加護亜依の鼻柱に違和感、結婚ラッシュにおけるあびる優の盛り上がらなさ、T-ARAツアーに詐欺疑惑……ザワつく芸能界

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あびる優オフィシャルブログより

【日刊サイゾーより】

 ベテランデスクTと新米記者Hが、今週の芸能ニュースを振り返ります。

デスクT こっいのダウンロ~ド~♪ ふったりパレ~ド~♪

記者H どうしたんですか? やにわに「仲間由紀恵 with ダウンローズ」の「恋のダウンロード」なんて歌いだして。

デスクT だって世間は、仲間由紀恵と田中哲司の結婚の話題で持ちきりじゃん。そんなにみんな、仲間に興味があったとは知らなかったよ~。それに引き替え、タレントのあびる優と、格闘家の才賀紀左衛門の結婚報告は、盛り上がりに欠けるよね。昔は段ボールごと盗んでいたあびるも、ついにイケメン格闘家の心を盗んだというのに……。

記者H 確かに、若い美人タレントが結婚すると、少なからず悔しがる人がいるものですが、ネットを見る限り皆無ですね。しかし、あびるは現在、『アッコにおまかせ!』(TBS系)くらいでしかお目にかかれませんし、お相手もISSAならともかく、無名格闘家ですからね。盛り上がれというほうが無理ですよ。

デスクT 異議なし!

記者H 2人は交際……

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the原爆オナニーズ・TAYLOWが語る34年のバンド史、そして若手世代へのメッセージ

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日本のパンク・シーンを牽引してきたthe原爆オナニーズ。(写真:イシバシ・トシハル)

【リアルサウンドより】  結成から34年、現在でも精力的に活動を続ける日本のパンクロック界の重鎮バンド、the原爆オナニーズ。過激なバンド名のため毀誉褒貶を受けつつも、海外で先駆的にライブ活動を展開するなど、現在のパンク・シーンの礎を築いてきた。後進からのリスペクトも厚く、過去には元Blankey Jet Cityの中村達也や、PIZZA OF DEATH RECORDSを率いる横山健も参加、永久メンバーとして名を連ねている。バンドを牽引してきたボーカリスト・TAYLOW氏は、どのような信念のもとに活動してきたのか。洋邦のアンダーグラウンドシーンにも深く精通する同氏に、バンドの歩みや当時のシーンについて、そして新しい世代に伝えたい事を聞いた。聞き手はハードコア・パンクバンド、FORWARDのボーカリストISHIYA氏。(編集部)

the原爆オナニーズの歩みについて

ーー原爆オナニーズが結成したのはいつですか? TAYLOW:原爆オナニーズ自体は1980年に結成した。その前は前身バンド、THE STAR CLUBのマネージャーをやっていて、そこからボーカルのHIKAGEを除いて全員引き抜いたのが原爆オナニーズ。今のバンド形態になって、「the」が付いたのは1982年からだね。 ーー原爆オナニーズって相当ショッキングなネーミングですよね。名前の由来は? TAYLOW:当時「スタークラブ改名計画」っていうのがあって、バンド名を変えようって話が出ていたんだ。スタークラブはちょっとビートルズっぽいからヤダねって感じで。その時にギターの良次雄の友達が、SEX PISTOLSをもじって「じゃあ原爆オナニーズしか無い! パンクは」って発案したんだよね。 ーーなるほど、SEX PISTOLSをもじったんですか! バンド名で得した事とか損した事とかはありますか。 TAYLOW:損ばっかりでしょう(笑)。広島では10年ぐらい前にGUY君(広島DISK SHOP MISERY、BLOOD SUCKERレーベル)がセッティングしてくれるまで、全然ライブが出来なかった。83年ぐらいに広島で反戦運動している人達から「どうしてこんなバンド名なんだ」ってクレームの電話がかかってきたこともある。「バンド名が許せない」って。でも、このバンド名の理由を「あなた達と同じような気持ちで、核・反戦について問題意識を持ってもらえればと思って付けています」ってちゃんと説明したら、その場で和解したけどね。 ーーそれだけバンド名のインパクトが凄かったって事ですよね。 TAYLOW:ロックバンドが認知されていないようなところにも、名前だけで広まっていった。反戦・反核って思想以前に、絶対日本人が嫌がる言葉だから。 ーー1stアルバム出るのは、結成から少し経ってからですよね? TAYLOW:1stの『NUCLEAR COWBOY』は85年だね。それまでは20cm盤っていうミニアルバムだった。それ以来2~3年に1枚ずつリリースして、14~15枚ぐらい出している。 ーーワンマンやった時にとてつもない曲数を演奏したと聞きましたが、楽曲は全部で何曲ぐらいあるんですか? TAYLOW:100曲以上あって、ワンマンの時はたしか58曲演奏した。拷問だよ、ありゃ(笑)。GAUZEがワンマンで60曲やったじゃん。そこに挑戦しようとしたんだよね。 ーー今のメンバーになるまでどれぐらい移り変わってますか? TAYLOW:僕とEDDIEが82年からずっとやっていて、ギターは良次雄からSHIGEKI、SHINOBUと変わったぐらい。ドラムは大口ミキオ君からタッちゃん(中村達也)に変わってJOHNNYかな。横山健君も、ちゃんとメンバーとして入った。Hi-STANDARDは終わっていないけれど、止めている間にパンクロックをやりたいって言っていたから、じゃあやってみようかっていう簡単なノリで。

結成当時のパンクシーンと、"原爆サウンド”の秘密

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the 原爆オナニーズ『Nuclear Cowboy+O'dd On Liveitself+PUNK ROCK MONSTER』(テイチクエンタテインメント)

ーー当時の名古屋のシーンは、スタークラブと原爆が活動していましたが、そのほかはどんな感じでしたか? TAYLOW:CFDLとかが出てくるぐらいまで、後進は無かったんだよね。ROSE JETSとか割礼ペニスケースとかいたけどね。僕はハードコアが好きで、すぐ東京とか大阪から良いバンド連れて来て観せるんだけど、そうするとみんな、やりたいけど出来ない状態になっちゃって。バンドはいっぱいいたんだけど、観に行くともう一息頑張りましょうっていうバンドばっかりだった。それでCFDLがもう全然違うハードコアを出して、あそこから名古屋のハードコアは結構平気でやれるようになったかな。それまでは「ジャップコアをやらなきゃいけない」みたいな固定観念があった。それを壊したところから始まったと思うんだよね。 ーーその間も原爆は変わらない活動を続けていますよね。メンバーが変わるとサウンドも変わったりするものだと思いますが、一貫して“原爆のサウンド”に聴こえるのはなぜでしょう? TAYLOW:たぶんEDDIEのベースの音だろうね。スタークラブの時からEDDIEの音はずーっと変わってないもん。日本のパンクロックのベースの音って、FRICTIONタイプかEDDIEタイプかどっちかで、その二つの主流を作ったうちの一人だから。 ーーパンクだけに限らず、ハード系の日本のアンダーグラウンドのベースの音を確立したって事ですよね。それが未だに現役バリバリでやっているっていうのがすごいです。昔観た人が今観たら、衝撃だと思うんですよ。あの時に観た原爆が、まだ全然変わらずやっているってすごく嬉しいと思いますよ。 TAYLOW:昔のリスナーが知っている曲も未だにやるしね(笑)。まぁ、やっている側としては進歩もしているつもりなんだけど。

シド・ヴィシャスとの遭遇と海外進出

ーー原爆で海外に行った経験についても話を訊かせてください。 TAYLOW:1992年にアメリカ・サンフランシスコでギルマン(老舗DIYライブハウス)とカメレオンっていうところでやった。こういう形態のパンクバンドでは、たぶん日本で最初に海外に行ったと思う。ROSEROSEとGAUZEがヨーロッパに行っているけど、アメリカに行ったのは僕等が最初じゃないかな。 ーーアメリカのお客さん達も衝撃を受けていましたか? TAYLOW:一番、楽しそうだったのはジェロ・ビアフラ(DEADKENNEDYS・ボーカル)だね。大喜びで暴れていたよ(笑)。クリス・ドッジ(SPAZZ)も暴れていた。日本のパンクに興味深かった人はみんな来ていたんじゃないかな。ニューヨークからも来ていたし。 ーーアメリカに行く時は、バンド名は翻訳するのですか? TAYLOW:アメリカのレーベルからシングルを出した時は、そのまんまバンド名をローマ字にした。カリフォルニアUCSSっていう、カリフォルニアの大学のカレッジラジオでは、プロモーションとしてライブをやる前々日ぐらいからそのバンドの曲がすごくかかるんだよね。アメリカに到着した時、車のラジオでいきなり原爆がかかった時はビックリしたよ。 ーーTAYLOWさんは個人的にも海外に沢山行っていますね。シド・ビシャスと会った事があるって聞いたんですけど......。 TAYLOW:イギリスは78年からもう何回も行っている。シド・ビシャスは会ったというか、見た。普通に同じ場にいたんだよ(笑)。何かみんな彼が歩くと道を開けたりしていたけれど、普通の人のイメージ。みんなが思い描いているシド・ビシャスとは違うと思うよ。たぶんみんな、シド・ビシャス伝説に騙され過ぎなんだよ(笑)。 ーーほかにイギリスではどんなライブに行ったりしましたか。 TAYLOW:色々なところに行っているんだけど、個人的に一番衝撃的だったのはWIRE。彼らのライブを観て「こりゃもうバンドやるしか無い」と思った。それまではバンドのマネージャーをやっていて「マルコム・マクラーレンみたいで面白いじゃん」とか思っていたけど、WIREを観てからね、もう何でもアリ。 ーーイギリスでパンクロックが隆盛の時? TAYLOW:パンクロック・ムーブメントの最後の方、DISCHARGEが出てくる頃だね。DISCHARGEのシングル買って「ヘタクソなU.K.Subsだな」って思ったよ(笑)。78年から80年の間は、U.K.SubsかKillingJokeの時代だから、街中に出て行くと大体イキったパンクスはそのどちらかが好きだった。 ーーU.K.Subsは今もイギリスですごい人気ですよね。それで帰って来てどうしたんですか? TAYLOW:日本に帰って来た時は、周りはやっと77年型のパンクに追いつき始めたぐらいだった。それで「そんなもんじゃ無い。音楽は壊さなきゃいけない」ってみんなに言ってまわったの。でも名古屋の人達はみんなワケがわからないよね。でも、本場で体験しちゃっているから、こっちはサイケデリックなモノとパンクが頭の中で一緒になっているわけ。ちょうどその頃のイギリスはハードコア・パンクが出始めた時で、観に行っても暴れ方がそれまでのポゴじゃなくて、今で言うスラムみたいな暴れ方するから衝撃だった。SPECIALSみたいなバンドを観に行っても、みんないきなり暴れ回るから。2TONE(イギリスのSKAレーベル)とハードコアが出てきたのがほぼ同時期で、暴れ方も大体一緒だったんだけど、2TONEの客が一番ヤバかったな。喧嘩しに来ているだけの本当の悪い人達だから。まだ本当に全部スキンヘッズの頃。今まで観たライブで一番怖かったよ(笑)。

若手バンドたちへのメッセージ

the 原爆オナニーズ - 発狂目覚ましくるくる爆弾 @ お年玉GIG2014

ーー原爆がアメリカで活動したのはなぜですか? TAYLOW:1984年に初めてアメリカに行って、アメリカのバンドも日本のバンドも一緒なんだなって思ったんだよね。イギリスのバンドってシステム的なところがちょっと違っているけれど、アメリカの場合はDIYだから「ああ、ちゃんと自分達で機材片付けるんだ」って感じだった。アンプもちゃんと自分で運ぶし。だったらアメリカのバンドとは友達になってもいいなって思ったんだ。彼らは結構メジャーになっても自分でやっているもんね。ただ、日本に帰って来たらZOUOとかOUTOとか関西のハードコアでカッコいいのいっぱいいたし、東京にはEXECUTEもGAUZEもCOMESもいたから、基盤とするのは日本の方がいいかなって感じだったよ。 ーーアンプを持っていないバンドが当たり前になるくらい、日本のライブハウスは優れていますしね。 TAYLOW:日本のライブハウスは素晴らしいよ。どこに行っても任せられるっていうのが、まずビックリ。ただ、だからこそ若いバンドを観ると、ついみんなに「アメリカに行け」って言ってしまう。アメリカに行くとなったら、ちゃんと基礎体力のあるバンドにしないといけないじゃない? 日本だと、そんなに大きな音でドラムを叩けなくても、前に出してもらえるもんね。アメリカに行ったら聞こえないから、自分でちゃんと叩けるドラマーにならなきゃいけないし、楽器も弾ける人にならなきゃいけない。バンドがちゃんとした音を出さないと、聞こえないし伝わらない。日本だとモニターがあるけど、モニターが無いところもあるし、ボーカルなんか自分で音程取れなきゃできない。耳おさえて歌うみたいな感覚を、自分で持っていないとできない。そういう事ができるようになると、バンドは確実に成長するよ。 ーーそういうアメリカでのライブ特有の感覚を日本に持ち込んだのも、原爆が最初ですよね。今ではバンドがサンフランシスコに行ったらまずギルマンでライブをする、という流れがありますが、それも原爆が道を作ったのでは。 TAYLOW:ギルマンでやってから向こうの人たちと話が出来るようになって、それがみんなに伝わっていったから、流れは繋がっているのかもね。あそこは全部ボランティアスタッフでやっていて、素晴らしいライブスペースだよ。 ーー当時のアメリカ人にしたら、日本人のパンクは珍しかったんですかね。 TAYLOW:日本人でパンクをやっているということで興味半分にライブを観たら、ちゃんと音が出ているから、気に入ったんじゃないかな。 ーー向こうの客はシビアですからね。演奏さえ良ければライブが終わった後に態度がコロッと変わります。 TAYLOW:そういう風に客がコロッと変わるぐらいの力を、みんな付けて欲しいよね。今の日本のバンドって、ライブハウスが良すぎるから、それに甘え過ぎている面があると思う。そのままアメリカに行くと「ひ弱な日本人」というイメージが付いてしまう。だから、大げさに「行きなさい行きなさい」とは言い辛い。小さいところでやるならまだしも、ガチンコ勝負でライブやって、ちょっとでもダメだとその後がマズいからね。 ーー日本と比べると、治安の面とか恐ろしい部分はありますが、昔に比べて海外に行きやすくなってきていると思います。 TAYLOW:そういうのを知った上で、みんなはなぜ海外にライブしに行こうと思わないのかな? 日本のバンドってすごく沢山良いバンドがいるのに。メインストリームの音楽より、インディペンデントのバンドの方がアメリカとかヨーロッパでは好まれるから、むしろチャンスがあると思うんだけど。若い20代のバンドとかに、行けば?って言うと、海外はちょっと...って言う。行ってみなきゃわかんないじゃん。百聞は一見に如かずっていうのは、バンドで海外に行って一番感じたことだね。 ーー海外でバンドをやると、ものすごい人数の友達が出来ますしね。 TAYLOW:バンドって楽しいんだけどなぁ。日本国内だっていっぱい廻れるしさ。たぶんバンドやってなかったら行かないようなところにだって行くじゃない。それぞれの地域に行って友達作って帰ってくるワケだし。 ーーそうした繋がりをよく見ると、アンダーグラウンドなシーンで活躍していたバンドは、原爆みたいに息の長い活動を続けている場合が多いですしね。 TAYLOW:メジャーじゃない人で、アンダーグラウンドでずっと続いている人はいっぱいいる。それで飯を食うことを辞めて、仕事しながら表現するっていう方法に変えた人、パンクでも結構いるよ。ひょっこりCDを出したりとか、CDを出さずにサウンドクラウドに上げたりとかしていてね。そういえば日本のバンドって、バンドキャンプとかサウンドクラウドを何で使わないの? みんなにいくら教えてもやらない。iTunesを勧めても、JASRACと同じような事ばっかり言うし。 ーー原爆もネットを活用していますね。 TAYLOW:やっているよ。それで原爆を知った人もいたりする。言い方が悪いけど、音楽聞きたいだけの若い子とかにしてみれば、過去の作品なんてフォーマット関係無いじゃん。自分達が10代の時だって、ただ音楽が聞きたかっただけでしょう。そういう感覚で、自分たちの音楽を届けられる状況をちゃんと作っているインディペンデントのバンドがすごく少ないよね。音楽好きな中学生や高校生は、1枚のCD買うよりも100個のバンドが聞きたいんだよ。自分達だってラジオから流れる曲をカセットテープに録音とかしていたワケでしょ。歳食っちゃった自分たちとしては、1枚のCDを買ってほしいってついつい言っちゃうんだけど、自分たちだって本当は100の音楽を聞きたいじゃない。やっぱり、どんな形であれまずは聞いて貰えた方がいい。それが結果として、ライブとかにも繋がるから。海外に行くのもそうだし、ネットでもなんでも、日本の若いバンドはどんどん幅を広げていってほしいな。 (取材・文=ISHIYA)

TOKIO・国分太一『いっぷく!』、低視聴率で“リニューアル”も「もはや別番組じゃん」

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『いっぷく!』公式サイトより

 TOKIO・国分太一がMCを務め、3月31日にスタートした情報番組『いっぷく!』(TBS系)が、9月29日の放送から「硬派路線」にリニューアルすることが明らかとなった。視聴率は初回から3.7%(ビデオリサーチ調べ、関東地区/以下同)と民放4位で始まった『いっぷく!』だが、放送から半年が経過し、本格的な“テコ入れ”に踏み切ったようだ。

 同じジャニーズでV6・井ノ原快彦が司会の『あさイチ』(NHK)との“裏かぶり”や、『はなまるマーケット』(同)の後枠ということもあって放送前から注目を集めていた『いっぷく』。しかしフタを開けてみれば、裏の『とくダネ!』(フジテレビ系)、『スッキリ!!』(日本テレビ系)、『情報満載ライブショー モーニングバード!』(テレビ朝日系)に食い込むことはできず、視聴率は低迷。

【動画アリ】飲み会でビールとカンパリを頼む人は宇宙人の可能性が高いことが判明! ~飲み会に役立つサイキック術~

【不思議サイト「トカナ」より】
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~サイキック芸人・キックが、豊富なスピリチュアル・オカルト知識を生かして、最新ニュースを豪快に読み解く、芸人キックの、「第三の目で見るニュース」~ 第18回【飲み会】
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 大人同士の付き合いに欠かせないのが、お酒。「飲みニケーション」という言葉がすっかり死語と化した今でも、お酒を飲むことを人生の楽しみにしている人は多い。今回は、そんな飲みの席で役立つ「サイキック飲み会攻略法」をキックが伝授する。