トワイライトエクスプレスに乗って BOZZ
大阪から日本海を見ながら札幌へ。
22時間で東海道本線・湖西線・北陸本線・信越本線・羽越本線・奥羽本線・津軽線・海峡線・江差線・函館本線・室蘭本線・千歳線の12路線を経由するというノリテツ憧れの寝台車。・・・(続きは探偵ファイルで)
何気ないショットでも、肩の急カーブが伝わってくる濱ちゃんの底力
嵐とジャニーズWESTが初のバラエティ共演ということで、ファンの間では放送前から大きな話題となっていた2月19日放送の『VS嵐』(フジテレビ系)。対決はもちろんのこと、トークでも大いに楽しませてくれました。
今回の放送で最もキャラが立ったのが、中間淳太と藤井流星でした。今年28歳となる中間が9歳下の小瀧望から「淳太」と呼び捨てにされていることを知った相葉雅紀が、「がんばれオジさん!」と茶化したことから、嵐チームのプラスワンゲストのハライチ・澤部佑も「セーターもお父さんが着るやつみたい」と中間をイジり出します。また「“天然”みたいな子はいるの?」と松本潤が尋ねた際には、全員がそろって「断トツで藤井です!」。藤井の天然っぷりはケタ外れで、なんと雑誌の取材中、口に水を含んでいるのを忘れて話し出したことも。藤井は「どうしてもしゃべりたかったんですよ」と説明しますが、これには嵐の天然担当・相葉も「すげーなぁ!」と認めざるをえません。
フジテレビ『SMAP×SMAP』公式サイトより
バラエティ番組『SMAP×SMAP』(フジテレビ系)でこれまで何度か放送されている企画「イマドキ・ネーム・クエスチョン」が、物議を醸している。
同企画は、俗にいわれる“キラキラネーム”を付けられた子どもと、その親が6組登場。SMAPやゲストのママタレが、名前だけを見て読み方を当てるというクイズコーナー。昨年も複数回放送され、番組上では「大好評」とうたわれている。
「昨年の企画スタート時には、進行のアナウンサーが『キラキラネーム』という言葉を連発していましたが、これが一部で問題視され、以降は『イマドキ・ネーム』に統一している。番組サイドがちょっとした言い回しに気を遣うくらい、デリケートな企画内容といえます」(テレビ誌記者)
23日の放送では……
ハンカチ王子――。 もはやその異名も虚しく響くだけだが、今年も日本ハムの斎藤佑樹投手は苦戦を強いられそうだ。 22日に行われたオープン戦に5回から登板し、4イニングを投げて2安打2失点。5回こそ、この日最速の143キロをマークして無失点で切り抜けたものの、6回無死から2連続四球を与えるなどピンチを広げ、内野ゴロの間に1失点。7回は3者凡退で打ち取ったが、8回には暴投などで2点目を失った。 「点を取られないことが一番。課題は結果を出すことに尽きます」と語っていたものの、先発ローテーション入りに向け、アピールはできなかった。 これには栗山英樹監督も「たわけ者! せっかくいい球なのにもったいない」と一刀両断。 一向に調子の上がらない斎藤について、ある関係者は「やはり、女にうつつを抜かしているからだよ」と指摘。過去、女優の深田恭子や元TBSの小林麻耶アナと浮名を流したこともある斎藤だが、最近は「素人専門」のようで「大手航空会社勤務の年下女性との“関係”がウワサされている。オフの日に逢瀬を繰り返しているとか」(同)。 しかも、その女性に近い人物によると「(彼女が)彼のケータイ電話をこっそり見たら、ほかにも何人かの女性とイイ感じだった」という。 かつて甲子園で死闘を演じた“マー君”こと田中将大投手は世界No.1チームといわれるニューヨーク・ヤンキースに在籍。その差は広がる一方だが、斎藤に“女断ち”して野球に専念する気はまったくない。「近いうちに女性スキャンダルが飛び出すでしょう」(週刊誌デスク)という声も上がっている。アッチのほうはともかく、本業ではこのまま枯れてしまうのか――。『素顔の斎藤佑樹』(ワニブックス)
2月22日に行われた、モーニング娘。OGの後藤真希(29)の結婚披露宴。そこに出席した辻希美(27)と高橋愛(28)の服装がネットで物議を醸している。 辻は、淡いピンクのミニドレスにベージュのファーベストを羽織ったスタイルで披露宴に参加。そのドレスが結婚式で参列者が避けるべき色とされている白に近い淡い色味、かつ膝上のミニ丈であったため、写真がブログにUPされるや否やネット上で「常識外れ」との指摘が殺到している。辻といえば、2009年に行われた藤本美貴(29)の結婚披露宴に参加した際にも白いドレスを着用して大バッシングを浴びていた。今回も懲りずに白ドレスを着用しているところを見ると、よっぽどのこだわりがあるのかと思えてくる。 つづきを読む(左:高橋愛オフィシャルブログより/中:辻希美オフィシャルブログより/右:紗栄子オフィシャルブログより)
住民たちは日が落ちた後は外出しなくなり、1人暮らしをしていた若者たちは実家に戻り、家に窓格子や地下室を作り、姿の見えない恐ろしい殺人鬼に備えた。学校は休校になり、日夜問わず軍人たちが町をパトロールするようになり、まさしく国をあげて犯人を警戒するようになった。当時のパトロール現場「YouTube」より
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