
古典的ホラー『四谷怪談』を現代に甦らせた『喰女』。4時間以上掛けた特殊メイクでお岩に扮した柴咲コウがまじで怖い! トラウマになるよ!
男には誰しも浮気願望がある。大恋愛の末に結ばれた恋人や奥さんがいても、素肌がまぶしい若い女の子についつい目移りしてしまう。行動に移すかどうかは別にして、浮気心を抑え込むのは非常に難しい。そんな男たちが胸の奥に隠し持っているやましさ、後ろめたさを、ひんやりと鷲掴みするのが三池崇史監督の『喰女−クイメ−』だ。古典的実録ホラー『四谷怪談』をベースにした『喰女』はあまりに恐ろしく、心に思い当たる節のある男性はスクリーンを直視できないだろう。『喰女』で描かれる恐怖は超常現象的なものではなく、女性が持つ情の深さ、嫉妬心、独占欲の恐ろしさなのだ。
『喰女』の面白さ(=怖さ)は、劇中劇という構造によって江戸時代後期に歌舞伎の演目として誕生した『四谷怪談』を現代に甦らせたことにある。日本のメジャー映画でここまで大々的に劇中劇を取り入れたのは、薬師丸ひろ子主演作『Wの悲劇』(84)以来ではないか。どこまでが芝居で、どこからが現実なのか分からない、怪しい迷宮世界となっている。客席で観ていた観客もいつしか作品の中に迷い込んでしまう。虚構であるはずの世界に現実が呑み込まれていく怖さに、思わず客席の腕掛けを握り締めてしまう。
『喰女』の主人公は、テレビや映画に引っ張りだこの人気女優・美雪(柴咲コウ)と美雪と同棲中の男優・浩介(市川海老蔵)の2人。浩介は二世俳優で、生まれついての才能は持っているものの、「女遊びは芸の肥やし」とばかりに朝帰りを続け、役者としては大成できずにいる。美雪との肉体関係がズルズルと続いているが、入籍しようという気配もない。そんな煮え切らない状況に白黒つけるべく、美雪は初めて挑む舞台『真四谷怪談』の共演相手に浩介を指名する。実生活で同棲中の女優と男優が、舞台でお岩と伊右衛門の夫婦を演じるというデンジャラスな配役だ。この時点で、美雪という女性はかなりの危険人物であることが分かる。浩介は度胸があるのか、何も考えていないのか、平然とこの挑戦を受けて立つ。かくして、どこまでが役づくりなのか、それとも本人の本音なのか判別できない、ドロドロの舞台の稽古が始まる。ショー・マスト・ゴー・オン。舞台と恋は最後の幕が降りるまで、途中でやめることは許されない。

美雪(柴咲コウ)と浩介(市川海老蔵)は舞台『真四谷怪談』で共演することに。役づくりにのめり込み、どこまでが芝居か現実か分からなくなっていく。
舞台稽古が始まって間もなく、浩介は『真四谷怪談』でお梅役を演じる若手女優・莉緒(中西美帆)との火遊びに興じる。莉緒が演じるお梅は、伊右衛門に横恋慕してお岩から奪ってしまう裕福な武家の子女役。浩介と莉緒は役づくりを兼ねてベッドを共にする。浩介の後先考えない役者バカぶりは、観客の目には否応なく現代のカブキもの・市川海老蔵のキャラクターと重なって映る。浩介の帰りを待ちながら夕食の準備をする美雪が、次第にお岩役に入っていく姿にゾッとさせられる。柴咲も大人の女の情念をじっとり演じられた今回の美雪/お岩の2役に、今までにない手応えを感じているようだ。出世作『バトル・ロワイアル』(00)での“世界でいちばん鎌の似合う女”相馬光子以来といえる強烈キャラクターを嬉々として演じていることが、スクリーン越しに伝わってくる。『喰女』は単なる劇中劇ではなく、市川海老蔵や柴咲コウの素の部分も透けて見える、いわば三重構造の劇中劇なのだ。『IZO』(04)でフィクションとリアルの壁をブチ壊した、三池監督らしい型破りな世界ではないか。
市川海老蔵の飲み仲間である伊藤英明が伊右衛門と悪巧みを働く宅悦役で出演しているのも、虚構と現実との境界をより曖昧なものにしている。映画では美雪の付き人・加代子(マイコ)が思わせぶりな言動で気を惹くが、原作小説『誰にもあげない』を読むと、付き人として美雪の交際相手のことも知っておくべきと、浩介と肉体関係まで経験していることが明かされている。美雪、莉緒だけでなく、加代子もまた女の怖さをまざまざと感じさせるキャラクターなのだ。
同じ舞台で共演することになった俳優たちの虚々実々なやりとりが繰り広げられる『喰女』だが、男と女が同じ家で一緒に暮らすということにもある種の演技が伴うだろう。男はその場しのぎの噓をつき、女はその噓を見破りながらも笑って受け止める。『喰女』にはフィクションとは思えない、リアルな怖さが漂う。普段はどんなに温厚な女性でも、一度怒りの炎が燃え上がると最凶鬼女に変身することを男は知っているからだ。

美雪とお岩の2役を演じた柴咲コウ。ホラー映画というジャンルには収まらない、きれいごとでは済まない男と女のドラマとして演じてみせた。
都市伝説的に言い伝えられるお岩さんの祟りの背景には、長い長い封建制度の中で虐げられてきた女性たちの恨みつらみが積み重なっている歴史があり、そのことが男により恐怖を感じさせる。さらに女性には、妊娠&出産という男には絶対できないことをやってみせる強靭な体力と精神力がある。どうしたって、男には勝ち目はないのだ。ただただ、涙目状態で『喰女』の二転三転するクライマックスと美雪と浩介の舞台の行方を見守るしかない。
浩介と浮気相手の莉緒は情事の後のベッドで、こんな会話を囁き合う。
莉緒「伊右衛門はどうすれば幸せになれたのかな?」
浩介「伊右衛門は幸せになんかなれないよ」
同性の肩を持つわけではないが、観ているうちに浩介/伊右衛門が次第に哀れに感じられてくる。男と女のゲームに勝ち目がないことを知っていながら、ゲームにエントリーしてみせた浩介。彼にできることは、愛情の裏返しである怨念の洪水を全身に浴びることだけだった。
(文=長野辰次)
『喰女−クイメ−』
企画/市川海老蔵、中沢敏明 原作・脚本/山岸きくみ『誰にもあげない』(幻冬舎文庫) 監督/三池崇史 出演/市川海老蔵、柴咲コウ、中西美帆、マイコ、根岸季衣、勝野洋、古谷一行、伊藤英明 配給/東映 PG12 8月23日(土)より全国ロードショー (c)2014「喰女−クイメ−」製作委員会
http://www.kuime.jp