
愛情の濃さとセックスの濃さは比例するのか? 染谷将太と前田敦子が共演したR15指定の恋愛群像劇『さよなら歌舞伎町』。
前田敦子が“枕営業”を持ち掛けられるミュージシャンの卵を演じていることで注目されている『さよなら歌舞伎町』。ラブホから出てきた前田敦子の口から「好きでやったわけじゃないよ。マクラだからいいじゃん。デビューできるし……」なんてビッチな台詞が飛び出す。寺島しのぶを演技派へと覚醒させた『ヴァイブレータ』(03)など数多くの官能映画を手掛けてきたベテラン脚本家・荒井晴彦と廣木隆一監督がタッグを組んだ群像劇である本作。新宿・歌舞伎町にある一軒のラブホテルに秘密を抱えた男女が次々と現われ、溜っていた性欲と本音を吐き出し、そして去っていく。歌舞伎町のありふれたそんな日常風景が、ラブホ店長役の染谷将太の目線で描かれていく。
すげぇ~気持ちよかった! そう思って、同じ相手と同じ場所、同じ体位でもう一度セックスしても、同じような快感が得られるとは限らない。セックスとは一期一会のライブセッションだ。お互いのコンディションやモチベーションが微妙に異なれば、男性器の勃起度も女性器のウェット加減も変わってくる。それゆえ、そこで生まれる感情も毎回違ったものになる。生涯忘れられない会心のコラボレーションがあれば、逆にトラウマ級の悲惨な体験も存在する。その日、歌舞伎町にある平凡なラブホテル「ATLAS」では、いつもと同じように多くの男女がセックスに励んでいた。そして、その中の幾つかのセックスは、当事者たちにとって人生の重要なターニングポイントとなる。雇われ店長・徹(染谷将太)にとっても、大事な女性のセックス現場に接近遭遇することになる。
徹は同棲中の恋人・沙耶(前田敦子)や田舎で暮らす家族には一流ホテルに勤めていると話しているが、実は歌舞伎町のラブホが彼の勤務先だ。一流ホテルもラブホも同じサービス業、一流ホテルマンになるための修業期間だと自分に言い聞かせながら働いている。その日は午後からAVの撮影が入っていた。今さらAVの撮影にいちいちコーフンしないが、メイク中のAV嬢の顔を見て徹は驚いた。地元で専門学校に通っているはずの妹・美優(樋井明日香)ではないか。えっ、どーゆーこと? ラブホの店長という立場を忘れて妹を問い詰める徹。「お兄ちゃんこそ、なんでここにいるの?」と美優もびっくりだ。妹から事情を聞いた徹は、何も言えなくなってしまう。震災の影響で実家の経済状態は、東京で暮らす徹が考えていた以上にドン底だった。両親に負担は掛けられないと、美優は自分で学費を稼ぐためにAVに出演するようになったのだ。「AVなんか辞めろ。お金は俺がどうにかする」とは今の徹には言えなかった。美優が「保育士になる」という夢を忘れていないことがせめてもの救いだった。

AVの撮影に現われたのは妹の美優(樋井明日香)だった。震災後にAV出演した女性たちの証言集『それでも彼女は生きていく』(双葉社)が参考文献に。
妹の一件でどんよりしていた徹だが、さらに追い打ちを掛けるセックスに遭遇する。ギターケースを抱えた若い女性が中年男と一緒に入ってきた。ん、もしかして? フロントから飛び出した徹は、その後ろ姿がミュージシャンとしてメジャーデビューを目指している恋人の沙耶であることを確認した。一緒にいるのはレコード会社のプロデューサー(大森南朋)らしい。これが世に言う、枕営業ってヤツか!? 自分の彼女が枕営業するのを黙って見ていられるのか? でも、沙耶がずっとミュージシャンになる夢を追い掛けていたこともよ~く知っている。夢を叶えるために体を張っているのを邪魔できんのか? 自問自答しているうちに、徹の脳みそはグツグツ煮え立つ。そんなとき、「お風呂のお湯が出ないよ」と客室からクレームが掛かってくる。あのエロ変態中年プロデューサーの声だ。「その女、ボクの彼女なんですけど」とクレームをつけたいのは徹のほうだった。
徹は一流のホテルマンになること、沙耶はプロのミュージシャンになること、美優は地元で保育士になること。それぞれ自分の夢を持っているが、そんな明るい夢が本人たちを苦しめる。夢を手に入れるためには何らかの代償が必要なことはもう分かる大人になっていたつもりだけど、でも自分が追い掛けてきたキラキラ輝いていた夢がドドメ色に染まっていくようで、その現実を受け入れるのはやっぱり辛い。
演出作品がすでに90本を超える廣木監督は、メーンキャストだけで14人に及ぶ“グランドホテル形式”の群像劇を手際よくまとめた。前田敦子の露出度以外での不満点を挙げるとすれば、廣木監督のいちばんの持ち味である長回しシーンが存分に活かせなかったことだろう。カメラで被写体をじっくり映し出すことで、被写体の内面の揺れ動きを捉えるのを廣木監督は得意にしている。今回の『さよなら歌舞伎町』は徹、沙耶、美優以外にも、韓国人のデリヘル嬢(イ・ウヌ)、ワケありなラブホの清掃係(南果歩)、家出娘(我妻三輪子)、不倫中の公務員(河井青葉)たちのエピソードが並行して進み、アダルトチャンネルをスイッチングしているかのような刹那さが良くも悪くも漂う。廣木監督の持ち味がより生きているという点では、『娚の一生』(2月14日公開)がおすすめ。榮倉奈々と豊川悦司の共演作であるこちらの作品では、年齢差のある2人の心の距離が次第に近づいていく過程を廣木監督は丁寧に追っている。ひとつ屋根の下で暮らす男女の関係をじっくりと描いた上で、豊川が榮倉の素足を持ち上げて、足の指を愛おしそうに1本ずつしゃぶるシーンが待っている。足フェチならずとも、グッとくる大人の恋愛ドラマだ。

男たちが吐き出す性欲を全身で受け止める聖女役を演じたのは『メビウス』の主演女優イ・ウヌ。今回も美しいヌードを披露している。
「好きでやったわけじゃないよ。マクラなんだからいいじゃん。デビューできるし。そんなこと気にするの? 小せぇよ」。翌朝、ラブホから出てきた沙耶は、徹の前で精いっぱい毒づいてみせる。そう言いながらも、本心では徹に思いっきりビンタしてほしかった。「お前が追い掛けてきた夢は、枕営業で手に入るようなものだったのか」と叱ってほしかった。でも、徹は自分のことすらままならず、恋人に対してそこまでの包容力は持ち合わせていなかった。歌舞伎町に差す朝日が2人には痛かった。お互いの心の傷を癒し合う術を知らない若い2人に代わって、韓国人のデリヘル嬢(イ・ウヌ)とその恋人(ロイ)は浴室で素っ裸になり、お互いの体を洗いっこする。キム・ギドク監督作『メビウス』で狂女役を怪演してみせたイ・ウヌが本作でもフルヌードを披露し、自分が重ねた噓と男たちが吐き出した性欲でまみれた身体を洗い流していく。その様子を廣木監督は得意の長回しでじっくりじっとりと映し出す。いつの日か、こんな美しい官能シーンを前田敦子も演じるようになるのだろうか。「本格的な女優」を目指している前田敦子は、自分の思い描く夢に今どれだけ近づいただろうか。
(文=長野辰次)

『さよなら歌舞伎町』
監督/廣木隆一 脚本/荒井晴彦、中野太 音楽/つじあやの 出演/染谷将太、前田敦子、イ・ウヌ、ロイ(5tion)、樋井明日香、我妻三輪子、忍成修吾、大森南朋、田口トモロヲ、村上淳、河井青葉、宮崎吐夢、松重豊、南果歩 配給/東京テアトル R15 1月24日(土)よりテアトル新宿ほか全国ロードショー (c)2014『さよなら歌舞伎町』製作委員会
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