今週取り上げる最新映画は、突然の悲劇に見舞われた女子高生が生死の淵で苦悩する姿を描くドラマと、人並み外れた性衝動を抱え、多くの男性と性交渉を重ねた女性の数奇な半生が語られる衝撃作。生きることの意味や、人生における性の意味について、あらためて考える機会を与えてくれる洋画2作品だ(いずれも10月11日公開)。 『イフ・アイ・ステイ 愛が還る場所』は、人気若手女優クロエ・グレース・モレッツが主演、交通事故で生死の境をさまよう高校生のある決断を描くドラマ。優しい家族と親友、恋人にも恵まれた17歳のミアは、チェロ奏者になる夢をかなえようと、ジュリアード音楽大学の入試に挑戦することに。だがある雪の朝、家族と同乗していた車が事故で大破。瀕死の重傷を負ったミアは、意識が体から離れ、病院に搬送された家族と自分自身の過酷な状況をただ傍観するしかない。充実していたこれまでの人生を振り返りながらも、ミアは次第に生きる意欲を失っていく。 米作家ゲイル・フォアマンのベストセラー小説『ミアの選択』を映画化。監督のR・J・カトラーは、舞台とテレビでキャリアを築き、本作が長編映画デビューとなる。『キック・アス』(2010年)の過激なヒットガール役で一躍有名になったクロエも、いまや青春がよく似合う可憐な17歳。ロックミュージシャンを目指すボーイフレンドとの恋愛と苦悩から、家族や友人とのやりとり、自らの生死をどうするかという究極の選択までを、瑞々しく繊細に演じた。劇中で流れるクラシックとロックは、選曲もBGMとしての効果も見事で、キャストらの好演を引き立てている。ミアが置かれた状況は特殊ではあるけれど、恋愛、家族、夢、幸福、人生の選択といった、誰もが経験する普遍的な要素がたくさん詰まった本作。ネタバレの記事や口コミを避けて、ぜひ主人公と一緒に悩み、一緒にラストの決断を体験してもらいたい。 『ニンフォマニアック Vol.1』(R18+指定)は、デンマークの鬼才ラース・フォン・トリアー監督が、強い性的欲求を抱えた女性の半生を2部作で描く問題作。ある冬の夕暮れ、年配のインテリ独身男性セリグマンは、殴打され倒れていた女性ジョーを見つけ、自宅に連れて介抱する。回復したジョーは、セリグマンに何があったのか質問され、幼い頃からの性への強い関心と、大勢の男たちと交わってきた数奇な半生を語り始める。 タイトルは「色情狂」の意味。現在のジョーをシャルロット・ゲンズブール、若い頃のジョーをフランス出身の新人ステイシー・マーティンが熱演。前編にあたる本作ではマーティンが実質的な主人公として、細身の裸身をさらしながら性の渇望と冒険を体現している。官能の探求と重ね合わせて、数学、宗教、音楽などさまざまな分野の知識と真理の追求が語られ、ユーモアを添える効果も。ウェルメイドの対極にあるかのような、突き抜けた問題提起と、安易な理解や共感を拒む濃厚なエピソード。相当に強度のある作品なので、後編にあたる『ニンフォマニアック Vol.2』(11月1日公開)とともに、体調を整えて臨みたい。 (文=映画.com編集スタッフ・高森郁哉) 『イフ・アイ・ステイ 愛が還る場所』作品情報 <http://eiga.com/movie/80699/> 『ニンフォマニアック Vol.1』作品情報 <http://eiga.com/movie/80589/>「イフ・アイ・ステイ 愛が還る場所」(C)2014 Warner Bros. Ent. and Metro-Goldwyn-Mayer Pictures Inc. All rights Reserved./配給:ワーナー・ブラザース映画
日別アーカイブ: 2014年10月10日
森脇健児が見せつけた「芸能人」の意地と底力! TBS『オールスター感謝祭』(10月4日放送)を徹底検証!
TBSの恒例特番、『オールスター感謝祭』。その中でも目玉のコーナーといえば、健脚のタレントたちがしのぎを削る「赤坂5丁目ミニマラソン」だ。しかし、今年はいつもと様子が違っていた。キーマンとなったのは、近年になって芸人らしからぬアスリートっぷりが笑いのネタになることの多い、森脇健児その人である。森脇健児は今年、5位以内に入らなかったら「赤坂5丁目ミニマラソン」を引退すると、勝手にアドバルーンをぶち上げたのだった。 過去22回出場してきた森脇健児は、なぜ今になって引退を懸けることになったのか? その言い分はこうだ。ここ最近の「赤坂5丁目ミニマラソン」は、陸上競技のプロが上位を占めている。だが本来は、芸能人が頑張る姿を見せるというのがこのコーナーの意義であり、芸能人ランナーを鼓舞するために、自分を矢面に立たせてほしいというのである。 実際、森脇健児の言い分は正しい。『オールスター感謝祭』に呼ばれるほどの有名な芸能人が必死で走る姿が視聴者にとっては面白いわけだが、ある時期から有名ランナーを海外から招へいし、競技化がエスカレート。呼ばれた有名ランナーもまたプロとしての誇りはあるから、絶対に負けようとはしない。番組側でもそれに対抗して、「あまり名前は知られてないけど、ものすごく足が速いタレント」を呼ぶなどしているのだが、これではそもそも本末転倒である。森脇健児はそのような状況に対して、正面から異議を唱えたのであった。 とはいえ、現在の森脇健児に求められるキャラクターは、いじられ役としてのそれである。芸人としてのイロハが通じないため「逆に」面白い、という見せ方をされることが多い。実際に、マラソンのスタート直前には「47才、これは老化じゃない、進化ですよ!」「進化イコール、体からボディ、ボディから、今日はマシーンですよ! ボクの足はタイヤですよ!」と独特の言語感覚を披露し、スタジオでは今田耕司のツッコミによって笑いが起こる。このセリフは、実は例えば一流のアスリートが放てば「名言」なのだが、森脇健児が言うから「ツッコミしろのある天然セリフ」となる。それはそれでもちろん正しいのだが、重要なのはこの時点で森脇健児は「笑われる人」として共有されているという点だ。 ここで森脇健児には、2つの選択肢が用意されている。まず1つは、実際に真剣に走って5位以内に入ること。もう1つは、5位以内に入れず、結局あかんやないかという形で笑いを取ることだ。この場合、安全策となるのは、実は後者である。前者の場合、5位以内という設定を決めたのは森脇健児本人だということもあり、実際に5位以内に入ったところでそのスタジオの空気が読めない。後者の場合は、司会の今田耕司に任せさえすれば確実に笑いは取れるし、引退宣言もうやむやになるだろう。翌年しれっと復活したって、それはそれで笑いになる。5位以内に入ることが目的とされながら、実際に5位以内に入ることのリスクは案外高いのだ。 かくして、号砲が鳴る。森脇健児は走る。当初のスタジオの空気は、決して熱いものではなく、森脇健児に期待する雰囲気はほとんどない。だが、森脇健児は走る。真剣な表情で。心臓破りの坂を上るときも、自分の足下しか見ていない。スタジオの空気が、徐々に変化していく。森脇健児は走り続ける。普段は森脇健児の面白エピソードを紹介する役回りの安田大サーカス・団長安田が、後ろから声をかける。後日、ニッポン放送の『キキマス!』で明かされたところによると、前を走るランナーが森脇健児の邪魔にならないように「コースお願いします!」と叫んでいたのだという。スタジオの空気はすっかり変わり、森脇健児への声援が飛ぶ。そして森脇健児は最後まで全力で走り続け、ゴールテープを切る。結果は4位。その瞬間、スタジオはスタンディングオベーションを彼に送った。 なぜ、感動してしまうのか。よく分からない。だが、スタジオのタレントの中には涙を流す者も多くいて、西川きよし師匠は号泣しながら「吉本に来い!」と、相変わらずの素っ頓狂なコメントを残す。涙と笑いとよく分からないカタルシスが、ごちゃまぜになった空間がそこにはあった。 一つだけ言えるのは、森脇健児は嘘をつかなかった。自分自身に対して、あるいは、これまでの自分自身の人生に対して。「走った距離は嘘をつかない。流した汗は嘘をつかない」というのは森脇健児が度々口にする名言だが、その言葉を彼は実践していた。「芸人」や「タレント」としての正しさではなく、森脇健児は「人間」としての正しさを目指し、そして結果を残した。そのやり方は一般的に正解と言われるものではないかもしれないが、森脇健児は自らが作った道を完走したのだ。そのあり様こそが、職業を超えて感動を呼ぶ。「芸能人」という道を選んだ「人間」としての意地と底力を、この日、森脇健児は確かに見せつけた。 人生とは、フリとオチである。あるいは、オチが決まれば、それまでのすべてはフリになる。森脇健児は、芸人らしからぬアスリートっぷりというキャラクターやそれで取った笑いをフリにして、感動という名のオチに変えた。今田耕司が、疲労困憊の森脇健児にマイクを向ける。ここで感動的な一言があれば、大団円だ。そして森脇健児は、叫んだ。 「走った距離は嘘つくない、流した汗は嘘くつ、つかない!」 見事にかむ。しかも早口すぎて何を言っているのかが分からない。その瞬間、スタジオは爆笑に包まれた。感動の涙はその瞬間フリとなり、笑いというオチに変わった。それもまた、森脇健児という生き方なのである。 【検証結果】 冒頭にも記した通り、森脇健児は現在、芸人らしからぬアスリートっぷりが笑いになることが多い。だが果たして、その見立ては正確なものなのだろうか?むしろ森脇健児とは、芸人であり、かつ、アスリートである。その両者は矛盾するものではない。言い換えれば、芸人という競技に挑戦し続けるアスリート、それが森脇健児だ。そして芸人という競技は、生涯競技である。森脇健児はこれからもずっと、森脇健児にしかできないフリとオチの中で生き続けるだろう。 (文=相沢直) ●あいざわ・すなお 1980年生まれ。構成作家、ライター。活動歴は構成作家として『テレバイダー』(TOKYO MX)、『モンキーパーマ』(tvkほか)、「水道橋博士のメルマ旬報『みっつ数えろ』連載」など。プロデューサーとして『ホワイトボードTV』『バカリズム THE MOVIE』(TOKYO MX)など。 Twitterアカウントは @aizawaaa松竹芸能公式サイトより
「ナンパで会いました」が成立する、AKB48 グループにとってのアイドル“仕事”とは
信仰先がジャニー喜多川ヒロムでよかった……
――毒舌コラムニスト・今井舞が、話題のアノ人物やアノニュースをズバッとヒトコトで斬り捨てる!
◎修行の先にあるもの
しかし、アイドルが「ナンパで出会いました」という言い訳でしのがなきゃならん状況って、どんなだ。知り合いにマンガ誌のグラビアの人がいるけど、今はグラビアアイドル壊滅状態で、AKB48系統のコばかり使わねばならず、あうんの呼吸で付き合えたグラビアアイドルの事務所と違い、無理ばっかり言ってくるもんで、みんな辟易らしい。商品だからとか、商売だからといったことを抜きにして「本当に、よく手を出せるな」というのがグラビア担当者たちの本音だそうな。これから集英社に押し付けられるであろう無理難題を思うと、同情すら感じるとも。写真集とか、こってり出させられるんだろうなぁ。言い値で。
しかし聞くところによると、最近はもうグループ界隈では、話題性のためなら、暗に「スキャンダルもあり」みたいな雰囲気が漂っているらしい。オタクの間だけでなく、世間での知名度を上げるためなら、ビッグバンもありと。続け指原。本当か。ま、確かにこの件は耳目を集めたけど。なんか、センターがみんなワケあり系のグループ誕生の日も近いのかもしれない。アイドルの仕事って「客をうまく騙す」ことだと思ってたが。「騙す」の次元が違ってきてるな。きょうび、ファンも大変である。耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍び。全ては秋元先生のために。
束縛女子・紗倉まなの考える「浮気ではないけど、一種の裏切り」とは?
オリラジ中田が熱弁「なりたくてなる天狗はいない」 『しくじり先生』の、成功するための教科書
「しくじらないで生きていける人間なんているのか!」 オリエンタルラジオの中田敦彦は、“生徒”たちを前にものすごい熱量で語った。10月2日からレギュラー放送が始まった『しくじり先生 俺みたいになるな!!』(テレビ朝日系)は、人生を「しくじった」経験がある人を講師に迎え、その失敗から「しくじらないための極意」を学んでいこうという番組である。昨年11月から不定期で放送された3回のパイロット版が好評を博し、レギュラー化したものだ。 たとえば、パイロット版の2回目となる3月14日の放送では、元フィギュアスケート・織田信成が講師として登場。大舞台でしくじってしまった過去を振り返りながら、それを回避する極意を教えた。信成は「20年間、あと一歩のところで天下を取り逃してきたんです」と語り、世界フィギュア選手権(2009年)、バンクーバー五輪(2010年)、グランプリシリーズ中国杯(2009年)を自ら「3大しくじり舞台」と挙げる。そして、それぞれに「ジャンプ一回多く飛んじゃったの乱」「靴ひもが切れちゃったの乱」などと名前を付け、自分の失敗体験を軽妙に語っていく。極めつきは、中国杯での「自分でも信じられ変」。チャップリンを模した衣装の股間のチャックが全開のまま演技してしまったあの事件を、「後にマスコミに『チャックリン』と名付けられた」などとユーモアたっぷりに披露したのだ。信成はこの放送がきっかけになったのか、その後、フィギュアスケート関連以外の番組でもテレビタレントとして数多くの番組で見かけるようになっていった。 そして、レギュラー番組になって初めての講師役がオリエンタルラジオだった。オリエンタルラジオといえば、「史上最速のブレーク」などという肩書で売り出され、デビューしてまもなく、レギュラー番組はもちろん、ゴールデンタイムに冠番組まで作られた。しかし、それも長く続かず、わずか数年で失墜。レギュラー番組は次々と終了し、まさに「しくじり」を経験した。それを中田は「ここまでゴリ押しされて、全部終わったの、おそらく初めてですよ」と自嘲して言うのだ。「ゴリゴリ押しのゴリ終わり!」と。 その後、しばらく低迷し、同期のはんにゃらに逆転されたものの、藤森慎吾の“チャラ男”のキャラなどで再浮上するという上り下りの激しい芸人人生を歩んでいる。こんな経験をした芸人はなかなかいない。だから「この授業は僕らにしかできない」と、中田は胸を張る。 なぜ、「史上最速のブレーク」を果たしたオリエンタルラジオが失墜したのか? もちろん、それにはさまざまな要因があるだろう。だが、中田は潔くたったひとつの理由に集約させた。 「ハッキリ言いましょう、天狗になったんです。ふたりとも!」 当時から「これはもう『現象』」「僕らがこうだからとか、ここでこうしたいからという理由では説明がつかない」(『Quick Japan』Vol.77/太田出版)などと自分たちの置かれた状況を客観視していた中田であれば、“天狗”になってしまう罠を回避できたのではないか、と思える。しかし「なりたくてなる天狗はいない」「天狗には自覚症状がない」と中田は言う。 そして、“天狗”を定義し直す。「天狗とは、特別扱いを当然だと思っている状況」だと。つまり、自分が“特別扱い”されていることが当たり前になってしまうから、“特別扱い”されていることにすら気づかない状態なのだ。 たとえば、オリエンタルラジオのDVD『十』(よしもとアール・アンド・シー)。DVDが売れない、ライブDVDでさえ出すのが難しいとされる時代に、中田は「映像作品を撮りたい」と予算を度外視。かけた予算は映画1本分並み。それが許されてしまっていたのだ。企画会議の中で、中田はこう言い放ったという。 「普通の笑い作りたいんじゃないんだよ、時代を作りたいんだよ!」 その後、中田は次々と番組を失っていく経緯を生々しく講義していく。そして、レギュラー番組を失った“暗黒期”には仕事が「モアハード モアスモール」、つまり「よりエグく、より小規模になります」と、過酷な体験が語られていく。たとえば、ある番組で1年間農業をするという企画があったという。ただ農業をするわけではない。山自体を切り開いていくというものだ。別の番組では韓国の整形ブームを特集した際、中田は実際に手相を整形した。これは想像よりも危険な手術で、完治まで1カ月を要したという。それぞれにキツイ体験であるが、何よりもキツイのが、これらが結局、オンエアされなかったということだ。中田は言う。 「みなさんが思ってるより、下り坂は長くて暗いです」 中田は、かつて自分たちの“現象”を「吉本興業の中での実験」だったと語ったことがある。 「テクニックもキャリアもなくても、それで成立するんだったらビジネスモデルとしては正解じゃないですか。コストがかかってなくてパフォーマンスが得れるわけですから。これが成立したらこれをどんどんやっていくつもりだったんだと思うんです。だけど、それができなかった! 促成栽培ができるもんじゃない。それが芸人なんだ、っていうのを逆説的に証明したのがオリエンタルラジオなんです!」(『ブラマヨとゆかいな仲間たち』テレビ朝日系) 中田のゾッとするほどの冷静さ、客観性が、逆に当時の深すぎる苦悩を物語る。早すぎたブレークによって、オリエンタルラジオはリアルタイムでその苦悩や挫折、迷走や変化、そして成長までも視聴者に晒されるという奇妙な境遇に身を置くことになった芸人である。そしてそれを中田が残酷なほどの客観性と、激しい熱量を両立させながら“解説”する。いわば、オリエンタルラジオは「しくじり」そのものを、“芸”に昇華させたコンビなのだ。だから、これ以上ないほど『しくじり先生』を体現している。実際にその講義は、生徒たちが「何、この教科書?」と唖然としてしまうくらい、素晴らしいものだった。この後、登場する講師たちのハードルが上がりすぎてしまったことこそ、番組の「しくじり」なのではないかと心配してしまうほどに。 最後に中田は「一度しくじった人は『とりあえず、食って行きたい』『かつてライバルだったあいつを今度は応援したい』などと“下方修正された夢”を語り、『今がありのままの自分だ』と、“小さなプライド”を守ってしまいがち」だと言う。「俺は夢に破れたわけじゃないんだ。しくじったわけじゃないんだ。いま少し自分が見えてきたんだ」と。だけど、そうじゃない。しくじってから本当の挑戦は始まるのだ。 「負けてからビックマウスになる勇気」 それが必要なのだ。「自覚的な天狗は、夢の成功者」だと。中田には、いつかもう一度花開いた時に絶対に言いたいという“天狗ゼリフ”があるという。 「普通の視聴率獲りたいんじゃないんですよ、天下獲りたいんです!」 あっちゃん、カッコいいー! (文=てれびのスキマ <http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/>) ◆「テレビ裏ガイド」過去記事はこちらから怖いものなしだった頃のオリラジ
死してなおヒットを飛ばす、孤高の天才・2パックの人生を振り返る
<p> 2パックは1971年6月16日、レサンセ・パリッシュ・クロックスという名で、ニューヨーク市に生まれた。両親は60年代後半~70年代にアメリカで黒人の民族主義運動を展開していた過激派組織「ブラックパンサー」のメンバーで、彼が生まれる前に破局。シングルマザーだった母は、彼が1歳の時にイスラム教徒の黒人国家主義者ムトゥル・シャクールと結婚し、息子の名も古代インカ語で「輝ける蛇」という意味のトゥパック・アマル、名字も「神に感謝」という意味のシャクールに改名した。彼を妊娠中に服役していたほどブラックパンサーに心酔していた母は、組織の思想や教えを息子に叩き込みながら育てた。母は重度の麻薬依存症だったため暮らしは貧しく、ホームレスシェルターを点々としたり、頻繁に引っ越すなど、不安定な幼少時代を過ごした。</p>
ユーザーへの感謝を込めたAV業界単独見本市が誕生! 『Japan adult Expo 2014』が11月開催

AVファン感謝祭 Japan Adult Expo 2014
束縛女子・紗倉まなの考える「浮気ではないけど、一種の裏切り」とは?
唐突ですが、SNSって恐ろしいと思いませんか(怯)? Facebookでは勝手に集合写真にタグ付けされていたり、Twitterもエゴサーチをすれば何でも出てくるし……。カップルの間では【SNS=浮気発覚材料】として利用されることも多いでしょう。 彼の予期せぬ女性との繋がりを発見してしまったり、そこから辿って関係性を垣間見てしまったり……彼の携帯を覗かずとも、ちょっと調べれば見えてきてしまう浮気。ショックだったりするんですよね(白目)。 というわけで今回のテーマは「浮気」。「どこからが浮気なの? どこまでなら許せるの?」だなんて話をしていきたいと思います! つづきを読む(必殺! ツインテール☆)
「ワイドショーで稼ぐ」内田裕也が、あのスーパー問題児に接近中!?
樹木希林とコンビ組んだ方が儲かるんじゃ?
1960年代~70年代の日本ロック界をけん引したアーティストと言われながらも世間に認知されるようなヒット曲に恵まれず、自身が主催する年末恒例の『ニューイヤーズワールドロックフェスティバル』以外は長らく表立った音楽活動を見せていなかったロック・ミュージシャンの内田裕也。今年6月には、AKB48指原莉乃をフィーチャリングした、29年ぶりとなるシングル「シェキナベイベー」を発売したが、オリコン週間ランキングでも最高16位と期待ほど盛り上がらず。いまや、ワイドショーなどで珍コメントを残すことが“本業”となってしまっている。
先日、公開生放送された『バラいろダンディ』(TOKYO MX)では、火曜日コメンテーターとして同番組にレギュラー出演中の元オセロの中島知子と共演。中島といえば、内田の婿・本木雅弘が家主だったマンションの賃料を滞納したり、占い師からの洗脳で引きこもったりとコントロール不能となり、所属していた芸能事務所を解雇されたことが記憶に新しい。そんな2人の“いわくつきの共演”で注目を集めると思われたが……。
変態だっていいじゃないの、だって人間だもの。怒濤のセックス大河ドラマ『ニンフォマニアック』
快楽のためにセックスするのは、どうやら人間と一部の霊長類に限られているらしい。だとすると、快楽目的のセックスを追求するということは、非常に人間らしい(もしくは一部の霊長類らしい)行為ではないのか。ニンフォマニアとは“色情狂”のこと。快楽としてのセックスを常に欲している女性のことを指す。デンマーク出身の鬼才ラース・フォン・トリアー監督の『ニンフォマニアック』は、ひとりの女性の半生を男性遍歴を通して物語るというセックス大河ドラマだ。自他ともに色情狂であることを認める女主人公ジョーの性の大饗宴がVol.1(1時間57分)とVol.2(2時間3分)の合計4時間にわたって繰り広げられる。 物語は路上で行き倒れている中年女性ジョー(シャルロット・ゲンズブール)が親切な銀髪の紳士セリグマン(ステラン・スカルスガルド)に介抱される場面から始まる。お礼代わりにジョーは、自分が行き倒れになるまでの経緯をベッド上で語り始める。現代版『アラビアンナイト』といった趣きだ。Vol.1では若き日のジョー(ステイシー・マーティン)が性に目覚めていく様子が語られる。いわば、ヰタ・セクスアリス的世界。2歳にして浴室でカエルごっこをして、濡れた床に下半身を押し付けることで快感を覚えるジョー。学校にあった様々な備品は、どれも魅惑的なオナニーグッズだった。初体験は15歳のとき。バイク好きな青年J(シャイア・ラブーフ)にバージンを奪ってほしいと自分から頼んだ。Jはジョーを正常位で3回、バックで5回突いて果ててしまった。3+5=ロストバージン。痛みと屈辱しか残らなかった処女喪失だった。 そんな苦い思い出を払拭するかのように、高校生になったジョーは親友のBと共に列車内でのボーイハントに熱中する。思わせぶりな台詞と目くばせで、どちらが多くの男とエッチできるかを競い合う。すくすくとビッチに育っていくジョー。性に対する貞操観はその人の人格形成に大きな影響を与えるようだ。奔放なセックスで彩られた青春時代を過ごしたジョーは、高校卒業後も奔放な性生活を送る。Vol.1のラスト、ジョーに優しかった最愛の父親(クリスチャン・スレイター)が心の病で入院する。病院のベッドに付き添うジョーだが、意識の混濁した父と妄想の世界で禁断の関係を結ぶ。父が息を引き取った瞬間、ジョーの股間はびしょびしょになる。ジョーは肉親との永遠の別れと引き換えに最高のエクスタシーを感じた。タブーこそ、人類にとって最大の媚薬だった。ニンフォマニア(色情狂)であることを自認するジョー(シャルロット・ゲンズブール)は、あらゆるSEXプレイに果敢に挑んでいく。
Vol.2で結婚&出産を経験するジョーは、新人ステイシー・マーティンからシャルロット・ゲンズブールへバトンタッチ。ステイシーの鮮烈なスレンダーボディが、唐突にゲンズブールの疲れ果てた熟女ヌードに変わることに戸惑いを覚える。愛のないセックスを繰り返していると、肉体も人格も別人のように変貌してしまうのだろうか。ぜひ「an・an」のセックス特集班に解明してほしい。家庭を持ち、母親になったことで、ジョーの二股三股は当たり前、一時は8人と分刻みで付き合っていた性生活も落ち着くかと思えば、さらにアブノーマルなプレイへと向かう。まだ幼い子どもを放ったらかして、SMサロンを主宰するセックスセラピスト・K(ジェイミー・ベル)のサディスティックさにハマってしまう。ジョーは家庭よりも快楽追求を選んでしまった。歯止めを失った彼女は、生きながら性の無間地獄へと堕ちていく。 家庭を失い、ますます過激なセックスにのめり込んでいくジョー。道端にいた黒人の巨根ブラザーズをホテルに呼び出し、3Pにも挑戦する。ジョーの暴走は、勤務先でも大問題となっていた。誰とでも寝るジョーがいることで、職場が混乱して会社として機能しなくなってしまったのだ。上司からの命令で、ジョーはセックス依存症の治療を受けることに。自分の性欲を制御できるように努力するジョーだったが、セックス依存症患者たちが集まる互助会に参加していく中で、ジョーの我慢袋が爆発する。「私はセックス依存症じゃない。私は色情狂なだけよ!」と啖呵を切るジョー。自分自身にとても正直なジョーは限りなくかっこよく、そして限りなく痛々しい。 映画には多かれ少なかれ監督個人の変態性が作品の中に滲み出るものであり、そういった作品が「作家性がよく表れている」と高く評価される傾向にある。さしずめラース・フォン・トリアー監督は、変態映画の王道をぶっちぎりで暴走する孤独なトップランナーだ。前作『メランコリア』(11)では、鬱状態の主人公を演じたキルスティン・ダンストが全裸でオナニーするシーンが強烈だった。キルスティン・ダンストは地球が滅亡する瞬間に、かつてないエクスタシーを感じていた。シャルロット・ゲンズブールが主演した『アンチクライスト』(09)ではセックスと罪悪感との関係を掘り下げていった。このテーマは『ニンフォマニアック』vol.2でも引き続き取り上げられる。過激な内容から難解なイメージを抱かれがちなトリアー監督作だが、『ニンフォマニアック』はとても分かりやすい娯楽作品に仕上がっている。トリアー監督に言わせれば、自分の体の中に湧き上がる欲望をうまく押し隠せる人間こそが、立派な社会人だということらしい。でも欲望を完全に切り離してみせる聖者よりも、自分の欲望にのたうち回るジョーのほうがとても人間らしいではないか。高校生になったジョー(ステイシー・マーティン)は、親友Bと列車内で何人の男とエッチできるかを競い合う。このゲームで男の扱い方をほぼマスター。
合計4時間に及ぶジョーの性遍歴を見て思うのは、彼女は本当に色情狂なのかという疑問だ。若い頃にセックスをしまくり、結婚した時点ですでに不感症に陥っていたジョーは、SMや3Pなどアブノーマルなプレイを求めるようになる。性的な充足感よりも、精神的な刺激に飢えているように感じられる。セックスでの刹那的な喜びでは満足できず、Vol.2では裏社会へ足を踏み入れていく。セックスそのものよりも、スリリングな生き方をジョーは求めているように映る。登山家が危険な山頂を目指すように、ジョーもまた快感のピークを目指して登り詰めていく。多くの人はほどほどのセックスで満足し、子育てや社会での出世に情熱の注ぎ先を換えていくのに対し、ジョーは飽くなき探究心で前人未到の領域へと向かう。ジョーは色情狂ではない、彼女は孤高なるセックス冒険家なのだ。なぜ、あなたはセックスするのかと尋ねられたから、ジョーはこう答えるだろう。「そこにチンコがあるから」。 (文=長野辰次)ジョーと中年男Hとの不倫現場に、H夫人(ユマ・サーマン)が子どもを連れて乱入。鬼気迫るユマ・サーマンの熱演ぶりに思わず爆笑してしまう。
『ニンフォマニアック』
監督・脚本/ラース・フォン・トリアー 出演/シャルロット・ゲンズブール、ステラン・スカルスガルド、ステイシー・マーティン、シャイア・ラブーフ、クリスチャン・スレイター、ジェイミー・ベル、ユマ・サーマン、ウィレム・デフォー、ミア・ゴス、ソフィ・ケネディ・クラーク、コニー・ニールセン、ジャン=マルク・バール、ウド・ギア 配給/ブロードメディア・スタジオ R-18 『ニンフォマニアックvol.1』は10月11日(土)より、『ニンフォマニアックvol.2』は11月1日(土)より新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開。
(c)2013 ZENTROPA ENTERTAINMENTS31 APS, ZENTROPA INTERNATIONAL KÖLN, SLOT MACHINE, ZENTROPA INTERNATIONAL FRANCE, CAVIAR, ZENBELGIE, ARTE FRANCE CINÉMA
http://www.nymphomaniac.jp









