【リアルサウンドより】
はっぴいえんど、YMOなどで活躍した日本を代表するミュージシャンであり、今もなお第一線で作品を発表し続ける細野晴臣。彼がLA、ハワイからロンドン、パリ、東京まで、世界各地の土地柄と音楽について語り尽くした書籍
『HOSONO百景』(河出書房新社)が評判を呼んでいる。雑誌『TRANSIT』人気連載を元にした同書は、氏の旅行記の体裁を取りつつ、随所で音楽に関する深い考察が披露されており、音楽ファンにとっても必読の一冊といえる。今回、リアルサウンドでは同書の刊行を期にインタビューが実現。聞き手に音楽評論家の小野島大氏を迎え、現在の音楽観や、ルーツに対する考え方を中心にじっくりと話を聞いた。(編集部)
「知れば知るほど、自由が効かなくなるっていうのはある」
――非常に楽しく拝読させていただきました。興味深い記述はいくつもあったんですが、まずニュー・オリンズの音楽の話のところで(「ニュー・オリンズの”ガンボ”に誘われて」144P)、ニュー・オリンズの音楽に惹かれたのならニュー・オリンズ詣でしようと思わなかったのか、と問われて「レコードがすべてを与えてくれるから。何かと何かが交じり合ったところにいつもおもしろい音楽ができる。それはある特定の場所ではなく、音楽家の頭の中でごった煮になるんだ。だから、どこへ行って録音しようとかは全然思わない」と答えられているくだりです。非常に印象的なご発言であると同時に、細野さんの音楽家としての基本的なスタンスを表していると思いました。
細野:あのね、自分の好きな音楽って漠然と聴いてたんですけど、聴いていくうちに、やはり混じりあった音楽がとても面白く聴こえるんです。それはいろんな混じり方があって、西と東だったり、時間軸でも混じりあってるし。過去と未来とか。あるいは人種間だったりね。もちろんそれも文化ですけど。で、自分自身も、音楽に限らず、混沌として混じりあったものが好きなんだってことが、だんだんわかってきたんですね。たとえば、東京で言えば下町の商店街の混沌とした感じとか。阿佐ヶ谷の街の作り具合とかね。そういうのを整理しちゃってる港区がほんとうに面白くないな、と。港区に住んでますけど(笑)。綺麗になりすぎてて。歩いてて楽しいのはビルの下じゃない。そのまま入っていけるような小さな商店が並んでいる道が面白いんで。ビルばっかりになっちゃったのが、あまり好きじゃない。そういう混沌としたところが好きなんですね。

細野 晴臣 (著)中矢 俊一郎 (編集)『HOSONO百景』(河出書房新社)
――その土地のことは現地に行かないとわからない、というのが一般的な考えなのかもしれませんが、細野さんは、現地に行かなくても、音楽家が自分の頭の中でイマジネーションを働かせることで、ミクスチャーされた音楽ができるんだというお考えですね。
細野:そうですね。そうやって作ってきましたから。たとえば『トロピカル・ダンディー』(1975年)ってアルバムを作ったのは六畳一間の…一間じゃないか。二間ぐらいあったかな(笑)…アパートですよ。エアコンもない。夏になると熱帯夜に襲われる部屋で「熱帯夜」って曲を作ったりね。
それでイマジネーションが湧いてくるわけですよ。実際に見るとイマジネーション湧かないですから。固定されちゃうんで。自由にならなくなっちゃう。知れば知るほど、自由が効かなくなるっていうのはあるんですね。
――なるほど。しかしそうは言っても、この本にもある通り、世界中いろいろな場所を訪ね歩いておられるわけです。事前に思い描いていたイメージと、実際に見聞きするもののギャップを感じることもおありになる。
細野:うん、だいたい行くときはね、あまり音楽的なことは考えないで行くんです。さっき言ったように、街を歩いて楽しいかどうかが僕の基準。だからヨーロッパの都市は面白いですよね。なんかこう…想像以上でも以下でもない。ここに僕は住めるなっていう等身大の感覚があって、唯一例外がインドですかね。インドは…僕にはとても巨大なエキゾティシズムの固まりの国だったんですけど、そこに行っちゃうと、呑まれちゃうぞと。本体のエネルギーにね。楽しめないんじゃないかと、行くなら最後だろうと思ってたんですけど、早々に行っちゃいましたね、横尾(忠則)さんに誘われて。(1978年。本書184ページ)
――インドは合う人と合わない人がはっきりしてるって言いますよね。
細野:横尾さんや三島由紀夫がそんなことを言ってたんですけど。で、誘われるままに行って、病気になっちゃって。
――そのエピソードも本に登場しますね。この本の冒頭で「本当は地球上で誰も訪れたことがない場所に行ってみたいんだ。でも、そこは必ずしも辺境の地とは限らなくて、都会にも人を寄せ付けない場所がある」(19P)と述べられてますね。これはすごく至言だと思ったんですが、音楽への接し方にしても、誰も知らない辺境の音楽だけではなく、人が見過ごしがちな、たとえば過去の音楽とか、そういうものを見つけ出してくるのも、ひとつの新しいものとの出会いに繋がるのかなと。
細野:うん、うん。最近特にそうですね。まだまだ知らない音楽がいっぱいある。なんかこう…鉱脈っていうのがあって。昔の森が埋没して地下に埋まっているような。それを掘るとエネルギーが出てくるわけですけど、それに近いことですね。音楽の鉱脈が埋もれている。それはひとつやふたつじゃなくて、大きな文化の固まりが地下に埋もれている。
――文化の固まり。
細野:ええ。50’sとか。20世紀のど真ん中の時代の文化っていうのが、すごいなと、今思うんですよ。エネルギーがね。うるさいぐらい騒々しかったので、一時期僕は苦手だったんですけどね。今はそれが貴重なエネルギーに思えてね。
――本書でも、50年代から60年代初頭までの――とは、ビートルズ登場までの、ということだと思うんですが――ポピュラー・ソングは、印象が変わらず飽きないと。そして特に50年代の歌詞は特殊で「世界を信じていた時代のものだった」と語られているのが印象的でした(50P)。やはりそのあたりを境にポピュラー音楽の質が変わっていったとお考えですか。
細野:うん、その頃は毎年劇的に変わっていったんですけどね(笑)。
――特にロックに関しては60年代後半以降、「悩みながら聴くもの」というものになっていきましたね。
細野:うん、そういう時代も経験してますね。ヒッピー・カルチャーが出てきてサイケデリックが出てきて。踊らせない音楽っていうのが出てきたんですね。それまではたぶん踊ってたんですね。
――ロックはそもそもダンス・ミュージックだった。
細野:ええ。それが座って聴く音楽になった。それを日本ではアート・ロックと言ってたりね。そんな時代を20代の前半で経験してますから。それに影響されてそういうバンドを作ったりしてましたからね。はっぴいえんどもそうですし。
「1940年代の音楽は洗練されていて、今の僕にも真似ができない」
――それが今になって、それ以前の音楽に惹かれるようになった。
細野:うんうん。まったく知らない音楽じゃなくて、とてもわかりやすい、知ってる音楽。聴いたことないけど、構造がほかと同じだし。サウンドも似てるし。でも知らない未知の部分が入ってる…という音楽が面白くてね。それを最近またライヴでやりだしたりしてるんですけど…。40年代の音楽について言うと、それは本当に知らない音楽だったんです。日本とアメリカが戦争をしてたんで、日本には一切入ってこなかった。そういう音楽を20年ぐらい前に聴きだして。こんなに面白い音楽があったんだって発見があった。
――何が面白かったんですか。
細野:洗練されてますね。30年代っていうのは非常にプリミティヴな音楽がいっぱい生まれた時代だったんです。ラグタイムとかブギとか、あるいはブルースとか、ジャズの初期のころとか。それが40年代に録音技術が、たぶん軍事技術から転用していったようなハイファイ技術とかね。そういう録音技術が向上したんですね。だから音が良くなったんです。音が良くなったし、演奏者のテクニックがモロに出てくるようなレコーディングになってきて。歌手もほんとにうまい人が出てきたわけですね。クルーナーっていう、マイクを使って歌う唱法ですね。シャウトしない。マイクがあるからこそできる。静かに歌う。そんな時代が40年代に始まって。洗練の度合いがかなり飛躍的に高まったんです。それは今の僕にも真似ができない。
――今となっては機材も揃わないし、録音技術も含め作り方もわからない、だから同じ音が出せない、ということですか。
細野:そういうことです。もちろんその時代の生活とか空気とか、そういうことも再現できないわけで。その中にさっき話に出た、歌詞の話もあるし。
――細野さんぐらいになると、だいたい巷に流れてる音楽がどうやって作られたか、構造まで一発でわかってしまうんじゃないかと思うんですけど(笑)。
細野:それはね、70年代以降ですね(笑)。途切れてるんですよ。ビートルズが変えちゃったということもあるんでしょうけど。専門的になっちゃいますけど、マルチ・レコーディングといって、音を一個一個録っていく時代になったんですね。トラックがいっぱいあって、16とか24とか。バラバラに録っていける時代になって、そこから音が変わっちゃったんですよ。僕たちはそういう時代に音楽をやり始めたんで、それが当然だと思ってやってたんですけど、今思えば、特殊な時代なんですね。今はマルチ・トラックって概念が崩壊してますから。ていうのは、デジタル・レコーダーで、好きなだけ録れるし、一発でも録れるし、どうにでもできるって時代になった。なんでもありになっちゃったんですね。
――トラックの制限がないし。
細野:ないし。逆にトラックのことを考えなくなっちゃったんですね。ある種、マルチ・トラックの時代が終わったと思うんですよ。だからこそ過去の音に惹かれて、これどうやって録ったんだろうなって好奇心が出てくるわけですね、今は。
――それはさきほどの、見過ごされているものにこそ価値がある、というお考えにも通じますね。
細野:そうですね。みんな、そこに興味持ってる人が少ないんで(笑)。少なくとも自分は持ってるんだから、やんなきゃなと(笑)思うわけですね。
――「ポップスの真髄は常に新鮮な驚きがなきゃいけない」と述べられてますね(51P)。
細野:あのね、8割方は新しくないんですよ。僕が中学校の頃に聴いてたヒット曲はアメリカ製が多いんですけど、8割方は、勝手知ったるパターンなんです。でも2割ぐらい、プラスアルファの未知の領域があって、これなんだろうって思わせるんです。それがね、子供を興奮に掻き立てる(笑)。頭で考えるより先にカラダが反応しちゃうんですね。ゾクゾクっとくるわけですよ。それがヒットの要因なんですね、実は。
――8割はよく知ってるものだけど、2割だけ新しいものが入っている。
細野:数字に特に意味はないけど、まあそういうことです。それがポップ・ミュージックの醍醐味なんですね。だからみんながまったく知らない音楽はダメなんです(笑)。
――まったく知らないのもダメだし、全部わかっちゃうのも面白くない。
細野:うん。今でいう「予定調和」とか言われるようなことになるんですよね。そういうものはやっぱり退屈なんです。その点、今の人たちは違う聴き方をしているような気がするね。 歌詞で反応したり。「共感」っていうことで聴いてるような気がしますね。
――それは私も感じるところですが、そういう傾向はいつごろから顕著になったんでしょうか。
細野:うーん…いつからだろう? 70年代のころからそういう兆候はありましたね。はっぴいえんどをやってるころは、ほんとうに次から次へと、さっき言ったような新しいものが出てきて。これどうやって作ったんだろう、みたいなことばかりですけど。そういうものが西海岸あたりからいっぱい出てきてね。それに強く影響されてやってきたんですけど。はっぴいえんどが終わったあとぐらいから、なんかこう…変わってきた。それを変えたのはイーグルズかな。『ホテル・カリフォルニア』あたりから。
――それはどういう意味でですか。
細野:うーん、新しくないな、ってことですね(笑)。完成度が高くて、綺麗で。わかりやすくて。その分、さっきの「2割」がないっていうか。
――マルチトラック・レコーディングの技術の粋を尽くした音作りという印象ですね。
細野:そうそう。洗練の極みですね。
――音楽のマジックというか、そういうものが、マルチトラックによってクリアになってしまった分、なくなってしまったと。
細野:ないですね。そこから先、ずっとないですね。うん。
――あ、ずっとないですか?
細野:まああの…「主流」はね。ふふふふ。
「僕はどっちかというと不況に強い音楽です(笑)」
――逆に言えば、細野さんのリスナーとしての人生は、そこから隠れた薄暗がりというか、残りの2割の見えない謎を探す旅でもあったと。
細野:ええ。実はそういう音楽やってる人も聴いてる人もいっぱいいてね。世界中に。表にはあまり出てこないだけなんですね。主流じゃないから。メディアに乗れない音楽っていうのがあるわけで。そこがやっぱり「宝物」の山なんですね。昔はそうじゃなかったんですよ。単純だったんです。そういうものがヒットしてたから。ヒットしない曲はやっぱりつまんなかったんですね。フックがないんです。さっき言った「2割」っていうのはフックってことでしょうね。鈎っていうかひっかけというか。高尚なことではなくてフィジカルなことだし、下世話なことかもしれないんですけど、そのフックっていうのが大事なんですね。最近そのフックが変わってきたんです。言葉だったり、歌手のキャラクターだったり。うん…最近の音楽のことは僕はわかんないんで語れないや(笑)。
――昔の音楽に興味を持つことは決して懐古趣味ではない、と。細野さんも「江戸時代にタイムスリップしてみたいという気持ちは誰にでもあるけど、それは決して懐古趣味じゃない」とも仰ってますね(24P)。確かに江戸時代をリアリタイムで知ってる人なんて誰もいないんだから、ノスタルジーにはなりようがないし、むしろ新鮮ですらある。
細野:若い人がそういうのに憧れるのは…楽な生活っていうのか、楽しく、楽な生活を求めてるからだと思う。たとえば職人たちがいっぱいいて、月に何日しか働かないで、あとは遊んでるとかね。そこの根底にあるのは、お金がなくても幸せになれるんじゃないかっていう願いがあると思うんですよね。バブル崩壊以降の世代ですから。そういうことが身についてる世代だと思うんですよ。これからの時代も、決して豊かな未来像はないわけでね。そういうことに対する免疫っていうのかな、もっといい生活、スタイル、あるいは文化のあり方があるんじゃないかなってことじゃないかな。
――経済状況と文化状況は実は密接に繋がっていて、たとえばワールド・ミュージックのブームはバブル経済の隆盛と無関係ではなかったし、そのいっぽうで、特にイギリスなどは経済状況が悪くなって、政府が抑圧的になればなるほど面白い音楽が出てくるという現実もある。
細野:両方ありますよね。
――細野さんは、今はどういう時代だとお考えですか。
細野:うーん、どっちもないなあ(笑)。狭間っていうか。停滞感があるなあ…ええとね、今世紀初頭にエレクトロニカという音楽のスタイルのブームがあって、その中心にいたのがアイスランドなんですね。北にいくほど面白い音楽があったっていう印象だったんです。最初はわかんなかったんだけど、当時アイスランドはバブルだったんですね。それが破綻して以降、面白いものが出てこなくなっちゃった。すごく関係があると思いますね。自分にはバブルは無縁なんですけど…うーん、どうなんだろ。YMOっていつやってたんだろうな(笑)。バブル関係あるの?
――86年~87年ぐらいからバブルは始まったとされてますから、YMOはその前ですね(YMOの散開は83年)。
細野:そう、バブルの登場と共に消えたんですよ(笑)。だから僕はどっちかというと不況に強い音楽です(笑)。たとえば3.11の年ね。その時CDの新譜が出ちゃったんですよ(4月。『HoSoNoVa』)。自分としてはそんな時に出すつもりなかったんだけど、予定通り出ちゃったんですね。特殊な時にCD出しちゃったんで、その印象がすごい強くて。でもそういう時にできる音楽ってあるかもしれないなって、うすうす感じたことはあったんです。
――というと?
細野:僕は3.11の時にCDが出ちゃったというのが、すごく負い目だったんですね。
――負い目ですか。
細野:こんな時にどうやって聴かれるんだろうって。ていうのは、自分でも音楽聴きたくないし…演奏する人たちもみんなキャンセルしたりライヴがなくなったりとか、ちょっと消沈しちゃったんですね。でも出ちゃったんで。それで、聴いてる人もいて、あとでみんなに「助けられた」って言われたんで、出してよかったんだと思ったことがあった。逆に、あれから3年たった今の時代に出すのが難しいっていうかね。
「ノリが伝染していくのがポップ・ミュージック」
――ああ、なるほど。
細野:ええ。だから…非常時に強いミュージシャンですね、僕は(笑)。考えてみると、アメリカで大恐慌っていうのが1930年前後に起こりますよね(1929年にウォール街大暴落)。その頃の音楽が豊かなんですよ。ガーシュインが名曲をいっぱい書いたり、アーヴィング・バーリンもいて。名曲が出揃ったんですね。そういう時に人々は音楽に何かを求めたんでしょうね。癒やしをね。現実逃避なのかわかんないけど。でもバブルの時は商業主義的な音楽が豊かになるし、捨てたもんじゃない。アイスランドの音楽は素晴らしかったですからね。ふだん出てこられないものが出られる時代がバブルで。それはそれで素晴らしいなと思いますね。不況の時はもっとこう…本質的なものが出ざるをえないというか。ガーシュインみたいな人がね。そういう風にはなりたいと思うんですけど。
――今はどういう音楽が求められているとお感じですか。
細野:求められてるとは思わないんですね。自分で勝手にやってるだけで。若い人は若い人たちの音楽聴いてるからそれでいいじゃん、と思いますよね。で、僕の世代はみんなポール・マッカートニーを見に行く(取材は5月15日)、それでいいじゃん、と思いますね。僕は何をやってるかっていうと、周りのミュージシャンに何かを伝えたいから、演奏をやってる。かっての40年代50年代のノリを…自分の中にもあるノリを、表現して、ミュージシャンに伝えたいっていう。いわばプレイヤーですね。それまで僕はかなり脳みそで音楽を作っていて、ひとりでここ(白金のオフィス)で、コラージュしたり電子的に作ってたんですけど、今は身体感覚で伝えていかないと残らないんです。ノリっていうんですかね、ほんとにずーっとやってないと伝わっていかない。それをやってるんです。
――そういえば最近カヴァー曲を歌われるケースが非常に増えてますよね。
細野:そう、それもそうなんです。
――何か関係してますか。
細野:ええ。自分で作るよりもそっちのほうが大事なんですね。
――「自己表現」よりも「伝える」こと。
細野:うん。…ちょっとまじめに聞こえるけど…ノリが伝染していくっていうか。それがポップ・ミュージックなんで。自分もそういうとこに生きて育ってきたから。
――以前キース・リチャーズが、自分たちの役目は先人から伝統を受け継いで後輩に渡していくことなんだと言ってました。
細野:長くやってる人はみんなそこに気がつくんですね。自分はその中の「繋ぐ存在」に過ぎない…っていうか。そこにプラスαを付け加えていくっていう、ね。
――それに気づいたのはいつごろなんですか。
細野:うーん…60歳前後ですね(現在、細野氏は66歳)。歳とってから。ははははっ。
――じゃあそこに気づくまでは、伝えるというよりは、自分がオリジンになってやろうという。
細野:うん、それも強いですよね。曲作らなきゃ!とかね。ソロ・アルバムっていうリクエストがあるわけで。するとやっぱり全曲オリジナルを求められてるんですよね。カヴァー入れるといやがられる(笑)。めんどくさいですからね。版権とか。
――ああ、著作権の処理がめんどくさいと(笑)。
細野:ええ。大変なんですこれが(笑)。
(後編に続く)
(取材・文=小野島 大)

細野 晴臣 (著)中矢 俊一郎 (編集)『HOSONO百景』(河出書房新社)
■リリース情報
『HOSONO百景』(河出書房新社)
発売:3月25日
価格:1,836円