スマイレージ、なぜ改名&増員を決意した? 実験的グループの苦悩と功績

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スマイレージ『嗚呼 すすきの/地球は今日も愛を育む(初回生産限定盤A)』(アップフロントワークス)

【リアルサウンドより】  スマイレージのリーダー・和田彩花と福田花音が9月24日、動画サイト「ハロ!ステ」でグループの増員と改名を発表し、話題となっている。  この発表を受けてブログには賛否両論の意見が寄せられ、福田は25日に「本当にこれは軽はずみで決まったこととかじゃなくて何度も何度も相談を重ねて決まったこと。(中略)つんく♂さんが考えてくださった、スマイレージという名前はとても大切なものだし、宝物」としながらも「例え『スマイレージ』って名前が変わってもわたしたちが今までやってきたことが全て無駄になるってことはない」と、改めてファンに理解を求めた。  2009年結成以降、メンバーの卒業や増員でその体制を変えてきたスマイレージ。2012年からは現体制となる6人で活動を続けてきた彼女たちが、今このタイミングでグループ名の変更とメンバー増員を決めた理由とは何か。今や「伝説」ともいわれる青梅イベントほか、結成時から彼女達のイベントやライブに足繁く通い、同グループの動向に詳しい映像作家のターボ向後氏は、ハロー!プロジェクト内での彼女たちの功績を振り返りながら、次のように分析する。 「スマイレージは和田と福田を含む4人のオリジナル・メンバーの時から、AKBブレイク以降、戦国時代といわれた新しいアイドルシーンへ、ハロプロとして初めて戦略的に切り込んでいくグループとして機能していました。AKBグループを意識したファンとの向き合い方を模索していて、それまでハロプロで行われていたオマケ的なものではなく、今のような「接触系」と呼ばれる親密な握手会のスタイルをハロプロのグループとして始めたのも、動画サイトでの積極的な情報発信を最初に行ったのも彼女たちです。その試みの新しさゆえに、いつもファンからは賛否両論が起こりましたが、結果として彼女たちが現在のハロプロに与えた功績は少なくありません。もっと言えば、4人時代のスマイレージのあの狂騒的な活動がなければ、今のハロー!プロジェクトはなかったといっても過言ではないと思います。モーニング娘。や℃-uteがブレイクした背景には、グループの努力や苦節をエンターテイメントとして展開すること、つまり“物語性”を取り入れたのが一要因としてありますが、そうした物語性をAKBG以降のものへと更新していったのはスマイレージが先鞭をつけたことです。彼女たちの活動は手探りゆえに迷走することもありましたが、それまで極めて「内向き」だったハロプロの方向性を外側へと向けるきっかけとなった重要なグループであったことは間違いないと思います」  しかし、その実験的な活動方針ゆえの重圧が、グループとしての方向付けを難しくしていったと、ターボ向後氏は続ける。 「2011年8月にはオリジナルメンバーの小川紗季が、同年12月には前田憂佳が相次いで卒業したうえ、中西香菜、竹内朱莉、勝田里奈、田村芽実の4人が加わり、スマイレージは新たなスタートを切ることになります。しかし、オリジナルメンバーの半分が入れ替わるという前代未聞の状態で、この時点で元のスマイレージとは異なるグループになっていたと思います。にも関わらず、和田と福田は懸命にスマイレージであろうとし続けたし、新メンバーも必死にスマイレージになろうとしていました。僕は6人編成になった直後、今やファンの間では伝説といわれている青梅でのリリースイベントに参加した一人ですが、彼女達が一生懸命であるがゆえに“スマイレージ”というグループのイメージに囚われ、メンバーそれぞれが本来持っているポテンシャルを活かしきれていないと、その時点でも感じました。そんな歯がゆい堂々巡りの結果、グループとしての方向付けが難しくなっていった面もあったと思います。しかし、彼女たちはその苦しい状態のまま努力を続け、今年7月には念願の初武道館公演を達成しました。ここでようやく彼女たちは、スマイレージというグループに一区切りを付け、次のステップに進む決心ができたのではないでしょうか」  そんな彼女たちは今後、どのようなグループとして活動を開始するのだろうか? 「彼女たちはやっと“スマイレージらしく”という縛りから解放されたと思うので、今後は各メンバーが自由に個性を発揮して、自分たちらしいグループを1から築き上げていくのではないでしょうか。メンバーの福田花音はアーバンギャルドのようなサブカル色の濃いバンドを好んでいますし、田村芽実は宝塚を愛好しています。そういった趣味志向が活かされ、独自のグループになるのが理想的ではないかと。そのためにも、次のグループ名は“スマイレージZ”のような、前グループを踏襲したものにならないことを祈ります(笑)」  ハロプロ内でも特異なポジションを担ってきたスマイレージ。新たな名称になることで、同じメンバーが在籍しながらも、まったく異なる方向性を持ったグループとなるかもしれない。 (文=松下博夫)

離婚の清原和博、ご執心だった銀座のママからも捨てられていた!

kiyohara0927.jpg 芸能取材歴30年以上、タブー知らずのベテランジャーナリストが、縦横無尽に話題の芸能トピックの「裏側」を語り尽くす!  清原和博がついに離婚した。今年6月、当コラムで清原が銀座のクラブで「俺、離婚するから」と言ってはホステスを口説いていると報告したが(記事参照)、実際にその通りになってしまった。  そもそもの原因は、清原の不倫とされる。一部報道によれば、元夫人の亜希さんも仕事関係者に「あの人の不倫で、家庭はとっくに壊れている」と話していたという。  この不倫相手とは、清原が5年前にフジテレビの『F1 GRAND PRIX』モナコ大会に出演した際同伴した女性で、銀座7丁目のクラブ『R』のY子ママのことだ。清原は一時、Y子ママと毎晩のように同伴。2人は我が物顔で、クラブを私物化していた。この頃、清原は周囲にY子ママと結婚することをほのめかしており、次男の都内有名幼稚舎への入園が決まった段階で亜希さんと離婚すると、具体的に話していたという。  ところが、今年に入り「週刊文春」(文藝春秋)が清原の薬物疑惑を報じると同時に、Y子ママが勤める『R』のオーナーが、東京国税局から2度目の摘発を受けた。これで店に居づらくなったのか、Y子ママは8丁目の小さなクラブに移った。2人の関係を知るクラブ関係者によると、その時点で清原とは縁が切れたようで、その後は会っていないという。  清原は、友人であるASKAが5月17日に覚せい剤で逮捕されてからも、夜の銀座に出没。Y子ママに代わって、8丁目の並木通りの路面店クラブ『M』に頻繁に通って、この店のR子ママに「女房とは離婚するから」と執拗にアプローチしたが、清原の女癖と素行の悪さを知っているR子ママは相手にしなかった。  R子ママに袖にされた7月頃から、夜の銀座で清原の姿を見なくなった。といっても、薬物疑惑報道以降、清原は表舞台から敬遠されて、野球評論家だけでなく、タレントとしての仕事もまったくなくなったために、銀座でクラブ遊びをしているどころではなくなったのだろう。  Y子ママにもR子ママにもすっぽを向かれた清原は、その後、家庭修復に躍起になっていたようだが、覆水盆に返らず。結局、女房からも三行半を突きつけられて、銀座の女たちからも捨てられた。  仕事も家族も失った清原が、今後どうなるのか心配してしまう。これで薬物疑惑が真実だったら、清原の人生は終わり。ゼロからの再出発と思ってふんどしを締め直し、疑惑を払拭するような活躍を期待したい。 (文=本多圭)

神戸女児遺棄事件と類似!? ― シンガポール犯罪史上最も後味が悪い「黄娜殺人事件」の悲劇とは?

【不思議サイトトカナより】
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画像は、事件とは関係ありません
 今月11日から行方不明になっていた神戸市長田区の小学1年生女児(6)が23日、自宅近所の雑木林でバラバラ遺体で発見。人懐っこくて愛らしく、大きな日傘を差して外を歩くのが大好きだったという少女だった。  何重にも重ねられたポリ袋に入れられていた切断遺体が発見された翌24日には、付近に住む男(47)が死体遺棄容疑で逮捕されたが、経緯を追及する警察に対して黙秘し続けているとのこと。動機など、事件の真相解明にはまだまだ時間がかかりそうである。  今から10年前の2004年10月。治安がよいことで知られるシンガポールで、今回の事件と類似した事件が発生した。シンガポールの犯罪史上、最も後味の悪い事件として伝えられている「黄娜殺人事件」である。 続きは【トカナ】で読む