古いを気にしているところから本当に新しいものは生まれて来ないんじゃないか、とも思っています。
「とりあえずポジティブなほうに今はベットする」
――では、深沼さんとしては、たとえば5年後、10年後を見据えて、この先のビジョンをどう捉えていますか? 深沼:5年後、10年後も同じようなことをやっていければいいなと思ってますね。ほんとに。こういうことを言うとディフェンシブに聞こえるかもしれないんですけど(笑)、同じことをやっていくだけでも大変なんですよ。同じような情熱を持って、やれる環境を整えて、全部ちゃんと仕事にする。そのバランス感覚を失わずに、体力的にも精神的にもやれていければ、僕の中でそれは勝ちだと思ってます。 ――なるほど。同じことをやり続けるって言っても、そのためには変わり続けないといけないわけですしね。 深沼:そうなんです。これまでを振り返っても、やっている仕事自体もどんどん変わっている。最初はアレンジャーとして、基本的なことだけ考えてスタジオに行っていた。そのスタジオ作業を自分でやるようになって、今は録りやミキシングまで自分でやるようになった。結局自分の音楽をそのまま作りたいだけというのはずっと同じなんだけども、やってる仕事は全然変わってる。だから、自分の音を作りたいという感覚で、この先もやっていけたらいいなと思っている感じです。 ――そういう根底の部分は変えずに、できることが徐々に増えている。 深沼:うん。そうするのが結果的に最後の到達点に辿り着くのが早いというかね。だから僕のスタジオは、とても小さく保つことを心がけているんです。椅子に座ったら全部の機材に手が届いて、全部の楽器が弾けるようになっているんですよね。たとえ10億あったとしても、商業スタジオみたいな巨大なスタジオは僕の欲しいものとは違うんです。規模を大きくすると別のものになってしまう。管理するために誰か別の人を呼ばなきゃいけなくなったりすると、全部に手が届かなくなる。そのスピード感みたいなものはあんまり失いたくないという。 ――深沼さんとしては、これからアーティストがサヴァイブしていくために必要なものはどういうものだと考えていますか? 深沼:今の時代って、バランスがとりやすいですよね。いろんな意見も見れるし、いろんなやり方も調べられるし、自分の立ち位置もわかる。バランスがとれた考え方になりやすい。でも、ここぞという時は、ある意味「周りが見えない力」っていうのも大事だと思います。冷静に考えない。脇目もふらず、もうとにかくこれを完成させるしかないという、そういう推進力が必要なのかなって思います。だって、冷静にバランスよく客観的に突き詰めて考えたら、そもそも音楽なんかやらなくてもいいんですよ。今のところそんなに大儲けできるようなビジネスでもないし。 ――手っ取り早く儲けたいなら、ソーシャルゲームなり何なり、別の商売を始めたほうがいい。 深沼:ほんとに。理性的に考えたらビジネスとしては効率は悪いですよ。でも、作りたいから作る。やりたいからやる。この音楽を聴く人は絶対にたくさんいるはずだ、お金を払う人だっているはずだって思い込む。それくらいの気持ちを持ってないと、面白いものは出てこない。それを否定しないようにするのがいいんじゃないかと思います。とりあえずポジティブなほうに今はベットするというか。そこに賭けないと始まらない。バランス悪く生きるしかないって感じですね(笑)。 (取材・文=柴那典/撮影=石川 真魚)
Mellowhead『Kanata』(LAVAFLOW RECORDS)
AKB48・渡辺麻友、『VS嵐』で6.2%の大惨事! ドラマも「視聴者から避けられてる」?
嵐ファンのAKBアレルギーはもう諦めてください……
AKB48・渡辺麻友ら『戦う!書店ガール』(フジテレビ系)の出演者がゲスト出演した、4月16日放送の『VS嵐』(同)。『書店ガール』といえば、第1話の視聴率が6.2%(ビデオリサーチ調べ、関東地区/以下同)と大惨敗を喫したが、今度は宣伝で出演した『VS嵐』でも低視聴率を記録してしまった。
ゲストと嵐メンバーが番組オリジナルのゲームで対戦する『VS嵐』は、午後7時台に放送されている人気バラエティ。今年1月~4月9日までの通常放送では10~14%を推移していたが、ドラマ『書店ガール』出演者の渡辺、稲森いずみ、Hey!Say!JUMP・伊野尾慧、井上順、千葉雄大、鈴木ちなみらがゲストで登場した16日は、7.7%を記録。寺尾聰、有村架純をはじめ相葉雅紀主演ドラマ『ようこそ、わが家へ』(同)のレギュラー陣が出演した前週9日の11.0%から3%以上も低下してしまった。



