日別アーカイブ: 2014年9月18日
甲子園で活躍した●●高校の不祥事
甲子園では県大会の勢いそのままに、1回戦市立和歌山を2-1でサヨナラ勝利。大隅半島初、夏の甲子園1勝という目標を達成した。惜しくも2回戦で名門星稜に敗れてしまったものの、その熱い戦いに県民は感動した。しかし今月、そんな鹿屋中央高校野球部にある不祥事が発覚した。・・・(続きは探偵ファイルで)
続報:ファミマの恫喝・土下座動画の炎上騒動、密漁問題も発覚!
死にそうな船
T病院の怪
伝説のバンド「BOφWY」再結成ならずで悔しがる布袋寅泰に、業界から「最初からわかってた」「あざとい」の声も
ギタリストの布袋寅泰が11日、新作アルバム『New Beginnings』(ユニバーサルミュージック)の試聴会を都内で行った。集まった芸能記者のお目当ては新アルバムよりも、伝説のロックバンド「BOφWY」の再結成の有無だ。 今年7月、同バンドボーカルの氷室京介がステージ活動の引退を表明。その翌日、布袋はブログで「せめて1曲でも隣でギターを弾かせてほしい」とつづり、その後も「無理矢理、隣で弾かせてくれとは言わないが、その思いは変わっていない」とアピールしていた。 この日、布袋は氷室の引退宣言について「すごいびっくりした。耳の調子が悪いみたいで心配だ。共に戦ってきた同志。氷室さんには氷室さんの考え方があるのだろう」とコメント。来年行う氷室のラスト公演への出演を熱望し「できることであれば、直接お話ししたい」とも語った。だが、「BOφWYを再結成したいか」の問いには「僕はなんとも……」と言い、5秒ほど沈黙。「(BOφWYは)ファンのものでもあるが、(メンバー)4人のものでもある。あの頃に戻れるかといえば、難しいかもしれない」と歯切れが悪かった。 これに、古くから氷室と布袋の関係を知る音楽関係者は「そもそも布袋が『再結成』というワードを出した時に、『何言ってるんだ!』と思った」と話す。 BOφWYは1987年に解散。その理由については「音楽性の違い」や「金銭トラブル」「メンバーの不仲」など諸説あるが、いまだ明らかになっていない。 「ひとつ言えることは、氷室と布袋は“冷戦状態”ということ。その原因は決して深いものではなく、女性絡みのトラブル(笑)。氷室が当時付き合っていた女性を、布袋が“横取り”したんだよ。『そんなことで……』と思うかもしれないが、ビッグバンドに限って単純な原因だったりする。あれ以降、氷室が布袋から距離を置いたのは間違いない。布袋もそのことはわかっているはずだ」(同) それだけに、布袋が“BOφWY再結成”を言いだしたところで「可能性が限りなくゼロに近いことは、当時を知る人ならわかっている。むしろ、タイミングよく新アルバムが発売されるし、どこか布袋にあざとさを感じてしまう」(別の音楽関係者)という。 2人が和解する日はやって来るのか――。『BEAT EMOTION』(ユニバーサルミュージック)
EXILE・AKIRA『GTO』が大惨敗、「これは『GTO』じゃない」「藤沢とおる先生に謝って」辛らつ意見殺到のワケ

EXILE・AKIRA主演の連続ドラマ『GTO』(関西テレビ、フジテレビ系/火曜22時~)の最終回が16日に放送され、平均視聴率8.5%(ビデオリサーチ調べ、関東地区/以下同)を記録。全11話の平均は7.1%だった。
同名漫画が原作の同ドラマは、2012年7月期にスタートしたAKIRA版『GTO』の第2シーズン。1998年に反町隆史主演で視聴率35%超の大ヒットとなった同名ドラマも合わせると、同局の連ドラ化は3作目となる。
2年前のAKIRA版第1シーズンは、初回と第8話で15.1%を記録。さらに全11話すべてで2ケタをキープし、同クールの民放ドラマで、上川隆也主演『遺留捜査』(テレビ朝日系)や、小栗旬・石原さとみ主演『リッチマン、プアウーマン』(フジテレビ系)を抑え、全話平均視聴率でトップ……
ななみ、デビュー作までの波乱の日々を語る「10代は悲しみだったけど、20代はきっと楽しい」

「音楽から得られる楽しさで、日々に色が出てきた」
――メジャーデビューが決まったとき、率直にどう思いましたか? ななみ:信じられませんでした。14歳のころから音楽を続けてきて、目標のメジャーデビューが叶ってしまうことで、プレッシャーや不安も感じましたね。でも、最近は新しいスタートをシンプルに楽しめたらいいと思っています。 ――初インタビューなので、時間をさかのぼって伺いますね。14歳で音楽をはじめたきっかけは? ななみ:両親が離婚してしまったんです。母には「私は大丈夫だよ」なんて強がっていたのですが、当時は多感な時期だったので、すごく考えてしまって。友だちの笑顔を見ると悔しくて、「なんで自分だけ」と思ったりもしました。それで学校に行けなくなり、半年くらい引きこもってしまったんです。 じっとしているからお腹も空かないし、部屋にいるだけだから日常に変化もない。“生きている”という実感がなかったんですよね。そんななかで、YouTubeで音楽を聴くようになって、音楽から得られる楽しさで、日々に色が出てきたんです。それがすごく助けになって。最初は好きな曲を口ずさむだけだったのですが、思い切って母に「音楽がやりたい!」って言いました。そうしたら、母は私が何かをやりたいと言い出したことがうれしかったみたいで、全力で応援してくれて。それが中学3年生のころです。 ――そして、実際にオーディションを受けるようになったんですね。 ななみ:何十社も受けて、落選もたくさんしたんですけど、当時はそれでも審査員の方に「いいね」なんて評価されることが嬉しくて。カラオケだけで歌の練習をしていたのが福岡の音楽スクールに通い始めて、ギターの基礎や作詞作曲の土台となる部分を教わりました。最初の曲も、そのときにできたんですよ。でも、「個性は学べるものじゃない」と思って、スクールは卒業。その後は大分でライブ活動をしていました。 ――その年齢で音楽に専念するのは大きな決断だったと思います。 ななみ:みんなが学校に行っている間に音楽をやっていて、「歌手を目指しているらしい」という噂が広がって、久しぶりに学校に行ったらからかわれることもありました。もともと団体行動が苦手だったし、「愛が叫んでる」のPVで描いているようないじめも経験したんです。本気で歌手になりたかったけれど、それを受け入れてくれない人たちに対して、どこか後ろめたい気持ちもあって。それでも前を向いて、「今に見てろ!」という気持ちで学校に通っていました。 ――いまのななみさんは快活な印象で、団体行動だったり、みんなの前で表現することが苦手なタイプには見えません。音楽に取り組むなかで変わっていったのでしょうか。 ななみ:そうですね。最初は家族でカラオケに行っても恥ずかしくて歌えなかったんです(笑)。だから、2013年に「Music Revolution JAPAN FINAL」でグランプリをとったことが自信につながっているのかもしれません。「こんな私でも、自信を持っていいものがある」と気付いたというか。 ――そんななかで生まれたのが、「愛が叫んでいる」だったと。 ななみ:Music Revolutionの第一次審査が2012年で、最初は歌だけで出ていたんですが、弾き語りで出てみようと思って。それで、それまでに書いた曲を練習してみても、どれもピンと来ない。「愛が叫んでる」はそのときに作った曲です。愛にしがみついていた主人公が、心を開いて愛をもらえるようになる…という気持ちは、当時の自分の成長と重なるもので、歌詞は暗いけれど、徐々に評価してもらえるようになりました。「『歌わなきゃいけない』という使命感みたいなものが、常にあるんです」
――大きいテーマの曲ですが、ななみさんの個人的な気持ちを歌われているという捉え方もできるかもしれませんね。 ななみ:そうですね。引きこもっていた時期、私と同じように高校に行っていない人と遊ぶことが多くて。いわゆるヤンキー系の友だちが多かったんですけど、そういう人たちって、強がってはいても、愛がほしくて集まっているんですよね。家庭や学校で嫌なことがあったり、理由はそれぞれ。でも、結局は「人は愛がないと生きていけないんだ」と気づいたんです。それで、曲を作って誰かを救いたい、と思いました。 ――「誰かを救いたい」という思いは、いまも強いですか? ななみ:強いですね。そう考えて振り返ると、自分が引きこもりやいじめなどを経験したことは、すごい宝だなと思います。それまでは恋愛の曲だったり、分かりやすい曲が多かったのですが、経験として振り返れるようになって、「愛が叫んでる」や「巨人のおはなし」のように、誰かを救いたいと思って歌うようになりました。私に初めて生きる力をくれたのが音楽だったので、自意識過剰かもしれないけれど、「歌わなきゃいけない」という使命感みたいなものが、常にあるんです。 ――ななみさんの歌声は低音域が豊かで、独特の魅力がありますね。 ななみ:もともとハスキーで、普通の女性より低めでガラガラしているんです。アイドルブームのなかで、「声が高くてかわいい子っていいな」と憧れて、母に「なんでこんな声に産んだの?」なんて言ってしまったこともありました(笑)。一番のコンプレックスだったんですけど、それが個性になると思って受け入れることができたんです。洋楽を聴くと、低音でハスキーなボーカリストもたくさんいますよね。最初は、ホイットニー・ヒューストンやセリーヌ・ディオンのマネをしてみたりもしました。でも、オリジナル曲は見本がないから、マネできません。そこで自然と出てきた歌声が自分の声なんだと思うんです。 ――アイドルも多く輩出している世代ですが、ななみさんはそれとは違う個性ですね。 ななみ:声もそうですけど、もともと女の子らしいことをするのが苦手で(笑)。目線が男なんですよね。ストレートにものを言ってしまうし、女子のなかでは孤立しがちでした。だから、「かわいくしないといけない」という気持ちはなかったし、いまもかわいらしい女の子たちと対バンして、自分の個性を出せるのが楽しくて。 ――海外だと、例えばアヴリル・ラヴィーンのように強い女の子像を打ち出しているアーティストもいますね。洋楽から発見したヒントもあったのでは? ななみ:そうですね、アヴリルの影響は大きかったと思います。女性だからってかわいらしく振る舞う必要はないし、強い女性がいてもいいじゃないかって。 ――楽曲の話に戻ると、「巨人のおはなし」はひとつの紙芝居のような物語に仕立てられているのが印象的でした。 ななみ:物語形式の作り方は初めてでした。巨人を出したいと思ったのは、『進撃の巨人』に衝撃を受けたからですね。巨人が人を襲って、人間がかわいそう…という構図だけれど、自分自身も小さいころ、何もわからずアリの巣を壊したことがあったので、そういう意味では自分も巨人だったなと思って。弱い者も、強い者も罪はなく、それでも大きさに関係なく命の重さはかわらないから、「命が美しい」というのは正しいんだ、ということを伝えたかったんです。でもどう伝えればいいか分からなくて、そのまま影響を受けた『進撃の巨人』から巨人を出して、巨人と少女の話にしようと思いました。 ――まさに絵が見える楽曲に仕上がっていますね。歌詞はどんな風に作るんですか? ななみ:あまり曲を作るのに時間をかけないんですが、歌詞についてはすごく時間をかけました。洋楽が大好きなので、最初は適当な英語で作ります。なので「揚羽蝶」なんかもそうですが、言葉にもリズム感が出ていると思っています。 ――それは強みだと思います。影響を受けたミュージシャンはいますか? ななみ:アリシア・キーズ、レオナ・ルイス、KTタンストール、王道ですがホイットニーもそうですし、テイラー・スウィフトやジェシーJなんかも好きです。言葉は分からないけれど、歌声で伝わるものがあって、それが学べたと思います。吐息の入れ方ひとつでも、普通に歌ってるだけじゃないんだと分かる。それはすごく自分も大事にしたいと思っています。 ――アコースティック楽器を軸としたサウンドが好きなんでしょうか。 ななみ:そうですね。できれば生音で、あまりピコピコしていないのが好みです。今回の楽曲も人が出す音にこだわっていて、「愛が叫んでる」は、自分が好きなアーティストのバックミュージシャンに演奏してもらったんです。アヴリルのバックでやっていたり、エンジニアはマドンナと一緒に仕事をしていたり。譜面どおりではなく生きた音になって、6テイクやって、全部違うんですよ。すごくうれしくて、いまでも信じられないですね。マドンナなんて、私にとっては龍みたいに、本当に存在しているかどうかすら分からないレベルの人なので(笑)。 ――この曲は、ななみさんのやりたいことが詰まったものだと。 ななみ:はい!私の思う本当の音を届けたいなと思います。今世に出ている楽曲も素晴らしいんですけど、それとはまた違う音楽を届けられたらなって。「『世界を変えたい』と思っているんです」
――第一歩として、とても充実した作品だと思います。新曲もできていますか? ななみ:今は120曲くらいストックがあります。1ヵ月に10曲作るという自分内ルールがあって、ディレクターに送って、その中から厳選してもらって、デモをアコースティックで録るというのを毎月やっているんです。どんなに忙しくてもそれはやっています。作ろうと思って作ってはいなくて、ギターを鳴らして、出てくるメロディが曲になって、感じるままに曲を作っています。 ――歌詞については、どんなことを表現していきたいと考えていますか? ななみ:比喩というか、回りくどい言葉よりも素直な言葉で正しいことを言いたいと思っています。テーマとしては、本当だったらかき消したいことかもしれないけれど、私にとっては宝物になっている実体験を活かしていきたいですね。PVでは白いドレスを着ているけれど、「真白い純粋な女の子」というイメージではないし、最初からありのままの自分を隠さないで表現していきたいんです。 ――どんな人にメッセージを伝えたいですか? ななみ:広く聴いてほしいのですが、一番は、自分と似た経験をして悩んでいる人たちです。逆に、勉強が大変とか、卒業前に別れるのは悲しい…とかは、経験してないので何も言えません。同じ経験をしている人にはメッセージを伝えてもいいのかなと思っているので、その世界の人たちには一番に伝えていきたいです。 ――FM大分でのレギュラー番組、大分合同新聞での定期コラムと、地元のメディアから愛されてますね。 ななみ:大分は東京に比べるとすごい田舎なので、ある意味地元の人間の繋がりを大切にするところがありますね。ラジオも新聞も、みなさん優しく応援してくださっています。いろいろなことがあったけれど、地元で仕事があるとすごく楽しみなので、きっと大分が大好きなんだと思います。 ――基本的には、東京ベースで活動していくんですね? ななみ:はい。6月に上京して、人の多さには慣れました。逆に地方に行くと、東京に帰りたいと思ったり。でも、東京に染まりきってしまわないで、意地でも田舎の娘らしさは忘れないでいたいです。東京の優しさも好きなんですが、地元の泥臭い優しさは地元の人間にしか分からないと思うんです。私はそれをなくしたくないし、戻ったときに「ななみちゃん、なんか東京人っぽくなったよね」と言われたくないので(笑)。 ――地元の人からはどんな言葉を? ななみ:ライブハウスの方たちからは「どう最近? どうなの?」って(笑)。Twitterなどで悩んでいると感じさせてしまったときは、すぐに「大丈夫?」って言ってくれたり。娘みたいに思っていた「ななみちゃん」が東京の人たちにもまれて…という風に思ってるみたいです(笑)。 ――最後に、あらためて今後のことをお聞かせください。どんな音楽を伝えていきたいですか? ななみ:普通、「武道館」とか「ドーム」とか、人の作ったものを目標にしてしまうと思うし、もちろん大きな会場でライブもしたいのですが、ずっと言ってきたように「世界を変えたい」と思っているんです。それは「平和」のような壮大なことではなくて、自分がかかわることができる人をひとりでも救えたらなって。自分の成長過程で世界は広くなっていくから、そうやって救える人たちも増えていくと思うんです。 ――曲のテーマも増えそうですね。今後は純然たるラブソングも…? ななみ:たくさんありますよ(笑)。ただ愛は恋愛も家族もあるので、「君」や「あなた」に限りたくないなと思っています。音楽はお金のためにやるものじゃないので、「売れなきゃ」と思ってやっていると嫌になってしまうんです。売れるのは大事なことだけど、そこにとらわれすぎて、本物の部分を忘れたくない。本物の音楽や、本物の人間の気持ちを忘れずに届けていきたいと思います。本物になりたいです。10代は悲しみでしたが、20代はきっと楽しいと思うんです。その中でいろんなことがあると思いますが、強くなれたり、やさしくなれたらいいなと思います。 (取材=神谷弘一/構成=高木智史)
ななみ『愛が叫んでる』(日本クラウン)
有罪判決のASKA“執行猶予4年”の重み「すでに50曲以上制作し、復帰に意欲」だったのに!?
覚せい剤取締法違反(所持、使用)の罪で起訴された歌手のASKA(本名・宮崎重明)被告の判決公判が12日、東京地裁で開かれ、懲役3年、執行猶予4年の有罪判決が言い渡された。 量刑について、裁判長は「被告人は眠気を覚ましたり、体のだるさや多幸感を得るために覚せい剤や麻薬(MDMA)を繰り返し使用した。その使用期間や頻度、医師による治療を受け続けてきた中での犯行は被告人の違法薬物に対する親和性、依存性が顕著かつ深刻であることを示すものだ」と厳しく断罪。一方で「罪を素直に認め、反省の情を示し、薬物依存からの脱却に向け努力していくことを誓っている。本件が大きく報道され、社会的制裁も受けている」ことを挙げ、執行猶予を認めた。 公判の終盤には裁判長から「あなたは家族や関係者を犯罪という形で裏切った。これまでのあなたからは社会のルールを省みず、自分本位で傲慢な考え方が見て取れる。薬物脱却はもちろん、社会で生きていく中で大切なものは何か、一から考えてほしい」と“公開説教”される場面も。これにASKAは、か細い声で「……はい」と答えた。 予想通りの執行猶予判決だったが、ASKAにとっては想定外の部分もあったという。 関係者によると「2009年に覚せい剤取締法違反で有罪判決を受けた酒井法子は懲役1年6月、執行猶予3年だった。ASKAサイドも、執行猶予3年と想定していた。それが4年だったことにガッカリしているようだ」という。 相場の3年を1年上回った理由について、法曹関係者は「最後の裁判長のダメ出しがすべて。これまでの供述内容を振り返り、更生を支える上で不可欠な家族との信頼関係をASKAが築けるかどうか、裁判所は不安を感じている。長い目で注視するつもりなのだろう」と解説する。 ASKAに近い人物は「入院中の病院で、ASKAは執行猶予明けの歌手復帰に意欲を見せており、未発表の楽曲を含めると、すでに50曲以上を完成させているという。それが1年延びたのだから、彼のモチベーションに影響を与えることは必至。再犯の危険も増すことなる」と話す。 事件によって、ASKAは所属事務所、レコード会社からクビを切られた立場。そもそも「復帰できる」と考えていること自体、甘いようにも思えるが……。『CONCERT MOVIE GUYS』(ユニバーサル シグマ)
V6・井ノ原快彦らジャニーズ長寿番組『モウソリスト』終了で、広がる波紋と疑惑
戸塚のことはこれからもよろしくです!
V6・井ノ原快彦を筆頭にHey! Say! JUMP、A.B.C-Z、ジャニーズJr.のメンバーが出演していた深夜のバラエティー番組『モウソリスト』(フジテレビ系)が、9月16日に最終回を迎え、ファンに動揺が広がっている。同番組は2006年10月からスタートした『百識~百で知るひとつの知識~』から続いている枠で、『百識』『百識王』と、何度か番組名を変更しつつも、これまで井ノ原と若手ジャニーズタレントが出演するスタイルが継続されてきたが、ついに枠自体が終了するのではないかと、話題になっている。
昨年10月、08年~13年まで続いた『百識王』がリニューアルする形で始まった『モウソリスト』。井ノ原のほかにデビュー組はA.B.C-Zから戸塚祥太、Hey! Say! JUMPからは岡本圭人が出演し、ジャニーズJr.の真田佑馬、高田翔、森本慎太郎もレギュラー出演していたが、1年足らずで突如、最終回に。最終回に関する大々的なお知らせもなく、テレビの番組表に「終」のマークがついていたことで事態を把握したファンも多かった模様。そして16日の放送では、締めのコメントがグダグダだった戸塚に、井ノ原が「最後まで眠たいヤツだな」と突っ込み、画面の脇に「応援ありがとうございました」というテロップが表示された程度で、最終回らしい演出は皆無だった。


