18歳メンバーが“股間丸出し”の男湯に……NMB48の新番組に「こういうAV持ってるぞ」の声

NMB0709.JPG
関西テレビ『NMBのめっちゃバイト』番組サイトより

【日刊サイゾーより】

 NMB48のメンバーが、毎回さまざまなバイトにチャレンジする関西ローカルの新番組『NMBのめっちゃバイト』(関西テレビ)が始まり、その企画内容に驚きの声が上がっている。

 8日に放送された初回では、NMB48の川上礼奈(18)、山田菜々(22)、高野祐衣(20)の3人が出演。大阪府豊中市内の銭湯で、男性客への“背中流し”に挑戦した。

 トップバッターの川上は、男性客10人ほどがひしめき合う男湯に突入し、「れなぴょんが、みなさんの背中を流しに来ました~」と元気にあいさつ。だが次の瞬間、股間を露わにしている男性を見つけ、即座に「ちょっと、待って待って待って! 隠してみんな~。やだ~ちょっと~」と目線を手で隠し、恥ずかしそうに男性にタオルを渡した。

 その後、ほかのメンバーも交代で男湯へ……

続きを読む>>>

カテゴリー: 未分類 | タグ:

BiS解散ライヴを徹底レポート あえて「立つ鳥跡を濁す」結末に

20140709-bis5.JPG

7月8日、横浜アリーナで解散ライヴ「BiSなりの武道館」を行ったBiS。

【リアルサウンドより】  BiSは伝説を残すことを拒むかのように解散した。「伝説の現場だった」と言う人もいるかもしれないが、BiSの4回目のライヴから見てきた私にしてみれば、「凄さ」で解散ライヴを上回るライヴは他に何度もあった。現在のプー・ルイ、ヒラノノゾミ、カミヤサキ、テンテンコ、ファーストサマーウイカ、コショージメグミの体制でもだ。しかし解散ライヴでのBiSは、一切のMCを排して約3時間半で49曲を歌い続け、最後の最後にとんでもない衝撃を残していったのだ。  そのアイロニー、シニカルさこそ終わりゆくBiSの真骨頂であった。公演のサブタイトルの「騙された気分はどうだい?」とは、ジョン・ライドンのセックス・ピストルズ脱退ライヴでの言葉だが、それが今日のライヴを象徴するかのように。
20140709-bis9.JPG

開演前の横浜アリーナ周辺の様子。

 2014年7月8日、横浜アリーナでBiSの解散ライヴ「BiSなりの武道館」が開催された。会場の外には、研究員(BiSファンの総称)が本物の業者に依頼して献花台を設置。メンバー6人のために6つの花輪が立てられ、遺影や棺桶、果物籠まで置かれていた。献花する研究員の列は絶えず、ライヴで見たこともない異様な光景が展開されていた。  メンバーが「チケットが1万枚余っている」と言っていたライヴだったが、蓋を開けてみれば、会場を狭めて使用したとはいえ、ほぼ満員に見える状態。スタッフからの諸注意の後、約30分遅れでライヴはスタート。まずBiSと脱退メンバーのナカヤマユキコ、ヨコヤマリナ、ミチバヤシリオが登場し、代表曲「nerve」が歌われた。
20140709-bis8.JPG

脱退メンバーを加えた9人編成で、彼女たちの代表曲「nerve」が披露された。

 その後、マネージャーの渡辺淳之介とプロデューサーの松隈ケンタが登場し、渡辺淳之介がキックとクラップを要求しながらクイーンの「We Will Rock You」を歌うという、忘年会の二次会のような状況に。諸注意をしたスタッフが「伝説になるといい」と涙ぐんでいたことといい、こういう内輪ノリが良くも悪くもBiSにはつきまとってきたな……と複雑な気分になったところで、ライヴのオープニング映像が始まった。  ライヴはまずラスト・シングルの「FiNAL DANCE」から。会場には研究員を制圧すべく屈強な黒人セキュリティが多数配置されていたが、続く「プライマル。」で早くも研究員とセキュリティが揉め出す状況に。順調な滑り出しだ。これは最後まで延々と続くことになる。  そしてライヴ開始後まもなく気づくことになったのは、「新しい楽曲から古い楽曲へと遡っている」という事実だ。そして、2012年の夏から2013年の春までの楽曲へ突入すると、脱退したメンバーを思い出し、胸が苦しくなりだした。  今日のオープニングの「nerve」に現れなかった脱退メンバーはふたり。ひとりは順調にソロ活動をし、横浜アリーナにも花を出していた寺嶋由芙だ。彼女はライヴ活動も活発なので、いつでも会うことができる。ただ、もうひとりのワキサカユリカはパブリックな場に一切現れなくなった。BiSには「Hide out cut」という美しい名曲がある。ワキサカユリカ在籍時最後の楽曲だ。ライヴが進行していくと、欠けてしまい取り戻せなくなったものも浮きあがらせてしまう。これもまたBiSが抱えた罪なのだ。
20140709-bis3.JPG

横浜アリーナでも普段通りダイヴを試みたカミヤサキ。

 途中で休憩が入ったが、わずか3分間。ライヴ後半は必然的にさらに古い楽曲が歌われ、ノスタルジーと苦しさが入り混ざっていった。trfのカヴァー「survival dAnce 〜no no cry more〜」を聴いたときには、2012年9月23日の「おながわ秋刀魚収穫祭」で歌われたときのことを思い出した。瓦礫が撤去されて、3つの震災遺構が残る以外はほぼ何もない女川町で、さらにゲリラ豪雨を受けた後に、BiSも研究員も総力戦で臨んだライヴだ。あのときBiSは何のエクスキューズもなくライヴをした。そのBiSの姿勢は、メンバーが変わり、ステージからのダイヴを繰り返し、リフトアップされて研究員の頭上にメンバーが立つ現在も変わらない。同じようなことをするアイドルは別に他にもいるのだが、BiSが見る者に衝撃を与えるのは、同じことをしてもエクスキューズがなく、言い換えると無謀だからだ。それは、BiSと非常階段とのコラボユニット「BiS階段」を通して大きく進化した。歌唱やダンスについて決して高い技術を持っているとは言えないBiSだからこそ果たした「異常進化」だったのだ。カミヤサキは「IDOL」で横浜アリーナでもフロアへダイヴした。その一方、客席では研究員をセキュリティが羽交い締めにする光景も。修羅場である。
20140709-bis4.JPG

「パプリカ」で“騎乗位パフォーマンス”を披露するプー・ルイ(下)とコショージメグミ(上)。

 そして、2011年のファースト・アルバム「Brand-new idol Society」の楽曲群へ。ここで終わりだ。「パプリカ」ではプー・ルイとコショージメグミが騎乗位を交互にしてみせる。何をしているのだろうか……。一方、「太陽のじゅもん」を聴きながら、松隈ケンタ率いるSCRAMBLESが作り上げたファースト・アルバムが名盤だったからこそ、その後もBiSは高い音楽性を評価され、イロモノに終わらずに済んだことを再確認させられた。スキャンダラスなプロモーションなど、BiSにとっては実は枝葉に過ぎないのだ。
20140709-bis2.JPG

研究員によって大量に投げ込まれたバルーン。

 そして終盤を迎えると、「レリビ」で客電がつき、メンバーが客席の通路を歌いながら歩いていく。セキュリティに阻まれていた研究員も遂に彼らを突破し、BiSを追いかけはじめる。さらに会場には巨大なバルーンが大量に投げ込まれた。これは研究員が用意し、必死に膨らませて、チケットを大量に買って確保したスペースに置いてあったものだ。最後に再び歌われた「nerve」でも横浜アリーナの空間をバルーンが飛び交った。  そしてエンディング映像が終わると渡辺淳之介が現れ、メンバーの今後を発表。プー・ルイはすでに始動しているバンド「LUI◇FRONTiC◆松隈JAPAN」で活動。しかし予想外だったのがここからだ。ヒラノノゾミとファーストサマーウイカは、NIGOと渡辺淳之介のプロデュースでユニット「ビリーアイドル」をスタート。カミヤサキは、現在いずこねこの茉里とのユニット「プラニメ」を結成し、タワーレコード傘下のT-Palette Recordsからデビュー。テンテンコはフリーで活動し、フェス「夏の魔物」にDJで出演することが決定。コショージメグミは、サクライケンタのプロデュースによる「book house girl(仮)」に参加するという。  そして呆気に取られたのは、「明日『元BiS』がワンマンライヴをする」というアナウンスだった。しかも価格は3万円。BiSは解散したというのに、翌日に「元BiS」としてライヴをするというのだ。客席からは、理解しかねるようなざわめきが起きた。「騙された気分はどうだい?」。公演のサブタイトルが脳裏に浮かんだ。やりやがった、と。献花台まで出して研究員がBiSを葬ろうとしたら、BiSはゾンビのように死ななかった、というオチがついた。
20140709-bis7.JPG

開催前は大量の空席が危惧されていたが、当日はほぼ席が埋まった。

 「世界を変えようとしたけど変えられなかった」とメンバーは解散ライヴ前に語っていた。しかし、ラストツアー「THE BiS WHO SOLD THE WORLD TOUR」では熱狂を増し、6月25日の「異端児Festival」では、研究員の狂気に近い熱狂に恐怖すら感じたものだ。こいつらを救うには解散ライヴで爆発でも起こらないと無理だ、と考えたほどに。  ところがBiSは解散ライヴでMCもせず、ひたすらにパフォーマンスを続け、今後の活動と翌日のライヴのみを発表して、我々の前から去っていった。あまりにもあっけない。しかし、この底意地の悪さ、悪態のつき方こそ初期のBiSにあったものだ。
20140709-bis6.JPG

左からカミヤサキ、コショージメグミ、ヒラノノゾミ、プー・ルイ、テンテンコ、ファーストサマーウイカ。

 BiSは、まさにBiSらしく終わった。「伝説」なんて、これまでの現場にいなかった連中の妄言に過ぎない。この後味の悪い、曖昧模糊とした感覚こそがBiSなのだ。約3年半の活動を経て、まだ概念としての「BiS」は完結していない。世界を変えられなかった女の子たちの物語こそがこれからの「BiS」なのだ、と解散ライヴで明かされてしまったのだから。あえて「立つ鳥跡を濁す」のがBiS。もう力なく笑うしかないのだ。 ■宗像明将 1972年生まれ。「MUSIC MAGAZINE」「レコード・コレクターズ」などで、はっぴいえんど以降の日本のロックやポップス、ビーチ・ボーイズの流れをくむ欧米のロックやポップス、ワールドミュージックや民俗音楽について執筆する音楽評論家。近年は時流に押され、趣味の範囲にしておきたかったアイドルに関しての原稿執筆も多い。Twitter

夫・息子から“三行半”、バーニングもお手上げ……離婚の中山美穂は今後どうなるのか

nakayamamiho0709.jpg
『サヨナライツカ』(アミューズソフトエンタテインメン)
 今年3月、一部スポーツ紙で離婚調停中であることが報じられた女優の中山美穂と、作家でミュージシャンの辻仁成。8日夜、辻が自身のブログで、同日付で離婚が成立したことを報告した。  辻は「本日、離婚届けにサインをし、提出いたしました」と離婚成立を報告。3月の段階で、中山は10歳になる長男の親権を自身が持つことを希望していることが報じられていたが、辻は「今後は息子とふたりで生きていくことになります。ぼくと生きたいと望んでくれた息子の気持ちにこたえられるよう、父親としても頑張りたいと思います」と、親権を自身が持つことになったことを示唆した。 「あまりにも突然の発表で、中山の所属事務所は寝耳に水だったようだ。おまけに、中山本人と連絡がつかず、マスコミ各社は辻のブログのみを元に報道するしかなかった。もともと、離婚騒動は中山が親しい出版関係者に相談していたことから発覚。中山の所属事務所といえば、芸能界のドンこと周防郁雄社長率いるバーニングプロで、いつもならマスコミ各社に対して“情報操作”しているが、今回は辻にまんまとやられた」(芸能デスク)  離婚騒動勃発後、中山は5月に「女性セブン」(小学館)で音楽家の渋谷慶一郎と“不倫交際”していることが報じられたが、「バーニングがいつものごとく、マスコミ各社に『後追いしないでくれ』と“通達”したため、それほど話題にならなかった」(同)。だが、不倫の影響もあってか、結局、辻のみならず長男からも“三行半”を突きつけられてしまったようだ。 「辻も中山の不倫に薄々気付いていたようだが、渋谷との不倫発覚後、中山は『離婚に応じてくれるなら、親権を手放す覚悟もある』と辻に伝え、彼も納得。そこからとんとん拍子に話が進んだようだ。自業自得とはいえ、すっかり辻に“逆襲”されてしまった。中山はすでに事務所もコントロールできない“お手上げ”状態で、芸能活動も厳しくなりそう」(女性誌記者)  辻は夏に音楽活動で全国ツアーを行うが、シングルファザーとなってますます注目を浴びそうだ。
カテゴリー: 未分類 | タグ:

関ジャニ∞、「人気の停滞否めない」! 過去2年で最低売り上げに『仕分け』視聴率5%

kanjani03.jpg
セブンでまた村上のグッズが叩き売られるのか……

 8月30~31日に放送される『24時間テレビ37 愛は地球を救う』(日本テレビ系)で、メインパーソナリティーを務める関ジャニ∞。7月2日に発売されたシングル「オモイダマ」は14日付のオリコン週間ランキングで見事1位を獲得したが、その売り上げは今年2月発売の前作「キング オブ 男!」の半分以下と、大幅減少してしまった。

 『熱闘甲子園』(テレビ朝日系)のテーマソングになっている「オモイダマ」は、通常盤と初回限定盤の2種リリース展開。前作の「キング オブ 男!」は、初週35.3万枚の売り上げを記録していたが、今作の初週売り上げは16.9万枚に。前作は2004年9月のデビュー以来、自己最高記録を記録したものの、一転して売り上げが落ちてしまった。

【W杯】合コン三昧で調子乗ってた日本代表は誰? メディア関係者が噂する、本当の戦犯

【不思議サイトトカナより】
61dO0-bIBeL._SL500_AA300_.jpg
画像は、『ワールドサッカー ウイニングイレブン 2014 』(コナミデジタルエンタテインメント)
 サッカーブラジルW杯は4強が出揃い、佳境に入ってきた。熱狂の蚊帳の外にあるのが、1次リーグで1勝もできなかった日本。本番前の期待感とみじめな結果のギャップが大きかっただけに、落胆もひとしおだ。  ただ、日本代表を取材してきたメディア関係者の多くは、今回の結果を「予想できたこと」と口を揃える。  「何人かの主力選手が調子に乗りまくっていたからね。『こんなので大丈夫か』というのは正直、あったよ。特にひどかったのが欧州組。日本に帰ってくるたびに合コン三昧で、大会に臨む真剣味が感じられなかった。みんな『あれじゃあ、ダメだな』って言ってたよ」(スポーツ紙のサッカー担当記者) 続きは【トカナ】で読む